No.297833

真・恋姫無双~君を忘れない~ 四十八話

マスターさん

第四十八話の投稿です。
曹操軍との敗戦後、王の代わりと自分を律する少女。母親を失い、王を失い、悲しみに暮れる彼女らは心に何を想うのだろうか。そして、彼女らの許に……。
投稿が遅くなり申し訳ありません。それではどうぞ。

コメントしてくれた方、支援してくれた方、ありがとうございます!

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2011-09-11 14:24:45 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:11651   閲覧ユーザー数:6819

一刀視点

 

 俺たちは馬を疾駆させて漢中まで辿りついた。そこに駐屯している兵士たちに案内されて、俺たちは漢中の北部にある集落まで行った。そこには敗れた西涼の兵士たちがいるようであるが、その数は数千程度しかいなかった。

 

「馬超さん!」

 

「ほ、北郷!?」

 

 俺は馬超さんを見つけて声をかけた。俺自らここに来ることを意外に感じたのか、馬超さんは俺と目が合うと、目を丸くして驚いた。

 

「良かった、無事だったんですね!」

 

「ああ――いや、北郷殿、この度は我が軍を受け入れて頂けたことに感謝致します」

 

「いいんですよ。そんな堅苦しくならなくても、俺は翡翠さんに恩があるんですから、このくらい当然です」

 

「そうか。……ありがとう」

 

 馬超さんは酷く疲れているように見えた。それも当たり前の話で、周囲にいる他の兵士たちの顔には、一様に絶望感が浮かんでいた。敗戦のショックが相当堪えているのだろう。

 

 俺もここまで来る途中に、西涼での戦いの記録を纏めたものに目を通した――といっても、詳細にまで知ることは出来ず、翡翠さんたちがどのように戦い、そして、どのように敗れたのかまでは分からないのだけど。

 

「必要な物資や、兵の手当ては任せて下さい」

 

 既に桔梗さんと紫苑さんにその手配をお願いしてある。二人は集落を管轄している将校とその話をするために、今は席を外している。

 

「何もかも頼ってしまってすまない」

 

「本当に大丈夫ですから、今は身を休めて下さい。それで、他の将たちは――馬岱ちゃんや鳳徳ちゃんは無事なんでしょうか?」

 

「蒲公英――馬岱ならこっちにいる。お前も来てくれ」

 

 俺たちは馬超さんに案内されるままに、集落のさらに北――州境付近の丘まで行った。そこに馬岱ちゃんは膝を抱えて蹲っていた。

 

「蒲公英、北郷が来てくれた。お前も礼を言ってくれ」

 

「御使いのお兄さん?」

 

 馬岱ちゃんは弱々しくそう呟いて、俺の方を振り返った。その瞳は赤く腫れあがり、何度も泣き濡らした跡が克明に残っていた。

 

「馬岱ちゃんも無事で良かった」

 

「うん。ありがとう」

 

 そうお礼を言う馬岱ちゃんだが、心ここに在らずといった口調で、まるで生気を感じることが出来なかった。

 

「あたしたちだけが母様を置いて、ここまで落ち延びたんだ。ここに来る途中に、追撃兵に襲われて、向日葵――鳳徳もあたしたちのためにその場に残って……」

 

 悔しそうに顔を歪める馬超さん。そして、戦のことを訥々と語ってくれた。翡翠さんは最後まで雄々しく戦場に在ったそうだ。俺はあのとき――俺が天の御遣いの覚悟を決めたときの、あの人の姿を思い出した。

 

「蒲公英はこうして母様と向日葵が帰って来るのをずっと待っているんだ。あれから、あまり食事も口にしていないし、身体も休めようとしない。あたしと二人だけが生き残ってしまったことを恥じているんだ」

 

「そうですか……」

 

「しばらくしてから、戦場から兵士たち帰還した――千にも満たない数だったけど、あいつらは母様が部隊を率いて曹操軍の本陣に突撃したところを目撃したようなんだ。だけど、その後すぐに自軍が崩されてしまって、あっという間に壊滅させられた。みんな、母様を守れなかったことを悔しがっていたよ」

