No.227382

妹は無職 sister no color

イツミンさん

某所で超酷評されたものです。わざとわかりにくく書いたつもりですけど、くそみそに言われるほどのものを書いたおぼえはありません。僕が不出来なだけなのでしょうが、それでも他の方の感想を聞きたいと思います。出来ればコメントをお願いいたします。

2011-07-10 21:53:14 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:784   閲覧ユーザー数:764

 7月に入った。

 つい最近1年の始まりを迎えたと思っていたのだが、実際は折り返し地点のコーンを回り、終わりに向かって残り半分のところまで来てしまっていた。

 最近とみに時間の流れが速い。

 30歳をすぎれば人生あっという間だと言うけれど、光陰矢のごとし、まさに俺の体感時間は加速度を増しているのだ。

 昔は俺も若かったんだけどなあ、もう若いと言える年齢ではなくなってしまったなあ……。

 俺も今年で36歳だからなあ……。

 20代の終わりに結婚をし、今では子供もできたし、会社ではそれなりの地位を築いている。順風満帆だといえばその通りではあるが、一角の人間にはなれないと分かりきってしまったレールの上じゃ、落伍者と言われたって反論は出来ない。

 多分俺は、中流家庭の主で一生を終えるのだろう。

 まあ別に不満があるわけではないけどね。

 妻はよくやってくれているし、娘は可愛い盛りだし。ただ「普通の人生」しか俺にはやってこなかったのだなあと、てっぺんに立つような人たちとは世界が違うのだなあと。

 まあ、ただそれだけだ。

 

 しかしあれだな、自分の行く末に大きな成功なんてないと自覚したけれど、これでよかったんじゃないかとも思うね。

 だって、多分俺はずっとずっと平和に暮らせるだろうからな。

 家族に囲まれて、気軽な人生をこれからずっとな。

 成功者なんて、金や名誉は多めに貰えるのかもしれないけれど、きっと波乱万丈だろう?そんな波浪警報鳴り響いた海に出るくらいなら、晴天の海水浴場で水遊びするほうを俺は選ぶよ。

 

 昨日は平和だった。

 今日だって平和だ。

 明日もきっと平和だろう。

 

 平穏無事に一生を閉じられるなら、きっとそれが一番なんじゃあないかな。

 金持ち達にはまた別の一番があるんだろうけどね。

 

 ジーワジーワと蝉が鳴いている。

 夏は始まったばかりだというのに、既に暑さは顕著だった。

 車から降りて数分と歩いていないのに、額には玉のような汗が浮き上がり、歩くたびにズボンが足に張り付いて気持ち悪い。

 平和すぎる人生で唯一の懸案事項を尋ねるために、俺は郊外のマンションまでわざわざ休日をつぶしてやってきていた。

 唯一の懸案事項……いい歳をして、いまだ働きに出ないあの妹。

 あいつもそろそろ30になろうというのに、将来を有意義に暮らすことなんてちっとも考えていないらしい。今さえよければの刹那主義だ。

 親父たちが甘やかしているせいかも知れないけどね。

 毎月マンションの家賃を払い、生活費を仕送りし続けるなんて、そんなだから妹は一人立ちできないんじゃないか?

 インターネットにハマり、マンガやアニメに傾倒し、日々部屋の中で楽しく生きるだけの我が妹……。

 今はそれでいいとして、両親が死んだ後はどうするんだろうね?多少の遺産はあったりするんだろうが、それだって女一人が一生を暮らせる額なんぞ期待は出来ない。もしかして俺が養うなんてことにならないだろうな?そんなの俺は絶対にいやだぜ。

 でも妻は「面倒を見てあげましょうよ」とか言いそうだけどな……。

 あの妹はなぜか周りに好かれているからな……。

 

 妻に言われてほいほい様子を見に来る俺だって、あいつのことは嫌いじゃない。仕方のないやつだと思いつつ、なぜか気がついたら許容してしまっている。

 

 まあ、俺も甘やかしている人間の一人ってことか。どうしようもないね、まったく。

 

 鉄製のカゴに運ばれてマンションの6階までやってきて、廊下の一番奥の部屋までやってくる。ここが我が愚妹の住居ってワケだ。

 

 ドアベルのボタンを指で押し込む。

 

 ぴんぽぉん

 

 間延びした音が鳴り、

 

 ………

 …………………

 …………………………

 

 何の反応も帰ってきやしない。

 

 ……あいつめ、寝てやがるな?

