No.228852

何でもない普通の日1

また、前置き長めです。スミマセン。

そろそろキチンとキチキチしたお話を書こうと思ったら、早くもイップス気味になりました。なのでヤマなしオチなし、気負わずに書けるものを書いてみた次第です。しかしキチキチキチンと、作品説明らしいことはしておこうと思います。一応作品名に番号を振っていますが、続けるかはわからないです。続きものでもないので、いつも通り、気が向いたら書く感じで。読まれる方にも気が向いたときに、読んでみようかなと思っていただけたら嬉しいです。

【作品概要】

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2011-07-19 04:32:24 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:760   閲覧ユーザー数:740

HRが終わった後、手洗いから教室に戻ってくると熱心に本を読んでいるちさとが目に入った。

珍しいこともあるもんだ。

「自分から勉強なんて珍しいな」

声をかけながら、ちさとの後ろの自分の席に座る。

「んー」

曖昧な返事はあるが、その続きはない。

このまま待っていても意味が無さそうなので、俺は少し机から乗り出し、その小さい後ろ姿から読んでいる本の中身を覗いた……ページ全体に絵が描いてある。

「おい」

「んー」

「んー、じゃないだろ。んー、じゃ」

ちさとは開いていたページに人差し指を挟んで本を閉じると、俺のほうを振り返った。露骨に迷惑そうな顔をしている。

「なんだよ。今いいところだったのに」

「マンガだよな、それ」

「うん」

即答である。

「お前、学校にマンガ持ってきてるわけ?」

「ダメだった?」

「いや、ダメとかじゃなく――」

「そんじゃ、いいってことだな」

ちさとはそう言って、続きのページからまたマンガを読み始めた。

俺はもちろん納得出来るわけもなく、何か言ってやろうと考えていたら、俺のすぐ横から寛二がにゅっと顔を出した。

「なにしてんの?」

「顔が近い」

「なに読んでんの?」

返事を待ちもせず、寛二はちさとに近づいて手元を覗いた。

「なんだ、マンガか」

ちさとはまた人差し指を挟むと、俺たち二人の顔を交互に見た。

「なんだよー、さっきからさー。マンガ読んでちゃダメなのか?マンガ差別か?」

「差別する気はねーよ。ってか、むしろ大歓迎だ。それ、面白い?」

ちさとは考えごとをするように腕を組み、ゆっくり右を見て、左を見て、上を見て目線を俺たちに戻した「めっちゃ面白い」

「何だ今の間は」

「あんまりメジャーじゃないからな。ケースケもカンジも知らないんじゃないか?」

俺の言葉を無視したちさとからマンガを受け取り、近所の本屋のカバーがかかったその本の表紙部分を捲る。

タイトルは――嫁姑懲罰人・ネオ。確かに聞いたことすらないタイトルだ。メジャーな匂いもしない。それより、ネオってなんだ?結構続いてるシリーズなのか?人気があるのかどうか、いまいちわからん。

パラパラとページを繰っていくと、ホラーらしい絵柄でなかなか際どい内容を繰り広げていた。見た目に似合わずハードなものを読む女である。

「ほんとに面白いのか、これ?」

「わからん」

「……おまえらなー」

ちさとが呆れ顔で俺たちを眺めていた。その表情にはどこか憐れみの色さえ窺える。

「読む前から面白い面白くないって言ってどーすんだよ。作者に対するボートクだぞ」

「だってなぁ、タイトルからして微妙そうな雰囲気がなぁ」

「だーかーらー、そーゆーのを偏見って言うんだぞ。……しゃーないなー。それ、貸してやるから読んでみろよ」

「へ?読んでる途中じゃねーの?」

「途中だけど……まぁ、これで読者が増えたら、いちパニッシャーファンのちぃも嬉しいしな。もってけドロボー」

「……って言ってますけど?」

判断を委ねようと寛二は俺を見るが、俺は煙草の煙を払うように顔の前で手を振った。

「俺はいいって。マンガ自体そんなに読まないし。それに、それ五巻だろ」

「五巻までなら全部持ってきてるぞ」

そう言いながら、ちさとは学校指定の手提げ鞄をごそごそやると、中から同じカバーのかかった本を四冊取り出した。

「ちさと……ここ、一応学校だぞ」

「そうだけど?」

悪びれる様子のないその姿に、呆れを通り越して逆に感心してしまった。

「ほら、カンジ読めよ。もってけドロボー」

「んなこと言われてもなー。これ結構かさばるよな。持って帰んのメンドいしなぁ。それにオレ、エロいの以外は専門外だし」

どんな専門家だ、それは。

「エロいかはわかんないけど、新妻が裸になったりとかはある――」

「ありがたく頂戴しよう」

「あげるわけじゃないからな」

こうして放課後、鞄を膨らませた寛二は足取りも軽やかに下校していったのだった。

 

