No.224121

『孫呉の龍 第二章 Brown Sugar!! 建業編』

堕落論さん

なんとか2週間ちょっとで更新出来ました……今回は龍虎君と雪蓮さんが中心となっての玉座の間でのお話です。

御目汚しでしょうが暫しの間御付き合いして頂けたら幸いです。

ではごゆっくりどうぞ。

2011-06-22 05:41:34 投稿 / 全6ページ    総閲覧数:2606   閲覧ユーザー数:2345

「未だ俺自身此の地で何が出来るかは未知数だが、此の孫呉の地、延いてはこの大陸に暮らす全ての民の為に、星見の菅輅が予言したと言うこの『紅き龍の御遣い』の力を持ってお前達を手助けしてやるよ」

 

龍虎は小蓮達に力強く言った後、小蓮を中心に両隣りにいる孫瑜と周泰達三人を包み込む様に抱きしめた。

 

「「「ひゃうっ!」」」

 

思いがけぬ龍虎の行為によって、小蓮、孫瑜、周泰の三人が三人とも驚いて固まってしまう。

 

そんな三人に龍虎は、今は終焉を迎え消えてしまった孫呉の将の太史慈としてではなく、子義龍虎一個人として温かくそして、優しく、三人だけに聞こえる程の声で語りかける。

 

「今迄良く頑張って来たね……でもまだまだ先は長い、挫けそうになる事も多々あるだろうけど大丈夫だよ心配しないで、君達に出来ない事など何も無い。今後どんな時でも俺は君達と共に在るから……」

 

今迄とは全く別人の様な暖かさと優しさを伴った龍虎の声音は、少女達の心の奥底にしっかりと響く、それと同時に龍虎の腕の中に包まれた少女達だけは気付いてしまった。

 

先程までの荒れ狂う暴風の様な姿がこの青年の本質では決して無く、今現在自分達を包んでくれている限り無い優しさ、これこそがこの青年の本当の姿なのだと言う事を。

 

そしてこの青年は孫呉が置かれている今の現状に一刻も早く気付いて欲しいが為に、その心を鬼にして迄も、この玉座の間に集う全ての重臣達に対して奮起を促す様な態度を示したのだと言う事を。

 

「さて、じゃあ残りの懸案事項を片付けなきゃあね」

 

そう言いながら、今一度小蓮達に優しく微笑んだ龍虎は少女達からゆっくりと離れる。

 

小蓮、孫瑜、周泰は自分達の身体から龍虎の温もりが消えて行く事と、また今からこの心優しい筈の青年に再度鬼の仮面を被らせる事に対して一抹の寂しさを感じた。

 

その様な少女達の想いを知ってか知らずか龍虎は立ち上がり雪蓮と向き合う時には、小蓮達に見せた顔とは全く違った顔になっていた。

 

龍虎は眼光鋭く居並ぶ諸将を見据えた後、徐に姿勢を正して抱拳礼を取り、玉座の雪蓮に向かって口上を述べる。

 

「畏れながら、現呉王孫伯符殿並びに孫呉の重臣の方々に申し上げたき事有り。呉王孫伯符殿、貴女にとって決して耳に心地よい話しでは無いが、それを聞くだけの御心の余裕が現在の貴女にとって有りや無しや」

 

口上を終えた龍虎は口元を僅かに歪め嘲笑する様な表情で雪蓮を挑発する。

 

一方の雪蓮も、突如として建業の地に現れ自分や重臣達の不甲斐ない姿を叱咤激励した『紅き龍の御遣い』と思われるこの不思議な青年に尋ねたいことは山ほどある。

 

それを今から如何にしてこの青年に問い質すべきかと考慮していた所に、当の青年自身から舌戦の様にして問答を仕掛けて来た事で、この機を逃すべきでは無いと感じた彼女は即座に龍虎からの問い掛けに応じる。

 

