No.251503

秘密の惑星

満月狐さん

近未来のある星を舞台としたSF

SF

2011-07-31 22:55:33 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:509   閲覧ユーザー数:445

 

 数百、数千年の旅を経てようやく届いた星々のイルミネーションを眺めつつ、私はコーヒーパックにストローをさして中身を吸った。

 窓ガラスには日焼けしたオールバックの男が映っていた。

 ……言うまでもなく私である。

 比較的広いスペースと柔らかい座席が用意されていたが、閉鎖空間に長時間いるといささか疲労感をおぼえる。固まった筋肉や関節を早く伸ばして楽になりたい。

「乗務員よりお知らせいたします。只今、地球政府が指定する特別保護区域の領域に入りました。これより管理官が皆様の入星許可証の確認いたしますのであらかじめお手元にご用意いただけるようお願いいたします」

 私は、太陽系外にある惑星ジリン行きの宇宙バスに乗っていた。月面都市ニュートンを出発したのは二週間前のことである。これでもここ十年の技術革新で所要時間は約三日短縮している。だが、このバスの乗客があまりいないのはその長い航海のせいではない。理由はきわめて単純でこの星は地球政府にとって、いや人類にとって重要な土地だからだ。そもそもジリンという惑星は、西暦二千二百五年に一攫千金を求めてあても無く宇宙で資源を探す悪名高き宇宙開拓者のひとりであるビル=ジリンによって発見された。

 一躍時の人となったジリンは二十三世紀を代表する人物に祭り上げられたが、人口増加に悩む地球にとってジリンはこれ以上ない解決策として注目されたことが彼の不運であった。彼が手にするはずだった全ての権利は『合法的』に地球政府に帰属することとなった。結果はいうまでもなくジリンは空虚な名声と惑星の対価としてはささやかな報酬、ただしそれでも人の生涯収入くらいはあるのだが、を手にすることとなる。地球政府のやり方は搾取だという批判は免れないとしても、人類が直面していた人口爆発という危機は惑星ジリンの接収という悲劇に対する情状酌量の材料となるだろう。無論地球政府は抱えていた問題に対して無策であったわけではない。限界を超え人口問題の解決策としてあげられていたのは火星のテラフォーミングである。しかし、科学技術の発達によりある程度の惑星間飛行ができるようになったとはいえ、火星のテラフォーミングは完了までに七百年はかかるという試算が地球科学アカデミーによって出された事で事実上お蔵入となった。だから惑星ジリンの発見は地球政府にとっては神からの贈り物にも思えたのだ。

 望まぬ結果を手にしたビル=ジリンのその後を知る者はいない。あるものは言う。彼は新たな星を探しに、更なる辺境へと旅立ったと。またあるものは言う。惑星ジリンを己の手に戻すために、ゲリラとなって地下に潜っているのだと。

真相はわからない。ただわかっているのは、二十年経った現在、彼の名を冠した惑星ジリンだけが、彼の存在を人々の記憶に残す碑となっているということだ。

 その碑は移住計画のための調査をするために、許可を得なければ入ることができない。

 私は電子新聞『ガイアプラス』の記者として、貴重な許可証を手に入れた。 

 もはや多くのテレビやネットの記事で手垢がつきまくりな希望の星を自分の目で見たくなったのだ。なぜならジリンのことで知られているのはビル=ジリンの悲劇と豊かな自然があるという程度である。正直それくらいのことであれば何十年も特別保護区域に指定するほどのことではないと思う。なにかあるかもしれない。それは記者としてのカンが希望なのかわからないがそう感じた。

「許可証を拝見」

 私の座席に管理官が巡回してきた。私は胸元から一枚のカードを取り、差し出した。

管理官はかけていた眼鏡のフレームに軽く触れる。するとそのレンズに、カードに埋め込まれたチップの情報が表示された。

「シンジロウ=アリマさん。確かに本人と確認します。……それで、ガイアプラスの記者で、ジリンでは調査隊の取材をすることになっている、と。はい、許可もあるのでこのまま入星なさって結構です」

