No.298256

真剣で私たちに恋しなさい! EP.7 解法印(3)

元素猫さん

真剣で私に恋しなさい!を伝奇小説風にしつつ、ハーレムを目指します。
ここで一区切りとしました。
楽しんでもらえれば、幸いです。

2011-09-11 23:20:55 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:6060   閲覧ユーザー数:5616

 川神百代は黒いモヤに包まれた大和と向き合うと、リングに近づいて行く。一歩を踏みしめる度に、刺すような殺気が百代を襲う。だが、その歩みが止まることはない。

 

「大和!」

 

 名を呼ぶが、返答はない。じっと見つめる目にも、感情の起伏は見られなかった。百代は唇を噛む。

 

(おそらくもう、じじいの奴も気付いているはずだ……。私がここで止めないと)

 

 これほどの殺気を垂れ流しているのだ。百代の祖父、鉄心も異変に気付いているはずだった。しかし近くに百代の気配も感じているため、今は静観しているのだろう。百代が処理すると、考えてのことだ。

 

(街の人を守るためなら、じじいは大和を殺す)

 

 そのためには、百代がここで大和を止めなければならなかった。

 

「大和! しっかりしろ!」

 

 もう一度、百代が声を掛ける。すると、大和は今まで見せたことのない笑みを浮かべたのだ。残忍で、獲物を見つけた猛禽類を思わせる嫌な笑み。直後、大和の姿がフッと消えた。

 

「――!」

 

 驚いた百代のすぐ目の前に、大和は忽然と現れる。殺気が膨れ、百代は圧迫するような気配に押し潰されそうだった。目では追えないほどの速度で、腹に拳を突き刺してくる。

 合計5発の拳をすべて受け止め、百代は距離を取るべく後ろに跳んだ。しかし大和はそれを許さず、再び距離を詰めてくる。

 

「くそっ!」

 

 遊ばれているのがわかった。こちらもまだ全力ではなかったが、大和も手加減をしている。それでもその一撃は、並の武人を気絶させるには十分すぎる威力があった。

 大和の攻撃を百代が受け止める度、空気が振動して工場全体が震えていた。

 

 

 迷う百代とは反対に、大和の攻撃は徐々に鋭さを増していた。スピードはそれほど変化していないが、込められた殺気の濃度が違う。十分受け止められた攻撃も、やがてわずかに押されるようになる。

 

(覚悟を決めるしかないか……)

 

 大和の攻撃を受け流した百代は、わずかに距離を取って呼吸を整える。お腹の底に流れ込む力を吐き出すように、一気に攻めた。

 

「はあっ!」

 

 ドンッと工場全体が揺れ、百代の拳が大和を吹き飛ばす。後方に飛びながら空中で身体を回転させ、大和は着地と同時に反撃に出た。

 互いの拳と蹴りが交差し、それだけで空気が波紋のように衝撃で震えた。

 

「大和……少し痛いが我慢しろ!」

 

 そう言うと、百代は大和の腕を掴む。そのままねじり上げ、自分の膝を使って思いっきり叩き折った。鈍い音が響き、大和の腕は通常では曲がらない方向に反り返る。

 

「反対の腕もだ!」

 

 百代は素早く逆の腕を掴むが、大和は折られた腕をだらりと下げながらも、身をよじるように暴れて抵抗した。

 

「大人しくしろ!」

「ガアアッ!!」

 

 大和は頭を振り乱し、百代に向かって頭突きを仕掛けた。それを百代は、腕を掴んだまま自分の頭で受ける。互いの額が激突し、血走った目を剥いて睨み合った。その直後、百代は自分の腕を絡めて力を入れ、大和の腕を逆方向に締め上げる。

 ギチギチと嫌な音が伝わり、やがてもう一本の腕も骨が折れて大和は両腕が使えなくなった。

 

「ハァ……ハァ……これで少しは大人しくなるか?」

 