「呉王孫伯符の名を持って貴公の言を聞き届けよう。しかし曹魏と戦い敗れた身とは言え、この孫伯符が領地内である此処建業の玉座の間に於いて我等孫呉を貶めるかの様な数々の言、如何なる所存で発言せしや。事と次第によってはこの南海覇王の錆に成る事も覚悟せよ」

 

玉座から立ち上がり孫呉の王の証である南海覇王を鞘から抜き、その切先を向けながら雪蓮は玉座から龍虎の下へ近付いて行こうとする。

 

「策殿っ!」

 

「雪蓮っ!」

 

玉座の左右に侍りし二人の女性が、あまりに突飛な王の行動に血相を変えて雪蓮を押し止め様とするが

 

「大丈夫よっ、命(みこと)、冥琳」

 

雪蓮は左右両都督の二人にそう言うと、玉座を降り大剣を龍虎に突き付けたまま正対する。

 

「雪蓮姉様っ!」

 

長姉の理解出来ない行動に、今は龍虎に対して全く含む所の無い小蓮が異を唱えようとして立ち上がろうとするのを止めたのは孫瑜であった。

 

「小蓮様、危のうございます……大丈夫ですよ。この場は全て龍虎様にお任せしておけば……」

 

「紅蓮っ!」

 

小蓮を諌めた孫瑜の瞳は真っ直ぐに龍虎に向けられている。それは今迄小蓮が見た事も無いぐらい熱く、艶っぽく龍虎を見つめる一人の女としての瞳であった。

玉座を降りた雪蓮は大剣を龍虎に突き付けたまま正対する。その様を静かに抱拳礼の姿勢を崩さずに見ていた龍虎は、その場で大きく一つ溜息を吐いた後、雪蓮に向かい

 

「全く……人が礼を失しない様にしているのに、恫喝紛いに大剣を突き付けるとは恐れ入って言葉も出ねえぞ。孫伯符」

 

「あら、人の城迄来て、挨拶もそこそこに部屋中に殺気を巻き散らかす輩に礼の事を言われるなんて思わなかったわ……で、この孫伯符に御遣いさんは何が言いたいのかしら」

 

顔は笑みを絶やさないものの、眼は全く笑っていない雪蓮が龍虎に問い返す。

 

龍虎は姿勢を全く崩さずに雪蓮とその後ろに控える者達に対して

 

「俺が言いたい事は只一つ……腑抜けた国王では国は治まらんぞ……孫伯符っ!」

 

龍虎がそう言った途端に龍虎の顔の左側面辺りに剣圧が走り、龍虎の頬から一筋の血が流れる。

 

「言ったでしょう、事と次第によっては覚悟しろって……」

 

顔から笑みが消え、獰猛な猛獣の如き殺気を身に纏った雪蓮が、今度は大剣を龍虎の眉間に向け押し殺した声を出す。

 

しかし龍虎は、雪蓮の眼にも止まらぬ突きを受けた後にも驚きや恐怖を全く見せず、逆に憐れみの瞳を向けながら冷たく言い放つ。

 

「ぬるいな……これが江東の小覇王と迄呼ばれた者の武であると……笑わせるなっ! 貴様、本当に俺の知っている孫伯符なのか?」

 

「うるさいっ!何を世迷言をっ!」

 

先程よりも速さを増し、文字通り眼にも止まらぬ速さの突きが明確な殺意を持ち龍虎の眉間に向かって襲いかかる。

 

「―――――――っ!」

 

その瞬間、玉座の間にいる者全てが息を呑み、言葉を失い、眼前の出来事をただ傍観するしかなかった。

 

「ふんっ」

 

それに対して龍虎は鼻で笑い、必要最小限の首の動きだけで雪蓮の殺気が籠められた突きを難なくかわし、伸びきった雪蓮の右手を裏拳で強く弾く様にして持っている剣を手離させる。

 

主の手から離れた南海覇王は玉座の間に乾いた音を立て転がった。

 

