No.307918

【TB・虎兎】禁断の木の実は一番おいしい Forbidden fruit is sweetest 4【腐向】

木守ヒオさん

.■Forbidden fruit is sweetest: 4  禁断の木の実は一番おいしい ■木守ヒオの、虎兎の方です。なんか昨夜変なものアップしている自分に気づいて衝撃。酒は飲んでも飲まれるな…(涙)あー、中途半端で気になる。出した以上はがっつり修正入れますかね。■今回はおじさんを始め、ベテラン組のあっちこっちです。このままじゃカップリング小説としてどうなのよとということで、もう一話既に書き上げてスタンバイしてます。あとは表紙のイラスト待ち。もう一人の木守さんは本来兎虎の人なのに、本当に申し訳ない…。いやー、自分でもこんなにガッツリ書く日が来るとは思わなかった。ははは(泣笑)■今回妙にシリアスな空気が流れてますが、基本的にこれはタイバニ小説です! バッドエンドはありません。必ずハッピーエンドです。

2011-09-26 14:03:48 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:1590   閲覧ユーザー数:1589

 

 

   4

 

 満天の星空が、鈍色の雨雲に急速に覆われていく。

 警察署の屋上に立ったまま、微動だにせず空を見上げる虎徹の表情は険しかった。

 

「虎徹! 風が出てきた。雨になるぞ」

「……ああ」

「そろそろ中に入れよ。こんな時におまえまで風邪でもひいたらどうするんだ?」

 

 戸口から顔を覗かせて言ったのは、アントニオだ。心配する親友の気持ちは伝わったが、虎徹の足は動かなかった。

 ――バーナビーが失踪した。

 そのことに気がついたのは、火事の騒動が落ち着いてからだった。

 

『虎徹さんにはすぐに戻ると伝えてください!』

 

 最後のバーナビーの言葉を聞いたのは、アントニオだ。

 虎徹も神殿から出てきた直後は、アントニオからその言伝を聞いても心配はしていなかった。

 しかし、煙を吸い込んだ職員と動揺の酷い観光客を病院へ見送り、警察から事情聴取を受ける段階になっても、バーナビーは帰ってこない。

 その時点で特に不審には思わず、連れの一人がまだ戻っていないから待ってくれと頼み、虎徹たちはしばらく時間を無為に過ごしてしまった。

 そして三十分ほど待ってもバーナビーが帰らないため手分けして周囲を探し、キースが神殿の裏側に続く荒れた花壇の中でバーナビーの履いていたサンダルを発見した。

 いくらなんでも、サンダルを片方だけ残して姿を消すはずがない。

 慌てて花壇のあたりを調べると、明らかに争った跡があった。

 経緯はどうあれ、何者かと争いになり、連れ去られたのだ。

 そのままバーナビーを捜索しに行こうとしたのだが、サリの警察はそれを許さず、虎徹たちは半ば強制的に拘束されることとなった。

 警察はもちろんバーナビーを捜索すると言っているが、今の虎徹にはとても信じられない。

 

「おい、虎徹」

「……わかってる」

 

 黒い雲の狭間に最初の稲妻が走り、アントニオが虎徹の肩を掴む。

 頷いた虎徹の腕はまだ解かれずに組んだままで、珍しく刻まれた眉間のしわも深いままだ。

 今の自分がどんな顔をしているか自覚はあったが、親友のアントニオの前ではとても取り繕うことはできなかった。

 

「すまねえ。俺があいつを一人で行かせたばっかりに」

「おまえのせいじゃねえ。あいつもヒーローだ。おまえの立場なら、俺だって一人で行かせたさ」

 

 それは嘘ではない。

 だが―――。

 

(今のあいつは、ヒーローじゃない)

 

 どんなヒーローになりたいか。インタビュアーのマチューの質問に対して、バーナビーはなにも答えられずに俯いた。

 理由はわかっている。

 バーナビーがヒーローになったのは、両親の敵を取りたかったからだ。

 そしてそれはもう叶ってしまった。

 顔を出し、本名を晒して、復讐のことだけを考えて生きてきた人生の目標が、突然失われてしまった。

 あとに残ったのは、狂信的な目で自分を見つめる人々の視線と、上滑りする賛辞と、どこへ行っても付きまとう「シュテルンビルトの英雄」の肩書きだけで、それらはどれ一つとしてバーナビー自身が望んだものではない。

 虎徹はサリに発つ前から、バーナビーの目の奥に浮かぶ虚無感に気づいていた。

 そしてそれが、じわじわとあの宝石のような緑の目の輝きを曇らせていくことにも。

 虎徹の目に映るバーナビーは今、NEXT能力を持つ、道に迷った若者の一人でしかなかった。

 迷っているなら、好きなだけ迷えばいいと思った。そうやって今までできなかった分、自分の心と正直に向き合い、答えを出せば良いのだと……。

 バーナビーはまだ若い。そうする時間は十分にあると思ったからだ。

 

「……降ってきたな」

 

