No.223776

少女の航跡 第2章「到来」 19節「ベスティア」

アイアンゴーレム達の追撃から逃れたカテリーナ達は、ベスティアの国へと入っていきます

2011-06-20 16:25:49 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:395   閲覧ユーザー数:316

 

 シレーナ達の助けによって、虎口を脱出したカテリーナ、ルージェラ、ナジェーニカは、そのま

ま彼女達に連れられ、崖を越え、『ベスティア』領土内へと入っていった。

 

 崖にかけられていた橋は、ゴーレム達によって破壊されてしまったから、別れてしまった『フェ

ティーネ騎士団』達、味方と合流する必要があった。

 

「ええい! 離せ離せ! 私はお前達などに、助けられた覚えはないわ!」

 

 一人のシレーナに腕を、かぎ爪のような脚で掴まれているナジェーニカが、しきりに喚きたて

ている。

 

「下せ! と言っているんだ! 私は、お前達のような、汚らわしい魔の種族に助けられている

つもりなどないぞ! 自分の脚で歩かせろ!」

 

 ナジェーニカはシレーナ達に軽蔑の目を向け、そのように言い放っている。

 

「やめて下さい! 落としちゃいます! そんなに騒がないで!」

 

 ナジェーニカの体を持っているシレーナの騎士は、彼女の体を振り落とさないように必死だっ

た。それでも何とか前方へと羽ばたいて行っている。

 

「落としちゃえば…? そんなわがままな女だったらさ…?」

 

 ルージェラが、静かに嘯いた。

 

 すると、そんな様子を見かねたカテリーナは、思わずため息を付き、シレーナ達に命じた。

 

「もういい。崖は越えたんだ。この辺で下してくれ…。あんた達だって、『ベスティア』の王都まで

私達を持っては行けないだろ?」

 

「は~い」

 

 と、カテリーナの腕を持っている一番若いシレーナのデーラが言い、一行は『ベスティア』の草

原へと着地した。

 

 着地するなり、ナジェーニカは自分を連れてきたシレーナの体を振り払う。

 

「離れろッ! けがわらしい女め!」

 

 突き飛ばされたシレーナは、草原の草の上に思い切り転ぶのだった。

 

「な、何なんですぅか? あの人は~!」

 

 仲間を突き飛ばされ、幾分か怒ったデーラがルージェラに尋ねた。

 

「さあね? ものの考え方が古いんだよ。頑固者」

 

「フン!」

 

 ナジェーニカはそうして鼻を鳴らすだけで、カテリーナ達とはそっぽを向くのだった。

 

「何で、こんな女を連れて来たのよ! カテリーナ!」

 

 と、ルージェラは不快さをカテリーナの方へとぶつけて来る。

 

「そのナジェーニカが、今、一番、ディオクレアヌに近いからさ。それに、彼女自身も、私に付い

て来たがっているしね…」

 

「気がしれないよ。全く」

 

 ルージェラは独り言のように言った。それは、ナジェーニカが、常にカテリーナを狙っている事

を知っているせいだろう。

 

「カテリーナ様、『ベスティア』の王都、《ミスティルテイン》に向われるのですよね? それでした

ら、すぐにでも出発した方が、よろしいかと、わたくしどもは思っております。今、ここを出られた

のならば、夕暮れ時には、《ミスティルテイン》に着くと思われ、もしぐずぐずしていると、すぐに

夜になってしまうかと思われます…、ですから、わたくしたちが…」

 

 そう、早口でまくし立てるのは、ルージェラをここまで連れて来た、シレーナのポロネーゼだっ

た。

 

 彼女の甲高い声の早口言葉は、どんな状況でも彼女の方を注目させてしまう程、特徴てきだ

った。

 

「分かった。分かった…。だからすぐに出発すんのよ。どうせ、後から来る連中も、《ミスティル

テイン》を目的地にしているって事、知ってるんだから…」

 

 と、ルージェラがうんざりした様子で、ポロネーゼの早口を沈めた。

 

「私達は、乗ってきた馬を置いてきぼりにしてしまった…。後ろから追ってくる騎士達に、いずれ

は追い付かれるさ…。《ミスティルテイン》は、ここからでも歩いて行ける…。今の内に、私達だ

けでも進んでおくか…」

 

 カテリーナの言葉で、その場にいる一行は、脚を進めるのだった。

「さ、さっきのあれは…、一体…?」

 

 私は、先程の信じられないようなゴーレムの大群が頭に離れないまま、そう呟いていた。

 

