No.260205

佐天「ベクトルを操る能力?」第四章

SSSさん

第四章『Real Ability(最悪の相手)』

2011-08-05 12:30:03 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:6671   閲覧ユーザー数:6620

佐天涙子が連れ去られてから3日後。

完全に日が落ち、周囲には誰も居なくなった道路の上に2人の人物が立っていた。

 

 

一方「よォ。ひさしぶりじゃねェか」

 

 

1人は一方通行(アクセラレータ)

学園都市が誇るレベル5の1人であり、最強の超能力者である少年。

能力を使用していれば、たとえ核戦争が始まろうとも傷1つ負うことがない。

8月31日に脳にダメージを負い、杖を突いてはいるが、それでもなお、彼は最強の超能力者として君臨していた。

その能力の副作用として変色した赤い瞳が、目の前の人物を捉える。

その人物は、50mほど離れたところに立っている。

見覚えのある少女がそこにいた。

少女は、自分を睨んでいる一方通行の姿に物怖じもしない。

―――佐天涙子。

連れ去られたはずの彼女が、一方通行の目の前に立っていた。

 

 

佐天「……」

 

 

佐天は何も言葉を発しない。

いや、発することができる状況にあるのか分からない。

意識はあるはずだが、一方通行の声も届いているのか怪しい。

なぜなら、佐天の頭には、見たことのないヘルメットのような機械が取り付けられているのだ。

顔で見えているのは鼻と口元のみ。

その機械の大きさは、佐天の頭を1回りか2回り大きく見せていた。

そんな歪な大きさのヘルメットは、中学生の少女には少々不釣合いと言える。

あれでは重すぎて、まともに重心をとることもできないだろう。

 

 

一方(ふざけやがって)

 

 

辺りはシンと静まりかえり、ピリピリとした空気が流れている。

再会を喜んでいるような甘い空気は微塵もない。

張り詰めるような緊張と、動物が逃げ去ってしまうような強い殺気だけがそこに渦巻いていた。

 

どうしてこんな状況になっているのだろうか?

―――時間は佐天が連れ去られた時点に戻る。

 

 

能力開発を受け始めてから6日目の午前10時半。

佐天涙子がさらわれた推定時刻から、20分近くが経っていた。

 

 

一方「チッ。出ねェか」

 

 

佐天に電話をかけてみたが、当然のように何の反応もない。

分かっていたことだが、苛立ちを隠しきれない。

携帯は既に、逆探知できないようにその辺の路上にでも転がっているか、破壊されているのだろう。

 

 

一方「アイツらは無事だろォな?」

 

 

さらわれたのが佐天1人だけという確証はないのだ。

もしかしたら、同じ場所にいる打ち止めたちまでさらわれている可能性もある。

いや、その可能性の方が高いかもしれない。

確認を取るため、急いでマンションの部屋の電話にかける。

1コール、2コール……。

なかなか出ない。

やはり、こちらもターゲットにされていたのだろうか?

そんな不安な気持ちが膨れるが、ガチャリという音と共に、

 

 

打ち止め『もしもーし、ってミサカはミサカは元気に電話に出てみたりー!!』

 

 

という気の抜けるような声が受話器を通して耳に届いた。

打ち止めが無事に電話に出るということは、佐天は外に出たのだろうか?

とにかく無事が確認できただけでも十分だ。

 

 

一方「大丈夫そォだな」

 

打ち止め『あれ? どうかしたの?』

 

一方「佐天はいるか?」

 

打ち止め『サテンお姉ちゃん? そういえば、家の周りを見てくるーって言ってから帰ってきてないかも、ってミサカはミサカはちょっと心配になってたり』

 

 

これで、佐天が連れ去られたということはほぼ確定だ。

これからはそういう前提で行動を取らなければならない。

 

 

一方(かといって、打ち止めがまだ狙われている可能性も捨てきれねェ)

 

 

電話を切った一方通行は、これからの行動の指針を立てようとしていた。

狙われている可能性があるといっても、一方通行に佐天のことがバレた時点で無事なら、可能性は相当低い。

それとも、さらにその裏をかかれていることもありえるだろうか?

 

 

一方(いや、それはねェな)

 

 

打ち止めを狙っているならば、難易度や重要度から言っても、先にそちらから取り掛かるはずだ。

番外個体という明確な戦力が存在する分、どう考えてもそちらの方が時間がかかるだろう。

つまり、相手の目的は佐天涙子のみ。

となれば、

 

 

一方(優先すべきは打ち止めたちとの合流じゃねェ。佐天の救出だ)

 

 

万が一の事態には、ミサカネットワークで連絡するようさきほどの電話で伝えた。

緊急連絡の方法を、一方通行の演算の一時停止という強引な方法にした訳だが、それなら要件は確実に伝わる。

番外個体が応戦している間に、黄泉川のマンションまで戻ればいい訳だ。

ディフェンスに徹すれば、最低でも5分やそこらは持つはずである。

時速800kmで飛んでいけば、黄泉川のマンションから、半径40km圏内が行動範囲になる。

つまり、学園都市中を探せるということになる。

 

 

一方(これで足元は固めた。後はオフェンスなンだが……)

 

 

方針が決まったのはいいが、佐天を探す手がかりがまったくない。

電話の逆探知は不可能だろうし、どこへ行くかを明確に伝えていた訳でもないらしい。

連れ去られた現場が、マンションの近くという可能性は高いがそれも絶対ではない。

では、佐天涙子を見つけ出す手がかりはまったくないのだろうか?

いや、1つだけある。

―――完全反射(フルコーティング)だ。

 

 

一方通行「質問の続きだ。知ってることを全部話せ」

 

完全反射「んー? 別にいいよん」

 

 

完全に放置していたため拗ねているかとも思ったが、どうやらその辺りを根に持つタイプではないらしい。

妹達とは思考回路が少々違うようだ。

それとも、これも作戦の内なのだろうか?

 

 

一方(情報の取捨選択は自分でやりゃいい。今は、こいつから少しでも情報を得ることが重要だ)

 

完全反射「まず、何から話そうかな?」

 

一方「佐天の行方は知ってンのか?」

 

完全反射「ううん。知らないよ」

 

 

これは想定内。

足止めに本拠地の場所を知らせておくバカはいない。

まして、その足止めの相手が一方通行ではなおさらだ。

 

 

一方「オマエを作ったやつは?」

 

完全反射「それは禁則事項なんだよね」

 

一方「なンだと?」

 

完全反射「その人の最後の命令(ラストオーダー)ってやつかな? それ以外は好きにしろってさ」

 

 

番外個体のときのように、シートやセレクターなどで行動を縛られているのだろうか?

あるいは、ウソをついているか。

 

 

完全反射「ま、そんなところだよ。そもそも、私だって好きでこんな作戦に手を貸してる訳じゃないし」

 

 

好きで手を貸している訳ではない?

どういうことだろうか?

 

 

完全反射「なんか、お姉様と私って気が合うと思うんだよね」

 

 

勘だけど、と完全反射が付け加える。

たしかに、佐天のクローンだけあって人見知りせず、ノリのいいところが多々あるように見受けられる。

佐天も自身のクローンに対して忌避を抱くどころか、友好関係を築けそうな性格をしているかもしれない。

多少、慣れるまでに時間はかかるかもしれないが。

 

 

完全反射「でも、クローンの意見なんて上の連中は聞いてくれないしね」

 

 

クローンを人形だとすら思っている連中が、そんなことをするはずがない。

彼らの思考では、クローンは『物』であり、消費するだけの『モルモット』。

クローン1体を処分するのに、何の気持ちも抱かない。

そこの研究者たちは、皆、例外なく狂っている。

それは自分が一番良く知っている。

なぜなら、自分がそういう立場だったからだ。

―――話を戻そう。

今は、完全反射の身の上話よりも、佐天の情報が欲しいのだ。

場所が分からなければ、目的を聞き出すのがいいだろう。

 

 

一方「なぜ佐天をさらった」

 

 

想像は多少つく。

おそらく、オリジナルとクローンとでどこが違うのかを比較するためだろう。

体細胞が劣化してしまうクローンでも、そこそこの強い能力を使用することができる。

だが、レベル5という超能力者を製造することは叶わない。

それはなぜか?

