No.320723

外史異聞譚~反董卓連合篇・幕ノ壱/汜水関編~

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2011-10-19 14:45:39 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:2731   閲覧ユーザー数:1576

≪洛陽宮中・天譴軍受領地/北郷一刀視点≫

 

天国の父さん母さん爺ちゃん

 

たすてけください

 

俺は今精神的に死にかけています

 

いや、俺は絶対に悪くないのに、どうしてこんな仕打ちを受けなければならないんだ!

 

 

謁見の後、俺は“天の御使い”として漢室を支え導くために降り立ったという大義名分を正式に認められ、漢室の命令に“事実上”従う必要がない、という立場を手に入れた

 

それに際してはなんというか、もう色々と言いたいことはあるんだが、それは一先ず置いておく

 

そういった訳で全員を漢中から洛陽に招聘することになったんだけど

 

 

どこのどいつだ!

 

劉弁がやらかしたことをみんなに話したのは!!

 

 

そんな訳で俺は今、絶賛精神的砂袋中です

精神的水袋かも知れない

 

いや、そんな事はどうでもいいんだ!

 

死ぬ、マジで死ぬ…

 

いつの間にか董仲穎んとこのみんなも参加してるし!!

 

俺が一体なにをしたっていうんだ!!

 

 

そういえば、大陸って拷問に関する医療技術は飛び抜けてるんだっけか

 

腐刑とか、紀元前からあるのにほとんど失敗しなかったっていうしな…

 

そんな無関係な事を考えるくらいに俺は追い詰められています

 

俺に同情するような視線を向けながら、それでも目を逸らす華陀が恨めしいぜ

 

今上帝がやらかしたって事で体罰までには発展しなかったが、床に正座をさせられての懿の説教にはじまり、やれ性格悪いだの腹黒いだのと言われ、ついでに仕事が多いだの人使いが荒いだのと叩かれ、しまいには全く関係のないことで各方面からただひたすらに説教されること数刻

 

これが拷問でなくて一体なにを拷問というのか、俺は本気で問い質したい

 

いくら俺でも泣くぞこんちくしょーっ!

 

俺、今回だけは悪くない、絶対に!!

 

 

そんな訳で俺にとっては非常に不本意な状況からはじまった董卓・天譴連合軍なんだけど、こうしてみると色々な事が見えてくる

 

まず、初見で俺にトラウマを植え付ける原因を作ってくれた劉弁陛下だが、確かに頭の回転は高いし度量も大きいのだが、基本的におばかさんであることが判明した

とはいえ、悪い意味でのおばかさんではない

さすが賄賂と陰謀渦巻く宮中を泳いできただけに、人を見抜く目は抜群に高い

そして、一度決めたら完璧にその人間に物事を丸投げしてしまうのだ

劉弁曰く

「朕は政事などできぬからな!」

とのこと

そこは威張るなよと俺は言いたい

最近では李文優と名乗ってちょくちょく出歩いているらしい

なんというか、非常に困ったお人である

 

董仲穎は見た目に反してかなり頑固で頑張り屋さんだという事も判明した

ただ、本人の気質からか、どうにも人の上に立つという事が向いてないらしい

ひなたぼっこが大好きなようで、よく伯達ちゃんや巨達ちゃんと一緒に昼寝をしている

こういう子を担ぎ出した何進って、本当にダメ人間だったんだろうな…

口癖らしい「へぅ…」に癒されているのは俺だけではないはずだ

 

その分苦労しているのが賈文和

実際その能力はすごいもので、うちの政治担当が軒並み感心してたほど

あの懿にしてからが

「董相国にあそこまで傾倒しているのでなければ欲しい人材ですね」

と漏らしたくらいといえば、その能力も理解できるというものだ

懿や皓ちゃん明ちゃんに言わせれば、足りないのは経験だけらしい

さすが稀代の謀臣と謳われた賈文和というべきだろう

 

張文遠は儁乂さんと同じで万能型の武将のようだ

ただ、儁乂さんよりも自身の武により重きを置いていると思える

騎馬の扱いについてはさすがというべきで、令明も感心してたくらいだ

伊達に“神速”と呼ばれている訳ではないということか

 

