No.227545

名家一番! 第十三席・後篇

第13話の後編です。

この時期になると、
素麺派と冷麺派の血で血を洗う抗争が繰り広げられますが、
両方嫌いな私に死角は無かった。

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2011-07-11 23:13:31 投稿 / 全8ページ    総閲覧数:2513   閲覧ユーザー数:2166

 騎馬隊の殿に喰いつこうと動き始めた黄巾軍。

 

撥(ばち)を握り締める掌が湿り気を帯びていることに気付き、上着に擦りつけるように汗を拭う。

 

猪々子達は敵陣を抜けた後、付かず離れずの絶妙な距離で敵をうまく釣り上げてくれている。

 

もう間もなく、この城壁前までやってくるだろう。俺の出番はその時だ。

 

(……落ち着け。俺は思いっ切り叩けばいいだけ。そのタイミングも隊長さんが、指示してくれるんだ。

 ほら、なにも難しいことなんてないだろ?)

 

与えられた任務がいかに容易いかを自分に言い聞かせ、逸る気持ちを抑えつけた。

 

背後に鎮座している銅鑼に目をやる。

 

テレビなどで見たことはあったが、実物を見るのは初めてだ。想像していた物より大きいことと、発せられる妙な存在感に少し圧倒されてしまう。

 

その存在感の正体を確かめるように、銅鑼に顔を近づける。

 

雨や砂風に晒されたからなのだろうか、表面は小さな傷だらけで、全体的にどこかくすんだ色をしているが、中心部分だけは磨きぬかれたようにテカリ輝いていた。

 

その輝きに吸い寄せられるかのように、指が触れる。

 

(くぼんでる……)

 

このブ厚い金属板を腕の力だけで変形させるには、一体どれだけの回数を重ねれば可能なのだろうか?

 

何百? いや、何千回かもしれない。それに単純な腕力だけでは、無い気がする。

 

“遠く離れた地で戦っている友軍に知らせる。知らせなければならない”

 

そんな固く強い想いが、この金属板をへこましたのかもしれない。

 

「責任重大な任務だな……」

 

小さく呟き、撥を強く握り直す。

 

「弩弓隊、構え!」

 

隊長の号令で、三列横隊で並んだ弩弓隊の一列目が矢をつがえる。

 

弩弓は弓矢よりも連射性は劣るが、射程距離と命中精度に優れている武器だ。

 

本来の籠城戦ならば、弩兵だけでなく弓兵も大量に城壁に配置し、矢を雨のように浴びせ敵兵の数と士気を削ぐのだが、今回は城壁を守っている兵が少ないため、敵を一人ずつ狙い撃てる弩級のみの方が有効とのこと。

 

弩弓の照星が敵に狙いをつける。

 

「放てっ!」

 

号令と共に弦音が鳴る。放たれた矢が敵軍に一直線に向かい、前列を走っていた数名を撃ち倒す。

 

この距離でも、敵を倒すだけの殺傷力は充分にあるようだが、数万の軍勢相手に数百の矢を射掛けた程度では、大きな損害を与えることができていない。

 

しかし、動揺する者はいない。

 

この攻撃は先の騎馬隊の突撃同様、敵の注意をこちらに引きつける為のものだと、皆理解しているからだ。

 

「第二射、用意!」

 

隊長の号令で、矢を放った前列と二列目が入れ替わる。

 

彼らが狙いをつけようとしたその時、馬蹄が地を踏み鳴らす音が聞こえた。

 

急いで城壁から身を乗り出すと、騎馬隊が流れるような動きで反転を始めていた。

 

騎馬隊の先頭の辺りをじっと見つめる。

 

(よかった。無事だったか……)

 

敵陣突入後もよどみなく移動をしていたことから、トラブルに見舞われてはいないと分かっていたが、この目で猪々子のエメラルド色の後頭部を確認できて、ようやく胸をなで下ろすことができた。

 

「北郷、銅鑼の準備だ! 

 いいか!? 俺が合図を出すまで、決して鳴らすんじゃないぞ!?」

 

指示を受け、肩幅よりも少し広くスタンスをとり、撥を耳の横にまで引き寄せる。

 

野球のバッティングのようなこの体制。

 

正直どうかと思うが、銅鑼の正しい鳴らし方なんて知らないし、聞く暇もなかったので自分が一番しっくりいくのが、この格好だった。

 

一度大きく息を吐き出し、気を落ち着かせる。

 

(いつでもこい!)