その答えがオリジナルの中に眠っていると考えても、何もおかしいことはない。

妹達の実験では、オリジナルとクローンの差異を発見することは不可能だった。

というのも、第三位の御坂美琴は、オリジナルとして力を持ちすぎていたからだ。

しかも、本人には秘密裏に計画を進められており、危険を冒してまでそのようなことをする必要性なかった。

そんなことをせずとも、一方通行という超能力者を絶対能力者(レベル6)にすることが可能だったからだ。

だが、今回は違う。

クローン推進派は後がない。

だから、樹形図の設計者が出した予測演算結果を無視してでも、事を起こす必要があった。

そのために、未だ力を付けきっていない佐天涙子を拉致した、というのが一方通行の推測だ。

 

 

―――だが、その推測はまったくのハズレだった。

 

 

 

完全反射「お姉様をさらったのは、人為的にレベル5を作れるかどうかを検証するためだよ」

 

 

 

一方「なン……だと……?」

 

 

クローンを使ってのレベル5ではなく、オリジナルを使ってのレベル5の製造。

確かに、その方法でレベル5が生まれないという演算結果は出ていない。

だが、実際に可能なのだろうか?

いや、それ以前に……

 

 

一方「それなら、なンでオマエが作られた」

 

完全反射「私?」

 

 

元々、オリジナルでレベル5を作ろうということになったら、クローンを作る必要などない。

一方通行の能力ならデータも豊富にあり、それを流用するためにも、同じ能力を持った佐天に焦点を当てるのは分かる。

では、なぜ『完全反射』というクローンは作られたのか?

 

 

完全反射「最初は、私で実験するつもりだったらしいんだよ」

 

 

クローンを後天的に調整することによってレベル5を作る。

それが、当初の目的だったらしい。

 

 

完全反射「それに見合うだけの方法も見つけたんだけど、それを実行しても意味がなかったんだってさ」

 

一方「どォいう意味だ」

 

完全反射「細胞の劣化だよ」

 

 

クローンの致命的な欠陥。

細胞の劣化に問題があったのだ。

この場合の後天的方法というのは、主に学習装置(テスタメント)を中心とした能力開発である。

能力開発といっても、人格は完全に失われ、代わりに新しい人格が埋め込まれるのだから、実行されることはほとんどなかった。

クローンを除いては。

クローンは、数時間という短い時間で、10代のレベルにまで体を成長させる。

そのため、脳に情報を埋め込む作業をしなければ、使い物にならない。

その脳に埋め込む情報を調整し、能力を最大に発揮できるようにするのが、完全反射の能力の強さの由来だろう。

 

 

完全反射「でも、今回の方法はそれとは違うんだよね」

 

一方「学習装置じゃねェだと?」

 

完全反射「そ。今回は、外部装置を使った演算補助、並びに自分だけの現実(パーソナルリアリティ)の強化をすることにしたんだってさ」

 

 

外部装置をつかった演算補助と言われても、ピンと来ない人もいるかもしれない。

だが、ここ学園都市ではそういった技術も開発されている。

例えば、HsSSV-01『ドラゴンライダー』。

最高速度1050キロという怪物のようなスピードを出すことのできる軍用バイクのことだ。

このドラゴンライダーは、駆動鎧(パワードスーツ)と連動して搭乗することが絶対条件となる。

時速1050キロという世界では、目の前の障害物に対し反応できる人間などいない。

そこで、コンピュータによって知識や技術の補正をかけるのだ。

電気的な刺激や脳の温度分布などを利用して人間と機械を繋げる『仕組み』を備え、時速1050キロという世界に人間を適応させる。

それを、能力に対して使用するということなのだろう。

 

 

完全反射「でも、学習装置で書き込んだ内容と、外部装置の知識が拒絶反応を示すって結果が出ちゃったんだよね」

 

 

無理に詰め込んだ知識を、さらに外から押し込もうということだ。

頭がパンクしない方がおかしい。

それに、脳細胞が劣化していることも関係があるのだそうだ。

オリジナルならば、学習装置を使う必要がないので、そこまでの拒絶反応は出ないだろうということらしい。

 

 

一方「無理だな」

 

 

だが、その方法にも問題はあった。

 

 

一方「そンなことができりゃ最初からやってンだろォが」

 

 

能力を使うということは、バイクの運転を補助するのとは訳が違う。

能力というのは、人間だけが使えるものなのだ。

『自分だけの現実』を構築するのは人間であり、どんなに演算能力を追加しても、本人以上の力は発揮できないはずだ。

なぜなら、機械に『自分だけの現実』を補助することは、今のところ不可能なのだから。

多少、処理速度は上昇するかもしれないが、その程度が関の山だろう。

それが外部補助装置の限界だと言われている。

だが、そんなことは完全反射も承知の上だった。

 

 

完全反射「その限界を超える可能性があるとしたら?」

 

 

限界を超える?

つまり、自分だけの現実の補強もできるということだろう。

だが、それは人間と機械の境界をなくそうと言っているようなものだ。

あまりにも現実的ではない。

 

 

一方「『自分だけの現実』を補強するマシンを開発しましたってかァ?」

 

完全反射「ううん。そんなことできる訳ないじゃん」

 

 

イマイチ、要領を得ない。

今まで言っていたことが全て空想だと言っているようなものなのだ。

何のためにこんな話を……

 

 

完全反射「だって、元からあった機械だもん」

 

一方「ハァ!?」

 

 

開発したのではなく、手に入れた。

どこのバカが作ったか知らないが、そんなものが世に出回ってしまえば、どんな混乱が起こったものか想像ができない。

能力者を恨んでいるスキルアウトは星の数ほどいるのだ。

そのような連中だけでも、目も当てられない事態へとなってしまう。

 

 

完全反射「ま、量産の心配はないけどね」

 

一方「あ?」

 

 

うすうす気づいていたが、完全反射はまだ知っていることを全部言ってはいない。

おそらく、そのマシンの詳細なデータも知っているのだろう。

そうでなければ、そこまで断言できる説明が付かない。

 

 

一方「そのマシンのデータは?」

 

完全反射「あれぇ? まだ気が付かないの?」

 

一方「……?」

 

 

自分だけの現実を補強できる機械などに心当たりなどない。

そんなものに頼る必要もなかったし、これからも必要ないだろう。

ミサカネットワークさえあれば、それ以上の補助は邪魔なだけだ。

そもそも、どうやって自分だけの現実を補強するつもりなのだろうか?

 

 

一方「待てよ……」

 

 

ミサカネットワークでは、自分の実力以上の力は出せない。

それは、あくまで演算の補助であり、自分だけの現実の補強を受けている訳ではないからだ。

では、その自分だけの現実に対して、常に最適化を図れるマシンならばどうだろうか?

自分だけの現実を作る“サポート”をするだけなら可能だろう。

時間はどれだけかかるか分かったものではないが。

いや、短時間で可能なマシンを1つだけ知っている。

 

 

完全反射「そのマシンの名前は『樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)』。アナタが壊したので全部だと思ってた?」

 

 

つまり、次の敵は佐天涙子自身。

果たして、本人を敵に回して、佐天を救うことなどできるのだろうか?

 

 

 

一方「樹形図の設計者だと……?」

 

 

8月31日。

夏休み最後の日に、結標淡希は『樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)』の残骸(レムナント)をめぐる一連の事件を起こした。

その結果はご存知の通りだ。

一方通行が、残骸を派手に破壊した。

しかし、残骸はあれ1つではなかったという。

 

 

完全反射「アナタも知っての通り、『樹形図の設計者』ってのは超高度並列演算器なんだよ」

 

 

直列演算ではなく、並列演算。

それは妹達によるミサカネットワークと同じく、核となる部分が存在しないことを意味する。

つまり、どこか一部分だけでも機能する。

おそらく、並列に繋ぐ数が少ない分、本来の力の100分の1も出せないとは思うが、それでも驚異的なスペックを誇るマシンであることには変わりない。

そんな怪物じみた機械と佐天をリンクさせたら、身体共にどうなってしまうか想像もつかない。

 

 

完全反射「リンクに使われるソフトは、レベルアッパーってシロモノの改造品だって話もあるよ」

 

一方(レベルアッパー……?)

 

 

一方通行が知らないのも無理はない。

低レベルの能力者たちに流行したのだが、御坂美琴を除いたレベル5にはまったく無縁のものであった。

レベルアッパーとは、木山春美によって作成された他人の演算を代用して自分の演算能力を向上させる音楽ソフト。

結果的には、使用した人間が無理やり脳波を乱されることにより、昏睡状態に陥ってしまうという欠陥品だった。

だが、今回の場合はそうなる恐れはない。

 

 

一方「なるほど。残骸の方を佐天の脳波に同調させる訳か」

 

完全反射「そういうこと。お姉様はレベルアッパーを使ったことがあるらしいから、どんな副作用がでるか分からないけどね」

 

 

佐天涙子はレベルアッパーを使用したらしい。

それも、風紀委員(ジャッジメント)警備員(アンチスキル)が追っているということを知りながら。

あまり褒められたことではないが、自分に佐天を責める資格がないことは自覚していた。

彼もまた、レベルを上げるために『完全能力進化計画』という狂った実験に手を貸していたのだから。

 

 

一方「クソが」

 

 

胸糞が悪い。

自分の過去を掘り返されたような気分だ。

今回の件は、手際の良さからいって暗部の仕業という可能性が高い。

ロシアでの功績によって暗部という組織は解体させたはずである。

現に、土御門元春、結標淡希、海原光貴といった連中は解放された。

それとも、解放されたのは自分を含めた4人だけだったのだろうか?

