No.211245

『記憶録』揺れるフラスコで 9

グダ狐さん

「境界線上のホライゾン」の新作PV見ましたか? 私は悶えましたよ。そして感想を一言で言うと、楽しみですね堪りませんね賢姉かわいいですね武神がカッコよすぎるオーリの声優さんが福山さんってこれは10月までに原作を読みなおせっていうお達しですね! そして気持ち悪くてすみません。 次で最終話で、ネタばれです。一週間後の4/18に公開します。

2011-04-11 21:06:03 投稿 / 全9ページ    総閲覧数:924   閲覧ユーザー数:913

『そう。だから今、我々の同胞が古の魔境に踏み込んでいる。魔王が生まれた起源の地と呼ばれ、悔しくも我がグーテルモルグ国内の一角にそびえる実に不快極まりない山脈。地獄が歌い惑わせる、幻詩卿(げんしきょう)に』

 ピアノの音色。

 ペダルを踏みながら高音の鍵を、ゆったりとした律動で押しては鳴らすその音色は、昔を思い出すような悲しみや哀愁の感情を連想させる。

 協奏するのはソプラノの歌声。

険しい山と山との間を反響し重なり合って増幅するが耳につかず、しかし心の奥を静かに響かせる。有名な歌手が歌ってもこれほどまで心地よいものは出来上がらないだろう。

 しかし、ここにはピアノもなければ、歌手もいない。

 そもそも、ここは山脈の中腹だ。薄っすらと白い雲が掛かり、合間から藍色の夜が覗いている。周囲に観客などいるはずもなく、こんな場所で演奏するのだなんて想像し難い。

 それでも音色は奏でられる。

 

「人では表現できない音色も、我々にとっては忌々しい軍歌か、弱く軟い我々に対する哀れみの鎮魂曲にしか聞こえんがな」

 

 男が一人、その美しくもある声を聞きながら山々を眺めていた。

 振り返れば、複数の男たちが向かってきた。彼らは男と同様に歌声を聴いていた観客などではない。男の部下で、私服に身を包んだ軍人たちだ。男の下へ着いた軍人達は男に敬礼を行い、男も同様にして返す。

 彼らはある目的のためにここに来て、不愉快にしか感じ取れない音色を聞かざるを得なかった。

 だがそれももう終わる。

 

「どうだ」

 

「各目標地点の準備は完了しました。通信状態も良好ですので、あとは合図のみです」

 

「これでヤツラも崩壊しますね」

 

「何せ存在の根本基盤を失うようなものだ。今日が終われば明日には魔法も使えない、肉体も貧弱なただの屑になるんですから。ですよね、隊長」

 

「ああ、そうだ」

 

 そう頷き、一同を眺める。

 

「歴史が変わり、歴史を築く。過去の凄惨は今日で消えて、新たな新時代が出来上がるのだ」

 

 皆が皆、疲れているが満足する笑みを浮かべた。

 彼らが幻詩卿にいることを知る人間はごく僅か。極秘中の極秘で、この小隊も彼らが初めて顔を合わせたのは三日前。それぞれ認識のない全く別の部隊から召集された面々だ。

 幻詩卿に至る山脈の道程や物資などは全て特殊部隊に運んで貰った。軍の殆どを海外の魔王に差し向けている中で、これほどの支援が与えられるとは小隊全員が思ってなかった。

 それほどまでに重要な任務だ。

 失敗は許されない。

 

「その足掛かりであり、第一歩が俺たちだ」

 

 この作戦の結果が、今後の世界にどのような影響を及ぼすか。そんなことは、体長と呼ばれながらも所詮は一兵卒に過ぎない彼にも分からない。

 もしかしたら取り返しの付かない事態に陥り、最悪、笑みを浮かべる部下たちを含んだ小隊全員が死ぬかもしれない。

 だからこそ、今だけでも胸を張れるように誇らしく言う。

 

「光栄に思えよ。歴史が変わった瞬間を見ることが出来た唯一の証人なんだからな」

 

 笑みのまま、そして誇らしく並ぶ敬礼。

 結成して三日で消える部隊だが、誰もがいい奴だった。これで分かれてしまうには勿体無い気もするが、それは仕方がないことだと納得する。

 そういえばバームクス海洋でどこかの国と戦闘していると聞いたが、あれはどうなったのだろうか。グーテルモルグの行動に最も反発していたのはフォリカで、国もバームクス海洋を挟んだ先にあることから間違いないだろう。

 軍力で負けているフォリカがどこまで対抗出来たか気になるが、今は仕事が優先だ。

 そう思っていると、情報端末から通信が届いた。

 執行の合図だ。

 

「さぁ、幻詩卿を世界から消去ろうか」

 

 頷き、用意されたコンソールに手を掛けた。

 各所で閃光と爆音が響いた。

 轟音を鳴らしながら崩れ去る山々と幻詩卿を眺めながら、微かに聞こえる最期の音色を聞いた。

 そして一言。

 

「ああ、確かに哀れみの鎮魂曲だな」

 その瞬間、悪寒に包まれた。

 全身の穴から脂汗が噴出し、胆が渦巻いて吐気が奥底から湧いてくる。口に広がっていた味も忘れるほどだ。絶望に満ちた圧力はあの日の感覚で、しかしその力はあの日と比べるまでもなく、凌駕など通り越して超越していた。

 リリオリ・ミヴァンフォーマの感覚が全力で耐える。

 

「こ、これは…」

 

 比例して、夜空は変わりなく星を瞬かせ、雲が風に流されて月が見え隠れしている。それが美しいと思っていたのが数刻前だけで、今ではその輝きが忌々しい。自分は関係ないと、主張しているようで腹が立つ。

 外見だけが落ち着いていて、個々の内では混沌が出来上がっている感じだ。

 

『視界が、黒く…』

 

『やめろ! やめてくれ!』

 

『な、なんなん…だ、これ―――』

 

『どうにかしてくれ!』

 

 電子音越しの音声が五月蝿い。敵味方関係なく影響下にいるようだ。人が倒れる音や聞きたくもない嗚咽や嘔吐が否応なく耳に届く。

 またガサラキ・ベギルスタンなのかとモニターに映せば、彼はうずくまっていた。腹痛を堪える、のではなく、内から生まれ出そうな何かを必死に押さえ込んでいるようにだ。顔は苦痛で歪み、髪は逆立ち、耐える傍から垂れ流す汗は止まることがない。呼吸さえ不規則で、咽喉に酸素を通していない。

 ガサラキではない。むしろ、彼もこの圧力に当てられているし、発するだけの余裕は見られない。

 では、この戦域に流し込んだのは誰なのだろうか。

 

「ここで…こんなことが出来る奴はあと一人」

 

 オーリスを反転、圧倒的敗退を目前にした戦場から逸らし、見据えるのは自らが還る艦隊の一つ。輸送艦だ。あそこには、身に纏うオーリスや折れてしまったマルヴィラを今日のために、必死になって造ってくれた仲間がいる。この孤独とさえ思える海洋の中で、唯一還れる場所。

 だが、還る場所は空母を巻き込んで一瞬にして水柱に押し潰された。

 

「ッ――――――!!」

 

 絶句。

 フォリカだけではない。敵であるグーテルモルグからも息を呑む声が聞こえた。

 高く舞い上がった水柱は解放された重力に再び捕まり、法則に遵(したが)って海の一部に還った。不自然なまでに静かになり、水柱発生地を基点に広がった波紋も数十メートルで面になっていた。跡形も、残ったものもない。

