No.276558

冬と共に来たりて

銀魂の土銀+沖銀。
BLありで15禁。

2011-08-17 17:56:08 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:1230   閲覧ユーザー数:1229

高校の門をくぐると、空からひとひら、白い花弁のように雪が舞い降りて総悟の手のひらに消えた。

「寒いと思ったら・・・。」

けれども、11月に雪が降るのは珍しい。

「あの人が帰ってきたんですかねぃ」

総悟の脳裏に、銀色の髪と赤い瞳の、白い影が揺らめいた。

 

 

マンションに帰宅して、金属的なきしみと共に玄関を閉めると、奥から黒い人影が現れて総悟を一睨みした。

「遅かったな。何かあったら連絡しろと言っておいただろ」

「帰り道でチャイナに会ったもんでね。従兄弟の銀時さんが帰ってきたって」

黒い影が一瞬揺らいだように思ったのは気のせいか。

「早く風呂に入ってこい。飯にするぞ」

無愛想な物言いと共に、印象的な瞳が、蒼い光跡と共に総悟の上を撫でて行った。

冬になって、銀時が帰ってくると、決まって顔を合わせるたびに喧嘩する兄の十四郎。

去年まで総悟は、二人は敬遠の仲なのだと思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

春の訪れと共に、銀時はいつも外国に行ってしまう。

登山にあけくれてなかなか日本には帰ってこないのだ。

強靭でしなやかなのに、どこか儚げで雪の精の様に美しい男だった。

冬季の登頂を避けて、冬の間だけ従姉妹の家に逗留する。

総悟は、チャイナとは幼馴染だった。

彼女の家に押しかけては、炬燵にあたってみかんを剥いて、銀時を交えてトランプしたり、ゲームしたり、本をめくったりと、毎年決まリきった冬を過ごしていた。

 

 

チャイナと、銀時を空港まで見送りに行った時のことだ。

「銀時さん、次帰ってくるのはいつごろですか」

「そうだねぇ、また冬がやってきたら」

「銀ちゃん、いつまでこっちに帰ってくるネ。銀ちゃんは、いつか、ずっと外国に行きっぱなしになって、帰ってこなくならないアルか?」

「おいチャイナ、オメーはいつも銀時さんを待ってるじゃねぇか。なんでそんなこと・・・」

「銀ちゃんは、育ててくれた松陽さんをさがして雪山を登ってるネ。有名な探検家だったんだけど、冬山で遭難して以来、帰ってこないアル」

総悟が思わず銀時の瞳をのぞく。

その色に、思わず彼はたじろいだ。

その瞳は、淋しい冬の色をしていた。

いつも飄々と脱力したようにチャイナと笑い合っているのに、本当のこの人はこんな色だった。

誰か、この瞳に色をつけることのできるやつがいるだろうか。

・・・出来ることなら自分がなりたい、と総悟は思った。

 

 

ふと、すすめようと思っていた本を渡しそびれたことに気づいて、総悟は後を追った。

彼の後ろ姿を認めると、その先の壁に見なれた黒い姿がもたれかかっているのに気づいた。

銀時の後ろ姿が、十四郎を認めて足を止める。

まだケンカしたりないのかと、思わず仲裁に駆け寄ろうと一歩踏み出したとき、白い姿と黒い姿が歩み寄り、途切れた人混みの合間に、重なり合うのが見えた。

信じられなかった。

時間にしたらほんの一瞬。

ゆっくりと身を離すと、、銀時は振り返らずに歩み去った。

後に残る黒い影が、広い背中をさらして、じっとその姿を見送っていた。

それは今まで見たことのない、やるせなさに寄る辺なき兄の背中だった。

 

 

家に帰るといつも通りの兄の姿があって、いつも通りの日常があった。

まるで、あんなことがあったのは夢であるかのように。

でも常に、総悟の脳裏には兄のあの背中が消えずに残っていた。

 

 