 

 

一方「チッ」

 

 

これ以上ここで考えていても仕方がない。

だんだん人通りも多くなってきた。

手がかりが得られない以上、一度戻って作戦を立て直すべきだろう。

 

 

一方「オマエはこれからどォすンだ?」

 

完全反射「私?」

 

一方「研究所に帰ンなら、引き止めねェよ」

 

 

その場所に佐天はいないとは思うが、後をつけて情報を得るチャンスはあるかもしれない。

ついでに、完全反射を製造した責任者とやらに挨拶しに行かねばなるまい。

少々派手な挨拶になってしまうかもしれないが。

最悪なのは、研究所に戻らずウロウロされることだ。

足止めの際に死亡する前提だったのなら、その可能性も捨てきれない。

―――だが、そんな心配は無用だった。

 

 

完全反射「研究所になんて帰る訳ないじゃん」

 

一方「そォかい。じゃあ―――」

 

完全反射「だって、これからアナタのところにお世話になる訳だし」

 

 

オイ……。

今、なンて言った?

 

 

一方「そりゃどォいう冗談だ?」

 

完全反射「冗談なんかじゃないよ~? 至ってマジメ」

 

 

顔がなにやらにやけている。

どう考えても、まじめに言っているとは思えない。

そんな表情のまま、完全反射が続ける。

 

 

完全反射「今回の作戦で、私はお役御免って言ったよね?」

 

一方「オイ……」

 

完全反射「アナタのいるところって、そういうクローンの溜まり場なんでしょ?」

 

 

あながち否定できない。

打ち止めも番外個体も似たようなものかもしれない。

できれば、目の付くところに置こうとは思っていたが、まさか家までついてくるとは予想していなかった。

なにしろ、つい1時間ほど前まで戦っていたのだ。

なんとも早い手の返しっぷりである。

 

 

完全反射「それに、私がいないとお姉様の情報はこれ以上入ってこないよ~?」

 

一方「まだ言ってねェことがあンのか」

 

完全反射「そういうこと♪」

 

 

どうやら本気でついてくるつもりらしい。

かといって、このまま突き放すこともできない。

佐天の情報は1つでも多く欲しいところだ。

それに、このまま放置しておいたら、彼女が殺される可能性もある。

もし、本当に暗部の人間が動いているならば、情報が洩れるかもしれないモルモットを放って置く訳がない。

完全反射はスタンガン程度で倒せるのだ。

多少のベクトル操作ができるとはいえ、手間は掛からないだろう。

なんとも面倒くさいことになってしまった、とため息をつくしかなかった。

 

 

完全反射「こんにっちはー!!」

 

一方(うるせェ……)

 

 

時刻は午前11時。

結局、一方通行は完全反射を連れて黄泉川のマンションまで帰宅することにした。

クローンの性格はオリジナルと異なるはずだが、どうやら完全反射は佐天に近い感じがする。

佐天がさらわれたというのに、あまりそんな気がしないのはそのせいだろう。

あるいは、それが狙いなのだろうか?

いや、それは考えすぎだろう。

そうだとしたら、あまりにも堂々としすぎている。

などと一方通行が思考を巡らせていると、

 

 

打ち止め「おっかえりー、ってミサカはミサカは元気良く出迎えてみたりー」

 

 

奥の方からばたばたと打ち止めが駆け寄ってきた。

……?

いつもなら打ち止めの後ろから付いてくるのだが、今日は見当たらない。

番外個体の方は、まだ体調が悪いのだろうか?

打ち止めは、完全反射を佐天と勘違いしているようだ。

それも無理もないかもしれない。

なにしろ細胞レベルで同一である上に、性格まで近いのだ。

佐天の友人ですら、話をしても見分けが付かない可能性もある。

 

 

完全反射「初めまして、最終信号(ラストオーダー)。私は、完全反射(フルコーティング)って言うの。よろしくね~」

 

打ち止め「ほぇ?」

 

完全反射「佐天涙子のクローンって言えば分かるかな? まあ、アナタの腹違いの妹って感じかな」

 

打ち止め「???」

 

 

どういうこと? という視線を一方通行に送る打ち止め。

どう説明するべきか悩ましいところである。

 

 

説明を終えると、時刻は午後1時を過ぎていた。

3人で昼食をとると、打ち止めは部屋に戻っていった。

各妹達に指示を出すためだ。

学園都市内部の妹達も、佐天の捜索に協力してくれることになったのだ。

気休め程度にしかならないかもしれないが、ないよりはマシなはずだ。

そうして現在、リビングには一方通行と完全反射の2人だけが残っていた。

 

 

一方「それで、オマエは他に何を知ってンだ?」

 

完全反射「んーと、お姉様に使われることになってる『樹形図の設計者』の大まかな構造かな」

 

 

さすがに、樹形図の設計者をそのまま頭に埋め込む訳にもいかない。

人間の脳とのリンクを図るために、様々な補助装置をつけなければならないのだろう。

しかし、どうやらそこまで詳しく知っている訳ではないようだ。

 

 

完全反射「知ってるのは、頭に被るタイプで、2重構造になってるってことだけ」

 

一方「2重構造?」

 

完全反射「外殻に『樹形図の設計者』である補助演算器が搭載されてて、その内部に催眠誘導装置が使われてるってことらしいよ」

 

 

催眠誘導装置とは、分かりやすくいえば洗脳装置だ。

佐天涙子をコントロールするために搭載された機能なのだろう。

ただレベル5を作っただけでは、一方通行のように意に沿わない場合に処理に困る。

それならば、最初から操り人形にしてしまえばいい。

 

 

完全反射「穴がない訳じゃないけどね」

 

 

あくまで誘導するだけなので、本人に強い意志があれば拒絶も可能らしい。

つまり、佐天が心の奥底から一方通行との戦闘を拒めば、戦闘は回避できる。

だが、そううまくはいかない。

誘拐される直前に佐天の心の中に渦巻いていたのは、一方通行に対する『疑念』や『嫌悪』。

黒幕は、戦闘を回避されないように、完全反射に一方通行の過去を佐天涙子に話させたのだ。

佐天涙子がどの程度レベル5に近づいたのかを一方通行で確認するために。

 

 

完全反射「ま、他にもいろいろ理由があるらしいんだけどね」

 

一方「他にだと?」

 

 

おそらく、今まで『樹形図の設計者』を利用してレベル5を作らなかったのは、費用対効果が原因である可能性が高い。

能力者1人だけのために、スーパーコンピュータをそんな風に使うのはもったいない。

しかし、バラバラに砕け散った今ではそんなことはない。

むしろ、廃材を有効活用した方が利に適っている。

それをうまく使えるかどうかは未知数ではあるが。

だが、目的はそれだけではないと言う。

 

 

完全反射「いや、よくは分からないんだけど、ナントカっていうレベル0への対策も兼ねてるとか」

 

一方「レベル0?」

 

 

一方通行の頭に真っ先に浮かんだのは、絶対能力進化実験を止め、ロシアでも自分の前に立ちはだかったツンツン髪の男だった。

能力を打ち消す能力者。

過去に2度ほど戦い、負けている相手。

あの男への対策に、樹形図の設計者を利用して意味があるのか?

いくら強い能力者を作ったところで、あの右手の前では無意味だ。

いや、そもそも対策うんぬんの前に、ロシアから帰還しているのだろうか?

あの戦いに巻き込まれて生きて帰っているという保障はどこにもない。

 

 

完全反射「何て言ったっけな……。あの金髪……」

 

一方(金髪?)

 

 

上条当麻は黒髪であり、最後に見たときも金髪などではなかった。

つまり、完全反射の指しているレベル0とは違う人物ということになる。

では、誰のことか?

 

 

完全反射「とにかく、素養格付(パラメータリスト)ってのを過去のものにするんだってさ」

 

 

アイテム構成員のレベル0、浜面仕上。

アレイスターのプランにはない、イレギュラーへの対応策であった。

 

 

素養格付(パラメータリスト)

それは、全ての学生を絶望と無気力のどん底に突き落とすことになるであろうファイルのことである。

その中には、将来どの程度の能力者になれるかというデータが全学生分記載されている。

つまり、能力は、元々生まれ持った才能でどのくらい成長するかが決まっていることになっているのだ。

そんなことが学園都市中に知れ渡れば、どうなることか分かったものではない。

第三次世界大戦のおり、浜面仕上はこのデータを入手し、学園都市との交渉を行っていた。

そんな危険なファイルを無意味なものにするのが、今回の目的の1つであるという。

佐天涙子には、元々レベル5になれるなどという才能は持ち合わせていなかった。

せいぜいレベル4が限界。

それも、200年というカリキュラムを組み込んで初めて可能な水準である。

とてもではないが、現実的とはいえない。

だが、そんな彼女が、外部の力を借りるとはいえ、レベル5としての力を行使したら?

