No.207302

恋姫異聞録106 -画龍編-

絶影さん

落ち着いたので投稿いたします

ご心配をおかけしました
現在家族、友人共々無事です
食料もようやく手に入るようになりました

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2011-03-20 23:57:21 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:8428   閲覧ユーザー数:6593

濃霧に空船を接近させ此方から大量の矢を奪われた事を新城に居る華琳へと伝令を送り

一体どんな罰が待っているかと頭を悩ませつつ俺達は船を更に南下させた

 

敵の速度に合わせ南下させる。その際、又同じ事を繰り返され矢を奪われるのは良いことではない

対応策として詠が直ぐに考えだしたのは後から来た無徒達が使用した馬車を矢に作り替えるのではなく

簡易的な盾を作り上げ、兵に構えさせたまま速度の速く船首に槍のような物が付いている

艨衝を魚雷のように敵船に体当たりさせるという作戦らしい

 

実に荒っぽいことこの上ない作戦だが一番効果的だと言えるだろう

空船ならば数隻突っ込ませれば即座に船を制圧することが出来

兵が多数乗っていれば予め持たせた鐘を鳴らせ、更に数隻を一気に突っ込ませる

 

戦力の逐次投入は本来下策ではあるが数で圧倒的な差がある以上それは下策とは成り得ない

しかしコレは魚雷役となる兵達は敵の矢に晒され、矢の雨を潜った先には呉の精兵が待ち受けているかもしれない

死兵のような、兵の命を駒と見た作戦

 

ただこの事を知ったのは、俺が眠りについて目が覚めてからだった

 

 

「あんた寝なくて良いの?交代制にしてあるんだし、いくら華佗の鍼を処方されたからって疲れが取れないでしょう?」

 

「知ってるだろう。俺は眠りが深いんだ呉に言った時とは違い今は戦中、それに生憎此処には秋蘭も春蘭も居ない」

 

「ゴメン、関羽達を抑え追い返す事が出来なかった僕のせい。本当は此処に霞じゃなくて

秋蘭が居たはずなんだから。だから此処から僕が」

 

「大丈夫だ、江夏までは持つさ」

 

船首に立ち、前方を双眼鏡で目視する男は此処に来るまでの数日間まったくと言っていいほど睡眠を取っていない

なぜならば本来の世界に居たときの記憶を夢のなかで反芻され続けられているからだ

定軍山で男の見る夢は己の死を以て途切れた。しかしその後、男の睡眠は改善されるわけではなく

相変わらずこの世界の皆が言う天の記憶とやらを何度も繰り返され見ている

 

その度に男は深い眠りにつき、限定された人間にしか自然と目が覚めるまで起きることが無かった

 

男の後ろで心配そうに、と言っても言う事を聞かない子供に眉根を寄せて不機嫌な顔になっている親のような

表情で見詰める詠が、ため息混じりに両手を腰に当てて振り向いた男の目の下に出来た隈を見ていた

 

「・・・」

 

しかし男からは苦笑いや弁解の言葉を聞くことは出来ず。聞いているの?と首を傾げ、片眉を釣り上げるが

男の視線は詠の後方に注がれていた

 

全く、僕の心配や言葉を聞かないで一体何に気を取られてるの?まさか後方から敵なんか来るはずは無いしと

男の注ぐ目線の先を追えば、そこには螺旋槍を持った真桜を囲む凪と沙和、そして螺旋槍を貸してくれと

真桜の持つ螺旋槍を掴む霞

 

どうやら前回の螺旋槍を使った滑空をやりたいらしく、霞は渋る真桜から槍を借り受けようとしており

凪と沙和は人が空を飛ぶなど危ない、もし真っ逆さまに落ちたらどうするのかと霞を説得しているようだった

 

詠は戦中だって言うのに何をやっていのよ。と肩を落とし深く呆れた溜息を付いていた

頭痛がしてきた頭を抱え、痛苦の表情を浮かべる詠を他所に男はスタスタと詠の隣を通り

四人の元へと歩みより、螺旋槍を握る霞の手を上から優しく握った

 

