No.221801

正史と外史の狭間で-アイドルたち-

ですてにさん

黄巾党に保護された彼女たちのプロローグ。

2011-06-10 15:06:20 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:4165   閲覧ユーザー数:3503

私、如月千早は、日本に一時帰国をするはずだった。

 

アメリカでの芸能活動も軌道に乗りつつあり、社長から誘いを受けた、

765プロ絡みのイベントにゲスト枠で参加するため、

プロデューサーと共に機中の人になったはずだった。

 

そのはずが、眠りから二人覚めてみれば、そこは果て無き荒野。

さらに、今いる場所がアメリカでも日本でもなく、古代中国らしき場所。

おまけに、大陸全土で戦争の真っ最中という。

 

右も左も判らない私とプロデューサーは、黄巾党という宗教集団に保護されて、

信者をかき集めるための神輿になる代わりに、寝食と生命の保証を受けた。

なぜか、アイドルとマネージャーという言葉が通じた結果だ。

 

「千早さん、今日もご指導ありがとうございました」

 

アイドル、という言葉が通じた理由。

それは今、目の前にいる、眼鏡の女の子と、その姉妹にあった。

 

「大したことはしていないわ。私達の時代のトレーニング・・・じゃないわね、

歌い方の訓練の仕方を伝えているだけだから」

 

彼女達も、有り体に言ってしまえば、別世界からの訪問者、ということらしい。

但し、彼女達の居る時代も、戦争が当たり前で、かつ世界観が似通っていたらしく、

私達より適合は早かったのだという。

 

「それに、天和さんも地和さんもそうだけど、基礎がしっかりできているから、

教えるのも楽だわ」

 

元々の世界でアイドルをやっていた、という彼女達。

先駆者みたいなもので、オンリーワンのような立場にあったようだけど、

それに慢心するような娘達じゃないのは、話せばすぐにわかった。

 

「今頃、姉さんたちは春香さんのダンス指導でひぃひぃ言ってる頃ですね、ふふ」

 

そう、もう一人迷い込んだのが、春香。

アイドルアルティメットで私が優勝した年に決勝の相手だった春香は、

翌年、見事に優勝を勝ち取っていた。

その時のパフォーマンスを後に見たけれど、なぜ私が一度でも勝てたのか判らなくなるぐらいに、

圧倒的なものだった。

 

私は渡米してから特にそうなのだが、アイドルというより、シンガーに特化しつつある。

歌を突き詰める方向性がより高まったという感じだ。

もちろん、ビシュアルや踊りを軽視するわけじゃないけれど、

その上で、より重点を歌に置いている。

 

春香は、違う。

全てにおいて、高水準。

ビジュアルも、ダンスも、歌も、全力で取り組み、あらゆる項目でトップクラスの実力を持つ。

 

「あの元気はどこから出てくるのかしらね。本当に、いつでも全力だから・・・

まぁ、いざとなればプロデューサーが止めるから、大丈夫と思うわ」

「プロデューサーさんといえば、本当に一刀さんのお師匠さんというのが良く判ります。

売り出し方の手法とか、ものすごく精練されているし」

 

北郷さん。

アルバイトとして、765プロに在籍していた人。

私の心をプロデューサーとは別の意味で支えてくれた人。

プロデューサーが愛弟子のような存在と呼ぶ人。

私とプロデューサーが渡米した後、

実質、春香のマネジメントを担当し、春香と共に頂まで駆けあがった人。

皆の信頼をあっという間に勝ち取った、不思議な人。

 

そして、春香の元から姿を消し、今、この大陸のどこかにいるという。

といっても、プロデューサーや党のトップの張角さんたちは居場所を凡そ掴んでいるとも。

この世界で、この異質な世界で。北郷さんは戦っているという。愛しく思う女性の元に戻るため。

 

「千早さんは」

 

人和さんは呼びかけをあえて、途中で止める。

 

「一刀さんを知っていると、以前に言われました。天の世界で一緒に仕事をした間柄だと」

「ええ、そうよ」

「それは春香さんになら、当てはまると思うんです。

あの人は、プロデューサーさんが好きで好きでしょうがないから」

「・・・私は違う?」

「間違ってるわけじゃないけど、それだけじゃないですよね」

 

それだけじゃない。

確かに、人和さんの言うことは、当たってる。

私は、北郷さんに仕事仲間以上の特別な感情を持っているのは事実。

 

「確かに、そうね。ただ、恋愛感情かと言われると、正直判らないのよ」

 

家族を失った悲しみを、本当に近い意識レベルで共有し、かつ昇華させてくれた。

私にとって、かけがえの無い人。

だけど、彼に触れたい、触れられたい、そういう思いなのかというと違う気もする。

 

「かけがえのない仲間・・・かな。うまく言えないけど」

「仲間・・・」

「同志とか、いろんな言い方はあるけど、ただ、

人和さんたちが持ってる想いとは、少しベクトルが違うと思う」

「べ・・くとる?」

「ああ、ごめんなさい。方向性、かしら」

 

たぶん、彼ともう一度ゆっくり話すことができれば、ハッキリとするだろう。

渡米の際は、あえて有耶無耶のままにして、自分の力に変えようとしていたから。

 

「大丈夫、競争相手にはならないから・・・多分」

「多分って・・・千早さん」

 

私は笑っていた。作り笑顔もする必要が無い。

自然に笑う術を教えてくれたのは、765プロの仲間であり、春香であり、

そして、プロデューサーと北郷さんだから。

 


 
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