No.226404

少女の航跡 第2章「到来」 29節「迫り来る脅威」

つかの間の休息に襲ってくる者達。ブラダマンテは負傷し、カテリーナの元には光がやってきます。

2011-07-05 06:40:46 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:287   閲覧ユーザー数:255

 

 ロベルトとカテリーナが一体どんな話をしているのか、私は少し気になっていた。だが、二人

だけの大切な話に割り入るわけにはいかないだろう。

 

 もちろん、盗み聞きができないわけではないのだが、それをするにしても、私はあまりに疲れ

過ぎていた。

 

 革命軍のアジトから脱出してほぼ一週間、ずっと馬を走らせて『リキテインブルグ』まで逃げて

きたのだから。

 

 この砦にいる限りは、外敵からの攻撃も無いし、ここにいる兵士は、カテリーナの命令一つで

動く。

 

 私達は安心してこの地で休むことができるはずだった。

 

 すでにルージェラも、フレアーも泥のように眠っているだろうし、私自身も、疲れを強烈に感じ

てきていた。ベッドが目の前にあるならば、すぐに眠ってしまう事ができるだろう。

 

 だから、もうカテリーナ達の話を盗み聞きする気力は無かった。

 

 私も休みたかった。

 

 砦のバルコニーを通り、私は、与えられた客室に向うべく歩いて行く。

 

 その時、私は、2人の、物々しい甲冑を身に付けた兵士とすれ違った。このような場所に私

がいても、彼らは気にもしていなかったが、彼らとすれ違った直後、私は奇妙な気配を感じた

ので、さっと振り返った。

 

 夜の空気が流れている。『リキテインブルグ』と『ベスティア』の国境地帯は、両国の不穏な関

係を警戒してか、人があまり住んでいない。

 

 周囲に建っている建造物といっても、この砦くらいしかないのだ。だから辺りは静かだった。

バルコニーに設置された松明が燃える音だけが、奇妙に大きく聞えて感じられる。

 

 そして、何より気配が不気味だった。

 

 そう言えば、私が今すれ違った兵士はどこへ行ってしまったのだろう? バルコニーは一本

道で、砦の内部に入る入り口も、カテリーナとロベルトがいる位置よりも更に先であり、大分遠

くだ。

 

 私が、今の二人の兵士を見失うはずがないのに。

 

 それが気になった。私が護衛の仕事をしていた時、ささいな事も気になったらすぐに警戒する

ようにと教えられていたから、私は神経を張り詰めさせ、二人の兵士が忽然と姿を消した原因

を探そうとした。

 

 もしかしたら、私の見えない所に扉があり、今の二人の兵士はそこへと歩いていっただけな

のだろうか?

 

 だが、どこを見ても、砦に扉は無い。素早く私は、バルコニーから城壁の下へと目をやった。

 

 もしかしたら、二人の兵士は下へと落下したのではないのか? という事は何者かに襲われ

たのか?

 

 声を上げる間も無いままに?

 

 しかし二人の兵士はバルコニーから落ちた様子も無いようだった。

 

 あの兵士達はどこへ行ってしまったのか。もしかしたら、私が心配する必要など無いのか。

 

 だが、二人の兵士が忽然と姿を消す事など、あまりに異常な事態であるという事は間違いな

いのだ。

 

 ふと、私は自分の背後に気配を感じた。誰かから見られているような気がしたのだ。

 

 とっさに私は背後を振り返る。しかしそこは、砦の松明の明かりからちょうど死角になる位置

で、影になっていた。

 

 その影に潜んだ何者かが、私をじっと見つめている。

 

 まるで動物のような気配だ。ゆっくりと影の中から何者かが迫って来るのを私は感じた。

 

 と、その時に気がついた。

 

 その気配は、私の見上げた位置にももう一体いた。

 

 黒い、何かが、二人の兵士を持ち上げ、砦の壁に張り付いているではないか。

 

「た…、助け…」

 

 恐怖に怯え、私の方へとその兵士は手を伸ばしそうとしてくる。だが、上を見上げた事で私に

は隙ができてしまった。

 

