No.315969

外史異聞譚~幕ノ壱~

当作品は「恋姫†無双」「真・恋姫†無双」「真・恋姫無双~萌将伝」
の二次創作物となります

拙作は“敢えていうなら”一刀ルートです

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2011-10-10 17:04:58 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:4932   閲覧ユーザー数:3320

≪漢中郊外/北郷一刀視点≫

 

「さて…

 ここはどのあたりかな…」

 

言葉ののんびりとした穏やかさとは裏腹に、内心では冷汗をかきまくっているこの男こそ、本作品の主人公である北郷一刀である

 

何故に冷汗など内心でかいているのかといえば、理由は簡単

 

数々の知識と外史の発端に関する知識と引き換えに、本来扱えたはずの剣術やら運動神経といったものを根こそぎ奪われているからである

ただし、これは一刀自身が望んだことでもある

 

いくつかの外史を経験した結果、自分程度の武力では全く役に立たない、と考えたためである

それならば、この時代で活用できる様々な知識を携えた方が有益だろう、と思った訳だ

 

どうしてこのような事が可能になったのかはそのうち語ることとする

 

その結果として内心(実は表情に出ているのだが)恐怖で涙目になりつつ、周囲を見渡すことしかできないでいる、という有様なのである

しかも悲しいかな、一刀には景色を見ただけでここが大陸のどこであるか、というような知識は存在していない

 

(誰かに拾われる前に賊とか来たら、俺の人生いきなりエンディングだな…)

 

一刀にとっては運のよいことに、外史に飛ばされた時点で気絶している、という事も今回はない

だからといって、賊がきたら終わりなのはどちらでも一緒なわけで

 

(これって生殺しじゃね?)

 

と思いつつ軽く鬱になりそうな感じである

 

ここで腹を決めれば男らしいといえるのに、適度におろおろしているのが、なんとも北郷一刀だ、といえる

なんというか「女が絡まないと気合が入らないのかこの人誑し!」と遥か天空から数々の罵声が飛んできそうな勢いで、現在進行形でうろたえているのがとてもとても微笑ましい

 

そんな感じで徐々に萎れていく一刀であったが、程なくして、目の前に砂塵があがるのが見えてくる

 

もう逃げても仕方がない、と膝をカクカクいわせながら一刀が待っていると、黒駒に乗った黒髪の美少女が目の前で止まる

相手が美少女ということで、ひとまず安堵の溜息をつく一刀である

 

(さて、これが誰かはわからないけど、ここからが本番だ…)

 

なにしろ一言間違えばぽんぽん刎ねられる世界である

相手が美少女だからといって油断していたら、次の瞬間刎ねられかねない

 

他の外史よりも“厳しい”という“知識”もある

 

一刀は“初手”を間違わないよう慎重に、かつ相手の瞳から目を逸らさないよう顔をあげて言葉を紡いだ

 

「はじめまして、騎馬のひと

 私の名は北郷一刀

 貴女達の流儀でいうなら、姓が北郷で字が一刀、という事になる

 失礼かもだがお名前を伺って宜しいかな?」

 

「馬上から失礼する

 私は司馬仲達、姓が司馬で字が仲達だ

 非礼を承知で尋ねるが、貴方が“天の御使い”に相違ないか?」

 

柔らかい微笑みを湛えたままではあるが、馬上の少女は槍を寝かせてはいない

という事はまだこちらを信用していないという事なんだな、と一瞬で考える

これが本物の司馬仲達かは(主に性別的な意味で)確認できないが“外史”とは色々と“ずれ”が生じるという知識を元に、恐らくは本物なんだろう、と結論付ける

となれば一刀にできるのは早々に身の証を立てることだけである

 

「どうやら、この世界ではそういう事になっているらしい

 真偽の程は君に判断してもらうしかないんだけれど、これなんかは証にならないかな?」

 

そう言って聖フランチェスカの制服を脱いでから、彼女に受け取るように仕種で示す

余計な警戒心を抱かせないように、広げて払ったあとに地面に置き、その上で十分な距離をとる念の入れようだ

 

仲達は一刀の慎重かつ念入りな行動に内心で賛辞を贈りつつ、慎重に槍の石突で制服を持ち上げる

そのまま馬上で触ったり引っ張ったり陽に透かしたりしてから、徐に馬を降りて槍を地面に突き立てた

 

「疑ってすまなかった

 貴方が天の御使いかはともかくとして、少なくともこの国の者でないことはこの服が証明している

 これは謹んでお返ししよう」

 

一刀は笑顔でそれを受け取ると、さっさと制服に袖を通す

仲達はといえば、その笑顔を見て、一刀が目を離した瞬間に顔中に血を昇らせて視線が戻ると同時に顔色を元に戻していた

なんとも器用な娘である

 

(な、なんなんですか今の笑顔は…

 妖術でもあるまいし…

 まさか、これが天の力!)

