No.230866

二人の写真

筒教信者さん

そそわに投稿したやつ

2011-07-25 14:33:45 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:674   閲覧ユーザー数:658

 

 その日も霖之助は、黄色い塗装を施された小さな箱と睨み合っていた。

 箱の向こう側には魔理沙が立っていて、その手には同じような箱がぎっしりと詰まったバスケットの取っ手が握られていた。

 その中には黄色だけではなく、緑色の物も入っている。

 

「ふむ、またこれかい」

「ああ。コレだって一応、外の世界の道具なんだから言い値で引き取って欲しいんだ」

「と言っても、だ。これはこの通り、もう随分と沢山あるんだ。今は言い値でなんてとてもじゃないが無理だね」

「そんなに持ってきたっけか?」

「ほら、この中にこんなにたくさん」

 

 近くにあった箱を手繰り寄せて中身を見せてやった。

 その中にはほとんど同じ形をした、黄色や緑の箱がぎっしりと詰まっている。

 そのなかの一つを掴み上げ、箱の中身を確かめてからひっくり返す。すとん、と落ちてきた容器の蓋を開け中身を取り出した。それは写真機のフィルムだ。

 写真機に入れ、これを使って撮影する。霖之助の能力で分かるのはこれに風景を写し込むことが出来る、までだったがあの天狗に教えてもらった。

 さらに幾つか掴みあげると、同じようにひっくり返した。その度、霖之助の手のひらにまったく同じものが落ちてくる。箱の色や文字、形こそ多少違えど中身は殆ど同じものだ。

 幻想郷で一番写真機を使っている天狗たちはこのフィルムとやらも自分たちで作っているのか、買いに来る者は殆ど居らず溜まっていく一方である。

 

「あー、こりゃ確かに多いな。誰か買いに来ない……んだな」箱の中身を覗いた魔理沙が言う。

「だからこうやって溜まっていくばかりなんだ。悪いね、最近はこれがやたら多くてこっちも困っているんだ」

「いいぜ、しょうがない。香霖堂が潰れたらこっちも困るし、香霖だって生活があるんだろ」

「分かってくれると助かるよ。今度別の物を持って来てくれたときには、それなりに色をつける」

「その言葉、忘れたら困るぜ」

「魔理沙との約束を忘れたことなんかあったかい?」その言葉に魔理沙はけらけらと笑った。

「ああ、香霖はそういうのはちゃんと守ってくれるもんな」

 

 

 

 

 

 からんからん、と音を立てて扉が閉まる。結局、魔理沙の持って来たフィルムはかなりのはした金で買い取ってしまった。

 騙しているというわけではないが少しだけ心が痛む。

 フィルムがやたら溜まっているのは事実だが、これを買う存在が全く居ないというわけでもないのだ。

 

「彼女一人じゃあね」

 

 もっと写真機が普及すれば面白い、と霖之助は思う。そうすればこの大量の在庫もすぐに掃けるだろう。

 その一瞬を切り取るということで絵画と被る部分があるからだろうか、そう考えたこともある。

 だが、写真というものは絵画とは性質の異なる芸術性があって、かち合うことないだろう。絵を描くということは相当の技術が必要だが、写真はそれに比べてまだ気軽に扱うことができる。

 絵画を描くことで一番厄介な被写体を待たせることもないし、その瞬間を必死に記憶しておくこともない。他人を巻き込む必要がないということは実に気軽だ。

 彼自身、フィルムが手に入り始めてから色々と撮るようになっていた。やってみれば案外簡単なもので、一歩踏み込んだ露出だの絞りだの、そういう部分は彼女に教えてもらっている。

 絵画と写真は大いに違うというその考えは、未熟者ではあるがそこそこ撮影をしてきた経験に基づくものだ。

 

 ――誰かに教えるのは苦手なんですけどね。

 ――餅は餅屋という言葉もある。教わるのならやはり経験豊富な相手からが一番だと思うんだ。

 ――……何で私なんですか、まったく。

 

