No.310442

真・恋姫無双 花天に響く想奏譚 7話(上)

華狼さん

 7話の(上)です。別に上下に分けなくてもいいっちゃいいんですがなんとなく。
 心情描写を端折れない自分がめんどくさい。上手いこと簡潔に纏められればもっとちゃっちゃと話を進められるのですがたぶん。
 …いやでもそれ無くなったら私の書く話は何も残らないぞ。だったら別の魅力を出さないと。心情描写が魅力足りえるとは思えないし。
 それと今回から華陀の一人称は『オレ』に変更です。
 一刀は『俺』、華陀が『オレ』、モブとかは『おれ』ってな具合で使い分けですね。

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2011-09-30 23:48:05 投稿 / 全7ページ    総閲覧数:1805   閲覧ユーザー数:1556

 

 7話(上) <一刀一行Side 暁に発つ>

 

 ・夜明け・

 

 ・冥夜(めいや)(とばり)東雲(しののめ)に上がり

 

 朝日と夕日、つまり日の出と日没の空の色の違いを意識したことはあるかな。 俺自身は 朝日は黄味が強くて、夕日は赤味が強い って考えてる。 たしか空気中の浮遊物の量で散乱現象がどうこう、 …だった気がする。

 時刻は五時三十分。

 

「ラスト、っと。」

 ゴキィッ と、もう耳に慣れた関節が入った音と共に、最後の男の修復作業が終わった。

「よかったな。もう夜が明けるからこれで終わりだよ。 …って、聞いてないか?」

「 ァ…  ァぁ…  」

 そう言って目をやれば、まだ陽が差さない文字通り東雲色がかった空の下に死屍累々。いや、死んでないよ。

 

 一晩中、六時間以上目隠し猿轡で拘束の上、常にどこかの関節が外れていて断続的に仲間の身じろぎや呻き声がぶっ続けで聞こえていた結果。 精神も身体も疲弊しきって、もう動く気すら起きない半死半生状態までになった。 体感時間は十時間以上にはなってただろうな。

 

 正直、俺も結構キツかった。数が数だけに休む暇も無かったし、周りの痛さに呻く声もそれだけ多かった。人が苦しむ声なんてのは、 …やっぱり聞きたくない。

 

 そんな性分だから頭も体も若干ふらついてはいるけど、のんきに休んでることは出来ない。桃香が起きる前に戻ってさもついさっき起きました、ってな風にしてないと、ちゃんと休むって言った …嘘が、ばれるから。

 俺は一瞥してそいつらに背を向けた。 そして皆が寝ている、拠点とした家に戻ろうと歩き始めた。

 

 

 ・まぁ肝心なところは隠れたままですが

 

 

 賊の一行が転がってる場所は、村の中において家が集まっている居住スペースから見ると小さな崖の下に位置している広場にあたる。 そこと居住スペースを行き来するための緩やかな坂の上を一刀は歩いていた。

 

 …嘘ついたことに、なるよなぁ…

 

  一刀の頭の中にはずっとこのことがあった。 桃香には休めと言って寝させておいて、自分は桃香に休んでと言われて一切休むことをしなかった。 『ちゃんと休んでね。きっとだよ。』 と、昨日の桃香の言葉が幾度とフラッシュバック。

 それは桃香が真心で言っていたことだからだろう。 無理しないでほしい、と 心から純粋にそう思っての言葉だからこそ一刀の心に罪悪感が残る。

 優しく純粋で、少し子供っぽいところのある桃香。 そんな桃香だからこそ、彼女に嘘をついたことが悔やまれるのだろう。

 自分のやったことを後悔はしていない。 それとは別の罪悪感だった。

 

「…とにかく早めに近くの街に移るって話だし。 後悔ばっかりしてられないな。」

 

 自分に自分で言い聞かせたところで、一刀は緩い坂道を登りきった。 そのまま拠点とした、皆が寝ている民家に真っ直ぐ進むと、

「ん?」

 中からばたばたと慌てたような音と女の子の声。 かと思えば、

 

「ご主人様っ!」

「っ、と、桃香っ?」

 

 眉をハの字にした桃香が出てきた。 窓から一刀の姿を視認して、華陀や愛紗達も続いて出てくる。

 

「あ、 えっとその、」

 

「ご主人様っ、一晩中寝ないで見張りしてたって聞いて、 …私、」

 一刀に向き合って愁眉で目を伏せる桃香。その言葉で一刀は はっ と愛紗に目を向ける。

 

「! …愛紗、なんで」

「北郷さん違います、 言ったのは私ですわ。」

 愛紗の斜め前に出て慈霊。

 

「慈霊、さん…?」

「北郷さん。 貴方の責任を取ろうとする意気、私は理解しているつもりですわ。 それに劉備さんを休ませてあげようと気遣ってあえて一人で何も言わずに番に就いたこともです。」

 

 ですが、と慈霊は更に続ける。 その後ろでは朱里や鈴々達も、民家の入り口の辺りで一刀たちのやり取りを見ている。

 

「貴方と同じように、賊を殺さないでほしいと頼んだ劉備さんに関羽さんはどうなりますの? いえ、関羽さんはしばらくしてから交代したとはいえ見張りをしましたが、 貴方の言葉に甘んじた劉備さんは?」

「ぁっ…」

 

 最後の一節で一刀は慈霊が言わんとすることが分かった。 申し訳無い表情の桃香の心境も。

「言おうか言うまいか迷いましたが、劉備さんが早くに目を覚まされたので。 北郷さんの居ない理由、嘘よりは本当のことを と思ってのことです。

 余計なことでしょうが、これから一緒に歩いていくなら。劉備さんが知らないというのは彼女の罪になりますから。ね。」

 

 柔和だが、中に強い芯のある笑顔で慈霊はそう締めた。

「…ご主人様ごめんなさい、そこまで考えられなくて…」

「いや、 …俺も悪かった。」

「ううん違うよっ、ご主人様は私のためにって言ってくれたんだから」

「それはそうだけど、…結果的に嘘ついたことに」

「それだったら邪魔になるって言われてそのまま休んじゃった私にも」

 

 そんな風に埒が明かなそうなので。 

「では二人とも。ここは一発互いに謝ってそれでチャラにする、ということでどうだ?」

 華陀が一刀と桃香の間に割って入ってそう提案した。

 

「色々あるだろうが、それならまとめて謝り合って後腐れなし。北郷殿も劉備殿も、喧嘩両成敗という奴だ。 …ん?この場合『喧嘩』も『両成敗』も相応しくはない、か? む?」

 

 勢いで口に出した言葉がちょっと似つかわしくなかったことで、華陀が素で一瞬考えたその反応がおかしかったらしく。

 一拍間が空いて、一刀と桃香が同時に くすっと笑った。

 

 で。

 

「ごめんなさい」「俺も、ごめん。」

 

「よしっ これで仲直り完了だな。」

 

 満足そうな、嬉しそうな顔の華陀だった。

 

 

 

 

 ・ようやくやっとの真名交換(作者的に)

 

「お兄ちゃん、 鈴々も、ごめんなのだ…」

「いや、鈴々は仕方ないと思うよ。 まだ小さいし。」

「う、ん…    ん? 違うのだ鈴々は子供じゃないのだっ!」

 流されそうになったが、かろうじて鈴々譲れないところに気がついた。

 

「ぅえっ? …あぁ、 分かった分かった。」

「むぅぅ、なんかやな感じなのだ…」

 背伸びしたい年頃なんだろうな、と思ってのあしらいだった。しかしどの道子ども扱いなのを言外に察したのだろう。

 と、そこに、

 

「ワタシ達もちょっとお話いいです?」

 

 寧を先頭に、朱里と雛里も続いて一刀と桃香の前に。

「昨日、明日になったら話すって言ってましたから。」

「あぁ、確か。 それで、昨日言いかけてたのって?」

「では率直に言わせて貰いますね? ワタシ達を一刀さん達のこれからに同行させてほしいんですよ。」

 

