No.296125

かえりたくない かえれない(ディレクターズカット版)

Six315さん

「かえりたくない かえれない」/「Six315」の小説 [pixiv] http://p.tl/t/485244  で、話の構成上削っちゃったシーンを入れてこちらにうpしてみる。(若干整合性が崩れた気もするよ……)

2011-09-09 00:52:13 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:651   閲覧ユーザー数:643

 

(大きな道路や喧嘩が起きそうな歓楽街は、優先的にチェックしないと)

 美樹さやかの巡回は、今は亡き先輩の教えに忠実だった。

 最初の2時間31分で街の中心部を隅から隅まで調べ終えた。

 途中、いかがわしい場所に足を踏み入れ――赤や青のシャツを着崩した男たちに声をかけられることもあった。

「きみー、こんなところでなにしてるのー。あそぼうよー」

「もしかして、家出かなー。とまるところをー、さがしてるとかー」

 美樹さやかは、かつて、こういう軽薄な人種を毛嫌いしていた。にらみつけることもあった。

 しかし今は。

「ごめんー! あたし、そういうのじゃないんでー!」

 にか、と作り笑いを浮かべながらあしらうことすらできるようになっていた。

(こんなやつらでも、あたしが守ってるんだよね)

 そう思えば、前ほどの嫌悪感はわいてこなかった。

 しかしその一方で、ひどく暴力的な妄想をしている自分がいるのも事実だった。剣を四肢に突き立てて少しずつ切り刻んでいく――それは、やけにリアリティある"IF"に感じられた。

 

 その後の5時間12分はおまけのようなものだった。

(魔女が出るのは、中心部だけじゃないしね)

 人通りの少ない裏路地や、公園。廃工場の立ち並ぶ旧市街。ふつうの中学生女子ならば進んで足を踏み入れないような場所にすら、ためらいなく歩を進めていく。

(今日は、何時まで見回りをしようかな)

 いつも悩む。

 もう少し頑張ったら魔女を見つけられるかもしれない、殺されるはずだった誰かを助けられるかもしれない、その思いが美樹さやかの足を前に運ばせ――

 

 

 

 

 

 

(嘘だ、建前だ)

 

 

 

 

 

 

 美樹さやかは自覚している。

 本音は別のところにある。

 いつまでたっても見回りを続けてしまうのは――帰りたくないから。 

 家――青いカーテンに閉ざされた、赤い床の4LDKから逃げているのだ。

 

 

 

 

 

(ずいぶん遠いところまで、きちゃったな)

 そこは海岸だった。見滝原の隣、風見野市に入ってしまったかもしれない。

 砂浜にポツンと立つ時計を見れば、針は0時を回っていた。月はとっくに中天にさしかかっていた。やけに、赤い。

(今日は皆既月食だって、ニュースで言ってたっけ)

 月の光が海を照らしていた。海の上に光り輝く道ができているようにも見えた。

(この上を歩いていったら、どこかとおくに、行けたりして、ね)

 ここではない、どこか。

 自分の身体のこと、恭介のこと、仁美のこと、家族のこと――すべてを忘れてしまえる場所。今が嘘になる場所。

 そんな場所がどこかに。

(あるわけないよ、ね)

 さやかは自分のソウルジェムを見た。この宝石が自分そのもの、体はゾンビ――それはもう、消すことのできない現実なのだ。

(でも、ほんとにこの海のむこうにあったらいいのに)

 水平線の果ての果てを見つめながら、波の音に耳を澄ます。

 

 ふと、幼いころにきいた童謡をおもいだした。

(うみは ひろいな おおきいな)

 とても短い、うみの、うた。

(つきが のぼるし ひがしずむ)

 なつかしい、うた。

(うみに おふねを うかばせて)

 知らず、さやかは己のソウルジェムを右手に握りしめていた。

(いって みたいな よそのくに)

 想像する。この魂の青い宝石を海に浮かばせたなら、いったいどこに流れ着くのだろう。どこにも辿りつけず、永遠にゆらゆら、ゆらゆらと波に抱かれ続けることになるかもしれない。

(うみは おおなみ あおいなみ)

 このうたは、昔、母親が聞かせてくれたものだ。

 昼過ぎになると膝枕をしてくれた。子守唄を口にしながら、左に、右に、ゆっくり揺れていた。ゆらゆらと、ゆらゆらと。そのゆらぎに身も心もまかせているうちに、幼いさやかは寝入っていたものだった。