 

天の力という訳でもないのだが、当たらずとも遠からずな気はしなくもない

 

(どういう事かしら、動悸が止まらない…

 こんな事今まで一度も…)

 

微笑みを絶やさずにいる仲達だが、その内心は荒れ狂っている

喩えるなら収穫期の麦畑に蝗害が押し寄せてきた、というくらいに

そういう部分が全く表に出ないまでに完璧な猫を背負っているのが、この場合の彼女の不幸であろう

 

対する一刀はといえば

 

(うわー…

 なんというか、こんな美少女、二次元にしかいないと思ってた…

 美人なんだけどなんか可愛いというか、眼福だ…)

 

と、本能の赴くままに目の前の少女の笑顔を愛でている

最初に接触できたのが賊でなかった事の安心感もあり、満面の笑顔のままだ

 

双方笑顔のまま、烏でも飛び交いそうな沈黙が場を支配することしばし

 

やはりというか、先に沈黙を破ったのは仲達の方であった

可愛い女の子なら延々笑顔で見つめていられる一刀に対し、内心の動揺を抑えきれなくなってきたのであるから、これはもう勝負にすらなっていない

いつから勝負になったのかという意見もあるだろうが、仲達の心情としてはそのような感じだ

 

「北郷殿、とりあえず場所を移したいのだが私の招待を受けていただけるだろうか?」

 

「それは正直とっても助かるよ

 なにしろ見ての通り着のみ着のままだからね

 喜んで招待させてもらうよ、よろしくね仲達さん」

 

そう言って笑顔のギアを一段階あげた一刀に対し、微笑みで応える仲達であるが

 

(~~~~~~っ!?

 一体なんなのですかこの笑顔!

 ええい!

 静まれ落ち着け耐えるのよ私っ!!)

 

このように“誑し”の本領を如何なく発揮する一刀にいいように翻弄されていた

 

そんな仲達の孤独な闘いには全く気付かぬまま、促されるままについていく一刀であった

≪漢中・司馬家別邸/司馬仲達視点≫

 

ところ変わって、現在は仲達の住む庵の客間である

 

ふたりの出会いから二刻程が経過しており、双方疲労の色が表情に出ている

が、その理由はかなり異なる

一刀の場合は、代償とした運動能力の欠如が理由である

はっきりいって一刀はナメていた

この時代の人間の歩行速度に全くついていけないのである

恐らく閨の中以外での体力は女童と互角か、下手すればそれ以下であろう

結果、途中から喋る事もままならず、仲達の庵に案内されて白湯を飲み、ようやく落ち着いたところである

仲達は逆に、一刀のペースにあわせた事によって疲れていた

これは一度体験した向きには判ることなのだが、自分より遅いペースで歩くのに長時間合わせるのは、存外に疲労を強いられるものなのである

とはいえ、そもそもの鍛え方が一刀とは異なる

なので、目の前でへばっている一刀を観察しつつ、道中であった事を分析でいる程度には十分な余力はあった

まあ、疲れている本当の理由は、こうして疲労を隠せないながらも、照れたように笑顔を向ける一刀に脳天を打ちぬかれているからなのだろうが

 

不肖、司馬仲達、これが初恋だった

 

閑話休題

 

ともかくも、翻弄される心とは裏腹にその脳内では異常ともいえる速度で分析が進んでいる

仲達が見たところ、残念ながら一刀に武の才は全くない

指揮官としての能力は個人の武勇とは全く異なるものではあるが、ここまで弱くては正直どれだけの兵が着いてくるか怪しい、というのが仲達の見解だ

天の御使いなどというものなのだから文武に秀でているという先入観があっただけに、これは少々意外を通り越して呆れるしかないところである

対して知の方を見てみれば、今度は逆に異常ともいえる見識の深さである

仮にも“司馬八達”の筆頭にあがる自分の見識を遥かに上回る

これまでの自分の勉学は一体なんだったのか、と、これも表情に出さぬまま激怒と嫉妬に駆られそうになる程に深く広いのだ

たかだか四半刻程度の会話でそう感じた程であるから、仲達の心中の驚愕は計り知れないものがある

 

つまり仲達が何をいいたいかというと

 

「私はようやく自身の才を捧げるに足る主君を得た!」

 

という事なのだ

一目惚れによる初恋補正がかなりかかっている気はしなくもないが、それはこの際仲達にとっては問題ではないのだ

自分が自然と頭を垂れるに足る人物が現れた

この事実こそが大事なのである

 