華猛達は典型的な猛将といえる人物

正直なところを言えば俺の構想にはやっぱり入ってこない型の将軍だ

普段は冷静というかかなり引いて物事を考えられるらしいのだが、とにかく熱くなるとダメらしい

つまり、大戦では安心して軍を任せることができない類の人間だ

もっとも、うちの将軍達に言わせると

「あれの突撃を凌げる軍はそうそうない」

と言っているから、防衛には全く向かない型の将軍というところなんだろうな

 

このふたりはいい刺激になっているのか、よくうちの将軍達と訓練をしているらしい

まあ、軍調練は別にさせてもらってるんだけどね

 

陳公台は、なんというか判断に困っている

いつも呂奉先と一緒で彼女の軍師を自認しているんだが、俺の見たところ背伸びしているお世話担当にしか見えない

戦術家としてはかなりのものだと聞いているのだが、どうにも小型犬にしか見えないのだ

まあ、賈文和の補佐ができるくらいだから能力は低くないのだろうが、評価に困るといえば困っている

 

で、飛将軍呂奉先であるが…

どう言えばいいんだろうか

俺は大量のわんこ(彼女達曰く家族らしい)と昼寝しているか、子栗鼠を彷彿とさせる仕種で大量の食事をしているかしか見たことがない

一番の愛犬が“セキト”というらしいので、かの汗血馬の代わりなのだろう

なんというか、予想を超えすぎていて思考が停止した俺がいたりする

こういうのを斜め上っていうんだろうな…

 

 

俺にしてみると、このように計算が成り立ちづらい面々であるため、思わず溜息がでてくる

 

まあ、腹芸やらには全く向いていなさそうではあるので、そういう意味では信用はできると言えるのがある意味救いかな

 

少なくとも、こちらが気づかないうちに後ろからざっくり、という事が可能な面子ではなさそうである

 

賈文和と張文遠以外は顔に出そうだもんな

 

 

布団の中で涙しながらそんな考察をしていた訳だけど、俺がようやく説教地獄から立ち直った頃、洛陽にひとつの報がやってきた

 

群雄割拠時代の幕開けともいえるそれは、ひとつの時代の終わりを告げる大きな産声だった

≪洛陽宮中・評定の間/北郷一刀視点≫

 

俺達は今、ひとつの檄文を前にしている

 

檄文の主は袁本初

 

その内容は

“董仲穎の専横を非難し、漢室の秩序を諸侯の手で回復すべし”

というものだ

 

この内容に董仲穎は肩を落とし、劉弁は難しい顔をし、俺達以外はおおいに憤慨している

 

さて、ここでまた嫌われる要素がひとつ増える訳だけど、言っておかないといけないな

 

「これ、俺が仕掛けた流言で起こった檄文です」

 

その一言に董仲穎をはじめ、董卓側の全員が目を剥く

 

憤りのあまり声も出ない様子に、俺は淡々と説明する

 

「これは劉弁陛下を責める訳じゃないんですが、正直今の漢室の権威なんて、あってないようなものでしょ?

 なので諸侯を炙り出そうって事なんですよ」

 

怒りに満ちていた表情に戸惑いが走る

さすがというべきか、それから最初に立ち直ったのは劉弁と賈文和だった

 

「確かに、今の朕には権威などあろうはずもないな」

 

そう劉弁が呟けば

 

「どのみち仲穎が洛陽にいるのが気に入らない人間が仕掛けてきたってこと?」

 

賈文和が尋ねてくる

 

俺はそれに首肯して、皓ちゃん明ちゃんに視線を送る

 

「元々袁家は今の立場がとっても不満だったしね」

「本初も公路も三公の立場までいかないと満足しなかったろうしね」

「名門が洛陽から遠ざけられて宦官が幅をきかせてるのも気に入らない」

「自分達より地方の豪族や出自の低い者が登用されてるのもいや」

「ならどうするか必死で考えた」

「ないおつむで一杯考えた」

「そしたらまだ劉協様がいらっしゃる」

「それならまだ劉協様を立てられる」

「そうして自分は洛陽の主人に」

「こうして自分は宮中の主人に」

『そう考えてもおかしくないない』

 

相変わらずな二人の言葉に、俺は苦笑しながら向き直る

 

「とまあ、判りづからかったかも知れないけど、つまりはそういうこと」

 

彼女達の言葉が徐々に染み入ってきたのか、怒りを隠せずに呟いたのは張文遠だ

 

「ほなら何か…?

