No.276838

おあずけ愛紗と世話焼き桃香 ~真・恋姫†無双SS 第七話

さむさん

愛紗メイン・恋姫SSの七話目をお送りします。

それにしても、いよいよお祭りが始まりましたね。これがきっかけになって文章系の投稿が増えてくれるといいなあ。

せっかくの祭り期間中ですが、自作の推薦なんて恐れ多いのでここからは好きな作家さんの作を一つずつ載せていくことにします。

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2011-08-17 22:16:35 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:2573   閲覧ユーザー数:2415

おあずけ愛紗と世話焼き桃香 ~真・恋姫†無双SS

 

第七話

 

 

 

 翌朝の愛紗の目覚めはすっきりとしたものではなかった。

 もちろんそれは、着たまま寝たため皺になってしまった服のせいでもなければ睡眠時間が少なかったせいでもない。

 結局昨日は一刀とは一言も話せず、その胸の内を確かめることも出来なかった。昨夜の一連の出来事で自分のことを再発見したものの、それだけでは彼女の中だけで完結しており、ただの一人相撲でしかない。

 どっちつかずの宙ぶらりんな状態から抜け出すためにもやはり一刀と話をしたかった――――むろんそういう必要性うんぬんを抜きにしてもご主人様に会いたくて会いたくて仕方がない愛紗である。

 やはり寝ている姿を見るだけでは物足りない。ちゃんと目を見て、言葉を交わして、笑いかけて欲しかった。

 

(それに、桃香さまにあんなことをしてしまった以上、そうそう後になど退けるものか……夕べの気持ちを嘘にしないためにも今日こそはご主人様にお目にかかるのだ)

 

 念入りに身支度を整えながら、愛紗は改めて桃香とのことを思い返していた。

 純粋に彼女のことを気遣ってくれた桃香には随分とひどいことをしてしまったが、一刀のことだけはたとえ誰であろうと譲るつもりはなかった。

 もし、あの場で桃香の手を取っていたらどうなっただろうか。

 生真面目な彼女は桃香に手を貸してもらったことを簡単には忘れないだろうし、その『借り』が肝心なところで思わぬ枷となって動きを鈍らせないとも限らない。そして彼女の心には桃香に勝ちを譲ったという認識が残される。

 愛紗は自分にそんな言い訳を許すわけにはいかないのだ――――そんなのは一度で十分だった。

 そもそも肝心の恋愛に関することで助けたり助けられたりする相手を恋敵などと呼べようか。

 

(否。それではとても真剣勝負にはならない)

 

 確かに彼女のご主人様は皆を分けへだてなく愛してくれる――――それでも一刀も含め誰もが時間の前に平等である以上、愛紗も桃香もまた恋の果実を奪い合う関係にあるのだ。その実を分けあって食べる者もいるかもしれない――――事実、常識家であるはずの愛紗だってそういう経験もしていた。だが、細かく切り分けてしまえば本来の甘さは感じられなくなってしまう。それはそれで美味なのだが、別なものには違いない。まして彼女の中には出来ればすべて独り占めにしたい、という欲求も強かったのだ。

 意気消沈する桃香の様子を思い出すと胸に痛みを覚えるが、差し伸べられた手を撥ねつけたことに後悔はなかった。

 

「よしっ!」

 

 最後に手鏡に映る己の顔をもう一度確認し、愛紗は主の下に向かうべく一歩を踏み出す――――その寸前で邪魔が入った。

 今まさに開けようとしていた扉を遠慮がちに叩く者がいたのだ。

 出鼻を挫かれた形の愛紗は多少乱暴に扉を開き

 

「一体何の用だ?私はこれから出かけるところ……ご、ご主人様!?」

 

 そこに一刀の姿を見つけて驚きの声を上げた。

 

「愛紗、ごめん!」

 

 不意打ちの対面に思考が追いつかない彼女に向けて一刀は勢い良く頭を下げた。

 事態を飲み込む暇すら与えられず立ち尽くしている愛紗に、一刀は下を向いたまま話し続ける。

 

「実は昨日愛紗が部屋に着た時、俺、中にいたんだ。でも、どうしても片づけなきゃいけない仕事があってさ。朱里に頼んで嘘をついてもらったんだ……本当にごめん」

 

 一刀の言葉を聞いていると愛紗の中に安心感が広がっていくのは確かだったが、それで完全に誤魔化されてしまうような彼女でもない。

 