 そこに何かあったかと問われればあると答えよう。しかし、その証拠が浮んでこない。

 消えた。

 何故に。

 水柱とは。

 現実に、思考が追いつかない。

 あそこには誰がいた。考えたくなくとも、それはたった今廻っていたではないか。振り返る親しい顔の面々が消える。過去と現在の差などない。一分だろうが一秒だろうが、果てにはコンマの領域だろうが、針が傾けばそれは過去の引き出しの中。

 そして“有る”が過去で、そして“無い”が現在だ。

 新たな絶望に精神を苛まれながら、リリオリは呆然と海を見下ろしていた。

 

「再び送り火を灯したか、霊長の頂たちよ」

 

 声が聞こえた。

 機械を通した電子音ではない。向こう側では混乱している指令と対応を迫る言葉の追い駆け合いが怒鳴るように飛び交っていた。その中で一際大きく聞こえたのが、あの声だ。誰もが怒鳴って耳を塞ぎたくなる中、あの声だけがハッキリと届いた。

 そのようなことは聴覚を介しては出来ず、しかし澄んだ声は聞こえた。

 通信ではない。

 では一体なんだと、リリオリは呆然と周囲を見渡した。

 

「風火(ふうび)の演舞が羽撃(はばた)き、水土(すいど)の怒涛が泳ぐのをそれほどまでに望むか」

 

 右へ左へ動くモノアイが見つけた何か。照準を絞り、拡大してモニターに映し出したのは宙に浮く黒衣の女。闇に映える長く髪を紅く燃やし揺らめき、背には三対の黒翼がゆっくりと開く。

 誰だと思う一方、あの顔付きは知っている。柔らかさを持ちながら刃物よりも鋭く貫き、白く奇麗な肌が煌めく髪に光りを曲線に描く。強く覇気に満ちた表情はあの日、ガサラキと対峙した時と同様。

 あの時の衝撃は今でも奥底で生きている。

 全力で挑んでも勝てなかったガサラキを容易く組み伏せたあの強さに惹かれた。届きもしないのに手を伸ばして握ろうとした、太陽を見た感じだ。

 リース・リ=アジール。

 届かない黒い太陽は、地に堕ちた天使に成り果てたのか。

 

「けれど、望む望まないはもう終わった。すでに、賽(さい)は投げ込まれたのだから」

 

 空を見上げるように、リースが嘆くように顎を上げた。

 あの銀色の髪もなくなり、背中には不気味な黒い翼が生えている。彼女はあのような姿をしていない。変わりないのは黒衣と顔付きぐらいだ。

 リースのあれは何だ、輸送艦を沈めたのは彼女か、と思うよりも先に、

 

「―――貴方たち自身の手によって」

 

 黒翼が振るえ、羽撃(はばた)いた。

 共鳴するように動きを見せたのは二つ。

 一つは何もない、空気のみの空間。

 弧を描いて集まりだした風が形となって肉眼で球体になるのが確認できた。意思を宿したように一箇所に集まる強烈な風に機体制御が出来ず、巻き込まれていくグーテルモルグ軍機がぶつかり合い、または堕ちていく。

 後退しようと離れるも近くにいた機体は間に合わず、後ろ髪を引っ張られるように風に捕まり、散った仲間の後を追うことになった。無事に逃れた群は一時的に艦隊まで下がった。

 爆発の火すらも飲み込んで出来上がった赤白い球体はまるで卵のようだ。渦巻き自転する卵は膨張と縮小を繰り返しながら鼓動を発し始めた。

 そして並ぶもう一つは広く、水が満ちた海面。

 揺れる波は大きさを増し、大渦を形成していく。上下に踊らされる双方の艦(ふね)は必死に体勢を保とうとし、舵を取った先にいた味方にぶつかる。金属の擦れる音が装甲を削り、削れた箇所からの浸水によって艦はさらに体勢は崩れ、傾斜する。機器に水が浸かって電機でも洩れたのか、艦の一部から煙が上がった。それが助けてくれと叫ぶ狼煙に見えたのはこの異常さからだろう。

 一方、大渦から下に伸びるように派生した竜巻が深く深くと突き進む。光届かない海底に到達した竜巻の矛先が砂を巻き上げ、地面を掘り砕いて海抜0メートルへと運ぶ。

 色を変え始めた海に、徐々に大きくなる大渦。まるで栓でも外れたかの勢いで海が回る。

 

「リースは、何を起こす気だ」

 

 天変地異にしか見えないこの状況下。事態を惹き起こした黒い太陽は未だに夜空を仰いでいる。天に戻ることを許されず、ただ見上げることしか出来ない堕天使のようだ。自分を追放した世界に反逆することを決意した覇気の表情に、リリオリは底冷えがした。

 それを見てリリオリが呟いた疑問に、回答が乗って返ってきた。

 

『決っているだろ。終焉だよ、女』

 

 リリオリが視点を動かすと同時にモノアイが発信源を絞り込む。

 ガサラキだ。

 先程までの激動の苦痛から打って変わって、さも足場があるように佇むその姿は静かだった。垂らした脂汗の跡は残したままで、表情からは何も感じさせない“無”と一新されていた。

 いつもの彼ではないと感じながらも、言った言葉の意味と問う。

 

「終焉だと…」

 

『リ=アジールの直系は、そこらの奴らとは格別でな。貴様ら人間は俺たちのことを魔王だなんて呼びやがるが、アイツのそれこそ、神とさえ自称しても誰も疑わねぇ』

 

「何が言いたいっ!」

 

『分からねぇかな…。スペックが違うんだよ。人の姿をしているが、その身体に持っている魔力や精神力は莫大で、一固体じゃ制御し切れねぇんだよ。分かるか、かつて大地を焼いた俺たちでさえ、今のリースに傷一つどころか近づくのさえ許されはしない。もう一度言ってやるよ、今のリースは神だ』

 

「何が神だ! そんな不確定の存在に怯え、世界は踊らされているとでも言いたいのか。あそこにいるのはリース・リ=アジールで、事態を惹き起こしたのも彼女だ。そこのどこに神がいると言うんだ」

 

『間違っちゃいねぇが、神は不確定の存在じゃねぇよ。いや…不確定だったのを確定させたのは貴様らだったな』

 

「何…?」

 

 ガサラキが言った意味が分からず、疑問符が浮んだ。

 しかし、その手掛かりと考えられる名詞を脳裏から引っ張り出した。

 

「いや、幻詩卿(げんしきょう)…グーテルモルグが無駄に高らかに名指ししたアレか」

 

『そいつだ』

 

 ガサラキは垂らしていた両腕を組み、言葉を続ける。

 

『幻詩卿って場所はな、世界が出来上がった時に生まれた魔力の集結地だ。この世界を循環する魔力を取り込み、不純物を取り除いて、また世界に流す心臓のようなもんだ。各地に送り込む魔力の量は地域差はあるけど、常に一定量で使われ磨耗した魔力がまた幻詩卿に戻ってくる。こういう循環で成り立ってるんだぜ、世界は』

 

「だがそれとリースの関係は―――」

 

『あるんだよ。性とも運命とも云えるものがな。』

 

 そして、彼に表情(えみ)が生まれた。

 

『リ=アジールの直系は、リースは魔力が膨大で一固体じゃ制御出来ないて言ったよな。自分じゃ満足に扱えない、操作出来ない、暴走してしまう嗚呼どうしよう。なら、魔力を常に世界を循環する魔力の波に垂れ流しにしていれば内包する魔力も減って大丈夫だろう、ってのがリ=アジールの考えだ』

 

