No.227395

恋姫異聞録118 -画龍編-

絶影さん

引き続き赤壁です

此処からは伏線回収とアクションシーンが
多くなりますのでご了承くださいw

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2011-07-10 22:36:02 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:8684   閲覧ユーザー数:6669

魏本陣の対岸、赤壁では呉と蜀の将が集まり黄蓋の火計という名の狼煙を静かに待つ

孫策を初めとする呉の将達。対する蜀は関羽を大将として張飛、諸葛亮、馬超、馬岱、呂布、陳宮のみ

肝心の劉備がこの場には姿を現していなかった

 

「とうとうこの場には姿を現さなかったわね。計画は巧く進んでいるってことでいいのかしら」

 

「はい、予定通り誰にも気付かれずに途中で引き返しました。寧ろ桃香様の動きを掴んだ所で

今から何をしても間に合わない」

 

軍の中央に設置された大天幕の中では将が一同に会し、話をしていた

勿論、計画の進行具合についてだ。そんな中、孫策はこの赤壁にくるまでに劉備の姿を一度も見ていない事について問う

 

そう、劉備は此処に来るまで一度呉の柴桑に姿を表したのみ。其れも同盟を済ます時だけだったのだ

孫策は柴桑で見たときの劉備の姿を思い出す。前に一度、反董卓連合で見た姿とは異なる姿

 

一番に違うと感じたのは眼の輝きと、頬に大きく残る刀傷。まるで舞王の頬の傷と対になるかのような

 

「しかし本当に出来るのか、火計に連環の計。此処迄は順調だと言える。だが、一番の策はそれだ

あの時、柴桑で朱里が言った策。本当に劉備は策を実行にうつすことが出来るのか?」

 

「大丈夫です。私はこの目で確認しました。それに、今の桃香様なら」

 

不安げな表情で問う周瑜に自信いっぱいの顔で答える諸葛亮。隣で劉備の代わりに大将として座る関羽も

周瑜と孫策に向けられた視線に真っ直ぐ頷き返す

 

「そうか、ならば其れを信じるとしよう」

 

「大丈夫。冥琳さんもちゃんともう一つ策を用意しているじゃないですか。だからきっと全て巧く行きます」

 

視線を向ける方向には呉の将、陸遜と呂蒙。呂蒙はビクリと体を震わせ、自信なさ気にうつむくが

隣に立つ陸遜はニコニコと柔らかい笑みで呂蒙の肩を優しく掴み頷く

 

「申し上げますっ!魏の船団から火の手が上がりましたっ!成功です」

 

息を切らせ天幕に入ってきたのは呉の斥候。報告を聞き周瑜と諸葛亮は互いに顔を合わせると

即座に各々の将に指示を出す

 

「行くぞっ!既に思春が明命と共に奇襲の為、敵船に向かい先陣を切っているはずだ。

勢いを殺すな、速やかに覇王の首をとれ」

 

「愛紗さんと鈴々ちゃんは私と一緒に、全体の指揮は私と雛里ちゃんが。紫苑さん達は後方をお願いします」

 

指示を受けた将達は走りだす。目の前で燃え盛る魏の船団へと向けて

 

 

 

 

燃え盛る船が河を明るく照らす中、響く異質な剣戟の音

乾いた鉄の音ではなく、常に引っ掻いたような音が響き渡る一隻の船

 

「さぁどうしたの?私の首が欲しいのではなかったのかしら?」

 

冷たい笑みを見せる武王

男の肩を踏み台に宙を舞い、体を弓なりに反らせ上段から大振りの一撃

避ける甘寧は着地の隙を見逃さず曲刀の一撃を叩き込もうとするが、滑りこみ地面を這う男の水面蹴り

脚を取られ転倒する甘寧。男はそのまま腕で体を持ち上げ倒立し旋回するブレイクダンスのエアートラックス

 

武器が地面に突き刺さり、体を浮かせたままの華琳は体を捻り回転する男の脚を足場に

倒れる甘寧に宙から更に一撃を見舞う

 

「危ないっ!!」

 

間一髪、首を刈り取る大鎌の一撃に周泰は飛び込み甘寧の体を掴んで地面を転がる

避けた周泰は華琳達の位置を確認すると手にヌルリとした感触。見れば甘寧の首からは鎌の一撃が掠ったのか

大量の血がドロリと流れ出す。驚き、傷を心配する周泰

容赦の無い攻撃にもう柴桑で見た優しい男は此処には居ないのだと認識してしまう

顔を歪め悲しみで染める周泰を突然何かに気がついた甘寧は強く突き飛ばした

 