 寧、朱里、雛里の三者同様に真剣な面持ちで一刀達を見つめる。 …朱里はともかく、雛里は帽子のつばの下からかろうじて見える視線で、寧はぶれない平坦な目だったが。

 

「同行… 私達と同じように、御主人様に仕えるということか?」

「は、はいっ、 …だめ、でしょうか?」

 

 一歩進み出て確認する愛紗に気圧されるかの如くに朱里が半歩退く。

「?、 なぜ後ずさる?」

「はわっ あぅ えとその」

 

「…あぁ、関羽さんは綺麗で目が切れ長ですから。 ちょっと怖く感じてしまうんでしょうね。怒らないであげて下さい。」

 

「なっ…!」「はわぁぁぁぁっ!!!」「…っ!!」

 

 最後のは雛里だった。 普通は言いよどむどころか口にすら出来ないことを寧、あっさりと。

 

「ねねねね寧さんそんなことないでしゅごめんなしゃぃぇあわうぅっ…」

「いやっ、わ 私は別にそんな怒ってなどいないくて 第一そんな冗談は」

 

 朱里はもう慌てまくって何言ってるのか目をぐるぐるさせてはわはわ、愛紗も何をどう反応していいやらな妙なジェスチャーでわたわた。

 

「ふふっ、 やはり付いて行くのは正解でしたわ。」

 奥で慈霊、第三者的意見をポツリと人事のように。 止める気はさらさら無いらしかった。

「ちょ、朱里も愛紗も落ち着いてっての! ほら息すって 吐いて   はい、それじゃあ話し戻そうか?」

 結果。一刀が話を脱線から戻した。

 

「えっとそれで。 俺達に付いて来るってことだけど、それでいいのか? …たぶん三人とも、軍師としてはかなりの力があるんだと思う。それなら俺達に付いて来るよりも、誰か他の人に就いたほうがいいんじゃないか?」

 

 見た目は三人とも可愛らしい女の子ではあるが、…朱里を例に挙げるが羽毛扇持ったヒゲの人とは似ても似つかないが、三者三様に件の名軍師だろう。 居てくれれば何かと心強くはあるが、そもそもいつその本領を振るわせてあげられるか分からない以上、宝の持ち腐れにするのは不憫極まる。

 

「まぁそうでしょうね実際。 でもワタシ達は一刀さんや劉備さんに付いていきたいんです。 占いの噂なんてのは正直嘘臭ぇなとか考えてましたが、こうして一刀さんが現れたんならいずれ乱世を鎮めることになるんだと思います。ワタシ達も今の世の中をどうにかしたくて出立したものですから。」

 

 で、でも、と朱里が更に続ける。

 

「占いの噂で言われてるから、って理由じゃないんです。劉備さん達の人のためにがんばるところを昨日から見てきて、それに一刀さんも村の人達を人殺しにさせないために頭下げるほんとに優しい人だって寧さんから聞きました。」

 

 桃香と同じくらいに朝早く朱里と雛里が起きた際、それよりも早くに目を覚ましていた寧が事細かに話したことだった。

 

「だから力になりたいって、一緒に行きたいって思ったんです。  だ、だめです、か?」

 

「だめじゃないよ。 私は一緒に行くのいいと思うけど、どうかな。」

「私も構わないかと。 知に長じているのなら尚更です。」

「鈴々も、なのだ。 旅は道連れ 世は情け無い、 …だったっけ?」

「無い は余計だ。世知辛すぎるぞそれ。」

 

 鈴々への突っ込みを一刀がして、改めて一刀は三人に向き合った。

 

「本当にいいのか?」

「頼んでいるのはワタシ達ですよ。 昨日一刀さんに真名を預けた時から、三人で決めてましたから。」

 

 相も変わらず平坦だったが、一刀は目からなんとなく、一刀以外は真名を預けるということがそれ相応の意味を持つことを知っているから、 三人の意思を受け入れた。

 

「分かった。 これからもよろしくな。」

「は、はいっ!」「ぁ… は、ぃ…」「がんばりますよ。」

 

 

 

「ってことで。 劉備さん達、ワタシ達の真名貰ってください。 はい朱里ちゃんから。」

「、え、 はわぁっ!? あの、あぅえっと、 ひゅりですっ!」

 

 『ヒューリー』というのは人名なりの名詞で存在するがそうじゃない。 寧の無茶かつ突拍子も無いふりで一同が真名を交換した後、

 

「華陀殿、慈霊殿。 お二方も我らが真名、預かっていただきたい。」

 愛紗が華陀と慈霊にも声をかけた。

 

「よいのですか?」

「…あれ? 愛紗ちゃん、真名交換してなかったかな。」

「…桃香様」

 そんな桃香の発言に、きっちり意識していた自分ってなんなのだ、と若干考えそうになるがなんとか復帰。華陀と慈霊は常に真名だから、どうにも認識が薄れているらしい。

「ご、めんなさい…  で、でも慈霊さん達には助けてもらったしこれからも一緒に行くんだし、真名を預けるのは当然だよねっ」

 

 そんなわけで、

 

「では皆の真名、」

「喜んで預かりますわ。」

 

 ここにてようやく、一行の全員が真名を交換するに到った。      長かった…

 

 

 

 

 ・桃香の提案

 

「しっかし、どうしたもんかね。」

 動ける皆で集まった家の前、住人の中年男性が頭を掻いて言った。 怪我人がいる以上、早々に移る先の街に移動するべきなのだが、問題は

「怪我したやつら達の分、人手が足りねぇってんだからなぁ。」

 本来の今日に運ぶ筈だった荷物のほかに、怪我人も追加されたことだった。

 

「荷車の荷物分けて持てば、動けねぇやつら乗っける分の荷車は空くだろ?」

「あ の、私達も持ちますっ」「わ、わたし、もっ…」

 

 朱里に雛里も率先する。 仲間として付いていくことにしたから張り切っているらしい。

「いや、嬢ちゃん達にゃ恩があるからな。 んなこたぁさせらんねぇさ。」

「こんな時に恩も何も無いです、 えと、頑張りますからっ」「が、がんばり、ましゅっ ぁぅ…」

 

 そんな朱里と雛里の横から、

「二人とも。 ワタシだって出来るんならやりますけど。 あの量ですよ?」

 寧が冷静に入り込む。 その目線の先にあるのは、 結構な量が積まれた複数台の荷車。 移動に際して街から借りてきたとのことだが、積む量が丁度すり切りいっぱいときたから生憎というもの。

 

「あれを誰が持って、その上で誰が荷車引くんです? 第一ワタシ達自身の荷物もありますし。」

 「「あ…」」

 冷静になれば単純な現実が見えてくる。

「むぅ… 荷物をもう少し減らせないのか?」

「これでもみんな最低限必要なものだけにしたんだよ。 一応往来もあるからね、置いてたらまずいんだよ。」

 愛紗の提案も中年女性の答えでゼロに戻る。 

「参ったな…、 一刻を争うような患者は居ないが、早くに落ち着ける場所に移動するに越したことは無いからな。」

「そうですね。 賊の方達は縛っておけば逃げることもありませんから、後で街のほうにあるという部隊にでも任せればいいのですが…」

 華陀と慈霊がそう漏らしたとき、

「あっ」

 女の声が割って入った。 桃香だった。

「んぅ? 桃香おねーちゃん、どうしたのだ?」

「あ、うん。 えっと 思いついたんだけど、賊の人達に運んでもらったらいいんじゃないかなって。」

 

 そう言った桃香に視線が集まる中、一人だけ頭がサァッと冷えたのが。

 

「それで罪滅ぼしになるって思ってるわけじゃないよ。でも人手が要るなら運んでもらったほうがいいと思って…

えと、ダメ、かな? 後から街に連れて行かれるなら丁度いいかな、って。」

 

 一刀の一件を知って、自分もなにかしないと と考えた結果閃いた案だった。

 ぱっと見ならぬぱっと聞きだけなら、あぁ成程と思える案だったが、

 

