No.314917

真・恋姫†無双 桃園に咲く 拠点桃香1

牙無しさん

副題は「花咲かす少女」
桃の香に英傑が募る構造。
シリーズの続きとしても、ひとつの短編としても見れるように仕上げてみました。

遅ればせながら横山三国志を読んでみたりしています。

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2011-10-08 21:34:37 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:2551   閲覧ユーザー数:2275

 

 人が埋まっていた。

 

 桜木の根元を掘り起こしたわけでは決してない。

 そももそこの大陸に桜ってあっただろうか。

 元の世界では春の代名詞として有名な植物だが、中国では古代からどちらかといえば桃の木が美しい花をつける樹木としては有名だった気がする。

 視界を埋め尽くす桃の花園は記憶に新しい。

 あの時絆を結んだ義妹のひとりは、今人垣に埋もれていた。

 

「ちょ、ちょっと待って。お姉ちゃんはひとりしかいないから、そんなにたくさんの話聞けないよぉ!」

 

 悲鳴に近い桃香の声に耳を傾けながら、露台の設けられた喫茶でゆっくりと一刀は茶を啜る。

 黄巾党討伐の折にその武をいかんなく発揮し、一躍有名となった愛紗や鈴々とは違い、一刀の存在価値は未だ眉唾ものといわざるをえない。

 乱世を治める天の御使いなど、信じないものからすればなんということもないただの人だ。

 そうでなくとも2000年ほど先の未来の生活に甘やかされているのだから、出来ることなど少ない。

 文官としても使いどころがないぶん、廬植先生のお墨付きを貰ったという桃香の方がまだ立派だ。

 そんなわけで、使いどころの少ない天の御使いは数少ない城下見回りにやってきたわけだが。

 

「本当に懐かれてるなぁ」

 

 本来1人でぶらつこう、否、警邏をしようかと思っていたのだが、城前で桃香と鉢合わせて同行することになった。

 人数が増えることで困ったことになるわけでもあるまいと連れ立ってきたのだが、この見通しが甘かった。

 行く先々に桃香を慕い親しむ声が溢れ、数十歩歩けば呼び止められる。

 道行く町民、露店を出す商人問わずだ。

 客将として白蓮に厄介になって日が短いわけではないが、それにしても異常な数だといえた。

 人を惹きつける磁力でも発しているのかと疑うぐらいに。

 今もどこから沸いたのか子どもたちに囲まれてもみくちゃにされている。

 蟻に集られたように袖を掴まれ、背中によじ登られ、立ち往生した形だ。

 往来のど真ん中にあるその人垣に、誰もが眉を顰めるどころか微笑ましい笑みを浮かべて通り過ぎていくのだから手に負えない。

 しかたなく一刀も巡回を中断して飲茶と洒落込むことになった。桃香はそのまま放置で。

 

「桃香おねーちゃん、鬼ごっこしよ」

「かくれんぼがいいよ」

「お話聞かせてー」

「だっ、だから、お姉ちゃんは見回りしなくちゃいけなくてぇ」

 

 精一杯説明している桃香の話など誰も聞いちゃいない。

 最早『桃香と遊ぶ』のではなく、『桃香で遊んでいる』といったほうがしっくりくるような気もした。

 太守、公孫瓚の尽力もあって、付近の黄巾党も沈黙している。

 大陸全土にわたって展開しているのだから予断は許されないが、とりあえず小康状態といっていいだろう。

 平和を絵に描いたような長閑さのなかで、子どもたちと戯れる桃香の姿は、酷く似合っていた。

 

 

 

 

 第一印象は、乱世に似合わないか弱い少女で、たぶん今もその印象は崩れない。

 天真爛漫で儚さとは無縁だけれど、血なまぐさい道を進むには無垢すぎる気がする。

 中山靖王劉勝の末裔を自称し、宝剣を所持していても、育ちは啄郡楼桑村の少女。

 本当なら、こうやって村落に溶け込んでいるほうが自然なのだろう。

 それがこの乱れた世を治めようというのだから、大それた話だ。

 大それた話を信じたいのは、彼女にそう思わせる何かがあるから。

 彼女は人を惹きつける。外見的魅力もあるのだろうが、きっとそれだけじゃない。

 隣を歩いているとよくわかる。

 花咲か爺さんみたいに、歩いた跡から花が咲いていくようだ。

 春の匂いに生命が誘われるように、愛紗や鈴々みたいな豪傑が集まってくる。

 『歴史』としての知識を踏まえれば、これからも。

 

 いつの間にか温くなった茶を煽ると、疲れた顔した桃香がフラフラとよってきた。

 キャッキャと騒ぐ子どもたちの声が、遠くなっていく。

 ようやく開放されたようだ。

 戦を終えた英雄の為にもうひとつお茶を頼む。

 品書きから顔を上げると、恨めしげな瞳とばっちり視線が合った。

 

「ご苦労さん」

「う~、酷いよご主人様。止めに入ってくれてもよかったじゃない」

「いやいや、俺がいったところで焼け石に水だろうし。それに、桃香自身満更でもなさそうだったからね」

 

 止めようと思えば出来なかったわけではないが、そうしなかったのは彼女の頬もだらしなく緩んでいたからに他ならない。

 困ったような口調で話してはいても、その表情に厳しいものは全くなかった。

 誰であろうと人を受け入れ、交流を心から楽しんでいる。

 受け手もそれを理解し、だからこそ心を開くのだろう。

 痛いところを突かれた、と桃香の額に文字が浮かび上がっている。

 ホントわかりやすい。

 

 

 

 

 

 

 

 

