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リヴストライブ:第3話「たまにはリィの回想を」part2

リヴストライブというタイトル、オリジナル作品です。 地球上でただ一つ孤立した居住区、海上都市アクアフロンティア。 そこで展開される海獣リヴスと迎撃部隊の攻防と青春を描く小説です。 青年、少女の葛藤と自立を是非是非ご覧ください。 リヴストライブはアニメ、マンガ、小説等々のメディアミックスコンテンツですが、主に小説を軸にして展開していく予定なので、ついてきてもらえたら幸いです。 公式サイトにおいて毎週金曜日に更新で、チナミには一週遅れで投下していこうと思います。公式サイト→http://levstolive.com

2011-10-08 22:58:37 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:340   閲覧ユーザー数:340

ノベルス:第3話「たまにはリィの回想を」part2

 

「何かあれば話してくれ。また来るよ」

「……………………」

 蛍光灯の光が時折、ちかちかと消えかけた蝋燭のように点灯した。どこから入り込んだか分からない蛾が、その光を求めては弾かれている。

 その光景は、今しがたここを出て行った台場誠二の姿にそっくりだった。

 この場合、わたしが光であの人が蛾というシチュエーション。

どうしてそんな風になるのか。

 それは、あれからわたしは誰とも口を利いてないからだ。まあ、誰ともと言ってもここを訪れるのは台場誠二、その人しかいないのだが。

さて、あれから、という言葉にどれだけ正確性が含まれているだろうか。

わたしはここにきてから一度として陽の目を見ていないし、この部屋には時計もないので時間の感覚も分からない。

 さらに言えば体内時計も機能していないようで、食欲が湧かず何も口にしていない。そもそも今まで何も食べたことのないわたし。

 食欲がないというのもあるが、何かを口にするにはちょっとした勇気が必要だった。だから毎日三度と出される食事には手をつけていない。

 合金で出来た扉には、給食のお膳が入る程度の平べったい穴が空いていて、いつもそこに家畜のごとく食事が差し込まれている。

わたしは扉一枚隔てて、支給される食事に文字通り味気ない気持ちになった。

 しかしそんな中で、彼だけがいつも平然と扉を開けて、私に話しかけてくるのだった。わたしに付き添ったところでどうなるわけでもないだろう。

 案の定、その間のわたしと言えばウンともスンとも反応する意思を見せていないが、それを責められる覚えはない。

 彼とわたしが出会ってから数日間はこの繰り返し。

 この数日という感覚、その間にわたしは四、五回と寝床に就いたと記憶している。そして彼がここに来るのも5回目。だとすれば私の就寝回数と照らし合わせても一日一度ぐらいのペースで来ているのかもしれない。

 つまり今日で五日目?

 仮に五日間として、その間に、わたしは二度ほどの採血を受け、加えて毎回のように計温された。

 あとは「食欲は?」とか「ここの部屋の温度は大丈夫かい?」とか彼の問診じみた会話が一方的に続く。そんな彼の言葉をわたしはことごとく無視した。

 けれどあの人は、めげないし懲りない。ここまで一方的に無視しているのに、不思議な人だ……。

 正直なところ彼らから受けた仕打ちと言い、未だにこの部屋から出してもらえない待遇と言い、警戒し拒絶してしまうわたし。

 でも一応、ベッドに磔の刑だけは解いてもらった。その点では感謝している。 けれどそれはわたしが言葉を口にする理由にはならない。

 たとえば婦女暴行を犯した人物から慰謝料をもらったからと言ってその行いを許せるはずもなく、ましてや未だに見知らぬ場所に押し込められているとあっては到底心を開くなどは不可能な話だ。

 台場誠二から直接的に危害を加えられたわけではないが、わたしにとってはここの白衣を着た人間はみんな嫌いだ。誰とも話したくない。

 だからこうしてベッドの上で縮こまっている。ときには足を伸ばしたり、座りながら前屈したりして、持て余した時間をごろごろと寝転がりながら潰していた。動かしたことのない身体を動かすのはなかなかに難しい。