「あ・・・」

 

「真桜、良かったらどうやって滑空出来たのか教えてくれないか?それで霞も危険かどうか判断出来るだろう」

 

急に温かく優しい手に握られた霞はつい頬を染め動きを止めてしまう

武に己を注ぎ続けた霞にはそういった免疫が無いのだろう。男は頬を染める霞に軽く笑いかけ

頭を撫でれば霞は照れ隠しに笑い螺旋槍から手を放し、凪と沙和は無茶をせず

霞が怪我をすることが無かったと胸を撫で下ろし安堵の溜息を吐いた

 

男は霞が槍から手を話したことを確認すると、真桜の方を向き一つ頷く

説明を頼むと言うことらしい

 

視線を送られた真桜はニパッと白い歯を見せて嬉しそうに笑い、槍から羽を広げるから

ある程度の距離を取ってくれと指示し、四人は素直に従った

 

遠くで見ていた詠も興味があるのだろう、もしかしたら今後の戦に使えるかも知れないと

男の隣に立と、先程の痛苦の表情とは別に神剣な眼差しを真桜の持つ槍に向けていた

 

沙和と凪も霞を止めてはいたが興味があったのだろう、先程の霞のように子供のような無邪気な眼で

傘のように羽を開く真桜の螺旋槍を見つめていた

 

「ほんなら説明するで、先ずはこの螺旋槍とコレを見て欲しいんや」

 

そう言って道具袋から取り出したのは竹とんぼ。至って普通のそこら辺んで子どもが玩具として持っているものだ

 

「そんなん唯の玩具やんか。真桜の持っとる奴と見た目だけやろ似とるんは」

 

「竹とんぼと似てるなんてひどい事言うな姐さんは。此方はちゃんと穂も付いとるし、見た目も螺旋槍の方が」

 

「悪かった悪かった。そんなんよりも何で其れが飛ぶんや?いや、飛ぶのは気で何とか出来るとしても

竹とんぼってアレやろその棒のとこも回るんと違うの?」

 

螺旋槍と竹とんぼを同じように見られたのが不服だったのか真桜は頬を少し膨らませ、如何に螺旋槍が優れた

形状と機能を持っているかと語ろうとするが、話が長くなると思った霞は早々に謝り説明を促していた

 

そんな遣り取りに男達は笑い「む~」と拗ねる真桜に沙和と凪も悪いと思いつつ笑ってしまっていた

 

「しゃぁないな~。ほんならコレが何で飛ぶかは何となく想像付くでしょう?これ手で回せば風が下向きに

吹いてその風の力で自身を浮かせて竹とんぼは飛ぶ」

 

うんうんと頷く霞、そして凪と沙和に真桜は何となく発明家として説明するのが嬉しくなったのか

少し得意げに語り始め、見本とばかりに竹とんぼを飛ばして見せる

軽く飛ばした竹とんぼはくるくると霞の頭上を越した所で直ぐに落下

 

今度は道具袋から取り出すのは竹とんぼの高級品とでも言ったほうがいいだろうか

飛車と呼ばれる竹の筒に竹とんぼの棒の部分が入っており、紐を引けば筒の中の棒が手で回す

数倍の速さで回転し、取り外し可能な竹とんぼの羽だけが空に舞い上がるといったちょっとだけ

手の込んだ玩具だ

 

「あ~それって子供の時、真桜ちゃんがよく作ってた飛車なのー」

 

「ほんとだ。真桜から貰ったことがある」

 

「覚えててくれてうれしいな。アレはウチの始めての発明品やから」

 

懐かしい記憶に顔を綻ばせ手に持った飛車の紐を軽く引っ張れば、羽は先程の竹とんぼよりも

勢い良く空に飛び上がり容易く霞の頭上など飛び越えた

 

「お~!よく飛ぶなぁ」

 

