No.296099

丘の上の墓石にて

氷菓さん

『英雄』それは人々の尊敬を集め、その死後も人々に延々と語り継がれていく偉大な存在、そう信じていた。だがそれは『英雄』というものの一面にすぎなくて…… そんなお話です。

2011-09-09 00:24:21 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:370   閲覧ユーザー数:369

 

丘の上の墓石にて

 

 

 

 「だれのお墓なんですか?」

 合掌している男の後ろから、女の、透き通るようなきれいな声がした。

 男は合掌したまま答える。

 「すぐ下にある町を戦火から護った英雄のもの、らしい」

 「その隣は?」

 「英雄の妻だそうだ。なんでも、戦時中に志願して看護兵になった後、人命救助中に戦渦に巻き込まれたらしい」

 「へぇ~、そうなんですか」

 男は合掌を止め、女と向き合った。

 「あんたはどうしてこんなところに?」

 その問いに、女は笑顔で答えた。

 「私、今色々な国を旅して回ってるんです。ついさっきこの丘の麓にある町に着いた時、この高い丘が目に留まりましてね。なんだか登ってみたくなったんです」

 「そうか」

 男は素っ気無い相槌を打った。

 「見晴らしのいいところですね。遮る物が何ひとつないから遠くまで見渡せます。空気も澄んでいてとても気持ちいいです。きっとお二人もさぞかし満足していることでしょう」

 女は柔らかな微笑みを向けて男に言った。

 「さあ、どうだろうな」

 男の態度は、やはり素っ気無いものであった。

 「ところで、験担(げんかつ)ぎ、してたんですか?」

 「……何故そうなる」

 「いえ、その、格好が、お墓参りと言うにはあまりらしからぬものでしたから」

 確かに、男の出立ちはあまり墓参りに適したものではなかった。

 男の姿は、上から下まで適当な防具を身に着け、腰に両刃の剣を帯びた、いわゆる、戦を目前にした者のそれであった。

 「戦前に、英雄のお墓参りをして験(げん)を担(かつ)いでいるのかと」

 確かに、何も知らない者が今のこの男を見ればそう思うのは当然なのかもしれない。しかし、男がしていることは、実際違っていた。

 「なあ、あんたに少し聞いていいか?」

 「ええ、なんでしょう?」

 男は、聞くべきか否か迷ったのか、少し間を置いてから女に聞いた。

 「名誉ある死、ってなんだと思う?」

 女は考える素振りを見せてから、思ったままのことを口に出した。 

 「死ぬこと自体がいいこととは思いませんが、自分の護りたい人の為に戦って死んだ、戦死者への労(ねぎら)いにはなるのではないでしょうか?」

 「戦場で死ななきゃもらえない、か。だったら俺には必要ないな」

 「そうですか?あなたのような方なら、誇りのため死んでいくことに憧れを持ちそうなものですけど」

 「なぜそう思う?」

 「肩に描いてありますよ」

 男は、女の目線の先にある自分の左肩を見た。

 そこに着けられた防具には、男の仕える国の紋章が描かれていた。

 「俺も、こいつをもらった時はそんな感情を抱いていたさ」

 「今は?」 

 「ないな」

 「なぜです?」

 女がそう問いかけて、男は女から目線を逸らした。そして、遠くの空を見つめながら、独り言を呟くように言った。

 「戦場で名誉な死を迎えるのと、大切な家族に看取られて死ぬのと、結局死ぬことに変わりはない。もし俺が戦場で死んだとして、現実的に俺が得られる物なんて何ひとつとしてない。後に残るのは、たった一言、英雄という二文字だけだ」

 男は、言い終えると脇に置いてあったずだぶくろに手をかけた。そして男がそれを担いで歩きだそうとしたところで、女が声をかけた。

 「用事は済みましたか?」

 「ああ」

 男はそう言って、もう一度墓石の方へ振り返った。

 「名誉の死なんてクソくらえ。俺は絶対に生き延びてやる。どんな手を使ってでもな。……この墓を見てたら、そう思えるだろ?」

 男は、このとき初めて小さく笑った。

 「……そうかも、しれませんね」

 そう言って、女も初めて墓石を見つめた。

 二人の見つめる先にあったのは、苔の生えた小さな石を立てただけの、英雄達の墓だった。

 

         終

 

 

 
このエントリーをはてなブックマークに追加
 
 
0
0

コメントの閲覧と書き込みにはログインが必要です。

この作品について報告する

追加するフォルダを選択