No.271899

一見にしかず

姫街道さん

 前回投稿の「やわらかい膝another」の後日談、つまりは続きです。
季節外れの内容ですが、気にしてはいけません。

2011-08-13 10:51:06 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:533   閲覧ユーザー数:515

 

 

 

 

『女より劣った男はいない』

 

 これは、外の世界の本に掲載されていた格言のひとつである。

 外の世界でも特に父性社会が根強い地域の言葉のようだ。

 

 結界で分断される以前、この国でも男性を女性より尊重する風潮が存在していた。

 しかし、この言葉が格言になる程の男尊女卑ではなかった。

 この言葉がごく一部の地域で使用されているものだと、この本は述べているが、

実際、今の外の世界では男性と女性、どちらの方が立場が上なのだろうか。

 これに関して、山の巫女に聞くという方法がある。

 しかし、彼女が正確な情報を持っているとは言い難い。

 つまり、正確な答えを知る術がない以上、本などの情報から考察するしかないようだ。

 

 しかし、考えるまでもなく断言できることがひとつある。 

 それはこの格言が、今の幻想郷ではまず馴染まないということだ。

 紅魔館の主に、九代目阿礼乙女、それに境界の管理者……。

 幻想郷の実力者である彼女達にこの格言を教えたら、いったいどんな反応をするのだろうか。

 まずは、そろそろこの店にやってくるはずの人物に聞いてみるとしよう。

 

 

 

 *

 

 

 

――カランカラン

 

 

「こんにちは」

「いらっしゃい、待っていたよ」

 

 

 入口のカウベルを鳴らしたのは幻想郷の実力者の一人、地霊殿の主である人物だ。

 ちなみに今日の彼女は商売上の客ではない。

 

 

「外の世界の格言ねぇ……。

 とりあえず、あの吸血鬼には言わない方がいいと思うわ。

 冗談と受け取らないだろうし」

「それに関しては僕も同意見だ。

 ちなみに……君にこれを伝えた場合どうなるんだ?」

「森近さん、私の怖さを味わってみたいの?」

「冗談として、受け取っておくよ。

 とりあえずお茶を用意するから、好きなところで寛いでいてくれ」

 

 

 僕はお茶を用意するために厨へ向かう。

 普段はストーブの上に薬缶を置いているので、別段お湯の用意をする必要はないのだが、

今日はいつもより暖かく、ストーブを使うまでには至らなかった。

 立春から一ヶ月余り、そろそろ本格的な春を迎える頃だ。

 冬の間活躍してくれた彼には、寒の戻りまで休憩してもらうことになるだろう。

 まあ、彼の出番があったとしても、今日は厨でお茶の準備をするつもりだったが。

 

 火炉が水を熱湯に変える間に、前もって用意していたお茶請けを棚から取り出す。

 今日さとりを店に招待したのは、以前御馳走になった地底の酒のお礼をするため。

 所謂バレンタインデーのお返しをするためである。

 

 

 

 

  

「ここに来る途中、森の方から変な声が聞こえてきたのよ」

「変な声?」

「雄叫びのような、悲鳴のような……とにかく変な声だったわ」

 

 

 雑談を交えながら、紅茶とお茶請けをさとりに振る舞う。

 どちらも少々値の張る高級品だ。

 

 山の巫女の話では、バレンタインデーに物を贈られた場合、

その一ヶ月後の三月十四日(つまり今日)に、何かお返しを贈らなくてはならないようだ。

 ちなみにお返しには、贈られた物の三倍の品を用意する必要があり、それを怠ると大変な災いが我が身に降りかかるらしい。

 真偽のほどは定かでないが、山の神社には祟り神がいるので油断してはいけないだろう。

 愛の告白をする行事が一転、相手を呪う行為のように思えて仕方ない。

 

 

「三倍返してくれなくても、私は呪ったりしないわよ。

 貴方からおもてなしを受けたというだけでも、十分価値があるわ」

「それは誉め言葉なのかい?」

「さて、どうかしらね」

 

 

 ティーカップを片手にさとりは此方に笑顔を向けた。

 彼女はこれで十分だと言っているが、これだけでは地底の酒の三倍とは言い難い。

 しかも、あの時は酔った僕の介抱までさせたのだ。

 その分上乗せしてお礼をしなくては此方の気が済まない。

 なので今回は、紅茶とお茶請けのクッキー以外にもちゃんと用意をしているのだ。

 

 

「特別に何か用意してくれているみたいだけど、魔理沙にはお返しをしてあげたの?」

「一応、お返しはしたよ。

 何故か機嫌を損ねてしまったが……気にしなくてもいいだろう。

 まあとにかく、今日君を呼び出した理由はこれだ」

 

 

 僕はテーブルの上に用意していたプレゼントを置く。

 

 

「大きな箱ね……何が入ってるのかしら」

「心を読めば見なくても判るだろう?」

「せっかくのプレゼントだもの。

 そんな無粋なことをしたくないわ」

 

 

