No.261196

おあずけ愛紗と世話焼き桃香 ~真・恋姫†無双SS 第四話

さむさん

愛紗メイン恋姫SSの第四話です(今回は愛紗の出番ありませんが)。当初の予定より長くなりそうなので投稿のペースを上げていきます。

~前回までのあらすじ~
任務から戻り愛紗は帰還の報告をするために一刀の部屋に赴く。だが部屋に居たのは朱里だった。不在の一刀を探すうち、愛紗は猜疑心の虜になってしまう……

2011-08-06 00:18:58 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:3001   閲覧ユーザー数:2760

おあずけ愛紗と世話焼き桃香 ~真・恋姫†無双SS

 

第四話

 

 

 時間は少しばかり戻る。

 立ち去る愛紗を見送った朱里は慎重に扉を開けると中に滑り込んだ。

 施錠されたためしのない扉を――――うっかり鍵などかけた日には扉ごと壊されかねない――――厳重に閉ざす。

 最後にしっかり戸締まりできているか確認して、そこでようやく朱里は部屋の真ん中の方に向き直った。

 視線の先で書類の山に埋もれるようにして彼女の主が政務に励んでいる。

 常ならば朱里の一刀を見る瞳はもっと甘やかな感情が込められているのだが、この場においては批判的な色を帯びている。

 

「本当によかったんですか、ご主人様……愛紗さん、がっかりされてましたよ」

 

 執務室の扉にはそれなりに良いものが使われてはいるが、現代のような防音効果など望めるはずもない。

 朱里と愛紗のやりとりは当然、中にいた一刀にも聞こえている。

 それを知った上であえて問いかけるあたり、朱里としても簡単には納得できないことなのだろう。

 

「……それは……良いはずないけどさ。でも仕方ないじゃないか」

 

 対する一刀は歯切れが悪い。

 朱里に責められるまでもなく愛紗に嘘をついた後ろめたさを十分に感じていた。

 

「愛紗さんと会う方を優先なさっても私は構わないんですよ?」

「……それは駄目だろ。俺が勝手にやっていることで政を停滞させるわけにはいかないし」

 返答も建前めいた、表面的なものだ。

 

「でも、顔を合わせるくらいでしたらそれほど時間も取らないのでは?」

「……今はちょっとの時間でも惜しいし……それに……」

「それに、何ですか?」

「いや、なんでもないよ……(会ったら「顔を合わせる」くらいじゃ済みそうもないし、なんて朱里には言えないよなあ)」

「聞こえてますよ、ご主人様」

「……と、とにかく今は仕事をしないと。ほら、明日までに片づけないといけない分がこんなにあるんだからさ」

「くすっ……はいはい、わかりました」

 

 一刀の本音を聞き出せて満足したのか、朱里は追求をやめて政務の続きに取りかかった。

 執務室には沈黙が訪れ、筆や書簡を置く時のかたりという音ばかりがやけに大きく響く。

 そんな中、朱里も一刀と同様に書類に取りかかっていた――――いるように見えた。

 だが、心の中では一刀と愛紗のことがまだ気になっている。

 

(いいなあ、愛紗さん……居留守まで使われて避けられてるのは可哀想だなって思うけど……でもでも、ご主人様ったらずっと愛紗さんのことばっかり気にしてるんだよね。それに引き換え、私の方は……)

 

 これでも朱里は雛里や月、詠と並んで一刀と一緒にいる機会が多いのではあるが、それはあくまでも仕事上でのこと。

 同じ部屋にいたとしても色っぽいことなどそうそう起こるものではなかった。

 もちろん頼られるのは誇らしいし、大切にされていることも知っている。

 今もあちこち一刀を探し回っているだろう愛紗と比べればある意味、恵まれているとも思う。

 それでも――――朱里は一刀に求められたかったのだ。

 

「朱里、どうかした?」

 突然声をかけられて朱里は悩みの淵から一気に現実に引き戻された。

 どうやら考えに没頭しすぎて完全に手が止まっていたようだ。彼女には大した時間では無いように感じられたが、その実、結構な時間をぼうっとしていたらしく一刀の表情は気遣わし気だった。

 

「何か行き詰まっていることがあるなら、俺じゃあんまり頼りにならないかもしれないけどさ、話してみないか?……ほら、話しているうちに考えが整理されて上手いやり方が見つかることってあるだろ?」

 

 むろんそう言われたからといって素直に『悩み』を打ち明けるわけにもいかない。要点をぼかして話したとして通じる相手でもない。

 朱里の心の片隅ではいっそ洗いざらい話してしまおうか、という動きもないではないのだが

 