 アントニオの言葉に視線を上げると、いよいよ空全体が真っ暗闇に包まれ、最初の大きな雫が虎徹の頬に落ちた。

 南国にしては、冷たい雨だ。

 その雨が、けたたましい音を立ててまるで滝のように降り始めた。

 今、どこかでバーナビーもこの雨を浴びているかも知れない。

 見渡すこの暗闇のどこかで、自分を呼ぶ合図があるかも知れない。

 そう考えると激しい焦燥感が湧き上がり、虎徹の奥歯が獰猛な音を立てて軋む。

 

「虎徹! 風邪をひいちまうぞ!」

 

 だが、アントニオが虎徹の腕を掴んで強引に引きずり、ようやく建物内へ入った。

 雨に当たっていたのは一分にも満たないのに、二人とももう全身濡れ鼠だ。

 

「ちょっと、あんたたち! なにをやってるの!?」

「い、いや。ちょっとな」

「ちょっとじゃないわよ!」

 

 怒鳴りつけてきたのはネイサンである。二人にタオルを投げつけ、虎徹に厳しい視線を向ける。

 

「特にタイガー、あんたまでどうにかなったら、困るのはハンサムなのよ!?」

 

 それは、その通りだ。

 いざという時に自分が体調不良で動けないなどという事態は避けなくてはならない。

 投げつけられたタオルで顔を拭き、虎徹は肺を空にするような息をついた。

 張り詰めた気分が解れたわけではないが、それで少し冷静になれたのは事実だ。

 

「ああ。……わかってるさ。それで、スカイハイは?」

「まだ事情聴取中よ。もうすぐ終わるでしょ」

「観光客の失踪にはうるさいらしいが、どうなんだ? あいつら、バーナビーを本気で捜すつもりがあるのか?」

「どうかしらね。……ハンサムはヒーローで、腕っ節については心配もしてないでしょうし……表向き、サリにはマフィアや悪人は存在していない。アタシもサリのスポンサーの一人だけど、こんなこと、報告を受けたこともないわ」

 

 いらいらした様子で壁にもたれたネイサンに、虎徹は低い声で問い掛ける。

 

「サリ側からの報告か?」

「ええ。信用できる筋からのね」

 

 ちらと寄越したネイサンの視線に含まれたものに気づき、虎徹は小さく嘆息した。

 

「くそ、……風も出てきたな」

 

 上空から降りてくる風が大粒の雨を伴ってパームを揺さぶり、窓に叩きつけられる。

 子どもなら不安に泣いてしまいそうな大きな音に、虎徹の目が細くなった。

 

(おまえ…嵐は好きじゃなかったな)

 

 一度だけ嵐の夜をいっしょに過ごしたことがある。

 仕事での出先だ。日暮れから上陸したハリケーンのために帰ることができなくなり、寂れたホテルで一晩を過ごすことになった。

 バーナビーはベッドの上で小さくなって、心なしか不安そうな様子だったのだ。

 怖いのか? そう訊いた虎徹に驚いたように顔を上げ、首を横に振った。

 そして言ったのだ。

 子どものころは怖かった。でも、泣いても誰も来ないことがわかってからは、平気になりました、と――。

 

(そういうのは、平気になったってのとはまた違うだろ?)

 

 あの時の孤独な背中を思い出す。

 相棒なのだ。不安なら不安だと打ち明けてくれればうれしいし、それが恥ずかしいなら軽口を叩いて、気を紛らわせてもいい。

 そう思って妙に淋しい気分になったことも思い出した。

 

「虎徹?」

「便所だよ」

 

 もたれた壁から身を起こした虎徹に、アントニオが声を掛ける。こんな悪天候の中、飛び出すのではないかと心配しているのだ。

 背を向けたまま片手を振り、虎徹はひと気のない手洗いに入った。

 用を足しながら、ネイサンとともに飛び込んだ火元の様子を思い出す。

 不自然な現場だった。

 襲いかかる炎と煙をかわしながら火元と見られる階にたどり着き、まず鼻についたのは油の匂いだ。集中的に燃えていたのは、書類棚の辺りだった。

 神殿は石造りで、観光客を受け入れることもあり、あれほどの規模で燃えるものはない。油を撒いての放火だ。

 しかし、その理由がわからなかった。

 

(警備員も、職員もいる。まして八階部分はサリにとって重要な書類がある場所だ。警備が薄いはずはない。だとしたら、内部犯行の線もあるが……)

 

 倒れていた二人の職員に意識はなく、要救助者を発見した以上、二人ともそれ以上現場に留まることはできなかった。

 それぞれ肩に担いでなんとか脱出し、やっと救急隊に引き渡した時にはもう、とても現場に戻れるような状況ではなかった。

 事情聴取のついでに警察から詳しい話を訊き出すつもりが、今度はバーナビーが行方不明になり、それもままならない。

 あげく、警察はバーナビーがヒーローであることを知っていて、騒ぎに乗じてサリを探ろうとしているのではないかと疑いまでかけてきたのだ。

 その場で警官を殴らず、安っぽい机を蹴りつけるだけで辛抱した自分を褒めてやりたいぐらいだった。

 そのせいで器物損壊罪をつけられそうになったが、バーナビーを捜さずに疑って掛かる怠慢を糾弾することでちゃらになった。

 

