No.248837

【T&B】10話を観た直後妄想【虎&兎】

NJさん

10話を観た直後に妄想した、10話直後話です。
相棒としてのタイガーとバーナビー。

2011-07-30 23:04:51 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:582   閲覧ユーザー数:565

 シュテルンビルトがウロボロスに制圧されて、三日。

 市民からヒーローに寄せられた信頼は失墜し、街は恐怖と不安で硬直していた。

 HERO TVは放送の自粛を余儀なくされ、ヒーローの各スポンサーはいつ明けるともしれない状況に、ヒーロー事業の撤退を検討もした。

 とはいえ、今はそんなことを明言する時期ですらない。

 シュテルンビルトに本社を構える以上、スポンサー企業さえもウロボロスの「人質」にほかならないのだ。

 

 

 

「バニー」

 ぺた、と裸足で床を蹴る足音とともに、名前を――正確にはバーナビーだが――呼びかけられて、我に返った。

 顔を上げると、既に日は高くのぼっている。

 何時間こうしていたのか、思い出せない。机に肘をついて蹲るようにしていた体を伸ばすと、骨が軋むような音をあげた。

「ほら、飯だ」

 彼がいつからここにいるのかもわからない。

 勝手に家に入ってきて、勝手にキッチンを使ったのか、と言いたいところだが、バーナビーはそれを嚥下した。

 上下の唇が乾いて貼り付いたようになっている。浅く呼吸を繰り返すだけで、それも意識していないと忘れてしまいそうになる。

「いい加減、なんか食わないと倒れるぞ」

 そう言って差し出されたのは、ピラフだった。

 本人曰く「焼きメシだ」ということだが、そこから立ち上る香ばしい香りも、今はバーナビーの気持ちをちっとも惹きつけない。

「……おじさんが食べてください」

 久しぶりに吐き出した声は、自分のものとは思えないほど嗄れていた。

 両親を亡くした直後、しばらくの間言葉を発することができなくなった時期があった。ただでさえ主人を亡くしたばかりのサマンサはひどく嘆き、悲しんでくれたが、それも理解できないほど心がどこか遠くへ行ってしまったようだった。

 あの時、両親を亡くした後に初めて発した言葉は何だったか――

「よし! じゃあ半分こするか」

 彼が勢いよくピラフの皿を置くと、米粒が机の上に飛び散った。

 それを拾おうともせず、彼はキッチンへ踵を返してしまった。もう一枚皿を持ってくるつもりだろうか。

 何も食べる気がしないのだと言わなければわからないのか、――いや、言ってもわかってはもらえないだろう。お節介な彼のことだ。

「ほら、バニーちゃんも言ってただろ?」

 キッチンから戻ってきた彼の手には、ペリエが二本と、スプーンが一本握られていた。

 彼の言い分は大方想像がつく。

 洗い物が面倒だとでも言うつもりだろう。

「最近俺本当に太ったかと思ってさァ」

 音をたててスプーンを置いた彼が、おもむろにシャツの裾をまくり上げると腹部を撫でた。

「――……」

 贅肉が乗っているようには見えない。年齢を気にしているのか、それとも習慣なのか、ヒーローという職業に誇りを持っているからなのか、彼がトレーニングを怠っているのを見たことはない。