 だがそれは、

 

『魔力を必要とする俺たちにとって自殺行為だが、リ=アジールからすればそうしなければ自己を保てない。しかし、垂れ流すだけじゃ今度は枯渇する。なら魔力生成だけじゃ足りない魔力を今度は吸い取ればいい』

 

 それはつまり、リース自身も世界の循環器の一部だということ。

 排出と摂取を繰り返し、自己の維持を保つための行為がどのようなものか、食事と排便のようなものかとも思えたが、それは摂取したから排出するのであって、排出したから摂取する彼女とは、循環する理由の基点が逆だ。

 ただの人間でしかないリリオリには分からない行為だ。

 だがな、と吐気を抑えながらつき返す。

 

「それでもリースがああなる理由にはならないぞ」

 

『短絡だな、女。ならどこかで循環が停まるような滞りが出来ればどうなるよ』

 

 落胆するような口調でガサラキが問う。

 

「循環が止まれば、魔力をいくら排出しても流れていかずその場に滞ってしまうだろう。だが摂取は排出が行われている以上、機能しなければならない。結果的に、世界に流れていた純度の高い魔力と排出した自身の魔力が混ざり合って―――」

 

 思考だけでは回らない。魔王や魔力について詳しいわけではない。だが憶測や想像は出来、合否に関わらず組み立てるだけの推理ならリリオリにだって出来る。

 言葉に出しながら一つ一つ結び付けていき、その結果に息を呑んだ。

 

「より膨大な魔力になって体内に戻ってくる…!」

 

『そうだ。すでに何十年も、何世代にも渡って行われていた魔力の排出と摂取は今更止めることなど出来ない…というより、止め方が分からないのほうが合ってるな。そして馬鹿なことに、人間は世界の心臓とも云える幻詩卿を吹き飛ばした。嗚呼、もう戻れないな』

 

 表情が深く、さらに深く笑みに沈む。

 

『さ、てと。ここからは俺も分からないぜ。世界の終焉を知っている奴なんていないんだからな。だってよ、過去に起きた終焉だって、見た奴はいてもそこで死んじまうんだからよ』

 

 世界は鼓動する。

 白と赤が練り込まれた胎動する卵。

 海底を掘り進める巨大な大渦。

 自然界ではありえない現象は不気味としか言いようがなく、世界に波紋を打ち出す鼓動は常軌を逸している。

 それでも世界は許容し、存在を認める。

 鼓動が訴える。

 

―――もうすぐだ。

 

―――もうなのか。

 

 と。

 卵と大渦は、自分は過去のナニかが生み出した存在だということを知っている。ナニかというのを言い喩えるのなら、それは創造主や大いなる意思とでも表現するだろう。

 その創造主や大いなる意思とやらは何故自分たちを生み出したのかはワカラナイが、自分たちがやるべき事は分かっている。しかし、それを行う理由は分からない。

 理解の肯定と否定が殻の中で何度も繰り返されるが、そろそろ出ようとか、と意識が起きる。

 殻の向こうで呼んでいるものがいる。

 時間だよ、と。

 目覚めたばかりの意識が呼び掛けてくるナニかに耳を傾け、徐々に濁りが取れて澄んできた。悲しく動く唇に惹かれて、二人は顔を上げる。

 黒き染まる世界の中、映すのは世界よりも黒く、しかし紅く揺らめく少女。

 呼び起こしたのは彼女かと問い掛けるまでもない。

 彼女の呼び声が呼び水となって湧き上がる悲哀に共鳴し、彼女に意に従おうと。

 そして表した姿は―――

 膨張と縮小を繰り返していた卵は爆音を鳴らしながら四散。空を覆った紅い閃光の中から舞い上がったのは、爆発の赤に負けない熱さを持った一対の羽撃く翼と三つの尾。炎が伸び、その周りを風が取り巻く翼と尾を従えるのは揺れる実体のない風と炎の胴体。

 大渦から飛び出したのは黒い塊だ。ゴツゴツとした胴体に流れを持った模様が刻まれたヒレを四つを操って空を舞い、再び海に戻る。長く伸びた胴体の突起の群は全て岩だ。先端から尾びれまで続く胴体にも、ヒレと同じ流れを持った模様が掘り込まれ、不気味に蒼く輝く。

 二重の鼓動が世界を激震させた。

 

「なんだ…あれは」

 

 降り掛かる圧力に身体が萎縮しながらも、その存在にリリオリは驚愕の吐息を吐いた。

 空と海に現れた二体の怪物は天変地異の中を、騒然とする周囲の状況を威嚇するように漂う。

 

『あれが“リースだった者”(アレ)が呼び出した、世界の遺志…みたいなものさ』

 

「何だそれは」

 

『知るか。世界に流れる魔力の塊…て感じなんだろ』

 

 相変わらず不快な笑みを浮かべるガサラキ。分かっているような口振りだったが、本人もよく分かっていないようだ。

 

『だがあれは、アレに共鳴して出てきたんだろうな』

 

「リースに…共鳴して」

 

 その言葉だけを復唱する。 

 

「ならば―――」

 

 込み上げる悪寒を飲み込んで無視し、腕部内に伸ばした手が握る操縦桿を改めて握り直す。

 身体を屈むように倒しつつ人為的に発生させている浮力が転落を防ぎ、加速度を与えるスラスターとバーニアが火を噴く。速力が全開になるまで、そう時間は掛からない。

 リースや二体の怪物の出現によってグーテルモルグ軍機は後退せざるを得なくなったため、障害となる壁は存在しない。

 邪魔を一つ挙げるとするならば、全力で加速するオーリスに優々と追いつき、同じ速度で平行飛行するガサラキだ。空を飛ぶには相応しくない、腕を組んで仰向けの体勢がモノアイから映像として送り込まれるが無視し、ただ前だけを見て、空気が通り過ぎる音を聞き続ける。

 

『おい。どこに行く気だ』

 

「決っている。この状況がリースがつくり出したものなら、リースと止めれば―――」

 

『止める? お前が? 出来ると思ってるのか?』

 

「やるだけだ…! あんな存在が二体も出ては魔王狩りや戦争などと言っている場合ではない。それに―――」

 

『それに?』 

 

 空母を巻き添えに、輸送艦を撃沈した水柱を起こしたのは間違いなくリースだ。

 堕天使に成り果てた彼女の原因がガサラキの言ったとおり、グーテルモルグによる幻詩卿消滅だとしても、味方をしていたフォリカに攻撃する理由にはならない。あの表情や約束が嘘だったのかと、胸倉を掴んで問い質したい怒りの気持ちで、逆に吐きそうだ。

 正直なことを語れば、リースに対する躊躇の感情はまだある。

 茶の約束もまだ浮いたままで、さらにソーイチ・リヴェルトとのモヤモヤも残っている。スッキリしない感情を消化できないまま、敵と見なして討つにはリリオリ本人の私情が邪魔をしていた。

 だが、と断ち切る。

 自分は軍人で、そこには味方がいた。

 軍とは護る矛であり、その矛先は護る対象を攻撃した存在のことを云う。

 ならば、

 

「リースは我々に牙を向いた。こればかりは無視してはならない!」

 

 リースは今や敵だと、口から出して宣言する。

 すると、並んでいたはずのガサラキが下がり始めた。モニターから消えていき、ついにはモノアイの撮影範囲から出てしまった。

 

『まぁ止めるのは無理さ。――――俺がいるんだからな』

 

 ふいに、視界が警報とは別で紅く染まった。

 

「――――ッ!」

 