 こいつらは洛陽の状況をよう知りもせず、ウチらを悪党いうてるちゅうことか…?」

 

張文遠の言葉に華猛達が力任せに机に拳を叩きつける

 

「ばかな!?

 それでは我らは権力の簒奪を企んだ悪党ということではないか!!」

 

華猛達の言葉に皆が歯を食いしばる

 

「これも父上や伯父上、母上が成した事の咎だというのか…っ!!」

 

さすがの劉弁も常のように笑ってはいられないらしい

 

と、俺達の余裕に気付いたのか、董仲穎がゆっくりと尋ねてくる

 

「あの…

 天譴軍のみなさんは、どうしてそこまで落ち着いていられるんですか?」

 

それに答えたのは儁乂さん

 

「拙者らは、これを危機と考えてはおらぬのです」

 

『えっ!?』

 

呂奉先を除く全員が声をあげる中で、儁乂さんは落ち着いたままそれに答える

 

「諸侯が漢室の勅もなく洛陽に拝謁も申し立てぬままに行動を起こしたのだとすれば、それは越権に他なりません

 そうでありますならば、拙者らは大義名分を得て諸侯の力を削ぐ事ができ申す」

 

これに賈文和が疑問を投げかける

 

「そうはいっても、ボク達は既に“悪”と決めつけられているじゃないの

 だったら…」

 

「くきゃきゃきゃきゃきゃきゃ!

 力で対抗するしかない、とでも?

 いやあ達見です」

 

「っ……!!」

 

茶々を入れた子敬ちゃんの言葉に怒りで言葉を飲む賈文和

しかし、子敬ちゃんは全く遠慮せずに畳み掛ける

 

「いいですか?

 彼らの大義名分は“皇帝陛下を我々が操って専横し洛陽を私物化している”というものです

 だったらどうすればいいか、考えれば解ると思いませんか?

 くきゃきゃっ」

 

いや子敬ちゃん、俺が言うのもなんだけど、君悪役にしか見えないよ

みんな俺と同じ感想なのか、なんとなく引いた空気が流れる

まあ、この子の事だから完全に故意なんだけど…

 

この空気に逆に気をよくした子敬ちゃんは、ものすごく嬉しそうに話を続ける

 

「私達がやるべき最善の策は、諸侯が集まって攻めてきたときに、そのまま洛陽に入れてやることです

 通りを掃き清め、宮中を磨きあげ、よくここまでやってきた、と褒めてやることなんですよ」

 

一斉に頷く俺達に、逆に戸惑う董仲穎達

 

それを見て俺は更に説明をする

 

「彼らの大義名分は“暴力で支配された洛陽と陛下を救う”という点にある

 当然、当たり前のように偵察も出るでしょう

 そこで平和で秩序立った洛陽を見たらどうなると思いますか?」

 

やっとそこに思い当たったのか、驚愕を顕にする彼女達に、俺達は頷くことで応える

 

「罠と思って攻めれば逆に洛陽の住民を敵に回しますな…」

 

陳公台が納得したのかそう呟く

 

「一応住民には布告を出し、もしもに備えて資財の保証と警備兵は待機させる

 これは大前提

 これで略奪を働いてくれたり攻めかかったりしてくれれば、俺達は完璧な大義名分を得られる

 そして…」

 

俺の言葉を継いで令則さんが説明を続ける

 

「もしそのまま洛陽に整然と乗り込んできたのであれば、我々は宮中でそれを弾劾することもできます

 つまりは我々が軍を出すことが、そのまま相手の主張の肯定に繋がるわけです」

 

「なるほどな…」

 

劉弁が深く頷くと、董仲穎も頷く

それに疑問を投げかけたのは、やはり賈文和である

 

「しかし、それだと陛下はともかく、仲穎の身の安全は保証されないじゃない」

 

俺はそれに頷く

 

「確かにそうだ、俺と同じようにね」

 

だから、洛陽にやつらが入る前に幾重にも策を重ねなくてはならない

彼ら諸侯が短絡的に暴発できないように

 

