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リヴストライブ:第2話「背負うべき重荷」part2

リヴストライブというタイトル、オリジナル作品です。 地球上でただ一つ孤立した居住区、海上都市アクアフロンティア。 そこで展開される海獣リヴスと迎撃部隊の攻防と青春を描く小説です。 青年、少女の葛藤と自立を是非是非ご覧ください。 リヴストライブはアニメ、マンガ、小説等々のメディアミックスコンテンツですが、主に小説を軸にして展開していく予定なので、ついてきてもらえたら幸いです。 公式サイトにおいて毎週金曜日に更新で、チナミには一週遅れで投下していこうと思います。
公式サイト→http://levstolive.com

2011-09-09 17:36:32 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:271   閲覧ユーザー数:271

第2話「背負うべき重荷」part1

 

 栄児と共に駐屯所に帰還した霞は終始俯き加減で、どこか痛むのかと問えば首を振り、大丈夫かと問えばコクンと頷いた。

 そんな調子で栄児は、介抱するように駐屯所の控室まで彼女に付き添った。

 栄児がドアノブをひねると、控室では既に紋匁、鉄平、リィの三名が待っていた。彼らも霞の安否こそ事前に確認できていたが、それでも仲間内に惨事とも言える出来事が起こってしまったことで少々ピリピリとした雰囲気を漂わせている。三人はそれぞれまばらにソファへと腰掛けている。

 その中でも鉄平が一目散に霞に駆け寄った。

「おい大丈夫か、霞」

「う、うん……」

「お前心配したんだぞ」

「ごめんね心配かけて。私は……大丈夫」

「馬鹿、大丈夫に見えねえよ」

 明らかに衰弱が見てとれる。鉄平の気遣いも、今の霞にとってはすぐに蒸発してしまう一滴の水のようなものなのかもしれない。

 それを察してか、すくっと立ち上がり紋匁が口を挟んだ。

「馬鹿はお前だ。もう少し接し方を考えろガサツマン」

「ガ、ガサツマン……」

「そうだ、お前はガサツマンだ」

「俺のどこがガサツだコノヤロー。これほどの紳士もそうそういねーぞコラ」

「私の知ってる紳士はそんな言葉使いはしない」

「俺の知ってる紳士はこれに輪をかけて激しいんだよ」

「どこの紳士だ?」

「ウチの親父はこんなもんじゃねーぞ」

「親の顔が見てみたい」

「いや、だから俺の親父だって言ってんだろ」

「なるほど、納得だ」

「やっと分かったか鉄女」

 そこへ、どうどう、となだめに入るリィ。

「お二人さん。霞さんが置いてけぼりですよ」

 二人は一瞬反省したように俯いたが、

「霞、本当に大丈夫なのか」

 と二人は心配そうな顔で霞を見た。

「だ、大丈夫だって……」

 と霞は、二人の息のあった掛け合いにやや吹き出しながら応えた。

 そんな二人に、リィがテーブルの紅茶をすすりながら、

「出会って一週間しか経ってないのに息がぴったりですね」

 と言った後で思い出したように続けた。

「あ、そういえば課長から言伝です。〝今日はご苦労だった。各自速やかに帰宅し身体を休めるように〟とのことでした」

「そ、そうか……」

 リィの言葉に栄児は力なく応えるしかなかった。

 隊員が危機的な状況に遭ったというのに、栄児は彼の内容のないありがちな労いに頭を抱える。

(これは明らかに彼女のことを託されてるよな。――俺にどうしろって言うんだよ、田和さん……)