 旋回と下降が身を掻き混ぜるが、それが生への代償なら安いものだ。

 

「何をする!」

 

『“何をする”? 決っているだろっ!』

 

 ガサラキの薄くしかし深い笑みの表情に、その眼に色が宿った。

 組んでいた腕は解き放たれ、振るった炎の残滓を振るい落とす。鳴った警報とは別の赤は、あの炎の本体だろう。彼の足元を舞う木の葉は紅く、微かな光を灯しながら戦場に広がる。

 リリオリの問いに、楽しみで、楽しくて堪らないと、三日月に釣り上がった唇が端から端までゆっくりと舐められ、開く口が申すのは死の宣告。

 

『あの時の再演だっ! あの時はリースに止められ、女も弱くて満足の欠片すら生まれなかったが、今度は違うっ! 舞う鎧を纏い、不屈の剣(つるぎ)すら手にした勇者さま…これ以上にないほどの、絶好の殺し相手じゃないかッ!!』

 

「そんな自分勝手な…邪魔をするな!」

 

『その焦りがお前を本気にさせるっ!』

 

 飛翔という名の跳躍。

 推進力もないのに、ガサラキの身体は加速を得た。

 スラスターとバーニアを瞬発的に断続して吹かし、縦に前転。すでに消えたオーリスの場所を加速が通り過ぎ、頭部を海に向け、反転した世界でガサラキの背中を見送る。

 彼の狂気は本物だ。理解よりも本能が動き、空いていた左手がハヴァカーテを握りして構える。が、狙いを定める前に照準機の中にいるガサラキが反応した。

 

『銃なんて野暮なモン使ってんじゃネェ!!』

 

 ない足場を踏み込み、加速は停止。

 振り向き様に放たれた力、炎鞭(えんべん)が加熱しながら伸び、ハヴァカーテを捉える。接触した途端から熱はハヴァカーテの耐熱温度を跳び越えて、粘度が高い液体状の鉄へと融解させる。熱は伝導し、拡がる融解範囲は弾倉に到達すると薬莢の火薬に引火した。

 

「クソッ!」

 

 手放し、ハヴァカーテの爆発を左腕を立てて防ぐ。

 衝撃が通り過ぎ、視界を埋め尽くした硝煙を折れたマルヴィラで薙ぎ払う。僅かに出来た亀裂から見えたのは、夜天に浮ぶガサラキと、その周りに散り乱れた光。

 星ではないと理解した瞬間、光は一際大きく発光し、リリオリは硝煙から飛び出した。纏っていた硝煙がなくなった時、漂っていた煙に幾つもの光が降り注いだ。

 自然現象による光ではないことは瞭然(りょうぜん)としている。ただの光が形を成して、雨のように降り注ぐことはない。あれはおそらく魔力だ。実際に形として見たのはこれが初めてだが、そうでなければ説明も納得も出来ない。

 眼光鋭く、ガサラキを見下ろした。

 

「殺し合いなら他でやれっ! 今そんな時間はないっ!」

 

『だからこそだっ!』

 

 その下で叫び、第ニ射が放出された。攻撃範囲が広い。一射目のような一点集中ではなく、逃がさないための広範囲掃射だ。

 警報が五月蝿い。そう急かされなくても回避してみせると、身体を強張らせて操縦桿を強く握る。

 オーリスが唸りを上げ、光弾が広がってすり抜ける掃射の中で舞う。

 

『ここはもう始まった終焉の中だ! 止めることも止まることもないっ! なら、最後の最後で満足な殺し合いをさせろよ、リリオリ・ミヴァンフォーマ!』

 

「ガサラキ…貴様、戦いに酔ったな」

 

『そりゃ酔うなという方が無理だ! あの時の高揚感は、酒で誤魔化してた俺を戻すには十分過ぎる呼び水だ!』

 

「あの時あの時と―――」

 

 必要以上に引き合いに出される“あの日”の戦闘。

 リリオリとガサラキの因縁。

 その一度しかなかった接触だが、彼にとって色濃く残っているようだ。リリオリからすれば深夜に軍曹に起こされて、相手が魔王だと知って意気消沈する部下の変わりに身を張って戦った残業の思い出でしかない。

 

「しつこいぞ! ヘンタイストーカーか貴様はっ!」

 

 機械を纏った身体を前に突き出し、舞い踊る身体を下に加速させた。

 

『向かってくるぅ…向かってくるか! それでこそだ!』

 

 放たれる弾雨を止ませ、ガサラキも踏み込んできた。

 残る光弾がオーリスの装甲を掠めて凹ませ、鎧を削り落としていくのも無視する。湧き上がる怒りの感情に突き動かされるまま右拳を振り上げ、無防備に跳び込んで来たガサラキを再び突き落とす。

 鋼の拳からは伝わる感触は何もないが、威力は十二分に拝見出来た。飛距離は伸びることなく留まられたが、「く」の字に折るのに手榴弾を使わざるを得なかったガサラキの身体が僅か一撃で出来上がった。

 だが、下がった顎が振り上がり見せる感情はリリオリと正反対。喜怒哀楽の喜が顔一杯に広がっている。

 その表情が気に喰わないと、さらに加速するリリオリと握る武器を忘れられた金属の拳。

 

『所詮は造られた世界だ! だったら自分の本性くらい、自分で突き動かさせてもらうさ!』

 

 人の胴体と同じくらいの太さを有し、動力によって何倍もの威力を手にした鉄拳をガサラキは容易く避け、直撃寸前だろうと魔王の腕がいなしてくる。

 

『女ぁ、お前も俺と同じ本性を持つくせに、何を躊躇っていやがる!』

 

 振り下ろした左腕に合わせるように突き放たれた手刀が腕と肩の隙間に喰い付いた。

 反動で外れた鎧が跳ねる。

 そして喰い付かれたのは機械だけでなく、リリオリの肩にも僅かに牙が突き刺さった。

 

『理屈で隠して戦っても得られる満足なんてねぇだろぉが!』

 

 さらに押し込まれ、僅かに折れた肘をバネに手刀が外へ跳ねた。砕かれた左腕から油と血が投げ出され、紛れる部品があった箇所はパイプやら駆動系などが派手に露出した。

 痛みで歪む自身の顔は確認するまでもないほど、苦痛から生まれた青筋(いかり)が浮んでいるだろう。

 青筋の理由は簡単だ。

 

―――やられたら、やりかえせ。

 

 身体が熱くなる。

 

「その口、五月蝿いぞ貴様ぁ!」

 

 左腕はまだ動く。五指を開いては閉じ、振り被った左手を突き出すが動作が遅い。岩にも等しい大きさの拳が小さな掌一つに停められた。

 ならばと、残った右腕を振り上げ、背部の右スラスターを推進力に加速した拳を放つ。だがこれも受け止めら、さらには押し返してきた。どれだけ押し込もうとも悲鳴を上げるのは駆動系のほうだ。

 

『そんなもんかぁ! 鎧を纏っても弱いままだな、女!』

 

「五月蝿いと、言ったはずだ!!」

 

 脚部のバーニア、背部のスラスターを全開に上乗せして押し潰すように上から覆い被さる。加速というエネルギーを得てようやく突進力は拮抗するまでに辿り着いた。

 足場でもあるかのように踏み止まるガサラキ。閉じ掛けていた彼の両腕が次第に開き始めた。

 だが、両肘を折るまでに至ったのに、そこで止まってしまった。

 これで同等か(イーブン)。まだ足りないと、さらに熱を上げる駆動系だが、左肩の疲労が激しい。一進一退のせめぎ合いが傷口を広げていく。

 