 そう言いながら、恥ずかしそうにはにかむ顔を思い出した。霖之助の撮影した最初の一枚はその笑顔だった。

 戸棚の引き出しからその一枚を取り出す。そこにはその時彼女が見せた笑顔がそのまま写っていた。その瞬間を簡単に抜き取ることができるのは、やはり絵画とは大違いだ

 今ではこれが広まらないのは天狗たちのせいではないかと考えている。彼らは自分たちの技術を公にしたがらないので、一般人が手に入る写真機やフィルムは香霖堂にある外の世界のものが全てだ。

 大量にあるフィルムはともかく、肝心の写真機はまだまだ貴重だ。とてもではないが売り物には出来ない。

 こんな便利なものを手に入れることができたら人間はおろか、妖怪たちだって写真を撮り始めるだろう。

 大切な人の、その一瞬を誰でも永遠に記録することが出来る。実に素晴らしいことではないか。

 

「閉鎖的すぎるんだよ、写真機の技術ぐらいいじゃないか。これが広まってなにか不都合があるわけでもないだろう」

 

 まさか自分たちの仕事が無くなるとでも思っているのだろうか。いや、新聞を作るという酔狂なことを普通の人間がするはずがない。

 そんなことをするのは天狗ぐらいなものだ。

 繰り返すようだが、普通はならばこの写真のように自分の好きなものを撮るだけなのだから。

 

「彼女がやってきたら、何で天狗たちがこの技術を広めないのか聞いてみようか」

 

 からんからん。

 扉に取り付けておいた鈴が鳴り、霖之助は写真を戸棚にしまい込むと顔を上げ相手を見た。

 噂をすればなんとやらで、そこには射命丸文が立っていた。彼女の胸には外の世界の品である写真機がぶら下がっている。

 

「おや、いらっしゃい」

「どうもこんにちわ。またフィルムを買いに来たのですが、ありますか?」

「ああ、勿論だよ。あんまり多いものだから使い切れずに腐るんじゃないかと思うほどだ」

「それは助かります。この前買った物も全部使いきってしまったので、無いと困るんですよ」

「随分と写真を撮っているんだね」

「そりゃあもう、記事にも趣味にも、ですからね」首から下げた写真機を持って文が笑う。

 

 近くまで寄ってきた文に箱の中身を見せてやると、「随分とたくさんありますね」と感嘆の声を上げた。

 箱の中から何個か同じ種類の箱を選び出してから手渡してやる。

 文は渡された箱をスカートのポケットの中に突っ込むと別のポケットから財布を取り出し、ガマ口を開いた。

 だがそれを霖之助は「代金は要らないよ」そう言って止めた。

 

「写真の撮り方を教わっているからね。その分だと思ってくれていいよ」

「そうですか? それなら素直に頂いておきますね」

「今度来たときは袋か何かを持ってくるといい。最近溜まりに溜まって仕方が無いんだ」

「そのようですね。随分と幻想入りしているようで、まぁ外の世界のカメラを使ってる私としては好都合ですけど」

「前から気になっていたんだけど、君は他の天狗とは違って外の世界の写真機ばかりを使うが……どうしてだい?」

「そうですねぇ……。味気ないからですね」

「と、言うと?」

「私たちの使っているあれって、実は電気を使っている河童謹製の物なんですよ。だから露出やら、ある程度は勝手にやってくれるんです。楽といえば楽なんですけどね」

「ほう、するとあれは河童も一枚噛んだ物だったのか」

「そうですね。取材ならそのカメラでも良いんですけど、外の世界のカメラは独特の味があって良いんですよ。全部自分でやったって達成感もありますし」

「味、か。流石にそこまでは僕には分からないな。そもそも天狗の写真機を使ったことがない」

「上の方で圧力がかかってて、河童経由でも流出したりしませんからね。もし誰かにあげたりしようものならこれですよ」と言って、文は親指で首を斬る動きをした。

「成程、だから天狗たちの写真機が出まわったりしないわけだ。実に残念だね」

 

 霖之助の言葉に文はけらけらと笑いながら「売ってしまったら霖之助さんも、ですよ。私としてはこの店がなくなると困るんですけどね」と言った。

「フィルムが手に入らなくなるからかい?」そう言って霖之助が笑う。

「……それだけじゃないんですけどねぇ」

 決して聞こえないよう、文はポツリと呟いた。

 

 

 

 