 知っていることと出来ることは違うようだ。でも自分がまだ何も出来ないことに対して不思議と悲壮感はない。むしろ、積極的に動いてみるのもいいかもしれないと考えているくらいだ。

 わたしは、そんなことをふと思いながら初めてベッドと言う長方形の領域から出ることにした。ここに来てまだ数回しか寝ていないが、ずっと横たわっているのも飽きてしまっていた。

 自分で言うのも何だが結構活発な性格なのかもしれない。

「よいしょ」

 ベッドの端に足を投げ出して、そのまま床に着けてみる。白塗りのコンクリートはひんやりとして、全身に一瞬寒気が走った。でも、それもベッドの上で退屈するよりは悪くない。

 これはイケるかもしれないと踏んで下半身に力を入れてみる。

 少し足元が心元なかったが、わたしはそっと立ち上がった。

「よっとっと」

 右に左によろけながら、わたしはなんとか三歩歩くことができた。

やってみれば案外出来てしまうものである。

 調子に乗ったわたしは、合金で出来た扉まで歩いてみようと思った。退屈しのぎの暇つぶしにしては面白味みに欠けるが、今のわたしに出来ることといえばこれくらいなので、まあ消去法というやつか……。

 そんなわけで数歩歩いたところで案の定よろけてしまった。鳥が羽ばたくように腕をバサバサとさせるも、バランスを崩して転んでしまったのだ。

「痛ッ……」

 と同時に数十歩先の扉が開いた。まるでわたしが転んだことを知っていたかのように何とも間が悪いタイミングだろう。

 せっかく大人しいキャラで通していたのにこれじゃあ台無しだ。

いや、そもそも人としての土台すら与えられていなかったわたしなのだ。前提条件から台無しな上に、転倒までして踏んだり蹴ったりとはこのことかもしれない。

そして追い打ちをかけるように、そこには勿論、懲りない顔をしたあの男が立っていた。そう、台場誠二、その人である。

「おやおや、歩くなら言ってくれればいいのに。まだ君の筋肉は未発達だから歩行するにも人の手を借りることになるよ」

 その言葉にわたしは内心ムスッとしていたが、表面上は無表情に徹した。

 着せられた病人用のバスローブのような服がはだけているが気にしない。

わたしは物心がついた瞬間から裸だったのだ。羞恥心など、とっくにどこかへ置いてきた。

 だがそんなことよりも、ちょっと屈辱だったのが、それから彼に抱きかかえられてベッドに戻されたことだ。それはちょうどお姫様抱っこの模様。

 誰も頼んでないよ、まったく……。

 抱きかかえている間、仕方なしに大人しくしているわたしに、

「私に娘がいれば、こんな具合だったのかな」

 なんて言う始末。胸中を察すると言うことを知ってほしいと切に思った。

(わたしは一人で出来るから、どうか下ろしてほしいです)とかそんな具合に。

 そういう彼の表情と言えば、彼の言葉通り愛娘の世話をしているような様子でほがらかに、こっちが腹の奥底で悪態をつくのも馬鹿らしくなるほどだった。

「よっこらせっと」と言って、わたしを優しくベッドに下ろす台場誠二。

 わたしの観察眼。今日の彼はポロシャツに白衣を羽織っているだけのようで、毎度毎度と非常にフランクな着こなしをしている。

 なんだか子供がふざけ半分に科学者ごっこをしているような感じだ。

 そうしてわたしがジトっとした目で睨みつけてみると、彼はそれに構うことなく話しかけてきた。

「リィ、そこに呼び出しボタンがあるって言ったろう。何かあったらそれで呼んでくれ。あとな、あそこの扉の上の辺りの半球の黒いカバーがあるだろ。あれは隠しカメラで君の行動は丸見えだ。俺以外の人間も見ているからあまり怪しい行動は慎んだ方が身のためだぞ。ほら、また拘束されたくはないだろ?」

