No.292230

二人でニューゲーム

h5wさん

掌編。使い古された勇者モノです。でも一度は書いてみたかったんだよね。

2011-09-03 19:47:39 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:247   閲覧ユーザー数:247

 魔王を殺せば世界全土の魔物がいなくなり、世界は平和になる。

 そんな文句で国から送り出され、名前すら知らない少数の仲間と少しの路銀を手に、元傭兵の勇者とその他志願してきたご一行の旅は始まった。しかし、当然ながら上手くはいかない。志願してきた仲間には協調性の欠ける者や、元農民などという戦力にならない者が数人いた。日数を重ねるにつれ、夜逃げや死別が主な原因となり仲間は減っていく。

 魔王が住むと伝わる城に到る頃には、元から戦い慣れていた勇者と回復魔法の使える僧侶、そして道中に魔王討伐を志願してきた傭兵二人しか、仲間は残っていなかった。

 勇者を含めた四人は、意を決して城へと進入する。城の中は広く、道が複雑だった。魔物に襲われ傷つきながらも、四人は魔王を探した。広大な城を歩き続けた。それでも魔王は見つからない。疲れ果てた四人にも魔物は襲ってくる。最後には体中傷だらけの勇者と、勇者に背負われた意識の無い僧侶だけが城を去った。

 魔王はとうとう、見つからなかった。

 勇者と僧侶が国に帰り、魔王は存在しなかったと王に報告した。ところが王はそれを信じずに、あろうことか勇者と僧侶を国から追放する。魔物はいなくならない、その現実を王は受け入れられなかったのだ。

 その後、国は魔物の強襲により滅びた。しかし勇者と僧侶のその後を知る者はいない。

 

 

 人一人が住むなら十分な広さ、二人で住むならちと手狭。それが俺の住んでいる家の説明だ。箪笥が部屋の隅に一つ、背もたれ付きの長椅子と長机が部屋の中央に一つ、あとは二人がけのベッドがあるくらい。戸を一枚挟んで小さな台所があり、外には天然温泉が湧いている。最高の我が家だ。国を出る前に住んでいたものより、ずっと良い。

 俺は長椅子の真ん中を陣取り、自作の不味い煙草に火をつけず咥えていた。本来なら火をつけ煙を吸いたいのだが、煙草嫌いな同居人のせいでそれは叶わない。別に文句も無い。……時々隠れて吸っているし。

 隠れて吸うことに罪悪感を感じていると、鍵を回す音と玄関の扉を開けた音が聞こえてきた。鍵を持っているのは俺と同居人だけなので、どうやら同居人が帰ってきたらしい。「ただいまー」という間の抜けた声が響き、俺に姿を見せてくる。両手に大きな紙袋を抱えた小柄な女性だ。

 肩ほどまで伸ばしてある黒髪に、黒目の大きな瞳。色白な肌がなんとも眩しい同居人。服装は薄い桃色のシャツと長いスカート、しかし妙な色気がある。布面積を少なくすれば、それこそ色気どころか色香すら漂いそうだ。体つきも貧相ではない。それでも、彼女は一応僧侶を名乗っているので肌をあまり見せてくれない。残念だ。

「あの、じろじろ見られると恥ずかしいです」

「いいじゃないか、リョウちゃん。じろじろ見るなんて普段しないし」

「普段からされると困りますよ……」

「感謝してくれ」

 もう、と呟きながら同居人ことリョウは台所に向かった。ほどなくして、紙袋を持っていないリョウが台所から戻ってきた。リョウは小さな歩幅で寄ってくると、俺の隣に腰を下ろす。そして体を俺に預けてきた。珍しいと思いつつも、片手をリョウの肩に回す。

「……怖かった」

 小さな声でリョウは言った。

「ん?」

「道中、魔物に襲われないかと思って、怖かったんです」

 聞き返すと、リョウは声を震わせながら返してくれる。肩を抱く手に力を入れた。

「ごめんな。いつもなら俺が行くのに」

 リョウには買出しを頼むようになっていた。道中は魔物が出る危険がある。今までなら俺が買出し担当のはずだった。でも、事情が変わっていった。

「いいんです。私もディタさんが心配ですから」

 ちなみに、ディタとは俺の名前だ。

 最近、体の調子が悪い。動悸が激しくなり、足元がおぼつかなくなる。悪いときには意識が飛ぶこともあった。買出し中にそれが起こることも、少なくはなかった。リョウはそれを心配し、買出しを時々変わってくれる。今日も変わってくれた。自分の情けなさに溜息が出る。