『ハァン!』

 

 不意に笑ったモニター越しの表情。理解する前に、笑みは可視出来る魔力を生み出した。

 身体を廻った魔力は流れを持ってガサラキの腕に取り巻き、オーリスの両腕を捻り上げてきた。

 いかに機械の腕とはいえ、その構造は人の腕と変わりない。肘が反対に曲るはずもなく、強引に捻り上げられた両腕の各所が火花という痛みを訴えてきた。

 痛いのは機体だけではない。機械の腕の中に生身の腕を通して操作する故、ダメージは搭乗者であるリリオリにも当然発生する。

 

「ッッッ!!! この、痛いだろうが―――!」

 

 痛みが走る両腕でリリオリも強引に振り払い、ダメージが多く微かにしか動かない左腕で抱き付く。上腕と下腕で挟み込み、脇を絞めるその体勢で云えばヘッドロックに近い。

 露出した箇所から部品が弾け跳ぶのを無視して強引に捕まえた。

 

「―――この野郎!」

 

 もう壊れ掛けた腕だ。気にする必要もないと、左腕ごとガサラキの頭部目掛けて鉄拳を振り落とす。ガサラキが金属に埋もれ、左腕が耐え切れないとヘッドロックが外れて出来た隙間の輪を右腕が貫通した。

 すっぽ抜けるようにガサラキが輪から弾き出されて海へ叩き落された。

 

「左腕が邪魔で威力を殺してしまったか。それにもう無理か…ッ! あ…」

 

 金属の軋む外れる音が左腕がもう機能しないことを悟らせ、そこにまだ鞘が残っていることに初めて気付いた。

 ソーイチは言っていた。マルヴィラは起動させなければただの剣だと。そしてその起動には鞘に収める必要があるとも。

 言葉を思い出して、そして見た。右手に握られた、折れた抜身の刃が痛々しい。

 力なく垂れる左腕に取り付けられている鞘に、スッとマルヴィラを納めるとガチリと刀身は固定された。

 

『邪魔だ! 邪魔するなってんだ、魚ぁ!』

 

 水柱が跳び出し、落ちて戻った時にはそこにガサラキは浮んでいた。

 右手には鷲掴みで指を食い込ませた鮫(さめ)だろう巨大な魚が逆さに吊るされた状態で暴れていた。

 ガサラキは肩を呼吸を繰り返し、その肩片方には噛み付かれた大きな痕が血を流して出来ていた。対称的に、鮫には右頬の辺りには打撲痕が刻み付けられており、口からは双方のだろう血が滴っている。

 落ちた先であの鮫に襲われて、噛み付かれたが逆襲し返したのだろう。

 

「鞘に入れたまま起動させることによって形成される刃、覇剣形態か。ソーイチのネーミングセンスは相変わらず良くないな」

 

 この状況で何をほくそ笑んでいるのか。正直、自分自身が正気を疑ってしまう。

 熱く燃えるようにかっかして、オーリスが壊れようが構わないと思っていた。だがそれも、鞘一つ見ただけで冷めてしまった。実に単純で加減を知らないように出来上がっているなと初めて確認する。

 だから、何度も注意されておきながら、何度も剣を壊してしまったのか。

 申し訳ないと今更ながらも洩らすも、そのソーイチはいない。あの場から助かるとは思えない。彼に剣を直して貰うことはこれから先一度も出来ない。

 ならばせめて、あいつが造ったこの剣が覇剣の名に相応しいことを証明するために振るおうではないか。

 試し斬りの相手は魔王。これほどまでに相応しい相手はないだろう。

 

『リリオリィ!』

 

 鮫を投げ捨て、ガサラキがオーリスを見上げる。

 それよりも早く、ダラリと垂れる左腕の固定具を解放。オーリスの手は鞘に納まれた剣を取り外した。

 一見変わったな形状の鞘だ。剣に大きさに対して、鞘はそれよりも二周り以上大きく長く、また角張っている。さらに、口に近い中腹には左右対称の凹みがある。

 そんな鞘に納められた剣をリリオリは起動させた。

 

「“不屈の剣(つるぎ)を手に入れた勇者さま”か。良い例えだな、ガサラキ」

 

 鞘の背の部分、その双方が柄の根元を基点に折り広がる。

 背は二重になっており、横に伸びた鍔(つば)に到達すると一枚目が停止して、より長い鍔となる。残る二枚目はそのまま回り、左右が到達し重なって長い柄になる。

 背を解放した鞘から吐き出される銀色の液体。重力に逆らって一滴も落ちることなく広がり、成した形は巨大な刀身だ。形を成した理由は空気中の水分。運動エネルギーを失って凝固する水分が液体金属の温度を下げ、硬化を促す。

 液体から出来上がったとは思えないほど、艶(つや)やかで力強いその姿。戦火とも烽火とも懸け離れた月の光が僅かでも当たると生まれる光沢が覇剣の出来を示していた。

 

「しかし一つ間違えているとすれば――――この剣は不屈ではなく」

 

 凶悪そうに握る徒手空拳を持つガサラキが見上げる。

 リリオリは槍のように長く伸びた柄を握り直す。なるほど、あの凹みは通常形態で握っていた手を挟み込まないための形状か。

 感触を確かめるように振り上げ一閃。乱れもブレもない。液体である刀身の中で揺れる動くこともなく、勢いに負けて形状が変わることもない。両手で握ることは出来ないが、片手でも十分に扱える。

 体勢を整え、マルヴィラは横に倒すように構える。

 

「最強の剣だ」

 

『上等ッッッ!!!』

 遠く離れた空で二つの力がぶつかるのを感じ取りながら、“リース”は世界を見渡した。

 どこもかしこも戦の火が挙がり、一方は推し進め、一方は気圧され白旗を揚げて頭を地に付ける。そして残されたモノは殺気と憎悪の槍に貫かれて消えていく。

 儚いものだと思う一方、これが強者と弱者の連鎖なのかと納得する。

 グーテルモルグが語った屈辱の時代では、ヒトとカレラの連鎖は逆転していた。戦闘において、一騎当千に等しい破壊力を持つカレラにとってヒトは言葉のとおり無力、力の無い存在だった。数だけが多くて、カレラのような力は一切持ってなく、しかし故にこの世界の頂点に立っていた。

 だからだろうか。過去のカレラがヒトを滅ぼそうとするような行動をしていたのは。

 もっとも、確認は不可能。所詮は過去の思想であり、しかも残されているわけではない。真実は歴史のゴミ屑の中に埋もれて消えてしまった。

 だが、ここにあるのは不確かな過去ではなくて現実と現在の双方。過去と比較する動作も不要で、今必要な終焉を持ってくればいいだけのことだ。

 

「――――――」

 

 無言。

 ただ遠くを見つめるだけで舞っていた二体の現象具現体が大きく羽撃いた。別ち合うように離れていったフウビとスイドは別々の大陸に到達し、巨躯の脅威を振るい始めた。

 翼を撃つだけで、舞う火の粉は風に運ばれて地上だけでなく空中すらも焼き上げていく。

 突然の異邦人に各地に展開していたグーテルモルグ混合部隊は驚愕し攻撃を受け、すぐに反撃に転じたが、フウビの身体は風と火だ。実体のない存在への攻撃は意味はなく、砲撃は全て通過して夜空に散る。

 ならばと、時限式にしたミサイルを放ち、無い実体内で爆発する。

 衝撃を孕んだ火炎はフウビを消し飛ばしたが、その勢いは止まるどころか、放射状に拡散して焦土と化していく。焦げ茶色に変わった大地の遥か上空で、一瞬の間のうちに風と火は再び鳥の形を成して部隊を壊滅させて通り過ぎていった。

