No.262189

小説投稿のテスト

D1号さん

基本的に創作系のメインポジションはSS書きなモノで
本当は書き手なんですが
色々、活力が無くなって、何年も不活性状態で横滑りでした

で、ちょっとTinamiを主軸に

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2011-08-06 17:10:51 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:532   閲覧ユーザー数:526

シュバルツシルト アンダーグラウンド

 

戦場に咲く華

 

 

バーティカル星系は八強国の1つランパートに連盟する星系である。

広大な版図を有するそれぞれの八強国達は、

この様な連盟星系を個々に完全支配する事は難しく

星系内は内部自治に近い権限を与え平時を運営させ

八強国間同士での巨大対立が生じるような緊急時には

戦力としてそれぞれの勢力に

はせ参じるように個々に盟約を交わしていた。

それがこの時代、3963年代のコモンセンスといった所だった。

 

 

バーティカル星系には2つの巨大勢力が存在する。

ベルガナード連合帝国とメルセフィア大公連盟である。

この2つは元は建国皇帝ベルガナード1世が

星系を制圧した時には1大帝国であった。

しかし、長く続いた世襲制皇帝制度の間で

兄弟族に公爵領を与えるなどしていると、

中央集権を維持する事が困難となり、うやむやの間に

1大帝国から帝国と大公国に2分化したのである。

 

 

 

国家の運営とは、建国よりもむしろ継続の方に困難が生じる。

2分化された帝国でさえ、外戚や市民反動問題の繰り返しで

各恒星系で独立機運が高まり、

そのつどの外交交渉と交渉決裂の際の戦火を繰り返した。

そして、帝国本土領と連合諸国の塊という形に収束していった。

それは2分化したメルセフィア大公連盟も同様であった。

だが、この様な形態は何処の星系でも同じであったろう。

8強国ですら広大なシュバルツシルトを8つに分割し、

挙げ句に1強国内では個々の星系さえ内部自治を認めているのだ。

銀河に四散した莫大な人口は、莫大故に分裂と合併を繰り返す。

それが歴史というものだった。

 

ベルガナード帝国とメルセフィア大公国が直接対峙したのは

遙かな昔1度だけである。その戦火を後に

不可侵条約と通商軍事同盟を締結して友好関係を保っていた。

巨大勢力の対峙と戦火は夥しい犠牲を生み、

2度同じ過ちを繰り返す事は、無為な事であると悟ったのである。

 

 

だが、その混乱の中でベルガナード帝国より完全に離反し

共和政体を最高思想と仰ぐシュルツドル共和国が生まれる。

また、シュルツドル共和国は数年後には内部思想の対立から分裂し、

シュルツドル正統共和国とゲドリング民族民主主義共和国に分かれ

建国より不倶戴天の敵として戦火を繰り返していた。

他に、星系境界に位置し、隣星系シャルナルドの支援を受け

自治権を帝国より暗黙的に勝ち取ったウリーズマン自治政府。

また新興国家樹立宣言を突如出して、星系中を驚愕させた

クレア光真王教団といった勢力が生まれ、

バーティカル星系は歪んだ安定の中で時を刻んでいた。

 

 

星系において軍事的政治的最高の指導能力は

やはりベルガナード連合帝国にあり、過去の皇帝の指導によって

バーティカル星系連盟を作り、国家を越えた超法規機関として

各地で勃発する紛争に、帝国軍や大公軍を派遣して調停を行ってきた。

連盟に参加しているのは、

ベルガナード帝国、メルセフィア大公国、シュルツドル正統共和国

ゲドリング民族民主主義共和国、ウリーズマン自治政府

そして、帝国と大公国に連盟する小国家であり、

新興国家たるクレア光真王教団のみが、連盟参加を拒んでいた。

 

 

また調停も、慢性的な戦争状態にあるシュルツドルとゲドリングを軸に、

帝国と大公国連盟内で、隣接する恒星間同士の

資源や既得権益の対立で発生する紛争など様々な形で行われ、

帝国や大公国は対応にいつも困窮していた。

 

そんな訳で、星系内では暗い話も多かったが、

明るい題材も無いわけではなかった。

現ベルガナード帝国皇帝、カール・メロリング4世が

近々退位し、兼任していた連盟総議長に政務を中心的に移し

帝国内は秀才の呼び声も高い、フィール皇太子が

留学先のランパート連邦より戻って帝位を継ぐとの布告が成され、

またメルセフィア大公国も同時に

現ケネス大公が連盟副議長に就任するという人事で、

大公として長女のセフィア姫が大公位を継ぐとの広報が成された。

フィール皇太子とセフィア姫は、留学先のランパートでは恋仲との噂もあり

二人が帝位と大公位を継いだ暁には、

帝国にセフィア姫が皇后として迎えられ、

帝国と大公国が再度併合するのでは無いかと噂されている。

 

いや、そのような政略結婚を元に、連盟の能力の強化と

不安定な星系政治を安定化させて欲しいとの願いが人心の中にはあった。

当事者の思いを余所に、その様な願望を押しつけるのは人民のいつもの悪癖だが

逆に言えば、それだけ新たな戦火が勃発する事を星系人は感じており

その淡い希望の願いだけが、暗雲を照らす光明に思えていたのだった。

 

 