「まぁ確かにアレらのほうが動ける数は多いっちゃそうかもしれませんね でも、」

「はい、 あの人達が素直に言うことを聞いてくれるとも思えません…」

 寧のセリフを、目配せに応じて朱里がタイミングよく引き継いだ。

「で、でももう捕まってるんだし」

「桃香様、捕まっているからこそ、です。 自分達を拘束した相手の言うことを聞く筋合いは奴らには無いでしょう。」

「じゃあ放っとくのだ?」

「まぁ、逃げられはしないでしょうけど。 でも確かに勿体無い気もしますね?」

「では一つ、言うことを聞かないと殺す、とでも脅してみますか? 取り上げた武器はいくらでもありますし。」

「じ、慈霊さんダメです殺すなんて!」

「ふふっ いえいえ。脅すだけ、ですわ。」

 笑顔でさらりと慈霊が怖いことを言って一拍間が空いたところで、

「ふむ、ではひとまず奴らに言うだけ言ってみるのはどうだ? 可能不可能を論じても仕方ないし、人手として使うというのは良い案かもしれん。」

 華陀が桃香の案を推した。 結果、皆で連れ立って賊が転がっている場所へ行くことになった。

 

 ただ、

「あの輩が言うこと聞くとは思えないけどねぇ…」

 と、考えてるのが多数ではあったが。

 

 そして一刀は一人、

「…参ったな…」

 困っていた。

 

 ・で、結果

 

 陽もすっかり昇って、早朝から朝へと世界は移った現在。 一刀たちが一泊した村と街をつなぐ道の上、その村の住人と一刀達の一行は歩を進めていた。列の形はまばらで、荷を運ぶのと村の住人と、一刀達の三つになんとなく分かれていた。

 

 結局、荷を個人個人に分けて持って運ぶことにしたから荷車は空いていて、それらの荷台には動けない患者を乗せて運んでいる。昨晩出産した女性も、昨日の今日で動き回るのは御法度なので赤ん坊と共に荷台で揺られていた。

 その荷車を中心に、前は荷を持って運ぶグループと『そのグループの監視』の人員、後ろは右に住人達、左に一刀達といった形で進んでいた。

 

 もうすでに察していることだろうからさっさと結論を出そうか。これ以上引っ張っても時間、もとい文章の無駄。

 

「しかしやつらが素直に従うとは意外だったな。」

「えぇ。 抵抗反抗を期待していたわけではありませんが拍子抜けですね。」

 

 華陀と慈霊の言う通り、賊共は抵抗することなく荷を運ぶことを承諾した。 そして今現在、逃げないための措置として腰に縄を巻きつけて個人同士を繋いで運ばせている。数は充分だったのであぶれたのも出たが、それらも同じく運んでいる奴らと一緒に縄に繋いでいる。

 その周りを固めているのが住人の男手。 一刀や愛紗、鈴々もその中に加わろうと申し出たが、「もうこれ以上あんた方に

働かせられねぇ。あとはおれ達に任せてくれ。」と言われたのと、 朱里と雛里と寧の提案があったことで一刀達は列の後部に就くことになった。

 全体を常に見ていられるのは殿(しんがり)であるから、そこに現最高戦力である一刀達を置いておけば事が起きた際 即座に向かえるから、という考えの下である。

 

「ん、慈霊さんは抵抗するのを無理矢理服従させるのが好みです?」

「そうでもありませんわ。 一刀さんはどうですか?」

「なんでそこで俺に振るかな慈霊さん…」

「ふふっ、いえいえ他意はありませんわ。 真名を交換した皆さんのことを知りたいと思ってのことですので。」

 このやり取り。 寧の冗談に慈霊が悪乗りしただけに周囲は思っていたが、慈霊はある懸念を持っていて隠喩的に黒い冗談として言ったものだった。 しかしそれが自然すぎて、一刀含む全員がその真意には気付かない。 ってか慈霊、『そうでもない』ってあんた。

 

「賊の人達、もしかしたら反省してくれたのかな?」

「…そう、かもしれませんね。一刀さんがやっつけたからそれで」

 そんな 桃香と朱里の推測を、

 

「いやぁ、あんなのが反省なんかするとは思えませんね。」「私も同意見だな。」

 

「あぅ…」「はわっ」

 即座に愛紗と寧がぶった切る。 寧の影に隠れてるような位置の雛里も、桃香と朱里と同時に びくっ と身体を震わせた。

「むしろあれだけ従順なのは妙だ。なにか企んでいると思ったほうがいいだろう。」

「ですね。 仮に反省するにしても、処罰とかでかなりきつい体験でも受けないと反省しないと思いますよ。」

 

 そこまで言ったところで、寧がふと何かに気付いたように顔を上げる。

「…一刀さん、夜の内になにかあったんです? …それかなにかしました?」

 そして一刀にピンチが訪れる。 皆の視線が一刀に。

 

 まずい、あの件は知られたくないからそれっぽい理由をなんとかどうにかしないと と桃香の提案を華陀が推した時からこうなることを予想していた一刀は、なんとかどうにか見つけたそのそれっぽい理由を言うことにした。

「や、なにも。 …したとすれば、目隠しして猿ぐつわ噛ませた事ぐらいか。」

「でもそれだけであれだけ弱るとも思えませんよ? まぁ確かに傷は見られませんでしたけど。」

 

 内心慌ててしかし見た目は平静を装って応じる一刀に、平坦な表情の寧が下から見上げて言及。平坦であってもやはり上目遣いは可愛いものですとか言ってる場合じゃない。 すると、

 

「いや、 弱るかもしれん。」

 

 その言及に対して応じようとすると、一刀よりも先に華陀が結果的に助け舟を出した。

「弱ります?」

「あぁ。 人間は外部の情報を得る際、大半を視覚に頼っているものだ。だからその視覚を奪われるとそれだけで恐怖を感じるようになる。 それに加えて口には轡、手足も縛られて動けない上、いつ殺されてもおかしくないという自覚もあるだろう。

 そのような状況に一晩中置かれていれば精神も衰弱するだろうな。」

 

 助け舟だけに、渡りに船と一刀、華陀の説明に乗っかった。

「そう。 人間は外の環境の情報をいつも感じてるけど、視覚はその内の七割を占めてる。 だからあれだけ弱ったんだよ。」

 あとは華陀の言ったとおりだよ、と付け加えた。

 

「…成程、 では弱りきることを見越しての拘束だったんですね? 必要以上かなって思いましたがてっきりあーいう趣味」

「は 無いって。 そもそも男にやっても」

「あら? では女性なら」

「だから慈霊さんそうじゃなくって! そんなこと絶対しないし趣味でも無いって!」

 

「?、 趣味ってなんの趣味なのだ?」

「っ! あ、えっとそれは…  そうだっ、愛紗ちゃんが知ってるから」

「なぁっ…! 桃香様 なぜ私に!」

 鈴々の無垢な疑問を桃香、愛紗に無理矢理押し付ける。

「ご、御主人様助けて下さい!」

「いや俺に振らないで愛紗!」

 

 一方、

 

「しかしそうか、やはり視覚は七割ほどなのか。オレもそれぐらいだとは思っていたが。」

「ぅえっ? あぁえとそうだよ結構人間って耳や肌で補ってるところあるらしいからっ」

「たしかに盲や聾であっても周囲の状況を把握する方もいらっしゃいますからね。」

「って華陀も慈霊さんもなにナチュラルにスルーしてるんだよ止めてくれって!」

「なちゅら、 するぅ ってなんです?」

「Naturalは 自然に、Throughは えぇと看過、だよ!」

「律儀ですね一刀さん。」

「こんな状況じゃ嬉しく無い!」

「ねー、趣味ってなんの」

「はわぅ、 み、皆さん落ち着いてくだしゃいぃ!」

「ぇと、えと、 あわぅぅ…」

 

 なんだか話が妙なことになったが。

 

 結論。 にぎやかでよろしい。 とりあえずは賊の一件も誤魔化せたことだし。

 

 

 

 ・道中小話・

 

 ・呼び名あれこれ

 

