No.288924

真説・恋姫†演義 北朝伝 第六章・終幕

狭乃 狼さん

六章、これにて終幕です。

色々とはった伏線、多分、全部辻褄合わせられたと思いますが、
おかしなところなどがあったら、遠慮なくコメにてツッコミ、
お願いしますね?w

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2011-08-30 23:54:00 投稿 / 全7ページ    総閲覧数:20029   閲覧ユーザー数:13462

 世の中には、信じられない場面を目撃するということが、往々にして起こるものである。

 『……』

 そう。ちょうど今、一刀と公孫賛、そして曹操ら華北勢の者達の目の前に展開されているその光景が、まさに一同にとってはとても信じられない場面であった。……あの、高飛車でわがままでお馬鹿なはずだったその人物が、両膝を床についてその頭を下げ、拱手したその両手を掲げるという、いわゆる再拝稽首(さいはいけいしゅ)と呼ばれる、最上級の礼を取っているという、今の事態がである。

 「……なあ、麗羽。それって一体、どういう意味の礼なんだ?」

 「どうもこうもありません。私は、ただいま病の床に臥している、荊州劉家が当主劉琦さまに代わり、これまでの非礼の数々を、晋・燕・魏の三王に対し、詫びるためにこうしております」

 「……麗羽。貴女、何か変なものでも食べたの?それとも、放浪中に頭でも強く打ったのかしら?」

 「おい、華琳。それはいくらなんでも言いすぎじゃあ」

 「いえ。燕王閣下のそのお言葉、この袁本初まこと嬉しく思いますが、魏王閣下のそのお言葉も、仕方の無いものと存じます。……以前の私は、確かにそういわれても仕方の無い、無知で凡庸な、家柄だけにすがる無能者にございましたから」

 『……(ポカ~ン)』

 耳を疑う、というのはまさに、今の一刀たちのことを指すのであろう。はっきりと、過去の自分は愚か者であったと言い切って見せたその人物―袁紹のその台詞は、あの頃の彼女しか知らない一刀たちにとって、まさに寝耳に水というやつであった。

 なお、現在彼らが居るのは、劉琦がその太守を務めている新野の街の、その政庁の中に太守の間である。先の星取り戦が、劉琦の発作という突発的な事態によって中断となったあと、両軍は一時休戦という形を取って、一旦この街に入城する事となった。華北勢の兵士達は、新野の街郊外にその陣を張って待機をし、先の戦闘中はどこかにこっそりと行っていて、つい先ほど戻ってきたばかりの徐庶を連れた一刀と、公孫賛と趙雲、そして曹操とその軍師である荀彧、の、計六名のみが、わずかの護衛を伴って、丁原や袁紹と共に入城していた。

 「……では改めてお聞きしますけど、今回の戦が演技だったって言うのは、一体どういう意味なんでしょうか?」

 「……全ては、荊州を真の意味で安寧な状態へと、導くためですわ」

 そう言って、袁紹はこれまでに荊州で起こった騒動を、かいつまんで一同に語り始めた。蔡氏による荊州での専横と、劉琦との確執。許昌から逃亡してきた劉協の、蔡瑁による捕縛と傀儡化。そしてその蔡瑁と劉協の確執から出た、劉琦と袁術への蔡氏討伐の密勅。そして、その密勅を逆に利用し、劉琦と丁原が立てた、袁術と協力しての襄陽攻略作戦を。

 「……なるほどね。でも麗羽?どうして彼女…劉琦は一刀を、この荊州の争いに巻き込もうとしたのかしら?」

 「そうだな。劉琦殿は曲がりなりにも、皇室に連なる劉家の一員。対して一刀は、皇帝以外に天を名乗る、漢王朝にとっては反逆者という立場にある朝敵だぞ?」

 「それは……」

 「……麗羽殿。そこから先は、私が話を続けよう」

 

  

 ぎい、と。太守の間の扉をゆっくりと開け、室内へと入りながらそう言ったのは、血を吐いて倒れた劉琦に付き添って、城の医務室に行っていたはずの丁原だった。

 「久遠さん……美咲さんの容態はどうなんですの?」

 「……良いとは言えん。無理のしすぎで心の臓にかなりの負荷がかかったのだろう。……医者達もほとんど匙を投げておる……」

 「そんな……」

 「心の臓に病を抱えながらも、それでも自分の体より荊州の民の事を考えた上で、北郷殿との真剣勝負を選んだのに、その結果がこれでは、嬢ちゃんがあまりにも不憫でならん……」

