No.255949

電波系彼女6

HSさん

ターニングポイント?

2011-08-02 22:19:47 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:308   閲覧ユーザー数:305

 秋葉原で買った珍妙なパーツの数々は鶴の恩返しよろしく

「作業してるときは入ってこないでね」

 と機を追っているんでもあるまいに釘を刺されつつ順調に加工されていたようで、毎日

難しい顔をして食事と店の手伝い以外はほぼ部屋にこもりきりになっていたけれど、今日

になってようやく完成したらしく文字通り息を切らせて俺の部屋に飛び込んできた。

「とうとうできたわよー!」

 アンテナといくつかのスイッチやボタンがこちゃごちゃ取り付けられた謎な物体を嬉し

そうに俺の目の前に置いて何か言って欲しそうな目でこっちを見ている。

 何を作っているのか聞かされていなかった身としては、そうか。としか思えないんだが、

一応聞いてやるのが礼儀ってもんであろう。

「で、これは何なんだ?」

「なんか反応薄いわねぇ、見てわかんない?」

 投げたボールをくわえて戻ってきた犬のような目でこっちを見つめてくる。

「まるっきり」

「ほら、ここ見て、えす、おー、えす。って書いてあるでしょ?」

 そう指を指された部分には202と電卓に表示された数字のような形でレタリングされ

ていた。

「えーっと、ぱるすの住む世界ではどうかは知らないけど、これはどう見ても202だ

ぞ?」

「え……?」

 ぱるすは本気でSOSと書いていたつもりらしく、指摘されたその瞬間鍋に放り込んだ

カニみたいにみるみる真っ赤に顔を染めた。

「や、やあねぇ、ちょっとボケてみただけよ」

「目が泳いでるぞ」

「……そんな事ないわよ」

顔を背けて床を見つめても修正ペンやマジックはそんなところに落ちてないからな。

「間違いは誰にでもあるからこれ以上は突っ込まないけどSOSがどうかしたのか?」

「だからネタとしてやったって言ってるでしょ!もうっ」

 すっかり茹で上がったぱるすカニはなんとも強情だ。俺のためなんて言っていたし、睡

眠時間を削ってまで作ってくれたんだから、コレが何かはわからないけどこれ以上いじめ

るのも可愛そうか?なにかにつけてバカやら言われている立場としてはもうちょっと反撃

したところではあるけど。

「……でSOSって?」

 鍋の中で酸欠寸前までゆでられたぱるすは息をぜいぜいといわせながら呼吸を整えてい

る。

「前に事故の責任取るって言ったじゃない?アンテナもないのに聞こえてきちゃうわたし

のラジオとかの。それでわたしの家に行かないと無理って話だったけど、パパに勝手に転

送されちゃって家に連絡手段も無かったでしょ?だからこの前秋葉原に行ったときに通信

機ってほど立派なものじゃないけど、家に信号を送れる機械を作ったってワケ」

「あーーっ!そういやすっかり忘れ果ててたけどそうだよな、デンパっぽいラジオが聞こ

えてきてたんだったわ、しかも原因はぱるすだったし」

「はあ……人が生まれて始めてアルバイトして買ったお金で買った材料を使って寝る時

間も惜しんで作ったってゆーのに、まさか本人がすっかり忘れてるとはね」

 演技のお手本になりそうなため息を一つつくと、少し不満そうに通信機のアンテナ部分

をつんつんとつつく。

「だってさ、ぱるすが来てからこっち聞こえなくなってたし仕方ないだろ」

 だからってウチで放送開始されても困るけどな。

「でも、結構悩んでたみたいなのに忘れるの早すぎない?ヒカルの頭に詰ってるのは海綿

体?じゃなくスポンジ?」

「トリ頭ですんませんね、どうも喉元過ぎたら暑さを忘れるっつーかさ」

「もうっ、このわたしが人に何かしてあげようなんて思うの凄く珍しいんだから、そこん