 栄児はこの場をどう収集していいか途方に暮れた。これまで他人を気遣ったりするように迫られたことはなかったのだ。

大抵は一人で何とかなってきた。勉強もそう、訓練もそう。でも、これからはそうはいかない。一人一人に目を配り、隊をしっかりとまとめることが要求されている。

 そして、それができなければ父である誠二の謎を知ることができない。単独的な行動は許されないのだ。

 そして栄児は、青山零実が先ほど自身に言い放った言葉を思い出していた。彼女の言葉が今の状況と重なる。

『あなたには向いてない』

 振り返れば海獣との戦いにおける状況判断と、これからの隊員のケアと。課題は目の前に山積みにされていた。

 そんな頭を悩める栄児を見かねてか、紋匁はカリカリと頭をいじると霞に声を掛けた。

「あー霞、ちょっといいか」

「――?」

 霞はきょとんとした目で紋匁を見遣る。

「こっちだ」

と言って彼女に先に部屋を出るように促した。霞が言われるがままに部屋を出ると、紋匁は一端ドアを閉めて凛と振り返る。

「台場、ここは私に任せろ。助太刀してやる」

「助太刀?」

「やはりここは同じ女である私の方が話を持ちやすいだろう」

「宮御前……」

「分かっている、皆まで言うな。自身の不得意な部分を人に託すのも上に立つ者の器というものだぞ、台場」

 と言ってどこか誇らしげに振る舞うと、紋匁は霞の後を追うようにして部屋を出て行ってしまった。

「何言ってんだアイツは……」

 鉄平は訳が分かんねえと言いたげに唖然としていると、再度リィが紅茶をすすりながら、独り言のようにぼそりとこぼした。

「ほーんと、分かってないですねー」

 栄児は紋匁の申し出に素直に感謝していた。どうやら彼女には彼の足らない部分が見えていたようだ。

(彼女に対し何もできない自分が情けない気もするが、ここはひとつ宮御前を頼ってみることにしよう)

 そう思い今日のところは引き上げることにした。

「リィ、お前はどうする?」

「私はここが一応住居なので、今日のところはさよならですね」

「そうか、今日はよく頑張ったな」

「いえいえ」

 と言ってリィは手を横に振った。

「晴海、お前もこの後何もないんだろ。今日は一緒に帰らないか」

「何だよ、気持ち悪いなあ。野郎と帰り道なんてテンション下がるぜ」

「そう言うな、あまりこういう機会がなかったんだ。少しは付き合え」

「ちぇっ、分かったよ。付き合えばいいんだろ、付き合えば」

 不貞腐れた気持ちを隠そうともせず、鉄平は身支度を始めた。

       *

 紋匁が連れ去った先は地下にある大浴場だった。ここは地下施設に設備された公衆浴場ならぬ、いわば特殊武装隊専用の浴場施設である。薬用風呂にジャグジー、サウナに水風呂、ヒノキの湯等など、と至れり尽くせりな仕様に誰しもが唸らざる得ないだろう。

 もっとも紋匁の家柄からすれば、そんなものも見慣れた光景の一つだったりするのだが、それはそれとして彼女も施設の充実ぶりには満足しているようだった。

開口一番、紋匁が大手を振るうようにして声を上げた。

「やはり風呂は広いものに限るな。霞、お前もそう思わないか?」

「は、はあ…………」

「ふーむ」

紋匁は顎に親指をあてがい、唸るにしてはどこか大仰なポーズでおどけてみせた。彼女にしてみれば、それはやはり気を落としている霞を気付かい、意識した仕草だったのだろう。

「まあなんだ、まずはこの塩っ気を落とそう。べたついて不快だ」

 霞はコクンと頷く。

そうして二人は仕切りのついたスタンド式シャワーに入り身体を洗う用意を始めた。向き合うようにして並列されている複数個のシャワーに、左から紋匁、霞と入っている。

出始めの冷たい水を手に当て、適正の温度まで上がるのを待つ間、紋匁が口を開いた。

「いつも思うことがあってな。このシャワーの水がお湯になるまでが本当にもどかしいよ。私はこれで案外せっかちだから、こういう時間は本当に落ち着かない」

「…………」

「霞って……その何だ。好きなものとか、ないのか」

「好きなもの……ですか? テ、テレビとか……」

 霞は意気消沈気味に応えた。

「ふぅん。意外と現代ッ子だな。いや私が異常なだけか。そう、私なんかはお堅い御家柄だからというのもあって、テレビはまず見せてもらえなかったよ。どうやら低俗らしいが、実際どうなんだろうな」