「この策の胆は、最良の間を見計らって陛下が諸侯に使者を出せるか、まずここにかかっている

 早すぎては疑われ、遅すぎては全員の身が危険になるからね

 俺達がどう間を読むか、全てはここにあるといっていい

 綱渡りではあるけど、俺はこれが最良の対処法だと思う」

 

そして仲業がまとめに入る

 

「ボク達将帥にとっては物足りないし誇りにも関わる檄文ではあるけどね

 兵や民衆、それに今頑張ってくれている宮中の官吏の事を考えたら、これが最善だと思うよ」

 

董仲穎が決意したように俺を見て呟く

 

「最悪でも私と一刀さん、ふたりの命で済むということですね?」

 

「朕も含めて3人というところであろうな」

 

劉弁の言葉に俺は頷く

 

「そう、上に立つ者として、ここで身体を張るのが俺達の義務だと思う

 だから済まないが…」

 

再び頷き合う俺達は気づくことはなかった

 

 

思いつめたように机上を見つめていたひとりの少女の想いに

≪洛陽宮中・評定の間/司馬仲達視点≫

 

我が君は相も変わらず無謀です

 

とはいえ、こうして骨身を削り自身の言葉に責任を取ろうとなされる方だからこそ、私は慕っているのですが

 

私を含めた皆で協議した結果ではありますが、この策の成功率は9割を超えると予想されています

元々が風評と官匪宦官が流したものですから、実際にこの檄文の内容を信じて参加するであろう諸侯豪族はほとんどいないだろう、と考えられるからです

 

ただし、激を発したのは名門袁家です

 

諸侯としては内容を信じる事はなくとも、それに乗らないという選択肢もまたないでしょう

 

なぜならこちらは天の御使いを僭称する者と、陛下を篭絡した豪族というのが彼らの認識なのですから

 

諸侯にしてみれば、洛陽に確認したい気持ちはあってもそれだけの危険を犯してまで確認することではないのです

少々知恵が回る輩でしたら、洛陽に不備がなければ袁本初に主な罪科を押しつけて逃げ延びる算段をつけた上で参加してくる事でしょう

 

もっとも、私達はそう立ち回れるように考えた上で、袁家を犠牲の羊として選んだ訳ですが

 

これらの流言に動いたのは、袁家の気質をよく知る皓ちゃんと明ちゃんです

私達がそれらを検証しましたが、そこに見るべき穴は存在しませんでした

それに、故意に見逃した宦官官匪の言動がそれを裏付けます

 

諸侯が正常な判断力を持っているのでしたら、そも彼らの言動に理を持てるはずはないのです

 

その上でこの檄文に乗る理由は、名誉欲しかないでしょう

 

故に、開放され日常を平和に送る洛陽を見て、その士気が保てる道理はないのです

 

汜水関と虎牢関に関所としての維持を目的とする以上の兵を配置しないのもそのためです

 

これも一種の“空城の計”と言うべきでしょうか

 

ともかくも、このような策を思いつき実行に移そうとする我が君には溜息しか出てきません

 

少しは私達の身にもなって欲しいものです

 

 

こうして会議はいざという時にどうやって皆の安全を計るか、という部分を煮詰める内容になってきています

 

宮中を精鋭で固め、官吏女官を我々の間諜や兵に置き換え、謁見の間には念のため兵を伏せておく、という常識的な事柄ではありますが、これらには細心の注意が必要となります

我々はその場に当然同席する、という事で、特例として武器の携帯を認める、と劉弁陛下もおっしゃっておられます

 

我が君は「俺はほら、車椅子だし」と笑っておられますが、そういう問題ではありません

 

これは後で皆でお説教する事にします

 

 

こうして皆が細部を煮詰めている間、ずっと無言でいる方がいるのにふと気がつきました

 

あの飛将軍ですらたまに言葉を発する中で、華将軍だけがじっと机上を睨んで無言でいます

 

恐らくは我々のみならず、特に董仲穎殿とその将軍達の行動を上げ諂い悪し様に罵っている檄文の内容を気にしているのでしょう

 

後に私はこれを気に留めず見逃した事を心底後悔する事となるのですが、今の時点では“その程度”と考えて意識から外してしまいました

 

せめて私は、彼女の顔を瞳をしっかりと見ておくべきだったのです

 

 

後悔先に立たず

 

この事は後々まで私の訓戒として記憶に留まる事となります


 
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