「私も気になってることがあるんですけど、こんなにフィルムが幻想入りしてるのってなにか原因があるんですかね」

 

 写真機にフィルムをセットしながら文が口を開いた。

 それに関しては心当たりがあった。以前外の世界の雑誌に載っていたのを読んだことがあるのだ。

 その時は写真機に興味を持っていたわけでもないのでさらっと流しただけだったが、まだ売れ残っているはずだ。

 なにせこの世界には、写真機に興味を持っている者などほとんど居ないのだから。

 

「ちょっと待ってくれよ。外の世界の写真事情を書いている記事が載っている雑誌があったんだ」

 

 霖之助は本棚の中を調べ始めた。しばらくしてから見覚えのある表紙の雑誌を見つけ、引っ張り出す。所謂カメラの専門雑誌だ。

 ぱらぱらとページをめくっていき、お目当ての記事を見つけ「これだ」と声を上げた。

 その時、パシャリと音がした。驚いた霖之助が雑誌から顔を上げると、文が写真機を構えている。

 そしてもう一回、パシャリとシャッターが動いた。

 

「何をしているんだい?」

「試し撮りですよ。霖之助さんがあんまり真剣そうだったので、つい」

「それなら一言言ってほしいね。驚いてしまうじゃないか」

「良いじゃないですか、真剣な霖之助さんの顔はかっこ良かったですよ。その後の驚いた顔は可愛いですね」

「……何を言っているんだ君は」

 

 少しだけ頬を朱にそめて、霖之助はまた顔を雑誌に向けた。

 

「これを見るに、フィルムの生産数が全盛期の十分の一程までに落ち込んでしまっているようだね。徐々に作らない……メーカーも増えてきているようでフィルム愛好家が困り果てている、と。まぁこんな感じだ」

 メーカーという見慣れない単語に少し戸惑うが、そのまま読んでみる。

「へぇ、なかなか興味深いですね」

「わ、あ!」

 

 何時の間に後ろに回っていたのか、霖之助の顔の横に文が顔を伸ばして雑誌を覗き込んでいた。

 思わず素っ頓狂な声が飛び出た。耳に息がかかってくすぐったいし、横を見ることが出来ない。

 心臓の鼓動が早くなっていく。

 霖之助がどれだけ動揺しているか気にすることもなく、文は記事をもっとよく見ようとさらに身を乗り出してくる。

 より一層顔が近づいてきて、少しだけ自分から顔を離してしまった。

 

「へぇ、だからフィルムがやたら幻想入りしてるんですね。なら外の世界では写真をどうやって撮っているのでしょう」

「フィルムのいらない、電気式の写真機が流行っているようだね。写真機の中に撮影した写真を残すからフィルムが必要ないそうだ。だから作るのをやめて、幻想入りし始めたんだろう」

「成程……。外の世界はもう、フィルムも必要ないほど便利になっちゃったんですねぇ。他にどんな本があるんですか?」

「ああ、そこの本棚に突っ込んであるから自由に見て構わないよ」

 

 ようやく文が離れてくれた。彼女は本棚の中に詰まっている外の世界の雑誌を漁り始めた。

 それを横目で見ながらぺらぺらとページを捲っていく。

 文が今見ている棚はこの雑誌と同じく、外の世界の写真に関する本ばかりが収められている。

 まぁ気にすることもないだろう、と霖之助は手元にある雑誌に集中し始めた。

 一冊の本を手に取った文はそれをめくり始め、そしてその動きを止めた。

 

「霖之助さん、霖之助さん。面白い記事がありましたよ」と言いながら、文は何が面白いのかやたらニヤニヤと笑っている。

「ん、どうしたんだい?」

「ほら、これみてくださいよ」文が付き出してきたページには、裸の女性が官能的なポーズを取っている写真が載っていた。

「わぁぁぁ!」派手な悲鳴を上げて、霖之助はその写真から目を逸らした。

「あれ、霖之助さんこういうの苦手なんですか?」文はまだニヤニヤやっている。

「苦手というわけでもないがね、女性が勧めてくるのはどうかと思うな」相変わらず目は逸らしたままだ。

「助平な目で観てるからですよ。えーっと、裸というのは女性の魅力を最も引き出す状態であり、それを美しく撮影する方法……。へぇ、成程」

「なんだ、僕は助平じゃなくて当然の反応だと思うんだけどね」

「私は実際、生まれたままの姿というのは美しいものだと思いますけどね。芸術性というものを求めていくと、ここに行き着くんじゃないですか」それからまたニヤリと笑うと「霖之助さんにならこういう写真の被写体になってもいいですよ?」と続けた。