○●○●

 

翌日の朝。

俺とちさとが教室でいつも通り話していると、寛二が会話に割って入ってきた。

「はよっす」

「おはようさん」

「はよっす。んで、どうだった?パニッシャー」

寛二は俺の机の上に鞄を下ろすと腕を組み、ゆっくり右を見て、左を見て、上を見て――ついでに斜め下を見た後、目線を俺たちに戻した「予想外だ」

「何が?エロくなかったか?」

「確かにエロくはなかった。しかし、それ以上に予想外だった」

「だから何が?」

「……った」

「は?」

小声で聞き取れん。

「面白かった」

「……は?」

「めっちゃ面白かった!マジ面白かった!期待してなかっただけに、こりゃほんとに予想外だったわ!」

寛二が興奮気味に言うと、ちさとが椅子の上でふんぞり返る。

「ふふーん。だから言っただろ?めっちゃめっちゃ面白いって」

「おう!めっちゃめちゃめっちゃ面白かったわ!」

相当面白かったんだな。

寛二が取り出した五冊の本が俺の机の上に積み重ねられ、俺はそこから一冊だけ取ってペラペラとページを繰ってみた。

「あー、続き気になるなぁ。まさか五巻の最後で柊天姫があんなことになるなんてな」

「あの展開は意外だったよなー。まさかあの姑が呪詛返しするとかフツー思わないよな」

「だよなぁ。あー、気になる。早く次の貸してくれよ」

「続き?ないよ」

「えぇー?持ってきてねーの?わかったよ。明日まで待つからさ。明日は絶対持ってきてくれよ」

「だからないって」

「ないってこたぁないだろ。巻末に全六巻って書いてんだから」

「うん。でも、ちぃは持ってない」

「……へ?」

寛二は話が飲み込めていないらしく、その頭の上には大きなクエスチョンマークが浮かんでいた。かく言う俺も、あまり飲み込めていない。なので寛二の代わりに聞いてやることにした。

「ちさと、最後の巻持ってないのか?」

「そー言ってるじゃん」

「でも続き気になるんだろ」

「そーなんだよ。気になるんだけど、一気に買ったからおこづかいなくなっちゃってさ。でも来月まで待つのもヤだし。けど、これでカンジもファンになったからな。カンジも続き気になってるからな。カンジが買ったら貸してもらうんだ」