 ヒーローが市民から不信の目で見られるようになった今でもだ。

 ウロボロスがNEXTによる犯罪組織だと言われる今、NEXT全体が加害者であるかのように見られ、街は二分していた。

 ひとつの悪に立ち向かわなければならないというのに、誰もが正常な判断をできなくなっている。

 ――それはバーナビー自身も例外ではないかもしれないが。

「ほらほら」

 押し黙ったバーナビーの視界の端で、彼が腹部の肉をつまんでみせた。

 太ったかどうかなんて、実際のところは知らない。

 バーナビーは冷えたペリエの瓶を取ると、栓を開けた。

「中年太りじゃないですか」

 ピラフには手をつけず炭酸水を喉に流し込むと、乾いて罅割れた大地に爽やかな風が通り抜けていくような感じがした。

 確かに、彼の言うとおりこの三日間、何も口にしていない。水分すら。相当喉が乾いていたのだろう。

 しかし、バーナビーは二口水を飲み下すと、瓶を押しやった。

「……、」

 顔を上げなくても、彼がどんな表情をして自分を見ているかわかる。

 そんなことがわかるほど、長く一緒に居すぎた。

 彼が今この場にいなければ、頭を抱え込んで、喚き出してしまいたい。何十年たっても、自分は両親を亡くしたあの時のままだ。少しも成長していない。

 精神も、能力も。

「……バニーちゃん、あの時俺を助けに来たことを後悔してるんじゃねェのか」

 神妙な彼の声。

 バーナビーは心の奥に熱く蠢く大きな塊のような感情を噛み殺すように唇を結び直すと、短く息を吐いた。笑ったつもりだった。

「まさか」

 ゆっくりと顔を上げると、目眩がした。

 椅子の背凭れに、身を沈める。

「あの時、橋に来るなと言ったのはおじさんですよ。俺を信用できないのかって」

「っ、だから――」

 バーナビーは眼鏡を外すと、目を瞑った。目頭をつまむ。

 体の中を炎が渦巻いている。

 両親を焼き殺したあの炎が、まだ自分の中で燻っている。待っているのに、いつまでたっても自分を焼き殺してくれない。自分だけを。

「知らないんですか? 僕は天邪鬼なんですよ。どうして僕がおじさんの言いなりにならなきゃいけないんです」

 窓の外は明るい。

 しかし、街はウロボロスの影に怯え、硬直している。

 まるでシュテルンビルト全体がバーナビーの心を映しているかのようだ。

 ヒーローは助けてくれない。誰も、バーナビーを救いはしない。自分がヒーローになったって、同じことだ。

「――もう帰ってください」

 バーナビーは掠れた声で呟いた。

「おじさんも、娘さんの元にいてあげたほうがいいでしょう」

 確か、九つになる娘がいると言っていた。

 ヒーローであることを隠しているようだし、こんな時に親がそばにいないのは心細いだろう。こうなってしまってはもうヒーローも何もないんだから。

「嫌だね」

 彼が大きな掌で机の上を叩きつけると、皿の上のスプーンが踊った。

 思わず目を開いたバーナビーの目の前に、憮然とした表情が押し迫っていた。

 よくみると、彼の顔にも無精髭が目立つ。

 ウロボロスのシュテルンビルト制圧から三日。思えば、彼はずっとここにいた気がする。バーナビーの傍に。

 何も手につかない、建設的に物事考えられず、錯乱状態にあったバーナビーを見守ってくれていた。

 彼もまた、今日まで何も口にしていないはずだ。

「知らないんですかぁ? ボクはアマノジャクなんです」

 憎たらしい口調でバーナビーの言葉をそっくり繰り返して、彼は下唇を突き出したしかめ面を浮かべた。

 思わず呆れるほど、相変わらずの子どもじみた仕種だ。

「楓なら大丈夫だ。――俺は、あいつのためにこの街を守らなきゃならない」

 ふんと鼻を鳴らした彼が腰に手をあてがって胸をはる。

 ――続く言葉はわかってる。きっとこうだ。

「俺は、ヒーローだからな!」

 やっぱり。

 バーナビーは力なく笑って視線を伏せた。

 この状況下でヒーローだなんて、と馬鹿にしたくてもその言葉も出てこない。

「んで、」

 力をなくしてうつむいたバーナビーの目の前に、乾いた、大きな掌が飛び込んできた。

 顔を上げる。

 彼が、こちらを見ていた。驚くほど強い眼差しで。

「お前は俺の、相棒だ。――だろ?」

 不器用なウインク。

 バーナビーはしばらく呆れたようにその顔を見上げてから、苦笑した。


 
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