 城の医務室にて、一刀ら華北軍が連れて来ていた医者達も含めた医師団が、劉琦をなんとか延命するため、現在懸命にその処置を施している。……だが、

 「……あの出血具合から見ても、彼女の病が相当に重いことは、素人の俺達にも良く分かります。……輝里、華侘の居所……つかめて居ないのかい?」

 「残念ながら……」

 「そうか……」

 おそらくは大陸…いや、この時代で最高の医術を持った、神医と呼ばれし天才医師、華侘。漢中を拠点として発生した、大陸最高峰の医療技術を持った医師集団、五斗米道(ゴッドヴェイドー)に属する者の中でも、一子相伝とされるその最高の奥義の数々を継承した、五斗米道正統継承者である彼とは、まだ鄴に居た頃に一刀も面識をつくっており、今でも時折、許昌の地に招いては、新しい病院作りに協力をしてもらってはいる。しかし。

 「あの人は神出鬼没ですから。その消息を掴むのは並みのことではありません。……貂蝉さんならすぐに連絡を取れるそうですけど、あの人自体をここに呼ぶのに、最低でも二日は要りますから」

 「その貂蝉さんに連絡は?」

 「もちろんしてあります。城に入ると同時に、長安に人を送りましたから、明日には向こうに着くかと」

 「……劉琦さんの事は、そこに一縷の望みをかけるしかない、か」

 「……お気遣い、まことかたじけない。……それはそれとして、先の話の続き……させてもらってもよろしいか?」

 「あ、はい。お願いします、丁原さん」

 「美咲嬢ちゃんが北郷殿を荊州へと導いたのはの、北郷一刀というもう一つの天を、その目で見定める事に他ならんのだ」

 この時代の大陸において、天とはすなわち皇帝の事を指す。だが、先代の少帝であるならばともかく、今上帝である劉協ははたしてそれにふさわしい人物なのかと、劉琦はずっと疑問に思っていたという。

 「張譲の乱が終結し、先の少帝が長安に都を遷された。……その頃までは、嬢ちゃんも朝廷に対してなんら疑問を持つ事無く、漢室の一員として帝と朝廷を盛り立てて、大陸に再び、漢の威光を取り戻すため、その助力を惜しむ気は無かったそうだ」

 だが、少帝が崩御したとされて、その跡を劉協が継いで以降、劉琦は少しずつ疑問を抱き始めたと言う。各地の太守らに対し、理由も告げずの罷免や移封の宣告を始めたかと思えば、都である長安付近以外に対して、意味不明な法の発布(例として、各地の関の通行料の急激な増加や、民の移動制限、田畑の作付け制限等々)をし。そして少し都が脅かされると、すぐさまあっさりと都を放棄し、別の都市を都にして、そこを支配する領主の庇護を受けて、再び妙な政を始める、といった具合であった。

 「……確かに、私が陛下を擁立した後、陛下から出る政への指示は納得の行かないものが、そのほとんどを占めていたわね。まあその内の九割ほどは、その後の会議の時点で駄目出しをして、法として発布するような事はしなかったけど」

 「……今になって思えば、そこが陛下のご機嫌を損ね、あの官渡の戦の最中にあっさりと私達を見捨てるという、その行動に繋がったのかも知れませんね」

 「桂花の言う通りね。もっとも、皇帝という名前だけに囚われて、彼女の本質を見抜くことが出来ず、勅命という名分に面と向かって逆らえなかった私にも、十分に落ち度はあったでしょうけど」

 と。覇道のなんのと言いながらも、結局は過去から続くしがらみに抗えなかった自分を、曹操はその拳を強く握り締めながら、自らをそう責め立てた。

 「でも結局、理不尽な指示は拒絶したんだろ?だったらそれでいいさ。これ以上、君が気に病む事はないよ、華琳」

 「……ありがと」

 

 

 

 「……話を続けるが。あれは確か劉協帝が長安を捨てた頃だったか……もう一つ、別の噂が巷に流れ出したのだ」

 「……もしかして、劉協帝が何太后や、みこ…あいや、少帝陛下を殺害したかも知れないという、例の噂…ですか?」

 一刀たちがその噂をはじめて聞いたのは、官渡の戦いが終わって許昌に入城してから、数日たった日のことだった。

 『現在の漢帝国皇帝劉協は、己が願望を叶えんがために、自身の傍近くに仕える者達を言葉巧みに誘導して、大陸を混乱の渦中へと誘っている。張譲しかり、王允しかり、少帝しかり、曹操しかり……』