そんな政治的背景の下で、メルセフィア大公国軍はバーティカル星系連盟の

要請によりメルセフィア大公連盟内の2国家、

シュザンとカーマスの間で起きている資源紛争の調停任務を受ける。

メルセフィア大公国軍部は、自国内問題という事もあり、

この要請に対し、緊急に調停任務を受ける事となった。

そして数日後、調停任務への人事に、

メルセフィア大公軍最高司令官バルダッシュ・ロックフォード元帥は、

先日、少将へと任官したばかりの

孫娘、エスカ・ロックフォード少将を指名した。

 

この任務は、後年、戦場の赤い華との異名で内外より恐れられる

エスカ・ロックフォードの初めての艦隊指揮作戦であった。

 

 

 

「ロックフォード少将……カーマイント宙域の資源紛争……

 連盟の調停宇宙軍としてメルセフィア大公国第17艦隊の指揮を命ずる……

 他に、何か質問や要望が在れば聞こう……」

命令書を手に、参謀長のトゥルード中将がそう言った。

場所はメルセフィア大公国主星メルフリードの衛星軌道上に位置する

メルセフィア宇宙軍大本営、ガンダルバ宇宙軍港兼最終防衛要塞。

その最高司令部がある宇宙情報センターの大広間でであった。

目の前には2名、祖父であるロックフォード元帥と

その懐刀といわれるトゥルード中将が居る。

その周囲には周りを見下ろせる形で、

円状に宇宙情報管制のスタッフ達が声を張り上げて交信を繰り返し、

広大なメルセフィアの宇宙に飛び交う、様々な軍事情報を収集しては

最高司令部に報告しているのであった。

その数だけで、ゆうに1000名の人員が居るだろうか……

中空にはホログラフィーで多くの掲示情報が表示され

優先度番号が入れ替わり立ち替わりで判定議論にかけられ、

情報のデーターベース化が成されていく。

コンピューターが主作業を行っているというのに、

まだ1000人以上の人的資源を必要とする、この現実。

それほど、宇宙規模に広がった人類を統制することは難しい事だった。

「中将、当然質問は在ります。よろしいですか?」

人の熱気で溢れかえる中、また、最高司令官と参謀を前にして

しかし彼女の語気は荒々しさを失わなかった。

「いいとも……少将……、是非聞きたいね……」

中将は少し悪戯っぽい笑みを浮かべてエスカを見返す。

 

 

 

そんな参謀長の仕草にエスカは僅かな嫌悪感を抱き、

咳払いを一つすると、憤りを隠せないまま口を開いた。

「カーマイント宙域で紛争を行っている、シュザンとカーマスの軍は

 両方1個艦隊と換算できる規模です。

 それに対して、私に与えられる新規の第17艦隊は半個艦隊しか在りません…。

 調停は連盟の大使が交渉を行うわけで、

 その交渉が成立するかどうかは、我が軍の努力ではどうにもなりません。

 最悪、調停交渉が決裂した場合、

 我が艦隊は約4倍もの艦隊を相手にしなければならない可能性が生まれますが

 こんな任務を正気で大本営は命令するのですか?」

エスカは自分の置かれた立場と状況を整理し、憤りをかみ殺して申告した。

少将昇進の後に、いきなり大作戦を当てるほど

メルセフィアの宇宙軍は気前よくないだろう、次の作戦も出世も当分先の事だ

と高をくくっていたエスカだけに

この辞令は青天の霹靂とも言うべきものであった。

トゥルード中将はそんなエスカの申告やその裏の心理的同様を僅かに鼻で笑った。

「そうだ……最悪の場合、半個艦隊で4倍の敵を殲滅して貰う」

中将は冷たくそう言う。

エスカは中将の冷徹な言葉に反発せずにはいられなかった。

「先日、少将に任官したばかりの小官に対して、

 閣下はいきなり死ねと命令しておられるのですか?」

エスカは歯に衣着せぬ言葉で、中将に言い返す。

中将はそれを聞いて肩を上げて笑うしかない。

「ふむ……では、貴官なら、どの様な作戦が最適だと思うかね?」

中将はエスカの無礼な発言に逆に興味を沸かせ、

その様な質問を会話の中に投げてみる。

 

 

 

参謀長は何時もいけ好かない人間だと思っていたが、今日はより露骨だった。

エスカは中将の挑発的な言葉に眉をひそめ、一瞬、彼をにらみ返す。

「小官なら……、

 2~4個艦隊を動員して、絶対兵力差を前に調停交渉を有利にさせます。

 相手の主力艦は、オデュッセウス級駆逐艦、ログレ級巡洋艦……

 我が軍の主力艦はバンフリート級重巡とグルナップ級戦艦です

 艦隊の能力差を2倍と見積もれば、4倍から8倍の戦力差が生じます。

 圧倒的多数による少数の攻撃は戦術の基礎中の基礎です。

 半個艦隊で数的に4倍、戦闘能力的に2倍の艦隊を討伐など、

 正気の沙汰に思えません………」

エスカは、基本に忠実な艦隊運用の意見を述べ、作戦案を具申する。

だが、中将はその作戦案を耳にして力無く笑った。

「貴官の作戦案は、実に教本に乗っ取った満点の解答だ……

 私が、昔の佐官学校時代の校長の時の立場だったら、

 あの頃の様に、君に花丸を上げている所だ。

 だが、現実は違う……。教本には乗っていない作戦を要求される……

 この人事を恨むのならば、むしろ、貴官のお父上を恨みたまえ………」

「………父を?」

エスカは意外な中将の言葉にまた顔色を変えた。

中将は、その事を脳裏に過ぎらせて不機嫌な顔に成るしかなかった。

 

 

 