「ゲボっ・・・」

 

真上から倒れる甘寧の腹に突き刺さる男の蹴り

鎌を避けられた華琳は先ほど囲いを突破したときのように男を空高く鎌で飛ばし

男は空中で体を捻り飛び蹴りの形へと変えていた

 

周泰をかばった甘寧はまともに男の蹴りを受け、寝転がったまま胃の中の物をその場にボタボタと吐き出す

しかし男の攻撃は止まらず、そのまま体を折り曲げ両手で着地すると体を地につけ脚を回しウィンドミルへ

 

地を這う旋風脚の様な蹴りが吐瀉物を吐き出しながら体を起こす甘寧の頬を捕え吹き飛ぶ

突き飛ばされた周泰は甘寧の姿を見て心を滾らせ、旋回する男の体に目掛け素早く地面を舐めるように

掬い上げる斬撃を放てば男の体に届く事無く周泰の野太刀は何かに止められてしまう

 

「うぁっ!?」

 

響く鈍い金属音、目の前で斬撃を鎌で防ぐ武王の手には先ほどと同じように白い包帯

地で旋回する男はその勢いのままに、華琳を手元に引き寄せ周泰の一撃を防いでいた

 

肉厚の大鎌に止められ動きの止まる周泰

 

男はそのまま背中を地につけ、脚を揃えると浮いたままの華琳の脚に合わせるよう下から高く撃ち上げる

着地すること無く宙を舞う華琳は鎌を器用に横薙の体制から捻り

上段に振りかぶるように構えると落下の勢いを乗せて思い切り振り下ろした

 

バタバタッ・・・ボタッ・・・ボタッ・・・

 

大粒の雨が降り始めたかのような音が地面に響く

着地する華琳の眼の前には体を切り裂かれ、体液をまるで雨のように辺りに撒き散らす周泰の姿

 

眼は虚ろに、何とか刀を持ち上げ防いだのだろうがその体を深く鎌が抉り体には縦一文字に紅い溝を残していた

 

「あぅ・・・」

 

つぶやくように声を漏らし、一歩、二歩と後ろに下がるとペタンと腰を力なく地に着ける

ほおけた表情で、顔を上げれば目の前には残酷で美しい笑みを浮かべ、首を刈り取るために鎌を振りかぶる武王の姿

 

「華琳ッ!」

 

振りかぶる華琳の体を掴み、後方へ飛ぶのは夏侯昭

そして隣を通り過ぎる曲刀の切っ先は男の横蹴りで方向を変え周泰の方向へと飛ばされる

 

蹴り飛ばされた方向を見れば甘寧は体をヨロりと立ち上げ、首を乱暴に袖を引き千切った布で巻きつけ止血した姿

フラフラと体を揺らしながら周泰の前に、盾のように立ちはだかると剣を構える

 

「また舞が増えたわね?最初の体を持ち上げて旋回する舞は私の知らない動きよね」

 

「協様の前で一度見せただろう?」

 

「天の国に居たときのモノね」

 

「そうだ、見たことが有るだけの動きだったが再現できたようでよかったよ」

 

目の前で武器を構える甘寧に二人はまるで眼中に無いとばかりに視線すら向けず普段と同じ雰囲気で談笑するように話す

そしてまたゆっくり両手を広げ剣を持つと膝まずき、華琳は大鎌を担ぐように構える

 

余裕の二人に歯を赤く、血で染める甘寧は益々怒りが膨れ上がる

眼はまるで飢えた狼のように、手に握る曲刀は怒りで震えていた

 

「フフッ、貴方の埋め込んだ種は見事な華を咲かせたようね。怒りに染まる華は紅く血の色をしている。実に私好みよ」

 

「怒りで動きが単調になって読みやすい、華琳の眼を通して見ているおかげで俺も負傷しないから良い事だ」

 

「久しぶりだけど、この感じなら呂布でも二日は持たせる事が出来るわね」

 

「勘弁してくれ。先に俺が体力続かなくて死んじまう。華琳の要求は体に堪えるんだ」

 