 スイドも同様だ。

 海洋から大陸に移っても泳ぎ続けるその巨躯を、軍隊が攻撃するも着弾するのは自国の大地のみだった。

 地中を泳いで今は当たらないでいても、いずれは呼吸のために出てくる。その時機を見計らって撃ってくる砲弾がスイドに突き刺さる。痛い、と咆哮するのを見て軍隊は喜んだだろうか、降って来る巨体に絶望したか、それとももっと別のことを考えていたのかは分からない。

 地上に着水したスイドは戦車やその乗組員たちを巻き込み、爆発すら見せないで彼らは消えていった。

 二体の勢いは止まらない。

 世界から送られてくる情報が“リース”の五感を刺激し、二体の現象具現体が感じる情報を共有する。

 そこから生まれる感情は“無”。ただの何も生まれることもなく、何も感じることもない。彼女からすれば、これは作業なのだ。ただただ世界を終わらせるための作業。古くなった建物を取り壊すのと同じ感覚でリースは世界を傍観していた。

 

「――――――………!」

 

 見上げていたはずなのに、海面にアルものを見つけた。

 今の“リース”が覚醒した場所で、その衝撃で発生した水柱が輸送艦を沈めた、何もない海の真ん中。何も浮んでこないと思っていたが、一つだけ、予想外のものが出てきてしまった、とでも言うべきか。

 浮んでいるのは男だった。力なく浮ぶ男に意識がないのか、微動だにしない。輸送艦などの破片にしがみ付くわけでもなく、上半身が僅かに出ているだけで、揺れる波に身を任せていた。

 否。意識がないのではなく、死んでいるのではないか。

 それを確かめようとしたのか、はたまた興味本位なのか、それとも感情の一種なのか分からないが近づいてみる。感情が乏しくなった彼女にとって、舗装された道路の上で走るアリをしゃがんで眺めるのとようなものだった。

 だったのに、この男は数十匹いるうちの知りもしない一匹のアリなどではなく、

 

「ソーイチ…」

 

 この世で独りしかいない、横にいることを許した存在だった。

 

「何やってんだか、この馬鹿女は」

 

 しかも生きていた。

 

「…よく生き残れたわね」

 

「偶然だろ。でも、身体中は痛いし、動かす気力もない。堕ちる一歩手前だろうな」

 

 そう、と唇が動く。

 

「残念ね」

 

「何がだ?」

 

「あのまま死んでいれば、こうして見送ることもなかったでしょうし。誰かを見送るのはこれで二度目だけど、辛いものね」

 

「何言ってんだか」

 

 ソーイチの言うとおりだ。この二度目の見送りは、他でもないリースが惹き起こてしまった結果の副産物のようなもの。“リース”が自身を責めることはなくても、彼女が言う言葉ではない。

 

「で、この世界はどうなるんだ? お前なら行末くらい分かっているんだろ」

 

「…ヒトによって幻詩卿(げんしきょう)が破壊された。これは単に、私の魔力が暴走と覚醒をするだけでなく、世界そのものが崩壊へと向かっているの。フウビとスイドの生誕もその切欠でしかないわ。終焉を終焉として終わらすための部品、とったところかしら。勿論、私という存在もね」

 

「お前を暴走と覚醒をさせる必要があったのか? 終焉、終わりなんて極端な話、この星が割れました程度でも十分だろ」

 

「理由をつくるためよ」

 

「理由を、つくる?」

 

「終焉というのは、自然的なものではなくて人為的なものなのよ。自然的な終わりには必ず始まりも付いてくる。食物連鎖が一番喩えやすいものかしら。自然は破壊と創造を一つの循環(サイクル)として機能させているからね。でも、ヒトが行う終わりにはそれがない。物であっても、使うだけ使えばそれで終わり。使った後の再生を考えない一方通行。循環ではなくて消費と云った、身勝手なものよ。だからこそ、終焉という絶望は人為的ではなくてはいけないの」

 

「分からないな。経由がどうであれ、結果が同じならば無駄な工程でしかないだろ」

 

「工程は大事よ。結果が同じでも、工程が変われば結果の意味も変わる。ヒトの死も、自殺か、他殺か、寿命を全うしたかによって、そのヒトの価値が変わるように」

 

「それは、その死を他者がいて初めて決定するものだろ。世界の終わりだなんて、自然的だろうと人為的だろうとその結果は誰も見れないんだから変わりないだろ」

 

「言ったはずよ。工程は大事だ、て」

 

 ふうと、一呼吸。

 

「自然的な終わりには、還るための力が息吹いているの。再び繁栄を望む、ほんの微かな力だけどね。五衝輪理論(ごしょうりんりろん)なんてその最たるものじゃない。相生(あいおい)と相克(そうこく)の関係は世界の構造そのものよ。でも、人為的な終わりというのはそういう循環はなくて、ただの一方通行の絶望なのよ。終わることに全てを費やし、戻ることも還ることも考えない。だから終焉というのよ」

 

 今まで繁栄してきた四極元理論は世界を構成する材料を明確にしただけの理論だ。そこからヒトが流れを読み取って世界の仕組みを解明した未完成な部品説明書に過ぎない。 

 相生もなければ相克もないそれを、よくヒトは認めたものだと“リース”は少し感心すると同時に呆れてしまう。

 そこまで説明すると、ソーイチは黙って見つめてきた。

 昔から変わらない力ない、しかし色のない瞳で。そして、ふと笑った。

 

「…やっぱり分からないな。昔から、たまに何言っているか分からない時があったけど、今日ほど訳が分からないのは初めてだ」

 

 何故、彼が今笑うのかが分からなかった。

 楽しいわけでも、嬉しいわけでもないだろう。理由のない笑みに疑問符を浮かべながら、言葉を付け足す。

 

「ヒトが私たちのことを“魔王”と呼ぶのも、あながち間違いではないわ。魔王という固体も、世界を征服するのが目的ではなくて、世界を終わらせるのが目的だからね。そういう意味では、私はその魔王の頂点ね」

 

「なら、お前を倒せば世界は救われるのか?」

 

「無理ね。世界の救出は魔王が事を起こす前に倒すから出来るのであって、事が起きてしまった後に私を倒してもそれは単なる自己満足か八つ当たりで終わるのが関の山よ」

 

「そうか。ならもう一つ…その人為的な終焉を迎えるためにお前だった必要はあるのか?」

 

 難しい質問だ。しかし回答は簡単だ。

 

「さあ、どうかしら。単なる偶然かもしれないし、時代が悪かっただけかもしれない。世界の意志や創造主といった超越した存在に聞くしかないわね」

 

「………聞くだけ無駄だった、か」

 

 諦めたように、ソーイチは見つめる双眸を閉じた。

 籠める力もなく浮ぶ身体も、もう沈み掛けている。もう時期、その身体は再び海の中に戻っていくだろう。

 その前にと。

 

「今度は私から一つ」

 

 何だ、とソーイチが双眸を閉じたまま聞き返す。

 

「一度目。何であの時、見送らなければならなかったの?」

 

 “リース”がリース・リ=アジールだった頃の疑問。まだ仲睦まじく暮らしていた三人に亀裂を生み出した、あの別れは何故起きたのか。

 

「見送らなければ、こうはならなかったかもしれないのに」

 

