誰かを好きになることは幸福だが、
誰かを好きでいることはかくも残酷で、あまりにも不幸だ。
prologue「終わりの始まり」
「今度はどこに行くの?」
紅い髪の少女が尋ねた。
「今度はどこに行くんですか?」
蒼い髪の少女も尋ねた。
「うーん、そうだね。ここよりもっと不自由なところ、かな」
白髪の少年が答える。三人は並んで歩いていた。
「なんで?」
「どうして?」
少女たちが声を揃える。
「彼がうるさいからね。・・・あと家族に会いに行くんだよ」
「家族?」
「家族ですか?」
「そう家族」
白髪の少年は静かに、笑った。
「雨」
白髪の少年は振り返ると後ろを歩いていた淡い髪色の少女に話しかけた。
「なぁにパパ」
雨、と呼ばれた少女は答えた。
「君は蒼と一緒に行って来てくれないか?」
白髪の少年は蒼い髪の少女の頭に手を、ポンと置く。
「いいけど、パパはどうするの?」
淡い髪色の少女は三人に追い付くと、蒼い髪の少女の手を取った。
「僕?僕は、別の場所で別の事をするよ」
「ふぅん、まぁいいけど。じゃ、行こっか、小宵ちゃん」
「はい」
と蒼い髪の少女、小宵は答えた。
「あ、そうだ」
白髪の少年は思い出したように言った。
「あいつに会ったらよろしくね。まぁ、まず出くわさないと思うけれども」
言い終わるや否や白髪の少年の姿はそこにはなかった。
「あいつ?誰のことかしら、ね」
淡い髪の少女は小宵に向かって小首を傾げる。
「?」
小宵も同じように小首を傾げた。
★☆★
辺りは白いもやに包まれていた。深夜とも早朝とも区別のつかない夜明け前。徐々に辺りは明るくなってきてはいるが依然として薄暗い。そんな中、男はひとり、道ともいえぬ山道を歩いていた。
「全く、よりによってこんな時間とは。彼女のことだから何の気なしに選びに選んでこの時間にしたのかも知れないが」
男はぼやいた。深く息を吐くと悪路をゆく足取りに力を入れる。黙々と進み続ける。辺りは大分明るくなっていた。
「もう少しか」
顔を上げた男の視線の先には古めかしい鳥居と石畳の階段があった。苔むした石畳がこの先にあるであろう神社の荒廃ぶりを沈黙のうちに告げている。
苔は朝露で濡れていた。男は何度も転びそうになった。
上りきると広い境内に出る。そのまままっすぐのところには小さな祠があった。祠の周りには青い花が咲いている。男は祠に近づくと腰をかがめて中をのぞいた。
長いこと手入れのされていない祠は、雨風こそしのげてはいるが大分痛んでいた。
「おっといけない。道草をしている場合ではなかったな」
男は起き上がると辺りを見回した。石畳は祠の手前で折れ、まだ続いている。その先にはいくつもの鳥居があった。
「こっちのようだ」
もともとは鮮やかな朱色だったであろう鳥居はいまや見る影もなくなっていた。塗装はところどころはげ落ち、下地がむき出しになっている。中には痛みが激しく、折れてしまっているものもあった。
「ふむ、これでは数が合わないな」
男は呟くとすぐ隣の鳥居を思い切り蹴った。すでに脆くなっている鳥居はぐらぐらと揺れる。男は何度も鳥居を蹴りつけた。男が蹴りつけるたびにか細い鳥居はミシミシと音をたてる。やがて鳥居は倒れてしまった。大きな音に驚いた野鳥たちがどこかへ飛び去ってゆく。
「これでいいだろう。細いもので助かった。丈夫なものではさすがに骨が折れるからな」
男は倒した鳥居を道の端にどかし始めた。
★☆★
どしんと大きな音がした。
淡い髪の少女はその音で目を覚ました。
「・・・あれ、真っ暗」
淡い髪の少女は辺りを見渡したが真っ暗で何も見えなかった。
「まったく、パパったら。もう少しマトモな場所は選べなかったのかしら」
段々と暗闇に目が慣れてきて、周りの様子が見えてきた。どうやらどこか建物の中にいるようだ。それもかなり古い。カビ臭い、じっとりとした空気。
「小宵ちゃん?」
部屋隅で黒い塊がもそもそと起き上がった。
「・・・お早うございます」
黒い塊はごしごしと目を擦っている。
「!?」
どうやら目に埃が入ったようだ。
「小宵、おいで」
ぱんぱんと手を鳴らす。
黒い塊、小宵は目を瞑ったまま音を頼りに歩み寄ってくる。
まるで音鬼ね。手を鳴らしながら淡い髪の少女は思った。
小宵が手の届くところまで来ると目をぬぐってやった。
「ありがとうございます。・・・ここはどこですか?」
淡い髪の少女はそれに答える代わりに、立ち上がり歩き出す。小宵もそれに付いていく。
「ここかしら」
淡い髪の少女は薄く光の漏れている場所の前で立ち止まった。
「えい」