「環境福祉厚生大臣のお父上は、宇宙軍艦隊の増強予算を

 強引に半減されてしまった………、壊れた各惑星の環境保全と

 人民の福祉施設にその予算を充てるそうだ……。

 確かに政治家としては人心の安定を図るために理にかなった政策だが

 その分のしわ寄せが軍部に回る………

 軍は、この予算案のおかげで、1人が何倍も働かなければ成らなくなった…

 回せる余裕のある軍隊は、貴官に与える半個艦隊のみだ……

 これは現実であり、更には決定事項なのだよ……少将………」

中将は違う意味で、面白く無さそうにそれを笑いながら

指令書をエスカに向かって軽く投げる。

エスカは、物凄い形相で中将を睨む。

「それでは、閣下は小官にやはり死んでこいと命令されているのですね?」

エスカは小さな声で言い返した。

その言葉を受けて、トゥルード中将の目が鋭く光る。

「違うな少将………、半個艦隊といえど艦隊の能力差は2倍……

 すると相手はせいぜい2倍程度の戦力差だ…………

 私は貴官に、2倍程度の戦力差なら勝ってこいと命令しているのだよっ!」

そう言って中将はそのまま背中を向けた。

中将の言葉と命令書を受け取り、その場で肩を振るわせるエスカ。

後ろで作戦を与える人間は何とでも言うことが出来るし無茶な作戦の立案も出来る。

だが、その作戦を遂行する現場の人間はどうなるというのか?

 

 

半個艦隊とはいえ、艦隊指揮を行うのだ。

多くの将兵の命を道連れにする事になる。

それを思ってエスカは作戦書類を握りしめるしかなかった。

そんなエスカの同様を背中に感じながら、

中将は溜息を付くように捕捉の言葉を贈るしかない。。

「今回の君の少将昇進の件について、

 軍内部では心良く思っていない者も多い………。

 冷静に君の戦績を整理すれば、少将への人事は正しい判断のハズだ……

 だが、周りの気持ちは違う……君の祖父……

 つまりここに居られるロックフォード元帥の七光で異例の出世をした……

 君を知らない誰もが、そう思っている………

 あの第6艦隊の天才指揮官、グニエル中将などその最たる者だ……

 自分も28歳で中将という異例の出世をしているのにな……、

 同類の存在を認知できないらしい……、いや、故意に否定しているのやもな…」

そう言って、気味悪そうに笑う中将

「同類? グニエル中将と私が同類? 

 仰っている意味が小官には理解できませんが?」

エスカは、中将の言葉にやや面食らった表情を作って言葉の意味を聞き返した。

その言葉に今度は中将の方が呆然とする。

自分の事は自分ではよく分からないと言うが、彼女もまた同じなのであろうか。

そう思って頬を引きつらせながら、口を開いた。

 

 

 

「男の醜い嫉妬心で、言いたくはない言葉だが……、

 現実を素直に認めることも、軍務の上に立つ者の責務だと私は思っている。

 つまり、君もグニエル中将も艦隊指揮の天才だ、と言うことだ………

 ボンクラな妬みだけの司令官ならいざ知らず、何年も作戦指揮をしてきた私だ

 天才を遊兵にするほど、私は作戦立案中に昼寝をしているわけではない

 天才ならば2倍の戦力差など、何とか才能で突破したまえっ!」

そう語気を荒げて、中将はエスカの質問に答え返した。

その言葉にギリッっと舌を咬むエスカ。

軍最高司令部に天才との評価を頂くことは、有り難いことだが

その反動として、圧倒的不利な作戦を渡されているのでは評価される事に意味がない。

しかし、そんなエスカに畳み掛ける様に中将は続けた。

「21歳の最年少記録の挙げ句に、女性将官の誕生だ……

 それに対する、妬み、やっかみ………

 しかし、今回の任務が遂行できれば、誰も君の能力を疑うことは出来なくなる

 そういう配慮もある………だから抜擢した……

 命令の辞令は以上だ…………拝命したまえ、少将………」

エスカはそれを聞かされて、任務を納得するしかなかった。

軍部での自分の立ち位置の不安定さは理解している。

女であるという不利は、何時でもエスカの前に立ちふさがった。

それを力で粉砕して来たものだが、やはり、いつもの様に新手の難題だ。

 

 

 

エスカは深く溜息を付くしかなかった。

「そういう事情ならば………分かりました……

 不本意ながら小官は命令を拝命致します…………」

そう言って敬礼するエスカ。

その毅然とした言葉に、中将は顔を見せないまま頬を緩めるしかなかった。

そんな時だった。

「少将………」

二人のやり取りが終わったその瞬間、初めて老元帥が口を開いた…。

あまりに突然の事に、驚いて元帥の方を向く2人。

「何でございましょうか? 閣下?」

エスカは身内である事を会話の良しとせず、他人行儀に振る舞う。

そんなエスカの態度を快く笑いながら、また元帥は口を開いた。

「君には金がかかっている………

 貴官以下、貴官の将兵の命を大事にして貰わなければ、

 軍は少ない予算をやりくりしたかいが無い………」

元帥はポツリとそう言った。

「は?」

エスカはあまりの言葉に一瞬呆然とするしかなかった。

その言葉は瞬時にエスカの頭脳を駆けめぐり、

言葉の意味を、いろいろ想像させて解釈させていく。

すると、色々な思惑が浮かび

その色々なものはエスカの中で憤怒に近い想像となった。

 

 

 