「……どうしようもねえな」

 

 わかっているのは、このまま警察に任せてもバーナビーは見つかりそうにないということだ。

 鏡に映る自分の顔を見ながら低くぼやいて顔を洗い、虎徹は首からかけたタオルでもう一度顔を拭いた。

 

「やあ、待たせてしまった」

「大丈夫だったか?」

 

 これからどうするか。

 あらゆる可能性を考えながら廊下に戻ったところで、ようやく取調べが終わったらしいキースが出迎えてくれた。

 さわやかな笑顔もキラリと覗く白い歯もいつもの通りに見えるが、表情には疲労の色が濃い。

 

「こう事件が重なってはね。取調べが厳しくなるのも無理はない。まして私たちはヒーローなのだから。ただ、私の力でバーナビー君を捜索したいと頼んだのだが、断られてしまったのは残念だ」

「そりゃそうだろうな」

「あの時、どこかに行こうとするバーナビー君の声は聞こえていたのに、どうしてあとを追わなかったのか……悔しいよ。そして残念だ」

「それを言われちゃ俺だって同じだぜ、スカイハイ」

 

 無念そうに俯いたキースの肩をアントニオが叩き、二人で頷き合う。

 

「……あの子だってヒーローよ。誰のせいでもないわ」

 

 ネイサンの言葉は冷たいようだが、その通りだ。再び重い沈黙が降りる。

 その沈黙を破ったのは、虎徹より一回り年上の警官だった。

 

「おい、もう取り調べも終わったんだ。帰ってくれ」

「ちょっと! こんな天気の中、救助に尽力した旅行者を放り出すつもりなの!?」

「あんたら、全員ヒーロー様なんだろ? 俺たち一般人にあんまり手間をかけてくれるな」

「てめえ…!」

「バイソン」

 

 こちらを馬鹿にするように肩をすくめて笑った警官に憤ったネイサンとアントニオを視線で止めると、珍しく厳しい表情になったキースも警官を見たままで言った。

 

「これ以上ここにいても収穫はない。行こう。そして我々で捜そう」

 

 警官は鼻の下のヒゲをつまんで「ふん」とつまらなそうに虎徹たちを一瞥すると、さっさと部屋に戻る。

 信じられないような横暴ぶりだが、彼の口ぶりからNEXT差別者であることが窺い知れて、虎徹自身もこれ以上文句を言う気が失せていた。

 

「きゃあッ、もう、なんて雨風よ! タイガー、これからどうするの!?」

「一度コテージに帰る! バニーが戻ってるかも知れねえだろ!?」

「わかった! じゃあ行こうぜ!!」

「車はこっちだ! シートを濡らすことになってすまない! そして申し訳ない!!」

 

 強烈な雨風に加え雷が激しくなり、会話もままならない。

 四人は全身ずぶ濡れになりながらネイサンの車にたどり着き、なんとか乗り込んだ。

 

「あー…揺れてるわね」

「揺れてんな」

 

 叩きつけるような雨風は、四人が乗り込んだ車まで揺らしている。このまま走るのはさすがに危険だ。

 ネイサンとアントニオのぼやきに、虎徹とキースもため息をついた。

 

「ところで、コテージはもう収納されてるんじゃないの?」

「………してるな」

 

 振り返ったネイサンに言われて虎徹もコテージのシステムを思い出し、携帯を確認してみると、ホテルからその旨の通知があった。今日は本館のスイートルームに宿泊できるらしい。

 

「じゃあ、アタシたちもお邪魔するしかないわね。あそこのスイートはベッドルームが二つあるし、いいでしょ?」

「いや、しかし私は…」

「あんたもこっちのホテルに変えたらいいじゃないのよ。ほら、さっさと連絡する!」

 

 押しの強いネイサンにキースが折れ、早速自分の宿泊先のホテルに連絡を入れる。

 

「まあ、これだけ重りが乗ってればなんとかなるでしょ。行くわよ」

 

 それから四人は極力風を避ける道を選んでホテルまで走り、なんとかたどり着くことができた。

 まさかこんな悪天候の中で帰ってくるとは思わなかったのか、ロビーに入ったとたんにフロントの職員が駆け出し、黒服を含めた四人のホテルマンがタオルを片手に駆け寄ってくる。

 

「大丈夫でしたか!?」

「見ての通りだ。車を動かせなかったんで、悪いが天気が良くなってから移動を頼む」

「はい、これがキーね」

「かしこまりました。鍵はのちほどお部屋にお届けしますか?」

「フロントで預かってちょうだい。出かけるときに返していただくわ」

 

 ホテルの名前が織り込まれた白いタオルは吸水性も良く、滴るほど濡れていた四人もすぐに落ち着くことができた。

 

「バーナビーは帰ってるか?」

「いえ、まだですが……どうかなさったのですか?」

 

 この中では一番顔を合わせたことのある黒服に訊くと、途端に心配そうな様子になる。

 虎徹は迷ってなにも言わなかったが、アントニオが代わりに事情を話した。

 