とこ感謝して欲しいモンよね」

「いやいや、感謝はしてるって。ただ原因がきれいさっぱり抜け落ちてたから意外だった

だけで」

「そりゃぐちぐち言われる方が面倒だけど、まるで何にも記憶に無かったみたいな言い方

されたら、頑張ったわたしがなんかちょっとバカみたいじゃない」

 アヒルみたいに口を尖らせて怒った様にそう言った。

「まあまあ、こうやって思い出したんだからいいだろ?それにそこまで真剣に考えてくれ

てるって思ってなかったからさ……なんてーか、その……ありがとな」

「な、なによそれ、急に素直になられたら調子が狂うじゃない……」

 俯いているが頬がさっと朱を差したのが見て取れた。女の子の表情がくるくる変わるの

は見ていて楽しいもんだ。

「しっかし、こんなの作れるって凄いよな」

 DVDデッキやパソコンやゲームの配線くらいは苦もなくこなせるけど、一から何かを

作りだせるってのは素直に称賛できる。

「そう?」

「ああ、組み立てキットだったら俺にだって作れるけどさ、何もないところからだろ?フ

ツーじゃなかなか出来ないって」

「ラジオやるのに必要だったから覚えただけで、凄いって言われても実感ないなー」

「ほら、好きなことって勝手に上手になったり覚えたりするじゃない、あれよ、あれ。ヒ

カルにだって好きな物や事の一つくらいはあるでしょ?」

「ないっ」

「……威張って言わなくていいから」

 珍しくツッコミが入った。

しかし本当に好きと言い切れるものなんて無かった。酔っ払ったクジラみたいにふらふら

と生活し、水面に出る一瞬だけ頭を働かせると、また海の中へ還ってゆくのだ。無計画の

塊といわれても仕方なのないこの性格が自分でも時折疎ましくなることもある。

「と、俺の話は横に置いておいて。作ったのは確かに凄い、だけどこのデザインはどうに

かならなかったのか」

「ん、どゆこと?」

「どう見てもこのボタンを押したら自爆しそうなんだけど」

「あら」

 意外そうな顔をするなっ。

「よく気づいたわね」

 透明なカバーのついた真っ赤な丸いボタン。ぱるすに見せられた動画の中では、これを

押すと決まって自爆することになっていた。

「そりゃ色々教わったからな」

「……調教は順調のようね」

 お前、日本語の使い方を間違えてる上に黒いものが漏れてるぞ。だが、いちいち細かい

ところまで付き合っていでも埒が明かないので、とっとと話を進めることにした。

「で、当然これは安全なんだろうな」

 いくらぱるすでも、採石場からダイナマイトを盗み出したり、花火をほぐして火薬を取

り出したりまではするまい。

「大丈夫大丈、見た目だけだから。いくら私でも爆発するものなんてそう簡単に作れない

わよ」

「そうか、それならいいんだけどな」

「次はその機能つけておくから楽しみにしててね」

 やめてください、ほんとに。

「で、これで連絡出来たとして、勘当までは行かないけど追い出された身だろ?誰か迎え

に来てくれるのか?」

「パパって昔から頭に血が上るとなにするか分からない人だからきっと今頃は反省してる

と思うし、それに、もしそうじゃなくてもわたし付きの誰かが気づいてくれると思うのよ

ね」

「あ、でもキレやすいって言っても女に暴力を振るったりってのは絶対に無いから、その

へんはヒカルと共通点があるかも」

「そりゃいいお父さんだな。女の子に手を上げるのだけは許せないんだよな俺。うちの父

親見てれば分かると思うけど、もういい年だってのに母親にベタ惚れだろ?正直ちょっと

恥ずかしい時もあるけどいい夫婦だと思うし、俺が将来結婚……出来ればって前提だけ

ど、ウチみたいな家庭が作れたらいいなってたまに考えたりするよ。とまあ、俺の結婚観

はどうでもいいけど、これを使えばそのうち誰かがぱるすを迎えに来るって事か」