一方渾身の力を込め龍虎の眉間を貫き通す覚悟で突きを放った雪蓮の身体は目標を失い、たたらを踏む様に前につんのめり龍虎の胸に飛び込む様な形となってしまう。

 

「きゃっ」

 

短く叫んだ雪蓮は気が付けば龍虎に抱きかかえられる様になり思わず龍虎を見上げてしまう。雪蓮と龍虎の視線が交差したその刹那、雪蓮は自分を凝視する龍虎の瞳が慈愛に満ちた色を湛えている事に気付く。

 

(また……一体何なのよ……私達には何の関係も無い筈のアンタが何でそんな何もかも知っている様な目で私達を見るのよ……)

 

雪蓮はグッと唇の端を噛み龍虎を睨み付ける様にして龍虎の腕の中から懸命に逃れようとするが、何処をどう持たれているのか自分の身体はピクリとも動けない。

 

「離せっ! 下郎っ!」

 

自分の身体が思い通りに成らぬ苛立ちに雪蓮はついつい大声を出して龍虎を罵倒する。

 

「策殿っ!」

 

「雪蓮っ!」

 

「「「「孫策様っ!」」」」

 

眼前の我が王の危急に玉座の間の諸将が一斉に色めき立つが、先程までの龍虎の武に誰一人として手を出す事が出来ず、玉座の間に緊張が走った時。

 

「いい加減強がんのは止めろってんだよ、孫伯符」

 

雪蓮を、その腕に抱いたままの龍虎の声が響いた。

雪蓮の必殺の一撃を往なした後に彼女を抱き留める迄、龍虎は呉王孫伯符という女性を測りかねていた。

 

鍾山から此処までの道のりで孫瑜から聞かされた呉王孫策の話を聞く限りでは、龍虎の思い描く通りの孫策の印象にほぼ合致するのだ。

 

しかし、先程この玉座の間で正対した時点から龍虎は、雪蓮に対してかなりの違和感を感じていた。だが、龍虎は雪蓮をその腕に抱き留め、その瞳の奥底を直視した時にその違和感の正体に気付いてしまった。

 

それは前世では呉王の最も近くで彼の全てを見て来た者の記憶として、現世では誰よりも人の心の機敏に気付くのが聡い心優しい青年の感覚として呉王が身に纏う違和感の正体を理解してしまったのである。

 

龍虎が気付いた雪蓮の違和感とは、他の諸将達や断金と呼ばれた周公瑾さえも気が付かぬ程の心の奥底での怯え、焦燥、そして虚無等、多くの負の感情が混じり合って雪蓮の精神を非常に不安定にしている事であり、

 

雪蓮の王としての佇まい、覇気、威厳は間違いなく自分が盟友として仕えていた孫伯符その人と寸分の違いも無いのだが、その負の感情が邪魔をして素の孫伯符を浸食しているのである。

 

「いい加減強がんのは止めろってんだよ、孫伯符」

 

「なんだとっ!」

 

「だから、そんな風に自分を偽って迄も強い王を演じなくて良いんだよ、今この場では……いや、俺の前ではな……」

 

龍虎はそう言うと雪蓮を抱き止めていた腕をゆっくりと離して雪蓮と距離を取った後、彼女を見つめた。

 

パシンッ!

 

その瞬間、雪蓮の平手打ちが龍虎の頬に炸裂した。

 

「下郎がっ! 言うに事欠いて、この孫伯符を貶める様な世迷言を言うだけではもの足らず、あまつさえ我が孫呉の諸将達の眼前で我に不埒な行為に及ぶなど言語道断! 下郎は下郎らしく我が手で引導を渡してやるっ」

 

激高した雪蓮が腰元の短剣を抜き切りかかって来るが龍虎はそれも余裕を持って捌き、再度雪蓮を自分の腕の中へ捕まえる。

 

「くっ、離せっ!」

 