「実はあいつ、はぐれちまったんだよ。この天気だ。心配でな」

「それは…! どこかで雨宿りできていれば良いのですが」

「まったくだぜ」

「ちょっと、彼も今日はこっちのホテルにするから、手続きしてちょうだい。早く着替えたいのよ」

「すまない。よろしく頼む」

「あ、はい。ありがとうございます」

 

 話がついたところで、虎徹は案内役のホテルマンののあとについて歩き出す。

 バーナビーではないが、こういう時はまず落ち着いて情報の整理だと思ったのだ。

 

(こういうのはあいつの専門なんだがなァ……)

 

 頭を掻いて唸りたい気分になるが、そこは我慢だ。

 さすがに夜も遅い上この天気では、ほかの客の姿はなかった。案内された部屋は五階の角だ。角に当たる部分も含めて海に面する壁のほとんどが巨大な窓になっており、天気の良い日の見晴らしは申し分ないだろう。

 今は厚いカーテンが閉じられ、意匠を凝らした南国の花々の模様が美しく部屋を彩っていた。大きさだけならまるで緞帳のようだ。

 床も柔らかなカーペットが敷かれ、応接セットは籐のものだが、取り外しのできるしっかりとしたクッションがついている。

 

「さあ、まずシャワーを浴びて着替えましょ! お先に」

「ワイルド君、バスルームは二つあるようだ。私は構わないので、君が先に」

「おう、俺もあとでいいぜ」

「サンキュ。……悪ぃな」

 

 自分たちも同じように冷えただろうに、仲間の心遣いが有難い。彼らの性格を考えると、ここで譲り合っても不毛な言い争いになるだけなので虎徹は素直にバスルームに入った。

 だがシャツを脱ぎ、カゴに入れた時になにかが落ちた。先日病院で受け取った花束についてきたカードだ。

 

「うわ、ますます怖いことになってんな」

 

 封筒に記された、耐水性のペンを使わなかった数人の名前が雨ですっかり滲み、妙な迫力を醸している。

 それを洗面台に置いて、虎徹はシャワーブースで熱いシャワーを浴びた。

 雨で冷えた肌に叩きつけるようなお湯が気持ち良い。

 身体が温まるに従って、少しずつ頭がはっきりしてくる。

 

(怪我をしてねえか…?)

 

 ここにはいないバーナビーに、心の中で呼びかけた。

 バーナビーのサンダルを見つけた花壇の状況から、不意を突かれたとは考えていない。

 派手ではないが、確かに争った形跡があったからだ。

 たとえ能力を使わなくても、ヒーローとして訓練を受け、実戦経験も積んできたバーナビーの戦闘力は決して低くはない。

 そのバーナビーでも抵抗らしい抵抗ができなかったという事実が気に掛かる。

 

(人質がいたか、純粋に相手の戦闘力が高かったか……)

 

 後者だとすれば、国外退去も厭わず能力を発動しただろう。バーナビーはルールを遵守する性格だが、臆病ではないのだ。相手に明らかな非があり自分が連れ去られるような状況であれば、そこで能力の発動をためらうようなことはない。

 だからこそ、状況が掴めなかった。

 

「スカイハイ、交代だ」

「ありがとう。では遠慮なく」

「おう」

 

 深いため息をついてシャワーブースを出ると、虎徹は心配そうに待っていたキースに声を掛ける。

 キースの分の部屋着をカゴに出して虎徹も着替えた。タオルを首にかけて手に取ったのは、大理石の洗面台の上で自己主張しているあのカードだ。

 

「おう、上がったか」

「ファイヤーエンブレムは?」

「お肌のお手入れだとよ。濡れた服はランドリーバッグに入れてドアノブに掛けておいたら、朝までには乾かして持ってきてくれるそうだぜ」

「それは有難いぜ」

 

 とりあえず全員の服を集めて外のドアノブに掛けてから、虎徹はようやく籐椅子に腰を下ろした。

 戸棚の酒を出したアントニオが勧めてくれたグラスを片手に、すっかりくたびれたカードの封を開ける。

 

「なんだよ、まだ見てなかったのか?」

「バニーが嫌がったんだよ。まあ、見るからに怖ぇ雰囲気出てるしな。……ん?」

「ふう、やっぱりここのお湯は違うわね~。おかげで生き返った気分だわ~」

「私も温まった。ありがとう、そしてありがとう!」

 

 そこに二人が帰り、ネイサンはアントニオの隣に、キースは虎徹の隣に腰を下ろした。

 虎徹は無言だ。ただ広げたピンクのカードいっぱいに書かれた祝福のメッセージを眺めて、しばらくその意味を頭の中で反復する。

 

「あら、どうしたのよ?」

「なにかあったのかい?」

「………おい」

 

 ぎくしゃくと顔を上げた虎徹が見たのは、とぼけた表情のネイサンだ。夜なので化粧は落としていたが、濃厚そうなクリームで艶々した顔はいつもの派手さに負けていない。

 