「そうね、いつってのは断言できないけど、こっちの場所さえ特定できれば転送自体は一

瞬で終わるから、後はウチの人達のやる気とあとは運次第かなー」

「ま、ぱるすのラジオ以外に聞こえてきたことは無いから今んとこ実害はないし、いつで

も平気だったりするけど。それよりお付きの人が居たって事は、やっぱりってぱるすって

お嬢様かなんかなのか?」

 お嬢様、財閥、メイド、執事、たまに聞く割にどれも実態の良く分からない言葉だ。

「あー、うん……ま、一応ね。と言ってもウチなんて古いだけが取り得で全然大したこ

とないんだけど。でもなんでやっぱりなんて思ったの?今までそんなの匂わす発言してな

かったはずなんだけど」

 人差し指を口に当てて言う。

「そうだな、例えば飯食ってる時にさ、ぱるすってすげー静かに食べるだろ?会話とかの

事じゃなくてさ、音を立てないし箸やナイフフォークにしてもなんかきちんと型になって

るんだよな。それ以外でもちょっとした仕草が流れるような感じでさ、なんてゆーかな……

人に見られる事が当たり前でそういった場面で恥をかかないように教えられててぎこちな

さが無くてしっかり染み込んでるっつーか……ま、良く分からないけどそんな感じでい

いとこのお嬢様かなんだろなって思ってたんだよな」

 俺だって洋食屋の息子だからテーブルマナーくらいは一通り教えられてるけど、ぱるす

のようにそれが自然な当たり前のようにできるはずも無く、どうしても教わったとおりに

やっています的な不自然さが付きまとう。

「……ヒカルって周りのことに無関心なのかなと思ってたけどそうでもなかったんだ」

 心底驚いたような顔をするな。

「失礼な、んなワケ無いだろ」

「でもよ、でも、ヒカルって自分の周りでなにが起きても驚かないってゆーか、落ち着い

てるよね。例えば私がこっちに来たときとかポーターの話した時だって、不思議だなと思

いつつもまあそれもアリか、みたいな感じで受け入れてたでしょ?もっと突っ込まれると

思ってたから拍子抜けだったけど、他人に興味がないんだろうなって考えたらそんなにお

かしい態度でもないし。だからヒカルはそんなタイプの人なのかなって思ってたんだけど、

わたしの仕草とかちゃんと見てたっていうから驚いちゃって」

 冷静沈着と言ってくれ。

「うーん……ユズにも言われたことがあるんだけど俺って後のことをあまり考えずに行

動しちゃうみたいなんだよな。刹那的ってのとはまた違うと思うんだけど、何かが起こっ

たらその場しのぎで取りあえずなにかやっちゃうみたいなさ、後で問題が起きたらその時

また考えればいいや、くらいな軽い気持ちでなんでも決めてるのは自分でも多少問題があ

るかなーとは思ってるんだけどなかなか改められなくてな。そのせいなのか自分の進路も

適当に流されちゃってるからさーやりたいこととか正直わかんなくてへこむこともあるん

だけど。秋は帳簿付けるの手伝っててそれが合ってたのか将来は財務の資格とるとか言っ

てたし、ユズはユズで真面目なヤツだから聞いたことはないけどなにか決めてるだろうし。

ぱるすだって好きなものがあるからこれだけ積極的に動いてるわけだろ?そーゆーの見て

ると何となく俺ってやばくね?って思うんだけどこれがなかなか、って俺の愚痴になって

どうするよ。だからあれだ、別に他人に無関心なタイプとかってのとは違うんでもし気分

を害してたら許してくれ、スマン」

 自分のことをこんなにすらすらと話すなんてのは俺にしてはかなり珍しいことだ。柚葉

にだってこんな風に話したことはないし家族だって俺のこんな面は知らないはずだ。

「ああ、うん。気分悪くしたりとかそういうのはこれっぽっちも無いから平気よ。でも、

なんだか不思議だな、ヒカルって自分の話なんて今まで殆どしてくれなかったじゃない?