「あ、あれはゴーレムだよ。うん、間違いない。で、でも…、あれ、あの変な女が一人で操ってい

たっていうの…? 信じられない…」

 

 フレアーが息を切らせながら私に言ってきた。彼女は、何とかはぐれなかった黒猫のシルア

を抱え、ルッジェーロの馬に相乗りしていた。

 

「ゴーレムは、それを造り出すというだけでも、相当な魔法の鍛錬が必要なのです…。ただの

物に命を吹き込むのですから…。ゴーレムを兵として使うのでしたら、術者が必要となります

…。一人の術者でも、せいぜい2,3体を操る魔力が限界という所…、しかし先程のゴーレム

は、50体はいました…」

 

 続けてシルアが説明してくれた。魔法とか魔力と言ったものの感覚は私には良く分からなか

ったが、あの女、アフロディーテという女が、只者ではないという事だけは分かったつもりだっ

た。

 

「じゃあ、カテリーナの予想通り、ディオクレアヌの後ろには、とんでもない奴らがいるのかもし

れないな…。あのゴーレム…。《リベルタ・ドール》に現れて、俺達が戦ったゴーレムとは、比較

にならないしぶとさだった…。今も腕が痺れている…。剣も使い物にならなくなっちまった…」

 

 と、フレアーを乗せているルッジェーロは言った。彼はまだ頭から血が流れていた。

 

「大丈夫? ルッジェーロ? あたしが治してあげる」

 

 フレアーが彼の方を見上げ、心配そうに言った。

 

「心配すんな、騎士に怪我は付き物だぜ…」

 

「いいのいいの」

 

 と言って、背伸びをして、ルッジェーロの額に手を当てるフレアー。すると彼女の手がぼんや

りと光る。

 

 どうやら、傷の応急処置をする魔法が使えるようだ。そう言えば、あのクラリスも似たような魔

法を使っていた。

 

「だ~から、言っただろうがよ。オレ達の元仲間はヤバイ連中ばっかりだ。下手に本拠地に踏

み込むと、痛い目をみるぜ…」

 

 と、ルッジェーロ達の背後から、調子の良い様子でカイロスが現れた。彼も、上手くあの場か

ら逃げおおせたようだ。今では、騎士達の警戒の中にあった。

 

「元仲間と言うのなら、あんたは詳しいだろ? 是非、案内してもらおうか?」

 

 ルッジェーロはそんな彼に言ったが、

 

「分かってない。分かってねえぜ。あんたらはよォ…。自分達の手に負える問題だとでも思って

いるのか? 余計な関与は、無用だぜ」

 

 カイロスはにやにやしながらもそう言うだけだった。

 

「あなたの、そんな顔で言われても、全然、説得力なーい」

 

 そんな彼の顔を見て、フレアーが鋭く言うのだった。

 

「だが、彼の言う事は本当だ」

 

 と、いつの間にか私のすぐ側までやって来ていたロベルトが、私にだけそう言って来た。

 

「本当って…?」

 

 ロベルトの顔を見上げ、私は尋ねた。

 

「このまま行けば、いずれ分かる…。だが、君達にとって未だかつて無かったほどの危険も、

待ち構えている…」

 

「よし! 全隊に告ぐ! これより我らは、『ベスティア』領土に入る! カテリーナ・フォルトゥー

ナ団長らと合流し、《ミスティルテイン》に入城する!」

 

 そんなロベルトの声を掻き消すかのようにルッジェーロの声が響き渡った。

 

 カテリーナがいなかったから、今、『フェティーネ騎士団』ら、連合部隊の指揮権は、一時的に

だが、彼にあった。

 

 騎士達の中には、先程のゴーレム襲撃で、負傷したもの、満身喪失している者もいたが、ど

うやら、このまま『ベスティア』の大地に脚を踏み入れる事になりそうだった。

 

 ルッジェーロが、ちらっとある方向を見やった。

 

 そこには、『ベスティア』の女騎士、ブリジットがいた。彼女は先程のゴーレム襲撃の際、その

姿を見かけなかった。一体、どこに行っていたのだろう。

 

 彼女は、その鋭い眼で、ルッジェーロを見やっていた。だが、ルッジェーロは、そんな彼女

が、暗黙に何を言いたいのか分かったようで、

 

「分かっているって、あんたの国の地では、あんたに従えばいいんだろ?」

 

 と、答え、馬を進めるのだった。

 

 

 

 

 