 

 西涼の兵士――いや、馬超さんや馬岱ちゃんも含めて、翡翠さんの存在は絶対であった。翡翠さんがいなくなってしまったことは大きな傷になるだろう。身体の傷はすぐに癒えるかもしれないが、心の傷はそうはいかない。

 

「だけど、あたしだけがいつまでも悲観に暮れているわけにはいかないんだ。あたしは母様の代わりにあいつらの――蒲公英を支える義務があるんだから」

 

 そう気丈に振る舞う馬超さんであったが、身体は小刻みに震えている。彼女だって、まだ俺と大して年の変わらない少女なんだ。背丈だって俺よりも低く、こんな娘があの錦馬超だって信じる方が難しいと思えるくらいだ。

 

 戦場で戦う武将は、常に死と隣り合わせにあり、自分の死なんて覚悟しているものだと聞いてはいるが、自分の死を受け入れる覚悟はあっても、他人の死を受け入れる覚悟が在るのかは別問題――況してや、それが翡翠さんだ。

 

 悲しくないはずがない。少しでも気を抜けばすぐにでも瞳から涙が溢れてしまうんだろう。だけど、馬超さんは責任感のみで、何とか耐えることが出来ているんだ。

 

「……俺も馬岱ちゃんと一緒に待っていてもいいですか?」

 

「だけど、もう母様は――」

 

「いや、馬岱ちゃんの側にいてあげたいんです。きっと彼女は一人で心に抱えた傷を我慢しているんです。誰かが側にいてあげた方が良いと思うんです」

 

「そうか」

 

 俺が馬岱ちゃんの横に腰を降ろすと、馬超さんも俺と同じように腰を降ろした。

 

「……御使いのお兄さん」

 

 馬岱ちゃんが俺の裾を掴んで、今にも消え入りそうな程の声で囁いた。

 

「大丈夫だよ」

 

 俺は優しく頭を撫でた。こうして側にいてあげる――俺も心に傷を負ったときは、紫苑さんにこうして励ましてもらったものだ。特別に、何か言葉をかけてあげる必要なんかないんだ。

 

「……うん」

 

 馬岱ちゃんは俺の胸に顔を埋めるように、身体を預けると、そこで嗚咽を漏らした。俺はその頭を撫で続けた。少しでも彼女の傷が癒えるように――俺なんかでは無理なことかもしれないのだけれど、それでも撫で続けた。

 

 反対側では、馬超さんが背中を優しく撫でていた。翡翠さんの死をすぐに受け入れることなんて難しい。だけど、いつまでもこうしているわけにもいかないことは、馬岱ちゃんにも分かることだろう。

 

 ――と、思っていたそのときであった。

 

「全く、何て顔をしているんだい?」

 

 

 その声に俺たちは、すぐに視線を前に向けた。もう日も暮れていて周囲はほとんど闇に閉ざされているため、目を凝らさないと見えなかったが、それでも俺たちははっきりと分かった。

 

「母さ――っ!」

 

 馬超さんが喜びの声を上げそうになったが、翡翠さんの姿を見て絶句する。鳳徳ちゃんに身体を支えてもらって何とか歩いてはいるものの、身体全身に包帯を巻いており、しかもそこからは止め処なく血が溢れているようで、朱に染まっている。

 

「今すぐ医者を――」

 

「大丈夫だよ。あたしの身体のことはあたしがよく知っている。向日葵もすまなかったねぇ。ここで大丈夫だよ」

 

「で、ですが……」

 

「お前だって満身創痍なんだろう? しばらく休まないといけないよ」

 

「……はい」

 

 俺たちも手伝って、翡翠さんを木の根元に座らせた。

 

「それにしても、向日葵、お前どうやってここまで? それに母様も」

 

「韓遂さんです。あの人が翡翠様を背負ったまま、私の許まで辿りついたのです。追撃部隊と小康状態にあったときだったのですが、韓遂さんは私に翡翠様を託して、そのまま兵を率いて敵部隊に決死の突撃を行いました。それに乗じて私も逃げることが出来たのです」