だから飄々としてて掴みどころが無くって、周りにいたのが女だけってのもあるかもしれ

ないけど女の扱いが上手な軽い男だって、少しよ、ほんの少しだけ思ってたからちゃんと

そんな風に色々考えてたのが意外で」

「そんな人を女たらしみたいに……・」

 でもまあ軽いってのは否定しないけど。

「だって仕方ないじゃない、一緒にお買い物に行った時だってわざわざ歩幅を合わせてく

れたり小まめにわたしの体力とか気遣ってくれてたでしょ?人にぶつかりそうになったら

軽く手を引っ張ってくれたりとか……家にいるときだってわたしが話しの輪から外れな

いように色々話題を振ったりしてくれてるの分かるし……今までそんな風に普通の女扱

いされたことって殆ど無かったし、わたしこんな性格でアレだけど一応知らない場所に放

り出されて不安もあったりしたのよ?でもそんなの気にさせないように扱ってくれて

て……そりゃー上手いなーって思ったりもしますって」

 最後の部分はそっぽを向いたままぼそりと消え入りそうな声で言った。

「あー、でも、そんなの特別なことじゃなくて皆普通にやってるんじゃないか?」

「まあね、中にはやる人はいるだろうけど大事なのは行為そのものじゃなくて、ヒカルも

わたしの仕草とかテーブルマナーが自然だって言ってたみたいに、ヒカルのエスコート、

とあえて言わせて貰うけどエスコートは付け焼刃ぽくなくて一緒に居ていい感じなのよ

ね」

「そりゃどうも」

「褒めた甲斐の無いリアクションねぇ……」

「自分が当たり前にやってる事を褒められてもなぁ。別に努力してそうなったわけでもな

いし」

「あらあら自然にやってるなら尚更タチが悪いわね、天然ホスト体質って怖いわあ」

 肩を抱いて怯えた振りをしてくそんな事を言っても瞳の奥に悪戯っぽい表情が浮かんで

いるのが分かる。

 俺がホストならさしずめぱるすはやり手のママと言ったところか?そもそもアルコール

なんて殆ど飲め……全く飲んだことがないのにホストなんて務まるはずないし、クラブ

なんて学校のクラブ活動ですら参加してない上に夜のクラブ活動なんて持っての他、オジ

サン達の憩いの場の高級クラブなんて目にしたことすらないけど。

 いや、ぱるすが言ったのは俺の性格の方向性のことだし酒はこの際関係ないな、うむ。

 何にせよそんな風に人から見られているなんてこれっぽっちも思ったことが無かったん

で多少の驚きがある。自分では人畜無害系の存在感が多少控えめな至って普通の男だと思

っていたんだが、自己分析と他人の見る目ってのは結構かけ離れていて面白い、と自分の

ことながら少し楽しくなってしまった。

「はいはい、俺の話はもういいから本題に戻ろうぜ」

 このままじゃいつまで経っても雑談が続いてしまいそうだ。

「少し脱線しすぎちゃったわね。ま、そんなこんなでこれを使えば連絡が付きそうだから、

せっかくだしヒカルにスイッチを押す大役をさせてあげようかと思って持ってきたわけ

よ」

「そーゆー事なら押させてもらいますかね」

「じゃあ、電源はヒカルの部屋で取らせてもらうけど、向こうが気づくまで付けっぱなし

にしておかないと意味が無いからよろしくね」

 そう言ってコンセントにプラグを差し込むと準備完了したようで、俺の横にストンと腰

を下ろすと右手を取ってボタンに指を誘導してくれた。夏なのにひんやりとした肌の感触

や肩に触れる髪の毛に今更ながら男とは違うものを感じたりしてどこが他人に興味がない

んだって話だけど、どう見てもエロいだけです本当に有難うございました。

「んじゃ押しますよっと」

 赤い丸ボタンに指を乗せ力を込めようとしたその瞬間、ゴスッと鈍い音を響かせてぱる

すから頭突きを食らった。不意打ちなんてレベルじゃないぞこれ。

「いてーよ」

「ちょっとー、ボタンを押すってシチュエーションなのにお約束の科白を言わないってど

ーゆー事よ」

 お約束?