答えは簡単だ。

素養格付などというものは意味のないものになる。

それは、将来足がどの程度早くなるかということを記したようなものに過ぎない。

自分の限界が見えたならば、それを外部に任せればいいのである。

世界一早いマラソンランナーでも、自動車には勝てない。

量産に問題はあるだろうが、そのような実績さえあれば、いくらでも時間は引き延ばせるだろう。

 

 

完全反射「―――ってところかな」

 

一方「…………」

 

 

そんなファイルの存在は知らなかったが、学園都市ならばそのくらいはやってもおかしくはない。

あるいは、自分も能力を持つ以前から目を付けられていたのかもしれない。

最強の超能力者になれるという未来を確信して。

 

 

完全反射「他にもいくつか理由があるって話だけど、これ以上は聞かされてないよん」

 

一方「そォか」

 

 

つまり、様々な思惑が重なり合い、その中心にいたのが佐天涙子であったという話なのだ。

こうしてみると、自分と同じ能力だというも、その理由の1つに過ぎないのかもしれない。

これだけの条件がそろえば、一方通行に捕捉されるリスクも承知で佐天を連れ去りもする。

そして、それはまんまと成功せしめたのだ。

 

 

一方「これだけ話すってことは、オマエはこれ以上この実験に協力する気はねェンだな?」

 

完全反射「だから、最初からそう言ってるじゃん。元々乗り気じゃなかった、ってさ」

 

 

どこまでが、完全反射に意図的に与えられた情報なのかは分からない。

だが、これ以上あちら側に肩入れするつもりもないようだ。

信じきる訳ではないが、警戒のレベルを下げてもいいかもしれない。

 

 

完全反射「それで、これからどうするの?」

 

一方「とりあえず、オマエのいた研究所にいってみるか。何も残っちゃいねェとは思うがな」

 

完全反射「オッケー。あ。でも、私はお姉様とは戦えないからね」

 

 

まだついてくるつもりらしい。

最悪の場合、次に佐天と会うときは、自分と同等の力を持って登場するかもしれない。

それがうまくいくかは分からないが、完全反射にレベル5の相手は厳しいだろう。

となれば、相手をできるのは一方通行だけとなる。

 

 

一方「ハッ! オマエはここにいてもいいンだぞ?」

 

 

そう言うと、杖をついてソファーから立ち上がった。

多少使ったとはいえ、バッテリーの残量も十分ある。

 

 

完全反射「ねえ、なんでアナタはそこまでするの? ここまで面倒見がいいってデータは私にはなかったんだけど」

 

一方「さァな。俺にも分かンねェよ」

 

完全反射「ふぅん?」

 

一方「だが、やられっぱなしってのは性に合わねェ」

 

 

軽く笑いながらそう言うと、マンションのドアノブに手をかけた。

まずは、完全反射のいた研究所からだ。

馬鹿げた実験が済む前に、さっさと助け出すとしよう。

 

 

―――学園都市最高の『人間』と『機械』の対決はこの3日後のことであった。

 

 

 

佐天が誘拐されてから3日が経過した。

捜索はというと、あまりうまく行ってはいなかった。

完全反射のいた研究所は当然のようにもぬけの殻になっており、大した情報を得ることもできなかったのだ。

 

 

一方「チッ」

 

 

さすがに一方通行は焦っていた。

それにもう丸3日動きっぱなしになる。

適宜休憩は取っているが、疲れはたまりつつあった。

肉体的な疲労もあるが、精神的な疲労が大きい。

 

 

完全反射「大丈夫?」

 

一方「オマエに心配されるまでもねェよ」

 

 

顔色が多少悪いことを心配したのか完全反射が尋ねてくる。

彼女も共に捜索を手伝っていた。

共に行動し、こちらの動きを逐一報告するためなのかとも思ったのだが、今のところそのような様子は見受けられない。

むしろ、懇親的に捜索を手伝っている。

一方通行とは異なった視点からの意見もあったが、それでも得られた手がかりはゼロ。

行く先、行く先何もないと、こちらの動きを読まれているようで気味が悪い。

 

 

一方(クソが……)

 

 

内心にあるのは、好転しない状況への焦り。

こうしている間にも、佐天がどのような状態になっているか分からない。

捜索のために、土御門に協力を要請しようと思ったこともある。

しかし、土御門は日本にはいなかった。

どうやら、ロンドンにいるらしい。

こんなときに外に出ているのは学園都市の陰謀なのだろうか?

と、ついそんなことを思ってしまう。

いや、今はそんなことはどうでもいい。

問題は、一方通行がこれだけ捜索しているにも関わらず、何の手がかりも得られないということなのだ。

暗部と関係のありそうな施設もいくつか回った。

それでも出てこないということは、今回の件は暗部と関係のないことなのかもしれない。

 

 

完全反射「ねえ。さすがにそろそろ休んだ方がいいんじゃない?」

 

一方「あァ?」

 

完全反射「もうこんな時間だしさ」

 

 

そこで、今更ながら日が落ちていることに気づいた。

時計を確認すると、時刻は午後8時。

完全下校時刻も過ぎているため、辺りには2人以外誰の姿も見当たらない。

少々根を詰めすぎたのかもしれない。

こんな時間も分からないような状態では、大した成果を得られないのも仕方がない。

 

 

一方「……そォだな」

 

 

この3日、戦闘はまったくなかったので、バッテリーはほぼ満タンの状態。

能力を使って頭をすっきりさせようかとも思ったが、演算ミスをしてもつまらないのでやめておいた。

完全反射の言っていた、佐天と樹形図の設計者を繋ぐ機械の調整はいつごろまでかかるのだろうか?

もう既に終わっている?

あるいは、まだまだ時間が掛かるのか?

どちらにしろ時間はあまり掛けられない。

現在おかれている状況は、打ち止めが木原数多にさらわれた時に似ている。

違うことといえば、黒幕の正体がつかめていないこと。

それに、佐天の生死が確認できていないこと。

この2点が大きく違う。

 

 

一方(いや、佐天は生きてる。じゃねェと、さらった連中は俺と戦うリスクだけを被ることになっちまうからな)

 

 

佐天を殺してしまっては、一方通行の神経を逆撫でするだけにしかならない。

そんな事態だけは相手も避けたいに違いない。

ただ、完全反射も知らない他の事情というものが気になる。

それ如何では、殺しても問題ないということになってくる可能性もある。

どちらにしろ分からないことが多すぎる。

結局、今日もなんの成果も得られなかったことになる。

いや、得られなかったと思っていた。

カツンと、背後で物音がするまでは。

 

 

一方「?」

 

 

さきほど辺りを見回したときには誰もいなかったはずだ。

だが、音のした方を見てみると、そこには1人の少女がポツンと立っていた。

その少女は、まるで最初からそこにいたかのように佇んでいる。

その姿を確認した瞬間、一方通行の中にあった疲れは吹き飛んだ。

頭の中がクリアになって行くのを感じる。

 

 

完全反射「え?」

 

 

突然現れたことにびっくりしたのか、完全反射が驚きの声をあげている。

その少女は顔見知りであった。

サラリと流れる長い黒髪。

見覚えのある中学校の制服。

顔は機械に覆われ見えないが、隣にいる完全反射に雰囲気が良く似ている。

そう。

佐天涙子本人の登場だ。

 

 

一方「よォ。ひさしぶりじゃねェか」

 

佐天「……」

 

 

一方通行の呼びかけに返答はない。

彼女の頭には、頭が1回りも2回りも大きく見えるような機械が装着されている。

あれが完全反射の言っていた『樹形図の設計者』の残骸なのだろう。

あの大きさになると重量も相当なものになるはずだ。

だが、そんなことは関係ない。

なにしろ、佐天はベクトル操作の能力者だ。

むりやりレベルを引き上げられていることを考えれば、バランス維持程度は容易いだろう。

問題は、どのくらい能力者としてのレベルが上がっているのかということになる。

 

 

一方(ふざけやがって)

 

 

そう思わずにはいられない。

辺りはシンと静まり返り、ピリピリとした空気が流れていた。

 

 

一方「オマエは離れてろ」

 

 