 返された入星許可証をまた胸に戻すと空になったパックを手すりの脇に設置されたダストボックスに放り込んだ。

 

                   ◇

 

 ジリンの地を踏んだのは審査から一時間後である。

 私は宇宙バスの発着ターミナル出入り口で出迎えをしてくれるはずの男性を待っていた。

 その人物は調査団の広報でジリンの案内をしてくれるということになっている。顔は惑星間通信で話したことがあるのでお互いに認識している。短い金髪の黒人、狐のように釣りあがった目とあごだけ生やしている長い髭。

 視線をさまよわせながらその特徴に当てはまる顔を捜す。私と一緒にジリンに来た人々は、皆調査団の居住エリアへ向かうバスに乗って行ってしまった。残された私だけが、挙動不審気味に人を探している。

「待つのも仕事か」、と呟きながら着替えなどが入ったスーツケースに座る。

ジリンは地球の月にあたる衛星が恒星クローディア(ジリンの妻の名から名づけられた)であり、それがこの星に命をもたらした。ただ、地球と違うのはオゾン層に当たる部分が地球には無い物質ジリナニウムによってできている。それが近すぎる恒星の熱と光を、生命が活動できるレベルまでに調整している。それは既存の地球上の機械では大気から抽出するのが困難なためなぜこのような効果をもっているのか今のところ全くもって不明である。ほかにどのような効果があるのかも同様である。その未知の部分を解明すべく調査団の中にはジリナニウムを研究目的とする科学者もいた。

 

 待ち人来たらずとじっとしていると、地球とは反対の冷たい冬風が容赦なく私の肌を痛めつける。

 そんな私に同情したのだろうか。発着ターミナルの清掃をしているアジア人らしき老人がゆらゆらと湯気が出ている紅茶を差し入れしてくれた。

 私は「ありがとう」と答えると、その好意に甘える事にした。

 件の男性が来たのは、結局二時間も経ってである。

「すみません!」

 赤いEV車を飛ばしてきた彼は、私を見るなり地面につきそうなくらいに頭を下げた。

 それまで文句のひとつでもいってやろうと待ち構えていたのだが、何か言うのも憚れるほどに、何度も何度も謝る。

「いいですよ。ジリンの雰囲気を楽しめることが出来ましたからね」

 思っていたこととは反対の言葉が出てきた。

「いや、言い訳になるかもしれないですが、総合管理センターで予期せぬトラブルが起きてしまったので、その対処で職員全員がてんやわんやの有様でして。もっと早く来ようと思ったのですが、こんな時間になってしまいました」

「トラブル? 大丈夫ですか?」

「いえ、それが実はまだ真っ最中で。しかし、これ以上貴方を待たせるわけには行かないですから」

 そういうと、彼は車の助手席へと私を招いた。私から荷物を受け取った彼はトランクに入れると運転席に座りエンジンをつける。電気自動車が普及してもう二百年ほどになる。今ではガソリン車というものは、金持ちの道楽か博物館の展示品だ。それになぜか油田が見つからないこの異境の地に置いては、地球からガソリンを運んで動かすと言う非効率的な事はしない。

 フロントガラスから見える景色が音も無く滑らかに動き出す。地球であれば、歩行者に警告するために、人工のエンジン音をつけるが、歩行者がほとんどいないこの地ではその必要も無いのだ。

「そういえば、挨拶がまだでした。私がジリン総合管理センターの広報フランシス・ポルニィです。アリマさんの滞在中は一切合切私がサポートさせてもらいます」

「お願いします。ところで先ほどの話ですが、トラブルというのは一体何が起こったのですか?」

 ポルニィ氏は少し顔をしかめた。何か触れて欲しくない出来事だと言うのが、その表情からありありとわかる。

「アリマさん。私は地球憲法にも明記されている人々の知る権利と言うものを尊重しますし、ジャーナリストの使命と言うのにも敬意を持っています。しかし、組織に属する人間として、公にするべきではない情報と言うのはあると思います。私は広報ですが、組織を守ることとジャーナリズムとの橋渡しをすることが仕事だと思っています。ですから、私が貴方の取材でできるのはそのルールに従った協力であることを理解してください」