「ひゃぅっ?」「あう。」

 

 まばらな列の中、何も無いところで同時につまづくのが二人。前者には

「と、桃香? 何もない、けど、…愛紗、やっぱり桃香って」「…はい、桃香様はいつもこうなのです。」

「え! あ、あぅぅ…」

 一刀が声をかけ、当人は恥ずかしそうに頬を染めた。それこそ名のように桃色に。 後者には

 

「寧さん… いっつも言ってますけど、ちゃんと前見て下さい。」

 朱里が慣れた、というか諦めたような様子で注意した。でもこっちの当人は、

「いえ前は見てるんですがね。ぼ~ってしてたら意味無いってことの典型例、ですよ。」

 そんな風に飄々と。 含んでいるのではなく天然だから尚タチが悪い。

 

「分かっているなら改めるべきと思うのだが…」

 今日も今日とて妙なテンポの寧に、愛紗。

 

「朱里殿、お互いに目を離せないものだな。」

「…はぅ そうですね、本当に。 あ、あと その、私にそんな『殿』なんていりません。呼び捨てとかでいいですよ。」

「そうですね。ワタシも今更他人行儀ってのもなんですし。『寧ちゃん』とかでお願いしますよ。」

「いや、私はそういうのはちょっと…」

「なら呼び捨てで。 一刀さん …そうですね、これからはご主人サマ、のがいいです?」

「え あ いや、別に一緒に行くからってそんな風に呼ばなくて」

「まぁどの道そんな風に呼ぶんですけど。」

「待てじゃあ何で聞いたんだよっ?」

「とにかくご主人サマで。 ご主人サマもワタシたちのこと呼び捨てですし。 ってなわけで、雛里ちゃんもそれでいいです?」

「っ! ぇと、 ぅん、ぃぃ、よ…」

 話の流れから雛里に視線が集まる。 それを意識してか、寧の影に隠れるような位置に居た雛里は慌てて被っているつば広の大きな三角帽子を両手で目深に引き下げ、赤くなった顔を隠した。 ただ隠れるような位置とは言っても、その帽子が存在を自己主張しているせいで隠れきることは不可能なわけだが。

 

「じゃあ、鈴々は寧のこと『寧』って呼んでもいいのだ?」

「いいんですよ。 ってか承諾得る前にもう呼んでますよ、鈴々ちゃん?」

 寧は寧でさらりとちゃん付けにシフト。 明記する脈絡が無かったが、今まで寧は『鈴々さん』と呼んでいた。

 

 で、

 

「ふむ、 ではオレは『くん』と付けて呼ぶことにするか。」

 

 顎に手を当てていた華陀がそう言った。

 

「あ、なんだか華陀さんらしい気がします。」

「それなら鈴々は『鈴々くん』と呼ばれるのか。 …妙な具合だな。」

「ん~なんか変なのだ… やっぱり鈴々は『鈴々』でいいのだ。」

 因みに朱里、愛紗、鈴々の順だ。

 

「それでいいというならそうしようか。  …ん? しかし『一刀くん』と言うのは… なんだ?しっくり来ないな?」

 

 言いつつ華陀、腕を組んで首をかしげる。

 

「そんなことはないと思うけど。 慣れてないからじゃないか?」

「それもあるかもしれませんが。 確かに少し違和感をかんじますね。」

「ではいっそのことワタシ達みたいに『ご主人様』というのはどうでしょう?」

「やめてくれ寧、それこそ変どころかおかしいだろ。」

「ん、 …いや、それもしっくり来ないな。」

 

 いやしっくり来る来ないじゃなくて…と一刀。 素の反応にはどうにも強く出にくいものだ。

 

「むぅ、なにかいいのは無いものか…」

 

 そこへ、前を歩いていた住人の男性がこちらに来て要件を告げた。 それによって、

 

「では一応『一刀殿』としておこう。」

 

 とりあえずの呼び名が仮定した。

 

 

 

 

 

 ・なにやってんだか朱里と寧

 

 ぞろぞろと大所帯で歩き続けてしばらく。 住人の男性曰く、だいたい村と街の中間地点まで来たということなので、とりあえず休憩をと相成った。

 

 今まで歩いてきたのは山に左右を挟まれた広い道だったが、徐々に山が低くなっていき、休憩地とした場所は開けた原っぱになっている。 ちょっと向こうのほうには街道らしい道もあって、成程街に続いてるのだなと認識することが出来た。

 原っぱは中々の広さがあり、密度の薄い林のような森のようなのも有していた。その後ろには山があって、小さな山のふもととでもしておこうか。

 

 そんな原っぱの中に賊の一行を村八分的に隔離して、離れたところに荷物と住人達、一刀一行は腰を降ろしていた。

 華陀と慈霊は動けない怪我人の様子を見ていて、それを岩に腰掛けてぼ~っと朱里は眺めながら、その実 頭の中はあることでいっぱいだった。 その片鱗が口からつい漏れる。

 

「一刀さんが、ご主人さま…」 

 

 なんだかその、 すごくいい、です。 はわぅ、ちょっとほっぺた熱いですぅ…

 

 寧さんや雛里ちゃんとずっと優しい人が私達のご主人さまになってくれたらいいなって言ってたから、すっごく嬉しいです。 最初で最後のご主人さまになる予感、 ううん、確信がある気がします。

 それに昨日、賊の人達を一人でやっつけたのもすごかったです。家のかげから見てたらとっても強くて、あと えと その、見た目も端正で、 小さい頃読んでたおとぎ話の主人公みたいで。 だから、そんな一刀さんがご主人さまになってくれて私、嬉しいです。 

 

「…でも、仕えるってことはやっぱり、…『そういうこと』とかになったりもする、のかなぁ…」

 

 『そういうこと』っていうのは、…えっと、そういうこと、です。 あの、『夜』の『アレ』とか『ソレ』です。 『そういう本』とかだと、

「むりやり、とかです?」

「えと、それで縛って、とか」

「それとか(キンッ キンキン キィン!!)(こどものこぉ~ろのゆめ~はぁ~♪) はどうでしょう。」

「あぅそれはやりすぎ    って、寧さんっ!?」

 

 頬を染めていた朱里が遅れて気付いて振り返ると、そこには少しかがんで口元に手をかざして朱里にネタを吹き込んでいた寧が居た。

 

「はわぁぅっ! い、いつからしょこに」

「『一刀さんが、ご主人さま…』ってとこから。声かけようとしたらなんだか面白くなりそうだったんで。 まったく、『清い乙女の心のかけら』が漏れてましたよ?」

 ずいぶんと綺麗に表現したものだが、要は妄想の産物である。 …確かに、雛里も含んで三人とも『清い』女の子ではあるのだが。こういうのを耳年磨と言うのだろうか。

 

「もぅ、朱里ちゃん。お母さんそんな子に育てた覚えはありませんよ?」

「お、教えたのは寧さんじゃないですかぁ! それにお母さんでもないですしっ!」

「む、責任転嫁はいけませんよ?  まぁ元凶はワタシですが。」

 

 平坦な調子で、しかし いけしゃあしゃあとしたものだった。

 

「でも ですよ。 一刀さんはそんな乱暴な方じゃない印象ですから。 朱里ちゃんの期待通りにはならないと思いますよ?」

「き、期待なんてしてません! それにそんないい人ですけどそんなまだそんな」

 そんな、を繰り返して支離滅裂。 要はまだ『それ』を真剣に考えるのは早すぎるということで、

 

「まずはお友達から始まってそれで最後まで、って寸法ですね。」

「だから一刀さんと『する』のを前提に話すしゅめにゃぅえぅぅ…」

 そして派手にかみ倒して竜頭蛇尾。 『する』って何をするの、と聞くのは野暮 ってなところに、

 

「呼んだ?」

 

「はわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

「うわぁっ!?」

 朱里の後ろから一刀登場。 驚いた猫みたいに びっくぅっと朱里が飛び上がった。

 

「どどどddddddうしていきなり亜8^4(#9jgんc$&!!!」

 てんぱりすぎると人間、母音を忘れることが出来るんですね。

 