 本当に心を読んでいないのか、それとも全て知った上でしらをきっているのか……。

 どちらにしろ渡すことには変わりがないので、考える必要はないだろう。

 

 

「……開けてもいい?」

「どうぞ」

 

 

 さとりが箱を開けて中身を取り出すと、それを頭より高い位置に持ち上げた。

 彼女のとなりに淡い水色の布が広がる。

 

 

「素敵なドレスね……」

「気に入ってもらえたかな」

「ええ、とっても」

「それは良かった」

 

 

 ちなみにそのドレスは外の世界の服を参考に製作したもので、我ながら自信作である。

 ロリータファッションという系統の服装に、僕なりのアレンジを加えたものだ。

 製作期間は短かったが、装飾に手を抜いた部分はない。

 これならば間違いなく、三倍以上のお返しになっているだろう。

 幻想郷の男もやればできるのだ。

 外の格言ではないが、幻想郷の男だって女性に負けてはいられない。

 

 

「どことなくお燐の服装に似ているわね……」 

 

 

 フリルのひとつひとつを確かめるようにドレスを眺めるさとり。

 僕の頭の中のドレスと実物のドレス、その差異を確かめているのかもしれない。

 

 さとりが僕の心を読み、どんなドレスを贈られるかを知ったとしても、それは伝聞であり、想像の域を超えることはない。

 それに伝聞では、相手の主観が強く影響するので正確な情報とも言えない。

 要するに、『百聞は一見にしかず』といったところだ。

 

 

「サイズに関して少し不安があるが、おそらく大丈夫だろう」

「気になるなら最初から私にサイズを聞けばいいのに。

 そうしたら先日、私の身体のラインを想像する必要もなかったでしょ?」

「……気付かれていたか」

 

 

 さとりの言う先日とは二週間ほど前、彼女がこの店に買い物に来た時である。

 ドレスを贈ることに決めたのはその時で、サイズを聞くのは無粋だと思い、目算で測っていたのだ。

 なるべく気付かれないように、彼女が商品を選んでいる時に注視したはずなのだが……、どうやら考えが甘かったらしい。

 

 

「私の身体の事ばかり考えるんだもの。

 貴方がそういう趣味の持ち主かと疑ったわよ」

「あらぬ誤解を受けていたようだね。

 とりあえず、そのドレスで誤解は解けたはずだ」

「さて、どうかしらね」

 

 

 にやりと此方に笑顔を投げつけるさとり。

 決してやましいことを考えているわけではないが、なぜか彼女の視線が痛い。

 

 

「ふふふ、冗談よ。でも無闇に女性の体型を想像するのは感心しないわ」

「肝に銘じておくよ」

 

 

 そう言って苦笑を向けると、さとりは目を細めた。

 

 

「判ればよろしい。それはそうとこれ、着てもいいかしら?」

「此処でかい? 別に構わないが……サイズに関して気になるのかい?」

 

 

 僕の想像した彼女の体型に間違いがあるのだろうか。

 

 

「だから……私の身体のラインを想像するのは止めてもらえないかしら?」

「あ……、すまない」

「悔しいけど、貴方が今想像したものとぴったり同じ体型よ。

 そういう意味じゃなくて、貴方さっき『百聞は一見にしかず』って言ってたでしょ?」

「口に出してはいないがね」

「私には聞こえたからいいのよ。それで、貴方に実物を見せようと思って」

 

 

 実際にドレスを着た姿を見せてくれるらしい。

 さとりの体型が想像通りならば、このドレスを着ている姿も想像しやすい。

 しかし、それは想像の域を決して超えないのも事実だ。

 

 

「また想像してる……。まあいいわ。その想像と違う何かを見せてあげるわね」 

「期待させてもらうよ。奥の部屋に姿見があるから、そこで着替えるといい」

「わかったわ」

 

 

 立ち上がったさとりは、水色のドレスとピンクのスカートをふわりと一回転させる。

 

 

「だけど、『一見にしかず』だからって覗いちゃ駄目よ」

 

 

 そう一言残して、さとりは奥の部屋へ消えていった。

 

 

 

 *

 

 

 

 ぬるくなった紅茶を一口啜り、読みかけの本を開く。

 

 こういった待ち時間には読書が最適だ。

 女性は衣装を着替えるのに、かなりの時間を必要とする。

 その上初めて袖を通す服、いつも以上に時間が掛かるだろう。

 

『あなたには名誉を。私には利益を』

 

 これも本に掲載されている格言のひとつだ。

 名誉は金にならない……という意味なのだろうか。

 

 

「名誉が利益を生むことだってあるわよ」

「着替え終わったのかい?」

「ええ」

 

 

 本から顔を上げた瞬間、ドレス姿の少女に心を奪われる。

 

 

「どう? 貴方の想像と違うかしら?」

「……ああ、とっても似合っているよ。まさに『一見にしかず』と言ったところだ」

 

 