 という、その噂話の中に、実母である何太后や世間的には兄となっている、李儒こと少帝・劉弁の殺害をも劉協が実行、もしくは指示したとされるものが含まれていた。

 「噂の真偽については、確たる証が無いのでなんとも言えん。だが」

 「……劉協帝の今までの行動を考えれば、あながち嘘ともいえない、か」

 「そういうことじゃ。じゃから美咲嬢ちゃんは賭けに出ることにしたのだ。帝からの密勅を逆に利用し、蔡氏一派を誅滅するそのついでに、あわよくば帝の身柄を確保し、事の真相を掴もうとな」

 「……で?そこに一刀の事はどう絡んでくるんだ?」

 「帝の身柄を上手く確保でき、事の真偽がつまびらかになった場合、それ如何によっては、もう一つの天であり、華北の民によく愛されている北郷殿を、ただ単に荊州を譲る相手というだけでなく、新たな天として掲げたいと。……嬢ちゃんはそう考えておる」

 『……!!』

 

 一刀を新たな天として掲げる。

 

 ……それはすなわち、一刀を新たな皇帝とした、北郷朝の成立を支援するということ。漢王朝の系譜に連なる劉琦が、事と次第によっては、自身が連なる血脈の王朝よりも、新しい王朝による秩序を望んでいると、丁原はそう言ったのである。

 「……一刀を皇帝に、か。それはそれで面白いかもね」

 「おいおい、華琳。いくらなんでもそれは」

 「あら?別に王朝の交代はこれまでも良く行われてきた事よ?古の三皇・五帝…尭・舜から夏へと遷り、殷、周から春秋の戦国時代を経て秦の始皇帝が誕生し、楚から現在の漢へと、常に禅譲は行われてきたわ」

 王朝から王朝への禅譲……すなわち、時の天子が血縁者以外に国を譲るその行い。それは、易姓革命と呼ばれて中華の歴史上、これまでに幾度と無く行われてきた事である。

 「いや、俺が言ってるのはそういうことじゃあなくて」

 「……一刀さんが出自の事をおっしゃっているのでしたら、それはさほど気にする必要は無いと思います。肝心なのは生まれではなく、どれだけ民を愛し、民の為の政を行えるかです」

 「徐庶の言う通りよ。その点を見れば、貴方にはその資格が十分あると、私も白蓮も、今ここに居ない幽霊さんたちも、良く分かっていることよ」

 「幽霊さんて……命が聞いたら怒るかもよ?」

 「大丈夫よ。自分で自分のことを死人なんて言っている人だもの。ね?」

 「……かもね」

 ふふふ、と。この場にはいない李儒の事を、そう揶揄(やゆ)して言って見せた曹操に、少々顔を引きつらせつつも、同意の一言を口にする一刀であった。

 

 

 「まあ、先のことはその時の事として、だ。今度はわしの方から、北郷殿にお尋ねしたい事があるのだが、伺ってもよろしいかな?」

 「ええ。……こっちが始めに連れていた筈の、三十万の兵の大部分が何処に言ったか……ですね?」

 「うむ。確かに最初に草より受けた報告では、荊州に入るその直前まで、お主らは雲霞の如き兵を連れておった筈。それが一体、何処にどうやって姿をくらましたのか、わしらには一向に掴めんかった」

 劉琦からの要請を受け、南征のために一刀たちが最初に用意した軍勢は、晋・燕・魏の三国がそれぞれ十万づつを拠出した、総勢三十万という大軍だった。しかし、実際に荊州へと入ったのは、その五分の一にも満たない数の、およそ五万ほどのみだった。

 「種明かししてしまっても問題無いの?一刀」

 「まあ、この二人になら教えても問題ないだろ。実はですね……」

 「……なんとまあ」

 「……流石に、とんでもない視野というか、戦略眼をなさってますわね。呉と蜀に対する警戒のために、江夏と漢中、そちら方面へと難民に偽装して、移動させるだなんて……」

 つまりこうである。

 荊州にはいるその直前には、普通なら軍隊が通るような場所では無い、深い森林帯が拡がっている。一刀は荊州に入るルートに、あえてその森を通るルートを選んで通った。三十万という軍勢が全て入れ、尚且つ、人の目をくらませやすいその森を。