「――結構です。あなたの立場もよくわかりますから」

 ポルニィ氏は安堵したように深い息を吐いた。

「では、まずは調査団員の居住エリアに行きましょう。貴方が滞在するコテージを用意しています」

「お心遣い感謝します」

 居住エリアには二十分後に着いた。エリア内の建物はニタイプに分かれており、ひとつは私が止まるような木造のコテージ、そしてもうひとつがコンクリートで作られた集合住宅である。

「あちらの建物はこちらと違うようですが何が違うのですか?」

「基本的に調査団員、そして私たち総合管理センターの職員はあちらの集合住宅に住む事になっています。あちらでは部屋にも調査のための高価な分析器や超高速計算機などがあり、また研究者同志が議論できるホットラインなどもしいています。つまりは生活の合間にも調査ができるようになっていんです。対してコテージは地球政府からのお客様や貴方のように取材でお越しになった方々をお泊めするゲストハウスのような役割をもっているのです」

 その説明に私は納得する。ここにいる目的が違えば必要とする機能も違う、というのは極めて理に叶った話である。時間があればあちらの建物でどのような生活をしているのかを見せて欲しいのだが。それは後でポルニィ氏に頼む事としよう。

 荷物を与えられたコテージに置くと次の予定へと移る。

 居住エリアから研究エリアの一棟へと向かう。そこは各分野の権威といわる科学者達、上級調査団員といわれる人々が働いている。私はその中でもこの調査団の責任者であり、最も高名な生物学者ロック博士と話す機会を得た。

 

                   ◇                     

 

 ロック博士の部屋は二十階建ての建物の最上階にあった。

 部屋に入ると小柄な老人が私を出迎えた。

「やあ、よく来たね」

 ロック博士は椅子から立ち上がると、私に握手を求めてきた。私は皺だらけの手の感触を得る。人類最高の英知と呼ばれる人物を前に私は緊張を覚えた。

 その緊張がロック博士にも伝わったのだろう。ロック博士は二度軽く私の二の腕を叩いた。それは「安心しろ」と呼びかけているようだった。

 私は深く深呼吸すると、インタビューを始める。

 左隣にはポルニィ氏が、そしてテーブルを挟んで正面にロック博士が、革の応接ソファに腰掛ける。

「では、始めに調査団の活動目的についてお聞かせください」

 テーブルに録音スイッチを入れたレコーダーコインを置く。

「うん、まずこの惑星ジリンは二十年前に発見された経緯については、今や小学校の教科書にも載っている事だから説明する必要は無いだろう。それはまさに奇跡だった。発見された事もそうだがこのように地球型の惑星が存在し、しかも先住の知的生命体が居ない状態で見つかったこともだ。君も知っている通り、当時、いや今もだが、地球人は増えすぎた人口について頭を抱えていた。しかし、惑星ジリンが別惑星への移住という可能性を大きく高めてくれたわけだ。とはいうもののこのジリンがどんなに地球に似ていても、生態系や地質学的なことについては何もわかっていない。だからこそ、調査をしなければ安心して移住することはできない。わかるかね?」