「せやろ、この筒の中には歯車が入っとって軽い力でも何倍にも増やして羽を回転させるんや

絡繰に、特に歯車に興味を持ったんはこの時やったなぁ」

 

高く飛び上がり視界から消える羽を見上げながら霞は関心したように呟くと

小さい時の、自分の技術の始まりの記憶を思い出しながら真桜は手に握ったまま

の筒を霞や男達に見せ、羽を又付けると今度は羽が空に飛ばないように上から固定してしまう

 

「よお見てて」

 

そういってまた紐を引っ張るが羽は飛ばず、筒の上でただ羽が高速で回るだけ

 

「なるほど、それを大きくしただけってわけね」

 

「なに?どういう事なん?」

 

「解らない霞。真桜の持つ筒は回転しないのに羽だけ回転してる。だからそのまま大きくすれば」

 

首を捻る霞に気がついた詠は真桜の持つ筒を指さし軽く説明すれば霞は「あ!」と

軽く声を上げる。同じように凪と沙和も気がついたのか、なるほどと頷いていた

 

「そうや、ただ此のまま大きくしたんじゃ螺旋槍の柄が太くなってまう。せやから柄を回さんように

こんなふうに羽だけ回転するだけっていうんは出来んかなーって考えたら目の前にあったんや、指南車が」

 

指南車とは羅針盤が無い時代、星などではなく天候や地形の変化に左右されず正確な方向を知るため

神話のような昔に黄帝が自分の帰る方向や目的の位置を常に指し示す指南車というものが作られていた

 

真桜は指し示す方向から動くことのない特性を利用し使われている差動歯車を使用して

羽だけを回転させ、使用者の握る柄は回転させない羽の飛ばない飛車の大型版を創りだした

ということらしい

 

「ほぉ~相変わらず真桜は凄いもん作り出すなぁ。でも何でそれが危ないん?ちょーっと飛ぶだけやろ?」

 

「姐さん先刻見たやろ?飛車がアホみたいに空高く飛んでったの、姐さんの気やったらアレより勢い良く

空の彼方へ飛んでくで。ほんで力尽きた時に真っ逆さまや」

 

勢い良く飛び上がった飛車を先に見ていた霞は自分に置き換えて想像し顔を青くする

 

「でもでも、それなら何で真桜ちゃんは大丈夫だったの~?」

 

「ウチはそんなに気はでかくないし、なにより何回も練習したからな。気を絞る練習」

 

「ならば凪は真桜のように滑空する事は出来るということ?」

 

気を自在に扱い、男が瀕死であったとき華佗の背中を通して気を絞り込んだ凪ならば

真桜と同じように空を滑空できるのではないかという詠の考えに真桜は首を振る

 

どうやら気を絞り、調節するだけでは空を滑空することは出来ないらしい

 

真桜はその理由を説明するため竹とんぼを取り出し、人差し指を口の中に入れて湿らせ空にかざす

風の勢いを見ているのだろう。納得する強さの風が吹いたとき、真桜は勢い良く竹とんぼを回し

空に飛ばす

 

「あっ!」

 

飛び上がる竹とんぼに目線を追わせていた詠は声を上げてしまう

そう、竹とんぼは空に上がった瞬間よこ風に煽られ船の後方に流され河へと落下して行ったのだ

 

 

 

 

「練習したって言ったやろ?風の方向や勢いを見て、自分で調整しながらや無いとあんなふうに

風に流されて河にドボンや。難しいんやでアレで滞空したるすんの、それでもやりますか姐さん?」

 

説明を終え、改めて螺旋槍を差し出される霞は流石に無理だと思ったのだろう

一筋汗を垂らし苦笑いを浮かべて「遠慮しとく」と頬を掻いていた

 

「真桜しか使えないか、使いようによっては色々できそうね」

 

「奇襲とかにか?真桜単独で敵船に奇襲させるなんてさせられんぞ」

 

「解ってるわよ。でも、もし・・・・・・」

 