 

「……まだ……もう少し……」

 

俺の逸る気を手で制止しつつも、隊長の視線は、伏兵部隊が仕掛ける絶好のタイミングを逃すまいと、騎馬隊と黄巾軍の動きだけに注がれている。

 

「今だっ! 銅鑼鳴らせぇ!!」

 

隊長の手が勢いよく振り下ろされた。

 

「うらぁぁぁーーー!!!」

 

地平線の彼方まで吹き飛ばすぐらいの気概で撥を振り抜く。

 

耳をつんざく銅鑼の音が、乾いた大地に染み込まれていった。

 

「城からの合図です!」

 

銅鑼の音は、城壁から離れた岩壁で待機している伏兵部隊の元まで、しっかりと響き渡っていた。

 

「こちらでも確認した。しかし、ずいぶんと下手な叩き方だな。

 新兵が叩いているのか?」

 

聞き取るには十分な音量だったが、やたらめったら打ち続けられるこの音から、叩いている者の不恰好さが容易に想像できる。

 

「下手ではありますが、自分はこの音嫌いではありません」

 

「ふっ、そうだな。こちらに仕掛ける機を知らせようとしている必死な想いがよく伝わってくる。

 ……副長、出られるか?」

 

「はっ! いつでもいけます」

 

副長の返事を聞き、伏兵部隊の隊長は自軍の前を愛馬の常足(なみあし)で横切りながら味方を鼓舞する。

 

「文醜将軍の立てられた作戦通り、これより我が隊は黄巾軍の背後を突く! 

 空き巣同様の手口しか知らぬ輩共に、本当の策がどういうものか、その身に教え刻み込んでやれっ!」

 

「「応っ!」」

 

兵達の瞳に覚悟が灯る。

 

手綱を引き愛馬の足を止め、腰から剣を抜く。切っ先には、黄巾軍の背が。

 

陽の光を浴びた剣が、鈍く輝く。

 

「全軍! とつげきぃぃぃーーー!!」

 

裂帛した声が号令を下す。

 

「「おぉぉぉぉーーーー!!」」

 

砂塵を巻き上げ走り出した伏兵部隊。

 

銅鑼の音と地を揺らす兵達の足音と雄叫び。

 

文醜軍の反撃の狼煙は、今上がった。

 

「あ、あぶなっ!? 今、頭掠めたぞ!」

 

宙に舞った布の切れ端は、先頭をひた走るヒゲ面の男の頭に巻かれていた黄巾党の証だろう。

 

城壁から飛んでくる矢は数こそ少ないが、その狙いは正確で前曲に立つ兵には十分に脅威だった。

 

「くそっ! 遠間からチクチクと欝陶しいったら、ありゃしねぇ。

 おい! 速度をもっと上げねぇと、騎馬隊が城門の中に引っ込んじまうぞ!」

 

「ゼェ、ゼェ……す、すでに限界超えて走ってますって! これ以上は速度上がりませんよ、アニキ」

 

背の低い男の言う通り、先程から全速力で行軍を続けているが、敵騎馬隊との距離は縮まる気配が全く感じられない。

 

捉えることができそうで、できないことが、否応無しに焦る気持ちを植え付ける。

 

(城門はもう騎馬隊の鼻の先じゃねぇか。こりゃあ、間に合いそうにねぇか?

 ……って、んん?)

 

ヒゲ面の男が諦めかけたその時、城門の内に逃げ込むと思われていた騎馬隊の先頭が反転を始める。

 

敵の予想外の動きに黄巾軍が困惑し始めたその時、

 

――銅鑼の音が響き渡った。

 

「あ、アニキ。城の方から銅鑼が鳴ってるんだな」

 

「んなもん、お前に言われなくても聞こえてるっての。 

 ……しかし、なんの合図だ? 腹くくって総攻撃に打って出るのか?」

 

しかし、敵の本隊が城門から現れる様子は見られない。

 

「たいがい銅鑼を鳴らすのって、伏兵とかに仕掛ける機を知らせる時ですよね? 

そんでもって、仕掛けられた側は“げぇ!?”って言うのがお約束? みたいな」

 

「どこの約束事だよ、そりゃ? 第一、伏兵はあの騎馬隊だったろうが……」

 

背の低い男と軽口を交わしながらも、ヒゲ面の男は次に敵がどのような動きをとるか思考を巡らせていた。

 

(反転するってことは、騎馬隊がもう一度当ててくるのは、まず間違いねぇだろ。だとしたら、銅鑼は突撃の合図か?

……なんにしても、用心するにこしたことはねぇな)

 

ヒゲ面の男は、速度を落とすよう自軍に指示を出す。

 

「おい、騎馬隊の突撃に備えて守りを固めんぞ! 盾を持ってる奴と、長槍を持ってる奴は前に来いっ!

 落ち着いて対応すりゃ、騎馬隊といえど好きに戦えるわけじゃねぇぞ!」

 

指示を受け、守りの構えを取ろうとギコチなく動き始めたが、

 

「アニキ、また後から砂塵が!」

 

太った大男の叫び声に皆が一瞬、立ち止まる。

 

「砂塵だぁ? まさか、他の支部の会員が合流してきたのか?」

 

「ち、違うんだな! 旗印は“文”! 敵の伏兵だっ!」

 

報告を聞いたヒゲ面の男は、我が耳を疑う。

 

「んだと!? 今度はどっから沸いて出やがった!?」

 

「また、あっちからやって来たんだな!」

 

太った大男が指差した方向には――、

 

「……な、何でまたあの岩壁から敵が出てくるんだよぉぉぉ!? あそこは、さっき騎馬隊が出てきたじゃねぇかっ!」

 

「そんなこと、言ってる場合じゃありませんよ! あいつら、さっきの騎馬隊より明らかに数が多いですよ!?」

 