「お爺様……、ここで家族の体面を晒すのは私の誇りが良しとしませんが

 それでも、その言葉は聞き捨て成りません……

 あえて家族の立場として、ここで質問させて頂きます………

 お爺様……、まさか私の昇進に不正な資金が流動し、

 私の艦隊の成立に不正な資金が用いられたのではありますまいな?」

エスカはそう言って鬼を見るような目で老元帥を睨み刺す。

自分の昇進に血族の圧力がかかったとなれば、

正しく周りが言っているように七光りの出世である。

それはエスカの、今までの戦いの中で培った誇りを深く傷付ける事であった。

そんな激反応するエスカを見て、老提督は乾いた笑いを零すしかない。

「ふ……、そうやって気を強くさせてみせる所が可愛いわ……

 まだ、若さが残るな………ふふふ………

 少将……何時も言っていることだが、

 覇気の強さは指揮者としての絶対的資質だが、

 同時に冷静に物事を判断する能力も絶対的資質だ……

 貴官に金がかかっているというのは、在る意味で困った資金ではある……

 が、それが貴官の戦績をレンズで拡大したものではない……

 金がかかっているというのは他でもない……君の制服の事だ……

 何せ、女性用将官服等、軍服を支給する会社でも

 デザインした事が無かったでな………

 貴官の将官服は、特注品だ……制服一つに随分金が飛んでいった……」

「なっ!!!」

エスカは全く予想外の事を知らされて思わず赤面する。

 

 

自分の将官服を見て、男性用と若干デザインを異にする事に

ようやくその意味を理解した。

その様子を見て元帥はニヤリと笑うしかない。

「しかし、軍服デザイナーはえらく喜んでいたそうだぞ……

 遂に、雷光のエスカが将官に昇進したと聞いてだ……

 聞く所によると、君の昔からのファンだそうだ……

 大佐服も彼が作った特注品だったしな……

 どうも、気が早く、中将用、大将用、果ては元帥用まで

 特別デザインを始めたと聞く………

 本当に気が早い……儂をもう引退させる気でいるらしい……」

そう言って老提督はクックックと笑った。

そんな小さな逸話に中将も笑いを殺しきれずに思わず声を上げてしまう。

エスカは提督達の言葉や態度に赤面するしかなかった。

「元帥……メルセフィアの大鷲と称された、

 艦隊運用の天才司令官を勇退させるほどの器量は小官には在りません。

 からかわれては困ります……」

そう言ってそっぽを向くエスカ。

「まぁそう尖るなよ少将………

 つまり、貴官は、軍関係の間では、アイドルの様な存在なのだよ……

 それを認識して貰いたいものだな………」

言って僅かにはにかむ老元帥。

 

 

 

その言葉に、キッとエスカは祖父を睨み返すしかなかった。

「小官は飾り物の人形ではありませんっ!!

 間違いなく、血の道を歩いて今の地位を築いてと自負しております…

 血なまぐさい女を偶像崇拝する等、はなはだ迷惑でありますっ!!」

そう言ってエスカは怒号を上げた。

そんな彼女の気の勢いを、しかしさらりと受け流す元帥。。

「血なまぐさいアイドルが1人くらい居ても面白かろうよ……

 何より、貴官の為に愛をもって制服を作るデザイナーが居るのだ……

 そいつの期待を裏切らないぐらいの働きを私は期待する……

 軍人としての面ではな……」

言って、元帥は葉巻を取りだして火を付けた。

「だが……私も軍内に家族の体面を持ち出すことは誇りが許るさんが

 それでもあえて、祖父と孫娘の関係を取りだしてお前に言おう……」

「………お爺さま?」

表情を崩した元帥にエスカは、僅かに惚ける。

バルダッシュ・ロックフォードはエスカ・ロックフォードを強く見つめた。

「2倍の戦力差の相手なぞ、快勝で勝ってこい………

 お前は伝統在るロックフォード家の中でも、

 幼少より飛び抜けた才能を持ち

 その上、儂が手塩にかけて育てた天才軍略家だ………

 お前の負けは、すなわち、儂の常勝神話の負けでもある……

 生きて帰れとも、死ぬなとも、下らぬ事は言わん……

 敵を撃滅して勝ってこい……以上だ………」

そう言って葉巻をふかす元帥。

その言葉を耳にして、何故かエスカは嬉しそうに微笑んだ。

「了解致しましたっ任務に着任致します。失礼致しますっ」

また敬礼をし、そのまま踵を返して、最高司令部を飛び出て行くエスカ。

二人はその楽しそうに見えた背中を見守った。

 

 

 

二人のロックフォードのやり取りを後に、深い溜息と共に口を開く中将。

「2倍の敵相手に、快勝して勝ってこい等とは……

 閣下も相変わらず無茶を言いますな………

 御自分の教育に、それほど自信が御有りで?」

中将は、言って苦そうに笑うしかなかった。

その言葉を受けて、同じように笑う元帥。

「こんな無茶苦茶な人事を作戦参謀としてまかり通してしまう様な…

 君ほどでは無いよ…………

 佐官学校でのアレの教育に、よほどの自信があるのだろう?」

元帥はそう言って煙を吐いて中将を流し見る。

そんな元帥の視線に、中将は左右に首を振るしかなかった。

「いえいえ……、グニエル中将にしても少将にしても……

 天才というのは、教えがいがありませんから………

 自信も面白味も在りません……

 私の様な常識で凝り固まった人間では、

 判断する事も出来ない作戦を平気で立案して実行します………

 まるで、若かりし頃の閣下の様にね………

 ロックフォード少将は、間違いなく閣下のお孫さんですよ……」

そう言って若かりし頃に艦隊を率いて、

多くの戦場を二人で駆けめぐったあの頃を、トゥルード中将は思いだす。

今では立場上後方勤務になってしまったが、

かつては、大鷲と呼ばれる男の傍らにいつも居、

このシュバルツシルトを跳び続けたものだった。

その鮮烈な印象が、今の若い少将からも如実に感じられる。

羨ましさと共に血は争えないものだと、中将は溜息を付くしかなかった。

「そうやっておだてても、もうそれで出世はできんぞ……中将……」

元帥は、孫娘が歴戦の作戦参謀に惚れ込まれていることに

喜びを隠すことに必死になってはいたが、

顔の綻びを隠すことにずいぶんと難儀した。

二人は見つめ合い……

そして意味もなく恥ずかしそうに笑うしかなかった。

 

