うっかり口を滑らせてしまったことを、クリスはとても後悔していた。自分としては、軽い気持ちだったのだ。何となく仲間内では、京と大和が良い感じで、まだ正式に付き合ってはいないようだが、岳人や卓也によれば『時間の問題』とのことである。
(京の想いを考えれば、私も結ばれて欲しいと思っていた……)
だから放課後、大和が別の女性と手を繋いで仲良くしていたのを目撃した時、心がざわついた。
(大和が誠実じゃないから、きっとこんな気持ちになるんだ。うん)
そう言い聞かせるようにクリスは自分を納得させるが、どうもスッキリしない。
(タツコとか、確か呼ばれていたな。京は知っているのだろうか?)
ふと疑問に思い、風呂上がりに廊下で京と顔を合わせた時、訊いてしまったのだ。
「今日、大和がタツコとか言う女性とホテル街の方に走っていったのだが、京はあの二人の関係を承知しているのか?」
「――!!」
空気が凍るとは、この時のことを言うのだろう。気絶しそうなほどの殺気を溢れさせ、京に腕を掴まれると、そのまま部屋まで連行された。そして鬼気迫る形相の京に、一晩中、その時の出来事を何度も繰り返し説明させられたのである。それはまさに、『ヤドカリ事件』に匹敵するほどの辛い記憶となった。
そして翌朝、寝不足の目をこすりながらやって来た朝食の席で、恐る恐る京の様子を伺うが、いつもと同じように大和に接していた。
(何だったのだろう)
京の静かな表情が、クリスは逆に怖かった。そういえば、今日は金曜集会の日である。何事もなければよいのだがと、密かに案じていた。
毎週金曜日に行われる、風間ファミリーの恒例行事。それが金曜集会だった。特別に何かをするわけではなく、秘密基地にみんなで集まって好き勝手に過ごすだけである。
ファミリーとはいいつつも、普段はわりと個々に活動をしている事が多い。何より、リーダーの風間翔一が自由人で、ふらりと出かけては数日帰ってこないことも珍しくはないのだ。だが金曜だけは、よほどの理由がない限りは全員、秘密基地に集まる。強制ではなく、ファミリー全員が自分の意志でそうしているのだった。
「おー、遅かったなー」
大和が到着すると、一人ソファに寝転がって漫画を読んでいた川神百代が、そう声を掛けながら手を上げた。そして本棚を片付けていたロボ、クッキーも振り返る。
「やあ、大和」
「あれ、まだ姉さんだけか」
「何でボクを無視するんだよ! だいたい、ボクのおかげでここは綺麗で清潔に保てていられるっていのにさ! 少しは感謝して欲しいよ!」
クッキーは早口でそう言ったかと思うと、第2形態に変形する。
「一度、死んでみるか?」
「ああ、悪かったよ。いちいち、変形するな」
クッキーをなだめながら、大和は百代の向かいのソファに座った。
「姉さん、ずいぶん来るのが早いね?」
「そうなんだよ-。じじぃが何やかんやとうるさくてさー。逃げてきた。大和は、京たちと一緒じゃなかったのか?」
「うん。何か知らないけど、現場検証とか言ってたな。京の奴、珍しく積極的にクリスを引っ張って教室を出て行ったよ」
「ほー」
パサッと漫画を机に置いた百代は、起き上がって大和に言う。
「弟、姉さんは喉が渇いたなあ」
「はいはい。クッキー、飲み物二人分、頼むよ」
「オレンジジュースでいいかい?」
クッキーは自分の中で冷えているオレンジジュースをグラスに注ぎ、テーブルに置いた。百代が嬉しそうにグラスを手に取り、大和も自分の分を飲み始める。その時だ。扉が開いて、京がやって来た。
「いらっしゃい、京」
クッキーが出迎える中、京は真っ直ぐ大和の隣まで来た。そして――。
「大和、タツコって女性と寝たの?」
思わず、大和は飲んでいたジュースを吐き出してしまう。
「ゲホッ、ゲホッ……な、何だって?」
咳き込みながら京を見るが、明らかに怒りを露わにしている。思わず、大和は言葉に詰まった。
京の顔が迫る。
「いや、辰子さんは知り合ったばかりで……」
「知り合ったばかりの女と寝たの?」
「寝てない!」