(ゆれて どこまで つづくやら)

 そうして何時間も何時間も眠って、目が覚めたとき。

(おはよう、さやか)

 母親は、眠る前とかわらずそこにいた。

 きっとしたいこと、すべきことがたくさんあったろうに、少しも動かずにいてくれた。

 

 そしていまも、母は動けないままでいる。病室で静かに眠っている。ピクリとも動かないまま。口で何かを飲んだり食べたりすることはない。輸液と経腸栄養で命を繋いでいる。

 それは3ヶ月前だったか。帰宅してリビングのドアを開けると、床が真っ赤に染まっていた。窓から夕日が差していた。どこまでが血で、どこまでが夕焼けだったかはわからない。

 だが美樹さやかの目には、青い服を着た母親が血の海の中で暴れ回る姿が映っていた。まるで何かの仇討ちのように、己の腕を、足を、顔を床に叩きつけていた。その度に部屋全体が揺れた。どれほどの力でその凶行を行っているのだろう。もはや顔は、原型をとどめていなかった。

 美樹さやかはしばらく動けなかった。ひどく非現実的な光景に呑まれていた。母親が自らの体を床で壊そうとするたびに起こる振動にあわせて、ゆらゆら、ゆらゆらとゆれることしかできなかった。物音を怪しんだ隣人がかけつけるまで、まるで催眠にかかったように、薄皮1枚隔てたような感覚で母親を見ていることしかできなかった。

 

 脳挫傷、急性硬膜下血腫、急性クモ膜下出血、複雑骨折……病院では無数の漢字の羅列を見せられた。医者の説明はよくわからなかった。

(生きていることが奇跡みたいなものです。……障害は、残るでしょうが)

 その言葉だけは、覚えている。

 

 ……母親に何が起こったのだろう。

(前の日、お父さんは絵を送ってきた)

 美樹さやかの父は、ちょっとした画家だった。ただおかしなところがあった。例えば美樹さやかが幼いころは、怪しげな教えを広める神父を崇拝して、その人の似顔絵を二十も三十も描いて自分の部屋に飾っていた。この家を出て行ったのだって、似たような経緯だった。絵じたいは売れているらしく、毎月一定の額が口座に振り込まれていた。

(けれど、あんな絵を送ってこなかったら……)

 "家族"と題されたその絵は、とても家族を描いたとは思えないものだった。お互いにそっぽを向く人々。皮膚ははがれていた。筋肉と臓器が露出していた。背中合わせで、人によっては腸と腸が絡みあったり、触れた筋肉の境目が不明確だったり。遠目には1つの肉塊にも見える、気持ちの悪い絵画だった。

 

 ……美樹さやかは、咳こんだ。

 

 浜辺に座り込む。

 砂浜は、昼の熱を残しているのか、まだ、あたたかい。

 もしかすると、と考えが浮かぶ。

(魔女の、くちづけ)

 父の絵など関係なかったのではないか。父が家を出て以来、母は精神不安定だった。そこにつけこまれたとしたら、どうだろう。

(どっちでもいいよ、そんなの)

 どちらにせよ、母親は意識不明。……目覚めたところで、どうなるというのだ。相変わらず父親は帰っていない。だったら目覚めない方が、いやむしろあの時にいっそ――

(それに、娘はゾンビだもの)

 ソウルジェムを掲げる。美樹さやかの魂はその中に込められている。肉体は魔力によって、あたかも生きているように振る舞っているのみ。もしもソウルジェムを海に投げ込めば、魔力の供給の途絶えた体は死に至るだろう。

 時折美樹さやかは衝動にかられることがあった。川や海の近くを通りかかるたび、感じていた。持っているものをすべて放り投げたくなる衝動。

 ソウルジェムを持った右手を振り上げる。

 掲げた青い宝石の向こうには、赤い月。

 

 そして、さやかは。

 