 そう言って紋匁は誇るでもなくそこそこ豊満な胸を張った。

「…………」

「だからそんな女になったんだって? それはまあ自覚している面もあるが、何もそればっかりじゃないさ」

「…………」

「見なくてもいいものから目を背けることができた。ただそれだけでも感謝の内に入るだろう。見たら当事者としての責任がそこに生まれるからね。いやこれは考え過ぎか」

「…………」

 興味なさげな霞の顔を見ると、紋匁も少々心苦しくなってきた。しかし、ここで話を止めるわけにはいかなかった。

 紋匁はシャワー室を隔てる仕切りに腕をかけ顎を乗せた。

「なあ霞。君は普段そんな風に思わないかもしれないが、私たちは通常の生活を送るだけでそこに、義務なり責任なり制約が発生してしまうと思わないか。それも本人の意志に関係なく、ね」

「え、え……、どういう、ことですか」

「これは持論だ。だが私たちは、少なくとも私は今回の件には自らの意志で来た。そしてここに立っている。これがどういう意味か分かるかい?」

「………………」

「自分で決めたことというのは、普段は気にも留めないことがまざまざと目に見えてしまうのさ。それは悪いことか」

「………………」

霞は、紋匁の言葉に思わず言葉を失ってしまった。

「いや、それは悪いことだけじゃない。今はまだ見えないだけで、私たちに充足をもたらしてくれる場合もある。そのときはそれを享受すべきだ。誇りに思うと良い。部隊にとっての充足で言えば、アクアフロンティアを守った、イコール、自分の大切な人たちを守ったということになるからね。でも、そういうのは予測が立たないから難しい。特にこういう戦争だとね」

「………………」

 そして紋匁は両手を、ぐいっと、握り拳にして前に突き出した。

「例えば、こう両手で鉛筆を折るよう中心にギリギリと力をかけていく。そうすると最後には折れてしまうだろ。だが、それがどの部分でいつ折れるのかを正確に把握することは難しい。つまり、確率でしか語れないのさ」

「確率って……」

「そんな戦場に私たちは身を埋めている。誰が死んでもおかしくないような、そんな状況にね」

「紋匁さん、みんなは……、みんなは何でそんなに平気でいられるんですか……。先の反省会では誰も私に何も言ってくれなかった。罵倒でも何でも良い、何か言ってくれればそれだけで少しは気持ちが楽になったんです! でも――、誰も何も言ってくれなかった……」

霞は、胸を締め付けるような声を上げた。

彼女は先ほどの会議で、自身の失態に関しての話題が出なかったことを気にしていたのだ。

「霞、それは、そんな目に遭ってしまったのが、たまたま君だったからだ」

「たまたま?」

「君の対応が臨機応変というには、あまりにもお粗末だったのは確かだ。だがそれは別に君じゃなくても起こり得たことだと私は思う。例えば、私でもあり得たことだ。さっきの話じゃないが、戦場において、何かが起こるということは分かっている。でもそれが誰にいつ起こるのかは誰にもわからない」

「………………」

「別な言い方をすれば、誰かがそんな目に遭うからこそ守れるものも存在するんだよ。その最たる例が、私たちのはずなんだ。そうでなくては、私たちは報われないじゃないか」

 紋匁は何故かこの〝報われない〟という部分に、普段は見せないような語気を込めた。

「紋匁さんの言っていること……、よく分かります。でも、分かり過ぎて、私――。人が死にました。私の目の前でですよ。それも、確率で片付けられちゃうんですかね」

 霞は、今にも泣き出しそうな寂しい表情を浮かべている。

「それは霞、君がどうそれを受け止めるか、結局それしかないんじゃないかと私は思う」

「そう、ですよね…………」

「物事は往々にして起こるべくして起こってしまう。それが事実だ」

「…………」

「だが、それでも私が、君に一番言いたかったことはさ――」

 紋匁は、霞の頭に手を伸ばすと彼女の髪を掻きあげた。

「頑張ろう、霞。君がいなくなったら多分、私は淋しいと感じるだろう」

「何だか――気を遣わせてしまって、ごめんなさい」

「気にするな」

「………………」

「………………」

 そんな霞の様子を受けて紋匁は、無性に湿っぽくなった場を濁したくなり、さらに彼女の髪をしゃわしゃわとこねくり回した。

「わわ、紋匁さーん、な、なにをなさるんですかー」

「そう浮かない顔をするな。どうも湿っぽい話は苦手だ。慣れないことはするもんじゃない」

 紋匁は、そう言って悪戯っぽく笑って見せた。

       *

 夜も更けて、アーケード型の商店街もあらかた店閉めが済んでいた。時間帯も、夜ということもあってか人気のないそれは、半ばゴーストタウンと化している。紋匁に送ってもらった霞は、チカチカと光る街灯の下、シャッター横の玄関口からそそくさと家に帰った。