「なんで俺とバニーが婚約したことになってるんだ…?」

「!!」

「なんと! それは知らなかった! 式は一体いつ!?」

 

 地を這うような低い虎徹の問いかけにアントニオが極上のブランデーを噴き出し、キースは目を見開いて身を乗り出す。動じなかったのは、仕掛け人であるネイサンだけだ。

 

「だぁって、そうとでも言っておけば、誰も邪魔しに来ないでしょ? 式場の下見を兼ねた婚前旅行だと言ってあげたのよ」

「こここ、虎徹…!?」

「下見! 婚前旅行!! そ、そんな大切な旅行なのにお邪魔してしまって本当に申し訳ない!」

「だぁッ、違う違う! 婚約なんてしてねえよ!!」

 

 ネイサンはころころと笑うが、アントニオは俄然疑いの目で自分を見る上、キースの誤解は深まるばかりだ。

 慌ててぶんぶんと顔の前で手を左右に振ると、虎徹はがっくりとうな垂れて呟いた。

 

「こんなもん、もしバニーが見てたら怒るだけじゃ済まなかったぞ…?」

「あら、そうでもないわよ。案外真面目に受け止めるんじゃなくて? へえ、婚前旅行にこんな場所に来るのかって。きっとほかのカップルを見て想像を膨らませると思うわ」

「いや、だからって相手が俺なのは不味いだろ!!」

 

 同性婚も少なくない現在、性別は特に問題ではないが、年齢やその他で自分とバーナビーではあまりに釣り合いが取れない。

 そう思って怒りに任せて文句をつけるが、ネイサンは堪えた様子もなくアントニオの手から奪ったグラスを飲み干して微笑んだ。

 

「イヤ~な顔はするでしょうけど、あんたと婚約したふりをする方が、ミーハー娘たちに追い掛け回されてプライバシーを奪われるよりは我慢できるでしょ? 大体心配しなくても、こんなのタチの悪いジョークだってすぐに気づくわよ。なぁに? それとも既成事実まで含めて婚約させられたとでも思ったの?」

「んなワケねえだろ!! バイソン! 俺よりてめえの方が怪しいのにそこで引くんじゃねえ!!」

「どういう意味だ!?」

「ケンカはいけない!」

 

 ここで不毛な言い争いにならなかったのは、落雷の轟音とともに一瞬部屋のライトが点滅したからだった。

 

「なんだ? 自家発電か?」

「今時高級を謳うホテルで設備のないとこはないわよ」

「あいつ、どっかで寒い思いしてなきゃいいんだが……」

「私も心配だ」

 

 アントニオとキースの呟きに、虎徹も内心で頷いた。無事であって欲しい。言葉にしない気持ちは皆同じだ。

 虎徹はカードを元のように封筒に入れてテーブルに置き、腕を組んでなにやら考えているネイサンに視線を向ける。

 

「………なにかしら?」

「なにを考えてんだ?」

「あんたの躰がやっぱりセクシーだわってね? ハンサムは綺麗な体つきをしてるけど、まだまだ色気が足りないから」

「はいはい、おまえも色っぽいぜ」

 

 いつもの軽口を受け流して水を飲むと、ネイサンは心配そうな面持ちで様子を伺うキースと、まだ口の中で文句を言っているアントニオを流し見て悩ましくため息をつき、長い脚を組み替えた。

 

「ハンサムを連れ去るメリットとデメリットよ」

「あ?」

「鈍いわねえ。あの子はシュテルンビルトの英雄! いまや世界で一番有名なヒーローと言っても過言ではないわ。利用価値はどんな方向からでもあるでしょうね」

「利用価値……」

「人質にして、取引を持ちかけるとか?」

 

 真面目な表情に戻って身を乗り出したアントニオと首をかしげたキースに「その可能性もあるかもね」と頷き、ネイサンが続ける。

 

「ほかにもイロイロあるわよ。薬を使っておとなしくさせてお人形さんにしてみたり、自分専属のボディガードにしたり? まあこのあたりはハンサムの性格を考えると難しいわね。意に沿わないことをさせられるぐらいなら、駄目元でも反撃に出るでしょうしね」

「……では、デメリットは?」

 

 緊張した面持ちで尋ねたキースに、ネイサンも表情を改めて答えた。

 

「その攻撃力よ。ハンドレットパワーを確実に押さえる方法があるならまだしも、そうでなければ薬を使うのも危険だわ。使う薬の種類にもよるけど、あの子の場合理性がなくなって暴走しかねない。タイガー、あの子、サリに来てから妙に具合が悪そうじゃなかった?」

「あ? ……ああ、まあな」

 

 ちらと向けられたネイサンの問いかけに言葉を濁したのは、バーナビーの不調をここで仲間に明かしても良いものか迷ったからである。

 だが、それに返ったネイサンの言葉は意外なものだった。

 

「やっぱりね。ハンサムは薬物耐性が少し低いんだわ」

「薬物耐性? おい、どういうことだ?」

 

 アントニオだけではない。全員が驚いて顔を上げた。

 