冗談を言い合う二人に甘寧は奇声の様な声を上げ、走りだそうとするが其の脚は止まる

振り向けば、周泰が無意識なのか、それともこのまま行かせては駄目だと体を何かが突き動かしたのかは解らない

だが周泰は虚ろなままに甘寧の脚を掴んでいた

 

「一度お引きください甘寧将軍。お二人がやられれば奇襲部隊は全て士気を無くし総崩れとなってしまう」

 

「馬鹿を言うなッ!目の前に敵の大将が、蓮華様を侮辱した奴が」

 

「退がれって言ってるんだっ!アンタらがやられたら後から来る孫策様達まで皆殺しにされるぞっ!」

 

甘寧の前に盾のように立つ呉の兵士達

兵士達は冷たさを失った甘寧に荒く、言葉を放つ

隣を見れば、今にも流琉と季衣を抑えていた囲みが突破されそうになっていた

 

「暴言は後でいくらでも処罰を受けます。火計が失敗した今、此処に留まるのは危険。どうか退がってください」

 

「・・・分かった。すまない、死ぬなよ」

 

「ええ、周泰様をお願いします。行くぞ野郎ども、元錦帆賊の力を覇王に見せてやれっ!」

 

一斉に武器を構え襲いかかる兵達

甘寧は顔を歪めると、周泰の流れだす血をすばやく周泰自身の衣服で止血し船から飛び降りた

 

「素晴らしい兵達ね。良いでしょう、貴方達は私の手で直に葬って上げる」

 

兵達の後ろで退却する甘寧を見送り、目の前の勇猛な呉の兵士に目線を移すと華琳は体をゾクゾクと震え上がらせ

唇を舌で舐めて濡らす

 

男は目の前で跪きながら「やれやれ・・・」と呟くと華琳の眼に己の眼を合わせ、背後から襲いかかる武器を全て

剣で切り落とす

 

 

季衣と流琉が壁のように並び立つ兵を突破すると、目に映るのは船の床板を血の海にして

そこら中を首のない死体が埋め尽くす光景

 

中央には跪く男の前で冷たく美しい微笑を浮かべる華琳の姿

 

悍ましい光景に二人の第一声は華琳を心配する言葉ではなく「うゎ・・・」という引いた言葉だった

 

「えっと、大丈夫・・・ですよね」

 

「う・・・兄ちゃん。大丈夫?」

 

そこら中に首のない死体が転がる光景に、男の首を心配する季衣だったが

見れば男の首には痣もなく、何時ものような血の滲みは見られず不思議そうに首をかしげた

 

「大丈夫だ。俺はずっと華琳の眼だけを見ていたからな」

 

「そっか、良かった・・・のかな」

 

凄惨な光景を見たせいか、少しだけ季衣と流琉の表情が曇る

 

「やっぱりか」

 

俺はつい呟いてしまう。華琳の側で無ければこれ以上の凄惨な光景を見せてしまうだろう

だが逆に良かった。華琳の側に季衣と流琉を置くように言っておいて

これから見るのはもっと酷い光景だ、呉と蜀の兵を大量に殺すのだから

華琳の側ならそんな光景をまざまざとみることは少ない

 

駆け寄る二人に俺は少しだけ、安心した様に一息つくと

敵の増援だろう、連合が動き出したに違いない

更に船の底から飛び出すように敵兵が現れる

 

「華琳、此処からは俺と二人に任せろ」

 

「ええ、後ろで見せて貰うわ。殺さずに倒すのでしょう?」

 

頷く俺に華琳は笑顔を見せ、後ろに下がれば其れを見計らったように別の船が着く

見れば船首には稟が立ち、華琳を迎えていた

 

「どうぞ此方へ」

 

「ご苦労様、稟」

 

「兵を払ったら秋蘭さまの元へ。流琉と季衣はこの船で華琳様の護衛を引き続きお願いします」

 

前方には大量の敵兵が次々に乗り込み囲む中、稟は気軽に次の指示を送ってくる

無茶な事を・・・いや、稟は季衣と流琉が俺と手合わせしたことも知ってるのか

まったく、任されて嫌な気はしないがよほど俺と流琉と季衣を信頼してくれているようだ

 

「さぁ行くか。二人とも新城で手合わせしたように頼む」

 

「はいっ!」

 

「じゃあボクが一番だね!いっくよーっ!!」

 

構える鉄球を風切り音を立てて振り回し敵兵へと投げる

同時に男は前へと走り、敵との距離を詰めると敵の武器の届かない位置で立ち止まる

 