 

「韓遂さんが……」

 

「片腕を失っていましたが、手綱を口に咥えたまま馬を操り、敵を蹴散らす姿は正しく万夫不当の猛将でした」

 

 どうやら、韓遂という将が翡翠さんと鳳徳ちゃんを救ってくれたようだ。俺の知る韓遂は、曹操の策で馬超さんとの関係を悪くさせてしまったはずだが、どうやらこの世界ではそうではないようだ。

 

「良かった、本当に……、てっきり伯母様はもう……」

 

 馬岱ちゃんが涙声でそう呟いた。翡翠さんは彼女を招き寄せると、優しく抱きしめてあげた。慈愛に充ち溢れたその姿は、俺の知る王としての翡翠さんとは違う姿であった。

 

「翠、向日葵も、こっちへおいで」

 

 馬超さんは翡翠さんの帰還に安堵の表情を浮かべているが、鳳徳ちゃんだけは何故だか浮かない顔をしている。

 

「いいかい、三人とも、私の言葉をしっかり聞くんだよ。これがお前たちに残す最後の言葉だ」

 

 その台詞に馬岱ちゃんの表情が凍りついた。

 

「さ、最後って、何を言っているのよ、翡翠伯母様」

 

「翡翠様のお身体はもう……」

 

 そう告げたのは鳳徳ちゃんだった。それがどんな意味を為しているのか、俺たちはすぐに察した。

 

「嘘だよ! だって、伯母様、蒲公英のところまで帰って来たし、医者も必要ないって……っ!」

 

 そこで馬岱ちゃんも、翡翠さんの、自分の身体のことを自分が一番分かっているという言葉の意味に気付いてしまったのだろう――そう、それは自分の命が最早散り逝く運命にあるということに。

 

「翡翠様の傷はかなり深く、一応血止めはしてありますが、それも応急処置に過ぎません。何よりも、あまりに多くの血を失っているのです。こうやって意識を保っていることですら奇跡だと思うのですよ」

 

 鳳徳ちゃんは表情を歪めながら言った。鳳徳ちゃんも何とかしたかったのだろう。しかし、戦場からここまで翡翠さんを運ぶことさえ儘ならない状態だった以上、応急処置以外のことは出来るはずもない。

 

 くそっ……どうして、こんなときだけ俺は何も出来ないんだ。この状態じゃ、俺が持つ現代の知識もまるで役に立たない。血がなければ、輸血すれば良い――そんな分かりきったことだって、この時代じゃ出来ないんだ。俺はなんて無力なんだろう。

 

「ま、まだ間に合うかもしれないよ。すぐにでも医者に見せれば――」

 

「ありがとうねぇ、蒲公英。その気持ちだけであたしは嬉しいよ。だけどね、あたしは本来だったら、あの戦場で死んでいたはずなんだ。こうやってここまで来られたのは、きっとお前たちにきちんと別れの言葉を告げさせるためだと思う」

 

「だ、だけど――」

 

「蒲公英、母様の言葉を聞こう。それが母様の望みであり、あたしたちの役目だ」

 

「翠姉さま……分かった」

 

 馬岱ちゃんは溢れ出てくる涙を袖で拭い去ってから頷いた。そして、翡翠さんの瞳を凝視して、これから告げられるであろう言葉を待った。

 

「蒲公英、向日葵、あたしはお前たちを本当の娘のように思っている。いいかい、よく姉を支えてやるんだ。翠は見ての通り、武しか取り柄のない娘だからねぇ。お前たちがそれ以外のところを補ってあげるんだよ」

 

「私は翡翠様にそう言われたことを誇りに思います。翡翠様――いいえ、母上様、必ずや翠様を支えて、馬騰軍の強さを後世まで語り継ぐことをここに誓います」

 

「蒲公英も約束するよ! 翠姉さまを助けて、きっと翡翠お母様が大陸で強かったことを証明してみせる! だから……だから……っ!」

 