「離す訳にはいかねえな……そろそろ気付けよ伯符。お前にゃどうやったって俺は殺せねえ、それどころか今此処に居る奴等全員で一斉に俺にかかって来たとしたって俺に傷一つ付ける事だって出来やしねえよ」

 

「貴様っ……」

 

猶も龍虎の腕の中から逃れようと抵抗する雪蓮を強引に自分の方に向かせ

 

「何時までガキみてえに駄々捏ねてるつもりだ伯符っ! 江東の小覇王とまで呼ばれたお前が初めて戦に負けた……それも完膚なきまでに魏の曹操に叩きのめされたんだ。その気持ちは痛えぐらい分かる」

 

龍虎は雪蓮の瞳を見つめながら諭す様に言葉を紡ぐ。

 

「今迄先頭切って兵や民達を鼓舞し、呉の勝利を信じて戦を続けて来たんだ。今のお前の失望感や焦燥感は相当なモンだろうし、負ければ全てを失うってえのがこの大陸での戦の掟だったのに、そうならなかった現実に戸惑っている事も充分理解出来る」

 

雪蓮は唇を噛み締めて、龍虎の顔を凝視する。

 

「だからと言ってお前一人が全ての責任を背負い込んで苦悩する事は無えんだよっ」

 

(全く……お前は、どの様な状況にあっても、どうしようもねえぐらい孫伯符なんだな……)

 

龍虎は記憶の中で今も江東の太陽の様に豪快に笑っている呉王……いや大切だった友の事をハッキリと思い出していた。

 

「確かにお前は曹魏に負けたっ……だがなっ、さっきも言った通り孫呉は負けたが、呉と言う国自体が滅んじまった訳でも無けりゃ、呉の民達がお前達を見限っちまった訳でも無え。呉の民達は今は皆下を向いちまってるが、今からのお前達のやり方如何によっては今迄よりもずっと良い国が、それこそ公覆殿が願った新しい呉が出来る可能性があんだよっ」

 

玉座の間の誰もが声を発することが出来ず、ただ、龍虎の言葉に静かに耳を傾けている。

 

「何故全てを一人で抱え込む? この戦で散って逝った数多の兵達や民達への贖罪のつもりか?」

 

贖罪、龍虎からその言葉を聞いた時、雪蓮はその端正な顔を歪めた。

 

「ならばそれこそ考え違いと言うもんだぜ。先の戦で散って逝った兵達は何を護ろうとしたと思う。あいつ等は護るべき人々の未来の為に戦場に赴いて行ったんだよ」

 

其処まで言った後、雪蓮と諸将達を今一度睥睨してから

 

「伯符、お前達が今からしなきゃいけない事ってのは、あいつ等が己が命を賭してまで護ろうとしたもの、そして散る寸前まで願っていた事を、残された者達の為に実現してやる事だ。そしてそれこそがお前達に課せられた贖罪なんだよ」

 

心なしか、語り終えた龍虎の語尾が震えている……小蓮の肩を抱いたままで龍虎の言葉を聞いていた孫瑜はそう感じた。

「伯符、お前達が今からしなきゃいけない事ってのは、あいつ等が己が命を賭してまで護ろうとしたもの、そして散る寸前まで願っていた事を、残された者達の為に実現してやる事だ。そしてそれこそがお前達に課せられた贖罪なんだよ」

 

龍虎が語り終えた時、龍虎の腕の中の雪蓮は俯いたままで絞り出す様に言葉を紡ぐ。

 

「う…うるさいっ……何を……偉そうに言って…る……のよ…アンタに何が分かるのよっ……私は私自身の命で大切な呉の民を戦に……殺し合いに連れ出したのよ……私は…」

 

「伯符……」

 

「此の地は母様が興し我等孫呉が護り通して来た故郷なのに……私はその地の民に多くの血を流させた揚句……ううっ」

 

雪蓮は絶句して膝をついてしまい肩を落とす。気丈にも涙だけは見せまいとする雪蓮ではあったが、言葉を紡ぐ声は震えている。

 

「お姉さまっ」

 