(それってもう完全に「抱いて!」って言ってるのと同じことだよね。ご主人様にはそれくらいしなきゃ駄目なのかもしれないけど……ってやっぱり無理無理っ。そんなことしていやらしい子だって思われちゃったら私、どうしたらいいか……)

 

 大分変わってきたとはいえ、元が人見知りな彼女だ。まして今は彼女の分身とも言うべき雛里も居ない。

 そこまで開き直るのにはまだまだ時間がかかりそうだった。

 

「はわわっ、だ、だいじょうぶれす。行き詰まってるとかそんなことはじぇんじぇんありません」

 

 なおも心配そうな一刀に慌てて誤魔化した――――のだが、焦りで上手く回らない口がなかなかいうことを聞いてくれない。

 それでも一刀と朱里のつきあいはそれ相応に長い。

 いきなり怪しくなった口調から触れられたくない部分だということくらいは理解してもらえたようだ。

 

「そ、そうか。だったらいいんだけど……」

 

 言葉ほどには納得していない表情で一刀はまた仕事に戻っていった。

 そんな彼の様子をこっそり確認すると朱里は密かにため息をついた。安堵のためなのか、それとも失望のためなのかは彼女自身にもよくわからなかった。

 

(こういう時だけよく気がつくんだよね、ご主人様は……こんなに想ってるのに応えてくれないのは、ひょっとしてあんまり女の子として見られてないからなのかな)

 

 そう思いつつ胸に手をやると探り当てるまでもなく骨の感触がすぐに伝わってくる。

 自身の豊満という表現からはほど遠い肢体を見やって重ねてため息をついた。

 

(胸もこんなだし……愛紗さんくらいあればきっとご主人様の見る目も変わるのかな……ご自身では上手く隠せてるつもりなんでしょうけど、たまに桃香様や紫苑さんのおっぱいに注目してる時があるし……ううん、あそこまでは行かなくてもせめて詠さんくらいあれば――――)

 

 そうして思い出されるのは昨夜、自室でこっそり読んだ春本の一場面だった。

 それは領主の男と部下の女の話。主従関係がいつしか男女の仲に――――というありふれた内容ではあるのだが、自身の置かれた境遇と重ねてしまい何時の間にか読みふけってしまったのだ。

 

(今も部屋に二人っきりだし、状況としてはあの本と同じなんだよね。あんな風に、突然後ろから抱きすくめられて名前なんて呼ばれたりしたら――――)

 

「朱里……」

「は、ははははいぃっ」

 

 職務中にいかがわしいことを妄想していた朱里は突然呼びかけられて飛び上がらんばかりに驚いた。

 だが、一刀はそんな彼女の様子には構わずゆっくりと歩み寄ってくる。

 怖いくらい真剣な眼差しで見つめられ、戦場では人並み外れた速さで回転する彼女の頭脳は軸の折れた馬車のように動きを止めてしまった。

 そのかわり、彼が一歩近づくたびに心臓はより大きく、より早く胸の中で跳ねまわった。

 ついに想い人が目の前にやって来たとき、少女の瞳は軽く閉じられ顔は自然に上向けられる。

 朱里はただ一刀のことを想い、その感触を待ちうけた。

 

(ご主人様……)

 

 間もなくそれはやって来た。ただし朱里の望む形とはほど遠かったが。

 触れられたのは唇でも胸でも背中でもなく――――額だった。

 不審に思った彼女が瞼を開けると至近距離で男と視線が交錯し驚かされる。

 

「ご主人様?」

 

 先ほどとは違う意味で体を硬直させた朱里がようやく相手の名前を呼べるまでに回復した頃、一刀は密着させていた額を離した。

 

「どうやら熱はないようだな。でも、このところ俺につきあってだいぶ無理をさせたみたいだし、今日は念のためゆっくりと休んだ方がいいかもしれないな」

「ご主人様、今のは一体……」

 

 問いを発した当人にも何が起きたのかは十分わかっていたが、そうと認めたくはなかったし、ひょっとしたら質問がきっかけになって一刀が気を変えて続きをしてくれるかもしれない――――そんな期待から無駄と知りつつも問いかけずにはいられなかった。もちろん、朱里にもそんな確率は計算する気になれないくらい極少なことはわかっている。

 

「何って熱を計ったんだけど……いや、なんだかさっきからため息ついたり、ぼーっとしてたりで様子がおかしいし、顔もちょっと赤くなってる。病気だったら大変だろう」

「……そうでしたか。私などの健康をそこまで気にかけていただいて光栄です。えぇ、光栄ですとも」

「あれ?ひょっとして怒ってる?」

「ふんだ、知りませんっ!」

 

 一度斜めになった彼女の機嫌は簡単には戻りそうもなかった。

 


 
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