 その私の一瞬の隙をつき、正面の方にいた気配が私へと飛び掛ってくる。

 

 まるで獣が飛び掛ってくるかのような衝撃だった。私は影に潜んでいた何者かに押さえつけ

られ、バルコニーの手摺りにたたきつけられる。

 

 何者か、も分からない。黒い何か。形で言えば狼のような姿だ。

 

 だが、だが、これは狼などではない。

 まるで煙のような姿の生き物だった。まるで煙のような姿なのに、私を押し付ける力は本物だ

し、しっかりとした生き物の形もある。

 

 聞いた事も無いかのような生き物の唸り声が聞えて来る。その怪物は、私へと、口のようなも

のを開いてきた。

 

 狼の形をした黒い煙のような姿の一部分が、ぽっかりと口を開ける。そこには、牙のようなも

のが並んでいた。

 

 この生き物が何なのかも分からない。だが私は、腰から剣を引き抜き、それを黒い生き物に

突き立てようとした。

 

 だが、不思議だった。この生き物は、剣を突き立てようとしても、まるで煙のようにその形を

捉えられない。

 

 目の前にある姿が、本当に煙であるかのようだ。

 

 しかしそれでも、私を押さえつけている力は本物なのだ。

 

 私の方に狼の姿をした煙が襲い掛かる。何とか、押さえつけられたまま動ける範囲で、その

怪物の攻撃をかわそうとするが、肩を少し牙で切りつけられる。

 

 私は必死になって怪物を押しのけようとした。だが、あまりに暴れたせいで、私の身体は平行

感覚を見出し、すぐ後ろでバルコニーが終わっている事を忘れていた。

 

 私の身体はバルコニーから飛び出し、砦の下へと落下してしまう。

 

 地面へと叩きつけられる。1階下に落ち、思い切り地面に叩きつけられた私は、思わず悲鳴

を上げていた。

 

 どこから落ちた? 肩から? 脚から? どっちからも鈍い痛みが走ってきて何が起こったか

も分からない。

 

 バルコニーの上からはさっきの怪物が顔を覗かせる。まだ私に襲い掛かってくるつもりだ。

 

 1階下にいる私に向って、直接飛び掛ってくるつもりだ。

 

 突然襲われた事で、私にとっては何が何だか分からない。黒い影をした怪物がバルコニーか

ら直接私へと飛び掛ってくる。

 

 とっさにそれをかわした私だが、鈍い脚の痛みに思わず声を上げた。

 

 脚の骨が折れている。

 

 バルコニーから落ちたときに、どうやら脚を折ってしまったらしい。痛いのか、痛くないのかも

分からない程頭が混乱している。

 

 目の前には怪物が私を襲おうと迫って来る。脚が折れていて、もう逃げる事もできそうにな

い。

 

 何で、安心できると思った『リキテインブルグ』の砦で襲われなければならないのか。何が何

なのか、頭が混乱している。

 

 そんな私のすぐ側に、また別の気配が現れる。

 

 目の前に迫る怪物よりも大きな気配。

 

 私ははっとして顔を上げた。誰かが、私のすぐ側に立っている。松明に照らされたその影が

落ちていた。

 

 私が見上げた、そこに立っているのは、あのハデスという男だった。彼は私を見下ろし、あ

の、余裕のある落ち着いた声ではなく、まるで軽蔑してものを見ているかのように言い放った。

 

「なんだ。お前か? おい、カテリーナはどこにいる?」

 

 私は怪我を負っている、何しろ、2階から転げ落ちたのだから。その場から立ち上がることも

できない。

 

「な、何…?」

 

 さっきの、黒い影のような怪物も、このハデスも、突然現れたのだ。一体、何が何だか分かる

事もできないままに私は彼を見上げて言った。

 

「おい! 早く答えるんだ! 彼女の為でもあるんだぞ!」

 

 突然ハデスは私に掴みかかり、言い放ってくる。どうしたものか。この男に答える事などでき

ない。

 

「ええい、彼女だけではない。お前も、お前の仲間達も危険なんだぞ! さっさと居所を言え!」

 

 以前にこの男にあった時とは、大分激しい変わり様だった。前はこんなに感情を剥き出しに

して迫って来る男ではなかったのに。

 