「策殿っ」

 

「雪蓮っ」

 

「「「孫策様っ」」」

 

玉座の間の者達が今迄見た事が無い、国王の姿に一斉にどよめいた時。

 

「ああ、もうっ世話が焼けんなあっ、コイツはっ!」

 

雪蓮と同じ目線迄膝を折った龍虎が強引に雪蓮の顔を両手で挿む様にして自分に向けさせる。

 

「「「「「なっ、何をっ……」」」」」

 

雪蓮を含め皆が驚愕の体を成すのをしり目に龍虎は、

 

「孫呉と言う国が曹魏に負けた事に対する責、国民達を死地に赴かせた責、戦後処理から今後如何にして孫呉が復興して行くかという責、どれをとっても途轍もなく重いよな……でもな当たり前なんだよっ、それが王と言う立場にあるものの定めなんだからよっ。そんな事も理解しないで王様やってたんじゃあねえだろうがっ!」

 

「貴様っ!」

 

睨みつけて来る様な雪蓮の視線を、しっかり受け止めながら龍虎は言葉を続ける。

 

「いいから聞けっ! 伯符っ! その重い責はお前が背負い込まなきゃならねえもんだがよ……」

 

龍虎は一旦言葉を止めて玉座の諸将達を見た後に雪蓮を見据えて問い掛ける。

 

「その責を負うお前は一人ぼっちか? お前の重い荷物を共に背負ってくれる者は誰もいねえのか?」

 

「えっ……」

 

龍虎の思いがけない問いに、雪蓮は言葉に詰まってしまう。

 

「違うだろう。お前には程公や、断金と呼ばれる程の公瑾が傍に居て、仲謀殿や尚香もいる、それにずっとお前と共に闘ってきたり手助けしてくれた重臣達。皆お前と共に在りたいと思っているからこそ誰一人としてお前の下を去らずに此の地にいるんじゃねえのか」

 

雪蓮はハッとした様な表情になって重臣達に目を向ける。重臣達は皆一様に雪蓮に対しての畏敬の念こそ崩さないが、彼女達の瞳にはそれ以上の何かが宿っている様に温かった。

 

「孫呉が納めるこの江東の地は文台殿が興した時より、良い意味でも悪い意味でも民達を含め家族なんだよ……お前だって良く分かってんだろう、そこん所は……」

 

龍虎は雪蓮の顔から自分の手を離した。雪蓮の顔は今迄とは違い俯かずに龍虎の顔を真っ直ぐに見つめている。

 

「自分が家長であるのに、家族である皆に頼り過ぎるのは良くねえけどよ……しかし全てを抱えて、頼らなければいけない所迄頼らないのは家族達を逆に信頼してないって事にならねえのか?」

 

「馬鹿言わないでっ! 私が……この孫伯符が、我が命よりも大事な孫呉の同胞達を信頼してないだなんて馬鹿馬鹿しいにも程があるわっ」

 

龍虎の言葉に対して異を唱える雪蓮の顔に今迄の様な陰鬱な影は無く、瞳にも力強さが見てとれる。

 

「ほう、少しは俺の知っている孫伯符が戻って来ているみてえだな、ならお前自身が今から何をやんなきゃいけねえかなんて、俺が言わなくても分かんだろう」

 

龍虎は雪蓮を見つめながら彼女に語りかける。

 

「全く……アンタって……一体何者なの?」

 

この玉座の間に於いて、龍虎が初めて目にする屈託のない笑顔で雪蓮は龍虎に応えた。

「全く……アンタって……一体何者なの?」

 

「さあ……何者なんだろうな? お前達の言葉を借りるなら『紅き龍の御遣い』って事なんじゃないのか?」

 

先程よりも砕けた調子で肩をすくめながら龍虎は雪蓮に答える。

 

「やだ、アンタそれ本気で言ってるの?」

 

龍虎をマジマジと見た雪蓮が笑みを交えた顔で揶揄するような口調で言う。

 