言葉を途中で区切り、詠は男を見上げる。そして意味深な目線を注ぎ

それに気がついた男は何だ?と詠に振り向けば詠はわざと目線をずらす

 

何か伝えたい、いや問いたい事があったのだろう

だがそれを詠は問うことが出来なかった

 

言葉では幾らでも言い繕えるが、実際に詠の思い描く場面に戦況が動いたとき彼はどう動くのか

彼の覚悟の強さは知っている。だがそれ以上に彼の仲間に対する想いの深さを知っている詠は

彼がどういった答えを出すのか想像することが出来なかった

 

「何を言いたいかは解らないが、皆が居るなら俺は戦える」

 

「うん・・・解ってる」

 

螺旋槍を凪が受け取り、気を調節出来る自分ならばと挑戦し

床から数センチ浮いた所で横風に流され沙和と霞、真桜が飛びつき船の縁に激突する四人を

心配し、駆け寄る男を見送りながら詠は呟く

 

「そうじゃない、そうじゃないのよ昭」

 

顔を伏せてしまう詠、貴方は仲間を捨てなければならない場面になった時

大勢の仲間の命を優先する為、定軍山で新城攻略戦で見せた韓遂のように捨て駒のように兵を扱える?

きっと貴方は其れさえ背負ことが出来るんだろうけど、自分から其れを口にすることができる?

敵を殲滅すると言った時のように、仲間に王を仲間を守るために死ねと

 

そう男の背中に心の中で問いかけていた

 

「大丈夫か?戦じゃなくてこんな所で怪我をしましたなんて言ったら華琳に叱られるぞ」

 

「あいたたた。だから無理やって言ったやん」

 

「すまない真桜。隊長も申し訳ありません」

 

絡まり眼を回す真桜達をほどきながら一人ずつ救出する男はやれやれと優しく、兄のように微笑みながら

まだ座ったままの沙和に手を貸した瞬間、体がよろけ座る沙和に倒れこんでしまう

 

どうしたことかと真桜達は男に集まるが、男は心配ないと立ち上がる

 

「ほら、だから言ったじゃない。此処からは僕に任せて寝てなさい」

 

「そうしたいが寝てしまえば情けない事だが途中で起きることができない」

 

「それよりも赤壁で役にたたなくなる方が問題だわ。僕の事そんなに信用できない?」

 

少し怒ったように眼を細める詠に男は首を振り、降参だと溜息をつく

こうなったときの詠は男の言葉を聞いてくれない、それどころか聞き分けがなければひどい目にあうのは

何時もの事だ。なにより詠に対して信用できないと言っているようなものだ

 

魏の将の中で一番に仲が良く、兵に遺品を手渡す際にでさえ駆けつけてくれた友と呼べる人物の

信頼をまた裏切ってしまうことになると、男は笑顔を作り詠の肩を叩く

 

「後は任せた。何時起きるかは解らないが起きたとき全滅してましたなんてのは無しだぞ」

 

「僕を誰だと思ってるの?あんたの軍師、雲の将よ。舞王の顔に泥を塗るような事はしないわ」

 

背を向けたまま男は手を振り、隣接する小型の船に歩を進める

 

「隊長、私がお供します」

 

「沙和も一緒にいくのー」

 

沙和と凪の申し出に男は素直に従い、小型の船に乗り移り後方の華佗の常駐する船へ向かう

ゆっくりと下がっていく船を詠は見送りながら先程の問をもう一度自分の中で問いかけていた

 

其れが出来ないならば貴方は劉備と一緒。此処は戦場、そして貴方は魏の将

華琳の部下なら現実を直視出来無ければならない。今更こんなことを心配しなければならないなんて

考えればそこまでしなければならない戦を僕は昭と経験していない

 

それとも今まで僕と出会うまでに経験したことはあるの?