 輸送艦内で会った時にも訊こうとしたが、それがさらに亀裂を広げるのではないかと恐くて無理だった。

 だが、世界はもう終わるのだ。時間が限られている以上、亀裂の事など気にしていても意味はない。ならばせめて、疑問ぐらい解いておきたい。それは唯一残った、リースという固体が持った最期の残留意志だろう。

 

「リース、お前…覚えてないのか」

 

 返ってきたのは、予想外の問いだった。

 

「覚えて、いない? 何を一体―――」

 

「二度目だぞ。暴走しているの」

 

 今、自分の表情が機能しているのがよく分かる。

 “リース”になってから無駄な機能だと思っていたが、まさかここで意味を成すとは可能性すら考えていなかった。それほどまでに“リース”は驚愕していた。

 

「二度目? そんなわけないわ。もし以前に一度目の暴走が起きていたのなら、今頃、フォリカを含めた諸外国なんて吹き飛んで地図から消えているわよ」

 

「だろうな。お前のことだろうから容赦なく、痕跡一つ残さないな」

 

「分かっているなら…」

 

「でも、実際に起きたんだから仕方ないだろ」

 

 そう、一蹴された。

 開いた口が閉まらないとはこの状態を語るのだろうか。

 

「六年前、お前たちを殺そうとした馬鹿共に襲われて俺は滅多刺しで死に掛けて、それを見たお前は暴走したんだ」

 

 対して、表情に変化が全くないソーイチは懐かしむような声色を出し始めた。

 

「まぁ一瞬でその馬鹿共はチリカスになったけど、それでも止まらなかったよ。城を半壊させて出てったお前を必死に追いかけて羽交い絞めにしても、途中から駆けつけて来たガサラキすらも止まらなかった。結果的には止められたが、傷の後遺症で俺は」

 

「もう…いいわ」

 

 続く言葉が恐くて、途中で遮ってしまった。遮った先が、ソーイチが出て行った理由であり原因なのだろうと推測が立つ。

 記憶にない出来事だ。だが、そこだけが奇麗に消えていることから、おそらく真実だろう。

 ただ…、と繋げた彼の言葉をリースが疑問符を取り付けて復唱した。

 

「俺が…もう少し強ければ暴走なんてさせずにすんだのにな」

 

 そこに、その言葉に、どれだけの想いがあったのだろうか。

 “リース”の中に残っているリースの記憶の断片は、どれもが美しいと呼べる形と感情で漂っているのに、それは引き裂くように途中で終わっていた。終点に渦巻いているのは、戻れないと懐かしむ哀愁と何故と問い悩む絶望に悲観。

 ソーイチにも同じ感情が、そこには含まれているのだろうか。

 閉じられた双眸からは何も語らず、止められた口はそれ以上開こうとしなかった。

 

「もう終わった話よ。後戻りも出来ないし、分岐点も、もう存在しない」

 

「分かってるさ。それに…今更やり直すのは今を否定するみたいで嫌でね」

 

「やり直さなかった結果がこれで、もう間もなく終わるとしても?」

 

「当然、だな。それが摂理ってのじゃないのか」

 

 今を否定して過去をやり直すということは、それまで起きた喜怒哀楽すらも否定してなかったことにするということ。ソーイチが軍に入って生まれた記憶も、今ある“リース”や、紡いだ言葉も。

 これだけではない。自分たちとは全く関係ない人々の喜怒哀楽すらも巻き込んでしまう。他人を蔑ろにして、自分の幸せのためだけに逆行するのは間違っている。その逆も然り。

 世界は流れるままに流れる。そこで発生した感情は否定も肯定も出来ない。起きて引き返せない以上、受け入れ自己処理するしかない。

 彼が言った当然とは そういう意味だろう。

 ならば、

 

「これ以上、貴方が生き長らえることは今の終わりに反するということね」

 

「当然、だな」

 

 その言葉が復唱される。

 やり取りはこれで終了だと、“リース”も眼を閉じた。閉じることが終了の合図なのだとすれば、ソーイチの中ではもう終えていたことになる。それを無理に引き伸ばしていたのは“リース”のほうだ。

 随分と無理をさせていたんだな、と思う。

 だが、これで終わりなのだから構わないだろうとも思う。

 

「―――」

 

「………」

 

 互いに交わすサヨウナラは存在せず、“リース”が羽撃き舞うのと同時にソーイチの身体は海に戻っていった。

「ハァァァァ!」

 

 引き上げ、頭上高く上げる腕に続く巨大な刀身をリリオリは全力で振り落とす。彼女のために造られたと言っても過言ではないこのマルヴィラは、しかし空を切って鳴らして無情にも目標を通り過ぎた。

 舌打ちは何度したことか。舌を鳴らすたびに、また急加速と急停止の繰り返しで口の中は干乾びている。

 体力も同様にして削られ、汗も止まり、すでに底が付きそうだ。

 それでも彼女は止まろうとしない。

 

「そんな大振りが当たるわけ、ないだろぉが」

 

 掴まれた装甲がまた飛び散った。

 リリオリが搭乗するオーリスに表面の形状は残っていない。左腕は破壊されて動かず、その他の箇所の装甲も避けた瞬間を狙われて次々と剥がされていて、露出した配線やらパイプやらがまるで筋肉質のようで痛々しい。

 胸元など上から下に向かって引き剥がされて完全に破壊されていた。今リリオリの目前に広がるのはモニターではなく、露出した夜空と張り詰めた空気だ。正直、スラスターを吹かす度に直撃する突風が痛い。

 ここまで破壊したガサラキは生身で疲れの一つすら見せず、息すらも出てきて見せるのは失望の溜息だけだった。

 

―――それが気に入らない。

 

 当たるわけがないと否定され、けれどリリオリは何度も、何度でもマルヴィラを振るう。

 他に常備していた二丁のアサルトライフル「ハヴァカーテ」は海の藻屑となり、これら以外の武装は何もない。残るは装甲の硬さを武器とした徒手空拳ぐらいだが、装甲をいとも容易く剥いでしまうガサラキに対して、どれだけ意味があるのか。

 オーリスにはもう武器がこれしか残されていない。

 今の刀身を巨大にしたマルヴィラを覇剣形態と呼ぶ。通常形態である等身大の剣よりも数倍大きい刀身は力強くそびえ、月光の光沢は負けられないのだと訴え掛けてくる。

 

―――ああ、そうだ。

 

 リリオリがこの剣を引き抜き、衝き立てた時に立てた一つの決意。覇剣の名を証明するため、何よりあの男が造った剣は折れることのない最強の剣だと証明するために、目前の魔王を斬る。

 自ら立てた決意を貫き、覇剣の名を示すためにも、リリオリはマルヴィラを振るった。

 

「遅い…っ」

 

 だが、決意と現実の差は無情にも果てしなく遠い。

 振るった先にガサラキの姿はなく、次に起きた連続する衝撃に装甲が跳ねた。

 マルヴィラを立てて盾代わりにして弾雨の隙間から見下ろせば、そこに彼はいた。実につまらなそうに視線を上げる彼は飽きたと表情が語っていた。その証拠がこの弾雨だ。近接戦闘を好んで徒手空拳で戦い、笑みを浮かべていたガサラキが魔力を精製して遠距離から攻撃する行為こそが、お前にはもう興味はないという意味に等しい。

 

「随分とつまらないものに堕としたな、女。お前なら戦い方は幾らでも変えられただろうに、そんな剣だけに拘りやがって」

 

「それが何だ。私はまだ生きて、戦えるぞ」

 

「挑発ももう意味ねぇよ。味に飽きたご馳走ほど見たくないものはないだろ」

 