 

「こら!いるんだろ!起きろ起きろ起きろ!」

 ドアを思い切りゴンゴンぶったたいてやる。

 あんのヒキコモリめ、日曜日だからって昼まで寝てやがって!

 昨日は何をしていたんだ?深夜アニメか?ネットゲームか?

 ええい、そんなことはどうでもいい!

 休みをつぶしてせっかく来てやったんだから、優しい兄に顔くらいは見せろってんだ!

 ドアを殴打し続けることしばし。

 ようやっとドアノブはゆっくりと回り、

「……あい?」

 ぼさぼさ頭の寝惚けた顔が現れた。

「……んあ?にーちゃん?」

「そうだよ、にーちゃんだよ」

「なんしにきたの?あ、お見合いしないよ」

「そんな用じゃない。大体見合い写真なんか持ってきたことないだろ」

「……あんじゃん、ほら、えっとさ……ああ、あれ夢だ」

 開けきらないドアにもたれかかり、妹はゆーらゆら揺れている。こいつめ、話している最中に寝てしまいそうだな。

「様子を見に来てやったんだよ。入るぞ?」

「んー、いいよー?」

 大きくドアを開けてもらい、俺は妹の横を通り抜けて室内に入る。

「おまえさ、人を迎えるときくらいまともな格好をしろよ」

「……なんかへんかな?」

 いや、変と言うか……。

 妹はTシャツ一枚に、下はパンツだけといういでたちだった。しかもノーブラなもんだから、かなり扇情的だ。

 妹は兄の贔屓目無しに美人の類だから、そんな格好してたらだれかに襲われないかと気が気でない。

 来客が俺だったからよかったものの、宅配便とかだったらどうするんだ。女だったらそんな格好で出てきちゃいけないだろ。

「服を着ろって言ってんだよ」

「……きてる」

「着てるうちに入らん。下着丸出しじゃないか」

「……気にしないよ?」

 てぽてぽ短い廊下を歩きながらぼんやりと妹は応じる。

 わかってないなこいつは。

 気にするのは本人ではなく、見ている方だ。歩くたびに胸にくっついた巨大なプリンがゆさゆさしていて……だから俺じゃなかったらどうするつもりなんだこいつは。

 