「龍虎だ……」

 

「えっ?」

 

「アンタって名じゃ無えよ。子義龍虎ってんだよ。俺の名」

 

少し照れた様な顔で自分の名を言う龍虎を、此の男でもこんな顔をするのかと言った面持ちで見た雪蓮は苦笑いを抑えて聞いてみる。

 

「子義……龍虎……変わった名ねえ。子義……名で、字が龍虎なのかしら?」

 

「姓が子義で、名が龍虎だ。お前達が天の国と呼ぶ俺達の世界には字は無い、ついでに言えば真名なんて風習も無えから、子義でも龍虎でも好きな方で呼べばいい」

 

「真名が無いって……じゃあ、龍虎って名前そのもが真名みたいなものなのかしら?」

 

雪蓮は龍虎に真名が無い事を知って驚いた様な声を出すが、当の龍虎本人は全く意に反さずに多少面倒くさそうな声を雪蓮に返す。

 

「ふむ、そんな事今の今まで考えた事無かったが、言われてみればそうなのかもな……まあどっちでも俺にゃあ、あんまり関係無えけどな」

 

龍虎の返答を聞いた雪蓮は暫し考える素振りを見せた後、意を決したように龍虎に向かって

 

「雪蓮よ……」

 

「はあ?」

 

唐突に真名を告げられた龍虎は思わず声をあげてしまう。

 

「雪蓮って呼びなさいって言ってんのよ、私の事を」

 

「雪蓮っ!」

 

「策殿っ!」

 

「お前それって真名じゃあ……」

 

自国の王の突然の行動に真っ先に周瑜と程普が、若干非難めいた声をあげ、龍虎はやれやれと言った声を出す。しかしそれすらも全く気にせずに雪蓮は

 

「この孫伯符自身が真名を許したんだからアンタいや、龍虎もそう呼びなさいって言ってんのよ。どう分かったかしら」

 

慌てふためく家臣団達の姿を、まるで悪戯が成功した様に得意げな顔で眺めた後に龍虎に向かって言う。

 

(まったく……男でも女でもお前はお前なんだな……伯符)

 

龍虎は心の内で溜息を吐くが、それでも自然に笑みを浮かべてしまう。そんな龍虎に雪蓮が

 

「で、龍虎に聞きたい事があるんだけれど……」

 

「んっ、何をだ?」

 

「私と龍虎って以前逢った事あるのかしら……龍虎の口ぶりからすると随分私や他の諸将達、それに母様が生きている時からの孫呉を知っている様だったけれど、もしっかしたらそれも天の知識ってヤツなのかしら」

 

興味津津といった顔で龍虎の顔を覗き込みながら聞いて来る。

 

「そうだな……雪蓮とは……逢った事は無えな。雪蓮の言う通り呉についての知識は……まあそれも大体推測通りだな」

 

龍虎は雪蓮の問いに対してどう答えたものかと暫し考えた後に、真実とも嘘ともとれる言い方で短く雪蓮に答えた。

 

「そう……なんだ」

 

その龍虎の答えに雪蓮は、ほんの少しだけ淋しげな表情を浮かべる。それを見た龍虎は無礼だとは思ったが先程小蓮にしたのと同じ様に己の右手を雪蓮の頭上にのせる。

 

「ちょっ、ちょっと龍虎……」

 

雪蓮の頭を撫でながら、突然の事に驚く雪蓮に向かって

 

「ただ、天の知識で呉と呼ばれる国の事を学んだ俺は、何よりもその呉と呼ばれる国を愛した。今その呉で俺はこうして小覇王と呼ばれた程の王の前でいる……俺自身は今後の呉の為、延いてはこの大陸の為ならば出来るだけの事はするつもりだ」

 

そう力強く宣言した後に片膝立てて抱拳礼の体勢を取り、雪蓮に対して頭を垂れて礼を取る。そして龍虎は

 