 馬岱ちゃんと鳳徳ちゃんは泣きそうになる自分を鼓舞しながら、懸命にそうしまいと拳を強く握りしめ、翡翠さんの手を掴んだ。血の繋がりはなくても、本当の娘でなくても、二人は翡翠さんのことを母と呼んだ。それに翡翠さんは穏やかな微笑みを浮かべた。

 

 馬岱ちゃんと鳳徳ちゃんを、それぞれ抱きしめて、その頭を撫でる翡翠さん。二人はとうとう我慢できずに、涙を流して、翡翠さんの身体に縋りついた。

 

「翠?」

 

「母様、ここにいるよ」

 

 馬超さんは翡翠さんの手をぎゅっと握りしめた。

 

「お前に渡したいものがあるんだ。向日葵、持ってきてくれるかい?」

 

「これは母様の旗?」

 

 鳳徳ちゃんから受け取ったものは、黒地に馬の文字が書かれた旗だった。

 

「それはお前に与えるよ。このときを以って、お前があたしの軍勢を率いるんだよ。二人の妹たちと支え合って、お前は自分で道を切り開くんだ。王なんてものにならなくても、道はいくらでも残っているんだよ」

 

「母様……」

 

「二人の妹たちの面倒は任せたよ。まだまだ小娘だから、きっとたくさん過ちを犯すだろう。そのときはあたしに代わって、お前が叱ってあげるんだ。だけど、お前は一人じゃない。たくさんの仲間がいるし、文約爺とあたしもお前たちの胸で生き続ける」

 

「分かったよ。母様の意志はあたしが引き継ぐ。母様があたしの誇りであったように、今度はあたしがあいつらの誇りになる」

 

 そう力強く告げる馬超さんに微笑みかける翡翠さん。そうか、これが母親としての翡翠さんの姿なんだ。誰よりも厳しいと同時に、誰よりも優しい――その姿に俺は心を打たれた。

 

「最後に、坊や」

 

 そして、翡翠さんは俺に視線を向けた。

 

 

「はい」

 

「あたしの娘たちが迷惑をかけたねぇ。まずはそれに感謝するよ」

 

「やめてください。俺は翡翠さんに大恩があります。それをほとんど返せていないのに――」

 

「いいんだよ。坊やは本当に良い男になったねぇ。もう坊やなんて呼んじゃいけないんだろうねぇ。あのときとはまるで別人だ。あたしはそれが見られただけでも満足だよ」

 

「翡翠さん……っ!」

 

 俺も涙が溢れそうになった。俺がこれまで冷静にいられたのは、きっと翡翠さんが死ぬことを受け入れていたんじゃなくて、その事実を直視すらしてしなかったのだろう。そして、やっと翡翠さんの言葉を受けて、それと直面してしまった。

 

「ありがとうございました」

 

 俺は深々と頭を下げた。頭の中が真っ白になって、何を言って良いのか分からなくなってしまった。だけど、最後にもう一度だけ翡翠さんにお礼を言いたかった。今の俺が――天の御遣いとして、益州を治めていられるのは、全て翡翠さんのおかげなんだから。

 

「こっちを向いておくれ」

 

「はい」

 

 俺は頭を上げて、翡翠さんの瞳をじっと見つめた。命の灯が消えようとしている人の瞳とは思えない――綺麗で、だけど、力強いものだった。だけど、それは一時のこと――最後の炎が燃え盛っているだけなんだ。

 

「坊やの瞳を最初に見たときからね、あたしは思ったんだ。坊やはきっとあたしには出来ないことをしてくれるだろうってねぇ。清泉のように澄んでいて、だけど、烈火の如くに熱い瞳――だから、坊やには娘たちのことを任せたい。馬鹿な娘だけど、あんたの側に仕えさせて欲しい」

 

「分かりました。三人を――いや、西涼の軍を俺たちが責任を持って保護します。誰一人として、西涼の誇りを失わせることなく、翡翠さんの意志を全うさせてみせます」

 