 想像と違うというより、想像を遥かに上回っている。

 淡い水色のドレスに身を包んださとりは、洗練された美しさを醸し出していた。

 程良く露出した肩口は、落ち着いた大人の色気を感じさせる程である。

 

 

「ホントにサイズがぴったりだから驚いたわよ。

 それにしても、この露出は貴方の趣味なのかしら?」

「たしかに肩の露出は僕が考えたものだが、特に他意はない」

「そんなこと言って……、私の肌が見たかったんじゃないの?」

「まさか。そんな下心は無いさ」

「そう言ってる割には、貴方の視線が鎖骨辺りに刺さるんだけど」

「……すまない」

 

 

 いつの間にか見惚れていたようだ。

 慌てて視線を逸らしたが、普段目にすることのないさとりの艶やかな部分が、目の奥に焼き付いて離れようとしない。

 

 

「ねえ」

 

 

 逸らした視線の先に、にやにやした顔が割り込んできた。

 

 

「そうやって記憶を再生するくらいなら、目の前の実物を見たら?」

「……僕をからかって楽しいかい?」

「ええ、とっても」

 

 

 どう取り繕おうとも、彼女の前では意味を成さない。

 それどころか、どうにか誤魔化そうという考えすら筒抜けなのだ。

 恥ずかしいことこの上ない。

 

 

「そう思うなら正直に言ってみなさいよ」    

「やれやれ……。さとり、とっても綺麗だよ」

「うふふ、ありがと」

 

 

 心を読むことができる彼女にとって、この行為は無意味だと思ったが、どうやらその考えは違っていたらしい。

 一般的な声と心の声では、聞こえ方が異なるのだろう。

 気持ちを言葉で伝えた後の彼女の笑顔を見る限り、自ずとそう思えた。

 

 

「正直に言ってくれたから、好きなだけ見ていいわよ」

「そう言われてもね……って、おい」

「こうしたら私の視線を気にせず好きなだけ見られるでしょ?」

「確かにそうだが……」

 

 

 さとりが今座っているのは僕の膝の間。

 確かに視線は合わないが、そういう問題ではない。

 

 

「大丈夫よ。しばらく聞き流してあげるから」

「どういう意味だい?」

「……」

 

 

 こちらの問い掛けにさとりは答えようとしない。

 おそらく、僕が何を見てどう感じようが聞き流すつもりなのだろう。

 しかし、この状態では彼女のドレス姿を見ることはできない。 

 見えるのは少し癖のある髪と白い背中、それと小さな肩くらいだ。

 

 ……。

 

 それにしても綺麗な背中だ。

 実に肌理の細かい肌をしている。

 僕の想像通りの体型と言っていたが、肌の質感に関しては想像との差がかなりありそうだ。  

 きっと想定した以上にやわら――

 

 あらぬ方向に進み出す思考を振り払うべく、僕は視線を逸らす。

 いくら聞き流すと言ったところで、さとりが心の声を聞いていることに変わりはないのだ。

 

 依然、黙ったままのさとり。

 此方からは彼女の表情を窺えないが、紫の癖毛の向こうには、にやついた顔があるに違いない。

 

 

「もう十分だから、離れてくれないか」

「……」

 

 

 ……とにかく、これ以上さとりに翻弄されてしまわないよう何か別のことを考えてみよう。

 そう思いながらも、浮かんでくるのは先程まで見ていたさとりの小さな背中……。

 

 

「……やれやれ」

 

 

 どうやら完全に弄ばれているらしい。

 とりあえず僕には、この無言のさとり妖怪が満足するまで待つしかないようだ。

 

 

 

 

 

 オワリ

 オマケ

 

 

 

 

 

「香霖! 今日が何の日か知ってるよな!?」

「勿論知っているさ」

「だったらさっさと寄越せ。三倍以上じゃないと呪うぜ?」

「お返しを貰いに来たというより、脅迫しに来たような言い草だな。

 まあ、持ってくるからそこで待っててくれ」

「ちゃんと三倍以上なんだろうな?」

「僕も呪われたくないからね。

 君がくれた『義理チョコ』の三倍以上の価値はあるはずだよ」

 

 

 

 *

 

 

 

「……なんだこれは!?」

「何って、僕が仕立てたドレスさ。

 中々の自信作だ。これなら三倍以上の価値があるだろう?」

「……こんなピンクのふわふわのフリフリが着られるかっ!」

「昔はこういう服をよく着てただろう。

 可愛らしくて凄く似合っていたんだけどな」

「あ、あれは着させられてたんだよ!

 今は……絶対似合わないぜ」

「そんなことないさ。魔理沙なら今でも似合うと確信している。

 折角だから、そのドレス姿を見せてくれよ。

 そこの奥に姿見があるから、そこで――」

「こんなの……」

「ん?どうした魔理――」

「着られるかぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 

 その後、霖之助特製ふわふわフリフリドレスを自宅に持ち帰った魔理沙。

 彼女がこっそりドレスの試着をし、姿見の前で悶絶したのは、さとりが香霖堂を訪れる少し前のことだった。

 

 

 

 

 

 
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