 解放された大和は両腕を動かすことが出来ず、前に垂らしながら苦悶の表情を浮かべた。脂汗が滲むように浮かび上がり、ぐっと堪えるように歯を合せて、隙間から息を漏らした。

 

(後は縄ででも縛って、とりあえず川神院にでも連れていくか……)

 

 百代がそんなことを考えていると、突然、大和の全身にまとわりつく黒いモヤのようなものが大きく膨れあがったのだ。そして背中から黒い二本の腕が伸び、百代の首に掴みかかったのである。

 

 

 容赦なく締め付ける腕を、百代は引きはがそうと手首を掴む。

 

「がっ……」

 

 指が食い込んで、息苦しさが百代の意識を朦朧とさせる。何とかしようと力を込めるが、思うようにいかない。それどころか、徐々に力が抜けていくような気さえした。

 

(何だ、これは……)

 

 この、黒いモヤの造る腕のせいだろうか。触れているだけで、ピリピリと肌を刺すような痛みがある。

 

「ごろ……じて……や……ル……」

 

 痰が絡んだような、嫌な声が大和の口から漏れた。その時である。

 

「大和!」

 

 弓矢を構えた椎名京が、工場の入り口で叫んだ。京は苦しそうに眉をひそめ、大和に(やじり)を向ける。狙いは大和の眉間だった。だが迷いが表れているように、その狙いは小刻みに震えている。

 

(逃げろ、京!)

 

 百代は叫ぼうとするが、喉が締め付けられ声が出ない。視界の端で京を捉えた百代には、わかっていたのだ。とりあえず構えてはいるが、矢を放つことは出来ないだろう。

 

「ねえ、大和。もう、やめよ?」

 

 京は、すがるような眼差しで大和を見た。だが、返す視線は何も映さない漆黒の闇だ。それでも京は、苦しげに構えを解いてしまう。そして一歩、また一歩と大和に近づいて行った。

 

「大和……」

 

 京が再び名を呼んだ時、大和の背中から新たな腕が二本生えて、京に襲い掛かったのだ。合計六本の腕を持つ大和の姿は、さながら阿修羅のようであった。

 

 

 鞭のようにしなる腕が京を投げ飛ばし、彼女は工場隅の不法投棄されて積まれた粗大ゴミの山に埋もれた。

 

(京!)

 

 本気の京ならば、かわせた攻撃だ。けれど大和に対する想いと動揺が、その動きを鈍らせたのだろう。折り重なる冷蔵庫が、京の身体を押し潰していた。意識を失っているようだが、気がついても動くことは出来なさそうだ。

 

(くそっ! どうすればいい……)

 

 意識が薄れてゆく。力が抜け、腕を動かすことすら難しくなっていた。このままあっけなく死ぬのか……百代がそう覚悟した時である。不意に、百代の身体はどさりと地面に落とされた。わずかに視線を上げて見ると、大和の様子がおかしい。

 

(どう……した?)

 

 全身にまとわりついていた黒いモヤが拡散するように消えたかと思うと、大和は身体を仰け反らせて震えた。骨が折れて動かない腕を垂らしたまま、指だけが別の生き物のように動く。そして――。

 

「大和……」

 

 百代の目をジッと見る大和の瞳に、悲しみの色が浮かんでいた。大和は踵を返し、百代たちに背を向ける。

 

(ダメだ! 大和!)

 

 百代は必死に手を伸ばそうとする。ここで行かせたら、もう大和は戻ってこない気がしたのだ。

 

(大和!)

 

 視界が霞む。遠ざかる大和の背中が、ぼんやりと消えていく。やがて、百代は抜ける力と共に意識を完全に失ったのである。

 そしてこの夜を最後に、直江大和は仲間たちの元から姿を消した――。

 

 

あとがき

 

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

とりあえず、ここで一区切りとなります。

もちろん、物語はまだ続きますので引き続きお楽しみいただければと思います。

 

応援メッセージやコメント、読ませてもらっています。

これからも楽しんでもらえるよう、微力を尽くしたいと思いますので

どうぞよろしくお願いします。

 

それでは、また。


 
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