投げられた鉄球は敵兵を吹き飛ばし、鎖がピンと張った状態で季衣は鉄球を引き戻す

少しだけタイミングをずらして男は少しだけ緩んだ鎖を持つと歯を思い切り食いしばり逆に季衣を思い切り引っ張り

敵の方へと投げ飛ばす

 

「でやーっ!!」

 

弾丸のように一直線に敵に飛ばされ蹴りを放ち、吹き飛ぶ敵兵

更に武器を戻らぬように固定した流琉の円盤が男に投げられ、男は横を通り過ぎる円盤に繋がれた鉄線を蹴り軌道を変え

同じように流琉を引っ張り、季衣の引き戻した鉄球を流琉が空中で掴みとり、違う方向へと投げ飛ばす

 

鎖を引き、季衣を自分の元へと引き戻すと飛んできた季衣の手を掴み、また違う方向へ投げ飛ばし

武器がくれば流琉か季衣が掴み、飛ばし。季衣と流琉がくればまた男が投げ飛ばす

 

男を中心にドーム状に武器と子どもが辺りを飛び交う光景に言葉を無くす呉の兵達

まるで四つ首の化物が暴れまわっているかのような攻撃法に華琳の居る船に近づくことも出来ず為す術無く立ち尽くす

 

だが落ち着き見ていた敵兵は、攻撃の半分は生身の人間が飛んで来るはずだと

季衣か流琉が飛んで来るのを見計らい槍を構え飛んできた所に合わせ槍を突き出すが、目の前まで来て空中で停止する

 

「なっ!?」

 

驚く敵兵に季衣は「ばーか!」と言って中心に引き戻される

見れば中心の男が鎖を思い切り掴み、空中で停止させて引き戻していた

 

メキメキと握り締められる鎖、引き戻された季衣の変わりに流琉の投げた円盤が

槍を構える兵に向かって飛ばされ吹き飛ぶ敵兵。男は自分の元へと戻ってきた季衣の手を掴み

違う兵の元へと投げ飛ばす

 

更に流琉と季衣は蹴り飛ばし、戻されるついでに敵の落とした槍や剣を中心に立つ男に向かって投げ飛ばし

男は其れを蹴りで軌道を変えて敵兵へと飛ばしていく

 

「無茶苦茶ですね・・・これは、私でも想像がつきませんでした」

 

「本当に面白い事ばかり思いつくのだから。実質、鉄球と円盤を飛ばしているのはあの二人。二人を投げ飛ばし

操っているのは昭ね。体が軽い二人ならいくらでも投げ飛ばせるって事でしょう」

 

「はい、しかも常に眼でお互いの意志と敵の位置を確認している。昭殿ならではの戦い方ですね」

 

気がつけば大量にいた敵兵は河に落とされ、船は鉄球と円盤の攻撃で半壊状態になっていた

 

「やったね兄ちゃん!みーんな河に落ちちゃったよ!」

 

「これで後は華琳様のお側に居れば良いだけですね」

 

「良くやったぞ二人とも。後は頼む」

 

喜ぶ二人の頭を撫で、男は一人接近する違う船へと乗り移る

季衣と流琉は男に手を振り激励の言葉を大声で叫び、華琳の乗った船へと乗り移った

 

「二人ともご苦労様。これも一応は舞なのかしら、なかなか面白い技だったわ」

 

「えへへー!兄ちゃんが手合わせしてた時に思いついたんですよ。最初は何の遊びかなーって思ったんですけど」

 

「途中から兄様の意図が分かって、息を合わせてやってみたらあんな風に。私たちは楽しいんですけど、兄様はすごく

疲れるみたいです」

 

大丈夫だろうかと心配する流琉に、華琳は「心配要らないわ、今から行くのは秋蘭の元だから」と言うと

流琉は失礼だと思いながらも笑ってしまった。そう言えば、兄様の足取りは疲れているように感じず

軽いものだったと改めて思う

 

 

 

男は走り、接触する船を飛び移りながら前方に眼を移せば黄蓋殿の乗る船に無数の矢が放たれていた

 

「此方の手は全て見通していたということか、忌々しい事よ」

 

「ならば一矢報いる為に、王へ牙を向けるか?」

 