「それならそうと言ってくだされば良かったものを……では、何故ご主人様は私から逃げるような態度を取られたのでしょうか」

 

 今朝の一刀の言動は愛紗が昨日から抱えていた疑念を晴らしつつある。それでもやはり一刀の口から直接答えを聞かなければ納得がいかない。

 

「それは、その、だな……」

 

 おそらく事前に練習していたのだろう、それまで公の場で演説をするように淀みなく話していた彼の口調が怪しくなり、愛紗の脳裏でまたしても不安が膨らみそうになる。

 しかしその種は成長しきる前に

 

「愛紗と随分長い間離ればなれだっただろ?戻ってくるって知らせをもらっただけで朝から落ち着かないくらいだったんだ。顔なんか見てしまったら……なんていうかさ、自分を押さえきれないというか……もう仕事なんか手に着くはずがないって思ったんだよ」

 

 言葉を選びながら話す一刀によって完全に打ち消されていた。

「……昨日、朱里からかなり落ち込んでたって聞いたし、今さら虫のいい話なのかもしれないけどさ……でも、今日はずっと愛紗と一緒に過ごすって決めてたんだ……お詫びとかそういうんじゃなくてさ。ただ二人でいられたら、俺、うれしいんだけど……どうかな?」

 

 恋人の真摯な申し出は愛紗の不安どころか言葉も思考もまとめて奪い取ってしまった。顔と言わず身体と言わず熱くなっていて、未だに火を噴いて燃え上がらないのが不思議でならない。耳元で何か音がしていると思えばそれは心臓の音で、一度気がついてしまうとさらに騒々しく鳴り響いた。こんな騒音の中では他に何も聞こえなくなりそうなものだが

 

「……だめかな?」

 

 という一刀の声だけはなぜか聞き取れた。

 いつの間にか一刀の顔つきは真剣を通り越して不安そうなものになっていた――――それも当然だろう。彼が精いっぱいの告白をした相手は、ただ彼の顔を見つめるだけで返事と呼べるようなものは何ひとつしていないのだから。

 ようやくそのことに思い至った愛紗はあわてて首を横に振った。

 

「えっと……それはオーケーってこと?」

 

 彼女にはおーけーという言葉の意味はよくわからなかったが、期待するような表情から了解したかどうかを問われているのはなんとなく理解できた――――今度は勢いよく何度も頷く。

 それを見た一刀はやっと緊張から解放されたのだろう、へたりこみそうになるのを膝に手をついてこらえている。

 

「ああ、良かった。ずっと黙りだったからてっきり断られるのかと思ったよ」

「……な…………ません」

 

 彼の言葉に触発されようやく声を取り戻した愛紗だったが、直前まで硬直していた喉も肺も万全ではなく、出てきたのは蚊の鳴くような呟き未満のものだった。

 

「えっ?」

「そんなわけありません!」

 

 今度は逆に自分でも驚くくらい大きな声が出てしまった。それは籠められた感情の強さの証であった。一刀も驚いて顔を上げている。

 感情に振り回され上手く制御できない声に苦労して手綱をつけ落ち着けると、一言一言区切るように想いを言葉に変えていく。

 

「……ご主人様のお誘いを断るなど……そ、そういう仰りようは気持ちを疑われているようで嫌です……何時だって、私の全てはあなたのものなのですから……」

 

 もののはずみがきっかけとはいえ、その後に続けた言葉は本当だ。あるいは一刀の告白を受けて彼女の中にある真実をきちんと相手に伝えておきたかったのかもしれない。

 

「うん、ごめん」

 

 言葉短く一刀は謝った――――それは謝罪の言葉だが、伝えたいのは決してそれだけではない。感謝、労り、喜び……そういったものが愛情を核に結合していて、一部分だけ取り出せば確かにそれぞれ違っているのだが、全体としては同一のものが根底に流れている――――つまりは、目の前の女の子を大事にしたい、ということだ。

 付き合い始めたばかりのようにぎこちない二人の間に、流れる微風が心地よい。

 

(まるで世界が私たちのことを祝福してくれているようではないか……って私は何を考えているのだ!?)

 

 ついついどこぞの恋歌の一節みたいなことを思い浮かべてしまった愛紗は、もともと上気していた顔をさらに赤くさせるのだった。

 


 
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