 

「所で、行かなくてよかったの?一番最初に着いていくと思ったわ」

 

「ウチは何かあればコレで直ぐに隊長の所に行ける。隊長がゆっくり休めるよにウチがする仕事は此処で

敵の思うようにせんことや」

 

「そう、ホントにアイツは幸せ者だわ」

 

螺旋槍の羽をしまい肩に担ぎながら船首に移動する真桜

彼女は彼と共にあることよりも彼を守ることのみに重きを置いている

 

霞もまた堰月刀を握り、詠をチラリと見ると矢を奪われた時のようなことはないと

任せておけとばかりに得物を手に自分の持ち場である左翼の船へと移動を開始した

 

河川に三角になるように布陣をしき、左翼に霞、副官に一馬。右翼に凪達三人を置き

斥候船と陸からも斥候を放ち、船上では双眼鏡を持たせた見張りに前方を注視させつつ前進する

 

霧の濃い深夜とはうって変わり今は日も高く、気温も心地良いほどに高くなっていた

詠は船団を率いる先頭の船の船首から周りを注意深く見ていく

 

「日中の温度の上昇によって河の水が蒸発し、夜になって気温が下がり霧が発生するようね

暫くは霧に悩まされるか・・・」

 

指先を顎に当て予測される敵の今後動きを頭の中で思案していく

霧を使った奇襲、深夜にされた船を使って矢を奪う等考えつつそれに対抗する戦術を練っていく

 

腕を組み難しい顔で眉根を寄せる詠の後ろでは、無徒が直ぐに動き出せるように

完治したばかりの脚をギシギシと伸ばし動かしていく

 

「・・・常時戦場だっけ?」

 

「ええ。しかし本来ならば此の様な事はしませぬ。準備運動等、戦人に取っては恥ですからな」

 

疲れた頭を小休止させるよう、後ろで体を解していく無徒に振り向けば

無徒は己を情けないとばかりに自嘲し、頭を下げまた体を伸ばし解す

恥などで守るべきを守れぬ等と、言い訳にもならぬと無徒は思っているのだろう

 

静かに流れる河、刻々と過ぎる時。昼間は決してその姿を見せぬと言っているかのように

河の流れるままに船は進む。わざわざ少ない軍勢で昼間の見通しの良い中襲ってくるはずもなく

だがそれでも消えた二人の将の奇襲に備えつつ警戒を怠らない

 

兵の緊張が解かれぬまま日は落ち、再び霧と闇の中へ

 

「む・・・」

 

絶えず体を動かす無徒の動きが急に止まり、その目線は前方に

そして詠の側に立ち、周りを見回す

 

「どうしたの?」

 

「空気が変わりました。恐らくは」

 

無徒の言葉に応えるように見張りから伝令が無徒の元へ駆け寄る

 

「詠様、敵艦隊が此方に接近していると見張りから」

 

「同じような時間に律儀なことね。敵の規模と船の種類は?」

 

「は、前回の露橈と同型の船、規模も又同等のようですな。目視で三隻」

 

「船に人影は見える?兵が乗っているなら矢を放つわ」

 

「ええ、どうやら空船では無いようですな。どういたします?」

 

敵が姿を表す理由を予測する詠

 

同じ時間に全く同じ規模で攻撃してくるか、此方が容易に手を出せないと思っているのか兵を増強したのかしら。

消えた厳顔と魏延は居なくなったって言ってたけど何処かに潜んでいるってことは念頭に置いとかなければ駄目ね

少なく此方に向かわせて来るってことはあちらも蜀の将を鍛えようと思っているってことかしら?