矢を払い、向かってくる魏の兵士に矢を放つ黄蓋

だが急に矢の雨は止み、激しく揺れる自身の乗る船。何事かと辺りを見回せば船の横に突き刺さる艨衝の船首

丸太を削った槍が取り付けられた船首は黄蓋の乗る船に深々と突き刺さり、そこから乗り移る老齢の将

 

両手には刀を二つ握り締め、ギラつく瞳で黄蓋を見据える

隣には片腕があらぬ方向に曲がった黒い衣服に身を包む男と片足が無い黄色い衣服と軽鎧に身を包む男

 

「長老、アイツを止めるのか?というか聖女様は何処だ?」

 

「そうだ、詠様は何処に居るんだ?俺達は聖女の兵だぞ、詠様を守りに来たんだ」

 

「おい、お前何で詠様とか呼んでるんだ?俺だって聖女様としか呼んでないのに」

 

「お前とは違うんだよ。初めに会ったとき月様を慰安婦とか言ってやがった奴とはな」

 

意気揚々と黄蓋の前に出た無徒は、隣に立つ二人の男にこの張り詰めた戦場の雰囲気を台無しにされ

無言で頭を刀の柄で殴りつけた

 

「いって、何すんだよ長老っ!」

 

「そうだ、今コイツを黙らして」

 

「煩いッ!貴様ら二人に詠様と月様を名で呼ぶなど過ぎた行為よ!貴様らは聖女様と呼べっ!!」

 

皺だらけの顔に余計に皺を寄せて豪快に笑う無徒に二人の男は「ズリィよ長老ばっか!」と抗議の言葉をぶつける

その光景に黄蓋も笑っていた

 

「色ボケ爺が、貴様が呼んだ名は女の名であろう。確か雲の軍師が詠と言う名であったな」

 

「詠様の真名を口にするとは、礼を知らぬやつよ」

 

「真名だと?ならばあやつの名は」

 

「董卓様こと月様と並ぶ聖女、賈駆様である。我等が従うは聖女、詠様の命により貴様を足止めさせてもらう」

 

董卓の名に黄蓋は目を見開く。奴が生きていたのかと

しかも此処に来て魏に降り、間接的にあの張奐を引っ張り出して剣を向けていることに何とも可笑しくなってしまい

黄蓋は先程の無徒のように大声で笑っていた

 

「なんとも、何とも可笑しな事だ。これだから戦は面白い、なにせあの双武の張奐と剣を交える事が出来るのだからな」

 

「此方用事が終わるまで遊んでもらうぞ、張芝、張昶。周りの敵兵を薙ぎ払えぃっ!」

 

殺された自らの子の名をつけられた二人の男は無徒の言葉に反応するように跳びかかり敵兵を蹴散らしていく

片足の張芝は逆立ちをしたまま、まるでカポエラのような体術で。片腕があらぬ方向を向く張昶は片腕で敵の急所

へ指先を突き刺していく

 

「ほう、二人とも体術使いか。貴様は通り名のまま剣を二つか」

 

「この船も赤馬にしてくれる」

 

「ぬかせっ!!」

 

双腕から繰り出される斬撃を黄蓋は鉄鞭でたたき落とし、距離を取ると素早く弓を構え三連続の速射を放つ

目の前に迫る矢を無徒は体をS字に振り躱すと横薙ぎの一閃

 

脇腹に襲いかかる一撃を黄蓋は難なく鉄鞭で払い再び距離を取ろうとするが、踏み込み上段と下段からの

挟みこむような剣戟が襲いかかり、鉄鞭で上段を受け弓を腰に仕舞い矢筒から抜き出した矢を即座に抜き取り

脚と迫る剣の間に入れ踏みつけるように抑えこむ

 

ボキリと挟めた矢が折れ、黄蓋の靴に食い込む無徒の刀。だが黄蓋は更に下からの刀を踏み込み後ろへ飛ぶと

弓を取り出し矢を番え三連撃の矢を放つ。無徒は二本を宙で叩き降り、一本を頬を首を捻り避けるが頬からは流れる血が

一筋。拮抗する力に二人は笑みを見せ、同時に地を蹴り走りだす

 

「始まりましたね」

 

「そうね、昭が秋蘭の元へ行く理由は?」

 

「はい、昭殿は事前に秋蘭さま用に飛距離を伸ばした合成弓というのを作らせています。現在は敵の手により

船は燃え、辺りは見やすく照らされて。そこに昭殿の眼が合わされば後は華琳様のご想像通りかと」

 