 ドアを開けてリビングに入り、俺はソファに腰を落ち着ける。

「……寒くないか?」

 エアコンがごうごうと風を送り出す室内は、鳥肌が浮き上がりそうになるほどの室温だった。灼熱ともいえる外気をさっきまで浴びていた俺には、この温度はちょっと堪える。

「そう?ふつーだよ」

「設定温度何度だよ?」

 テーブルの上に置いてあったエアコンのリモコンを取り上げる。

 ――設定温度▽22℃

「おい、冷えすぎだろ。あんまり冷やすと良くないぞ?それに、節電でプラス2℃だろ」

「うん、だから22℃なんだよ?」

 不思議そうに首を傾げる。

 ということは、普段は20℃ってことか……。

「……」

 問答無用で設定温度を上げてやる。

 28℃で丁度いいだろ。

「あああ、にーちゃんなにすんのさ!」

 涙目でリモコンに飛びつき、妹は設定温度を再度下げようとする。

「ダメだ!体に悪いし電気代も高い!今年は28℃で乗り切りなさい!」

 奪われたリモコンを奪い返す。

「にーちゃんひどい!人でなし!」

「いいよもうそれで」

「大体なにしにきたのさ。いやがらせ?」

 頬を膨らませ、妹はクッションを抱えて隣に座る。

「嫌がらせに来るかよ、わざわざ休みにさ。様子を見に来てやったんだ」

「なんでさ」

「おまえがちゃんとやってるか見に来たってこと」

「ちゃんとやってるよ」

「そうか……?」

 室内に視線を這わせる。マンガ雑誌やゲーム機、お菓子の袋などが散乱している。

 ……汚い。

「おまえこれ全然ちゃんとしてないだろ」

「うそだー。にーちゃんしらないもなんだからそー言うんだよ」

 いや、知らなくても言えるぞこれは……。

「部屋の片づけをしなさい。そしてちゃんとした格好をすること」

「なにさそれ。お部屋は片付いてるし、格好もちゃんとしてるじゃんか」

 こいつはアレかな、「ちゃんと」って言葉の意味を教えないといけないかな。こいつみたいなのはまったくダメって言うんだ。

「それから仕事をしろ。いつまでも親のすねをかじって……」

 

ぴんぴろりん

 

「なんだよこの音」

「にーちゃんちょっとごめん」

 説教を遮り変な電子音が鳴り響き、妹は音の元のラップトップパソコンをテーブルの上から手繰り寄せる。

「なんだよ、メールかなんかか?後にしろよ」

「後だとだめなんだよ。手遅れになるよ」

 画面に顔を近づけ、妹はキーボードをぱちぱち押し続ける。なにしてんだこいつは。手遅れになるって、オークションサイトか何かか?

「いいよ、にーちゃん。それで、なに?」

「だから、きちんとした生活をして、ちゃんと働けって言ってるんだ」

 一連の操作を終え、パソコンを置いた妹に再度説教をする。何度も何度も叱っているが、こいつは一向に理解しないから困ったもんだ。

「えー、働きたくないよぅ」

「おまえ一度だって職に就いたことないだろ?それでどうやって生きるんだ」

「かーちゃんがお金くれるもん」

 ぷぅと頬を膨らませてした反論がこれだ。こどもかこいつは。そろそろ三十路のいい大人だろうに。

「今はそれでいいかもしれないけどな、いつまでも親はいないんだぞ。いずれ自分で稼がないと……」

 

 ぴんぴろりん

 

「あ、にーちゃんごめん」

 またも説教中に音が鳴り、妹はパソコンを手繰り寄せる。

「……後にしろって」

「だからね、後はだめなのさ」

「――ったく」

 俺はため息をぶちかます。

 とんでもないマイペースだな、こいつは。なにが手遅れになるのか知らないが、説教くらいはしっかり聞いて欲しいもんである。

「いずれ自分で稼がないといけないときが来るんだぞ?それでもおまえは働かないつもりか?」

 パソコンの操作を終えたところを見計らい、説教を再開する。

「そのときになったら働くもん」

「そのときにって、おまえそれじゃあ遅いだろ」

「それまではかーちゃんからお金もらえるもん」

「その頃にはな、おまえを雇うとこなんてないぞ。いい歳して初めての就職なんだからな」

「じゃーお仕事探さないとだめなの?」

 口をとんがらせて不満そうに妹は言う。

 自分のために金を稼ぐのに、一体なにが不満なんだか……。

「でもね、あたしそういうことをしている場合じゃないんだよ?」

「それでも仕事は探しなさい。趣味で忙しいかもしれないけど、働いて自分のお金でやるとまた違った嬉しさがあるんだぞ?」

「……もう、そうじゃないのに」

「じゃあなんだよ?」

「……お部屋をあけるわけにはいかないんだもん」

「理由は?」

「…………」

 無言か……。

 結局はなにかにつけて言い訳をして、働きたくないってだけだろうな。今更社会に出る不安もあるだろうし、働きたくないって気持ちはわからなくもない。俺だって嫌になることはある。