このように内心では狂喜乱舞している仲達であったが、その表面は相変わらず優美に微笑んでいるだけ

なんというか非常に難儀な子である

 

頃合も程よく、夕餉を挟んで一息ついたところで酒肴が用意される

実はそこに至るまでにも会話らしい会話はほとんどなし

とはいえ、それを双方不快に感じた様子もなく、場は自然と落ち着いている

 

「さて…

 北郷殿にも聞きたいことは多々あるとは思うのですが、まずは私の問いに答えていただけますでしょうか?」

 

内心では「我が主君はこの人以外なし!」と決まっているのに更に試すような形になるとは、本当に難儀な子である

ただし、やはりというか流石というか、ここで自分が不要と言われる事はない、と確信しているのもまた、難儀ながらも司馬仲達、というべきであろう

 

「ああ、なんでも聞いてくれていいよ?

 その方が俺も後で聞きやすいと思うし」

 

すっと表情を引き締める一刀を内心「これも素敵かも…」と思いつつ、核心ともいえる問いをぬるりと吐き出す

 

「北郷殿は“天より遣わされた太平での道標”と世評でなっています

 貴方は“太平”というものをどうお考えになっているのですか?」

 

仲達としては聞かずに済ませることは絶対にできない問題である

はっきりいって一目惚れした(とは本人はまだ認めてはいないが)とはいえ、この問いの如何によっては、仕えるどころか殺さなければならない、と決意していた

そんな彼女の決意を他所に、苦笑でもって答える一刀がそこにはいた

 

「うん…

 なんとなく言いたいことは判るよ

 俺は“天の御使い”だし、実のところそれから逃げる気も全くない

 だけどね、仲達さん」

 

ここで杯をとりゆっくりと唇を湿らせると、一刀は再び表情を引き締めて仲達に向き直った

 

「これは俺の正直な気持ちなんだ

 一体なにが“太平”なのか、ってね

 官匪を排し漢王朝を再び復興すること?

 来るべき乱世を勝ち抜き大陸を束ねてみせること?

 この後数多に出てくる英雄覇王に力添えすること?

 それとも、農業漁業工業に天の知識を用いて飢えや病から民衆を救うこと?

 俺にはそのどれもが正解で、だけど正解とは思えない」

 

無言で言葉の先を促す仲達だが、次の一刀の言葉に、恐らくは自覚してからはじめてその微笑みを絶やすことになる

それは、仲達のみならず、この大陸の誰もが思い描く事すらなかった、驚愕の一言であった

 

 

 

「俺はね、仲達さん

 この大陸に“民主共和政治”を打ち立てようと思っている

 噛み砕いていうなら“民衆が統治者を選び民衆が政治に対しての責任を取る”という、そんな世界をね」

≪漢中・司馬家別邸/世界視点≫

 

一刀の言葉は仲達にとっては想像すらしえなかった

顔は青褪め、唇からは血の気が引いている

衝撃のあまりかえって冷静になってしまっている思考の一部が大声で叫ぶ

 

(この男は危険だ!

 狂気に犯されているといってもいい!

 今なら間に合う、殺してしまえ!)

 

と…

 

ありえない

本当にありえないのだ

王無き未来、帝無き未来

考えるだに恐ろしいことだ

喩え塗炭の苦しみに喘いでいる民衆であっても、そんな事を考えているものは一人としていないだろう

とって換わろうというのなら、まだしも理解はできる

禅譲・簒奪・僭称等々、過去から連綿と続く大陸史にあっても、皇位の交代など数限りなくあったことだ

畏れ多い事ではあるが、この男が“天の御使い”の風評を背に漢室から帝位を奪う

それならまだ理解も納得もできる

 

だが、目の前の男は何を言った?

 

王無き未来、皇帝無き未来、天子無き未来だと?

 

 

驚愕に打ち震え、知らず腰の剣に手を伸ばす仲達を前に、一刀は驚くほど冷静であった

自分の言葉が狂人の迷い事にしか聞こえないのは先刻承知

そもそも、一刀がいた世界においても、民主主義などというものが確立してからたかだか数百年

一部特殊な例外はあったにせよ、近代民主主義としてはせいぜい200年といったところだ

それを、更に1800年も前の後漢時代に適用できるか、と問われれば、一刀であっても迷わず首を横に振る

それくらいの暴言を今自分はしているのだ

 

しかし、これこそが自分が積み上げてきた全てのものを知へと換えてこの外史にやってきた理由である

そして直感ではあるが、これが唯一にして最後のチャンスである、と一刀は確信していた

理由は様々であるが、敢えていうならひとつだけ

 