前線から少し下がった場所で始まった攻防に目を移し、余裕の有る表情で男が狙っていた事を稟に問い

その答えに華琳は「なるほど」と頷き笑みをこぼし、目線を前へ

 

男の方へと向ければ燃え盛る船、前線のど真ん中で船の船室の屋根に登る姿

屋根には既に秋蘭が雷咆弓を構え男の到着を待っていた

 

「お待たせ」

 

「フフッ本当だ。あまり女を待たせるものではないぞ」

 

「そうだな。次はもっと早く来るよ」

 

「ああ。では我等の力を見せつけるとしよう」

 

男の顔を見て、体に傷もない事を確認すると嬉しそうに微笑み冗談を言う秋蘭は男に体を預けるように重ねる

体をぴったりと合わせ、男は右腕を垂直に人差し指と中指を二本。まるで銃を象るように構える

 

秋蘭はそれに合わせ、弓を構え矢を番え二人は同じ形を。男の右手が秋蘭の握る弓と重なる

 

「右、拳二つ。赤い槍を持つ兵」

 

呟くと同時に拳二つ分右にずらされる弓。空気を切り裂き、まるで雷が落ちたかのような轟音を立てて放たれる矢は

正確に黄色い布を巻かぬ兵士の心臓に突き刺さる

 

「次、左に拳を四つ。兜は付けていない」

 

「指差しだけで良い。昭の狙いたい的は解る」

 

敵兵を位置を呟く男に秋蘭は顔を見上げて柔らかく微笑むと男は力強く頷き、速度を上げて次々に指を指していく

同時に加速する秋蘭の速射。握る位置を変え、矢の勢いを変え、時に鋭く、時に威力を上げ戦場に正確無比の雷が落ちる

 

「何という弓だ。いや、それよりも・・・馬鹿な、此方の指揮者だけを狙うだと!?」

 

次々に射殺される仲間を無徒からの攻撃を弾きながら横目で見る黄蓋は、一度大きく距離を取り

その信じられない光景に釘付けになっていた

 

奇襲を仕掛ける中、混乱せぬよう個々に士気をする人間を配置した伍の隊長

しかし秋蘭の矢は五人一組みで編成される伍の隊長だけを間違うこと無く正確に撃ち抜いていく

 

中には遮蔽物を立て、盾のようにして体を隠すが其れは全くの無意味な物と解る

なぜなら鎧を重ねようが、盾を構えようが秋蘭の矢は容易く貫き兵の心臓へと突き刺さっているのだから

 

倒れる伍の指揮官。結果、指揮を取る物が居なくなった兵達はうろたえ近くの魏兵にまるで烏合の衆であるかのように

滅ぼされていく。こんな馬鹿な事が有るわけがないと秋蘭の方に視線を向ければ体を重ねるように立つ二人の姿

 

「そうか、昭殿の慧眼を利用したかっ!此方の指揮官をあの眼で割り出し撃ちぬく。此方の火計を逆に利用するとは」

 

忌々しいとばかりに歯を食いしばり、理解した黄蓋は己の放った火を睨む

容易く消化され、仕掛けた鎖は外され、それどころか上がる炎の光を利用し此方の兵を正確に射ぬく

全ての手が潰されていく様に黄蓋は孫策達をこの場へ迎え入れることは出来無いと弓を握りしめると

覚悟を決めた

 

 

 

 

「誰か、儂が此処で持たせる。策殿に火計は失敗だと伝えよ。冥琳ならば別の策を直ぐに用意するはずじゃ」

 

側に立つ兵士が二人、即座に反応し別の船に飛び移ろうとするが張芝、張昶が立ちふさがり

一人は蹴りで河へと突き落とし、もう一人は急所を指で貫かれその場に蹲り息が途絶えた

 

「行かせられぬな。それに、この後の貴様の相手は秋蘭様がすることになっている」

 

「・・・律儀なものだ。柴桑で約束した事を守ると言うことか」

 

そういう事だと無徒は刀を振りかぶり襲いかかる。同時に左右から張芝、張昶が攻撃を放つ

迫り来る攻撃に黄蓋は眼を鋭く細めると鉄鞭を振るい張芝、張昶を吹き飛ばすと上段から襲い来る無徒の一撃を抑えこむ

 

船床に叩きつけられる二人の男は悪態をつきながら再度攻撃を仕掛けようとするが

 