「いや、寧とは目が合ってたけど…」

「合ってましたね。 それで手招きしたら来てくれて今に到りますよ。」

 

 当然のように寧、確信犯だった。 目をぐるぐるにして顔を真っ赤にして手をぶんぶん振ってはわわわして、をしばらく繰り返して数分後。

 

「聞いてました?ワタシ達の会話。」

「や、聞くも何も最後のほうで俺がなにかするとかなんとか。 で、何をす」

「ななにもしませんですっ!」

 

 地の文で 『する』って何をするの、と聞くのは野暮 と書いたところで出てきただけあって野暮な一刀である。

 落ち着いたがしかしまだ頬に赤みが残る朱里と、白い羽織を脱いだ寧に一刀は向き合っていた。

 

「ぁえ? ま、いいけど… あ、ところで聞きたかったんだけど、たしか三人って水鏡塾で勉強してたんだよな?」

「は、い。 そうです。」

「でも水鏡塾って荊州…ここって幽州だから… たしかえっと、」

「南にかなり離れてますね。まぁここまで来るのにかかりましたよ?」

「だよ、な。 それで、なんでわざわざここまで来てたんだろ、って。」

 一刀が昨晩に疑問に思っていたことだった。 それに気がついたときには番に付いてしばらくしていて、今ここで気がついた次第だった。

 

「やっぱりそのことでしたか。 いえ昨日愛紗さんや慈霊さんにも聞かれて答えたんですけどね、

 幽州はここから北の地との小競り合いが多くて軍事的な発展が大きいって話でして。 しかも幽州にいい政治をする人がいるってのを聞いて、だったらそこに仕えてみましょう、と思い至って今ここに。」

「今ここに、って… それで三人だけでここまで来た、ってこと?」

「はい。」

 

 はい とは言うが中々に行動力があると言うか。 いやむしろ、

「…ちょっと無理があったかな、って何度か思いはしました。 でも商人さんの馬車に乗せてもらったり、寧さんが治療と引き換えに色々貰ったりで、なんとか。」

 照れるように苦笑して朱里。 可愛らしいが芯は強いらしい。

 

「…だったら尚のこと俺たちに付いて来ていいのか? そのいい政治してる人に就くって考えてたなら」

「あぁそれはもういいんです。 三人で満場一致でしたから。」

 

 すぱっ としたものだった。 なんだかその『いい政治をする人』が可哀想にならなくもない。

 

「ん、 因みにその人ってなんて人?」

「… えっとそれが、 忘れちゃったんです。 聞いたら思い出しそうな名前だった、 ような気がするんですけど…」

 

 …なんというか、可哀想だった。

 

「とにかくワタシ達は一刀さん じゃなくて、ご主人サマに付いていくことになって嬉しいですよ? 水鏡先生も許してくれるはずです。 たぶんめちゃくちゃ怒ってますでしょうけど。黙って出て行きましたから。」

「う… それは言わないで下さいぃ…」

 

「怖い人、なんだ?」

「綺麗な人なんですけど… 物盗りでも侵入したら大きな鉈振り回しながら怖い顔で追いかける人です。腕力は無いんですけど体力があるから、泥棒を一晩中追いかけたこともあったぐらいで…」

「かなり年下のワタシが言うのもなんですけど可愛い方です。 怒るときはすごく通る綺麗な声で吼えるみたいに怒りますけど。」

 

 …司馬 徽が女性になっていたことよりも、かなり豪快な人であることのほうが意外な一刀だった。

 

 

 因みに。

 

 三人が出立したすぐ後の水鏡塾では、

 

「あぁぁァァの三人はぁぁぁァァァァァァァっ!!」

 

 怒号一哮、直後に水鏡塾の庭にある木に大振りな鉈が ドカッ と突き立てられた。

 

 

 朝。 三人が出てこないことでどうしたのかと寧の部屋を見に行くと、机の上に書置きが。

 

 『行ってきます』

 

 その一文で全てを理解した。

 

 女性は激昂した。

 

 心配から一気に激昂した。

 

 そりゃあもう激しく激昂した。 激の字が重複してるけど。

 

 自分の部屋の前に脱兎の如く走り、立てかけてある少し錆びの浮いた鉈をひっ掴んで、ぶっちゃけ八つ当たりで庭の木に一撃。

 そして今の状態である。 朝っぱらから木に鉈を何度も力いっぱい ガスッドカッ と叩きつけるその様は正直引くほどに怖かった。綺麗な女性だから尚のこと。

 

「絶っっっ対に許さない!先生絶対許してあげないんだからあっの…!! むがぁぁぁぁぁぁぁぁァァァァっ!!!」

 

 水鏡先生 こと 司馬 徽、猛る獣の如くに朝の空に咆哮した。

 

「危ないからだめって言ってたのにっ…          うっ…  ぐすっ 」  

 

 

 

 かと思えば、

 

 

 

「ぅ…  うわぁぁぁぁぁぁぁん! なにかあったらどうするのぉぉぉっ! なんでみんな先生置いて出て行くのぉぉぉぉっ ずっと一緒ってわけにはいかないって分かってるけどぉぉぉっ!」

 

 …べしょべしょと泣き出してしまった。なんとも情緒不安定、もとい情緒豊かな人、だった。 ぺたんと腰を落として子供のように泣くところは中々に可愛らしい。傍らに大振りな鉈が落ちているのはちょっとシュールだが。 因みに鉈には血の跡とかは付いてないぞ。

 

「朱里ちゃん雛里ちゃん寧ちゃんのばかぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 

 近所迷惑になるからやめなさい。

 

 叫ぶと同時に鉈を手にとって自棄で ぶんっ と投げたら、鉈はそのまま回転しながら木に ガスッ と突き立った。

 

 

 

 

 そんなことがあって、

 

 

 

 

 また一刀達と同じころ。 朱里が忘れたうんぬんの話をした直後、

 

「へぇっくしっ!!  ズズッ ん、 誰か私の噂でもしてるのか…?」

 

 とある誰かが自室でくしゃみを一発。 着替えの途中だったから上は何も着ていない状態だった。

 

「…もしかしたら『白馬将軍』の名が広まっているのかもしれないなっ、やっと私も『普通』から脱却できる日が来るのかな!」

 

 …無邪気に、三人から忘れられた本人が喜んでいた。 手をぐっと握って『よっしゃぁ!』みたいな仕草をするのはいいが早く上を着なさい。目のやり場に困るから。

 

 

 

「…と それはいいとして、 『あの二人』は朝早くからどこに行ったんだ…?」

 

 

 

 ・涙の雨 のち 地は固まって・

 

 

 

「あ、この子あくびしたよっ …口開けただけ、かな?」

「はぇ~ やっぱり赤ちゃんの顔、しわっしわなのだ。」

「こら鈴々っ! しかしこのように小さくてもあくびをするのですね。」

「ふふっ そうですね。ちゃんと呼吸している証ですわ。」

 

 桃香、愛紗、鈴々の三人は、荷台に腰掛けていた昨日出産した女性に付いていた慈霊と共にいた。腕の中の赤ん坊は静かなもので、昨日生まれての今日だから目はまだまだ開くことはない。

 

 そこに、

「桃香、雛里見なかった?」

 一刀が朱里・寧と共に歩いてきた。

 

「雛里ちゃん? うぅん、見てないよ。  あれ? そういえばどこ行ったのかな?」

「参ったな、そろそろ出ようってことなんだけど…」

 

 三人とも周囲を見渡すが、それらしい姿はどこにも無かった。 そこで手近な住人の男性に聞くと、

 

「あぁ、あのでっかい帽子被った嬢ちゃんですかい? たしか向こうのほうに歩いて行ってましたよ。」

 

 言いつつ、密度の薄い森を迂回するルートを指差した。

 

 

 

 ・太くて長くて大きくて黒くて先っちょが三角の奴   …いや、そうじゃなくてね?(なにがだ。)

 