「ただいまー。……誰もいないのかな?」

 霞は心持ち玄関から見回した上で、小動物のように居間に潜り込んだ。

 彼女は座卓に足を突っ込むと、そのまま猫のように寝転がり、ネクタイを緩めた。

「ああ、疲れたなあ今日は……、テレビでも見て気分を少し――」

霞は、おもむろに取ったリモコンで、テレビをつけて見たが、内容は大していつもと変わらない。

 お笑いに、教育番組に、クイズ番組――。

 今日は確か、都市内部でも避難体制を取っていたはずなのに、テレビの中はいつもと変わり映えのない日常を垂れ流していた。

(何か、変な感じだな――)

 いつも通りの習慣のはずだった。けれど何か喉につっかえるような、そんな違和感を覚えた。

 そしてチャンネルを回していくと、今巷で話題のアニメ、〝金魚ちゃんのヒメゴト〟という番組に行きついた。

「あ、そっか。この時間帯って金魚ちゃんだったっけ……」

 実は、霞はちょこちょことこの番組を見ており、隠れファンだったりする。

 内容は魔法少女モノのテンプレートに沿った、勧善懲悪な物語なのだが、世界観を和風にアレンジしている辺りが話題を呼び、海上都市のそっち系の層には静かなブームとなっているのだ。

 どうやら番組は始まったばかりのようで、視聴を続けると、ようやく金魚ちゃんが今回の悪役を倒そうとしているシーンまで来た。

金魚ちゃんが決め台詞で盛り上げる。

『私は負けない! それは私に願うものがあるから、願われるものがあるから、この祈祷の手を止めるわけにはいないの!』

 番組は浴衣姿にコスチュームチェンジした金魚ちゃんが、超展開を挟んで祈祷ステッキであっさりと敵を倒してしまった。

『御賽銭が降る限り、私はここに住む人たちを守って行く! それが私の……、金魚としての誇りだから!』

 彼女の、その台詞をラストシーンに番組はあっさりとエンディングを迎えた。

「終わっちゃった……。――そういえば、金魚ちゃんの世界って結局誰も傷つかないんだね……。アニメの世界は都合が良いなあ」

テレビを消す霞。そして、がふー、とそのまま泥のように座卓に突っ伏して、「何だかなあ」という具合にうなだれた。

そこへ丁度、霞の母、千代が帰って来た。

「ただいまー」

「お帰り」

「霞、遅かったじゃない」

千代は、霞の姿を見るに、一瞬、安心した表情を浮かばせた。

「あれ、お父さんは?」

「商店街の組合の人との打ち合わせ」

「そうなんだ。うん、あのね、今日、海獣と初めて戦ったの。だから、すっごく疲れたよ……」

「そう……、でも良かった。無事で何より。お帰りなさい、霞」

「うん、ただいま」

 霞は、千代の笑顔と労いの言葉を受けて、座卓に顔をぐりぐりと押し付ける。

 彼女は、その目で、帰って来て早々に水仕事をする母の姿を捉えると、ぼんやりと眠気が襲った。

 千代似の霞は、将来の姿を彼女に重ねていた。

 きっと、こんな感じに誰かに嫁いで家庭を築いて普通の生活を送って――。

 そんなことに思いを馳せて、それはそれで良い人生じゃないかという風に思う節があったのだ。

「こーら、そんなとこで寝るんじゃないの。確かに疲れてるのは分かるけど、お店の手伝いもしてくれなきゃ――」

「……私、今日戦ってきたんだよ。ちょっとは休ませてよ。最近、駐屯所にも通い詰めだし。へとへとなんだよー」

「そのおかげで、今日こっちは商売あがったりだった。破られもしないのに、避難勧告なんか出して、まともに商売なんか」

「ちょっと待ってよ。そんな言い方ってないよ」

「言い方も何も、少し前に一回だけ破られただけでしょ。ここ数十年は、海獣が来たってビクともしなかったんだから、この辺であのでっかいのに怯えるのは止めにすればいいのよ」

