No.234100

暁美ほむらの陥落

Six315さん

短編です。ほむら視点のほむさや。さやかちゃん生存ルートのつもり。pixivに投稿したもの貼り直してみたり。(表示テストも兼ねて)

2011-07-26 15:18:32 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:687   閲覧ユーザー数:687

 

「おかえり! 可愛い女の子だと思った? 残念、さやかちゃんでした!」

 台所からくるりくるりと回転しながら飛び出してきたのはエプロンを着た美樹さやかで、そのままバランスを崩してふらりふらり。

「ひゃあああああ!」

 ……はぁ。

 私は溜息混じりに時間を止め、さっと側に歩み寄る。停止解除。とすっ、と美樹さやかの身体が腕の中におさまる。

「あ、ありがと、ほむら」

 見る見るうちに顔が真っ赤になる美樹さやか。

 馬鹿ね。

「醜態を見られて恥ずかしがるくらいなら、最初からしなければ良いのに」

「え、えとですね」

 余程恥じているのか、顔をそむける。

「そ、そういうわけじゃなくて、さやかちゃんとしてはですね、この超接近距離、非常にドキがムネムネというかムラムラというか……」

「……それもそうね」

 美樹さやかを立たせて、離れる。

「私も、過度の肉体的接触は好きじゃないわ」

「え……」

 なぜそんなに傷ついた顔をするの? ……要望に応えたつもりだったのだけれど。

「もしかしてあたし、嫌われてる……?」

 どうしてそうなるの? わけがわからないわ。

 というか、今にも自殺しそうな顔でこっちを見ないで頂戴。

 眼の端に涙まで溜めて……まだ、立ち直ってないのかしら、失恋から。

「嫌ってなどいないわ」

 私は美樹さやかを放っておけなかった。同情? わからない。けれど、涙を流させたくないと、思った。

「行きましょう、夕食、用意してくれていたのでしょう?」

 手を引いて茶の間に。ちゃぶ台の上にはカレーライスと付け合わせ――ブロッコリーを、パン粉と一緒に炒めたもの。以前、テレビで見て作り方をメモしておいたものだ。

「ありがとう、私が食べたかったものを作っていてくれたのね」

 メモは、鍵のかかった引き出しの中に入れていたはずだけど……それを問うのは、あとにしましょう。

「座っていて。飲み物は私が用意するわ」

「うん」

 いまだ沈んだ表情の美樹さやか。

「ごめん、食べ終わったら、すぐ帰るね……」

 ひどく申し訳なさそうに、顔を伏せる。

 

 それを見ているうちに、ひどく心臓のあたりが苦しくなって、このまま帰してはいけないという声が心の奥から聞こえてくる。私はそれに抗えなかった。

 気が付くと、口を開いていた。

「帰る必要なんて、ないわ」

 言いながら、これで何日目だろうかと頭の中で数える。5日目だ。

「貴女の心が楽になるのなら、いつまでだってこの家に居て構わない」

 それは私の本心だろうか? それとも、その場しのぎの嘘?

 ただ“家に帰れば誰かが居る”という現状が嬉しいのは確かで――

「夕食、ありがとう。今日だけじゃなくて、毎日毎日。とても感謝しているわ」

 私は美樹さやかの背中を撫でる――入院中、私が泣いていると、看護師はこうして慰めてくれたものだ。

「うん……悪いね、手間かけさせちゃって」

 涙をぬぐう、さやか。

「今日も泊まってっていいんだよね?」

「ええ」

「邪魔じゃない?」

「居ないときっと、寂しいわ」

「ほんとう?」

「ええ」

「愛してる?」

「それは飛躍し過ぎよ」

 ちぇー、と唇を尖らせるさやか。

 ……冗談にしてはちょっと面白くないわ。

 けれども、元気は戻ったようね。よかった。

「じゃ、食べましょ」

「よっしゃー! この家のカレーはさやかちゃんがジャンジャン食べまくっちゃいますからねー」

「私の分も残しておいて頂戴」

 美樹さやかの手作りチキンヨーグルトカレーは、レトルトとは比べ物にならないくらい美味だった。

 