「わかります。むやみやたらに移住計画を進めれば、潜在するリスクを被るかもしれない。たとえば、未知の病原菌であったり、毒を持つ動物、地震や嵐といった気象現象……」

「そのとおり、それこそがが我々調査団がこの異境の地にいる理由なのだ」

「それで、これまでの調査でなにか移住の障害となるような要素を発見したことは?」

「いや、この星は、きわめて無害だ。おそらく明日この地に移民を受けれたとしても何も問題はないだろう。――だが」

「だが?」ロック博士が最後に付け加えた一言は、私に聞き取れるか、聞き取れないくらいのかぼそい独り言であっった。しかし、私にはそれが妙に引っかかった。

「いや、これは科学者としての意見ではなく、個人的な見解にすぎん。記事にできるようなものではない」

 私はレコーダーコインのスイッチを切った。

「では、オフレコで」

 ロック博士は逡巡しつつ続けた。

「……気になる点は無害すぎると言うことだ。この星には肉食動物というものが全くいない。それゆえに、地球の動植物が得た毒やカモフラージュといった能力はなにもない」

「それは、我々地球人にとって好都合ではないのですか?」

「そう、地球人にとってはな。だが、生存競争を生き残っていない動物がこれほどまでに豊かな暮らしをしてきたのはどういうことなのだろう。肉食動物は、確かに食われるものにとっては不幸なことではあるが、生態系の調整という役割も持っている。草食動物が増えすぎれば植物は食害によって全滅し、そして結果、すべての動植物は死に絶える。その調整もなしに絶妙なバランスを保つことが出来たのはいったいどういう事なのか。そこに、この星の大きな秘密が隠されているような気がするのだ」

 私には、ロック博士が抱いている危惧を理解することは出来なかった。人類にとって問題なのは、ジリンに移住できるか否かということである。もし可であるならば、すみやかに計画を遂行すべきではないのか。

「それではロック博士、これからの調査団の活動についてお聞かせください」

 私はレコーダーコインのスイッチを再び入れる。ロック博士は眼鏡をとると胸から取り出したハンカチでレンズを拭いた。直接見える瞳は、私ではなくどこか別のものをみているようである。

「順調にいけば、あと五年ほどで惑星全体の調査は終わるだろう。そうなれば地球政府評議長のもとで、移住計画が進められるはずだ。それで私たち調査団はお役ご免。懐かしの我が故郷、地球へと帰還する」

 眼鏡をかけると、先ほどまでの感情の揺らぎは消え、理知的な科学者としての顔に戻っていた。

「後は、君がその眼で見ていくといい。時間はたっぷりとあるのだろう?」

「はい、ここには二週間滞在する予定です」

「ふむ、では気をつけて。ポルニィ君、後は頼んだよ」

 

                   ◇

 

 ロック博士を訪ねた後、私は長旅の疲れからか早めに休むことにした。

 次の日ポルニィ氏が案内してくれたのは地質学者のミリア=コーディ博士の元である。

 エミリィ=コーディ博士は、私を登山家に仕立てて、標高二千五百メートルのサンミシャイン山に登らせた。

 正直言って私は体力には自信が無かった。大学時代に少しばかり陸上競技に熱中したことはあるがそれも十七年前の事、もはや思い出といっていいだろう。今私の身体には年月と言う無慈悲な存在によって贅肉がたっぷりとついている。

 半日かかって頂上へとたどり着いた時には、私はなんとか息をするのがやっとだった。

 そんな私にポルニィ氏は水筒を差し出した。

「とんだハイキングになりましたね」

 水筒の中身は水だった。とても冷たくそして味わいのある水で汗で水分を失った身体に染みとおるようであった。少し苦味を感じるので硬水だろうか。

「その水は、このジリンで調達したものなんです。この山の麓(ルビ:ふもと)に湖があるんですが、そこは全く不純物のない澄んだ水なのです。調査団の飲料水は全てその湖の水でまかなっているのですよ」

「……こんなおいしい水は地球でも飲めないよ」

 私のお世辞抜きの感想だった。

 しかし、コーディ博士は息切れしている私を見て、

「だらしない人ね。それでよくここまで取材なんてしに来たものだわ」

 、といった。コーディ博士は、はじめから私のことを歓迎していないようであった。初対面の私が何かをしただろうか。まったく身に覚えがない。

 落ち込む気分を振り払うようにもう一口水を飲んだ。私は彼女の機嫌をとるのではなく、この地でいかなる調査が行われれているのかを取材するのが目的なのだ。言葉の中に潜む鋭い剣を受けたとしても、それ気にするべきではない。彼女が二十歳そこそこの若い娘であることも、まともに取り合うこともないと思わせてくれた。

