No.310314

最終細菌兵器

柊 幸さん

日本は世界戦争のまっただ中にあった。戦況は決して良くはない。そしてついに手を出してはいけない最終兵器を実践に投入してしまう。

2011-09-30 21:34:58 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:671   閲覧ユーザー数:662

 

地球は大規模な世界大戦の真只中にあった。

些細ないさかいから始まった国家間の緊張は、あっという間に世界各国に飛び火し、人類史上今までにない醜い争いへと変貌していった。

もちろんこの国、日本も災いを逃れることはできず、時代の波に流されるままに全世界の戦地へと武装兵力を送り込んでいた。終わりのない戦いのさなか日本軍は触れてはいけない究極の兵器を実戦配備に移した。

 

「本日、わが日本軍最高司令部は母国防衛、戦争早期終結のため細菌兵器の使用を決定した。」

 司令官は作戦会議の席上で先日決定した作戦についての報告を行った。隊員たちの顔にも不安の色が走る。

「お言葉ですが、細菌兵器は不可視の悪魔。他国の兵士へのダメージは確かに絶大です。しかし、それだけではすまず、わが軍にも多大なる被害を生むことになります。」

 一人の隊員の言葉は確かであった。人目に映ることなく、空気感染によってその範囲を広げる細菌はまさに諸刃の剣。旧日本軍の行った悪の所業をこの国は再び繰り返そうというのか。

 誰もが疑念を抱くその作戦に会議の席上はざわめき立った。

「静粛にしたまえ。君たちの言いたいことはわかる。司令部や議会でもその意見は多く論じられた。国際規約でも人体に影響を及ぼす細菌兵器の使用は認められていない。

 今回作戦に使用する細菌は人体には影響のないものだ。作用するのは穀物や野菜、肉などの食料品に限定される。その国のライフラインを断ち、あいての指揮を低下させるのが目的だ。」

「しかしそれではわが軍も同じ状況に身を置くことになります。供給量としてはわが軍の方が明らかに少ない、この作戦では自滅してしまいます。」

 隊員から反対の声がささやかれ始める。確かに他国に侵攻を開始しているわが軍にとって遠征部隊の食糧の問題は重大な危機を生む。

「そのことについては大丈夫だ。日本人ならば害のない細菌を使用する。」

 司令官はアタッシュケースから小さな小瓶を取り出した。なぜか知らないが、アタッシュケースの中にはわらが敷き詰められている。

 小瓶の中の液体はやや粘性のある茶色い液体だった。

「これがわが軍が開発したKN菌だ。この菌が付着した食物はすべて腐ってしまう。いや、正確には発酵させるのだ」

 わらに茶色くねばねば、そして発酵・・・隊員たちはひとつの結論に至った。まさか・・・

「これはキラー納豆菌。大豆に限らずすべての食物を納豆化させる効果を持つ菌だ。腐らせるわけではないからもちろん食べることはできる。日本兵にとって納豆は祖国の味。さらに栄養価も高くなるため、元気になることはあっても飢える心配はない。しかし他国の兵士どもは納豆を口にすることはできないだろう。」

 自国軍の強化と敵軍の弱体化この両者を一度にかなえる奇跡の兵器。これが使用決定となった要因らしい。

「あ、あの・・・関西出身の兵士もいますが・・・」

「・・・日本人なら我慢しろ!」

 司令官は短く言い捨てると、作戦の説明に入った。司令官は柴又生まれ、ちゃきちゃきの江戸っ子であった。

 

こうしてキラー納豆菌は全世界の戦闘地域に噴霧された。

 キラー納豆菌により各国のありとあらゆる食物が糸を引いた。日本の兵は懐かしい祖国の味に士気が高まり、対照的に敵対国は次第にその戦力を弱めていった。

 しかし、そんな日本の優勢も長くは続かなかった。

「指令!報告いたします。先ほど入った連絡によりますと、タイに侵攻中のわが軍が敗退。撤退を始めた模様です」

「何だと!キラー納豆菌はどうした?!」

「はい。どうやらタイの新たな細菌兵器に駆逐された模様です」

「何だと!いったいどんな細菌兵器を開発したというのだ」

 報告書を司令官に手渡し隊員は言った。

「キラードリアン菌です」

 報告書によるとキラー納豆菌よりも感染率が高く。その菌に感染した食物はすべて『ドリアン』の香りになってしまうと言うのだ。タイの人にとっては最高の香りであっても、日本人にとっては悪臭でしかない。どんなおいしい食べ物でも香りがドリアンでは食欲もわかない。こうして日本軍は次第にその戦力を削られていったと言うのだ。

「くそう。科学班に至急連絡。例の細菌の研究を急がせろ」

「指令・・・まさか、やめてください!あんなものを使ったら世界は滅びてしまいます!」

「うるさい。あれを使ったときこそ世界中が日本にひざまずくときだ」

 試作品報告の内容を見て司令官は口元を緩める。

「そうだ、最終兵器『キラーくさや菌』これこそが日本を救うのだ」

 

その後、日本軍が勝利したという話は聞かない。別に日本人すべてがくさやのにおいを好きなわけではない、ということを上層部は忘れていたからかもしれない。

 

END

 


 
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