「ボタンを押すときは『ぽちっとな』でしょう常識的に考えて」

 常識の壁をぶち破って登場した上に金髪碧眼という外見で日本語をぺらぺらと喋り捲る

非常識の博覧会のようなヤツには一番言われたくないセリフだ。

「ああ、そんなのもあったな」

「ボタンを押すときはぽちっとな、自己紹介のただ文面はただの人間には興味がない以下略、

若さって何?って聞かれたら振り向かない事さって答えるし、絶対に続く言葉は領域でし

ょ、愛の告白は1万と2000年前から愛してるって風に宇宙開闢から続くフォーマット

ってゆーものがあるんだからそれは守ってもらわないと」

「宇宙開闢以来って180億年前からかよ!随分スケールのでかいお約束だな、ってのは

まあいいとして、ぽちっとな、でいんだよな?」

 ぱるすに影響、いや汚染されたのか、こういったオタクの遊び心をやや楽しいと思い始

めた俺がいる。要するに先生に付けるあだ名や飲食店で3番イコールトイレ意味すると言

った様なコミュニティの中でのみ通じるスラングみたいなものだと思うと理解がしやすい

だろう。

 そして俺は多分ぱるすと同じ世界を幾分か共有したいと思い始めている。

 頷くぱるすを確認すると再びボタンに指を乗せ二人揃って声を出す。

「ぽちっとなー」

 ……何処かで何かが爆発するでもなく、当然自爆もしなかった。ただ低い作動音を一

瞬響かせただけの地味な結果。

「えーっと、これで……いいのか?」

「何不満そうな顔してるのよ、前フリでさんざ説明したら盛り上がるものも盛り上がらな

いってゆーのっ」

 逆切れかよ!