 私がコーディ博士と争う姿勢を見せない事で、ポルニィ氏は内心ホッとしているようだ。

「ここには、何があるというのですか。コーディ博士?」

 ようやく荒れた呼吸を整えると、この登山の真意を尋ねた。

 コーディ博士は赤毛の長髪をくるくると人差し指に絡ませながら、呆れたように私を見た。

「この素晴らしい眺めを見て、何も感じないの? 記者という人種には、感性というものが欠けているのかしら」

「確かにいい景色ですが、地球でもアルプスへいけば、これくらいの絶景には拝めるのではないですか?」

「わかっていないわね。これ誰かの手で作られたものだと言っても、そんなのんきな事をいえるのかしら?」

 その言葉に、驚いたのは私よりもポルニィ氏であったろう。彼は狼狽しつつ、コーディ博士の言葉を止めようとした。

「コーディ博士、ここで調査を続けたいならば、その話をそこまでに」

 警告にも聞こえる言葉に、コーディ博士はかまわず話を続けた。私自身その続きを聞きたかった。昨日、ロック博士が抱いていた疑問。それに関係があるような気がしたのだ。

 コーディ博士の言う事を要約すると、彼女ははじめこの星の地層などを調べていたがそのうちある奇妙な点に気がついた。それはいくら掘り返しても、動物の骨や化石、石油、石炭といったもの、言い換えれば生命が生きた「証」ともいえるものがなかったのだ。だが、そんな事は本当ならばありえない。

 そこで私は聞いた。ないのではなく見つからなかったのではないかと。

 だが、コーディ博士はまたもや私に冷たい視線を浴びせつつ「すべての土地を調べた」と答えた。

 調査の話に戻るが、「証」が見つからない調査団はその理由を探るためにボーリングで採取した地層サンプルを炭素年代測定で調べたところ、驚くべき事実が判明した。それはすべてのサンプルが今から三十年から四十年前のものということである。

 二十年まえに発見されたときには、すでにこの星はこの自然豊かな惑星であった事を考えると、十年から二十年しか時間が無い。そんな短期間で地球レベルの自然になるのは何者かによる外部要因なければならない。

 私は理解した。やはりロック博士の疑問とつながっている。いくつもの世代を重ねたのであれば、このぬるま湯のような世界で命が続くのは難しい。しかし、今生きている動植物たちが、「第一世代」「第二世代」であればどうであろうか。数のバランスが取れているのはあたりまえのことだ。まだ、その均衡を崩すまでの増加が出来ていないのだ。

 

「その話は、貴方だけの意見なのですか?」

「いえ、兄も、私の兄で上級調査団員のダニエル=コーディも同じ結論を出している。でも、それを研究団に訴えてもまともに取り上げてくれなかったわ。だから、地球の報道機関に資料を含めて送っても、結局は地球政府の圧力で握りつぶされてしまった。ジャーナリストは真実を追究するなんてカッコいいこといって結局強いものに尻尾を振る詐欺師なのよ」

 青い瞳に怒りの炎が見えた。何故、私にこれほどまでの敵意を向けるのかがわかった。彼女達の訴えを、どこかのメディアが取り上げなかった。その憎しみが記者という肩書きを持つ私に向かっているのだ。

「アリマさん、コーディ博士は疲れているのです。どうか今日の取材はここで終わりにして下さい」

 私よりも一回り大きい体が私とコーディ博士の間に割って入った。

 私は、違和感を感じた。彼女を私に引き合わせれば、何を話すのかなんて予想できた事であろう。なのに数多く居る研究者の中で、何故会えて彼女を取材させたのか。

 やっている事が矛盾しているように思えた。

「ポルニィさん、私の取材について、誰がスケジュールを組んだのですか?」

「それは、責任者であるロック博士が。地球にいる方々にも、ここの活動をよく理解してもらえるようにと、最適と思える人物や場所のピックアップをなさりました」

 となると、この時間は、ロック博士の意図が絡んでいるということであろう。そう考えたとき、私は昨日のロック博士の呟きが、別の意味を持っているのではないかという疑念を抱く。