「ね、手、繋いでいいかな」

「好きにすると善いわ」

「やったね」

 掌に暖かい感触。

「最近これがないと眠れなくってさー」

 と言った数秒後、さやかは眠りに落ちていた。

「すぴー」

 一緒に寝るのは、これで5回目。

 ことの起こりは、失恋した美樹さやかを家に上げたこと。泣き濡れる彼女を一晩中宥め、側で話を聞いていた。その日からというもの、美樹さやかはずっと私の家に住み着いている。

 私自身、少し思うところがあって、美樹さやかに対して友好的に接してきたけれど……こんなことになるなんて、思っていなかった。

 上条恭介に向けていた好意を、私に向けている? まさか。上条恭介は男で、私は女。ありえない。

 ――ダメかな、そういうの?

 頭の中で、ひどく悲しげに美樹さやかがそう言った。

 私は……答えが出せないまま、夢の中に沈む。

 

 翌日、私たちは揃って家を出る。

「いい天気だねー」

 うーん、と伸びをするさやか。その足元で、黒い野良猫が、にゃあ、と身体を伸ばした。私はクスリ、と笑ってしまう。

「どしたのさ」

「いいえ、何にも。それよりこんなに暖かい日だもの、きっと、居眠りにはぴったりね」

「6時限中2時限くらいは寝ても仕方ないよねー」

「それは度を過ぎているわ。そういえば昨日は、起きている授業の方が少なかったみたいだけれど?」

「ちくしょー!」

 頭を抱えるさやか。

「それもこれも片手しか繋いでくれないのが悪いんだー!」

「関係ないんじゃないかしら」

 まるで数年来の友人の様に言葉を交わしつつ、学校へ。

「そういやさー、数学の宿題、やった?」

「あなたがテレビを見ている間に」

「うそっ!」

 あんぐりと口を開ける。

 さやか。あなたって本当、よく動くわよね。改めて気付いたわ。見ていて飽きない。

「なーんで誘ってくれないかなあ、一緒に暮らしてるのにさ!」

 “一緒に暮らしている”

 そのフレーズが照れくさくて。

「あら、声はかけたわよ」

 少し、語気がキツくなってしまった気がする。

「あなた、聞こえていないみたいだったから。21時ごろよ、覚えてる?」

 言いながら、さやかの表情に注目してしまう。傷ついてないだろうか、と心配する私がいた。

「あ、あれはカバが可愛くてつい……」

 よかった、大丈夫なようだ。

 さやかは、たはは、と誤魔化し笑いを浮かべていて――

 けれど唐突に、さやかの表情がこわばる。あっ、と小さな息が漏れた。

 視線が一点に注がれていた。そこには、幸せそうに登校する一組の男女。

 上条恭介と、志筑仁美。

 さやかは俯いた。左手が強くカバンを握りしめた。右手は震えていて――

 

 気付くと私は、時間を停止させていた。

 左手をさしのばし――さやかに触れる。

 彼女の時間だけが流れ始める。

「……えっ?」

 振り向いた美樹さやかの目からは。

「あっ、お、おかしいな……」

 次々に涙がこぼれていて。

「な、泣いてなんかないやい。これは、その……」

 

 もういい。

 もういいわ、さやか。

 あなたの辛そうな姿、これ以上私は見たくない。

 

 思わず、さやかを抱き締める。

「大丈夫。今動いているのは、私と貴女だけだから」

「ごめん……ごめんね……」

 ぐす、と嗚咽を漏らす美樹さやか。

 

 そのあまりに弱々しい姿に。

 私の中で、何かが大きく膨れ上がって、弾けた。

 ……唐突に降りてくる、理解。

 ああ。

 そうか。

 だから私は、美樹さやかを放っておけなかったんだ。

 私は私の思いを自覚して――

「聞いて」

 耳元に囁きかけていた。

「あなたが欲しいものは全部あげる。愛も恋も何もかも」

 美樹さやか。

 あなたはもう、苦しまなくていい。

 あなたの希望も絶望も、すべて私で染め上げる。

「……わたしのものになりなさい、美樹さやか」

 

 あなたが、欲しい。

 誰にも渡したくない。

 上条恭介のことなんて、忘れなさい。

 

 ――私は呪いを、そして祈りを込めて、美樹さやかにくちづけをした。

 

 

 
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