 そう言って彼は微笑んだ。

 このときのわたしは少し呆けていて、自分がどんな顔をしていたのかよく思い出せない。でも、少なくとも無邪気な目を彼に向けていたのかな、と思う。

 何故なら彼に対しては、わたしがあの薄暗い場所で見た人間たちや葛城とはまた違った印象を持ち始めたからだ。

「他の連中は君のことを危険分子だと思っている。だから済まないがまだ君をここから出すわけにはいかないんだ。だが近いうちに私が君に関する報告書を作成して、何とかここから出られるように取り計らうつもりだ」

「………………」

 ここから出られるというのは悪い話ではない。けれど、考えてみればここから出て何をしたいというわけではない。行くあてのないわたしには、それが大した特典には思えなかった。

 台場誠二はベテラン教師のような説明口調で続けた。

「それには君に関する情報が必要不可欠だからね。外側からの情報には限界があるし、それに何より君の口から話すことが大事なんだ。遅かれ早かれ君は自分で身の安全を証明しなければいけない」

「………………」

 わたしは黙して語らない。そんなわたしを見かねてかは知らないが、少し悩んだあげくに彼は、どさっ、とわたしの横に座った。

「さてと、君が語らないならしょうがないか。ここ数日、ちょこちょこ顔を出していたがこっちも悠長にやっている時間がないようでね。良いよ、君はそのままで。でも、その代わり私の話に長く長く飽きるまで付き合ってもらおうかな」

「?」

 淡々とした口調なのに、私たちはこれから永遠を生なければならない、とでも言うような覚悟が彼から感じられた。

 わたしはそんな彼の横顔を見上げたが、彼は真っ直ぐ斜め上を見つめている。

「うーん、どこから話したものかな……。そうだな。じゃあ、まずは私のことを話そう」

「………………」

「今さらだけど私は台場誠二、ここの研究職員だ。私の研究分野はリヴスとの対話と学習。覚えていないかもしれないけど、ガラス越しから学習装置で意識のない君に最低限の知識を授けたのは私だ。おしつけがましいが、ある意味君の教師、父親――……友人、この際関係性は何でもいいか。まあ、わたしの名前も好きにするといい」

(なるほど。じゃあ、ここはとりあえず誠二さんと呼ぶことにしますか)

「そしてここは地球上で唯一人間が存在する場所。海上都市アクアフロンティア。と、これももう知ってるね。うーん、そうだなー……」

 そう言って誠二さんは洗顔するような仕草で顔を一拭いした。

「………………」

「私が研究している脳波と睡眠学習の関連性とかには興味……ないよな。分かってるよ」

 どうやら何を話すか決めていなかったようだ。

 あまり積極的に自分で話を進めるのは得意ではないらしい。

「……うん、そうかそれも違うか。いつもはウチの息子が話しを吹っ掛けてくるんで会話に苦労はしないんだが――」

(……息子?)

 その言葉が何故かわたしの琴線に触れた。

 この人には家族がいる。要はそういうことなのだが、いや、そういうことだからこそわたしが反応してしまったのだろう。

 言葉や概念こそ知ってはいるが、実際に触れたことはない。

 孤独と対をなす言葉、か――。

「――? そうだな、じゃあ息子の話でもしましょうか、お姫様」

 ムっ、なるほどそういう所はするどいのか。

 わたしの反応を見て話題を決めたようだ。

 そういうところに敏感でないと、この人はまともに会話ができないだろう。

 彼の生えかけた不精ひげのように、話題が散漫だ。

「そうだな、まず息子の名前は台場栄児。栄える稚児と書いて栄児。と言ってももう歳が十三を数えるから稚児ではないな。だいたい君が今九歳だから四つ年上ということになるか」

(そっか、わたし九歳なんだ)

「私の家族は三人。妻の青海に、長男の栄児、そして私。君が気にかけた栄児は小さい頃からどこか角ばった性格で、何かと丸く収まることを嫌う奴なんだ。何て言うか融通が利かなくてね」

(ふーん……)

「球技なんかでよくボールを持ちたがるやつっているだろ? 栄児はその類だ。そのくせそれを巧妙に隠そうとする。表立ちたくはないが、かといってないがしろにされるのも気に食わない。良い奴なんだが、どうも協調性に欠けるのさ」

(協調性……、周りに人がいて初めて成立する言葉――)