こうして自分たちの前に現れたということは、調整が済んだと考えた方がいい。

レベル5のベクトル操作能力者。

それも、自分以上の能力を行使するということも念頭に置かねばならない。

そうなると、完全反射はお荷物だ。

 

 

完全反射「言われなくても。私じゃ適わないだろうし」

 

 

そう言って、そそくさとその場を離れる完全反射。

一応、彼女も自分の立場というものを理解しているらしい。

これで一方通行と樹形図の設計者という1対1の状況が出来上がったことになる。

佐天が現れてから1,2分が経とうとしているが、今のところ動きはない。

2人の距離は50m前後。

音速を超える速度を出せる一方通行からしてみれば、一瞬で詰められる距離ということになる。

もっとも、それは向こうも同じだろうが。

 

 

一方(完全反射の時と同じよォにできりゃ楽なンだけどな)

 

 

後ろに回って反射を相殺し、血流操作でノックダウン。

あるいは、樹形図の設計者を破壊してもいいだろう。

それができれば、佐天を傷つけることなく救い出せることになる。

だが、完全反射というクローンで、反射の強度が自分と同等であるということを考えると、自分以上の反射を持っているという可能性も捨てきれない。

その場合は、攻撃手段がなくなってしまう。

反射同士が触れ合った場合、強度の強い方がそのまま残るからである。

弱い方は反射自体が打ち消され、無防備になってしまうのだ。

かといって、あまり時間をかける訳にもいかない事情がある。

樹形図の設計者と繋がれることによって、佐天にどれだけの悪影響が与えているか分からない。

心身に深刻な障害が出る前に手を打たねばならない。

 

 

一方(よし……)

 

 

うだうだと考えていても仕方がない。

先手必勝だ。

 

 

先に動いたのは一方通行だった。

未だに佐天に動きがないことを確認すると、チョーカーに手を伸ばし、スイッチをONにする。

これで、学園都市最強の能力者としての力を十分に発揮できる。

そこから一方通行のとった行動は簡単なことだった。

完全反射と戦ったときと同様に、音速を超えるスピードで佐天の後ろに回ったのだ。

同じ方法ではあるが、奇襲としてはこれが一番成功率が高い。

そして、そのまま右手を佐天に向かって伸ばした。

が、

 

 

一方「―――ッ!?」

 

 

グルンと佐天の頭が、一方通行の動きに対応して動いた。

完全反射と戦ったときは、2人とも反応すらできていなかった。

だが、反応できただけで、回避や反撃は間に合っていない。

どうやら、振り向き様に拳を放とうとしているが、こちらが触れるのが先になりそうだ。

一方通行の右手が、佐天に装着されている樹形図の設計者に伸び、触れる。

それだけで、佐天は解放できるはずだった。

 

 

一方「!!」

 

 

音速を超える動きに対応されたことにも驚いたが、樹形図の設計者に触れた瞬間にも2つ気づいたことがあった。

1つは、樹形図の設計者にも反射が適応されていること。

これは、衣類などのように体の一部であるという認識がないと適応できない。

この大きさの外部装置にまで反射を適応させることは、一方通行にも不可能だ。

そして、もう1つは反射の強度に関してだ。              ・ ・

佐天の展開している反射の膜は、一方通行や完全反射に比べて弱い。

相殺するのに、1秒程度といったところだろうか?

これならば、一方通行が一方的に攻撃ができることになる。

完全反射の膜を相殺するのに2秒ほど掛かることを考えると、レベル5というのは誇大広告だったのかもしれない。

とにかく、反射の“範囲”に関しては一方通行の上を行くが、“強度”に関しては及ばない。

いくら反射の範囲を広げても、強度が弱いならば、佐天が一方通行に勝つことなど不可能だ。

樹形図の設計者はどれほどの脅威となるのかという心配も杞憂だったのだろう。

さっさと、佐天を救い出してしまおう。

 

―――と、一方通行は油断をしてしまった。

普段の彼ならば、そんなことは有り得ないことなのだが。

 

だから、佐天の反撃にも避ける素振りを見せなかった。

タイミングからすると、反射を相殺するよりも早く佐天の反撃を受けることになる。

だが、それがどうした?

結局、反射と反射がぶつかってしまえば、衝撃は霧散してしまうのだ。

避けることに演算能力を費やすくらいならば、一刻も早く樹形図の設計者を破壊することに力を注いだ方がいい。

そうして、一方通行は特に避けることもなく、佐天の反撃が一方通行の反射に接触した。

その瞬間、

 

 

一方「がァッ!?」

 

 

ゴキンという音と共に、一方通行の首がブレた。

こめかみの辺りに、重い一撃が加えられる。

一度、地面に一方通行の体が叩きつけられ、そのまま2,3m地面を滑ってやっと静止した。

何が起こったのか、一方通行には理解できなかった。

ダメージ自体は佐天の一撃だけで、それ以外は反射がちゃんと適応されている。

いや、佐天の攻撃にも反射は適応されていた。

では、何が起こったのか?

 

 

一方「ぐっ……。何をしやがった?」

 

佐天「……」

 

 

もちろん佐天は答えない。

それどころか、登場してから一言も言葉を発していない。

一方通行は、ふらつく頭を押さえながら佐天に相対しなおす。

さきほどの現象を説明できる仮説はある。

だが、それが果たして実行可能なのだろうか?

今度はそれを確かめる必要がある。

 

 

佐天「……」

 

 

そんなことを考えていると、今度は佐天の方が動いてきた。

ダメージを負っていると判断し、追撃に出たのだろう。

佐天の方は、死角に回るようなことはしなかった。

それが機械的な判断なのか、そんな小細工をする必要もないと考えたのかは分からないが、一方通行の正面から攻撃を仕掛けたのだ。

攻撃の手段は蹴り。

鋭いハイキックが一方通行の首筋目掛けて放たれた。

一方通行は、そのムチのような鋭い蹴りを腕でガードするのが精一杯だった。

いや、ガードできただけでも十分怪物と言えるだろう。

なぜなら、佐天もまた音速を超えて動いているのだから。

 

 

一方「ぐっ!!」

 

 

ギシギシと腕に衝撃が加わる。

威力としては、普通の蹴り程度だ。

音速で移動してきたことにより加えられたはずの破壊力は霧散してしまっている。

だが、防御できたとはいえ、このお互いに手の届く距離では分が悪い。

一度、バックステップで佐天から距離を取る。

 

 

一方(なるほどねェ……)

 

 

大体何が起こったのかは理解できた。

反射を相殺さえずに、相手に攻撃を加える方法。

分かってしまえば単純なことだった。

以前にも、同じようなことをする相手がいたではないか。

“反射の膜に触れた瞬間に攻撃を手前に戻す”

つまり、佐天は木原数多と同じことをしているだけなのだ。

ただ、いくつか異なる点は存在する。

木原数多が一方通行の思考パターンを読んでいたのに対して、佐天はそんなことを考える必要はない。

反射によって攻撃が止まってしまうのだから、それから引き戻せばいいことになる。

また、相手の反射によって引き寄せられるのと同時に、自分の反射によっても引き付けられる。

これなら、一方通行とわずかにでも拮抗させられるだけの反射を持っていれば可能となる攻撃方法となる。

木原のように、イチイチ一方通行の思考を読み取る労力はいらない。

だが、この方法には問題点が1つだけあった。

それが『威力』の問題だ。

相手に触れている状態からの攻撃では、破壊力を出すことは到底できない。

その上、相手に押し込むのではなく、引き戻さなければならないのであれば、その難易度は跳ね上がる。

では、佐天はなぜ一方通行を吹き飛ばせるほどの威力を出すことができたのだろうか?

 

 

答えは簡単だ。

佐天は、『ベクトル操作』の能力者なのだ。

静止している状態からでも、大きなベクトルを操作することが可能なのである。

ただし、自分にもその威力が返ってくるので、あまり大きなベクトルを操作する訳にはいかないという弱点は存在する。

大きすぎるベクトルを使うと、今度は自分までダメージを負ってしまうことになる。

 

 

一方(その上、機械でタイムラグなしで攻撃してンじゃ、こっちが操作する暇もねェって訳か……)

 

 

多少なりともタイムラグがあるのならば、攻撃を反らすことができる。

だが、ほぼ触れた瞬間に攻撃を引き戻されるのでは反応できるはずもない。

佐天の反応速度を見る限り、そういった面も補助しているのだろう。

勘に頼って操作をすることも考えられるが、少しでもタイミングが狂えば、音速を超える威力のダメージを受ける可能性もある。

この威力では、かすっただけでも気絶してしまう。

結論から言うと、佐天の攻撃は受けるか、避けるしかないということになるのだ。

反射するという選択肢は、なくなったと考えた方がいいだろう。

 

 

一方(クソッ!! どォすりゃいい? 何か打開案はあるか?)