「んしょ んしょ 取れたぁ…」

 野原と山の中間の草むらで、雛里は探してた『それ』を見つけて今手に入れることができた。ちょっと土で手と服が汚れはしたが、この状況下ではどうにもならないから気にしないことにする。

 

「…、 はぁ… 上手にお話し、できたらいいのに…」

 見つけた『それ』を持ったまま、皆が居るほうを見てため息をつく雛里だった。

 

 今まで然り寧が言っていたこと然り、雛里というのは人見知りである。会ったばかりの人とは上手く話ができず、…普通の時でもかんだりするけど…とにかく、常に一緒にいる朱里や寧の後ろに隠れがちになる。

 

 愛紗さんは、…なんだか目が鋭く見えて、華陀さんは勢いと声が大きくて、ちょっと怖くて… でも鈴々ちゃんは背が同じくらいで、桃香さんと慈霊さんは優しいから怖くない、です。

 それに一刀さんは、すっごく強かったです。 昨日 賊の人たちをほんとに圧倒的っていう風にやっつけたの見てて、今までに見たことのある強い人って、 こう なんだか気圧される、って言うのかな。そんな怖いかんじがしてたけど、一刀さんは強いのに怖くなくて、優しい人って思えます。

 

 でも、昨日あったばっかりだから、…その、上手に話せなくて、 …嫌な子、って思われてるかなぁ…

 

 こんな自分とは対照的に、初対面であっても臆面なく話せる寧が羨ましくなったりもする。 朱里も雛里と同じように噛むことはあるが、それでも緊張はしてもちゃんと話が出来ている。だからこそ、自分に近いからこそ尚のこといいなと思うのだろう。

 

 そんな感じで若干自己嫌悪寄りな思考に傾きかけたとき、

 

 カサッ サササッ

 

 ?、なんだろう。

 

 草が何かに擦れるような音がして、その音のほうを覗いてみたら、

 

「…?  …っ!!!」

 あわぁぁぁぁぁぁぁぁっ! ぬろっ って大きな蛇さんが草の間から出てきたぁっ!! 

 

 見た瞬間にパニック一歩手前に陥る雛里。 大きさはニシキヘビにこそ及ばないがそれでもそこらの蛇よりかなり大きな、頭の形も三角の黒い蛇。 だが雛里が慌てたのはその大きさ以上に、その蛇が珍しい毒蛇だという点にあった。

 雛里の知識から引用すると、全体は黒一色だが頭に赤い大きな水滴みたいな模様がある『紅点蛟(こうてんこう)』という名前の毒蛇。 その毒がどのようなものかを知っているだけに、

 

 どどどどうしよどうしよあの蛇さんって毒持ってて大きくて長くて太くてこっち見てて待って待ってなんでこっち来るのやだやだあっち行ってぇっ!

 

 且つその蛇が自分の方にゆっくり近づいてきてるもんだから、怖くて声が出ないまま雛里は蛇を見たまま後ずさり。だが蛇はなぜか雛里のほうに長い体をずるずるさせて近寄ってくる。時折舌を出し入れしながら。

 蛇行ってこのことを言うんだ、なんて実感してる場合じゃない。一気に後ろに振り向いて走れば逃げられるかもしれないが、急に動けば走る前に飛び掛られて噛まれるかもしれない。 第一雛里はそもそも足が速くない。

 

 蛇を見据えたまま、しかし頭の中はもうあわあわ状態な雛里。 そんな雛里がもう一歩後ずさった時、蛇が身体を縮めて飛び掛るための体勢に。 

 

 そして雛里が更に後ろに一歩 足を出そうとした時、

 

「待ったっ!」

 

 ザザザザッと草を分けて走る音と男の声が雛里の横から。 かと思えば風が走って一瞬後、かがんで蛇の首根っこを地面に押さえつけた体勢の男が一人。 その様、獲物を組み伏せた狼に似ていた。

「! か、一刀、さん…?」

「動くな! 足元見て!」

 語気強い一刀の言葉に少しばかりひるみながらも、雛里はおそるおそる自分の足元を見下ろす。 するとそこには、 窪んだ地面に葉っぱや草が集まっていて、

「あっ…」

 その中心には数個の卵が収まっていた。 雛里はそこですぐに察した。この卵は目の前の蛇のもので、蛇はそれを守ろうとして自分に威嚇していて、自分はもう少しで卵を踏み潰していたのだと。

 

 ではもし踏み潰していたら。 否、一刀が来なかったら。 今頃自分は噛まれて最悪の場合

 

「はぁ、危なかった… とにかく先に向こうのほうに離れて。抑えておくから。」

 安堵のため息をついて一刀。 別段動物愛護欲が強いわけではないが、雛里と卵の双方が無事だったのはよかったことだからだ。

 そんな一刀の横で、雛里は硬い動きでゆっくりとその場から離れた。 と、思いきや。

 

「あ、ぅっ…?」

「?、 どうしたんだ?」

 

 そのまま ぺたん と地面に座り込んでしまった。 それは雛里の意思からのことではなく、

「ぁ、れ? ん…っ あれ…  あの、 立て ない、です…」

「…まさか、 腰が抜けた、とか…?」

 一刀の言うとおり、緊張の糸が切れた結果 へなへなになったせいだった。 体育座りから両足を外側に開いた状態になってて、一刀も蛇を押さえつけて屈み込んでるから スカートの中がもうなんて言うか思いっきり大胆なことになってたが、状況的に一刀の視線はそこにいかないし雛里もそこに注意は回らない。

 

 ど、どうしよう…? と一瞬考えたがほぼ同時に答えが出た。 いや、でも… あぁもういいや謝ろう!

 

「…先に謝っとく、ごめん!」

「 え?」

 

 意を決して、一刀は右手で蛇の首根っこ、左手で胴体の後ろのほうを がしっと持って、

 

「てぇいやぁっ!!」

 

 ハンマー投げの選手の如くに、蛇を半周振り回して ぺいっ と後ろに放り投げた。蛇からすれば『えぇっちょ待ってなにすんのっ!?』ってな心境だろう。 蛇 In the sky、だった。

 世界には『トビヘビ』という空を滑空する蛇がいるという話だが。 この場合は『トバサレヘビ』だろうか。

 

 いきなり蛇をぶん投げた一刀にあっけに取られる雛里だったが、そんな雛里に一刀は間髪入れず近寄って、

 

 即座に雛里を両腕で掬い上げた。 いわゆるお姫様抱っこ、だった。

「ぁ、 、…っ!?」

 わずかに呆けたがそれも一瞬、体が浮いたと思ったらすぐ近くに一刀の顔。

 

「逃げるぞっ!」

 

 雛里の心臓が大きく一拍するのと同時に、一刀は雛里を抱えて走り出した。

 

 

 ・最終兵器 Girl’s Tear

 

 まぁ走ったとは言ってもせいぜい数十メートルだった。 

 

「…もういいか。 よ、っと、 立てる?」

 流石にもうあの蛇を気にしなくてもいいだろうと判断した一刀は雛里を降ろしたが、

「ぁ、ぇと あわっ?」

 かくんっ と膝が折れてこけそうになった。 すかさず一刀が手を回して支える。

「ぁ…」

「まだ無理、か。 ここ、座る?」

 ずっと支えておくわけにもいかないので、手近にあった大きめの岩に雛里を座らせた。

 

 位置的には、先の蛇ぶん投げられ地点と皆が休憩している場所の丁度中間辺りだろうか。皆との間には密度の薄い林があるから雛里を探すのに手間取っていたのだろう。

 

「えと、もう一回謝っとくけど、ごめん。 なんか明らかに毒蛇だったから早く離れないとって思って。」

「…っ!  ぁ、 その、  だいじょうぶ、です…」

 

 なんだかセリフがかみ合ってないのは、さっきのお姫様抱っこがちょっと衝撃的だったせいだった。 話の中ではよく描写されるが、まさか自分に訪れるとは思ってもいなかったこと。 もう顔が真っ赤になっているのを自覚していて一刀のほうをまともに見られず、岩に座ったときからずっと三角帽子を片手で引き下げて顔を見られないようにしていた。