「色々と考えるのもわかるけどな、ちょっとずつでも頑張ってみろ。あれで親父たちも心配してるんだからさ」

「……うん」

 ちょっとしょんぼりした様子で、妹は小さく頷いた。

「よし、じゃあ俺は帰る。また様子を見に来るからな」

 言って、俺は立ち上がる。

 伝えたいことは全部伝えたから、今日はもういいだろう。

「ん、にーちゃんまたね」

 ぼさぼさ頭の妹は顔を上げ、ちょっぴり笑ってドアをくぐって廊下に出ようという俺に手を振った。玄関までは来ちゃくれないが、一応兄を見送ろうというつもりはあるらしい。

 

 ――ったく、不器用で、どうしようもなくて、面倒くさいけど可愛い妹め。

 

 就職することで色々と厄介なこともあるだろうから、俺も出来る限りのフォローをしてやろうかね……。

 

 ぴんぴろりん

 

 背後でまたパソコンが鳴っているのを無視して、俺はマンションを後にする。

 あいつめ、またパソコンをやってるな?

 なにをやってるんだろうな?オークションサイトかとも思ったが、ネットゲームか何かかもな。

 あんまり熱を上げるようならパソコンを取り上げないといけないかもしれないが、まあ仕事を探すと言っているのだし、今は勘弁してやろう。就職させて、さらに趣味を奪うってのは酷だからな。

 

 

 

 

 

 いくつかの時間が過ぎ去っていった。

 夏は盛りを迎え、気温は一層上昇する。蝉の鳴き声が遠ざかったのは、彼らも暑さに負けてしまったからだろうか?

 俺はまた妹のマンションにやってきた。

 もちろん、妹の様子を見るためだ。

 しかしいつものように妻に言われたからではなく、今度は妹が様子を見に来てとメールを寄越したのだった。

「……なんだこれ」

 妹の居室の前に立ち、ドアの貼り紙を見る。

 

 

 ――お入りくださいませご主人さま

 

 

「……これは俺に入れって言ってんのか?」

 ……多分そうなんだろうなあ。

 ま、まあ様子を見に来てくれといわれたんだし、俺がご主人様ってことで間違いないんだろうけど……。

「あいつなにを始めたんだよ」

 丸っこい文字で書かれた貼り紙を剥ぎ取り、俺は中に入る。俺以外の「自称ご主人さま」に入られては困るからな。

「おーい、なんのつもりだー?」

 リビングにいるらしい妹に語りかけながら廊下を歩く。

 ……なんか廊下に飾りつけがしてあるんですけど。

 誰かのお誕生日会か何かだろうか?

「入るぞ?」

 一応断りを入れて、リビングに抜けるドアを開ける。

 心地よい冷気が俺を迎えて……、

「お帰りなさいませ!ご主人様!」

 三十路のメイドがそこにいた。

「……は?」

「お帰りなさいませご主人様」

 メイド衣装をばっちり着込んだ妹が、満面の笑みで俺に向かって頭を下げている。

 ……どういうこと?

「お座りくださいご主人様!」

 丁寧な言葉で、妹は立ち尽くしている俺をソファに突き飛ばす。

「うわ!」

「なにになさいますかご主人様!」

 倒れるようにソファに腰を落とした俺に、すかさずメニューが差し出された。

「……ネスカフェ?」

「インスタントコーヒーでございますご主人様!」

「ペプシコーラ?」

「冷蔵庫から持ってまいりますご主人様!」

「オムライス?」

「料理は練習中なので今は出前になっていますご主人様!」

「……つまり?」

「メイドカフェをやろうと思っているんですご主人様!」

「……はぁ?」

 何言ってんだこいつ……。

 つうかメイドカフェって、インスタントコーヒーや出前料理でメイドカフェ?しかもとうの立ったメイドが一人で?