「呉王孫伯符殿に重ねて申し上げる。この子義龍虎、我の命尽きるまで、星見の菅輅によりて『紅き龍の御遣い』と呼ばれし我が力を、これより呉王孫伯符並びに呉の全ての民達、延いてはこの大陸に生きる全ての民達の為に使う事を誓おう」

 

龍虎の言を聞いた雪蓮は居住いを正し脇に放置してあった南海覇王を拾い上げて刀身を龍虎の肩口にそっと置いた後に

 

「呉王孫伯符の名に於いて申し渡す。紅き龍の御遣い子義龍虎よ只今の貴公が約定、終生違いは無いな。ならばこの孫伯符、貴公をこの孫呉の大切な友として迎え入れる事を、此処に居る同胞達と共に誓おう………これで良いかしら龍虎」

 

「ああ、流石は江東の小覇王孫伯符だ。思わず惚れ直しそうだったぜ」

 

礼の状態を解いた龍虎は立ち上がり雪蓮を見つめながら笑顔でそう言った。

 

「馬、馬鹿っ……何くだらない事言ってんのよ……」

 

その途端に真っ赤になってワタワタする雪蓮を見た他の諸将達からドッと笑いが起こる。その笑い声を聞いていた雪蓮は、自分の仲間達がこの様な屈託の無い笑顔を見せるのは一体何時以来だろうかとぼんやりと考えていた。

後書き……のようなもの

 

 

 

どうもTINAMIユーザーの皆様、お元気ですかあ。今回はほんの少しだけいつもより投稿が早いけれども、自分の建てた目標は実行出来なかった嘘吐き小説家堕落論です(苦笑)

 

今回も玉座の間でのお話の続きでございましたが……いやあ龍虎君、今回は長台詞を喋るわ、雪蓮さんに切りかかられるわ、抱きとめるわと大活躍でした……その雪蓮さんですが今回初めて龍虎君と絡ませてみた訳ですが皆様如何でしたか?

 

ともあれ今回で取り敢えず玉座の間でのお話は一段落付けることが出来たのかなあと駄目作者は勝手に思っておりますので次回は玉座の間から場所を石頭城内の会議室の様な場所に移します。

 

勿論今回絶賛気絶中で出番の無かったもう一人の主人公の一刀君も次回は戦列に復帰しますので宜しかったら次回も見てやって頂ければ嬉しいです。

 

 

 

 

 

閑話休題

 

毎度毎度の事ですが言葉を連ね、文章を創って行く事は非常に難しい事ですね……折角良いシチュエーションを考えても、それをどう言葉に表したらよいのか思い浮かばないなんて事は日常茶飯事です。

 

まあ、始めた当初と比べれば多少は言葉の選び方はマトモになっているのではないかと、自分では思うのですがそれにしてもまだまだ全然ですねえ。あ~文才どっかに落ちてねえかなぁ。

 

もう一点、投稿の間隔もやはり週一ペースぐらいにはしなければと思います。「ニ週に一回でも出来かねてる奴が何を言ってるんだ!」と、皆さまのお叱りの声が聞こえて来る気がしますが、やはり今後の事を考えると更新は早い方が良いと考えてはいます。

 

 

 

 

コメ頂いたり、支援していただいた皆様へ

 

毎度毎度拙い文に皆様からコメや、支援いただき本当にありがとうございます。結構おっかなびっくり書いている私には皆様のコメや支援が大変嬉しく又、励みになっています。

 

まだまだ駄目駄目小説家ではございますが今後とも本当に宜しく御贔屓の程をお願いいたします。

 

また、このssに対するコメント、アドバイス、お小言等々お待ちしております。「これはこうだろう。」や「ここっておかしくない??」や「ここはこうすればいいんじゃない」的な皆様の意見をドンドン聞かせていただければ幸いです。

 

皆様のお言葉が駄目小説家を育てていきますのでどうか宜しくお願いいたします。

 

 

それでは次回の講釈で……堕落論でした。


 
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