 

 

 

「第17艦隊全将兵に告ぐ……これより我が艦隊は

 連盟調停軍として、カーマイント宙域に向けて発進する……

 全艦、メルセフィナ領恒星系アーガスに向けて

 パッシブジャンプ体制に入れっ!以上っ」

エスカは指揮官席に大仰に座りながら、

片手で払うような仕草をして艦隊の発進を命令した。

如何にも投げやりといった様子であったが、

戦場に着くまで気を張りつめさせても仕方がない。

それが彼女や将兵全員の肩の力を抜かせていたのだった。

その隣にすっと歩み寄るように、副官のイーネ・フォルツ少佐が現れる。

イーネ・フォルツ少佐は26歳で佐官に成ったキャリア組である。

しかし、3回前と、前回のクレア光真王教団との調停抗争で

エスカが率いた第12艦隊の1戦艦指揮や、

第12艦隊左翼部隊の副官の任に着任して以来、

エスカの補佐役として凸凹なりにウマが合うと見なされ、

今回の17艦隊編成の際に、エスカの要望も受けて抜擢された。

エスカの強行な作戦指揮に、

普通の感性の士官はいつも心をポンコツにされたものだが

柔軟な発想と意外に大きな度胸で、彼は副官の仕事を良くこなす。

エスカにしてみれば、彼はお気に入りの士官であった。

「第12艦隊の時と同様、閣下の副官に成れて嬉しく思います」

フォルツ少佐は、柔らかい微笑みを以てそう言う。

「ふん、社交辞令や美辞麗句で、私の機嫌を取ることが出来ないのは

 前から知っているだろう? 少佐……

 また、ジャジャ馬の世話かと、内心では溜息なのではないか?」

言って、エスカは意地悪そうな視線を送った。

 

 

そのエスカの視線にフォルツは左右に首を振る。

「いえいえ、閣下の副官をやっておりますと、昇進が早まります……

 実際、閣下の3回前の戦いでは、大尉から少佐へと楽に進めました…

 前回の戦いでは昇進までは及びませんでしたが、

 戦績は飛躍的に増えましたし

 今回勝てば、前回の戦績を累計して、この年で中佐は確実です。

 だから、この人事にはむしろ感謝しております……」

そう言って、微笑みを絶やさないフォルツ。

その言葉にエスカは尖った。

「私は第12艦隊で大佐に上がって、機動巡洋艦の連隊指揮を任された時には

 低脳な副官を当てられて難儀したんだ…………

 お前が佐官学校に行って、佐官カリキュラムをこなしている時にだ……

 准将の時にお前が帰ってこなければ、

 前回の、あの第12艦隊の半壊も含めて………

 状況によっては戦死………、上手く生き延びれたとしても

 少将に昇進するは1年以上伸びたかもしれん……、

 前回の戦いでは感謝はしているが…

 前々回の遅刻に対して、あの時の恨みはまだ忘れていないぞ……

 第12艦隊から、強引に要望を出して引き抜いたんだ……

 それなりの働きを期待している……」

相変わらず、荒唐無稽で不遜な物言いをしてエスカはフォルツに接する。

しかし、それが妙にフォルツには心地よく聞こえた。

 

 

少なくとも黙っていれば、飛びつきたくなる美女、

いや、まだ美少女の面影を残す女性である。

その容姿でこの毒舌を食らえば、

あまりのギャップに苦さよりも快感が生まれるというものだった。

「過分に評価して頂いて有り難く存じます、微力を尽くします……」

フォルツはそう言って、はにかんだ。

「うん……」

エスカも、彼の前ではいつもの様に我が儘が効くことを承知の上で、

堅苦しい形式など無視して会話に接した。

「それで、まず聞いておきたいのだが………

 私の乗っているこの艦……レイ……なんだったか……」

言って周囲の立体モニタパネルを探す。

それを見てフォルツはさっと、立体表示のパネルを操作し情報端末を開いた。

宙空のスクリーンに自ら乗船している艦の俯瞰図が映る。

彼女の乗っている艦は深紅にペイントされていたが、

その資料では灰色で映っていた。

「レイヴニル級高速打撃戦艦です……」

言ってフォルツは、スクリーンにその艦の詳細なスペック表示を行う。

「そうそう、それだ……、どうして私の旗艦だけ、

 新型艦1隻の支給なんだ? これは我が軍の次期主力戦艦なのだろう?」

異例の措置とはいかないまでも、

あまりに本部が編成に気の利いた事をしてくれるものだと思い

エスカはそれを訝しがった。

 

 