 

いくら霧の中でも此方は望遠鏡がある分、敵よりも早く視界におさめることが出来る

此方との位置を測って姿をくらましながら巧いこと矢を撃とうと思っているみたいだけどそうはいかないわ

 

前回矢を放ったとき理解したけど魏兵の射程距離は秋蘭の練兵によって驚くほど伸びている

あの夜、矢の降る中空船に乗る馬鹿な軍師なんて居なかったはずよ、死ねば戦列が乱れるてしまう

だから此方の射程距離なんて測っていないし見ていない

あの時船にいたのはきっと関羽と甘寧、馬超の三人の誰かね

 

「悪いけど兵を逃すなんてことはしないわよ。鍛えるのは此方だけ、前衛は弓の用意を、目標が目視出来る

位置に来たら一斉に矢を放つ」

 

「了解いたしました。全軍伝え、弓を番え銅鑼の音と同時に放て」

 

前方の河川の霧の中からゆらりと現れる呉と蜀の旗を掲げた船。案の定、蜀の兵を鍛えるためであろうか

後方に呉の船が二隻。先頭に蜀の船が一隻此方に向かい現れた

 

船の大きさは流石露橈と言ったところか、魏の運用する艨衝よりも一回りは大きい

だが大きさは防御力の大きさ、強固さを表すように漕ぎ手を矢から守るように

櫂が付きだした部分に盾のような板が付けられていた

 

「鳴らせッ!」

 

「はっ!」

 

詠の号令で銅鑼が鳴り響き、一斉に射出される天を覆い尽くす矢の雨

前方の蜀の船は一瞬で矢に埋め尽くされ、旗は矢を受けまるで針山のようになり

重さに耐え切れず旗は河へと落ちていく

 

 

 

 

後方の呉の船は魏の動きに鼻を利かせたのか、咄嗟に後退

引くことの出来なかった蜀の船だけがその船体を流れる液体で赤く染めていた

 

「流石は呉と言ったところかしら」

 

「詠様。敵は此方に近づかないでしょう、此処はお任せを」

 

「解ったわ、蜀の船に残ってる兵を任せる」

 

「は、聖女様に勝利を」

 

敵の動きを見て反撃は出来ないと見た無徒は一瞬で攻撃に転ずる進言をし

直ぐ様、隣接する隣の艨衝へと乗り移ると兵に指示し三隻の船が凄まじい速度で

身動きの取れなくなった蜀の船へと突撃を開始した

 

「第二射構え、無徒を援護する。後方の呉の船に反撃を許すなっ!」

 

突撃を援護する銅鑼の音が鳴り響き、再度天を覆い尽くす矢の雨が放たれる

速射に近い速さで第二射が放たれた矢に後方の呉の船は応射することも出来ず

外に出ていた兵は船の内部へと引きこもり、出入口には盾を構え矢の侵入を塞いでいた

 

「続けっ、魏に張奐有りと再びこの名を轟かせてやろうぞっ!」

 

「応っ!」

 

突撃してくる無徒の船を見た蜀の兵は必死に矢の雨の中、弓を引き矢を放つが

船首に一人立つ無徒は腰から二本の刀を抜き取ると豪快な動きで集中してくる矢をたたき落とす

 

「温いな蜀の小僧ども、その程度で儂を獲れると思わないでもらおう」

 

聖女を表すような白い重鎧を鳴らし、手に持つ二つの刀をぶつけ鳴らすと咆哮のような声を上げ

鬼気迫る顔で白い髭を揺らし笑う老いた狼

 

凄まじい音を立て船首が敵の船にぶつかり刺さり込むと同時に無徒は敵船に乗り込み

手始めとばかりに血で染まる船内に残る蜀の兵を紙切れのように切り刻んでいく

 

「おのれっ、魏の畜生がっ!!」

 

影に隠れた兵から矢が放たれるが無徒は半身で避けると刀を口でくわえ

腰に着けた短刀を敵兵に投げる

 

皺と傷だらけ手から放たれた短刀は閃光のように兵の額に突き刺さり崩れ落ち

無徒は其れを確認すること無く更に敵船内へと入り込み、槍を構える兵を見て笑うと

二つの刀を握り、構え走りだした

 

船内からは悲鳴と叫び声、怒号にも似たような声が聞こえ無徒の後から入ってきた兵達はそれを

気にすること無く己の仕事を、無徒に続き船を制圧し矢を構え後方の呉の船へと攻撃を開始していた

 

「将が見当たらん、この船には乗せなんだか?それとも外か?」

 