 

 

お互いに睨みあった状態のまま、頭を高速回転させる。

こうしている間にも、能力を使える時間は刻一刻と消費されていく。

能力使用時間は、残りおよそ25分。

すばやく救出できればと思っていたが、思っていた以上に厄介な相手だということを思い知らされた。

打開策の1つとしては、佐天がやったことを一方通行も実行すればいいといわれるかもしれない。

しかし、一方通行に佐天と同様のことができるだろうか?

というのも、こちらが攻撃している間に、相手から攻撃を受けてはならないという制約条件が付くのだ。

ダメージを受けたら、その演算を続行することは不可能だ。

また、攻撃が通ったとしても問題が発生する。

一方通行の目的は、佐天を救出することであり、佐天にダメージを与えることではない。

つまり、こちらの攻撃を通し、佐天を気絶、あるいは、樹形図の設計者を破壊するまでをノーダメージで実行しなければならない。

概算にはなるが、攻撃を通すまで0.7秒、樹形図の設計者を破壊するまで0.3秒ほど掛かる。

だが、先ほどの反応速度を見るに、反撃までの時間は0.5秒程度。

どう足掻いても、実行は不可能だ。

では、どうすればいい?

一方通行の額から、汗が一筋垂れた。

 

 

そこからの戦いは一方的だった。

どちらが優勢かといえば―――

 

 

一方「がァァァッ!!」

 

 

言うまでもなく佐天が優勢だった。

右手、左手、右手……と機械的に繰り出される拳が、容赦なく一方通行に突き刺さる。

一撃一撃はガードしているため、大きなダメージはないが、連打されるとバカにならない。

確実にダメージは蓄積していた。

 

 

一方(クソッ!! このままじゃジリ貧だ。何か打開策を練らねェと!!)

 

 

そのためには考える時間が欲しい。

超速の中での戦いでは、相手の攻撃に反応することと、能力を使うことで精一杯だ。

となれば、一度距離を離すのがベスト。

行動を取ると決めてしまえば、あとは実行するだけ。

有り得ないスピードの右ストレートが放たれるが、なんとかそれに合わせて後ろに飛び退く。

距離は20mほどだろうか?

稼いだ時間で換算すると、0.05秒ほどの距離である。

 

 

佐天「……」

 

 

何かを警戒しているのか、佐天はすぐには追撃してこない。

その場に、わずかながらの静寂がおとずれる。

だが、休んでいる暇はない。

一方通行は頭をフル回転させている。

この隙に逆転の一手を練らなければ、待っているのは敗北なのだ。

 

 

一方(どォする……)

 

 

様々な案が出ては、それを却下していく。

実行可能かつこの場を逆転できる戦略はあるか?

バッテリーという名の制限時間は刻々と近づいている。

お互いに動きがなかったのは、わずか5秒。

先に動きを再開したのは佐天だった。

 

 

佐天「……」

 

 

足元のベクトルを操作し、一方通行との距離を一気に詰める。

まだ、打開策は見つかっていない。

 

 

一方「チッ!!」

 

 

となれば、できることは時間稼ぎだ。

近づいてくる佐天から距離を離すように上方へと飛んだ。

背中に4つの竜巻を接続させ、一定の高度を維持する。

そんな一方通行を追跡するため、佐天は同じように背中に2本の竜巻を接続させ、強く地面を蹴った。

が、姿勢制御に慣れていないのか、一方通行ほどのスピードは出せないでいる。

 

 

一方(この隙に、―――ッ!?)

 

 

だが、その瞬間、佐天が一気に加速した。

背中に接続させる竜巻の数を4本にして姿勢を安定させたのだ。

一方通行以上のスピードがでていることは間違いない。

その証拠にぐんぐんと2人の距離が縮まってきている。

 

 

一方「スピードはアイツの方が上か」

 

 

これ以上の逃亡は無意味だと考え、一方通行はその場で静止した。

近づいてくる佐天に対して、構えを取る。

構えといっても、相手の動きに対応できるよう両手を前で構えただけである。

しかし、振り返ってみると、佐天の方もわずかながらの距離を取って止まった。

空中戦に自信がないのだろうか?

……そんなはずはない。

そもそもあの戦い方ならば、地上であろうと、空中であろうと関係ない。

では、なぜ静止した?

 

 

一方(待てよ? アレなら……)

 

 

そのわずかながらの時間止まってくれたおかげで、佐天を救える可能性を思いついた。

思いついたというほど大層な作戦ではないが、実行する価値はある。

問題はタイミング。

この作戦には、多少肉を切らせなければならない。

一方通行であろうとも、一撃で成功する可能性は限りなく低い。

そこで、佐天の方に動きがあった。

 

 

佐天「……」

 

 

佐天がゆっくりと左手を上げる。

上空に向かって手のひらをかざしている。

一方通行の位置からだと、夜空に浮かぶ月を鷲づかみにしようとしている風に見える。

一体なんのつもりなのだろうか?

 

 

一方「?」

 

 

周囲に不自然なベクトルの変化は確認できない。

となれば、ブラフか?

その行動に意味のあるとは思えない。

だが、それが樹形図の設計者が導き出した答えならば、何らかの意味が含まれているはずだ。

では、何を意味しているのか?

答えは、すぐに明かされた。

 

 

一方「―――ッ!?」

 

 

その瞬間、

 

 

―――月が眩く発光した。

 

 

一方「なン……だと……?」

 

 

正確には、それは月が発している光ではなかった。

その現象を一方通行は知っている。

というよりも、その現象を発生させたとこがある。

 

高電離気体(プラズマ)

 

空気が圧縮されることにより生まれた、摂氏1万度を超える高熱の塊が発生していた。

直径はおよそ5mほど。

以前の自分の作ったものに比べれば大きさは1/4程度だ。

だが、

 

 

一方「バカな……」

 

 

納得できない。

なぜプラズマを作ることができる?

こんな不確かな『風』の発生しているにも関わらず。

実際に経験したことだが、風の操作によってプラズマを作ることは非常に集中力を要する。

わずかに風の向きが変わっただけで再計算が必要となり、それに失敗すればプラズマは霧散してしまう。

絶対能力進化実験の際には、学園都市中の風車を回転させられたことにより破綻させられてしまった。

だが、目の前の少女は風の流れを完璧に把握している。

こうしている今も、2人で計8本の竜巻が背中に接続されている。

その竜巻が生み出す風はランダムであり、とても人の身で対応しきれるものではない。

そうなると、そんなことを可能にしているのは、

 

 

一方「樹形図の設計者……」

 

 

ありとあらゆるパターンを想定し、齟齬が発生する度に再計算を瞬時に行っているのだろう。

つまり、こちらが風を操っても意味をなさない可能性が高い。

たとえ外からの妨害があろうとも、それを再計算に組み込まれて終了だ。

そして、気づいたことはそれだけではない。

というのも、それは樹形図の設計者のことではなく、佐天涙子本人の特性だった。

 

 

佐天の特性。

それは、『ベクトル操作タイプ』ということだ。

そもそも、ベクトル操作には2つの使用方法に分類することができる。

攻撃性たる『ベクトル操作』と、防護性たる『反射』だ。

前者の『ベクトル操作』は、操作の方向性や始点、大きさなどといったものを、その都度計算しなければならないので難易度は高い。

しかし、後者の『反射』は、一度基礎ができてしまえば、いつでも同じように能力を使用することができる。

だから、『反射』から佐天に教えたのであったが、その実、彼女は『ベクトル操作』の方が向いていたという話だ。

樹形図の設計者の補助を受けた佐天のベクトル操作は、一方通行のそれを完全に上回っている。

代わりに佐天は、反射の強度が弱いという弱点があるが、状況が不利であることには変わりない。

確かに予兆のようなものはあった。

レベルアッパーを使用した際に佐天が初めてできたのは風操作であったし、能力が目覚めた当初はスプーン曲げしかできていなかった。

これが、『反射タイプ』となると、レベルの低いうちにできることが光の反射であったり、音の反射であったりする。

つまり、そもそものスタートがまったく異なってくるのだ。

このことに一方通行が気が付かなかったのも仕方がない。

何しろ『ベクトル操作』を使える能力者は、まだ2例目。

それに、たとえこのことを知っていたとしても、まずは身を守らせるために反射から覚えさせた可能性も高い。

 

 

一方(だが、なンでプラズマなンだ?)

 

 

圧倒的な破壊力を誇るプラズマではあるが、一方通行には通用しない。

どんなに高温の熱源だろうと、一方通行の反射の前には無意味なのである。

相手もそこは重々承知のはずだ。

それとも、その攻撃が通用しないというデータが存在しないのだろうか?