「まあいいわ。これで後はウチからの反応待つだけだし、ようやく一仕事終わったって感

じね」

「完璧に馴染んでたから忘れてたけど、ぱるすは連絡ついたら帰っちゃうんだよな」

「なぁに?この薄幸可憐な超美少女のわたしに会えなくなるのがそんなに寂しい?」

 髪の毛を手の甲ではね上げながら言った。不本意ながら非常に可愛く見える。

「どう見ても薄幸そうには見えないし、可憐と美少女ってのはまあ否定しないけどさ」

「親に無理やり家から放り出されるのは幸薄いと思うんだけどなー」

「でも普通薄幸そうなって言ったら、病室の窓からちょっと顔のぞかせてるようなタイプ

だと思うぜ?色白ってのはぱるすも共通してるけど、どうみてもお前は健康優良児だろ」

 むぅ、と一言発して鼻に皺を寄せると窓へ顔を向けこう続けた。

「先生……あの葉っぱが全部落ちる頃、わたしはもう生きていないのね……」

「わたし、一度でいいから普通の女の子みたいにみんなと遊んだり恋をしてみたかった

な……」

「ぱるす君、弱気になっちゃ駄目だ。今は難しくてもそのうちきっといい治療方法が……

ってなあぱるす、盛り上がってるところ悪いが俺は先生でもないしお前は不治の病でもな

い。しかも外に木は植わってないし見えるのはユズの部屋だけだ……強いて言うなら前

のおつむが不治の病なんだろうし、一番の問題はお前のキャラが病弱とは真逆の方向にあ

るって所だろうな」

「なによー、自分だってちょっとは乗ってきたくせにー」

「そりゃー小芝居始めたのに放置するってわけにもいかないだろ」

「ヒカルのそうやって取りあえず一度は付き合ってくれる所は好きだけど、それにしても

切り上げるのが早くないー?しかも真逆の方向とか、こんなか弱い女の子を捕まえてあん

まりな言い草だわ、体つきだってどっちかといえば華奢なほうだと思うんだけど……ほ

ら骨だってこんなに細いじゃない」

 そう言うとがしっと俺の手をつかんで無理やり手首を握らせたり鎖骨の部分に指を触れ

させようとする。

 俺は懸命に鼻血をこらえならがなんとか手を振り払った。

「だ、だから、その強引なところが薄幸そうなってのとは正反対だといってるのに」

「はいはい、本当は嬉しい癖に照れないの」

 くくくっと意地の悪い笑いを一つして立ち上がると、んっしょと伸びをして、

「ユズにもわたしが帰るっての伝えておかなくちゃね」

 そう言って柚葉を呼びに行ってしまった。

 その後姿にきゅっと胸が締め付けられるものを感じたのは、単に別れに対する切なさな

のかぱるすが対象だからなのか良く分からない。

 ただ、思えば出会いから今まで驚かされっぱなしな事の連続で、平凡を絵に描いたよう

な存在の俺の日常に入り込んできた闖入者はこちらの予想の斜め上を行く発言やその行動

で俺の感情をかき乱し、平穏で凪いでいた生活を一気に荒波へと押し出した。かと思えば

唐突に女の子らしい一面をちらりと見せたりとセイレンの魔女の歌もかくやといった魅力

も持ち合わせていて、俺は気づかないうちに心の一部分を絡め取られていたのかもしれな

い。そして今では柚葉とはまた別な存在として自分の中に確固たる地位を築いている。

 