 あれば、独り言ではなかった。独り言であれば、もっと小さい声であっても良かった。

だが、もしも、私に聞かせることが目的であるならば。

 ポルニィ氏は組織としての役目を第一にするといった。だから、余計な波紋を招きかねないコーディ博士の発言を止めようとした。対してロック博士はコーディ博士の先ほどの話を聞いて欲しかった。ロック博士の学者としてのプライドと地球政府の意向を受けた調査団という組織の間に、なんらかの齟齬が生じているのかもしれない。

「コーディ博士、お兄さんのダニエル=コーディ博士はいまどこに」

「ダニエル=コーディ博士は、数日前からから自分の宿舎へ帰っておりません。しかし、ここでは調査で数日から数週間出払うということは珍しい話ではありません。今回のスケジュールにも彼のことは入っていませんから。あまり気になさらないで下さい」

 ポルニィ氏はコーディ博士の代わりに答える。

「調査と言うのはどこに行ったのかわからないのですか?」

「調査企画書も提出されない、緊急行動でしたのでわかりません」

「緊急行動? トラブルでもあったのですか?」

「いえ、時間的な制約がある場合、たとえばある一定時間内にしか観測できない事象が起きた場合、企画書なしで行動する事があるのです。規則では許されないのですが、現場としてそれを遵守していれば時を逸してしまいますからね。黙認と言う形で行われています」

 私は、足元から手のひらに納まるほどの石を拾うと、それを足元に見える森へと放り投げた。放物線をかき石は飛んでいく。やがて、その姿は肉眼で捉えることが出来ぬほどに小さくなった。

「この惑星が人工的に作られたとして、一体どこの誰が、何の目的で作ったのですか」

「それは、……わからない。ひとつ言えるのは、地球人とは比較にならないほどに高度な科学技術を持つ存在だわね」

「まさか、『神』というのではないでしょうね」

「信仰の対象ではなく人間を超越した力を持つ高次元の存在を指すのであれば、確かに『神』という言葉が当てはまるわ」

 私は子供の頃読んだアーサー=クラークのある小説を思い出した、物語の中では人類の進化はモノリスと言う謎の存在によって促された。仮にコーディ博士の言う事が真実であるならば、この惑星にもモノリスのごとき存在があるのかもしれない。

「アリマさん、貴方の事を思って忠告します。どうかコーディ博士の言う事をまともに取らないで下さい。彼女は優れた学者ですが、その才能が時として常識を超えてこのような妄想を生み出してしまうのです。ああ、貴方をここに連れてくるべきではなかった。死んでも治らぬ妄想癖の兄と違って妹はもう少しまともだと思っていたのに」

「兄も私も正常な思考をしているわ。わけがわからないのは貴方達政府の人間でしょう!」

「帰りましょう。アリマさん。次の予定にいきます」

 ポルニィ氏は、私の返事を聞く前に、もう山を下り始めた。私は怒りを露わにしているコーディ博士を見る。彼女はさっさと行けと言わんばかりに、大きく手を振っている。

私は、ズボンのポケットからメモ帳をとると、私のギャラクシーコール(宇宙専用通信)端末のアドレスを速記してその手に握らせた。そしてすぐにポルニィ氏の後を追う。

 メモを渡したときのコーディ博士の顔には、私の意図が見えず困惑しているようであった。だが、私にもはっきりとした気持ちはわからない。半信半疑と言うのが本当のところだろう。だが、半信であるならば、やはりその真偽を確かめてみるのが記者と言うものだ。

 

                   ◇

 