「貴様らは兵に集中せい。一人も逃してはならんぞ」

 

との言葉に素直に従い背を向けて孫策の元へと向かおうとする兵士を蹴散らしていく

 

徐々に押し込まれる剣圧に鉄鞭で抑える黄蓋は片膝を地に着くが、呼吸を整え体に気を巡らし押し込まれる剣を弾く

 

距離を離された無徒は、己の刀をみて僅かな刃こぼれがその瞳に移ると不敵に笑う

なかなかやるではないかと

 

「では儂も本気を出すとしよう・・・・・・と、言いたいところだが。生憎もう終わったようだ」

 

無徒の言葉に辺りを見回せば、あれ程居た自分の部下達は一人残らず滅ぼされ、残るのはこの船だけとなっていた

そして真正面、無徒の肩越しに見えるのは屋根から飛び降り一度男の頬に自分の頬を着け、強い眼光を放ち

此方に船を向ける秋蘭の姿

 

「ぬぅっ、早過ぎる。儂の兵がこれほど容易く打ち滅ぼされたと言うのか」

 

目の前で仁王立ちに此方を見据える無徒に苦虫を噛み潰したような顔を見せる黄蓋

 

其の一瞬に雷鳴が鳴り響き、先ほど矢をかすめ血の流れる無徒の頬の横を矢の雷光が走る

 

己に向かう矢に反応出来ず、ピクリと体を動かすだけしか出来ない黄蓋の頬を

無徒と同じように矢が掠め、血が一筋流れ落ちた

 

矢が放たれた先には弓を構える秋蘭の姿

無徒を傷つけた礼だとばかりに嘲笑の笑みを浮かべる秋蘭の姿に戦慄する

 

「・・・夏侯淵。話とは随分とかけ離れているようだ」

 

「クククッ、定軍山の話か?状況が違う、あの時は多対一。舞王の妻は並では無い」

 

体を震わす黄蓋をその場に置き去りに、自分との戦いは終わりだと呉の兵士へと攻撃を開始する無徒

蹂躙される味方の姿に黄蓋は無徒へ攻撃をと背を秋蘭に向けようとするが一歩も動くことが出来なかった

 

目の前から迫る秋蘭からは常に必殺の殺気と共に、鏃が黄蓋の胸へと狙いが定められていた

まるで死刑の執行を待つかのように黄蓋は微動だに出来なかった

 

秋蘭と別れた男は走りながら船を飛び移り、横目で消化される火を見ながら稟から指示された場所へと向かう

訓練され、絶妙な動きでまるで橋のように男の道を作る操舵手に改めて関心しながら放水される場所へ眼を向ければ

沙和の指示で放水、凪の気弾で消えない船の破壊、使えない船の底に穴を空け沈める真桜

其れを全て指揮する桂花の姿

 

「良し、これなら行ける」

 

「遅いわよ。アンタが側に居なきゃ意味ないんだからね。諸葛亮はアンタを見るはずなんだから」

 

指示された場所。前線から少し後ろ、華琳の乗る船との間に移動した男は到着早々詠に秋蘭のように遅いと言われ

笑ってしまう

 

「何よ、何笑ってるの?緊張感が無いわね」

 

「いや、遅いって秋蘭にも言われてな。女を待たせるもんじゃないって言われたよ」

 

「そりゃそうでしょう。女を待たせる男は持てないわよ。もう少し遅かったら連合の連中が接敵してたわ」

 

前を指さす詠。男はその方向に眼を向ければ灯りも着けずに此方に近づいてくる連合の大軍

迎え討つように春蘭の率いる兵達が船を並べていた

 

「さて、其れじゃ演じるとしますか。せいぜい巧く踊ってやるわよ」

 

指揮宜しくとばかりに近くに船首に置かれた篝火に差し込まれた松明を宙高く投げる詠

応じるように後方の稟と華琳が居る船から同じように松明が宙に投げられた

 

 

 

「先陣は既に呉の黄蓋さん達が切っています。まずは私たちが其れにあわせ曹操さんまでの道をこじ開けます」

 

頷き声を上げずただ力を溜めるように武器を握る兵達

鳳統と合流した諸葛亮率いる蜀の船団は素早く船を進め、前方で赤々と燃え盛る敵船団へと突撃を開始した

 

「申し上げますっ!呉の黄蓋殿の策は破れましたっ!先ほど重症を負わされた甘寧殿と周泰殿を呉の船が回収したと」

 