「久しぶりね、元気だった?」

 ひょいと身軽にベランダを乗り越えて部屋にやってきた柚葉を見て、ほんの一週間程度

でしかないのに確かに久しぶりに感じるのは、隣に住んでいて毎日顔を合わせるのが当た

り前のような状態になっていたせいだろうか。ぱるすが来てからというもの、その世話や

(ペットかよ!)その他のこまごまとした事に追われて時間が過ぎるのがとても早く感じ

たけれど、そっちの影響もあるかもしれない。

「何か……変わったか?」

 見た目は何も変わってないように思うけれど何となく受ける印象が今までと違う。

「ううん、別に」

 怪訝な表情をして俺の顔を覗き込む柚葉と一瞬視線が絡んだ。

 おかしいな、鼓動も速まっているし髪で隠れてるけれど耳たぶもじんじんと熱を持って

いる感じだ。柚葉の隣にちょこんと座っているぱるすを見ても同様で、女の子が二人もい

る部屋に軽い息苦しさを感じている。

 錆付いた機械に油を注してギリギリと音を立ててゆっくり動き始めるように、今まで知

らなかった感情が溢れ出てきて俺は困惑した。

「……?」

「い、いや別になにも……」

「そう、ならいいけど」

 じっとこちらを見つめる視線にうろたえてしまったのを気取られているかもと思うと、

ますます気恥ずかしさを感じる。どこかに穴があったらーーーーーいや、無くても自分で

掘り返してその中に入りたい気分だ。

「ぱるす……帰っちゃうんだってね」

「元々アクシデントでこっちに来ちゃっただけだし、あまりお邪魔は出来ないから早めに

帰らないとなーとは思ってたけど、色々楽しい事が多くてずるずるとしちゃってたからな

ぁ」

 スッと表情を消して上を見上げたぱるすの視線の先には、天井を遥か越えて空やその更

に向こう側が見えているようだった。

 世界からこの部屋だけが隔絶されてしまったんじゃないかと錯覚するほどの静寂。

 集く虫の音や表を走る車のクラクションや自転車のベル、通りを行き交う子供たちの喋

り声まで一切の音が消え去った部屋で、俺たちは互いの心の声が聞こえてきそうな時間を

共有した。

「何しんみりしちゃってるのよ、別に今すぐってわけじゃないし、二度と会えなくなるっ

てわけでもないんだし」

 だけど偶然ここにやってきたって事は、ぱるすが帰ってしまったら再び見えるには偶然

に頼るしかないんじゃないかと思った。

「そうね、いつ迎えの人が来るかなんて分かんないんだし今色々考えても仕方ないわね」

 柚葉は沈みかけた空気をその一言で簡単に入れ替えると俺を見ながら、んふふと含み笑

いをしながらこう続ける、

「でも、ぱるすとはまだまだまだ色々話し足りないな……」

「話し足りないって言っても、いつそんなに喋ってるんだ?俺の部屋通り抜けてるって事

もなさそうだし」

 やれやれといった調子で手のひらを天に向け頭を振るぱるすから鋭い声がした。

「バカねえ、ユズの部屋までいくのは別にヒカルの部屋を……ゴメンやり直していい?」

「ん?」

 何をやり直すんだと問いかけようと思った俺の答えも聞かずにすっくと立ち上がると、

鋭い顔で軽く髪を掻き揚げ両手を腰に、その後右手でびしっと音が出るほどの勢いで俺を

指差した。

「あんたバカァ?ユズの部屋に行くんなら普通に玄関からお邪魔すればいいだけの話でし

ょう」

 そう言い放つと、どうよとばかりに胸を張り何かをやり遂げた人間にだけ出来る満面の

笑みでストンと腰を落とした。

 あー、赤いドイツのあの子ね、と言うのは分かったが似てない物マネを見させられるほ

ど辛い事は無いので、

「アンダーカバー……潜入捜査がなんだって?」

 そうとぼけて見せた俺がその後ぱるすに折檻を食らったのは言うまでもない。

 俺の多少のヒットポイントと引き換えにすっかりいつもの雰囲気に戻ったのはいいが、

今度はさっきから感じ始めた違和感というかドキドキする感情を表に出さないようにする

のに精一杯で、一々会話の内容まで聞いていなかったのが不味かった。

 ふんふんと生返事を返していると、

「ちょっとー、ちゃんと話きいてるー?」

「またボンヤリして、女の子二人に囲まれて心ここにあらずなんていい度胸してるわね」

 と交互に悪態をつかれつつ、頭を抱きかかえられ「もしもぉーし」とノックをされたり、

顔をぐっと近づけて両手で俺の顔を挟んだりとやりたい放題だ。

 それがますます俺を緊張させるんだが、それを知ってか知らずか普段よりもスキンシッ

プが激しい気がする、ほんといつもならどうってことない事なのにどうしちまったんだろ

うな。

「ほらまた黙る、ヒカルらしくないわよ?」

 そういってぱるすに腕を捕まれるんだが、どうにも口が動かない。咄嗟に言い返せない

自分に軽い苛立ちを感じ始めていた。

「さっき私に何か変わったか?って聞いてきたけどヒカルの方がよっぽどだと思う。熱は

無い?風邪とか引いてない?」

 心配してこつんとおでこをぶつけてくる柚葉をなんとか避けてやり過ごし、

「盛り上がってるとこ悪いな、なんか少し夏ばてっつーかだるいから横になりたいんだけ

ど。続きはぱるすの部屋ででもやってもらっていいか?」

 やっとのことでそれだけを口から搾り出すと、

「ヒカルが居ないとつまんなーい」

 という、こんな状態じゃなければとても嬉しく思える返事が返ってきたけど、このまま