 もともと千代は面の皮が厚い方で、その半面、情にも厚いという一面を持っているのだが、今は前者の気質が出てしまっているようだ。

 エプロンで水仕事をした手を拭う千代。

「違うよ」

「――?」

「お母さんは、何にも分かってない。海獣は簡単には止められないし、外と中とじゃ全然違うの。公表されてないけど、多分死者も出してる……。実際に外の世界を知らない人に好き勝手言って欲しくない」

 霞は、今日見たことを思い返したくないので、敢えてそのような言い方をした。

 すると千代は霞の物言いに、多少面食らった表情を見せたが、すぐに典型的な母親らしい叱責で返す。

「霞、何その口の利き方は。あんたの学費はどこから出ているのか知ってるの? 私らは魚を売って生きているんだよ。それが出来ないということが、どういうことかあんたに分からないはずはないよね。霞、あんたがどんなにあいつらと戦おうとも、社会で生きて行く上では一銭にもならないの。魚屋の娘は魚屋らしくしなさい」

「何でよ、何でそんな風に言えるの。もっと……、励ましてくれたっていいじゃない。もういい、私、ご飯いらない」

「ちょっと、霞、待ちなさい!」

 母と話すのが馬鹿馬鹿しくなった霞は、会話を打ち切ると、二階へ行ってしまった。

 

 何で分かってくれないのよ。私がどんな思いで戦ってるか知らないくせに――

 

 一階に残された千代は、伏し目がちに奥歯を噛み締める。

 そこへ霞の父、浩司が駆け込むようにして帰宅した。

「ただいま。霞、帰って来たか?」

 咳を切って、浩司は霞の安否を確かめた

「ええ、無事よ、今二階に行っちゃったわ」

「どうした、何かあったのか?」

「――私、あの子には部隊を辞めてほしい」

「一度は納得したことじゃないか」

「でも、戦いの度にこんな思いをするのは嫌よ」

「それは俺も同じだ。だが部隊が戦わないと、海獣を止められないんだ」

「わかってる。でも、それで言いたくもないことを言っちゃう自分が嫌なの。霞には部隊を抜けてほしいのに、あの子は弱いのよ。そして、私も――」

 千代は今にも泣きだしそうな顔で、浩司にすがる。

「今俺たちにできることは、家族として温かい言葉をかけてやることぐらいしかできないんだ。見守ってやろう、あの子を――」

 親心としての苦悩に加えて、ここ数十年の平穏と政府による情報統制によって、都市の一般人は戦争というものを考える意識が低下していた。

 彼らにとっては、戦争よりも日々の生活が優先されてしまうのだ。

 それは平和な世界でこそ成立する慣習なのだが、いずれにせよ日常と平和と戦争を思い計るバランス感覚が狂っていることには変わりない。

 

 今まさに、西堀家はそのすれ違いに遭遇してしまったのだ。

 

 霞は自室のベッドに横たわると、冬眠を迎える動物のようにうずくまり、ぐすん、とむせび泣いた。

「魚屋は魚屋か……、それは正しいんだよね。だって私、あの場所には不釣り合いだもん。特に能力があるわけでもないし、射撃にしたってほんの少し人より秀でているだけで、そんなものは何の……、何の足しにもならない……。人が死んだんだよ、人が……」

 自分を信じてあげられない不甲斐ない自分への悔し涙が、頬を伝う。

 自身が選ばれた確たる理由もわからず、隊に加入して見れば、その場違いさに戸惑うばかりだった。

 紋匁の励ましも今となっては、大海に落とす一滴の水程度のものだったのかもしれない。

 私にできることがあれば、という一心は、現実では儚く脆いものだったのだと悟り始めた。

 

つづく

 


 
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