「これは、本当はオフレコなんだけど……状況が状況だから仕方がないわね。実はこのサリの花の多くは、改良されてごく微量のアルカロイド成分が含まれているのよ。もちろん再合成されて中毒性はないものだけど。ここが『天国に一番近い島』と言われる所以ね」

「観光客を麻薬漬けにしようってのか!?」

「違うわよ。『ごく微量』って言ったでしょ。元になってるのはLSDだけど、そんなに怖がるようなものじゃないわ。この島ではおとなしく、落ち着いたいい気分で過ごしてもらおうってだけのこと。事実、アタシたちはなんともないし、それなりにご機嫌に過ごせてたでしょ?」

「……確かに。私もそうだ」

 

 立ち上がって怒鳴ったアントニオを視線と身振りで座らせたネイサンの説明にキースが頷き、虎徹は顎のヒゲを撫でて言う。

 この島に来てからのバーナビーの気だるげな様子に、ようやく合点がいった。

 

「バニーには効果が大きかったんだな?」

「ええ。……あの花束で倒れそうになるぐらいにはね。あの花があるのは一部の観光エリアと商業エリアだけだから、安全な場所に移してあげようと思っていたぐらいよ。やっぱり同じように耐性が低くて不調を訴える人がいるのも事実だから」

 

 バーナビーに頭痛があったことも本人とのやり取りで知っている。

 ただ気が抜けただけだろうから、ここで少しのんびりできればいいと考えていた自分の迂闊さに、虎徹はほぞを噛む思いがした。

 

「ただ、こういうことは本人の気分によっては効果が変わったりするから……ハイな方向に行かなかったってことは、ハンサムは少し沈んだ気分だったんじゃないかしらね?」

 

 最後に探るようなネイサンの視線を向けられ、虎徹はなにも言わずに立ち上がる。

 

「どこへ行くの?」

「寝るんだよ。ここで考え込んだって埒があかねえ。嵐が過ぎたら出る」

「……そうだな。俺も寝るか」

「いざという時に寝不足ではいけない。私もそうするとしよう」

 

 部屋割りは、ごく自然にネイサンとアントニオ、虎徹とキースになった。こんな時に文句の一つも言わないあたり、なんだかんだ言って本当は脈があるのではないかと、体格は良いが心は淑女なネイサンに迫られる親友のことを考えて笑ってしまう。

 明かりを落とし、広いベッドに横になっても、虎徹はなかなか眠れなかった。

 ヒーローたるもの、身体が資本だ。戦場を生き抜く傭兵や兵士がそうであるように、必要な時に眠り、すぐに目覚めるよう訓練したはずが、今日は上手く行かなかった。

 さすがに高級ホテル、強い雨風の音もだいぶ静かで窓が揺れてうるさいなどということはないが、嵐の気配は人の心にまで忍び込むものだ。

 隣のベッドのキースは既に寝息を立てており、虎徹は無理に目を閉じる。

 思い浮かぶのは、物憂げなバーナビーの横顔と後姿ばかりだった。

 いつからだろう。

 気がつくと、よく見せるようになっていた笑顔がバーナビーの顔から消えていたのは。

 虎鉄は自分の鈍さや察しの悪さに自覚はある。

 自分の歩く道を見失ったバーナビーのことには気づいていたのに、本人が落ち着くまではといつもなら迷わず伸ばす手を、今回に限って出さなかったことを初めて心から悔やんだ。

 

 嵐が過ぎたのは、朝になってからだった。眠れた時間は短かったはずだが、頭はすっきりしている。

 さっさと起きてカーテンを開くと、海の濁りも少しずつ落ち着き、ビーチには雨と風で千切れた葉っぱや花、小枝などを片付けているホテルのスタッフの姿が見えた。

 

「やあ、おはよう。眠れたかい?」

「まあな。おはようさん」

 

 相変わらず爽やかなキースに挨拶をして着替えを済ませ、部屋を出る。ネイサンも既に化粧を終えて、アントニオはまだ眠そうに大きな欠伸をしていた。

 まず一行は早い朝食を済ませて行動を開始した。車に乗り込んで向かったのは、先日ジャンナに聞いていた保安本部だ。

 敢えて電話でアポを取らなかったのは、虎徹がまだ彼女を信用しきっていないからだった。

 

「ポリスに比べたらずいぶん雰囲気が違うな」

「そうね。お仕事できそう」

「真面目にバーナビー君を捜してくれれば良いのだが」

 

 保安本部はサリの本島のほぼ中心に位置し、神殿からも近い。風で飛ばされて転がった看板や大きな木の枝を避けながらたどり着くと、正門で早速身分証の提示を求められ、用件を訊かれた。

 

「ここにジャンナはいるか?」

「は?」

「ジャンナの紹介だ。通してくれ」

「急用だから朝っぱらから来てるのよ。わかるでしょ?」

 

 固い雰囲気の男がしばらく考え、取り出した携帯で誰かに連絡を取る。口ぶりから相手がジャンナであることがわかった。

 呼んだ覚えはないと言われれば、また出直しの可能性もある。そう思ったが、予想外にすんなりと許可が下り、保安官の男もほっとした様子で「どうぞ」と立ち入りを許可してくれた。