「君は何を言っているんだ……」

 

 霖之助は呆れ返ったかのように首を振った。

 しかしその目はしっかり文の体を捉えていて、そのしなやかで程良く肉のついた裸体を思わず想像してしまい、それを振り払うかのようにより一層力を入れて首を振った。

 そんな霖之助の様子を見て、

 

「霖之助さんになら良いって、本当に思ってるんですけどね」と、聞こえないように呟いた。

「……何か言ったかい?」

「いいえー。さて、鈍い霖之助さんは放っておいて、貰うものは貰いましたし私はそろそろ失礼しますね」

「鈍いって何がだい」

「そういうところが鈍いんですよ、まったく。ああ、そうだ。これを渡すのを忘れてました」

 手帳の中から一枚の紙を取り出し霖之助に渡してやる。それには『写真撮影大会開催のお知らせ」という文字が踊っていた。

「何だいこれは。僕が出ても良いのかい?」

「ええ、参加資格はカメラを持っていることですから。まぁ実際はほぼ天狗だけ、ということになりますけどね」

「成程。一応僕は写真機を持っているから参加資格はあるわけだ」

「そうですそうです。じゃあ待ってますから」

 

 

 

 

 文を見送ってから、開催日時や場所などをしっかりと確認し始めた。折角のお誘いなのだから、断るのも勿体がない。

 開催は二日後で、場所は妖怪の山とある。まぁそうだろうと頷いた。

 

「ふぅむ、フィルムはあっちで用意してくれるのか。まぁ当然だろうね」

 

 それは公平を期すためだろう。

 現像から結果発表まで、その日のうちに全て終わるというのは非常にありがたい。

 優勝できるとは思えないが、まぁこういう催し物に参加して他人の作品を見るのも悪くはないだろう。

 他人がどのように。どういったモノを撮影しているかは気になるものだ。

 そうと決まれば、と霖之助は写真機の手入れを始めるのだった。

 

 

 

 

 

 こんな事なら、常日頃から運動して体力をつけておくんだった。

 大量の汗をかきながらえっちらおっちらと山を登り、会場についてから霖之助は後悔していた。

 今さら後悔しても何も始まらない。帰りも同じ道を使うと思うとゾッとするが、登り切ってしまったのだから覚悟を決めるしかなかった。

 それより、周りの妖怪たちの視線が気になって仕方がない。

 やはり河童、天狗ばかりで半妖半人の自分が珍しいのだろう。まぁ分かってはいた事だしね、と苦笑した。

 その中に文の姿を見つけ歩み寄ると彼女は目を丸くして、それから笑顔を見せた。

 

「本当に来てくれたんですね」

「女性のお誘いを断るほど鈍くはないさ」

「まだ言ってるんですか。というか霖之助さんは間違い無く鈍いんですから」

「だから、なんでだい」

「良いんですよ。鈍い霖之助さんはそのまま鈍いままでいてください」

「いや、それは嫌だ。ハッキリ言ってくれないか」

「それじゃあ意味が無いんですよ。霖之助さん自身が気がついてもらわないと」

「やれやれ、面倒な話だ」

 

 二人がじゃれあっている間に大天狗が挨拶を終えたのか、参加者が三々五々散らばっていく。

 

「私たちも早く行かないと、時間がなくなっちゃいますよ」

「よし、僕も急ぐとしようか」

「霖之助さんの撮る写真、期待してますから」

 

 飛んで行く文の起こす風を背中に受けながら、霖之助も良い被写体を探すべく歩き出した。

 

 

 

 

 

