No.213321

漆黒の守護者~親愛なる妹へ17

ソウルさん

乱世は終息へと向かい始める。

2011-04-24 23:41:23 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:2270   閲覧ユーザー数:1964

 大陸全土で大規模の戦争が勃発していた。明国VS魏・蜀・呉の四国決戦。大陸に住む誰もが明国の無謀な戦に敗北を確信していた。しかし、事態は真逆の方向へ進みだしていた。神出鬼没の用兵に各国は足元をすくわれて領土を失い、追い詰められていった。自然の要塞であった成都でさえその用兵術に陥落し、白帝城へと落ち延びた。呉は建業こそ守れど、その他の支配国は明国の手中に落ちた。最大の領土と兵力を保持していた魏は真っ向に対抗するが、明国と同盟を組んでいた西涼軍の加勢により徐々に追い詰められていき、洛陽から許昌へと撤退を余儀なくされた。鬼気迫る明国の怒涛の進軍は三国に最大の危機感を植え付けた。

 

「明国の動きはどうなった?」

 

敗戦続きの華琳は憤っていた。兄の侵攻への怒り、否、兄と自分の力量の違いによる憤りだった。志を貫いて覇道こそ我が道と歩んできた。それがこの体たらく。これまで自分は何を目にして、何を理解して生きてきた。これまでの覇道は偽り、ただ神の気まぐれで保障された覇王の生き様。己の力量をはかれず覇道といきがっていた無力な王でしかなかった。

 

「不気味なほどに静寂しています。西涼軍も同様に」

 

荀彧は報告する。そして非力な自分に嘆く。王佐の才と謳われながら名軍師として名を馳せていた。だが明国の用兵術に自分の智は歯も立たなかった。自分が提示した策の裏をかかれ、甚大な被害を魏は受けた。隣に視線を向けると同じ表情の郭嘉と程昱。あの程昱でさえ苦渋を表情に出していた。

 

「罠か………あるいは明国もぎりぎりで踏ん張っているのか………」

 

華琳には兄の考えがまったく読めなかった。両国が疲弊しているのは一緒だが連戦勝利を挙げている明国の士気は最高潮のはず。そんな時は疲れは不思議と感じることはなく、兵士たちは働く。故にこの静寂は罠と考えるのが妥当。こちらの攻撃を待っている。だがこれまでの戦はこちらの考えの裏で攻められた。つまりはそう思わせるのが罠。そもそもこうして悩ませること事態が相手の罠なのかもしれない。魏は明国の手中で攻めあぐねていた。

 

 明王には命を救われ、呉の独立にも手を貸してくれた。だから油断していたといえば嘘ではない。誰もが心のどこかで明からの侵攻はないと考えていた。それが今の状況。長い月日を費やして高めた国力は下がり、兵士たちを多く失った。どうにかして建業を守り続けているが、戦況は明に有利だった。

 

「姉様、このままじっとしていても戦況は変わりません! こちらから攻撃を仕掛けましょう!」

 

妹の蓮華は呉王である雪蓮に案を出す。されど雪蓮は縦に首を振らない。

 

「しかし!」

 

「少し黙りなさい!」

 

雪蓮は覇気を放出させ、喧噪としていた玉座の間を静寂に変える。油断大敵……呉の独立の際、彼が口にした言葉がよみがえってくる。今更になってその言葉の意味の重大さに気づいた。彼は嘲笑するかもしれない。明王は不甲斐ない王である自分に王である心構えを遠回しに教えてくれていたのだと気づく。既に遅い………否、まだ孫伯符は死していない。自分の命を救うために死地を彷徨った戦友に成長した姿を見せる。それまでこの孫伯符は死ぬことを許されるはずがない。

 

「冥琳、いますぐ伝令の用意をしなさい」

 

「二人用意すればいいな?」

 

「えぇ。我ら呉は魏・蜀と同盟を組む!」

 