「紅葉ちゃんはお母さんのお手伝いで機織りを始めたらしくて、陶嵩くんのおうちには妹さんができたんだって。でね、菖蒲ちゃんは――」

 

 設けられた席に座った桃香の話題は先程までいた子どもたちについて。

 お茶が来るまでのつもりだった談笑はを知らず、先ほどから出てくる名前の数は2桁に上る。

 子どもたちの近況を話す桃香のふやけた表情に、思わず苦笑が溢れた。

 

「む、ご主人様聞いてる~?」

「聞いてる聞いてる。それよりお茶冷めちゃうよ」

 

 話すのに夢中ですっかり忘れられた湯飲みを指差すと、桃香は慌てて手を伸ばした。

 さらに思いの外熱いお茶にやられて咽こむという、ここまで忙しないと平時の愛紗の気苦労が伺えるというもの。

 

「ちょっとは落ち着きなよ。ほら」

 

 手ぬぐいを渡すと、着地に失敗した猫のような顔していそいそと口元を拭い始めた。

 

「私ってそんな落ち着きないかな? 愛紗ちゃんにもよく注意されるし」

「まぁ、落ち着いた人とはいえないよね」

 

 いってるそばから大味な動きをする肘にぶつかって桃香の湯飲みが倒れそうだ。気づかれないようにさりげなく位置を変えてみる。

 

「この間もね。行商人さんの馬車馬が泥濘に嵌って動けないのを見かけて手伝ったんだけど、結局何も出来なくて」

「……それでもなんとかなったんでしょ?」

「うん。村の人たちがどんどん集まって、最後は村総出の騒ぎになっちゃったけど、なんとか」

 

 力なく桃香が笑う。

 事なきを得てほっとしたようにも、自分の無力さを恥じているようにも取れる笑顔だった。

 

「だったらそれでいいんじゃないか? 結果が良しなら……ていうと語弊があるかもしれないけど、桃香の行いに何か反省すべきところことがあったとは思えない」

「まぁ、結論からいえばそうなんだけどね」

 

 いわんとしていることはなんとなくわかる。

 大方人が多くなる過程で、危ないから下がってといわれたのだろう。

 自分で騒ぎを広げて、結局人任せにしてしまったような負い目がそこでできたのかもしれない。

 

 

 

「まぁ愛紗はわからないけど、鈴々あたりなら馬車馬ぐらいひとりで引っ張れそうだね」

「だよね」

「けれどさ」

 

 桃香と同じときに頼んだ新しいお茶に口をつける。

 

「たとえば桃香と愛紗と鈴々の3人で同じような状況に出くわしたら、きっと誰よりも早くそのことに気づくのは桃香なんだと思う。

 桃香が気づいて、これは大変だよって周りに教えて、そこで初めてみんなが力を合わせる。

 力を振るうのは愛紗や鈴々でも、そのきっかけを作るのは桃香なんだと思う」

 

 諭しながら、ようやくわかってきた。

 数多の英傑を引き寄せる劉玄徳。

 その名を冠した彼女は、おそらく花を咲かす少女ではない。種を撒く少女なのだ。

 花を咲かせるには色々なものが不足していて、それでも花を咲かせようと、不毛の大地に種を撒く。

 嘲笑を買おうが真摯な気持ちで種を撒くその姿は危うくて。だから誰か彼かが手助けをしようとする。

 識者が効率の良い撒き方を教え、力ある人が花植えの手伝いをする。

 力は非力でも、帝王にまつわる学に乏しくても、やはり人の中心に立つものとして有利に働く資質があるのだろう。

 

 湯飲みの淵を指でなぞりながら話す一刀を、目を丸くしながら桃香は見ていた。

 褒められたというには、なんとなく違うような淡々とした話し方に、くすっぐたさを覚える。

 仲間たちのように、力がない。

 自分で好きになれない部分を、すんなり認めることができそうになるような気がした。

 なぜだかふいに頬が熱くなる。

 急に顔が見れなくなって、図ったようにかち合った赤銅色の瞳から、慌てて目を逸らした。

 

「そ、そうかな?」

「まぁ乱世をなんとかしたいなら、覚えることもたくさんあるだろうけど、桃香のそういう部分はなくさないで欲しいな」

 

 細められた目が、どことなく早世した父を思わせた。

 さっきまで萎んでいた気分が高揚してくるのを感じる。

 居ても立ってもいられなくなって、一息に茶を飲み込んで立ち上がった。

 急なことに小さく両手を挙げた一刀が驚いた顔をしている。

 

「よーし、それなら休んでいられないよご主人様。まだ困っている人が居るかもしれない。警邏に戻ろう!」

 

 いうが早いか、店主のところへ駆け足で向かっていった桃香の背に、一刀は浅く息を吐く。

 さっき鳴いたカラスが、といった調子だ。

 あれなら鈴々のほうがまだ落ち着きがあるかもしれない。いやどっちもどっちか。

 まだ3分の1残っているお茶と会計を済ませている桃香を交互に見やって、湯飲みを卓の上に置いた。

 

 露台に面した通路には、行き交う民草。

 踏みしめる大地には当然、あの世界のようなアスファルトなんてどこにもない。

 風が吹けば舞い上がるような黄色い砂がどこまでも続いている。

 花を育てようにも、環境が悪い場所だなぁ。とぼんやり思った。

 同時に、この場所にもいつか花が咲けば良いと思う。

 視界を埋める花の道を想い、その先を歩く桃香を想像した。

 そうするためには、今は険しい道が続くだろうが。

 

「とりあえず、できることをしてみようか」

 

 卑怯じみた知識と、眉唾の名声。

 自分が持っているアドバンテージを使って。

 手を振って駆け寄る未来の王に、一刀は小さく手を振りかえした。


 
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