 『ベスティア』とは、西域7カ国の中でも、沿岸3カ国と呼ばれる国の内の一つで、3国の中で

最も南に位置している。西域7カ国の中でも、百年以上前の戦乱時代末期に建国した国であ

り、比較的新しい。

 

 『リキテインブルグ』とは国境を接し、取り合えず今のところは貿易協定などで、2国間の安定

を保っている。

 

 だが、そんな両国も20年ほど前に、海上の覇権を巡って短期間ながら戦争をしたばかりな

のだ。未だにその戦争の記憶が覚めない者達も多く、『ベスティア』の民は、『リキテインブル

グ』を嫌っていると言われていた。

 

 カテリーナ達は、ルッジェーロ達よりも先に、国境からそう遠くない場所にある、『ベスティア』

の首都、《ミスティルテイン》へとやって来た。

 

 《ミスティルテイン》は、海の産業で栄えている『ベスティア』らしく、海岸線沿いに築き上げられ

た要塞のような都市である。だが、その都は海岸線沿いの断崖絶壁の上に聳え立っていた。

 

 港自体は、崖の下に、港だけ独立して建設されていて、首都と港は、巨大な昇降機で繋げら

れている。これは、海賊や、海からの攻撃が港は攻撃できても、都市部は攻撃できないように

と言う構造なのだ。

 

 事実、ベスティアの王都が攻撃されたという話は、建国以来一度も無かった。

 《ミスティルテイン》表門の守衛は、カテリーナ達を首都の中へと受け入れた。シレーナ達は、

見るからに『リキテインブルグ』の者達であるし、『ベスティア』でもカテリーナの名と姿は有名

だ。彼女達はそのまま官邸へと通される事になった。

 

「何だか、簡単に中に入れちゃって、拍子抜けたよ~」

 

 《ミスティルテイン》の大通りを歩きながら、ルージェラが言っていた。彼女達には、守衛の兵

士達の一部が、護衛と案内という事で付き添っている。

 

「簡単に入れたって事を、不思議に思わないのか?」

 

 と、ルージェラにカテリーナが言う。

 

「どうしてですか?」

 

 更にデーラが首を突っ込んでくる。

 

「私達が、この地に来るって、どうして『ベスティア』領主は知っていたんだ? 私達は、女王陛

下が命令を出して間もなく、この地へ向って来たというのに。どうやって知られたんだろうな?」

 

 そうカテリーナが言った事で、初めてルージェラは、自分達がすんなりと城門から中に入れた

事を疑問に思ったようだ。

 

「じゃあ、『リキテインブルグ』に間者がいて、あたし達の行動を報告しているって言うの~?」

 

 と言いながら、ルージェラはきょろきょろと辺りを見回す。

 

「そうだよ。どこかその辺から、狙われているかもしれないから気をつけな。この場所は敵地も

同然だ」

 

「う…、分かったよ!」

 

 カテリーナに指摘され、ルージェラは、ようやく緊張と警戒に身を委ねる事ができたようだっ

た。

 

 

 

 

 

 『ベスティア』は王国ではなく、共和国なので、国王というものがいない。しかしその地を治め

ている領主というのは当然いるわけで、『ベスティア』を代表する大領主という地位が、国の代

表だった。

 

 『ベスティア』の大領主、クローネは、幾分か不機嫌な様子でカテリーナ達を迎え入れた。領

主とは言っても彼らの国でもやはり国の長は世襲で選ばれる。

 

 クローネ大領主の父親が、およそ20年前に、『リキテインブルグ』との戦争を起こし、敗北し

た事で経済に大打撃を受け、以来、嫌々ながらも『リキテインブルグ』との経済に従属していな

ければならないせいだろう。

 

 他にも、『ベスティア』の民が『リキテインブルグ』を嫌う理由は幾つもあった。

 

「それで、貴女達は、『ディオクレアヌ革命軍』とやらを追って、この地までやって来たのか?」

 

 厳しい顔つきをした初老の大領主、クローネは、カテリーナ達を見下しているような口調と立

場で言ってきた。

 

「はい。貴国の領土の辺境の地を更に奥地へと進みました、《ストア山》に、彼らは本拠地を構

えているとの、情報が入りましたので」

 

 カテリーナは、クローネのそんな態度など気にしないで、ただ淡々と自分達が来た理由を明

かした。

 

「納得いかんな…? その革命軍とやらには、我々も関心を持っているが、我らの領土では、

そんな者達の活動など、破片も見られないのでね…。それは、辺境の地とて同じ事だ…」

 

 クローネはあくまで知らぬ存ぜぬを押し通すつもりだ。

 