 

「どこに行けばいいんだ?」

「本部の裏にある小部屋でお待ちしています」

「ありがとよ」

 

 場所がわかればこちらのものだ。

 警察署に比べて厳(いかめ)しく落ち着いた雰囲気の建物の前を通り過ぎたところで車を降りると、虎徹は一人で先に建物の裏側に回った。

 ここにも花は咲いているが、神殿やホテルの周りにあったような匂いの強いものではない。

 場所によって花の種類を変える執拗さが、今はどこか薄ら寒いような気がした。

 案内通り歩いた先にあったのは、まるで物置のようにこじんまりとした建物だ。いかにもサリ風の作りで、オリエンタルシティの道端にある小さな交番を思い出す。

 

「邪魔するぜ」

「どうぞ。紹介した覚えはありませんけど、なにかあったようですわね?」

「なけりゃ来ねえな」

 

 保安官が言ったとおり、ジャンナが待っていた。椅子には座らず、くっきりと濃く黒い睫毛に囲まれた青い目を虎徹に向ける。

 

「……人払いはしてあるわ。どうぞお掛けになって?」

「いや、ここでいい。バニーが行方不明になった」

 

 簡潔に切り出すと、ジャンナの表情に鋭いものが過ぎった。

 

「どういうこと?」

「昨日、神殿で放火があったのは知ってるな?」

「表向きにはコードからの漏電が原因ということになっていてよ」

「あの騒ぎの最中に、何者かに連れ去られた」

「…………」

 

 腕を組んだジャンナが今度こそ身体ごと向き直り、信じられないものを見るような視線で虎徹を見据える。

 

「なんですって?」

 

 バーナビー自身が英雄と謳われるようなヒーローであり、周りにいた虎徹たちも全員がヒーローだ。にわかに信じられないのも無理はない。

 虎徹はハンチングを被りなおして顔を上げ、ジャンナの視線を正面から受け止めた。

 

「はっきり言うぜ。俺はあんたを信用しきってねえ」

「なにを言いたいの?」

「バーナビーを本気で捜すつもりはあるか?」

「……疑われている、と判断して良さそうね」

 

 腕を解いたジャンナと虎徹の間に見えない火花が散る。それを断ち切ったのは、遅れて入ってきたネイサンだ。

 

「遅くなったわ。ちょっと、捜索願は受理されたんでしょうね?」

「届出を出すつもりがなくても、勝手に捜させていただくわ。……最後にIDが確認されたのは神殿のようね」

 

 腰の携帯を取り出したジャンナが手早く操作し、厳しい表情のまま言う。

 それから胸元の深い谷間からまた銀の笛を取り出し、唇に咥えて外に出た。

 ラフィリアを呼ぶ笛だ。

 

「ジャンナ?」

「そこで待っていて。すぐに戻るわ」

 

 取り付くしまもない。

 虎徹はハンチングを取った頭を掻きながら深い息をつき、壁に貼られた地図を眺める。

 サリの全体像が描かれていたが、やはり第七島と第八島についての詳しい記述はなかった。

 

「餌の時間…ってことはなさそうね」

 

 ジャンナの後姿を見守るネイサンの視線も厳しい。

 だが、虎徹はいよいよ迷っていた。

 彼女がバーナビーに向ける視線に、違和感を覚えていたからここに来たのだが、どうも当てが外れたようで落ち着かない。

 

(敵…じゃないってことか?)

 

 女性がバーナビーに向ける視線の種類は、今のところ憧れや恋愛感情など、非常にわかりやすく甘いものがほとんどだ。年上の女性であれば、それだけではなく母親や姉のような優しいものが含まれていることも多い。

 だが、虎徹が見た限り、ジャンナの視線にあるものはそのどれとも違っているような気がした。

 

「待たせたわね。本部にも通達を出したわ。バーナビーさんの捜索は、第一級扱いで行います」

「大きな伝書鳩なのね?」

「ええ。有能な子たちでしてよ」

 

 微笑んだネイサンとジャンナの間にも緊張が走る。しかしネイサンは時間を掛けずに話題を変えた。

 

「……そういうわけで、あわや犯人扱いされるどころだったのよ。失礼にもほどがあるわ!」

「それは…申し訳ないことをしました。サリのスタッフとして、心からお詫びを申し上げますわ」

「そんなのどうでもいいから、ハンサムを早く見つけてちょうだい! あの子、薬物耐性が低いのよ。アタシたちの心配、わかるでしょう?」

「ええ。もちろん」

 

 それぞれに強烈な個性を持つ長身の美女二人の間に割って入る気にはならず、虎徹はドアに手を掛ける。

 ここでの用は済んだ。あとは自分の足と勘を頼りに捜索に入るだけだ。

 

「ミスター、お茶は?」

「いらねえ。とりあえず、なにかわかったら連絡をくれ。それと、この前の件についてもな」

「ええ。……海に出る時は気をつけて。今のわたくしに言えるのはそれだけですわ」

「……肝に銘じる」

 