その場所を蹴り飛ばす。バキバキと木の板が折れ、外の光が入ってくる。と同時に大量の埃が舞った。
「うわっ」
「けふ、」
背の低い小宵は埃の煙に覆われてしまっていた。
「わわわ、大丈夫、小宵ちゃん?」
淡い髪の少女は慌てて小宵を抱きかかえ部屋の外に出る。
「けふ、大丈夫です、美雨さん」
けほけほとせき込みながら小宵が答える。
小宵を下ろしてやると、淡い髪の少女、美雨は両の人差し指を両の頬に当てて、
「みぃちゃんだよ☆」
とすごんだ。
「み、みぃちゃん」
その勢いに気圧された小宵はおどおどと答えた。
「よろしい!」
美雨は満足そうに微笑む。
「おやおやおや、そこにいるのは美雨ちゃんじゃないか?」
美雨の背後から声が掛る。
「みぃちゃんだよっ!」
美雨は先ほどのポーズを取りながら上体を捻った。小宵が美雨の手を握る。見ると先ほど鳥居を蹴り倒した男が立っていた。男はやぁ、と手を上げる。
「西城さん?」
美雨は人差し指を頬から離すと呟いた。
「覚えていてくれたのかい?その通り、私は西城末路その人さ。お母さんは元気かい?」
男、西城は美雨に歩み寄る。
「今はパパよ」
美雨は小宵の手を握り返す。
「ふむ、今度はお父さんなのかい。やれやれ、彼女にも困ったものだ、おっと、彼、かな?ところで、・・・とやれやれやれ、逃げられてしまったようだ」
西城は肩を落とし、ため息をつく。
「しかし、しっかりと成長しているようだ」
西城は踵を返すと元来た道を帰り始めた。
「だが予想以上だったな。ふむ、折角買っておいた水着だが、あれではサイズが合わないな。ううむ、逃げられる前にスリーサイズを聞いておくべきだったか」
西城は顎に手をやり思考する。
「彼女、いや彼は比較的慎ましい体型を好むから、美雨ちゃんもそれに倣うと思っていたのだが・・・。体型が同じならば、合う水着もあったろうに。彼女、いや彼は会う度身長が上下するからな・・・。どの身長でもカヴァーできるようにいくつも水着は用意していたのだがしかし、男になっていようとはな・・・さぞ美少年であろう。ふむ、美雨ちゃんが「ここ」にいるということは彼女、いや彼は「ここ」にはいないのだろう。残念だ。しかし美雨ちゃんは親に似ずによく成長していたな。ふむ、将来が楽しみだ。ふふっ、ふはは」
朝日のこぼれる木陰の間を、西城の高笑いがこだました。
☆★☆
美雨は小宵の手を取って転がるよりも落ちるように山道を駆けていた。
「はっ、はっ、パパの言ってたっ、あいつってっ、西城さんのことかしらねっ?」
息も切れ切れに美雨は小宵に尋ねる。
「そうかも知れないですね」
涼しげな表情で小宵は答えた。ひょいと飛び出た枝を避ける。
「・・・小宵ちゃんは元気ね」
「マスターがそうしてくれましたから」
小宵。王城小宵は言わば特殊な存在だった。小宵はパパ、小宵がマスターと呼ぶ存在に改変されたらしい。ある日突然、パパは蒼い髪の少女小宵と紅い髪の少女暁を連れて来た。そして、新しい家族だよと言った。そのとき、パパはママだった。綺麗な長い髪は腰のあたりまであった。
空想庭園-ロストガーデン-。作り変える力。
パパはその日の気分で全く別の存在になることができた。パパはその力で小宵と暁を改変し、彼女たちに可能性を与えた。小宵に「アマツシラユキ」、暁に「レンゴクツバキ」。パパはそれらを「青」と「赤」と呼んだ。そして彼女たちはパパの言う家族の一員となった。今パパと私はこの、ちぎられた世界を回って家族を集めている。私はこの世界の家族を見つけて連れ帰らなくてはならない。けれど正確には家族でない私には誰が、どの存在が家族の資格を有しているのか判別できない。だから小宵に見わけてもらうのだけれど、
「どこにいるのかしら」
ぽつりと美雨が呟く。
パパは家族は一緒にいるものだから自然と引かれ合うとか言ってたけれど、家族でない私にはそんな説明じゃ分からないわよ。
「まだ、寝てるみたい」
小宵が美雨の独り言に答えた。
「え?何?寝てる?」
美雨が聞き返す。
「うん、まだ寝てる」
小宵は前を向いたまま応える。美雨は腕時計で時間を確認した。時針は五時過ぎを指し示していた。
まだ寝てる?まぁ、こんな時間じゃ仕方ないかしら?と、言っても栓のない無い話ね。私には分かりっこないもの。
二人は道ともいえぬ山道を駆け降りた。
「迷迭香の香り」
この物語は美雨と家族の資格を有した少女、そしてその少女に恋をした少年の物語。
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