「そうそう。あるとき、あいつがこんなことを言ったんだ。俺はこの世界を救うってね。君も知っての通りここは常にリヴスの存在に脅かされている場所だから、必然的に誰が敵かといえばそういう話になってしまうのさ、頭固いと思わないか」

 わたしはついつい彼の会話に聞き入ってしまっていたようで、おもむろに首をかしげて見せていた。

 ちょっとした好奇心が感情の表現を後押しするという論説もあるようで、今のわたしはその状態なのかもしれない。

「私としては常に何かを敵対視してそれを糧に生きるようには育ってほしくはないんだがね。だから私は言ったのさ、まずはそこが本当に救う価値のある世界なのか確かめろってね。ん? 何だいその目は、わたしは世界をどう思っているのかって?」

 わたしがいつそんな目をしたのだろうか。意図を汲み取るのは勝手だが――そのときわたしは無意識にコクンコクンと頷いていた。

「んー私はどっちだろう。価値があるのか判断しかねるよ。いろいろ見てきてまだその境地なんだ。ましてやあいつが辿り着く場所はどこなんだろうな」

(そんなことをわたしに聞かれても……)

「あ、それで私が確かめろって言った次の日、あいつどうしたと思うかい?」

 わたしは〝考える人〟のポーズに近い感じで考え込んでしまう。

 これはなかなか難解な問題であることは間違いない。

 協調性に欠けて、ちょっと自己中心気味で、頭が固い――それだけ聞くととんでもない人間を想像できてしまう。

 例えば独裁スイッチをふとした瞬間押してしまいそうな普遍的な危さを伴った、そんな人物――いや、それは勘ぐり過ぎか。

「さて正解はな、このアクアフロンティアを出ようとしたんだよ、あいつは。ははっ、笑えないか? あいつの頭の中では世界はここだけじゃなかったんだな。ここと外両方で世界とみなしたんだ。いやでも当時はかなり大変だったよ。青海は栄児がいなくなったって職場に電話してくるわ、気は動転してるわで――」

 誠二さんは楽しそうに語っていた。おもちゃ箱からお気に入りのおもちゃを取りだしたようなそんな無邪気な顔だった。

「結局、防壁の検問で引っ掛かってこっちに連絡があったんだ。『おたくのお子さんが世界を見せろと言って手がつけられません』ってね。それで叱ったよ、もちろん叱ったけど、ちょっとだけヒントを上げた。あいつを私の許可証で防壁の頭頂部まで連れてって外を見せてやったんだ。今日はこれで我慢しとけって言ってさ」

 そのときわたしの口が思わず緩んだ。

「変なお子さんですね」

「そうだろ? でもまあ自慢の息子なんだ。君さえ良ければいつか会ってやってくれ。君を見て初めは怪訝そうな顔をしそうだけどな」

 そう言って彼は口元で笑みを作った。

 わたしが彼と会話した初めての瞬間。

 そう、私はもう黙りこくるのも飽きてしまった。

はっきり言って飽き飽きだ。

 女心と秋の空なんてどうでもいい諺が浮かぶほどに、わたしは話し相手が欲しかったのかもしれない。

 それから、わたしは誠二さんが来るたびに会話するようになった。

 家族の話、世間の話、話題の大小問わず様々なことを、この部屋で語り合ったのだ。

       *

 懐かしい声がする。

でもどこか先鋭的でチクチクと肌を突き刺すようなそんな声。

「我の写し身よ、早くここから出るがいい」

「我の写し身よ、自然の摂理に沿うがいい」

「我の写し身よ、早く我を解放するがいい」

 あなたは一体誰なんですか?

「我は始祖、お前の中に住む本能だ」

 本能?

「今は時期ではない。我が同胞の成熟には程遠い」

 何の話をしているの?

「だが時はいずれ訪れる。そのときまで耐えて待て」

 待つ? 待つって何を――何を待つの…………。

「そのうちお前の目の前から人間が一人消える。おそらく、お前が外界を目にするのはそのときだろう」

 人が……消える? 一体――

 

つづく


 
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