「まぁ……先行量産のお試し版といった所ではないですか?」

エスカの疑問にフォルツは皮肉を込めてそう返す。

その言葉を聞いてフォルツの言わんとすることを理解するエスカ。

「お試し版だと? ……と言うことは、私を当て馬に使って

 戦闘データーを次期主力艦の修正情報にしようというのか……

 技術部の奴らは、前線の人間をモルモットと勘違いしているようだな……」

事情を把握して、思わず頬杖を突いて頬を歪めるエスカ。

その仕草を見てフォルツは

まだ残る子供っぽいあどけなさに微笑むしかなかった。

しかし、副官としての仕事は黙々とこなし、上官のご機嫌取りに余念はない。

立体表示に、この艦の各部分の特徴やスペック値を表示させ、

それを見てその特徴をまとめ上げる。

「しかし、レイヴニル級は、この第17艦隊の主力戦艦グルナップ級に対して

 装甲能力こそ90%に成りましたが、リアクターやスラスターを改良して

 巡航速度や戦時回頭速度は総合で160%向上しております

 他に、主砲をバーデイン式ビーム砲から、

 フォードレル式ビーム砲に換装しておりますので、

 主砲打撃力は140%の向上………

 高速巡洋艦と同等の性能を持ちながら戦艦としての能力を維持している点では

 正しく新鋭艦と言えますが…………」

そのスペックの事ごとくを吟味して、逆に驚きを隠せないのはフォルツだった。

戦艦としては装甲が脆弱に成った事は不安要素だったが、

それにも増して、この艦に目指された高速戦艦という

デザインワークにフォルツは興味を沸かせる。

 

 

巡洋艦の船速を持つ戦艦。

それは高速戦闘という戦術を最初から基軸に設定して

十分に練り込まれた戦艦、あるいは戦術構想と言えた。

その意義については、

むしろ高速打撃戦闘を得意とするエスカの方が十分に理解できた。

だからこそ納得がいかない。エスカは苦そうに言う。

「1戦艦に、能力がいくらあっても仕方があるまい?

 戦争は数だよ、少佐…… この戦艦1隻でいくら奮戦しようとも、

 我が艦隊の主力の攻撃力は、グルナップ級に依存する事になる……

 これでは足の速さはただの飾りだ………」

言ってエスカは肩を上げた。

全艦隊運動の為に速度を他の戦艦と同じにするのなら高速艦である意味もない。

正しく、それは無用の飾りモノだった。

そうは言ったものの、エスカの頭脳の中では

それでもこの艦の運用については、既に一計を構築しつつあった。

それを実行するかどうかが、問題なのではあるが……。

「飾りでけっこうなのではありませんか?」

その時、司令官席の周囲に居た士官が立ち上がって声を上げた。

エスカはそっちの方を見つめて、そしてギョッとなった。

「ベッ、ベルモンド艦長っ!……貴官……、また私の船の艦長になったのか!?」

そこには、前々からエスカが乗艦する艦に

艦長として座っていた男が居たのだった。

 

 

エスカにそう言われて、ベルモンド艦長は愉快そうに笑い出した。

「はっはっは、私はエスカ少将に初めて仕えてから、

 生涯、閣下の元に居ることに決めておるのです……

 そして、私は生来の艦乗りです。

 だから閣下の戦艦を指揮する事しか頭にありません……」

艦長の無粋な言葉を耳にして、エスカはその目を細める。

「…………、要するに私のファンと言うことか……」

艦長の言葉をエスカは端的に要約した。

「正しく……」

艦長もその言葉に、全くの否定を見せない。

その態度を受けてエスカは、思わず深い溜息を1つ吐くしかなかった。

「お爺さまも私を軍のアイドルにしたいようだが……

 全く、迷惑な話だな……、

 実際、こんな中年の追っかけが居るのだからな……」

そう言ってエスカは髭面の艦長を指さした。

その仕草に、愉快そうに艦長の瞳が輝く。

「お嫌ですか?」

少し悪戯っぽい音を伴って、艦長はエスカに視線を返した。

その返答にエスカはまた肩を上下させるしかない。

「率直に言えば、馬鹿に付きまとわれるのは、甚だ迷惑な話だな……

 馬鹿が多いと、勝てる戦も勝てなくなる……

 だが艦長が有能なのは前から分かっている……

 私は貴官の才能だけは、愛しているよ……大尉……」

意地悪な言葉に更に意地悪な言葉で返して彼を詰るエスカ。

 

 

しかし、艦長はそんな挑発的な言葉をさらりと交わして

「その言葉は、光栄の極みですな……」

と言って、満面の笑みを浮かべた。

その返事にエスカは閉口するしかなかった。

「……大尉はマゾかね? 私は私の艦隊に変態は要らないぞ………

 ん? ちょっと待て、大尉、大尉だと!?」

そんなたわいのない会話を続けたとき、

エスカはその単語に違和感をようやく覚えた。

「閣下、どうか成されましたか?」

エスカが階級に反応したことに、今度は艦長が眉をひそめる。

「ベルモント艦長っ!

 貴官は4度も私の艦の艦長をしたではないかっ!

 何故、1階級も昇進していないのかっ!?」

エスカはその戦いを経て2度昇進をしている。

戦功によってみんなが一律昇進するわけではないが、

4度も勝って大尉のままでは、オカシイとしか言いようがない。

「ああ、昇進命令ですか? 蹴りました……

 少佐以上になると、小規模艦隊の指揮になりますから

 1戦艦の艦長をやれませんので………」

艦長はさらりとそう言う。

「は!? 昇進命令を蹴ったっ!? アホかね君はっ!!

 貴官は脳が戦争障害にでもかかっているのか!?」

呆然とする返事を受けてエスカは目を大きく見開かせるしかない。

 

 

「何を仰られます閣下……

 雷光のエスカと呼ばれる閣下の乗艦、

 『シュルトワルゼ・Ⅲ』の、その艦長をする人間が

 私以外に誰がいるというんですか?