船内を台風のように荒らし、血で染め上げた無徒は兵を引き連れ船室から外へ出れば

そこには堰月刀を構えた一人の将

 

美しき黒髪を横に結わえ、残った蜀の兵を守るように前に立ち魏の兵を切り捨てていた

 

「下がれ、関羽殿とお見受け致す。我が名は張奐、手合わせ願いたい」

 

「悪いが貴殿に付き合っている暇はない、私は兵を逃さねばならぬからな」

 

「そうは行かぬ。儂は詠様に任されてしまった。主の命は守らねば」

 

そう言うと一気に走り出し、上段から片手で剣を振り下ろす

関羽は即座に堰月刀を横に構え受け止めるが、横から振りぬかれるもう一本の刀

 

「ちいっ!」

 

まるで別々の生き物のように無徒の持つ刀は関羽に襲いかかり、防ぐだけになってしまう

刀が上から来たかと思えばもう一つは横から、横からと思えば下から

縦横無尽に剣戟が襲いかかり、しかもその一つ一つが恐ろしく重い

 

「ぐっ、主だと?曹操殿が此処に着ていると言うのかっ!?」

 

「我が主人は聖女様。月様と詠様よ、儂が従うは聖女様御両方のみ」

 

「な、何を言っている?曹操殿が主では無いならば何故此処で戦っている!?」

 

何とか襲いかかる刀を弾き、後方に飛び退く関羽は理解出来ない言葉を吐く無徒に眼を丸くしていたが

無徒は笑い、刀を構え腰を落とした

 

「貴様に言っても理解は出来ぬだろう。簡単に言えば、貴様らは我が主人の敵だというだけ」

 

董卓と賈駆が主だと言っても理解出来ぬと笑い、無徒は更に襲いかかる

旋風のように襲いかかる剣戟を弾き、いなし兵の逃げる時間を稼ぐ関羽

 

「く、昨夜の策で攻撃を躊躇うと思ったのは間違いか」

 

「貴様らの先見の明の無さには同情もできぬ。射程距離さえも頭に入れられんとは」

 

顔を歪める関羽に構うこと無く次々に刀を叩きつける無徒

しかし、上段からの剣戟が二本同時になったところを見計らい関羽はすかさず後ろに飛び反撃に転じた

 

「はあああぁっ!!」

 

「ぬぅっ」

 

船体を揺らすほどの踏み込みと同時に片手で振り上げた堰月刀が風切音を立て雷のように無徒を襲う

咄嗟に刀を十字に構え、頭上から襲いかかる堰月刀を抑えるがあまりの威力に膝を地に付きそうになってしまう

 

ぎりぎりと押し込まれる堰月刀の刃。だが額に迫る刃を無徒は笑い、刀を挟みこむようにして

堰月刀の動きを止めてしまった

 

「堰月刀がっ!?」

 

「若いな。儂の目的は兵を討つ事、安い挑発に乗りおって。かかれ敵を逃すなっ!」

 

しまったと振り向けば後ろの兵に襲いかかる魏兵。蹂躙されるか如く槍で突き殺されていく姿を見て

堰月刀を引こうとするが動きを見た無徒は口に刀を咥え柄を掴み動きを止めた

 

仲間を無残にも殺される様を見せられ怒りのまま蹴りを放つ関羽

しかし無徒は其れを避けることすらせず顔面で受け、口から血を流し笑う

 

その眼は此処から貴様を放しはしない、殺される様をゆっくりと見ていろと物語っていた

 

「ならばっ!」

 

「武器を手放し、仲間の元へ行こうなどと考えぬことだ。振り向いた瞬間、後ろから切り刻んでくれる」

 

考えを読まれた関羽は驚きと後ろで聞こえる兵の悲鳴に苦悶の表情を浮かべ

兵を救うため更に無徒に攻撃を加えようとした瞬間、目の前の無徒は体を捻り武器を放し

後方へ大きく飛び退く

 