 俺はそう断言した。最初からそのつもりではあったのだけど、改めて俺は翡翠さんから直に頼まれたことで、それをより一層強く決めた。

 

「ありがとう――北郷一刀」

 

「…………っ!」

 

 初めて名前を呼んでもらえた。それは俺が一人の男として翡翠さんから認められたことを意味していて、とうとう我慢出来ずに俺の瞳から涙が溢れた。

 

「涙なんか見せるんじゃないよ。言っただろ、あたしは湿っぽい別れは嫌いなんだよ」

 

「はい……っ!」

 

 強く瞼を擦って、必死に涙が出ないように耐える。胸に締め付けられるような痛みが襲いかかるが、唇を噛み締め、痛みを不快な血の味で何とが我慢する。

 

「皆を宜しく頼むよ。もう言い残すことも何もない」

 

 そう呟くと、翡翠さんの身体から徐々に力が消えていくのが分かった。

 

 そして――

 

「母様……っ!」

 

「お母様……っ!」

 

「母上様……っ!」

 

 翡翠さんは静かに瞳を閉じた。その表情には穏やかな微笑みが浮かんでいた。三人の娘たちに抱かれたまま、西涼に君臨した絶対的な王の生涯に幕が降ろされたのだ。

 

 俺たちは翡翠さんの遺骸を兵士たちの駐屯する集落まで運んだ。

 

「とうとう逝ってしまったか。最後にもう一度、お主と酒を酌み交わしたかったものだ。だが、翡翠よ、お主のことは決して忘れまい」

 

「そうね。あなたの意志はきっとここにいる者たちが継いでくれるわ。だから安心して、ゆっくり休んでちょうだい」

 

 翡翠さんの姿を見て、桔梗さんと紫苑さんが静かにそう語りかけた。さすがに二人は取り乱すことはなかったが、その瞳には悲哀が浮かび、かつての友人の死を心から悼んでいるようだった。

 

 葬儀は、漢中にある山の頂で行われた。西涼軍の兵士たちが一列に並び立つ中を、翡翠さんを納めた棺が粛々と運ばれていった。

 

 その場にいる誰もが、自分たちの王の死を嘆き、声を殺して泣いていた。王に不様な姿を見せまい――その想いがあるのだろう、声を上げて泣く者はいなかった。

 

 兵士たちが見守る中、俺たちは棺の上に土をかけた。本当ならば、翡翠さんの遺骸は五台山の麓に埋めるのが、一族の慣例のようで、これまでの先祖たちも皆、そこに埋葬されたようだ。

 

 しかし、残念ながら、曹操軍に制圧されている今、そうすることは不可能。従って、これから先、西涼の地に再び戻ることが出来たとき、五台山に馬騰軍の旗を立てることを誓った。

 

「我らが王――馬寿成。この地にて眠り、我らのことを見守り給え。我らはその誇りを生涯忘れず、その志を継承することをここに誓う」

 

 馬超さんの言葉に、俺たちの背後に整列する兵士たちは直立して応えた。その瞳には既に涙はなく、その言葉を噛み締めるようにしていた。

 

 そして、馬超さんは兵士たちの方を振り返ると、鳳徳ちゃんに渡された旗を翳させた。

 

「良いか! これより我らは益州軍に――ここにいる天の御遣い様に仕える。だが、我らの誇りは――我らが王の意志は変わることはない! 我らは先君の武勇を語り継ぎ、我が軍がここに在ることを知らしめるのだ! そして、そのことをこの漆黒の馬旗に誓うのだ!」

 

 その言葉に兵士たちが声を上げた。まるで天に召された翡翠さんに届かせるように、その声は途絶えることはなかった。それはまるで一頭の獣の咆哮のように、夜空に響いたのだ。

 

 

 葬儀が終わった後、俺たち四人――馬超さん、馬岱ちゃん、鳳徳ちゃんは翡翠さんを埋めた場所で佇んでいた。馬岱ちゃんと鳳徳ちゃんは大粒の涙を流しながら、母親の死を悲しんでいる。