 太陽が幻想郷の真上まで登った頃、霖之助は頭を抱えていた。

 未だ満足の良く写真が一枚も撮れていないのである。

 青々とした木立や季節の花々、川で涼んでいる河童、どれも美しくはあったが心の何処かで納得出来ていなかった。

 もう時間がない。このまま納得のいかない写真を出すしか無いのだろうか。

 木陰で休みながら汗を拭く。やはり体力をつけておくべきだった、と今日だけでなんべんも繰り返した言葉をつぶやく。

 風に揺れる木を撮ろうとして、ファインダーから目を離し溜息を吐いた。

 これを撮ったところで到底納得できないだろう。

 消化不良のまま、そろそろ戻ろうかとのっそり立ち上がったところに、頭の上から「やっと見つけましたよ~」と声が聞こえてきた。

 霖之助が顔を上げると、そこにはスカートを風に靡かせながら滞空している文が居た。

 

「良い写真は撮れましたか? ちなみに私はもう撮り終わってますよ」

「随分と自信があるようだね。そんなに良いものが撮れたのかい?」

「勿論です。この射命丸を侮らないでほしいですね。会心の一枚ですよ」

「ふぅ、流石だね。恥ずかしながら、僕はまだ満足のいく写真を撮れてないんだ。中々良い被写体が見つからなくてね」と言って肩をすくめた。

「あやややや、もう時間もありませんしそのまま提出するしか無さそうですね」

「残念ながらね。今回は諦めるしか無さそうだ」

「そうですか。じゃあ私は一足先に戻っていますから」

 

 言うが早いか体を縮めて、まるで弾かれたように飛んで行く。

 ぱしゃり。

 撮影音が一つ、文は気がつかなかったようだ。

 

 

 

 

 

 表彰台の上で手を振る天狗がいて、二人はそれを遠巻きに見ていた。

 結局二人は入賞することなく、それどころかはたてが特別賞なんてものを受賞したものだから、先程まで文はやたら不機嫌だった。

 今は機嫌を直しているがその顔はやはり心底残念そうである。

 対して霖之助は満足気な笑顔を浮かべていた。

 最後に撮った一枚、それは自分の中で会心の出来だった。たとえ賞が取れなくても、自分を褒めてやりたいところだ。

 やたら満足気なその顔を見て、文は首を捻った。

 

「霖之助さんは入賞できなくても良かったんですか?」

「いや、少しは残念だと思っているよ。でもとても満足のいく一枚が撮れたんだ。これだけで来た意味はある。君はどうだい?」

「私だって、最高の一枚が撮れました。それ、見せて下さいよ」

「ん? 別に良いけど、君のも見せてもらって良いかな?」

 言われた文は少し渋っていたが、頷くと「じゃあ同時に出しましょう」

「構わないよ。それじゃあ……」

「はい!」

 

 二人が同時に出した写真はお互いの姿が写っていて、目を丸くした二人は相手の顔を見た。

 文の写真にはカメラを構え、苔むした地蔵と向きあう霖之助が写っていた。その顔は真剣そのものである。

 霖之助の写真には加速した瞬間の文が写っていた。偶然とはいえ、体のブレがスピード感を生み出している。

 

「こんなの、何時の間に撮ったんですか!」

「そっちこそまったく気がつかなかったよ!」

「うわー、本当は霖之助さんを驚かせるはずだったのに、この写真のせいでこっちが驚く羽目になっちゃいました」文はがっくりと肩を落とした。

「それは僕の台詞だね。まったく、この前のお返しのつもりが台無しじゃないか」

「なによりびっくりなのは」

「お互い考えてることが一緒だということだね」

 

 どちらともなく笑い出す。

 ひとしきり笑い合ってから、文は霖之助が手にしている自分の写った写真を渡すよう催促した。

 それを受け取ってからマジマジと見つめて、「これにタイトルを付けるとしたら?」と訊ねた。

 

「そうだね、タイトルか……。ありきたりかもしれないが、『風神少女』で良いんじゃないかな? それっぽいスピード感はあるだろうし、君らしいと思うんだがね」

 文は目を丸くした。自分の使うスペルカードの名前と一緒だ。この人の前でスペルカードを使ったことはないから、まったくの偶然だろう。

「霖之助さん、それは格好つけすぎですよ」

 

 悪態をつきながらも、文は満足そうに破顔してみせるのだった。

 

 
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