No.247869

黄昏の幕間 (斬撃のレギンレイヴ・シグフレイヤ)

野次缶さん

『31.女神フレイヤの最期』から『32.封印の地へ』の間までに一休止があったと妄想して。カプ未満ですが。

2011-07-30 17:29:56 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:1181   閲覧ユーザー数:1173

 

 

ブルグント王国、その巨大な城の中。

明日は封印の地にブルグント王国の全軍が収集され、巨神の軍勢との全面衝突だ。

ゴート王国からの援軍、アルヴィルダ姫率いるゴート兵と火竜の塔サラマンデルも加わり、まさに総攻撃に相応しい面子が集まっている。ロキの封印を何としてでも死守しなければ、世界が終わってしまう。

今はその幕間、より激しい戦いのために身体を休める黄昏時だった。

 

夕陽が沈む西の空を見上げながら、シグムンドは城下町を離れ一人小さな林の中にいた。

林の中には小川が流れており、ライン川から繋がっている川の内の小さなひとつであるらしい。大河から流れ込む川の水はブルグント王国にとっても重要な水源のようだ。

林を抜けて小川の前に出たシグムンドは、小川の中に人影を見て立ち止まった。

人影も同時にこちらに気付いたようで、岩に腰掛けたまま振り返る。

波を描き輝く金色の髪にまだ年端も行かないような美貌の少女、女神フレイヤだ。

フレイヤは小川の中にどっしりと腰を据えている岩に座り、素足を水に浸していた。

 

「シグムンド。どうしたのですか?」

 

凛とした声が問いかけてくる。シグムンドは肩を竦めながら片手に持っていた弓を見せた。

 

「鹿か猪か何かいないかと思ってな。この国は豊かだが肉の類が少なすぎる。いい加減まともな肉が食いたいから、自分で探しに来た」

「……あなたらしいですね」

 

シグムンドの答えにフレイヤは微かに笑った。会ったばかりの頃は危機的な状況もあり硬い表情しか見ていなかったのだが、最近フレイヤは兄神フレイ以外の相手に対してもよく笑うようになった。

見ると川岸にはフレイヤのものだと思われるすね当てや鉄靴や篭手等の鎧一式が置かれている。今の彼女はすらりと伸びる素足や細い腕を川風にさらしていた。

 

「けれど、シグムンド。ここには鹿も猪もいませんよ。獣だけはではなく、小鳥も小さな動物達も……」

 

岩に添えられていた右手をそっと上げ、フレイヤは水を掬うような動作で手を中空にかざす。

 

「動物達は巨神の侵攻で逃げてしまったようです。ここにいるのは、人間達と彼らが飼育している動物と、私と兄様だけ。元より、あなた達の森ほど沢山はいなかったようですが」

「……ったく、ロクでもないな」

 

ガリガリと頭を掻くシグムンドにフレイヤはまた微笑んだ。

ぱしゃ、とフレイヤの小さな白い足が水面を乱す。

……この細い身体で、こんなに頼りない腕と脚で男達に引けを取らないほどの戦いっぷりを見せるのが今更ながらシグムンドには不思議に思えてきた。恐らく神は人間とは身体の作りが違っているのだろうが……しかしこうして見ると、非力な少女にしか見えない。

 

「そういえば、フレイヤはここで何をしているんだ」

 

ふと問いかけると、フレイヤは可笑しそうに首を小さく傾げる。さら、と波打つ金の髪が揺れて輝き、耳元から胸元に零れて落ちた。

 

「水に足を浸しています」

「それは解るが。……疲れているのか?」

「いいえ。それを言うならば私よりもあなた達の方でしょう。明日は厳しい戦いになるはず。休まなくていいのですか」

「肉がありゃもっとマシな休憩になる」

 

くすくすと鈴を転がすようにフレイヤが笑った。

その笑顔は、神というにはどうにも……無邪気すぎて、シグムンドは居心地が悪いようなくすぐったいような、それでいてここから離れ難いような、奇妙な感覚に黙って視線を逸らす。さらさらと川の流れる音。

傾く夕陽が彼女の髪を溶けるような蜂蜜色に染めている。フレイヤは顔を上げ、空を見た。

 

「私は、約束を――していたのですが」

「約束?」

「ええ。ユラン平原からここに来るまでに、街がありましたよね。そこの方と。無事に逃げ延びる事が出来たら、共に飲み交わしましょうと……」

「その約束、行かなくていいのか? 酒場は、今日は出撃する兵士ならば無料で飲めるとかで開放していたが」

「…………」

 

頷きながら、フレイヤは川面に視線を移す。

 

「逃げ延びた人達の中に、その方はいませんでした」

「……そうか」

 

だからこんな所で一人いるのだろうか。

一人、物思いに耽るように。

 

「――それなら、俺と飲むか」

「え?」

 

思いつきを口にすると、フレイヤは丸く見開いた眼で見上げてきた。

シグムンドは苦笑しつつ頷く。

 

「実はな、ヘルギやヴェルンドにも誘われている。ここには酒のつまみを獲りに来たんだ」

「……ですが」

「ついでにフレイも連れて来るといい。もしそいつを見失っていただけなら、これだけ目立つ奴らが揃っていたらすぐに見つけられるだろう」

 

笑って弓を背負うシグムンドに、フレイヤは一瞬息を飲み眼を更に丸くしたが、すぐにふっと微笑んだ。

 

「解りました、付き合いましょう」

「なら、行くか。肉は無理だったが女神は見つけたんだ、言い訳くらいにはなるだろう」

 

シグムンドが手を差し出すと、フレイヤはくすくすと笑いながらその手を掴み岩から起き上がった。白い花びらのようなフレイヤのスカートがふわりと広がる。それは裾が川の水面に触れても濡れていなかった。

掴んだ手は、とてもとても小さく柔らかい。

傾く夕陽がまろやかなその線を、より儚く見せていた。

 

 


 
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