 弾雨の一つがオーリスに深く重い衝撃を落とす。

 

「あの時は久々の、本当に輝いていたご馳走だった。それこそ酒で誤魔化してたオレを呼び起こすに相応しいほどにな。味見味見でここまで来たが、まさか味がここまで単調だったとは。見掛けと匂いだけだったな、女」

 

「そういう貴様は食い物にすらならないな」

 

「当然だろ。俺は―――喰らうほうだからな」

 

 減らず口を、と毒づく。

 

「最後だからと、最高のご馳走を選んだつもりが粗末なつくりしやがって。これだからヒトてやつはくだらない」

 

「くだらない、だと」

 

「そうだろ。ヒトてのは個では生きていけないと知りながら、自分は個で生きていると勘違いしやがる。ソーイチもそうだ。自分は独りで何でも出来ると出て行き、けれど恐いからと軍なんかに入って僅かな居場所を求めたその結果が終焉(これ)だ。あいつが軍という群れに納まった結果、リースと再び出会ってこうなった。あの時、あのまま留まっていれば、もしくは出て行ってノタレ死んでいればこの世界は終わることはなかっただろうな」

 

「―――ならガサラキ、貴様は永遠に独りの個だな」

 

 弾雨が下から降り注ぐ中、ガサラキの表情が僅かに歪んだのが見えた。

 

「貴様は群れていることを認識するといったが、それは感覚の中での話だ。そんなことを言う貴様は、実際に人と出会い、会話を交わし、別れる意味を分かっていない!」

 

 スラスターに火が灯る。

 加速はなく、しかし耐えるその姿勢はいつでも飛び出せるように前傾姿勢。

 言われ放題で我慢が溜まっていた怒気は犬歯を覗かせ、互いの奥歯を研磨する。

 

「ヒトはいずれ自立する生き物だ。自立して新しい場所を見出す。あの時あの時と連呼する貴様のように、過去に停滞したまま流されるのとは違うからな!」

 

 ガサラキは何も言い返してこない。

 しかし、その不機嫌そうな眉間のしわはより深く掘り込まれていく。

 

「“個で生きていると勘違いしやがる”? それは貴様だろうが。人が離れ変わる事態についていけず、独り酒を飲んで自分を偽って彷徨っていた貴様が、言える言葉か!? 独りで何もかも出来ると勘違いして出て行ったのはソーイチではなくて、ガサラキ貴様のほうだ!」

 

 そう啖呵を切ったリリオリが弾雨の中、防御を捨てて構える。

 ソーイチにそんな度胸は存在しない。マルヴィラやハヴァカーテを造る要因となった新兵器の開発計画「フォス・プラン」にだって当初は無理だと困惑していたし、アルミィ・フォーカスが協力しなければ構成すらまともに出来上がらなかっただろう。

 第一、独りで何でも出来ると考えている愚か者であれば、一人寂しい窓際の整備室主任に大人しく就いているはずもない。

 

「そうかい…ならよ―――」

 

 構えた刀身と視界に広がる弾雨の先、さらには言えばガサラキの背後に一際大きな光球が出現した。

 ガサラキは何もしていない。構えもなければ、紡いだ言葉もただの接続詞。

 

「その勘違い野郎が綺麗サッパリ、この世から消させてやるよ、リリオリ・ミヴァンフォーマァ!!」

 

 それは豹変したのは、相対する女の名前を叫んだ時。

 楽しむ狂喜ではなく、リリオリと同じ怒る狂気の表情に張り替えたガサラキが光球に手を添えるように下部に滑り込ませ、振り回すように弓反りにした腕が弧を描く。軌道に沿って加速する光球が軌道を外れ、迫り出す。

 ここで退きたくはない。

 それだけは嫌だった。意地にも等しい負けず嫌いだが、退いてしまえ、あの啖呵が嘘になってしまう気がしてならない。

 退くのは嫌だ。けれど打開する策もない。マルヴィラで叩き斬ることも考えたが、まだ未完成の上に未知数過ぎた。もし仮に叩き斬ろうとして接触した瞬間、あの光球が爆発するのではないかと思うと身体が止まる。

 なのに、一箇所だけ揺れるモノがあった。

 左腕だ。振り子のように揺れるそれはすでに壊れており、その動きにリリオリの意志は存在しない。

 同様に、リリオリの左腕にも意志は通っていない。出血が酷くてすでに感覚が正しく機能していないのだ。意識下では必死に動かそうとするが、ピクリとも反応してくれない。

 オーリスはリリオリの動作に連動して動く。だが、リリオリの腕は出血多量で動かず、オーリスの腕も破壊されて動かない。

 ならばこの左腕は邪魔だと、右腕に挟んで引き千切り、迫る光球に投げ飛ばした。

 世界が静止したように止まり、閃光が走った。

 同時に留めていたスラスターの推進力を解放。迷うことはなかった。これが破られるわけがないと謳っていると、自信に溢れた台詞を吐いたのだ。

 そんな男が、自らの自信を裏切るような行為をするはずもなかった。

 

「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッッ!!!!」

 

 まだ残る弾雨に装甲を持っていかれ、その度にオーリスが揺れるが気にしない。

 白い世界の果て。

 そこに、信じられないと驚愕するアイツがいた。

 

「あの状態で破っただガァァアアッッ!!」

 

 構えようとするが遅い。

 それよりも速くにガサラキの腹部にマルヴィラを衝き立てたが浅い。さらに深くと下降は加速し、その反動で垂直に刺さった剣がガサラキの身体を進んでいく。

 噴出した鮮血がオーリスの腕を、リリオリの顔を紅く塗り直していく。この一瞬の高揚感と決死の覚悟が先行して、気持ち悪いなどと思う隙間などない。

 ふいに警報が聞こえた気がしたと思えば、その思考は冷たい衝撃に流された。

 

―――海…!?

 

 上空にいるとはいえ、高度には限界がある。

 しかもオーリスの出力を全開にして下降すれば、あっという間に海に到達するに決っていた。

 言い返せば、停止さえ忘れるほどこの一刀に賭けていたのだ。

 

―――スラスターは…止まらない…!?

 

 海面に衝突した際にでも壊れたのだろう。推進力は止まることなく、全開で闇に向かって突き進んでいた。

 しかし、この損傷の度合を顧みれば、むしろ良く動いてくれたほうだと感心する。

 このオーリスはまだ試作機。完成にはまだ程遠く、まだ満足出来る出来ではない。これが実際に乗って操縦したリリオリの感想だった。

 対し、マルヴィラは十分な出来だった。単なる剣としてなら、リリオリは使用するものとして合格点をあげてもいいと実感していた。ただ言うとすれば、通常形態で使用する剣も強化してほしかったことぐらいか。

 そして、残る心残りは、

 

―――結局、あいつには何も言えなかったな。

 

 何かしら感情はあったのだろうか。

 思い浮かぶのは疑問符だが、あったのだろうと思考するのを止めた。

 どうせもう逢えないのだと。あの男は、ソーイチは輸送艦と共に沈み、リリオリ自身も止まらないオーリスに導かれて闇に潜る。その付添い人のガサラキはまだもがいているが、

 

「また中途、半端…かよ」

 

 血を吐き捨てながら、そう口を動かした。

 不意に、闇の向こうから光が生まれた。あれは何だと、問うのは愚問と云えばいいのだろうか。

 “リース”は云った。この世界は終わると。

 ならばあれば終焉の火だ。

 ひび割れる音が静かな深海を騒ぎ立てさせながら、世界は砕け散った。


 
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