背の低い男の言う通り、こちらに向かってきている部隊は歩兵中心の編成ではあるが、その数は先程の騎馬隊の倍以上はある。

 

予想だにしない位置からの強襲。黄巾軍は蜂の巣をつついたような騒ぎとなる。

 

誰も彼もが慌てふためくことしかできない。

 

「た、盾部隊は後方に回って、あの歩兵部隊の攻撃を防げ! 急げぇ!!」

 

ヒゲ面の男は必死に指示を出すが、誰の耳にも入らない。

 

「あ、アニキ!」

 

「今度は何だよ!?」

 

「騎馬隊がこっちに向かって動き始めました!」

 

「ちぃ! やっぱり仕掛けてきやがったか」

 

もはや軍として機能していない黄巾軍に追い打ちをかけるかのように、勢いを殺さずに反転を終えた騎馬隊が、こちらに向かって駆け始めていた。

 

「騎馬隊と歩兵隊。一体、どっちの攻撃を防いだらいいんです!?」

 

「うるせぇ! い、今考えてんだよ」

 

挟撃されたことが、混乱に拍車をかけ、指揮官であるヒゲ面の男も場の雰囲気に飲まれてしまい、まともな指示を出すことが出来ないでいる。

 

そうこうしている内にも、敵部隊の姿は大きくなってきている。

 

「敵軍、こちらに気付いたようです!」

 

「はっ、今頃か! 皆、そのまま駆けながら聞けぃ! 見ての通り連中は、数だけが頼りの烏合の衆だ!

我ら文醜軍の一騎当千の猛者の敵ではないぞ! 恐れは捨てよ! ただ目の前の獣共を撫で斬ることだけに気を払えっ!」

 

「「応っ!」」

 

「報告! 文醜将軍の騎馬隊も動き出されたようです!」

 

「さすが将軍。じつに良い所で顔を出そうとされる。

この速度では、功名を立てる場は全て騎馬隊にもっていかれるぞ! お前ら、それでも良いのか!?」

 

「「嫌です!」」

 

「ならば騎馬より速く駆け抜け、敵を切り伏し、己が勇を示してみせよ! 

総員、抜刀っ!」

 

隊長の一言で瞬時に白刃の野と化す。

 

敵は目の前。士気は十分。あとは突き進むだけだ。

 

 盾と盾がぶつかり合う。

 

及び腰で盾を構えていた黄巾党は、その衝撃で弾かれてしまうが、伏兵部隊はぶつかり合いで生じた隙間に長槍を突き立て、敵の守りを引き裂こうとする。

 

剣を持った兵が、長槍によって広がった隙間から縫うように敵陣に入り込むと、敵を切りつけていく。

 

ぶつかり合う武具の金属音。血の吹き出す音と男たちの悲鳴や怒号が飛び交う。

 

黄巾軍の指揮官であるヒゲ面の男は、懸命に指揮を取ろうとする。

 

だが、歩兵部隊の応対に兵を向けようとすれば、騎馬隊に攻撃を加えられ、騎馬隊の応対に兵を向けようとすれば、歩兵部隊に攻撃を加えられる始末だった。

 

交互に攻め立てられ、徐々に切り崩されていく黄巾軍。未だ数では圧倒しているものの、旗色は悪い。

 

「ちくしょう! この挟まれてる形は、うまくねぇ!

 お前ら、守りを固めながら少し後退するぞ!」

 

「へい、アニキ! オラ、お前ら退がれ! 退がれってんだよっ!」

 

黄巾軍が盾と槍をかざしながら、どうにか距離を取ろうと試みようとしたその時――、

 

銅鑼が――、

 

再び鳴り響いた――。

あとがき。

 

前回、前々回から更新が遅くなってしまいました。更新を待ってくれいていた方、本当に申し訳ない。

思いのほか修正加筆作業に手間取り、さらにパソコンの不具合の発生。

モチベーションが徐々に低下したところに、

エクスードさんから発売された『あかときっ!』というゲームがトドメとなりました。

 

魔法少女を扱った作品なのですが、いやぁ~これが面白いこと面白いこと。

ヒロインは皆可愛いし、戦闘で攻撃を喰らったら服が破れる紳士的な設定だし、ストーリーも熱いんですよね。

なにより素晴らしかったのが、悪役の“ピエロ”が正に名悪役だったこと。

悪役一人であそこまで物語に深みをもたせることができるのは、見習わないといけないなぁ……。

 

体験版もありますので、興味があればDLしてプレイしてみてくださいね。

公式HP:http://www.escude.co.jp/product/akatoki/

あ、別に私エクスードさんの回し者とかじゃないですよ?

 

なんだかチラ裏に書かれているようなことをダラダラと述べてしまいました。

さて、第13話いかがでしたでしょうか?

私としては、モブキャラを少し自由に動かし過ぎたかなぁ? と感じてしまいます。

メインキャラが少ない袁家だと、こういうことが起きてしまう。かといって、オリキャラ出すのは嫌だし……どないしよ。

 

おそらく次回も更新するまで一月程いただくことになると思います。

その時に、時間と気持ちの余裕があれば読んでやってください。

ここまで読んで頂き、多謝^^


 
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