「ありがとな」

 礼しか言えない。謝ってばかりだと、リョウは困ったような表情を浮かべてしまう。

 俺は無言でリョウを引き寄せ、対面するように抱きしめた。リョウの顔が俺の胸に押し付けられ、ゆっくりとした呼吸を感じ取れる。

「どうして……重傷は一瞬で治せるのに、病気は治せないんですか。魔法なのに。どうして……」

 リョウが体を震わせて呟く。何度も、何度も。

 その日、リョウが疲れて寝るまで俺は抱きしめ続けた。 

 

 

 国を追放されたばかりの頃。リョウはよく提案をしてきた。

「もう一度、旅をしませんか?」

 いわく、困っている人を助けたいらしい。笑顔を浮かべてリョウは話していた。俺よりよっぽど勇者らしい願望だ。

「旅なんてこりごりだな。疲れるし」

 俺はといえば、こんな風に適当に答えていた。

 結局、この問答は今の家が見つかるまで続いた。

 

 

 発作の回数が日を追うごとに増えていく。リョウと一緒に近くの医者を訪ねてみるも、良い反応は得られない。この地域では見られない症状だそうな。たぶん、勇者として旅をしていたときに患ったのだろう。このまま悪化すれば、もう永くはないとも思えてきた。

 俺は一つ、ある決心をした。

 夜。ベッドにリョウと二人で横になる。外から薄っすらと風の吹く音が聞こえ、同時に葉の揺れる音も鼓膜を揺らした。反対側を向いているリョウの背を突くと、もぞもぞと動いてリョウがこちらに向き直る。

「どうしたの?」

 そうえば、リョウは偶に敬語を使わないな。などと関係の無いことを思う。

「話があるんだ」

「なんですか……?」

 不思議そうにリョウは訊いてくる。俺は少し間を置いた後、言った。

「明日から、もう一度旅に出よう」

 戸惑っているのか、答えが返ってこない。不安になり、自分の手をリョウの手に伸ばす。触れると指を絡ませてきた。そのまま優しく手を握る。温かい。

 心地よい沈黙の後、リョウが口を開いた。

「はい。今も楽しくて幸せですけど、きっと……旅も楽しくて幸せです」

「……ありがと」

「私も、嬉しいので」

 リョウの顔が近づく、お互いの唇が合わさった。甘い匂いが鼻腔をくすぐり、胸が高鳴る。唇が離れ、照れくささから笑みがこぼれた。

 

 

 家を出てしばらく歩くと、見晴らしの良い原っぱに着いた。当たり前だが、リョウも一緒だ。

 リョウの服装は袖の長いシャツとズボン。それにローブを羽織っている。女っ気の皆無な格好だが、仕方の無いことだ。……そうえば、この格好は勇者としての旅の時と同じ服装だな。懐かしい。

「ちょっと、わくわくしてきました」

「前と違って、楽しく行けるからな」

「はい!」

 元気の良い返事をして、リョウは走って行く。少し先で立ち止まると、俺に向かって手を振ってきた。可愛らしいものだ。手を振り替えし、歩く速度を速める。

 一応旅の目的は、俺の病気を治すことにある。別の地域でなら、治療法があるかもしれないからだ。でも、俺には別の目的がある。リョウは旅をすることを望んでいた。困っている人を救いたいと言った。俺はそれを叶えようと思う。治療法など口実だ。きっと、もう間に合わない。

 長くて三年くらいだろう。それでも良い。短い間でも、俺は今まで以上にリョウの為に生きる。最高に幸せだ。……煙草を吸えないのは少し残念だが。

「早く来てくださいよ! ディタさん!」

「ああ、今行くよ」

 世界を救えなかった、元傭兵の偽者勇者。

 それでも――。

「もう一度、勇者になれますよね?」

「それは……勘弁してほしいな」

 好きな女の一人くらい、守れるはずだ。

 路銀は充分。連れは愛している女一人。

 俺の手をリョウが掴む。お互いに笑顔を浮かべながら、二度目の旅が始まった。

 

 

 


 
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