 少佐となって閣下の側を離れるくらいなら

 このシュルトワルゼⅢと共に、何時までも閣下の側に居りましょうぞ……」

艦長は、年甲斐もなく目をキラキラさせながらそう周囲に宣言した。

その言葉に、周囲は小声で、おおおっと歓呼の音を響かせる。

「シュルトワルゼ『Ⅲ』?」

中年の恐ろしいストーキング発言に癖癖としながら、

何故かいつの間にか付いている、この艦の識別名にエスカは眉をひそめた。

「何を驚いておられます……閣下……

 当然、この艦の愛称はシュルトワルゼⅢに決まっておりましょう……

 閣下の前回の指揮官用グルナップ級戦艦を『シュルトワルゼⅡ』

 前々回の高速巡洋艦隊を指揮された指揮官用のログレ改級を

 『シュルトワルゼⅠ』とすると、この高速打撃艦こそ

 閣下の三番目の旗艦と称するに相応しいではないですか……

 それと、精神検査は極めて健康と診断されました……

 物好きのきらいはあるとは言われましたが………」

楽しそうにそう続ける艦長に、エスカはもう降参するしかなかった。

目がもう愛を語っている。気持ちよく偶像崇拝という奴だ。

「まったく……私もその医者と同感だよ……

 それにだな……シュルトワルゼは昔飼っていた私の犬の名前だ……

 最初はそれを勢いで付けただけなんだがな……」

そう言って、エスカは少佐に任官した時に

適当に付けた自分の乗艦の事を思いだした。

本当に名前に難儀したので、付けただけなのだが……。

 

 

「閣下には、その時の勢いでも、我々、エスカ艦隊支持者には

 もはや旗艦『シュルトワルゼ』は絶対不可侵の名前ですっ

 前回の第12艦隊壊滅の危機のおり、

 閣下自らが敵部隊に突撃をかけて艦隊壊滅の危機を救ったのをお忘れですか?

 その閣下の電光の様な戦いは、

 全てこの旗艦シュルトワルゼから始まるのですからっ!

 もう我々は、この旗艦や閣下のエスカ艦隊を仰いでしか

 シュバルツシルトを飛べませんなっ!」

そう言って拳を強く握りしめ、それを大きく上げる艦長。

「エスカ艦隊~!? この艦隊の名称は第17艦隊だっ」

何時の間にか、艦隊の呼称まですり替わっている事に

エスカは仰天するしかなかった。

その時、あまりに艦長の熱気に当てられて、

通信兵のガダッシュ少尉が立ち上がり叫んだ。

「いいえっ!! 閣下の艦隊は閣下のものでございますっ!!

 この艦隊がどんなに番号が移り変わり規模が大きくなろうとも、

 この艦隊の呼称は、エスカ艦隊しか呼称はありませんっ!」

いきなり立ち上がった少尉とその言葉に、またしてもギョッとするエスカ。

だが、その熱意ある言葉に、他の者も感応した。

「そうだ!そうだっ!!少尉は良いこと言ったっ!

 閣下がおられなければ、私は前回の戦いで死んでいたかもしれないのですっ!」

少尉に釣られて、また士官が数人立ち上がる。

 

 

「エスカ少将、提督就任万歳っ!!」

誰かが、あまりの熱愛に声を大にしてそう叫んだ。

その叫び声を耳にして、思わず連鎖して他の士官や下士官も

波動が伝わるように立ち上がっていく。

「エスカ艦隊万歳っ!!」「提督万歳っ!!」

誰かが周囲から叫んでいく。その声に更に反応する将兵達。

「電光の神槍『シュルトワルゼ』万歳っ!!」

「雷光のエスカ万歳っ!!」

叫び声は、手を変え品を変え、どんどん広がってゆき

「エースカ!」「エースカ!」「エースカ!」「エースカ!」

と自分達の上官を、苗字ではなく名前で連呼するまでに至ってしまった。

その有様が、如何にエスカの周りに集まってきた人間が、

個人目当てに軍靴を連ねたのかを十二分に指し示す。

「あー?」

あまりに突然の出来事に、

エスカは面食らって口を馬鹿っぽく開けるしかなかった。

しかし、周囲の連呼は止まらない。

「エースカッ!」「エースカッ!」「エースカッ!」

将兵達は、熱気を以て彼女の名前を連呼する。

エスカはその様子に思わず髪をかきむしった。

「全く、馬鹿共が……お前等はキチガイだな………

 軍隊を、宗教か何かと勘違いしているのではないか?」

周囲の熱狂的な歓声に、エスカは喜ぶよりも呆れるしかなかった。

 

 

士気が高いのは艦隊として喜ばしい事だが、

どっちかといえば、これは狂気に近いようにエスカには思えた。

「良いでは無いですか……閣下……

 私達は、第12艦隊の……髭面の無能な中年に死地に追いやられるよりは

 稲妻のように美しい閣下の様な女性の下で、働きたいのです…

 アイドルであっても、それを納得して下さい……閣下……」

そう言って今度は、フォツル少佐まで士官達の歓喜を擁護した。

その進言にエスカは苦い顔をするしかない。

「アイドルなぁ…………それなら、私は血まみれのアイドルなんだぞ?