司馬仲達を除いてこの言葉に賛同しうる逸材は存在しない

 

ただただ、この確信のみである

 

仲達から目を逸らさぬまま、一刀は思考する

この案をこれから割拠するであろう、群雄の元にもっていけばどうなるだろうか、と

 

まず、孫呉と袁家は論外

程度の差こそあれ、彼らは民衆に“生きる権利”以上のものを認めてはいない

それは支配者としては正しい姿勢ではあるが、民主主義思想とは決して相容れないものである

 

次に曹孟徳

“治世の能臣、乱世の奸雄”と称されるように、有能な人物であるのは今更言うまでもない

恐らく民主主義に則ったとしても、多くの民衆が曹孟徳を支持するだろう

しかし、曹孟徳の覇気と才幹はあまりに大きすぎる

権能に比して才能を発揮する人物であるだけに、今のままでは危険すぎるのだ

民衆が“頼りすぎてしまう”程に

 

そして董仲穎と劉玄徳

彼らが外史で掲げる理想は、なるほど民衆の側に立った素晴らしいものであろう

しかし、その彼らとて“民衆と同じ立場”に自分を置く事は考えてもいないだろう

結局は上からの改革であり、あくまで王政にあって民衆を救う、という立場は変わらないのだ

 

その他諸侯や豪族に関しては、劉玄徳らや孫呉と似たり寄ったりであろう

 

そうである以上、一刀にとって、この外史での選択肢はふたつしか残っていなかったといっていい

 

ひとつは、水鏡塾に拠って彼ら彼女らの学識や見識を基礎に大陸中を巡ること

もうひとつが、今目の前にいる司馬仲達を説得し、その名声と見識を以て群雄割拠の世に打って出ることであった

 

いかな外史の計らいか、幸運にも最初に出会えたのが司馬仲達である

疲労から回復し、明確に思考を操れる今となっては彼女に賭けるしかない、と一刀は腹を決めていた

 

そんな一刀の決意を知らず、中達は腰の剣にゆっくりと手を添えると、驚愕に震えたままの声でゆっくりと問うてきた

 

「北郷殿…

 いや…“天の御使い”にもう一度問おう

 貴方が考える“道”が、何故太平を意味するのかを…」

 

理由によってはこの場で殺す

壮絶なまでの決意をその瞳に映し、仲達は真摯に問う

僅かな虚言も赦しはしない、その決意を瞳に籠めて

 

「うん…

 もしどうしても納得がいかないのであれば切ってくれて構わない

 そのくらい仲達さんにとって衝撃的な事を言っている自覚はあるからね」

 

真摯な想いには真摯に応える

それが一刀が祖父から得た一番の訓示である

 

「まず、最初にこれははっきりしておかないといけないね

 俺が掲げることは、恐らくどうやってもすぐにはできない

 早くて20年か30年か…

 いや、100年はかかると思っていいと思う」

 

その言葉に叫びそうになる仲達を視線で押し止める

 

「ただね…俺はこう思うんだ

 太平なんてものは万民に与えられることは恐らくはない

 どんな社会でもどんな治世でも、必ず不満は出る

 それは仕方のない事なんだ」

 

だけれどね、と一刀は言葉を紡ぐ、淡々と、しかし心を籠めて

 

「俺は、その不幸のきっかけになるのは、今のような一部の統治者の都合に振り回されたものではいけないと思うんだ

 どんなに遠回りでもいい、どんなに険しくたって構わない

 選ばれた数少ない英雄英傑の手腕で決まる未来ではなく、無能であるかも知れない大多数の人間が最大公約数で選ぶ未来」

 

最大公約数は多数決と言い換えてもいいね、と付け加える

 

「これはとても長くて苦しい道だ

 どんだけ苦労して種を蒔いたとしても、芽吹くにはとてつもない苦労と時間が要る

 そしてこの芽は一度絶えてしまえば、再び芽吹くまでに何百年という時間が必要になるだろう

 正直、今の時代にはあまりにも早い思想なのかも知れない」

 

視線で断りを入れて、そっと杯を口元に運ぶ

 

「でも、世界が真実“太平”を求めるのであれば、俺はこれをやらなくちゃいけない

 受け入れられないとしても、狂人と謗られようとだ

 なぜなら…」

 

今までにない意思を籠め、一刀は仲達をその視線で貫く

 

「真の太平、真の平安とは、ひとりひとりが逃げる事なく、自らの力で勝ち取り支え続けなければならないからだ!

 そうじゃないのか司馬仲達!!」

 

 

その舌鋒に急所を打ち抜かれたかのごとく、驚愕を絶望にも似た色に染め、ただ立ち尽くす少女の姿がそこにはあった


 
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