No.307698

アルエリ「ワイバーン搭乗組み合わせ」編

TOXアルエリ。ワイバーンでシャン・ドゥ出立するシーン。乗る組み合わせを決めるとき、こんな遣り取りがあったらいいなあ。●アルエリ本「うそつきはどろぼうのはじまり(\100)」10/9「TALES LINK」F-15a「東方エデン」にて頒布予定。

2011-09-26 00:16:29 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:1893   閲覧ユーザー数:1890

「約束のワイバーン、すぐ借りたいんだ」

城で何かあったのかと訊ねてくるユルゲンスに事情を説明する暇すら惜しんで、一行は慌しく魔物の檻の前に立った。

魔物の言葉を解するキタル族の手によって、のっそりとワイバーンが体躯を伸ばす。持ち主が側にいるからだろう、彼らの姿を認めても吼え声一つ立てない。素人目にも、先日初めて邂逅した時よりは、幾分落ち着いているように見受けられた。

キタル族ユルゲンスから借り受けられたワイバーンは三体。一頭につき二人が乗る計算になる。

「では借りてゆくぞ」

双翼の巨体に、まるで臆することなく一直線に近づいたのは、やはりミラだった。その他者を圧倒するような貫禄は魔物でさえひれ伏すらしい。彼女の後を追ったジュードが跨って尚、されるがままになっている。

「なるべく早くお返ししますから」

「そうしてくれると助かるよ」

折り目正しく頭を下げてきた少年の言葉に、ユルゲンスが苦笑する。

そんなやりとりを尻目に、残された四人の間には奇妙な沈黙が落ちていた。

発端はアルヴィンである。

「おい。借りるはいいけど、誰が手綱握んだよ」

傭兵の言葉に仲間は一斉に黙り込んだ。時が止まったかのように動かぬ人影の脇で、檻から出されたばかりのワイバーンが、眠そうな唸り声を上げる。

アルヴィンは溜息をつき、腕を組んだ。

「とりあえず、だ。天然で使役できちまってるミラはいいとして……」

ちらりと横目をやった先には栗毛の少女がいる。レイアは慌てふためいて両手を目の前で振った。

「いやいやいやいや、あたし普通の人間だからっ! 魔物と会話なんて無理だからっ!」

全力で否定するレイアに水を差すように、間の抜けた声が割って入る。

「んなこと知ってるよ~」

「……です」

縫いぐるみを抱いた少女が、こくりと一つ頷く。返す言葉が見つからず、拳を握るしかないレイアの隣で、半ば諦め顔でワイバーンに歩み寄ったのはローエンだ。

「まあ、ここは乗るしかないでしょう」

「だな。追っ手も迫ってることだし」

やれやれと傭兵は髪を掻きあげた。飼いならされているとはいえ、ワイバーンは肉食の魔物である。齢にして十を数えた程度の女子供の腕力で御せるほど甘いものではないだろう。

「結局男の仕事ってことかね。じーさん、振り落とされんなよ?」

男の揶揄に、指揮者はす、っと目を細める。

「ここは貴方の時間稼ぎとやらが効を奏することを、一応期待すべきでしょうな。アルヴィン殿」

思わぬ反撃を受けて、傭兵は口をへの字に曲げた。信を問われると、アルヴィンは途端に立場が弱くなる。

一行が山へ逃げたという嘘の情報が、果たしてガイアス王にどこまで通用するのか。またその情報を齎したという事実さえもが疑わしいものだ、という老練な軍師の痛烈な皮肉が込められた指摘であった。

男は軽く息をつく。背任を責められ罵声を浴びせられることなど、別に今に始まったことではない。疑われるのには慣れている。責任を問われる前に逃げ出すことも、我ながら速やかに行えているという自信があるくらいだ。

ただ最近、そうした自分の行動に罪悪感を覚えることが多くなった。原因についても薄々気がついている。多分、責務と使命を果たそうとする強い意志の持ち主と接触したせいだろう。だからこんなに苛立っているし、焦りすら感じている。

だが焦燥を覚えたところで、アルヴィンの生き方が変わることはなかった。彼にはどうすることもできないのだ。何故なら解決する術を知らないからである。

心に泥濘のような淀みを抱えたまま、傭兵は手綱を取った。待っていたかのように人の気配が近づいてくる。だがレイアにしてはひどく小さい。

見ると、自分より二周りは小さいであろう幼い手が、外套の裾に触れていた。

「お前……何で」

やや掠れた声で、何とかそれだけを問う。エリーゼは服の裾をそっと掴んだまま、たどたどしく言った。

「乗せて、ください……です」

「いやそりゃまあ乗せるけどよ。……なんだって俺んとこ来たんだよ」

男はこんな裏切り者の自分のところに、好き好んで来る奴などいるわけないと考えていた。エリーゼを思いやったレイアが、自分を犠牲にして同行を名乗り出るだろうと、そう予想していたのだ。

(それなのに、どうして)

仲間と呼び合う関係を、自分から何度も切り捨てた。寄せてくれた信頼を踏みにじった回数など片手では足りない。それでも尚、自分に己の身を預けようというのだ、この少女は。

アルヴィンは信じられないような物を見る目で、まじまじとエリーゼを凝視する。すると、何故か少女が微かに眉根を寄せた。

「乗せて……くれないんですか?」

少女の腕の中から素っ頓狂な声が上がる。

「そんなに体重あるように見える~?」

「ティポ!」

エリーゼは顔を真っ赤にして縫いぐるみの口を塞いだ。

男は軽い笑い声を上げ、ぽんぽんと少女の頭を叩く。

「ははっ。そういう訳じゃねーんだけど。……よし、今乗せてやろうな」

男の両手が少女の腰に触れる。緻密な帯紐が編みこまれた少女の服がふわりと靡き、つま先が宙に浮いた。身体の均衡を失い、エリーゼは思わず男の肩に縋った。アルヴィンはまるで硝子細工を扱うような丁寧さで、少女を鞍の上にそっと置いた。

「お、重く……なかった、ですか?」

続いて鞍の上の人となったアルヴィンに、エリーゼは恐る恐る訊ねる。

「軽い軽い。ま、あと五年もしたらどうなってるか分かんねーけどな」

「アルヴィン……それってどういう意味、ですか?」

少女は頬を膨らませた。ティポなど既に半眼である。

「アルヴィン~その発言はセクハラだぞ~!」

「おっと。お喋りは当分ストップな。――行くぞ」

男は乗馬の要領で手綱を強く引いた。ワイバーンの首が高く上がり、双翼が力強い羽ばたきを始める。風圧に気圧されたエリーゼの頬が、胸板に押し付けられている。その温もりは、アルヴィンの心を何故だかひどく高揚させた。

(意味だって? そんなもん……)

五年経ったら教えてやるよ、という呟きはワイバーンの嘶きにかき消された。


 
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