 

「あ、っと… なんであんな離れたところに …ん、 そういえばそれ、なに持ってるんだ?」

 微妙な空気になって、且つ帽子を引き下げているせいで会話がしづらいがなんとか一刀は雛里の手にしていた『それ』に目を留めた。

 

 『それ』は土の付いた植物の根っこ、のようなものだった。いや実際に雛里が握っている部分は植物の茎と葉っぱの部分で明らかに植物の根っこではあるのだが、 本来ひげ根なり主根+側根なりがある場所に、親指の爪大の大きさの玉が鈴なりに下がっていた。見た質感と色から言っても根っこが変形したものだろう、ジャガイモが小さくなってたくさん生ったものを想像してくれればそれに近い。

 

「 ぇと、 これ、 …、 です… 」

 なにか言ったらしいが、声が尻すぼみで聞こえなかった。

 

 言いたい。さっきのお礼とか、今持ってるものがなにかとか、ちゃんとお話ししたい。 朱里ちゃんや寧ちゃんと、優しい人に就きたいってずっと思ってて、その人がいまここに居て、ご主人さまになってくれてて。 だからお話ししたい。

 

 でも出来ない。 さっきのこともあるけど、生来の性格のせいで引っ込んでしまう。 

 

 それからまた微妙な空気になって今度は沈黙が続く。 そんな中、雛里がついに自分から一刀に話しかけようと奮起した。 

 

 の、だが。

 

「…あの、 こういうのってはっきり訊いていいことじゃないとは思うけど、訊くよ?」

 訊き辛そうに、しかしはっきりと先に一刀が発言。 そのせいで雛里の言葉は意気と共に自分の中に引っ込む。

 

「…もしかして、 えと 俺のこと、怖がってるか、 嫌い、かな?」

 

 そして内容は雛里が全く予想すらしていなかったことだった。 いや、そもそも一刀の言動を予測する余裕なんか雛里には全然無いけど。

 え…? と、雛里の頬から朱色が退いた。 目を一刀にわずかに向けるが、帽子のつばで目線は届かない。

 

「いや、 ずっと避けられてるみたいな印象あるから… 自覚無しで怖がられるようなことした、かな?」

 心からの申し訳なさは声音にも表れていて、むしろ聞いてるほうが申し訳なくなるようだった。

「 、もしかして昨日俺が暴れてたの見てて、 あぁそれでか… でも俺はむやみやたらに暴力振るったりはしないから、安心していいよ。」

「ち、ちがぅ  ぁ、ぅ…」 

 

 違います、そうじゃ無いです。 言いたいが、慌てのせいで口が、頭がいつも以上に回らない。

 

「違、う?  …じゃあ えっと   」

 一刀は側頭に手を当てて自分の非を思い返す。 彼も彼とて慌てて必死に探っているが決定的なのが思い当たらない。無いものは無いのだからそれも当然だが。

 そんな一刀を見て雛里の胸がざわざわする。 違う あなたは悪くない むしろちゃんとお礼言わないといけない。言いたい。

 けど、言葉が出ない。呼吸が引きつって音にならないなってくれない。 言いたい でも、言えない

 

 ジレンマだった。 その中で胸のざわざわは上ってくる。 胸から喉へ、最後にそれは目頭を熱くして、

 

「     ふぇ…」

「え?」

 

 刹那、一陣の風が吹いて雛里の帽子をさらった。 帽子は雛里の頭から地面に落ちて、あらわになった雛里の目には涙が溜まって表面張力限界まで

 

「なっ…!? ちょ、なぁっ!?」

 

 有り体に言おう。泣いていた。 両手の甲で涙をぐしぐし拭うが、一度決壊したら止まらない。

 

「ぐすっ、 ふぇぅ、 ふぇぇぇぇぇぇぇぇ…」

「な、 あぅえとその、あの ごめんっ! 俺なにか嫌なこと言ったっ? その、…えっととにかくごめん!」

 そうじゃなく、自分が情けなかったのだった。 昨日今日とまともに顔を見て礼を言えずにいて、話したいのに話せなくて、ついには沈黙してしまった自分が情けなかった。 しかも今も今とて、

 

「ひくっ ぐすっ ご、ごめん、なさいぃ… ぇぅううぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ」

「!? ごめんって… なに言ってるんだよなにも悪くないって! やっぱり俺がなにか馬鹿なこと言ったのかごめん! すいませんごめんなさいっ!!」

 自分のせいなのに、一刀に謝らせてる自分が居る。 自分がこうして泣いてしまったせいで一刀が謝っている。

 それが尚のこと雛里の罪悪感を募らせた。

 

 結論。 そうですあなたは馬鹿なことを言ってます北郷 一刀。女の子泣かせるのはやめなさいバカ。

 

「ぇぅっ、 ごめんなさいぃぃ…」

「ごめんってばぁぁぁぁぁ…!」

 

 こんなかんじで。 二人で互いに謝りあう妙な場面は結局、

 

「…、なにやってるんです?」

 

 それこそ妙なものを見つけたような表情の寧が割って入ることで収束した。

 

「寧くん、居たか?」

 

 遅れて華陀も加わった。

 

 

 ・孔子ならぬ帽子曰く 「いい仕事するだろ?おれって。」

 

「つまり、 一刀さんがちょっと強引にせまったらびっくりして泣いちゃった、ってわけですね。」

「む? 暗喩的にそう言っていたのか。気付かな」

「なにがつまりなんだよ全然わけ分かってないだろっ! 華陀もなにふざけてるんだよ!」

「何を言う一刀殿、オレはいつでもまじめだぞっ」

「だったら尚悪い!」

「まぁほんのおちゃめな冗談なんですけどね?」

 

 いつもなら雛里も一刀のように反論しようとするのだが、一刀に華陀も居るから積極的には話せない。目にはまだ潤みが残っていた。

 

 一刀が雛里を探しに行ったほうへ「一応ワタシも行ってきますよ。」と寧、「オレも付いて行こう。 いや愛紗くんと鈴々は見張りとして残ったほうがいいだろう。」と華陀が皆に言って来たらしく。

 

「しかし成程、雛里ちゃんは『これ』を採っていたのですか。」

 一刀の突っ込みを素でスルーして寧はマイペースに話を方向転換させる。 『これ』とは寧が雛里から預かった、例の根っこのような物だった。

「ったく…  そういえばそれって何?」

 芋の仲間なら食用か何かかな、と考えていた一刀の疑問に華陀が答えた。

「一刀殿、それは『地鈴(じりん)』と言うものだ。」

 

「地鈴? 芋かなにか?」

「っ、はは。食えなくも無いがな、こいつは薬になるんだ。 天日で干すと緩やかに効く解熱鎮痛薬になってな、創傷によって起こる痛みと発熱に用いるものだ。 食えることは食えるが生だと土臭いしその上苦い。水に晒せば苦味は失せるが薬効も無くなって第一量が少ない。 どの道食用には向かないな。」

 

「事実苦いですよ? ワタシ苦いのは割りと好きなんですが、小さい頃おなかすいてなんとなくそれ食べたらすぐ吐き出しました。芋に似てるからおいしいかな、って思ってましたけど土臭いのもあって不味いったらなかったです。 じゃ、食べます?」

「いらない。何で じゃ なんだよ。」

 

 含むところなく素で寧、平坦な調子と表情で地鈴をずいっと勧めるが、そんな説明を聞いて尚食べてみようようと考えるやつはいないだろう。一刀もその例に漏れない。

 

「まぁそれはいいとしましょう。 この地鈴は汎用性が高くていいものなんですが、量が少ない上に日当たりのいい山と野原の境目辺りにしか育たないんですよ。 だから雛里ちゃんはこんなところまで来てたんですね。」

「…ぇと その、 慈霊さんが持ってた地鈴、少なくなってた、から  …また要る、から…」

 

 小さくぽつりぽつりとした言い方だったが、怪我をした人達のために薬になる植物を採っていたと分かって、

 