 

「蒲公英、向日葵」

 

 前を向いたまま二人に声をかける馬超さん。

 

「あたしは未熟だ。母様のようにすぐになれるかは分からない。だから、お前たち二人であたしを支えてくれ」

 

 その言葉に、二人は涙を拭って大きく頷いた。無理矢理笑顔を作って、馬超さんに自分たちが大丈夫であることを伝える。

 

「蒲公英がいないと、翠姉さまは何にも出来ないからね。蒲公英が助けてあげるよ」

 

「蒲公英では全く頼りになりませんね。翠様にはこの真の淑女たる私の力が必要なのです」

 

 そう告げる二人の姿を見て、もう二人は悲しみに暮れることはないだろうと思った。心の傷は容易に癒えることはない――一生残ることすらあり得る。だけど、翡翠さんの娘である二人ならその傷を乗り越えることが出来るだろう。

 

「ああ、あたしたちは三人で一人前だ。一人では母様に遠く及ばないけど、三人で力を合わせれば、きっと母様のような強い人になれる」

 

「うん!」

 

「はい」

 

 馬岱ちゃんと鳳徳ちゃんは、既に体力的に限界だったのだろう。

 

 馬岱ちゃんは翡翠さんと鳳徳ちゃんを、碌に休むことなくじっと待っていたみたいだし、鳳徳ちゃんは翡翠さんを背負ったまま、ボロボロの身体を引き摺ってここまで辿りついたのだ。

 

 二人は泥のように眠ってしまい、俺たちは兵士にお願いして、二人を天幕の中に運ばせた。朝になれば、きっと元に戻ってくれるだろう。小悪魔的で、幼いながらも大人のような魅力を持つ馬岱ちゃんと、無表情で平気で他人に毒づくが、笑うと可愛らしい鳳徳ちゃんに。

 

 二人が運ばれていくと、俺は馬超さんと二人きりになった。

 

「来てくれてありがと。母様も北郷に会えて嬉しかったと思うよ」

 

「いえ、俺も最後に翡翠さんの顔を見ることが出来て良かったですよ」

 

「これからはあたしが頑張らないとな。蒲公英と向日葵と――二人の妹たちと共に、西涼の軍を率いてみせる。あたしだけじゃ、きっと母様に遠く及ばないけど、三人だったらきっと母様も超えられる」

 

「……馬超さん、大丈夫ですか?」

 

「大丈夫だよ。あたしが母様の代わりなんだからしっかり――」

 

「嘘です」

 

 俺は馬超さんの目を見ないままそう告げた。

 

「う、嘘なんかじゃ――」

 

 そして頭にそっと手を置いた。ぽんぽんとあやすように動かした。彼女は俺がここに来てから一度も涙を流していない。常に気丈に振舞い、自らに翡翠さんの代わりであることを義務付けていた。

 

 だけど、それは辛さを胸中にずっと溜めこんでいるに過ぎない。馬岱ちゃんや鳳徳ちゃんはそれを上手く吐き出していたが、馬超さんだけはそれを抱え込んでしまっている。

 

 それは決して良いことではない。傷口はやがて膿んでしまい、もっと塞がり難くなってしまう。馬超さんはもっと自分を曝け出すべきなんだ。不様だろうと、醜態だろうと、全て吐き出してリセットすべきなんだ。

 

「今だったら誰も見ていないです」

 

「あ、あたしは――」

 

「馬超さんは馬超さんです。翡翠さんじゃない。王じゃないんです。もう肩に力を入れなくていいんですよ。馬岱ちゃんも鳳徳ちゃんも――俺も側にいますから」

 

「……ぁ」

 

 どうしてその言葉が馬超さんの心を動かしたのかは分からないけど、馬超さんは身体を震わせて、瞳からポロポロと涙を流し始めた。

 

「ぅ……母……様ぁ……母様ぁ……っ!」

 