「――馬鹿ッ!」

 砂浜のうえに、押し倒されていた。覆いかぶさるのは赤い影。

「どういうつもりだ、テメエ、死ぬつもり――」

「やっぱりあんた、ついてきてたんだね」

 怒鳴りつけてくる杏子を遮ったのは、冬の夜の湖のように冷たい声。

「よっぽど暇なんだね、毎日毎日、あたしをつけまわしてさ。3時間も4時間も」

 美樹さやかは気づいていた。今日もまた、佐倉杏子がついてきていることを。

「……うるせえ、あんたが危なっかしいから、見てやってただけだよ」

「ふうん」

 言いながら、さやかは頭の中で計算している。

 家を出てから今まで、7時間半。

 つまり、最初から杏子がついてきたわけではない。

 杏子が現れたのは、3、4時間前。

 だいたい、19時から20時くらい。

 と、すると――

「べつにあんた、あたしのこと心配してついてきたわけじゃないでしょ」

「なに言ってんだよ、さやか」

「おおかた、ほむらがかまってくれなから、あたしのところに来たんじゃないの。話しかけるに話しかけらんなくて、ずーっとひっついてきてたんでしょ」

「それは……」

 呼吸を止めて、歯を食いしばる佐倉杏子。

「言い返せないんだ。やっぱりそうなんだね」

「っ……!」

 歯を食いしばりながら、足元に視線を彷徨わせる杏子。発するべき言葉を探すように。

「あんたが」

 言いかけて、けれど、杏子はやめてしまった。小声で「これじゃあさやかのせいにしてるみたいじゃないか」なんて呟いている。

 それはもちろんさやかの耳にも聞こえていて――ため息をつかずにいられなかった。自分でも驚くくらい威圧的な響きだった。

「あたしが、どうしたってのさ。はっきりしないの、キライなんだけど」

 杏子がおびえたように身体をビクと震わせた。それでさやかは益々苛立った。

 

(……あたしは、いつからこんなにヤなヤツになっちゃったんだろう)

 まるで、自分の中の嫌な部分が全部口に集まっているみたい。うっとうしい男どもに声を掛けられたこと、家に帰るのがこわいこと、恭介のこと、仁美のこと――いろんなストレスが積もり積もって、爆発してる。なんにも関係ない、たまたまそこにいただけの杏子に向かって。

 

「ふだんはほむらのところで楽しくやってるくせに、かまってもらえなくなったらここに来るわけ? でもってあたしがつれなくしたらほむらのところに戻るんでしょ?」

 一度開いた口はもう、自分でも止められなかった。

「馬鹿にしないで、あたしはそんな都合のいい存在になるつもりなんてない。だからあんたと友達になるなんてお断りなんだ」

 

(でも、あたしは知っている)

 こんなひどい言葉をぶつけたって、杏子はあたしから離れられないことを。

 あたしはそれを利用して――杏子を感情のゴミ箱にしてる。

 

「で、さっきなんていいたかったわけ? 『あんたが』で、なに?」

 杏子を押しのけて立ち上がる。わざとらしいくらいに乱暴な動作をとった。杏子の感情を逆撫でするためだった。

 

(キレて、殴りかかってきてくれればいいのに)

 いっそ、初めて会った日みたいに槍でお腹を突き刺してくれてもいい。

 きっとその方がスッキリする。

(あたしはそうされても仕方のないことをしているんだ)

 

 けれども杏子は。

「……ごめん」

 ただ、謝るだけだった。

「ごめん」

 それが謝罪ではないこと――その場をおさめるための言葉でしかないことをさやかは判っていた。

 

(杏子はどうしたって、あたしを傷つけたりなんか、できない)

 その理由は知らない。

「アンタはアタシがなりたかったアタシなんだ」だとか言われたけれど、わけがわからなかった。

(おかあさんを騙したり、仁美を助けたことを後悔したり、こんな自分に憧れるなんてありえない)

 けれど、1つだけ確かなことはあった。

 

「要するにあんたってさ、だれでもいいんじゃないの」

 杏子は、自分にとってひどく都合のいい存在になってしまっていた。 

「そばにいてくれれば、ほむらでも、あたしでも、もしかしたら、そのへんの金髪のおっさんでもさ」

 さきほど「家出ー?」と言ってきた男どもを思い浮かべる。それに組み敷かれる杏子の姿。

「あたしなんか追い掛けたって、いいことないよ。他のところ、いきなよ」

 背を向けて、歩きだす。

 

(でも、杏子はあたしを追いかけてくる)

 

 果たして、その通りだった。

 その気になればすぐに駆けつけられるだけの距離をあけて、杏子はついてくる。

 

(どうして、こうなっちゃったんだろう)

 出会い方が違えば、自分と杏子はもう少しマシな関係になれたのだろうか。

 

(いって みたいな よそのくに)

 

 美樹さやかは願う。

 今が嘘になる場所が、どこかにあればいい、と。

 

 
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