 ベッドにおいていたギャラクシーコールが鳴ったのは、その日夜遅くのことであった。

 だが、私の予想とは違い、その相手は聞き覚えのない男性の声であった。

「誰です?」すでに眠りについていた私は半分夢の中で答えた。

『妹からこのアドレスを聞きました。地球の記者さんですね』

 瞬間、毛布をはね飛ばして起き上がる。

「ダニエル=コーディ博士?」

『ええ、すみませんが、時間がないので手短に話します』

「博士、今、どこにいらっしゃるのですか?」

『クローディアです』

 私は耳を疑った。

「クローディア? まさかあの恒星の中にいるというのですか!」

『はい、ここにこそ、このジリンの謎を解く鍵がありました。――記者さん、ジリンはね。想い出なのです』

「想い出? いったい誰の想い出なのです。いや、それ以前に貴方の仰ることの意味がわかりかねます」

「クローディアの想い出です。彼女は、今はもうこの宇宙から消滅した夫の想い出をジリンという惑星(ルビ:ほし)にしているのです。いいですか、クローディアは恒星ではありません。一つの惑星級生命体なのです。クローディアはこのつくられたジリンではなく真なるジリンと、ふたつでひとつの夫婦でした。しかし、生命である以上寿命というものがあります。真なるジリンは死を迎え、肉が腐るようにバラバラとなってしまいました。長くクローディアは悲しみの中にいたのですが、やがてその想い出を偲ぶためにあるものを創ったのです」

「……それが今のジリン。しかし、どうやって。クローディアには手も足もない」

「彼女は考えました。そこで依頼したのです。かつて同じような惑星を創ったとされる異星人の職人たちに。その対価は彼女自身が恒星となって彼らにエネルギーを提供すること。クローディアは元はこのジリンと同じような姿をしていたのです。――恒星となることでクローディアの命を削っています。だが隣に愛する夫の面影を眺めることが出来るのであれば、その苦しみも耐えられるのです」

 その瞬間、私の頭に一つの考えが浮かんだ。

「まさか、ジリナニウムはその異星人たちが創り出したモノなのですか?」

「そうです。ジリナニウムを通じて遙か遠い銀河にいる異星人たちにクローディアの出したエネルギーが運ばれています。時間と空間を越えてエネルギーを供給する。人間の知恵では到底及ばぬ高いテクノロジーです。そして、今『同じような惑星を創った』と言いましたが、彼らが遠き昔に創り出した作品、それが『地球」なのです。――ジリンには肉食動物は居ませんが、おそらく依頼したクローディアの優しい性格が影響しているのかもしれません」

 私は混乱していた。

 私が月面都市を出発するときには、なにかあるかもしれないという予感があった。それと同時に現実としてはは単純に科学者たちの功績を紹介するだけで終わるだろうという予想もしていた。それがどうだ。ジリンはつくられたものです。クローディアは生きています。そして地球も自然ならざる存在ではありません。今までの価値観が180度ひっくり返るような事実を告げられて私はどうすればいいのだ。

 記事として書くことはできる。だが、地球には、未だ世界が神の御業により生まれたと固く信じている人たちがいる。そしてそう信ぜざるを得ない人たちが。その人たちによって痛罵されるだろう。なぜなら、そういった人たちは進化論も頑迷に否定している。

 私が沈黙をしていると、ダニエル=コーディ博士は、子供に諭すように優しく語り始めた。

「いきなり、このようなことを聞かされて、さぞ混乱していることでしょう。しかし、今言ったことはまぎれもない真実なのです。そして、クローディアの気持ちを考えるとここに数百万、数千万の人々が移住することは正しい行いではありません。そこで彼女は決断しました。このジリンがこれ以上地球人の手で汚(ルビ:けが)される前に、地球人の手の届かぬところへと逃げることを」

 逃げるだって! 馬鹿な、そんな馬鹿なことができるのか?