 官渡の戦いで劉備は己の甘さを実感した。民の道草の安寧を並べるだけで自ら動こうとはしなかった。それはどこかで戦争をすることに恐怖を覚えていて、自分の考えが理想と矛盾していることに不安を募らせていたから。だけどあの人は背中を押してくれた。力のある将に従えながらもくすぶる自分の背中を。それから蜀を平定して少数だけど民の笑顔が増えた。それが嬉しかった。

 

「どうして曹臨さんは戦なんて仕掛けてきたんだろう?」

 

天下統一をして太平の世を迎える為なのだろうか。一度の邂逅だったが劉備には彼が進む道は険しい荊の道だと理解した。自分の身を削り、ただ民の為に太平を迎えさせるように動いているように思えた。だから手を取り合うことができると今でも信じている。何度か使者を送ったが、良い結果はまだだ。それでも劉備は諦めない。諦めたらそこで物語は終結する。それを教えてくれたのは紛れもない彼だから。

 玉座に腰を預けながら逐一に届けられる戦況の報告に耳を傾けていた。もう足が完全に痺れて動かない状態と化していた。動くのは上半身のみ。それも機能停止するだろうけど、その前におそらく俺の命が尽きる。自分の事は自分が一番理解している、その言葉の真意を理解した。

 

「追い詰められた三国に動きがあったようだ」

 

琥珀は伝令とつなぎ役として傍にいる。聖には俺の変わりとして各地に散らばる全軍の指揮をやってもらっている。

 

「おそらくは同盟を組むために首脳陣が動き出したんだろう」

 

「面白いほどにお前の手中で動くな」

 

「同盟を組まずに戦うぐらいならその国は滅んだほうがいい」

 

三国同盟こそが俺の願い。今回の侵攻戦はその布石。

 

「同盟を組まれるとさすがに各隊で対峙するのは自殺行為だぞ」

 

「そうだな。皆を帰還させろ。決戦はこの明の地で行う」

 

琥珀は伝令を呼び指示を出す。

 

「それと民の非難を月たちに。俺の夢に民や月たちを巻き込むわけにはいかない」

 

保護しているとはいえ月たちは我が軍の者ではない。

 

「了解した。顔色が悪い、少し休め」

 

「そうさせてもらうよ」

 

俺は玉座に身を委ねて深い眠りについた。

 桃の花が舞う。暖かい風が頬を撫でる。黄金色の太陽が地上を明るく照らす。懐かしい過去の思い出。隣に視線を動かすと若き頃の曹嵩が桃の花を観賞していた。ここは許昌から少し離れた先の平原に位置する。幼き頃はよく曹嵩に手を引かれて遊びにきていた。

 

「母上には夢がありますか?」

 

咄嗟の質問に曹嵩は目を丸くするが、すぐに平常に戻って微笑み返した。

 

「昔はあったけど、今はないわね。翡翠は?」

 

「誰もが手を取り合って笑いあえる太平の世を築くことです。その為なら俺は死ぬことも苦に思いません」

 

「死んでしまったらその太平の世は見れないわよ」

 

「信頼できる者たちに意志を伝えて未来を託せれればそれでいいのです」

 

曹嵩から笑みは抜け落ちて目を見開く。死しても未来の安寧を望むことがおかしかったのだろうか。

 

「おかしいですか?」

 

「いえ、翡翠らしい夢ですね。………私にも夢ができました」

 

優しく微笑む曹嵩の笑顔はまさに太陽だった。

 

「それはね―――――」

 

 覚醒する。桃の花は姿を消し、装飾が施された玉座の間へと引き戻される。懐かしい夢を見た。俺と曹嵩の誓いを交わした約束の場所。あの時の曹嵩の行動は振り返れば約束からきたものだったのか。俺は自然と涙を流していた。頬をたどり肘掛けに跳ねて、地へと落ちる。

 

「どうした、翡翠!?」

 

玉座の間に訪れた琥珀は近寄ってきた。

 

「琥珀、俺は愛されていたんだな。俺は幸せの元に生まれた子供だったんだな」

 

琥珀には理解できなかった。病にかかり五感を失い、それでも自分の天命を恨むことなく、あまつさえそれを幸福と言う。琥珀には理解できるはずもない。それは俺だけにしか培わない心の在り方だったから。

 

 

 

 


 
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