「私共は、ピュリアーナ女王陛下の命令を受けて、この地にやって参りました」

 

 と、カテリーナ。

 

「ほっほう。では帰国し、ピュリアーナ女王陛下に伝えられよ。見当違いの所を捜しているとな。

それと、二度と、我が国に騎士の軍勢を送り込み、暗に戦争をしたいなどという意味を込めた

真似をするな、とな」

 

 

 

 

 

 カテリーナ達は、ほんの数分の領主との謁見を許されただけで、すぐに客室に案内されてい

た。

 

 とりあえず、今日はすでに日暮れがかっているので、ミスティルテイン城での宿泊を許された

が、明日にも出て行かなければならないだろうと、彼女達は暗黙の内に理解していた。

 

「何よあいつ~! あの態度! あたし達を誰だと思ってんの!」

 

 客室に入るなり、誰にも聞かれていない事を確認した上で、ルージェラは謁見したばかりのク

ローネ大領主への不満をぶちまけていた。

 

「ルージェラ…、言葉を慎め」

 

 カテリーナが、そんな彼女を諌めようとするが、ルージェラは構わなかった。

 

「あの調子じゃあ、女王陛下がこの地にいらっしゃっても、同じような態度を取って、こんな牢獄

みたいな部屋に押し込めるでしょうよ」

 

 彼女は、殺風景で日もあまり差し込まない、ベッドだけが並べられた部屋を見回してそう言っ

た。

 

「構わないさ。どうせ、私達の目的は、この《ミスティルテイン》にあるわけじゃあないんだから

…。明日か、今日中にも、ルッジェーロ達と合流して、いかなる妨害があろうとも、革命軍の本

拠地へと乗り込まないとな…」

 

 と言うかテリーナの言葉。だがそれは、周りの者達にとっては、彼女の独り言のようにしか聞

こえていなかったらしい。

 

「あんたさ~。よくいっつも、鎧を着たままでいられるよね? せっかく休もうって言うんだから、

それ、脱いだら?」

 

 と、窓際にいるナジェーニカを見てルージェラが言っていた。

 

 ナジェーニカは真紅のプレートアーマーを全身に着けているばかりでなく、兜も被っている。い

つも油断も隙も無い様子だ。

 

「一晩中、それ着ているつもり?」

 

 ルージェラは、自分の方は、鎧の胴を外し、その露な肌を見せながらナジェーニカに詰め寄

る。

 

 すると、ナジェーニカはちらりとルージェラの方を見やった。

 

「何も、あんたを皆で寄ってたかって、取って食べようなんてしないって、ここは、一時休戦って

事で…。女同士、恥ずかしい事も無いでしょ?」

 

 すると、ルージェラに答える代わりに、ナジェーニカは黙って兜を脱ぎ、それを側のテーブル

の上へと置いた。

 

 続いて、カテリーナやシレーナ達が見ている前で、次々と鎧を外して行き、黒い艶のある上下

の服1枚になる。

 

 彼女はそれさえも脱ぎ去り、これまた黒色で1枚の下着だけになった。

 

「ちょ…、あんた…」

 

「うひゃ~」

 

 ルージェラやシレーナ達が驚いたのは、いつも鎧を着ているナジェーニカが、下着だけの姿

になったからではない。

 

 彼女の頬や額に現れている赤色の模様、それが、全身に行渡っている事を初めて知ったか

らだ。

 

 様々な幾何学模様をなし、複雑な川の流れであるかのような模様は、ナジェーニカの手足や

胴、全てに行渡っていた。それ全体が、刺青のように見えなくも無い。だが、それが刺青ではな

いという事をルージェラ達は知っていた。

 

「あたし、エルフと知り合いだったけど、あんたの模様は、もっと凄いよ…」

 

 ナジェーニカの体の模様をまじまじと見て、ルージェラは呟いた。

 

「私が邪魔だったらな、いつでも殺しに来い。そうした方が、お前たちの為だぞ…」

 

 それだけ言ってしまうと、ナジェーニカは彼女に対してそっぽを向くなり、側にあったベッドに

素早く横になってしまうのだった

 

「全く…、やる事、なす事、はっきりとしているわね!」

 

「構わないって。それよりも、皆休んでおきな。明日にはすぐにも出発だ。この街に、そう長居し

ていたくない」

 

 

 

 

 

 

 

次へ

20.夜露の刃


 
このエントリーをはてなブックマークに追加
 
 
1
0

コメントの閲覧と書き込みにはログインが必要です。

この作品について報告する

追加するフォルダを選択