冬は度々、チャイナの家に入り浸って、銀時と楽しく過ごしていると、つい時間の経つのを忘れ、十四郎が迎えに来ることがあった。

「すまんが、うちの総悟をあんまり引き留めないでもらえるかね」

最初っからケンカ腰の彼に、銀時も売り言葉に買い言葉、いつも二人の喧嘩を止める形で総悟は帰路に就く。

それでいて、今思えば、十四郎がチャイナの家に行くな、と彼を止めたことはなかった。

俺の知らないところで二人は会ってたのだろうか。

空港で重なり合う二人。

そこだけ時間の止まったように、ふれあう二人の唇。

白と黒の対極にありながら、それは刹那に美しく、総悟でさえ胸打たれた。

雪のように儚げな白い横顔。

黒耀の瞳を見つめる紅の瞳。

そっと唇を寄せる、兄の整った横顔。

揺れる黒髪。

あの記憶が、総悟の心をつかんで離さなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「総悟、今日は取材で銀時にうちに来てもらうことになってる」

十四郎も実は登山家で、登っていないときは雑誌に記事を書いたり本を執筆したりして生計を立てている。

秀麗な容姿と登山歴に裏打ちされて、生活に苦労することはない。

彼が生計をたてられるようになってすぐ、両親が事故で死んだ。

今は彼が総悟の保護者として面倒を見ている形だ。

「今回マ/ッ/キ/ン/リ/ーの特集を組むことになってな、彼のライフワークだから」

銀時の育て親の松陽の遭難した山は、冬季のマ/ッ/キ/ン/リ/ーなのだ。

ふと気づいて総悟は尋ねた。

「兄貴も銀時さんとマ/ッ/キ/ン/リ/ーに登りたくはないですかぃ?」

デスクの資料に視線を注ぐ兄は、しばしの沈黙ののちに口を開いた。

「いつかはな」

 

 

「じゃ、俺は外に出てますから、ごゆっくり」

ケンカする二人を尻目にドアを閉める。

総悟はチャイナの家に行くのを口実に、二人を置き去りにした。

でも、本当は出かける気など露ほどもなかった。

この一年、気がかりだったこのことを確かめずにはおかれなかった。

玄関を閉めて外出したふりをすると、こっそり居間のドアの外で二人の様子を窺う。

しばらく口げんかをしていた二人だが、ようやく、話がマ/ッ/キ/ン/リ/ーのことに及んだようだった。

「どうだ、首尾は」

「よくないよ。やはり、最後の飛行機からの目撃情報はガセだと思う。状況が、先生はまだそこまでたどり着いてないことを示してる。多分、そこに至るまでのどこかのクレパスに落ち込んだんだろう・・・」