 これが、彼の本性なのだろうか。

 

 巨大な影であるかのように、彼は私の前に立ちはだかっている。だが、私は脚の痛みに悲鳴

を上げそうになりながらも、毅然とした声で言った。

 

「知らない…、カテリーナのいる所なんて…!」

 

 そうは答えたものの、もし何も言わなかったら殺されてしまうかもしれない。そうなったらどうす

れば良いだろう。

 

 だが、カテリーナは、

 

「ふん。小娘の癖に強がりおって。まあいいさ。この砦のどこかにいるんだろう?」

 

 私はハデスから目線を反らした。

 

 その時、突然、まぶしいまでの光が私達に襲い掛かった。その明るさに、私は思わず目を瞑

り、その場に倒れこむ。

 

「し、しまった…、もうか…!」

 

 ハデスの叫ぶ声が聞える。

 

 次に目を開いた時は、彼は私の目の前から消えていた。一瞬の出来事だった。彼は、まるで

影に包まれるかのように黒い煙のようなものと共に消え去っていた。よく辺りを見回せば、私に

襲い掛かってきたあの怪物の姿も見えない。

 

 だが、光だけはあった。

 

 目が眩むほどの光。白い光。砦を、そして周辺の草原一体をも照らし出す程の白い光だけは

ある。

 

 この光。昼間のように、とは言い難い。全てを見通すかのような直線的な光だ。

 

 どこかで、どこかで見た事がある。この光は。目の中に、記憶の中に焼きついている。あの

時の光。

 

 4年前、私の故郷《クレーモア》を襲ったあの光。そう、あの光に違いない。

 

 この白い光が、私から全て奪ってしまった。故郷の街、家、そして、両親も。

 

 その光は、一点に集中して、空からこの砦へと降り立とうとしているようだった。どこへ? ど

うやらカテリーナのいるバルコニーの方へと降り立とうとしているようだった。

 

 

 

 

 

「何だッ!」

 

 カテリーナとロベルトは、突然降り注いできた白い光に警戒をした。

 

 辺りを見回せば、この砦だけが、白い光で照らされているようだった。光の外の草原にはま

だ夜の闇が広がっている。

 

 突然天が裂け、そこから白い光が降り注いでいるかのようだった。

 

 やがてその白い光は、カテリーナ達のいるバルコニーに元へと降りて来る。どうやら白い光

に包まれた何かが降りてきたようだった。

 

 カテリーナは剣を、そしてロベルトは銃を抜き放ち、その光に警戒する。

 

 白い光に包まれている何か、それは人間よりも一回り大きい何かだ。降りてきたばかりの時

は、その光の眩しさに、一体何があるのか分からない。しかし、やがてその強い光を保ったま

ま、何者かは光の中から姿を現した。

 

 白い光の中に見えたもの、それは女だった。

 

 だが、一目見て分かる。人間などではない。純白の翼がその背中から生えていて、それは光

で出来ているかのようだった。光の中にたなびく長い髪、そして白い肌。

 

 彼女はその身を鎧で包み込んでいた。白銀の鎧が、彼女の身を覆う。まるで鏡であるかのよ

うに磨かれた白銀の鎧だった。そして頭には兜をも身に着けたその姿。

 

 神々しいその姿は、カテリーナ達も良く知っていた。もちろんその存在は書物の中、そして神

の世界を描いた絵画の中でしか無かったものであったけれども、この西域大陸の住人ならば、

誰しも知っている存在だ。

 

 その女は、ゆっくりと顔を起こし、目を開く。彼女の身体は白い光に包まれたまま、バルコニ

ーよりも少しだけ浮かんだ位置に静止している。

 

 恐ろしいほどの美貌。恐らく、『リキテインブルグ』一の美貌と言われるピュリアーナ女王にも

勝る程のその女は、ゆっくりと口を開いた。

 

 そして、女の声が心の底にも響く反響となって発せられる。

 

「我が名はイライナ…、カテリーナ・フォルトゥーナよ…。お前を迎えに来た…」

 

 

 

 

 

 

 

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30.使命


 
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