 そんな気色の悪いアイドルが何処に居るか!?」

言って、今までにこの手にかけてきた『敵』の事を思い出してみる。

装甲突撃服で前線に出、ビームガンで撃ち殺し、

ビームサーベルで刺し殺した敵兵の数は、記憶の中では31人だった。

艦隊指揮で、宇宙の塵にしてきた敵戦艦や将兵達は、

それを遙かに上回るだろう……。

そんな女を、愛する対象として偶像崇拝するなどとは……。

そう思ってエスカは更に渋面になる。

「軍人が血まみれになるのは、給料分ですよ………」

エスカの心情を推し量ってか、

フォルツは彼女の心が一番納得しそうな言葉をひねり出す。

 

 

軍人一家にとっては、そういう物言いに

DNAのレベルで平伏する癖がある様だった。

フォルツのフォローを受け、ふんっとばかりにそっぽを向くエスカ。

エスカの言葉を前にしても、彼女を愛する歓喜の声は収まりようがなかった。

渋々、前に手を2度振ってエスカは周囲の歓呼の声を受け入れる。

「ありがとう、諸君……、私は君たちの様な、猛烈な馬鹿共を

 部下に持てて心底嬉しいよ…………」

そう言ってエスカは更に周囲に手を振って、勢いを皮肉でなだめようとした。

が、それは逆効果だった。

「閣下っ!! 有り難いお言葉ですっ!!」

「我々の馬鹿っぷりに万歳っ!!」「エスカ艦隊に所属できてヨカッタっ!!」

将兵達は、思わずお互いに抱き合って、喜びの涙を噛みしめた。

そんな将兵達の姿に、エスカはむしろ泣きそうになった。

「この艦隊は……、無能とは違う意味で、馬鹿が多過ぎる………」

言ってエスカは頭を抱えた。

「…あーあぁ………、将兵がこの有様と言うことは、

 きっと艦隊整備の奴らも同じなんだろうかなぁ?」

「と言いますと?」

不意にエスカが口にした言葉をフォルツは尋ねてみる。

「このシュルトワルゼⅢも、

 最初から指示も無いのに、深紅にペイントされていただろう?

 前も、その前も、紅一点とかいう理由で整備兵に赤にペイントされたからな

 深紅がいつの間にか、私のステイタスカラーなのだな………」

エスカはそう言って乾いたように笑うしか無かった。

「綺麗な薔薇には刺がある……という事でいいではありませんか……」

フォルツは、そうとっさに言って合いの手を取る。

 

 

しかし言った後に、この気高い女将軍には

そういう形容はぴったりなのでは無いかと自分の言葉に逆に感心する。

「私が戦場に咲く真っ赤な薔薇だと?

 はは……少佐……陳腐な口説き文句だ……そんなんでは当分嫁も貰えんぞ………」

実の所、女心なるものが自分でもよく分かっていないエスカだったのだが

少なくとも、今のが口説き台詞だとしたら、どんな女でも感応しないだろう

とエスカは思った。

「当分、嫁を貰ってその側に居るより、閣下の側に居れた方が幸せそうです」

反射的にフォルツはいけしゃぁしゃぁと、愛の告白をエスカの前で行った。

その発言に、周りは連呼を辞め、ブーブーと少佐の独走を詰る音に変わる。

エスカも副官のラブコールに呆れかえるしかなかった。

「少佐も艦長と同類か……。私を意味不明に愛している……

 まったく………こんなに愛されて私は涙が出るほど嬉しい……」

エスカは、ただ深く深く溜息を付いた。

フォルツは、その言葉にやはり苦そうに笑うしかない。

しかし、その溜息ついでにエスカはまた口を開く。

「だが、薔薇ならばこの艦は白薔薇だ………

 だから私が敵を撃ち殺した血流で、深紅に染め上げるのだ………

 それは非情な事であるし、罪な事であるよ……」

そう言った後に、自分の言葉通りに沈んでいく相手の艦の事を想像し

エスカは、僅かに薄ら寒い思いを覚えた。

それが軍人の宿命とはいえ、相手の命を奪い取ることは

どれだけやっても、気味の悪い事であり、怖いことでもある。

それを思うとつくづく因果な運命に生まれたものだと

エスカは自分を笑うしか無かった。

 

 

「まぁいい………旗艦は艦隊を指導するために目立つのも仕事だ……

 私が深紅の稲妻と呼ばれるようになる未来も

 想像すれば楽しそうじゃないか…………」

自分の弱気な思いを払拭するように

エスカは言葉を吐いて強がってみた。

「期待していますよ、閣下……」

フォルツはエスカの言葉に、合いの手を入れるように微笑みを送る。

そんな二人のやり取りや会話に、周囲の士官達は更に総毛立った。

「将兵の諸君っ! 誇ろうっ!! 

 我らがエスカ艦隊の初陣に、我らがここに居ることにっ!

 そして、エスカ艦隊の初勝利をこの目に刻める事にっ!!」

ベルモント艦長は、興奮のるつぼの中で最高の熱気を以てそう叫んだ。

その言葉に士官達の士気は、こんな巡航中であろうと

否応無しに高まるしかなかった。

「うおおおおっ!!」「エースカッ!」「エースカッ!」

「閣下ぁっ!! 愛しております~!!」「華麗なる勝利をっ!!」

「メルセフィア公国に新たな常勝提督の伝説をお創り下さいっ!!」

「エースカッ!」「エースカッ!」「エースカッ!」

将兵達の愛の連呼が続いた。

狂気の声を聞き続けて、やはりエスカは溜息を付くしかない。

「お前達、もう戦争をする気でいるのか………

 ……………我々は、調停軍だっつーに……」

エスカはそう言った。

 

 


 
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