一緒にいたらこっちがどうにかなってしまいそうだし、その声を無視して部屋から追い出

すと後ろ手でドアを閉じる。

「ふぅ」

 ベッドに体を投げ出し目を瞑るとさっきまでのことがまぶたの裏に浮かんできた。

 そもそも、俺がぱるすやユズに対してドキドキするのっておかしくね?昨日まではなん

とも無かったんだし、やっぱ俺熱でもあんのかねえ……それにさ、体がちょっと触れ合

っただけで照れるとか有り得ないよな、さっきだって顔抱えられたときむぎゅっと当たっ

た胸を感じて思わず「うおおおおお」とか叫んで部屋中飛び回りそうになったのをグッと

こらえたし。でも、買い物行ったりして腕組んだり手を繋いだりとかさ頭なでてやるのは

するのは平気だったよな。ま、今やれって言われてもちょい難しいかもしんないけど……。

俺がいないとつまんないってのも何俺素直に喜んじゃってるのよ、普段ならはいはいって

流すところなのに言葉に詰っちゃってるし……。大体さ、女の子を相手にして心臓ばく

ばくしたり緊張したりとかさ、そんなまるで恋愛みたいな感情なんて女の子として意識し

て無いと生まれないけどあの二人だぜ?一人は昔っからの付き合いで家族みたいなモンだ

と思ってたし、いやまあ言い換えれば気心が知れてて気の置けない相手ともいえるけど……。

もう一人は俺の常識の向こう側から足を踏み入れてきたようなヤツだしさ、ってこれも言

い換えればミステリアスと取れなくも無いか、ちょっとオタク入ってるけどそれ以外は普

通っつかいい子だしな……。でも、どう考えてもそれは無いだろ?そりゃ軽口叩いて可

愛いやらなんやらは言うけど、そんなの誰に対しても……言ってないな、そういえば……。

それにさ、恋愛感情つってももう17だぜ?そんなちょっと触れただけでドキドキとか目

を見て話せないとかさ初恋じゃないんだしさ。

 って冷静に考えると俺今まで好きな子っていた事あったっけ?記憶のページを幾らめく

ってみてもそこにはユズと遊んだ記憶しかない。

 待て、ってじゃああれか?今俺が感じてるのは初恋っぽいもの?冗談だろ?そりゃ小さ

い頃から遊ぶ女の子といえばユズと秋くらいしか居なかったし、男友達つってもおままご

とに付き合ってくれるヤツなんて居なかったから殆ど幼稚園や学校だけの付き合いだった

し俺の交友範囲がめちゃ狭いってのは自覚してる。

 それにしても初恋ってのはないだろ、もっかいよく思い出せ、子供の頃憧れた幼稚園の

先生はいなかったか?……園長先生が白ヒゲの外国人ってのしかおぼえてねぇ。低学年

のクラスメイトはどうだ?……ずっとユズと一緒だったせいでその付属品って程度でし

か捕らえてなかったから、そこそこ遊んだ相手はいたはずなんだが名前すらでてこない。

中学時代は……帰宅部だったから部活動の女子マネなんて縁が無かったし、クラスメイ

トと遊ぶっていっても男相手ばかりだった上にこの頃からユズとセットで見られてきてた

からなぁ。

 考えれば考えるほど今まで女の子に対してこんな感情を持ったことがない事だけが浮き

彫りになる。

 ま、まあ、その……なんだ。俺が今までそっちの方向に疎かったってのは認めよう、

恐らく事実だろうし。

 その矛先がユズってのは幼馴染の腐れ縁でベタだけど一応理解は出来る。ワガママだけ

ど可愛いし、俺の事を気にかけてくれてもいる。努力している所を人に見られるのはあま

り好きじゃないからお気楽そうに見えるけど、受験勉強も毎日深夜まできっちりやってい

たのを俺は知ってるし結構な努力家だと思う。

 人当たりもいいし俺の事をバカ呼ばわりするのを除けばいい女の子だよな。実際それな

りにモテてるわけだし。

 ただ、ぱるすに対しても同じような感情を持ってるのが自分でも不思議だ。

 付き合いが長いわけじゃないからディープな趣味の持ち主でお嬢様っぽい育ちっての位

しか知らないし、見た目だけで恋愛感情が持てるならとっくに初恋なんて終わっていたは

ずだ。

 なーにがきっかけでこんな風になっちゃったんだろうな……。

 でも、良く考えるとこんな性格だから好きだ、ってのはその相手が気になってからの理

由付けには出来るけど、それがきっかけって事にはなりえないって事に気づいた。もしそ

れが成り立つのなら『優しい人が好き』ってのは優しい人全てに対して恋愛感情を持つっ

て事になるしな。って、つまり俺がぱるすに感じているのは一目ぼれとかそんな感じなの

か?

 いや……そもそもどうして二人の事が気になり始めたのかなんて理由を深く掘り下げ

るのはやめよう。原因なんてそう大した問題じゃないし、あまり考えすぎると今まで俺が

二人に対して取ってきた行動を思い出して色々墓穴を掘りそうな気がする。

 

「なんつーか……凄い破壊力だな」

 言葉でしか知らなかった感情に翻弄されて、風邪を引いたときに中途半端な熱がでて眠

りたいのに眠れない、ベッドにもぐりこんだのはいいが全身がうずうずして動かずには居

られない、それと似た状態に陥って一人ベッドの上で顔色をくるくる変えつつ枕に顔をう

ずめてみたり、手足をばたばた動かすことしか出来ない、何の意味もない行動だけれどな

にかをやっていないと自分の感情に押しつぶされてしまいそうだった。


 
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