「・・・・・・え?今、何て」

 

眼と鼻の先まで迫り、今からと言う時に伝令から伝えられた報告に言葉を無くす諸葛亮と鳳統

そんな馬鹿なと。一体なぜ策が敗れたのか一番に意味が解らないのは鳳統

 

作戦の遂行に何の支障も無かった。それどころか黄蓋は最後まで呉への忠誠を貫く姿勢を見せていた

だから裏切ることなどありえない。もしやこれも天の御使である舞王の仕業なのかと

 

「敵の指揮は誰が?」

 

「は、中央に叢の旗が有り舞王の姿を見たと。その隣は雲の軍師」

 

「ならまだ戦える。雲の軍師は奇襲を得意とする軍師。今は逆に奇襲をされた状態ならば取る手は正攻法のはず

数に物を言わせ、奇襲を警戒し大きく展開する戦い方をしてくるなら中央に兵を集め一点突破で曹操さんの元へ」

 

伝令からの情報を確認すると諸葛亮は前方にはためく叢の牙門旗を睨む

それはまるで恨みにも似た、禍々しく燃える瞳で隣に立つ鳳統は友の変化に戸惑ってしまう

 

「しゅ、朱里ちゃん」

 

「大丈夫、まだ冥琳さんの策もあるし。向こうの戦い方は全部見えてる」

 

心配する友に笑顔を見せる諸葛亮はそのまま船首へと歩き叢の旗を見据えると全軍に全速での突撃を命じる

友の姿と策が崩されたことに一抹の不安を抱えながら、何かあれば支えるのは自分の仕事だと心に決め

鳳統は静かにこれから起こるであろう最悪の展開を予想し始めた。其れを越え、連合を勝利に導くために

 

 

 

「迫ってきたわね。どうやら向こうは一点突破を狙ってるみたい。華琳のいる場所が前線に近いって分かってるようね」

 

「ああ。所でお前は何をやってるんだ?」

 

兵の方を向いて手をのばしたり、いかにも指示してますよと言わんばかりに指を差す詠の姿に

男は少々呆れた表情をすれば、詠は分かりきった事を聞かないでよとばかりにため息を吐く

 

「何処で敵の斥候が見てるか分かんないでしょう?アンタも秋蘭の方ばっかり見てないでやってる振りしなさいよ

・・・っと、あー!そこ、適当に銅鑼鳴らして。アンタは空に煙矢を二発」

 

旗信号で指揮を取ると言われている詠は適当に関係ない指揮を送り、指揮をしている振りをする

隣に立つ男はと言えば、黄蓋と戦いを始める秋蘭をじっと見ていた

 

「大丈夫でしょう?秋蘭の強さはアンタが一番分かってるはず。弓だって作ったんだし」

 

「ああ、だけどきっと秋蘭は雷咆弓を使わないだろう。何時もの餓狼爪を使うよ」

 

「何故?せっかく作ったんでしょう?あんなに凄い弓なのに」

 

「だからだよ。きっと卑怯だって思うはずだ。根っこは春蘭と同じなんだよ」

 

そういって再び目線を秋蘭の元へと戻す男に詠は「馬鹿ね・・・」と呟き

男は「誇り高いんだよ、夏侯の血は」と返すが詠は理解出来ないと首を振っていた

 

確かに理解は出来ないだろうが、あれほどの将が相手だ

敵と同じ位置に立ち正々堂々と華琳の前で勝利する姿を見せたいのだろう

 

「僕はそれよりも稟の指揮が気になるわ。今まで隠していた力を見せてもらおうじゃないの」

 

詠は振り向き後方に視線を向ければ船首で双眼鏡で敵を確認しながら指示を送る稟の姿

自分の雲の兵に華琳の軍。その双方をどれだけ扱えるのか、そして自分とどれだけ差が有るのか

一挙手一投足を注意深く観察していた

 

「始まる」

 

船同士のぶつかる音がなりひびき、それと同時に船からフワリと柔らかく飛び移る秋蘭は

その場に雷咆弓の弭槍を船床に突き刺し、腰に付けた餓狼爪を構える

 

敵船が迫り放たれた火で燃え盛る船、炎の光りに照らされ河面に映る二人の弓兵の影

黄蓋との一騎打ちが今、開始されようとしていた

 

 

 


 
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