「クレパスをしらみつぶしにしてるのか?」

「いくつか降りてみた。底が計り知れなくてまったくたどりつけないがね」

しばしの沈黙の後、悲痛な兄の声が聞こえた。

「おまえ・・・。いつか死ぬぞ。先生と同じく単独だろう。その上そんな危ない真似まで・・・。あと二年、どうにかこっちで過ごしてくれないか。

あと二年したら総悟が高校を出る。

大学にしろ専門にしろ、その年になったら俺もあいつを一人に出来る・・・」

ドアの外で、総悟は凍りついた。

「俺がこっちで、どんな思いでおまえの帰りを待ってると思ってるんだ・・・」

ソファのきしむ音がした。

血の気の引いた手で、総悟はドアをそっと押して隙間を作った。

兄の、顔を覆った長い指の間から震えが零れていた。

向い側のソファにいたはずの銀時は、白い手を十四郎の手に重ねて、駄々っ子に言い聞かせるように優しく語りかける。

「すまねぇ、十四郎。こればかりは譲れねェ。

どうか松陽先生を探すのは許してくれよ・・・。

俺は松陽先生に大恩がある。

あの人に拾われなかったら、俺はどこで野たれ死んでたかわからねぇ。

今も雪の中で、だれにも見つからないでいるのかと思うと、居てもたってもいられねえんだよ・・・。

大丈夫だ、夏山なら、クレパスの隠れてることはねーし、足場も悪くねェ。単独ばかりでなくて、時には高杉や桂とも一緒に登ってるんだよ。

坂本だって資金提供は惜しみなくしてくれる。

なぁ、おまえは、きちんと総悟を一人前にしてやることに専念しろよ。

あの子はいい子だ。いつか、俺たちのことをきちんと話してわかってもらおうぜ。

そしたら・・・。

そしたら一緒に・・・」

銀時が兄の手をとり顔を覗くと、十四郎は疲れたような、あきらめたようなそんな顔で彼を見つめ返した。

総悟が一度も見たことのない兄がそこにいた。

いつも強靭で人に弱みを見せたことのない彼。

そんな彼が、まるで幼子のように銀時を見上げる。

そして、普段は飄々としてやはり弱みは見せない銀時なのに、美貌の兄の訴えるような視線に、その瞳に色をのせて見つめ返していた。

彼らの本当の姿がここだけにある。

 

 

銀時が唇を寄せて、濡れた十四郎のほほに口づけた。

そのまま、十四郎の薄い唇に、やわらかそうな唇を重ねる。

啄ばむような口づけ。

しばらくして、十四郎が悩ましげな吐息を洩らすと、銀時を抱き返してソファに組み敷いた。

「冬の間、存分に愛してくれよ。

夏の間の勇気をくれよ。

俺に生きてく勇気をくれよ・・・」

見上げた銀時がささやけば

「刻み込んでやるよ、俺がどんなにお前を愛してるか。

夏の間、どんなに苦しい想いをしてるか、思い知らせてやる」

地を這うような声で、十四郎が唸り返した。

総悟は、目前でお互いを確かめ合う二人に、神聖な儀式を見るような感動をおぼえていた。

言葉と裏腹に、あくまで優しく、壊れ物を扱うように銀時を抱く兄。

お互いにしか見せない顔で。

肉越しに魂を確かめ合うような。

子供の蛹を脱ぐように。

総悟は自らの未熟さを自覚した。

 

 

夜、寝る前に総悟は十四郎の部屋に入った。

「取材はうまくいったんですかぃ?」

「まぁな。

おまえは明日、剣道の試合だろ。早く寝ろ。

俺はOBで審判やるからな。」

「はいはい」

部屋を出かけながら

「なぁ、兄貴、俺を邪魔だと思ったことはねーかい?」

資料を見つめる十四郎の視線がまっすぐ総悟に向けられた。

「頭沸いたか?バカなこと言ってねーで早く寝ろ」

「へいへい」

後ろ手に扉を閉めながら、総悟の涙腺が緩むのを感じた。

 

 

 

 

 

屋上を、木枯らしが吹き抜けて総悟の前髪を揺らした。

フェンス越しに校庭を見下ろして焼きそばパンに齧りつくと、後ろからチャイナがやってきて焼きそばパンを奪ってパクついた。

「おいおい」

「後で銀ちゃん特製弁当、分けてやるネ。早弁するときは声かけろョ」

二人の間を木枯らしが吹きぬける。

「なぁ、もしかしてお前、銀時さんとうちの兄貴のこと知ってるか?」

チャイナの煌めく瞳が総悟を見やって、興味なさそうに校庭を見下ろした。

「おまえ、今頃気づいたアルか?鈍いあるナー」

総悟はため息をついて呟いた。

「たまんねーなぁ、おれだけ、かよ」

「二人に愛されてるからだろが。このガキ」

「うるせーよ。・・・ったく。自分がガキなのはよくわかってらぁ」

総悟の両親が死んだのと、銀時の育て親の遭難した時期は近い。

喧嘩しながらも、お互い登山家で、どこか似通ったところのある二人は、いつしかお互いが欠くべからざる存在になっていたのだろう。

兄がどんな覚悟で自分の面倒を見てくれているのか。

銀時がどんな覚悟で山へ向かうのか。

お互いがお互いの大事なものをしっかり抱きしめながら、前を向いて戦うべきものと戦っている。

焼きそばパンをぱくつくチャイナの唇を見つめて、総悟は覚悟した。

 

「あのな。俺たち、ちょっと付き合ってみませんか」

最初のひとひらが、ふわりと二人の間に舞い落ちて行く。

焼きそばパンを平らげて、オレンジ色のすんだ瞳に総悟が映りこんだ。

雪が、ちらほらと、ワルツを踊り始めた。

 

 

 

 

 

2011.8.12

 


 
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