No.262864

【epistula】02

水桜月さん

01(http://www.tinami.com/view/261150 )の続きです。台詞多いです。[挿絵:ミネ]

2011-08-07 00:15:01 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:493   閲覧ユーザー数:485

 感謝します

 

 感謝します

 

 この素晴らしい命を 私に与えて下さった あなたに

 

 この素晴らしい時間を 私に与えて下さった あなたに

 

 感謝します

 

 感謝します

 

 

 

 

 

 ――――ラ・ファエルがこの世を去ったのは、つい先日のことだ。

 あと五十年は生きると言っていた男が生きた残りの時間は、三年にも満たない。

 何の前触れもなかった。突然、襲いかかった胸の痛みにラ・ファエルは倒れ、帰らぬ人となった。

 

「毒虫らしいよ。この大陸には、いないような虫なんだって」

「そうか」

「いま、風鳴(かざなり)様が調べてくれてる」

「うん」

「煌」

「なんだ」

「泣いた?」

「少しだけ」

「……そっか」

 

 傍らの幼馴染と、丘の上に立つ。

 街を一望できる丘の風は、二人の髪を撫で通り過ぎた。

 

「手紙がね、見つからないんだ」

「手紙?」

「あの人が、家のどこかに残してるはずなんだけど」

「……ああ。物を隠したりするの、好きだったもんな」

「そうそう。宝探しだよーとか言って」

「でも、いつもあっさり見つかったろ」

「だから不思議でさ。読めって言ってたくせに、念入りに隠したみたいで」

「俺も一緒に探そうか」

「うん。そうしてくれると助かる」

「お前ってさ」

「ん?」

「約束は、守るほうだよな」

「約束は、守るものだろ?」

「まぁ、そうなんだけど」

「いつも、あの人が言ってたんだよね」

「? なんて」

「約束は守れって。出来る限り」

「出来る限り」

「そう」

「……おじさんらしいな」

「あ、おじさんって言った。ラーって呼んでって言われてたじゃん」

「……。ほんと、変わったひとだった」

 

 くすくすと笑って、亡き人を語る。

 

 感情がひとつくらいなくても、困ることはないな――――そんなことを思う。

 焔の欠落した感情に、哀れむ人間は多かった。

 本人にとってはどうでもよいことだったが、悲しみを知っている人間には、そうではないらしい。

 不快に思ったことはない。彼らは優しい人間だった。

 哀れむだけ哀れんで、あとは変わりなく付き合ってくれたのだから。

 付き合いが長くなればなるほど、哀れみは消えて行く。

 中には、焔の欠けた部分のことなど忘れている人間もいたくらいだ。

 

「焔、あれ」

「え?」

 

 

 いつもどおりの景色の中、ほんの少し人波が騒がしくなる。

 ざわざわと走り回る人々。そして、見えて来たもの。

 

「煙だ」

 

 墨色の大きな煙の塊が、風に揺れ広がり、空へと登って行く。

 

「火事?」

「…………」

「ねぇ、煌。あの場所って……」

「……! 焔、走れ!」

 

 声に促され、煌のあとを追う。

 街に入るとすぐに、どす黒い煙が視界を覆った。

 それを生み出しているのは、見慣れた屋敷で。

 

「なんで」

 

 焔が父親と暮らしていた場所。

 それがいま、狂ったような炎に襲われている。

 不運なことに、ここは特殊な力を持たない人間が多く暮らしている区域だ。

 すでに火消しの活動は行われていたが、炎の勢いは増すばかり。

 

「この炎、おかしい」

 

 煌が呟く。それは、焔にもわかっていた。

 炎からは、強い魔力を感じる。まだ若い二人には、対抗出来ぬ力だ。

 

「助けが来るまで、せめてこれ以上、広がらないように……――――焔!?」

 

 燃え盛るその中に、焔は飛び込もうと走り出す。

 煌は反射的に腕を掴み、制止した。

 

「死ぬぞ」

「でも、手紙が」

「死んだら読めない」

「このくらいの炎なら」

「いまの俺たちじゃ無理だ」

「…………」

「諦めろ」

 

 冷たく聞こえる言葉も、焔を思ってのことだ。

 そんなことは、わかっている。

 掴まれた腕が震えていたのは、煌の手が震えていたからだろうか。

 いまにも崩れそうな屋敷が、火の粉を散らす。

 風に乗り、近くにいた二人の肌を焦がしながら舞う。

 大人たちが下がるように叫んでいるが、燃え盛る炎の音で、声は届かなかった。

 

「約束、守れなかった。出来る限り守れって、言われてたのに」

「出来る限りならいいだろ」

「いいかな」

「いいよ。俺が許す」

「そっか。……じゃあ、いいよね」

 

 いつの間にか握り合っていた手に、力を込める。

 

「ごめん……」

 

 消え入る焔の声と共に、炎が屋敷全体を包み込む――――その時。

 

「え……」

 

 目を疑う光景が、そこにはあった。

 炎の姿も、火の粉も、確かに変わらずに目の前にある。

 だが、おかしい。

 

「何これ」

 

 景色が止まる。まるで火に包まれた屋敷を描いたかのように。

 炎の音までもが鳴り止み、ざわめく人の声ばかりが辺りに広がっている。

 

「焔の家だったの」

「こんなに近くにいては、怪我をするだろう」

 

 頭の上から聞こえた穏やかな声に、二人は慌てて振り返る。

 

影久(かげとき)様」

「帝……」

 

 

 気が付けば、民衆は膝をつき、みな頭を垂れていた。

 慌てて煌が膝をつこうと身を屈めるが、意思と反してその体は浮かび上がる。

 

「必要ないよ」

 

 軽々と持ち上げられ、もう一度、真っ直ぐに立たされる。

 癖のある柔らかな髪に隠れがちな、優しい瞳が微笑んだ。

 

「君たちも」

 

 影久の声に従い、膝をついていた民が静寂を守りながら立ち上がる。

 

「さて、黒曜。抜け出してきたんだし、はやく戻らないと」

「わかっている。……俺の土地で、ふざけた真似をしてくれたものだ」

 

 真っ直ぐに伸ばした腕を、水平に走らせる。

 空気が揺れた。焔も煌も、止まっていた景色が動き出したのだと思った。

 

「炎が……」

「消えた」

 

 確かに、屋敷の時間は動き出した。

 しかしその景色の中に、炎の姿はない。

 目の前には焼け焦げた屋敷が、静かに佇んでいる。

 

「……帝」

「行くぞ、焔」

「え」

 

 何の説明もなく、黒曜は焔を抱えると、さっさと歩き出した。

 唖然とされるがままの焔を見送っていた煌が、ちらりと影久に視線を送る。

 

「大丈夫だよ」

 

 苦笑いながらも微笑む影久に、煌は説明を求めるべきか悩んだ。

 煌の考えていることがわかったのか、影久は手を伸ばす。

 

「煌も、おいで。素敵なものを見せてあげるよ」

 

 


 
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