 「我々が放った草達にも問題があるな。命令に忠実なのは良いが、軍勢以外には目もくれず、先に森を抜けた北郷殿たちばかり監視するとは」

 「……軍勢以外もきちんと監視するように、その場で機転を利かせられる者を、改めて選びなおさなくてはいけませんわね……」

 「全くじゃな……」

 つまるところ、袁紹や丁原らが放った間者達は、武装した状態の“軍勢”しか、その監視対象として見ておらず、先行して森を抜けた一刀たちだけを追ったために、後から難民や隊商に扮し、何隊かに分散して後発した、十万づつの江夏と漢中に向かう者たちを、彼らはまんまと見過ごしてしまったというわけである。

 「では北郷さん?今頃双方に向かった者たちは、それぞれの地で時を待っていると見て、間違いは無いんですのね?」

 「そうです。肝心なのは呉と蜀、双方に気取られない事。少なくとも、荊州の争乱が沈静化するまでは、ね」

 「……荊州の騒動が済んだら、今度は呉と蜀、双方との争いが起きるかもしれないものね」

 「だな。けどさ一刀?呉はともかく、蜀が…桃香がこっちに関与してくると思うか?」

 「……例え劉備さんにその気が無くても、周りも同じとは限らないよ。諸葛孔明や龐士元あたりは、ね」

 「……朱里と雛里なら、確かにこの騒動に乗っかろうとしても、おかしくは無いでしょうね」

 「……そういうことさ」

 劉備の両翼として現在その辣腕を振るっている諸葛亮と龐統は、徐庶の古くからの友人であり、水鏡塾の後輩でもある。だからこそ、二人の性格は徐庶も十分に承知であり、必要とあれば情より利を取る選択をすることが出来る、優れた政治家で戦略家でもある二人の取るであろう手段を、彼女は十分に予測することが出来ていた。そしてそのことを、徐庶は一刀に進言済みであり、一刀もそれを念頭に置いた上で、戦力の分散という手段をあえて取ったわけである。

 「聞けばあの甘ちゃんだった劉備も、司馬徽……だったかしら?その水鏡と呼ばれる人物からの教えもあって、昔とは違って冷徹に現実を見る目をつけているそうだしね。今の麗羽のように、成長しない人間は居ないっていう事かしら」

 「そうだね。袁紹さんもあの頃とは比べるべくも無い、良い将になったからね。……俺達を星取り戦に引き込むために、わざと昔のままを演じたりとか、ね」

 「そうだな。あの時のお前のあの態度を見て、私達はすっかり信じきってしまったぞ?無一文での放浪ぐらいじゃ、お前の性根を治せなかったのかとさ」

 「……怒っていらっしゃいますか?貴方方を騙したこと」

 「それこそお門違い、というやつよ、麗羽。貴女の取った行動の全ては、劉琦を、そして荊州の民の為を思えばこそ、でしょう?なら、私達が怒る道理は無いわよ」

 「華琳さん……ありがとう。ほんとうに、持つべき者は親友ですわね」

 曹操の台詞に対し、その頭を下げて礼を述べる袁紹。そんな袁紹に対し、曹操はその頬をわずかに赤らめつつ、「親友と書いて腐れ縁と読むのだけどね」と、そっぽを向いてそう呟いて返した。

 

 

 

 「ところで輝里。俺達のことを包囲していた荊州軍だけど、実際にはどれだけの数の兵が居たんだ?」

 「……零、です」

 『へ?』

 「……あの時、周辺に伏兵が居ないかを調べるため、私は少数の者を連れて調査に行ったんですが、そこで見つけたのは兵士ではなく、只の町民と思しき人たちでした」

 五万の手勢でもって荊州に入り、袁紹らと対峙した一刀たちは、その袁紹達が連れている兵の数があまりにも少ない事に疑問を抱いた。なので、一刀は前もって徐庶に、周囲を調べるように意思表示をし、それを察した徐庶がその調査に向かった。そしてほぼ予測どおり、その一刀たちの周囲を多数の旗と銅鑼、そして鬨の声とが包囲した。それもあって一刀たちは袁紹の提示した星取り戦を、その場で承諾せざるを得なかったわけだが、とはいえ、一刀たちも実際には兵の数はそんなに多くは無い、偽兵の計であろうという予測をしていなかったわけでは無かった。だが、

 「……まさか、あれが全部、兵ではない一般の民達だったとはね……」

 「……今回のことを決めたとき、美咲嬢ちゃんやわしが動かせる兵は、正直言って全部で五千ほどしかなかったのだ。しかも、その内の三千は、阿呆皇帝の目をごまかすために、襄陽へと送らねばならなんだ」