「ご主人様が仕事を探せと言ったのでメイドカフェをすることにしたんですご主人様!」

「……どこで?」

「ここですご主人様!場所代は高いですご主人様!」

 ……人が来るかこんなところに。

「やめなさい」

「えっ!?」

 なにを驚いた顔をしているんだよこの子は……。

「こんな狭い部屋でメイドカフェが出来るか!」

「え?でもだって、お仕事を探せって言ったのはご主人様で……」

 

 ぴんぴろりん

 

「あっと、ちょっと失礼しますご主人様!」

 話を遮り、音のほうに向かう妹。

 またパソコンか。ほんとになにやってるんだこいつは。

「お待たせしましたご主人様。ご主人様がお仕事を探せといったから探したんですご主人様」

「あのな、そういうことじゃないんだよ。ちゃんと外に働きに出ろってことで、起業しろって言ったんじゃないの」

「えー、でもそれだとお部屋を空けることになるじゃん」

 おっと、キャラが面倒くさくなってきたな。だいたい、年齢もさることながらぼさぼさ頭で主人を迎えるメイドもいないだろう。また寝起きなんだなきっと。

「部屋を空けずに仕事をするなんて無理だから。外に仕事を探せよ」

「でも、お部屋は空けちゃだめなんだよ、にーちゃん」

 こいつ頑なだな。

 なんでだ?この間聞いたけど、理由は言わなかったよな……。

「なんで部屋を空けたくないんだ?おまえもしかして外に出るのが怖いのか?」

「んー、そうじゃないんだけど……」

「怖いと思うことを放っておいてもいいことはないぞ。だからな、ちょっとずつでいいから頑張ってみろって。バイトでもいいんだぞ」

「わかってるんだけどね」

 しょんぼりとうなだれる妹。

 うーん、こいつはこいつで考えていないわけじゃないんだろうけど……。

 

 ぴんぴろりん

 

「あ、にーちゃんちょっとごめん」

「なんだよ、またパソコンか?」

「うん」

 けっこう頻繁に鳴るな、このアラーム。

「それなにやってるんだ?」

「にーちゃんには言えないんだよ」

 また言えないかよ。秘密が多いなこいつは。

 パソコンを操作する妹の後ろから、ちょっと画面を盗み見る。なんだか天体図が描かれているようだが、俺にはなにをやっているかさっぱりだった。

 こいつが外に出ない理由ってひょっとしてこいつに関係あるのかね?

「なあ、それのせいで外に出ないのか?」

「んー、そーかも。あ、にーちゃん見たらだめだよ」

 覗きこんでいたら睨まれる。

 ……俺って今日ご主人様なんじゃなかったっけ?メイドに睨まれるご主人様なんて、俺は嫌だぜ。

「何をしてるのか知らないけど、そいつのせいで生活に支障が出てるならやめてしまえよ」

「ちがうよ、にーちゃん。これのおかげで生活できてんだよ」

 なんだそれ。

 やっぱりオークションサイトか?オークションで金を稼いでるのか?

 それあんまりいいことじゃない気がするなあ……。

 俺の考えが古いだけか?

「おまたせ。最近多くて、夜に起こされたりもすんだよ。困るよね」

 へえ、そんな時間に落札されたりするのか。

 よく知らないけど、オークションも大変だな。

「――で、今日俺を呼んだのはメイドカフェをすることを伝えたかったのか?」

「そーだよ。でもにーちゃんはメイドカフェだめなんだよね?」

「ここでするなって話だ。メイドカフェで働きたいなら、この辺にもあるだろ?面接に行けよ」

「うーん、そうなんだけどね……」

 煮え切らないヤツである。

 歳はいっているが器量よしだから、意外と雇ってもらえそうな気もするんだけどな。

 でもあれか、やっぱり外に出るのがネックなのか。

「それでやっていくにも限界があるだろ?やっぱり外に出ないとはじまらんぜ」

 俺はパソコンを指さす。ネットオークションで金を稼ぐことが出来るのは知っているし、それで生活をまかなってるやつがごく一部だが居るって言うのも聞いたことがある。

 だけど結局その場しのぎにしかならないと思うのだ。俺は妹にそんなヤクザな商売をしてもらいたくない。きちんと外に働きに出てもらいたい。

 やっぱり俺って考えが古いのかね?