……そういうことか。

つまり、最初から誰かに買ってもらうつもりで、これ見よがしに教室でマンガを読んでいたと。五冊全部持ってきていたと。そして五冊全部貸したと。

「は、は、は……」

で、俺の横でわなわな震えてる男はまんまと引っかかってしまったと。

「計られたっ!?」

寛二は両腕で包むように頭を抱えると、くねくねと悶え始めた。

「ぐぬぁああっ!」

悔しいのかもしれないが、その動きは正直気持ち悪い。

「無い乳に、ナイチチに計られたっ!」

「ナイチチ言うな、バカっ」

「くそぉおおっ……」

悶え苦しんだ挙げ句に寛二は、頭を抱えたままのポーズでしゃがみ込んだ。

「ご愁傷様」

とりあえず手を合わせてやる。

「ふんっ。まぁ、貸してもらうからな。買ったら貸してもらうから、今のはナシにしてやる」

ちさとは自分の平たい胸をぺたぺた触りながら、寛二を見下ろしている。

「酷いことするよな」

「ひどくないぞ。全然ひどくない。ひどいとか言ったら、ちぃが気にしてるみたいじゃんか」

「いや、そっちじゃなくて。自分が気になるから他の奴に買わせるとか」

「……そっちか。ううん、やっぱりひどくないって。無理やり買ってもらうんじゃないんだし。カンジも気になってるから一緒に読もうとしてるだけだぞ。全然ひどくない」

そう仕向けたのはちさとだろうに。

「……ふっふっふ」

腕を下ろしたカンジは笑いながら、ゆっくり立ち上がる。さっきから一挙手一投足がいちいち気持ち悪いのは何故だろうか。

「どーした?ついにおかしくなったか?」

「ご愁傷様」

とりあえずもう一度手を合わせておく。

「完全におかしくなる前にパニッシャー買ってくれよな」

「……わん」

「ん?」

「買わん」

「……そりゃないだろ。五巻までは読ませてやったんだし、気になるんだったら最終巻くらい買えよ」

「ノンノンノン」

寛二は犬が尻尾を揺らすように、顔まで上げた人差し指を左右に振った。

「なんだよー」

「気にならない」

「へっ?」

「気にならない!これっぽっちも!ひとかけらも!一ミクロンも!だから買わん!」

「えぇっ!?」

ちさとは仰け反り、危うく椅子から転げ落ちそうになった。

「さっき気になるって言ってたじゃん!」

「言ってない!こんなマンガ買うくらいならエロ本買うわ!それか有料会員になる!」

「ふざけんなよーっ!あんなに興奮してたくせに!」

「ふーんだ!あんなマンガで勃つわけないだろ!」

「なんの話してんだよ!」

「気になるんだったら自分で買えよな!オレは絶対買わない!続きなんか読めなくてもいいもんねー」

「ぐぬぬ……!」

俺はこの寛二の性格を分かっているつもりだから容易に想像出来るが、仮にちさとが最終巻を買えばきっと何だかんだ言って読ませてもらおうとするに決まっている。もしかすると、既にそういう心づもりなのかもしれない。こいつはそういう奴だ。

一方、ちさとはというと、こんなところで「はい、そうですか」と引き下がるわけはなく――

「じゃあ、ちぃも気にならない!」

こうなると思った。

「……ほんとに気にならないの?」

「……カンジこそ、また気になったりしないのか?」

「ま、また気になるだなんて、そんな、一回は気になったみたいな言い方してー。ぜ、全然気にならないもんねー」

「ち、ちぃだって、早く続き読みたいとか、そ、そんなの思ったことないぞ。ほんとだぞ」

互いに睨み合ったまま、膠着状態が続く……と思ったら、二人の視線が徐々に俺へとスライドする。

「いや、俺は買わないから」

再び互いに視線を交えると……

「ふんっ!」

そっぽを向いた。

とても高校生らしからぬやり取りである。小学生並みか、最早それ以下かもしれない。

「おはよー」

教室に入ってきた神奈が俺たちを見つけて、少し早足で近寄ってくる。

「おはようさん」

「おはよ。……で、あれはなに?」

お互いにそっぽを向き、明後日の方を見ている二人を神奈が指差す。

「ちょっとしたトラブルだ。いつものことだから、気にすんな」

「ふーん。ま、いつものことだしね。これなに?」

神奈は俺の右隣の自分の席に鞄を置くと、俺の机に置いてある本を一冊手に取った。

「昨日言ってたやつだよ」

「あぁ、例のマンガね――あっ、これパニッシャーじゃない!?」

何気なく本を捲った神奈が調子の外れた声を上げる。

「それ知ってるのか?」

「知ってるもなにも、ウチにもあるのよ。お姉ちゃんが持ってて……あー、そうそう!最終回までの流れがね、どんでん返しの連続で……そうよ、ここが実は伏線になってて……」

「持ってるのか?全巻」

「持ってるわよー。お姉ちゃんのだけどねー」

自分の椅子に腰掛け、マンガを読みながら適当に返事をする神奈。だが俺はそれとは別の、二つの影が神奈の言葉に反応したのを視界の端に捉えていた。

「柊天姫の呪詛師になったきっかけがねー……あっ、あの嫁ってこんなとこにも出てたんだ!……うんうん……えー……あー、やっぱり面白いわ。帰ったらまた最初から読ませてもらおうかな――って、どうしたの?あんたたち」

ついさっき立ち上がったちさとと寛二が整列し、神奈に向かって頭を下げていた。その腰の角度、およそ90度。

「最終巻、読ませてください」

お辞儀をされた本人から後に聞いた話では、プライドもへったくれもないその姿は、ある種の清々しさを感じさせたとかなんとか。

 


 
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