 「私の方も、美羽さん…従妹の袁術から預かった兵は、同じ理由で江陵に置いてきましたから、仕方なく美咲さんが民に協力を申し出たのですわ。そしたら」

 「……みな、喜んで協力すると言ってくれてな。宛と新野の街の老若男女、およそ八千人が、旗を立て、銅鑼を鳴らし、鬨の声を挙げる役を演じてくれたのだ」

 宛と新野。その双方の民達が、劉琦の頼みならばと、命の危険があるかもしれない、戦場でのその役目にこぞって協力を申し出たと。丁原と袁紹はその目頭を潤ませながら、一刀たちに全てを話した。

 「……愛されているんですね、劉琦さんは」

 「ええ。だからこそ、この私も美咲さんに惹かれましたわ。まるで、先の帝であるあの方を髣髴(ほうふつ)とさせる、その人柄にですわ。……って、そういえばあの方は今何処に?お久しぶりにお顔を拝見したかったですのに」

 「ああ、命なら今頃は長安に居るはずですよ。月…董卓将軍とともに、涼州の鎮定を行っているはずです」

 「董卓殿か。話には聞いては居たが、まさか本当に生きておられようとはのう。霞の奴もそこにおるので?」

 「……霞の事をご存知なんですか?丁原さん」

 霞、と。現在董卓指揮下で涼州に居るはずの、張遼の真名を呼んで問いかけて来た丁原に、首をかしげて問う一刀。

 「おや?あれから聞いてはおりませんので?霞…張文遠はわしの養子でしてな。元服するまでは共に并州で暮らしておりました。……元気でやっておりますかな?」

 「なるほど。ええ、色々あったけど、彼女は元気ですよ。……ちょっと酒癖が悪いそうですけど」

 「……いやその。あれの酒癖の悪さはわし譲りでしてな。……もうしわけない」

 頭をかきながら、ばつの悪そうに、義理の娘の事を詫びる丁原を見て、和やかな笑い声が室内にこだまするのであった。

 

 

 

 そんな風に、会談は結構和やかなムードで進んでは行ったが、やはりその場に居る誰もが、どうしても頭から離れないで居る事が一つだけあった。

 

 そう。もちろん、現在病の床に臥し、必死に戦っている劉琦のことである。長安に飛ばした早馬が、王淩に事の次第を伝え、それを聞いた彼女が華侘を伴ってくるまでに、一体後どれほどの時間がかかるのか。

 

 また、襄陽に居る劉協や蔡瑁らが、痺れを切らして思い切った行動に出ないとも限らない。それがどんな形で動くかという事も、今の一刀たちには全く予想が付くはずも無く。ただ、時間だけが刻一刻と過ぎて行く。

 

 はたして、華侘は劉琦の命の灯火が潰えるまでに、この地にたどり着くことが出来るのか?

 

 そして、劉協や蔡氏一派が動き出す前に、一刀たちが先制権を得る事が出来るのか?

 

 それとも、先に動いてくるのは呉と蜀のどちらかなのか?

 

 

 伏竜・鳳雛を従えし大徳は雲に乗り、江東の小覇王は断金の友と共に咆哮す。

 

 長江に一陣の風が吹き荒れるとき、赤き壁が大河を焦がす。

 

 

 

 大陸の動乱は、今まさに佳境を迎えつつあり、一刀を中心とした物語は、間も無く最後の正念場へと、その場面を移そうとしていた。

 

 

 天を支える黒髪の少女は、その蒼き瞳に何を見るのか?

  

 孤独と言う名の暗闇で、ただひたすら蠢く妹を、姉はその慈悲を持って助けるのか?それとも、あまりにも深きその業と共に断つのか?

 

   

 そして、全ての中心たる青年は、はたしてどのような結末を選ぶのか?

 

 

 

 悠久の時を流れるその大河は、今はただ静かに、その穏やかな流れのまま、黙して何も語らないのであった……。

 

 

 ~第六章・了~

 

 ~終章に、続く~

 

 

 

 というわけで。

 

 この北朝伝の改訂版も、いよいよ次章をもって最終章となります。

 

 その前に、次回からは幕間をいくつか投稿いたします。

 

 次回は一応、彩香こと曹仁お姉さまのお話のつもりですwもちろん、生みの親の方にも許可はいただいておりますので。

 

 いくつ幕間を放り込むことになるかはまだ未定ですが、少なくとも、彩香さん込みで四人分は書く予定です。沙耶と狭霧の事も書きたいし、多分今までで最長の幕間になるかと思います。

 

 

 ではみなさん、次回にてまたお会いしましょう。

 

 

 

 

 

 

 再見~!


 
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