 近所へ散歩しに行くというような、軽い口調であるが、現実には意思を持った恒星が、惑星を連れて移動するというのだ。私がかろうじて残っていた常識と理性の壁を、宇宙船で突き破られたような気がする。

「だから貴方は明日にでもここを立ち去ってください。妹にはすでに警告をしています」

「博士、貴方は……」

「私にはもう肉体はないのです。私のことを危険視した総合管理センターの職員によって、クローディアに放り込まれました。クローディアは真実に近づいていた私のことに同情して意識を同化させてくれたのです。それでもこうして話せるのは、クローディアの力を借りることでギャラクシーコールのネットワークにハッキングしているからなのです」

 絶句する。目障りだからといって殺しまでしてしまう総合管理センターの非情さに。いやその後ろにいるのは、一刻も早く移住計画を進めたい地球政府の高官たちだろう。

そして、通信回線にも張り込むことが出来るクローディアの力に。惑星レベルの生命体となると、いわゆる超能力を人間が手足を動かすように使いこなすことが出来るのかもしれない。

「も……う、げ…かいだ。これ以上は、通信を維持することが、出来……い。は……、去って……」

 途切れ途切れの言葉を残し通信は切れた。

 私は誰ともつながっていない端末を眺めながら、ダニエル=コーディ博士の言葉に従うべきかと一晩中悩むことになった。

 

                   ◇

 

「アリマさん、本当に帰られるのですか?」

 私は身内の不幸という口実をつくり、いったん地球に帰ることにした。ポルニィ氏には事が済んだらまた来ると言うことで話をしているが、果たしていつまでこの惑星はあるだろうか。ジリンが動き出したならば、おそらくポルニィ氏もすぐに地球へと逃げ帰ることであろう。

 宇宙バスの発着ポートには、ポルニィ氏の他にもうひとり見送りがいた。

 いうまでもなく、エミリィ=コーディ博士である。

 私は、彼女の耳元でささやく。

「貴女はどうするのですか」

「私はこの星と運命をともにする。たとえ、皆が逃げても。だって兄を置いて一人だけ帰れないわ。偉そうなことを言うけど、本当は寂しがり屋だもの。私が居てあげないとね」

 私ははじめてコーディ博士の笑顔を見たような気がした。無意識に彼女の頭を撫でていた。もうすぐ四十で未だ独り身ではあるが、もし娘がいるならばこのような感覚になるのだろうか。

 その先にあるのは孤独な道である。しかし、自分で選んだ道であるならば、決して後悔することはないだろう。

 出発時刻が表示された案内ボードへと目をやる。私が乗る便はまもなく出発するようだ。お別れにポルニィ氏と握手をして私は出発カウンターへと向かった。

 私が七日間の旅を終えて再び月面都市ニュートンへと帰還したとき、ニュースではジリンとクローディアの移動を報じていた。

 調査団はすみやかに撤収するそうである。

 そして、電子新聞のローカルニュースの片隅に、ポルニィ氏が運転するEV車が突然制御不能になり、サンシャイン山の麓にある湖に沈んだという記事が載っていた。

 引き上げてもおそらく車に異常はないだろう。

 なぜなら、彼はダニエル=コーディ博士の暗殺に関わっており、その報いを受けたのだ。ダニエル=コーディ博士は昨夜言っていた総合管理センターの職員に殺されたのだと。そして、その言葉があってポルニィ氏の山の頂上で、怒りのあまり吐き捨てた、『死んでも治らぬ妄想癖の兄』というフレーズを考えると、侮蔑の言葉ではなくダニエル=コーディ博士がすでに死んでいるということを思わず口にしてしまったのではないか。

 しかし、彼は所詮使い走りに過ぎない。そう考えると多少の同情を感じた。

 私はこれからクローディアが生命体であること。それを隠蔽するために地球政府が行ったことについて追求するつもりだ。

だが、リジン、そして地球がつくられたものであることは、秘密のままにしておこうと思う。

 だってそうだろう。真実はバチカンを始め、多くの宗教、そして信者をを傷つける。弱い人間にはすがる神が必要なのだから。

 だから私も祈ろう。

 この秘密をこの身が朽ち果てるまで保てるように。

 

 天にまします我らが父よ。すべてが終わるまで私を守りたまえ。アーメン

 

 
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