 なにか言えない事情がある。

 そのことにはぴんと来たが、虎徹はなにも言わなかった。訊いたところで話せない内容であれば口を割る女性ではない。それがわかっていたからだ。

 

「ええ。お願いするわ。……!」

「ジャンナ?」

 

 ふと携帯を覗いたジャンナが息を呑む気配を察し、そのまま出て行こうとしたネイサンも足を止めた。

 もちろん、虎徹もだ。

 ジャンナはなにも言わない。ただより厳しい表情になって携帯の画面を見つめ、ゆっくりと画面を閉じた。

 

「なにかあったのか?」

 

 そして深い息をついて壁の地図を睨みつける。褐色の滑らかな頬に走る緊張が、虎徹にも伝わった。

 

「わたくしのラフィリアが殺されたわ」

「なんだと!?」

「場所から、ある程度の推測は立てられる……。遅くとも、夜までにはバーナビーさんの居場所を特定するつもりよ。失礼」

 

 怒りを含んだジャンナの低い声に、虎徹とネイサンも頷くしかなかった。

 それから二人の間をすり抜けるように、さっさと出て行く。話にしか聞いていないが、ラフィリアと保安官の絆は強い。

 今の彼女の気持ちを思うと、虎徹もさすがにそれ以上のことを要求できなかったのだ。

 

「ハンサムのことがあるにしても、慌しくなったわね」

「鳥が一羽殺されたにしてはな」

「ただの鳥じゃないからでしょ。……発信機がついてるのね」

「でなきゃ場所までは特定できねえよな」

 

 声を潜めて言い合い、ネイサンの車まで歩く。

 その間にも複数の保安官が走り回っていた。

 

「遅いぜ、なにかあったのか?」

「なんだか周りの様子が慌しいようだが……」

 

 車のドアを開けると早速二人の質問が飛んでくる。掻い摘んで事情を説明しながら後部座席に乗り込み、虎徹も窓から本部の様子を伺った。

 

「それで、バイソン。そのお友達に連絡は取れたの?」

「いや、それが……」

「一昨日から帰っていないらしいんだ。ただ、行方不明ではなくてちゃんと休暇届けを出しているそうなのだけど」

「シュテルンビルトを出る前に連絡を入れていたし、今日には帰ってる予定だと聞いてたんだがな」

 

 携帯を見ながらため息をついたアントニオに、虎徹は少し考えて言ってやる。

 こんな時はなにもかも悪い方向に考えがちだが、それはそれで良くないと思ったからだ。

 

「昨夜はあんな嵐だ。本島勤務じゃねえんだろ? だったら、今日あたり連絡がつくんじゃないか?」

「……そうだな」

「確かに。私もそう思う」

 

 虎徹の言葉とキースの明るい笑顔に励まされたように、アントニオの顔に笑顔が戻った。

 ネイサンもエンジンを掛けながら頷き、バックミラー越しに虎徹を見て言う。

 

「じゃあアタシはあんたたちを送ったあと、ほかの島へ渡れる船を手配しておくわ」

「ほかの島? バーナビーは本島にはいないってことか?」

「一体どこに…!?」

「まだはっきり決まったわけじゃないけど、おそらくそうなるでしょうよ。この本島内のことだったら、彼女がすぐさま場所を特定できたでしょうからね」

 

 アントニオとキースがネイサンの説明に納得し、虎徹も頷いてシートに深くもたれかかった。

 それから、腕時計に仕込んだワイヤー・シュートを起動させる。

 

「虎徹?」

「調子を見るだけだ。窓をぶち破って飛び出すような真似はしねえよ。……いつ使うことになるかわからねえからな」

 

 手入れ用具はホテルの部屋なので、今できるのは照準と油の具合の確認だけだ。

 このワイヤー・シュートは、敏捷さではキースとバーナビーに及ばない虎徹の動きを支える大切な小道具だった。気分としてはバーナビーとはまた違う相棒と言ってもいい。

 

「すっかり片付いたな」

 

 そんな虎徹に笑ったアントニオが呟いたのは、昨夜のハリケーンで散らかっていたものがすっかり道路から消えたことに対してだった。道の脇にゴミを集め、通りがかった観光客ににこやかに挨拶をするスタッフの姿にキースも感心した様子で頷く。

 だが虎徹の目が見ていたのはそんなスタッフの様子ではなく、雲ひとつなく晴れた空だった。

 昨日までとはまったく違う様子で、ラフィリアが飛び回っている。

 鷹のように一羽で広いテリトリーを守る鳥ではなく、渡り鳥のように群れを作る鳥でもない。

 百年前、突然海から現れたというこの島にしか存在しないというその生態が、初めて奇妙なもののように感じた。

 

(遺伝子改良された花…か)

 

 もしかしたら。いや、恐らくは――。

 楽園と謳いながら、この島にある闇は光とかけ離れて昏い。

 虎徹は朝の柔らかな太陽にきらめく紺碧の海とその上を渡る数羽の真っ白な鳥の姿を見ながら、なんとも言えない気分で深い息をついた。

 

 

to be contined


 
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