「でも、ホテル街に行ったんでしょ? 聞き込みをしたら、大和が女性と二人でホテル街から歩いて来る姿を見た人がいたよ」
大和はかつてないほどの気迫を京から感じながら、大きく頷いた。
「行ったよ! でも、あれは――」
辰子と知り合った時の出来事を、一部割愛しつつ説明する。
「というわけで、どこかに隠れようとしただけだ。ホテル街には行ったけど、中には入っていない。誓ってもいい」
言いながら、大和は少しだけ罪悪感を覚えた。嘘は言ってない。ホテルに入っていないのは、事実だ。だが、何もなかったかと言えばそうではない。だが正直に話せば、京が辰子に何をするかわからない。
「京」
と、それまで黙って成り行きを見守っていた百代が、京を手招きする。その顔は大和が良く知る、何か良からぬ事を思いついた時の顔だった。怒りを抑えきれない様子の京が百代の隣に座ると、百代は耳元で何かを囁いた。最初は驚いたようだったが、すぐに京の顔から怒りが消えた。
「なるほど……それは良いアイデア」
「だろ? だからここは、抑えておくんだ」
「わかったよ……」
いったいどんな話をしたのか、大和は百代と京の笑みを見て、嫌な予感しかしなかった。
それからしばらくして、恐る恐るドアを開けて部屋を覗き込んだクリスが、何事もなく百代と談笑する京の姿を見て、不思議そうに首を傾げていたのである。そして金曜集会は、いつも通り無事に終わったのである。だがその夜、解散して川神院に帰ったはずの百代の姿が、なぜか島津寮の前にあった……。
廃工場の一つに、大勢の人間が集まっていた。熱気と歓声が、中央のリングを囲むように溢れている。毎晩のように繰り広げられる、猛者たちによる戦い。時に命を奪い合うほど、激しい熱戦が繰り広げられる事もあった。
この日の夜も、腕自慢の不良たちが命とプライドを掛けてリングに上がる。
「いいかてめえら、この死合いの勝者が、今夜の俺の相手だ」
自分専用のソファに腰を下ろし、リング上の二人にそうハッパを掛けたのは、この戦いの主催者でもある板垣竜兵だった。川神の不良をまとめ、強い者と戦うことだけが生き甲斐の男だ。
ゴングが鳴り、リング上で始まった殴り合いを眺めながら、用意されたロールケーキを頬張る。
「もっとだ! もっと攻めろ! ためらわずに殴れ!」
声を上げながら竜兵が観戦をしていると、彼の姉である亜巳が姿を見せた。
「なかなか、活きがよさそうなのがいるじゃないか」
「アミ姉……」
不良たちが道を空け、亜巳が歩いて来る。その後ろにはもう一人、誰かの姿があった。薄暗い中から光に照らされた所に入って来たのは、板垣一家の師匠でもある釈迦堂刑部だった。
「よう、やってるね」
「釈迦堂さんも来たんすか?」
「ちょっと試したいことがあってね。勝ったやつをさ、俺に貸してくれない?」
その言葉に、竜兵は少し眉をひそめる。せっかく戦えると思っていたのに、楽しみを奪われるのはおもしろくない。それを察したのか、刑部は低く笑った。
「何、もっとおもしろい戦いをさせてやるよ」
「リュウ……」
亜巳が竜兵の横に座って、小さく名前を呼ぶ。仕方なさそうに、竜兵は承諾した。
「俺も初めてやるんでね、どうなるかわからんが……」
「何するつもりっすか?」
「秘術だよ、大昔のエラい人が編み出したね。本番の前に、簡単なものから試しておこうとおもってさ。人間の力を最大限に引き出す、まあ、『ユートピア』みたいなもんだ」
『ユートピア』とは、最近流行しているクスリの一種だった。竜兵たちは使ってはいないが、不良の中で常用している者は少なくない。
「だがクスリよりは効果的なはずだ。なんせこの秘術は、竜神様と戦うために編み出されたもんだからな」
「へへへ、それじゃ俺と戦う相手にはうってつけだな」
竜兵は拳を握り、にやりと笑った。
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真剣で私に恋しなさい!を伝奇小説風にしつつ、ハーレムを目指します。
物語が動き始める予感。
楽しんでもらえれば、幸いです。