それならそれで構わない。

隙の大きい今のうちに、やれることをやっておこう。

ここから逆転するには、手の届く位置に移動しなければならない。

 

 

一方(危険は承知の上だ。さすがにアレは反射を貫通できねェだろォしな)

 

 

確信はない。

プラズマにまで反射を通過されたら、それこそ跡形も残らない。

だが、その可能性は低いと見ていた。

プラズマほど複雑な計算式を要する攻撃が反射を貫通できるのであれば、最初から遠距離攻撃を仕掛けてきているはずなのである。

ならば、プラズマは無視して構わない。

今は近づくことだけを考えればいい。

だが、そんな思考を読んだかのように、一方通行が移動を開始する前に佐天が左手を振り下ろした。

 

 

一方「チッ!!」

 

 

思わず体が硬直する。

プラズマが放たれたという恐怖からではなく、先に動かれたという焦燥からだ。

マズい。

そのプラズマのせいで、佐天を見失ってしまった。

プラズマの直径はおおよそ5m。

身長160cm前後の佐天の姿など悠々飲み込める大きさだ。

風は大きく乱れていて、どこにいるか探知できない。

 

 

一方「仕方ねェ……」

 

 

どちらにしろ、相手も自分と接近しなければダメージは与えられないはずなのだ。

つまり、このプラズマはあくまで囮。

一時的に姿をくらませて、死角から攻撃してくるという戦法なのだろう。

それならば、それに合わせてこちらも対応すればいい。

 

 

一方(どこからくる?)

 

 

プラズマが迫ってくる。

だが、すでにプラズマなどに気を払ってはいない。

一方通行は、周囲に気を張り巡らせていた。

必ず佐天は死角から来るはずだ。

上か?

あるいは、下からか?

 

 

一方「―――ッ!?」

 

 

神経を集中させていた一方通行が佐天を捉えた。

予想通り佐天は死角から現れた。

ただ、死角といっても、一方通行の心理的死角から。

つまり、一方通行の真正面であるプラズマの中から現れたのである。

 

 

一方「あ、が……」

 

 

気が付いたときには、地面に叩きつけられていた。

まともに一撃を喰らってしまった。

拳か蹴りかも分からなかった。

上空から地面に叩きつけられたダメージはないが、それでもかなりの深手を負ってしまった。

口の中で血の味がする。

 

 

一方(ちくしょう……)

 

 

口の中に溜まった血を地面に吐き捨てると、のろのろと立ち上がった。

体がぐらぐら揺れる。

芯にダメージをもらってしまったせいだろう。

しかし、真正面というのは完全に思考の外だった。

というのも、未だに佐天が全身を反射させているという違和感を拭いきれていないのだ。

そのせいで、無意識に真正面からくるという選択肢を潰してしまっていた。

その結果がこのザマである。

 

 

佐天「……」

 

 

そんな一方通行をあざ笑うかのように、佐天は音もなく地面に着地する。

構えを取っているところを見ると、まだ一方通行は戦闘可能であると判断しているのだろう。

あるいは死亡するまで戦うことを止めないのかもしれない。

バッテリーの時間はまだ十分あるとはいえ、体は満身創痍。

対する佐天はというと、未だダメージ1つない状態。

未だに佐天の反射に対して何もできないでいる。

どちらが有利かなど問うまでもない。

どう見ても敗色は濃厚だ。

 

―――だが、それがどうした?

 

 

一方「……ハッ!! まだ終わってねェだろォが。俺がオマエに勝てねェなンていう幻想はブチ殺してやる」

 

 

あのヒーローのように。

 

 

一方「あ、ぐっ……」

 

 

佐天の容赦ない拳が次々と一方通行に突き刺さる。

顎、首、脇腹など、人の急所と呼ばれる場所に連打を受けていた。

ガードはもうしていない。

それはなぜか?

一方通行も攻勢に出たからである。

攻勢に出たといっても、攻撃は反射によって遮られ、佐天にダメージらしいダメージは与えられていない。

そして、反射を突破する前に的確な反撃を受けているのだ。

その結果、佐天の攻撃はまともに一方通行に通っていた。

 

 

一方「がァァあああああああああああああああああああああああああああ!!」

 

佐天「……」

 

 

しかし、それでも一方通行は立っている。

攻撃の手を弛めることもしない。

何も破れかぶれになってこんなことをしている訳ではない。

一方通行が思いついた作戦というのは、簡単なことだった。

いや、作戦とすら呼べないかもしれない。

それは、佐天の反射の膜に触れた瞬間に手を引き戻すというもの。

要するに、現在こうしている佐天や木原数多と同じことをしようとしているだけなのだ。

勝算はある。

反射を通過させるために0.7秒かかるなら、反射同士が触れ合う前から演算を始めればいい。

ただ、そのタイミングが早すぎたり、遅すぎたりするから失敗してしまうのだ。

もっとも、口で言うほど簡単なことではない。

時間を重ねるごとにシェイクされていく頭で演算を行わなければならないのだ。

最初のうちは0.7秒でよかった演算時間が、わずかずつではあるが遅延していっている。

樹形図の設計者を破壊するのに掛かる時間を0.3秒としても、0.2秒しか誤差は許されていない。

この戦いは、先に破壊に掛かる時間を0.5秒以上にされたら負け。

その前に、樹形図の設計者を破壊できたら勝ち、という構図になっていた。

それも、ダメージを一撃受けるごとに再計算を必要とするハンデ付き。

0.2秒。

普段の一方通行にとっては十分な時間だが、その0.2秒が果てしなく遠い。

 

 

佐天「……」

 

 

一方の佐天は、攻撃の手を弛めることをしなかった。

一方通行の攻撃に対して、的確に反撃し、機械のような正確さで急所に拳を叩き込んでいく。

今の佐天は機械と一体化しているといっても過言ではないのかもしれない。

一方通行が0.7秒要する反射を通過させるための演算を、佐天は0.6秒で完了させていた。

もっとも、樹形図の設計者には、一方通行の反射に対するデータが入っているため、タイムラグなしで正確に攻撃をしている。

ただ、何事もデータ通り行ってはいっている訳ではなかった。

 

 

一方「おおおおおおおおおおァァァああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 

 

計算では、既に一方通行は戦闘不能の状態になってもおかしくはないのである。

そもそも、一方通行は打たれ強くはない。

今まで反射を盾に生活してきたのだから仕方がない。

反射がなくなったのが、2ヶ月ちょっと前ということを考えるとそこまで打たれ強くなったということは考えにくい。

しかし、現に一方通行は立ち続け、攻撃を繰り出している。

彼も自分が不利だと分かっているはずだ。

が、

 

 

佐天「!?」

 

 

かすかに触れられたような気がした。

ほんの一瞬ではあるが、生命線である樹形図の設計者に触れられた。

反射の膜を通過して?

有り得ない。

戦闘中に反射の傾向を解析し、先読みをするなどという芸当ができる訳がない。

その上、こんなボコボコにされている状態なのだ。

普通の人間にできるはずがない。

いや、もしかして、目の前にいる男は人間じゃないのだろうか?

―――分からない。

それに、なぜここまで必死になって戦っているのだろうか?

―――分からない。

彼の目的は?

―――分からない。

学園都市最高のスーパーコンピュータでも答えがわからなかった。

人の心だけは、機械で測ることができない。

『誰かを助けたい』という単純な気持ちでさえ。

 

 

そこから先は、時間との戦いだった。

触れられたのが一瞬であったものが、0.1秒になり、そして0.2秒に達した。

しかし、まだ破壊できない。

ダメージのせいで、破壊するのに必要な演算時間が掛かりすぎているのである。

 

 

一方「諦めてたまるかよォォォおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 

 

叫ぶ。

叫ぶ。

叫ぶ。

意味などない。

そうしていないと意識が飛んでしまいそうだ。

既に体は限界を突破している。

自分でも立っていられるのが不思議なくらいだ。

こうしている間にも、2発、3発と拳が体に喰い込んでくる。

だが、手を止める訳には行かない。

思考を止める訳には行かない。

光の住人を闇から引き上げるために。

自分の失敗を取り返すために。

そして、何より佐天涙子のために。

 

 

一方「おおおおおおおおァァァああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 

 

そして、最後の体力を振り絞って繰り出した攻撃が、佐天に届く。

0.1秒、0.2秒経過。

―――0.3秒が経過した瞬間、バキンという軽い音と共に樹形図の設計者は砕け散った。

同時に佐天の反撃をまともに受けてしまい、数mほど地面を転がって行く。

地面にうつ伏せに倒れたままわずかに顔を上げると、その場で佐天が崩れ落ちているのが見える。

やりきったのだ。

 

 