「にーちゃんはさ」

小さくつぶやいて、メイドは俺の隣に座る。ぼさぼさの頭からヘッドドレスを外し、なぜか俺につけた。

 ……いや、ちょっとやめて欲しいんですけど。絶対似合わないんですけど。

「世界の行く末よりあたしの将来が心配?」

「……は?」

「いいや、なんでもない」

 

 ぴんぴろりん

 

 またパソコンが音を鳴らす。

 妹はパソコンを手繰り寄せ、またなにやら操作をし始めた。

 

 世界の行く末……ねえ。

 

 なんか壮大なことで悩んでるんだなあ……。

 

 アニメかマンガの影響かしらんけどさ、オタクってのも、色々考えてんだなあ。

「世界がどうかなんてさ」

 妹のぼさぼさ頭に手を載せて、乱暴にくしゃくしゃとかき回してやる。そういえば、小さい頃はこうやって頭を撫でてやってたっけな。

 些細なことで悩んで、前に進めなくなるやつだったよな……。

 

 ひょっとして、今でもこいつは小さい子供のままなのか?

 

「おまえがそんなこと気にすることないと思うぜ」

 優しく言ってやる。

 一体何のことかはわからないし、杞憂以外のなんでもないのだろうが、慰めひとつでこいつが楽になるなら軽いもんだ。こいつのためならいくらでも嘘をついてやれるぜ、俺は。

 

 だから、安心して外に出るといいんだよな。

 

 ちくしょう、やっぱり俺も甘やかしすぎてるなあ……。

 

「そんなんじゃないんだけどさ」

 ふてくされるように妹は言った。

 それは照れ隠しをしているときの癖みたいなもんだった。

 

 たしか、そのはずだ。

 

 

 

 ひとしきり話をして、部屋を出る。

 

 今日は長いこと話をした。

 なんだかわからないが、妹は悩みつくしているようだ。

 悩んで悩んで、悩み終わったかと思ったら次の悩みが浮かんできているようだった。

 しかも、悩みは全部俺にはいえないらしい。

 

 もうちょっと頼れる兄貴になれてたらよかったのかな、俺も。

 結局甘やかしていただけで、あいつにとってはダメな兄貴だったのかもしれない。

 

 だが俺は確信している。

 今日であいつは変わると確信している。

 俺は真摯に話しをしたつもりだ。だからあいつは俺の思いを理解してくれたはずだ。

 きっと明日にでも求人誌を買ってきて、本格的な就職活動をしてくれると俺は信じている。今までのお遊びな就職活動じゃなくってな。

 だからメイドカフェも今日で閉店だ。

 夜になった町を、ご機嫌で車を走らせる。星空を見上げ、口笛を吹いたりなんかして……。

 

 おっと、流れ星じゃないか。

 

 俺は妹のために願いを三度繰り返し……。

 

 

 

 

 ぴんぴろりん

 

 だからさ、そーゆーんじゃないんだって、にーちゃん。

 確かにあたしはオタクだけどさ、でも別にマンガやアニメの見すぎで言ってるんじゃないんだよね。

 世界の危機は実際にあって、なんとかできんのはあたししか居ないって話。

 

 最近けっこう回数が多くて、夜中に起こされたりしちゃってるくらいだよ。

 

 それだけ頻繁に地球は襲われてるんだ。

 

 

 パソコンのキーボードをぱちぱち叩いて、敵さんの攻撃が大気圏で燃え尽きているうちに、流れ星でとどまっているうちに、エンターキーをひとつ叩く。

 

 ――タンッ!

 

 いくつもある多元世界の別の地球と位置を交換して、今日もあたし達は難を逃れる。

 

 

 まだ攻撃は届かない。

 まだまだあたし達は逃げ切れる。

 

 

 

 この部屋でしか受信できない、危険信号のおかげで……。

 

「だからさあ、にーちゃん。そんなんじゃないんだって」

 

 

 

 そしてまた、信号が届く。

 

 外宇宙からの危険を察知して……

 

 

 

 

 ぴんぴろりん

 


 
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