 俺に体重を預けた方が、きっと楽に泣けるんだろうけど、きっと馬超さんは泣いている顔を見られるのが恥ずかしいだろうから、俺は頭だけを撫で続けた。泣き止むまでこうしていようと決めた。

 

 翌日、すっかり元気を取り戻した三人と真名の交換をした――と言っても俺には預ける真名がないから、それと同時に主従の契りを交わすことにもなった。

 

「あたしの真名は翠――母様の真名を受け継ぐ者だ。二人の妹と共にあたしたちはお前を守る矛になることを誓おう」

 

「蒲公英の真名は蒲公英だよ。御使いのお兄さん、翠お姉様と妹と共に頑張るからね」

 

「私の真名は向日葵です。お兄様、これからはあなたのためにこの武を振るいます。ですが、蒲公英、私はあなたの妹になった記憶はありません。それだけは止めて下さい。気持ち悪いです」

 

 向日葵の言葉に、蒲公英が喰いかかる。本当に元に戻ってくれたのは非常に嬉しいけど、この二人を制御できるかどうかはあまり自信がない。

 

「こらぁ! 二人とも、いい加減にしないか!」

 

 翠に頭を叩かれて涙目になる二人。もう彼女らを心配する必要はない。翡翠さんの意志を継ぎ、翡翠さんの血を継ぎ、翡翠さんの旗を継ぐ彼女らは、きっと母親を超えられるはずだ。

 

 そう思った俺は、兵士の傷が完全に癒えるまでここに留まる皆に別れを告げた。念のため桔梗さんに残ってもらうことにした。西涼に何度も足を運んでいる桔梗さんなら、もしものときにきっと彼らを助けてくれるだろうと思ったからだ。

 

 俺は紫苑さんと共に、今度は荊州に向かう。今頃、きっと激闘を続けているであろう、麗羽さんの無事を祈りながら、俺は馬を駆けさせた。

 

あとがき

 

 第四十八話の投稿です。

 言い訳のコーナーです。

 

 番外編を書き終えた影響で、燃え尽き症候群に陥ってしまい、やや投稿が遅れてしまいました。しかも、今回の話は書き進めることが難しい回でした。

 

 さて、番外編を御覧になっていない人にとっては分かりにくいものになってしまいましたが、今回は翡翠さんの死と三人の娘のお話。

 

 翡翠さんファンにとってはなんとも悲しい展開になってしまいましたが、作者にとっては彼女が笑いながら天に召されたのは唯一の救いになったかなと。

 

 前回の番外編は、やや淡々と物語を進める書き方でしたが、今回は一刀くんたちの心情を深く掘り下げているので、三人の悲しみが克明に浮かび上がるようであれば成功かなと思います。

 

 さてさて、まずは翠についてですが、彼女は以前から王という名に拘っていました。自分が翡翠さんの娘であり、王を継ぐ者であると自分に課していましたが、今回の件でそれへの固執も失われたかなと。

 

 翡翠さんの志を受け継ぎましたが、それは王としての翡翠さんではなく、翡翠という人物の志です。そこを上手く描けなかったのが少しばかり失敗だったと思いましたが。

 

 そして、向日葵と蒲公英――二人の妹と共に、母親を超えることを誓いながら、その武勇を如何なく発揮してくれるでしょう。

 

 原作では失禁馬超とギャグをメインに描かれることが多いですが、シリアス成分が多くを占める本作品では、ギャグだけでなく、シリアスな面も描きたいなと密かに思っています。

 

 相変わらずキャラ崩壊が続く作品ですが、皆様に受け入れて頂けることを切に願うばかりです。

 

 さてさてさて、次回からはお待たせしました。麗羽様に視点を移して、荊州での攻防を描こうと思っています。この戦いはいろいろとやらかす予定ですが、どうか寛大なお心持で御覧になって頂けると幸いです。

 

 相も変わらず駄作ですが、楽しんでくれた方は支援、あるいはコメントをして下さると幸いです。

 

 誰か一人でも面白いと思ってくれたら嬉しいです。


 
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