一方「ハァッ、ハァッ、ハァッ……。ギャハハッ!! あのクソ野郎なンかと似たよォなこと言うのも気に喰わねェが―――」

 

 

まだ立つのには時間が掛かりそうだ。

だが、それでもいいだろう。

一方通行は、満身創痍の体で笑いながらこう叫んだ。

 

 

 

一方「オマエの能力を開発してやったのは誰だと思ってやがンだ!!」

 

 

完全反射「まさか本当に勝っちゃうとはねぇ……。あ、立てる?」

 

 

いつの間に近づいてきたのか、完全反射が一方通行に対してそう問いかける。

勝てるとは思っていなかったらしい。

体に力を入れてみる。

節々は痛むが、これなら自分で歩けそうだ。

 

 

一方「……あァ、大丈夫だ。杖を持ってきてくれ」

 

完全反射「オッケー」

 

 

特に文句を言うでもなく、完全反射は杖を取りに走っていった。

最初に戦っていた場所からは多少移動している。

佐天を発見したのが、第7学区。

現在地が……、おそらく第10学区だろう。

移動しながら戦ったせいで、学区をまたいでしまったらしい。

……杖を盗られていなければいいが。

まあ、戦闘時間が10分ちょっとだったことを考えれば、そんな短時間放置しておいたくらいで盗まれるようなものでもない。

それに、清掃ロボに撤去できる大きさでもない。

さて、それよりもこれからどうするべきだろうか?

まずは、佐天を医者に見せなければならないかもしれない。

短い時間だったとはいえ、樹形図の設計者につながれていたのだ。

どんな副作用があったものか分からない。

とすれば、あのカエル顔の医者に見せるのがベストだろう。

 

 

一方「世話かけさせやがって」

 

 

文句をいいながら、上半身を起こし立ち上がる。

ともかく、佐天に異常が起こっていないか確認することにしよう。

脳波や生体電気の異常がないかどうかくらいなら自分でも確認できる。

ふらつく体にムチを打って、佐天への元へと近づいていく。

電極のスイッチは入れたままだ。

そうしなければ、まともに立ち上がることもできない。

バッテリーは十分以上ある。

戦いが終わった今ケチケチすることもない。

そう戦いは終わった。

 

―――はずだった。

 

 

佐天「ぅ……」

 

 

佐天に近づいていくと、そんな呻き声が聞こえた。

樹形図の設計者を破壊したとはいえ、そのフレームのようなものが未だに頭に付いている。

おそらく、それが痛むのだろう。

苦しそうな表情をしている。

 

 

一方「オイ。大丈夫かよ?」

 

 

なんとか佐天の元にたどりつき、手を伸ばした。

だが、手が触れる前に佐天の方に動きがあった。

 

 

一方「あ?」

 

 

佐天が両目をゆっくりと開けたのだ。

うつろな目でこちらを確認し、上半身を起こした。

まるで操られているかのような動きをしている。

待て。

操られている?

そういえば、樹形図の設計者の他に洗脳装置があったはずだ。

それはどこだ?

樹形図の設計者と一緒に破壊したのだろうか?

その答えをはじき出すより一瞬早く、佐天の手刀が振るわれる。

・ ・ ・ ・

その瞬間、一方通行は全力で能力を使い後方へと飛んだ。

 

その手刀は、一方通行の肌を僅かにかすめた。

だが、吹き飛ばされた訳ではない。

自分で後方へと飛んだのだ。

着地のことを考えていなかったので、地面を何回も転がってやっと動きが止まる。

止まったときには、全身が汗でびっしょりになっていった。

何が起こったのか?

手刀が反射を通過した。

……いや、それだけならまだいい。

今の攻撃の目的は別にあった。

危うく、血を逆流させられるところだったのである。

 

 

一方「なンなンだよそりゃ……。まだ終わりじゃねェってのかよ」

 

 

辛うじて回避に成功した一方通行が、軋む体を起こす。

視界に入ってきたのは、上半身を起こしていただけの佐天がゆっくりと立ち上がるところだった。

さきほど後ろに飛んだ際に蹴り砕いたコンクリートの破片が、いくつか佐天に刺さり血が流れている。

かすり傷程度だ。

もっとも、一方通行に佐天の心配をしている余裕などない。

今の佐天は、樹形図の設計者も破壊され、反射が全身に使われていない。

にも関わらず、一方通行の反射を通過し、あまつさえ、血流操作をしようと試みている。

それは完全に佐天の今の実力を示していることになる。

『反射』を捨て、『ベクトル操作』に特化した戦闘スタイル。

それが本来の佐天の持ち味であるとでも言うかのように。

 

 

一方「ハッ!! いいねェ!! そンくらいやってもらわねェと開発してやった身としてはガッカリだからなァ!!!」

 

 

今の状態では、まともに移動することすら困難だろう。

演算速度も反応速度も著しく落ち込んでいる。

ということは、まともに佐天とぶつからなくてはならない。

頭がかき回され、まともに戦力を分析することもできない。

まともに戦える状態とは、到底いえなかった。

だが、それでも分かっていることが1つだけあった。

それは、佐天の頭に付いた部品を破壊できれば、今度こそ全て終わるということ。

 

 

一方「それだけ分かってりゃ十分だろォがよォォォおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

 

 

佐天目掛けて駆け出す。

もはや真っ直ぐに走ることもできなかった。

それでも走る。

佐天が手刀を構えるが関係ない。

次の一撃で全て終わるのだから。

近づいていく。

5m、4m、3m、2m……。

 

……そして、『救う』ための一方通行の右手と『壊す』ための佐天の右手が交差した。

 

 

10

私は夢を見ていた。

夢の内容は一方通行さんについて。

あの人は見た目は怖いけど、本当は優しくて、面倒見がいい。

頼りがいがあって、ちょっといじけやすいところがかわいい人。

……だと思っていた。

でも、今、目の前にいる人物はそうじゃなかった。

『鬼』

そう形容するのが一番だろう。

手当たり次第に、御坂さんを殺して行く。

時には八つ裂きに。

時には内側から破裂させ。

電車で下敷きにしたこともあった。

そして、そのたびに高笑いをする。

ギャハハハハ。

ギャハハハハ。

ギャハハハハ。

私がいくら止めてと大声を出しても、止まることはなかった。

そもそも、私なんか視界に入ってなかった。

そんな光景をもう何度みただろうか?

気づくと、また最初に戻りループしている。

そんな悪夢。

目をつぶっても、まぶたなんてないかのようにその光景が見える。

これは一方通行さんじゃないって思うたびに、目の前の『鬼』は否定する。

 

 

一方「これが俺だ。殺すのが俺の本能なンだよ」

 

 

ギャハハハハと。

それでも、私は否定できる材料を探し続けた。

心に何か引っかかっていたから。

そして、見つけた。

そうしている間にも何万人御坂さんが殺されたか分からない。

けれど、見つけた。

目の前にいる『鬼』にこう問いかける。

 

 

佐天「打ち止めちゃんや番外個体さんは?」

 

 

目の前の『鬼』は答えない。

そこで私は夢から覚めた。

 

 

11

佐天「ぅぁ……?」

 

一方「やっと起きやがったか……」

 

 

目を覚ますと、目の前には一方通行さんがいた。

辺りが暗くて顔はよく見えないが、たしかに一方通行さんの声だ。

なぜか消え入りそうな声でそんなことを言っている。

それに一方通行さんの右手は私の頭に向かって伸びていた。

あれ?

私も一方通行さんに向かって手を出しているみたいだ。

首の横に手を伸ばしてるけど、何してたんだっけ?

なぜかその右手が濡れてベタベタして気持ちが悪い。

そもそも、私はなんでこんなところにいるんだろう?

 

 

一方「……オマエもやりゃできるじゃねェか」

 

佐天「え? ちょ!?」

 

 

そう言うと、一方通行さんが私にもたれかかってくるように倒れこんだ。

何? 何? どういうこと!?

混乱している頭を働かせるが、良く分からない。

完全に力が抜け切っている。

なんとか引き離そうと力を入れると、そのまま一方通行さんは地面に倒れこむ。

 

 

佐天「……あ、一方通行さん?」

 

 

ジワリと一方通行さんが倒れている辺りのアスファルトの色が変色していくのが分かった。

灰色から赤へ。

それが何を意味するのか理解するのに少々時間を要した。

 

 

佐天「い、嫌ぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 

 

交差した佐天の一撃は、一方通行の動脈を掻き切っていたのだ。

最悪なことに、チョーカーから伸びた電極のコードと共に。

 

 

―――そこで私は気絶してしまい、結局どうなったのかはまだ知らない。

 

 

                    第四章『Real Ability(最悪の相手)』 完

 

 

 

【五章『Is it over?(平穏な日々)』に続く】

 


 
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