「ありがとう。」

「…?」

 一刀が雛里に礼を言った。 なんで礼を、といった顔の雛里だったから、

「いや、あの人達の為にやってくれたから、ね。 俺もなにかしたいけど、怪我に関してはなんの役にも立てないから。」

 

 そう言うと、またもや雛里は両手で帽子を目深に被って顔を隠した。

「あ、 …えっと、」

「まったく雛里ちゃん、だから一刀さんに誤解されるんですよ?」

 

「誤解?」

「そうです一刀さん。 雛里ちゃんなんですけど、この子は別に一刀さんが嫌いとかじゃ無いんですよ。避けてるってのも違います。雛里ちゃんは人見知りで、それに男の人ともあんまり話とかしたこと無いから苦手意識があるんです。 ですから付いて行きたいって思える一刀さん達なんですけど上手く話が出来ないだけなんですよ。」

 

「…ん? だとしたらオレも距離を置かれていたのか?」

「華陀さんは声と勢いが大きいからですね。引っ込み思案でもありますから。 そもそも近くに寄らなかったでしょう?」

「なにっ? 仲間だと思っていたのにっ!」

「いえ敵だとは思って無いんですけどね?」

 

 がーん と、ちょっと凹んだ華陀は置いといて。

 

 自分の心情を的確に吐露されて真っ赤になる雛里だったが、今までもこうして朱里や寧に代わりにコミュニケーションしてもらっていた。 特に寧は物怖じしない性格で、朱里と雛里のことを良く分かっているからこうして的確な代弁をしてきていた。

 

 でも。 先の一件からこのままじゃ駄目だと切に思ったので、

 

「ぁ、あの、 わ、わたし 一刀さんのこと、 嫌いなんかじゃ無い、 です…」

 今度こそ奮起して、途切れ途切れながらも一刀にしっかりと自分の意思を伝えた。

 

「だ、だから…   嫌な子、って 思わないで、ください…」

 それでも帽子を目深に下げる癖発動はご愛嬌。 そんな雛里に庇護欲が沸いた一刀、

「そんなこと最初から思って無いって。 …えと、」

 

 雛里の頭をぽんぽんと撫でた。

 

「ぁ…」

 一瞬こわばるが、柔らかい圧力が心にしみて余計な力が抜けていく。

 

「とにかく、俺は雛里のことそんな風に思ってないから気にしなくていいよ。 な。」

 

 こういった状況は不慣れでどう言ったらいいか分からないが、一刀がなんとか紡いだ言葉は雛里の気持ちを軽くして、

 

「は、い…」

 

「では朝の華陀さんに倣って。 改めてあいさつして仕切りなおしましょう。」

 

「それじゃ、改めてよろしく。雛里。」

「は、はい、   …ご主人、さま。」

 

 寧の促しによって、二人の間のつかえはここに霧散した。

 

「いや、わざわざそう言わなくてもいいんだけど…」

 顔を赤くしつつも、嬉しそうにそう呼んでいたことには気付かなかった一刀だった。 帽子ぐっじょぶ。

 

 

 最後に。

 

「ではオレもよろしくな、雛里くんっ!」

「あ、 ぇと、 …」

 

「まだ距離はあるみたいですね?」

「なにぃっ!?」

 

 がびーん と、再び頭を抱える華陀だった。

 

 

 ・To Be Continued

 

 

 それから後。 雛里と一緒に皆のところに戻って再び移動を再開して、一時間ほどで目的の街に到着することになるのだが、

 

 

 

 その街でもちょっとした事件が起こっていたことを、一刀達はそのとき知ることになる。

 

 

 

 あとがき

 

 

 水鏡先生が可愛いって思ってくれた人は挙手。挙手数如何と気分によっては本編登場もあるかも。

 

 

 密度たっぷりな回でした。 ちょっとつめこみすぎたかなと自省。

 

 なんか今回は結果的に軍師三人がメインみたいになっちゃいました。 が、こんなんでいいのでしょうか朱里・雛里って。いわゆるキャラ崩壊してます?

 

 しかし一刀達と出会うまでの経緯がかなり無理矢理ですね今更ですが…けどそこは広い心で認めていただきたく。

 

 あと、 …たしかあと一人なんか出した気がしますが、 誰でしたっけ?

 でも忘れても仕方ない。 だって普通だもの。文が短いんだもの。白馬将軍でも影薄いんだもの。(覚えてるだろ) 

 

 それと一刀の口調は常時とテンション上がった時とで少し違う感じにしてるのは仕様なのでそこんとこよろしく。

 

 

 さて。 今回はなにやら毒蛇やら生薬やらの名前が出ましたが、

 

 注意しておきます。 『紅点蛟(こうてんこう)』『地鈴(じりん)』なんてのは現実には存在しません。

 

 似たようなのが万が一あったとしても、上記の二つは私のオリジナルです。

 

 今までも『封鎖双龍棍』みたいな実在するっぽい名称が出ましたし、今回の『紅点蛟』『地鈴』も実際にありそうな名前(って思われたい。)ですがオリジナルですのでそこんとこよろしく。

 

 『地鈴』は漢方薬にもあります『葛根』の近縁種が土壌環境の性質と個体の持つ因子により変異して発汗作用が薄れてそのぶん汎用性が上がったもの。民間にはあまり知られていないが、生薬として用いるのが一般的。しかし華陀の言うように流水に晒してデンプン質を得ることも可能。彼岸花と同じく救飢植物として使える。 ただ量が少なく地鈴自体もそうそこらに生えているものではないから、やはり生薬として用いるのが最適。

 

 『紅点蛟』はクサリヘビ科(マムシやハブ)に属し、強力な出血毒を持つ。 大きいものでは三メートルにもなり雛里が遭遇したのもそのぐらい。体長のわりに太さがあって尚のこと大きく見える。 全体が黒い鱗で覆われているが、頭の中心に赤く大きな楕円形の点があるのが特徴で名前の由来もそれ。 生殖能力が若干低く、そのぶん個体の寿命が長くなり且つ大きく育つ。 食べようにも臭みが強くてそれこそ毒にも薬にもならない。 いやむしろ毒にしかならない。 我慢すればなんとか食べられる。蒲焼きとか。 臭いけど。

 

 という裏設定がありますが気にしなくていいです。 こういうのって考えるの面白いですね。

 

 そして雛里にもちょっとした特長が追加してあります。かなりの初期段階から考えていたことでして、今回にしてようやく出せたのですがそれも暗喩的で今ひとつ明言できてませんが。

 

 ぶっちゃければ雛里は毒の知識に長じてます。 って言っても害を為すためではなく、友達の身を守るために有毒動植物に詳しくなった、という背景です。紅点蛟の出血毒の威力を知っていたのも過去にそれを知っていたからです。 魔女の帽子を被っているのでそこからのアイデアです。

 あと雛里はちょっと黒いところがある、みたいなイメージが私の中にあるのですがどうなのでしょう。

 

 まぁどの道、毒で可愛い嫉妬を書けたらなぁとか思ってます。 お腹下すようなのを仕込むとか。(可愛い、か?)

 

 

 

 では。 次回は <はりぼてプリンセス ~炎上~>の続きです。

 

 

 

 PS、彼岸花の鱗茎(球根)が食べられるのは本当です。 水溶性の『リコリン』という毒を含んでいるので流水に晒せば毒は抜けてデンプン質を得られるし、利尿・他作用のある漢方薬『石蒜(せきさん)』になります。

 

 が、

 

「え、ぇと、半端に処理すると毒抜きが不十分で最悪死んじゃうから、…その、死にたくなかったら素人が扱うのはダメ、です。」

 

 というわけで。 雛里からの注意事項でした。

 

 

 

 

 PSのPS、私からも言っておきますが絶対試すなよ。ふりじゃないからな?死んでも責任取らないぞ?いくら今の時期そこらへんに

生えてるからって。 でも綺麗ですよね。炎みたいで。吹き出す血みたいで。流石全草有毒なだけあって別名『地獄花』ですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 
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