「何をしている、さっさとこの場から退くぞ」

 

横から曲刀の一閃。微かな鈴の音と共に赤い衣を纏う甘寧の一撃

咄嗟に避けた無徒は刀を構えなおし、半身に刀を上下に構えた

 

「ふむ、赤馬か。河川の戦に優れているだけあって脚の早い船も用意していようだ」

 

無徒の視線の先には甘寧が乗ってきたであろう小型快速船の赤馬

船体の赤く塗られた赤馬は船の中で一番小さく、馬のように早いことから赤馬と呼ばれていた船だ

 

蜀の船が矢の雨に覆われた後、無徒の突撃する姿を見て関羽を救うために即座に赤馬を出したのだろう

無徒は笑を消し、前に立つ甘寧が侮りがたしと静かに構えたままじりじりと間合いを詰めていた

 

「いや、甘寧殿が来てくれたならば兵を。あの将にせめて一太刀浴びせなければ」

 

「私はお前に死なれては冥琳様に申し訳が立たないだけだ。お前なら一太刀どころか勝てる相手であろう

だが私一人では蜀の兵は死ぬぞ。それでもよければ好きにしろ」

 

逃げられる。遣り取りからそう感じ取った無徒は俊足で間合いを詰め横薙ぎを放つ

しかし刀は振り下ろされる堰月刀に船床に叩きつけられ先ほどとは逆に刀を封じ込められてしまう

 

その隙に甘寧は襲いかかる魏兵をけちらし、己の乗ってきた赤馬に生き残った僅かな蜀兵を乗せると

関羽に駆け寄り、軽く跳躍し上段から思い切り無徒の脳天目掛け曲刀を振り下ろした

 

「ぬぅっ!」

 

振り下ろされる曲刀に無徒は握る刀を手放し、後ろに転がって避けもう一本の刀を握り締め

構えるが既に関羽と甘寧は赤馬に乗り移っており、後方の呉の船からは援護の射撃が開始しされた

 

呉の船に下がりながら此方を見ている関羽と甘寧に無徒は厳しい目で返し、己の蓄えた真っ白い顎髭を撫でると

振り向きざまに襲い来る矢をなぎ払う

 

そして床に叩きつけられた刀を拾い、ゆっくりと腰の鞘に収めると突撃した艨衝を兵に引き抜かせ

兵を船内へと入らせ櫂をもたせ舵を取らせ

船が離れる姿を見た詠は更に全軍の船を前に進ませ、後方の呉の船へと射撃を開始させた

 

「此のままゆっくりと自陣へ戻る。敵の船一隻と矢を貰って帰るとしよう」

 

大声で、関羽と甘寧を挑発するように声を響かせ血で赤く染まった露橈を自陣へと進ませていた

後方では赤い小型の船に乗り悔しさに顔を歪ませる関羽と甘寧、対照的に大型の赤い血で染まった船で

悠々と自陣へ帰る張奐の姿。兵士達の眼に映る老兵の勇士、この戦いで張奐の名は再び大陸に響くことになった

双武、赤馬の張奐と

 

霧の中、赤く染まった船を見ながら詠は船首で腕を組み鹵獲した船をどう運用するか考えていた

元々の自分の策とは関係の無い船。そして突撃により大きく穴をあけた船体

 

「修理しても良いし、そのまま囮に使ってもいい。矢の材料として使うのもいいわね」

 

だがそれ以上に詠の頭の中には今回の戦い方の安定性を見ていた

 

「射撃に混ぜた突撃。此方の船は元々突撃用の船だし戦い方としてはコレが一番安定している

空船だったとしても突撃のあと銅鑼なり鐘なり鳴らして射撃を中止すれば良いし。兵が居れば

更に船を突っ込ませるのも悪くない」

 

船首で誇らしげに礼を取る無徒に笑顔を返しながら、詠は次なる戦いに向けての

水上での自分なりの戦略を固めていた

 

「兵や無徒には少し無茶をしてもらうけど、実践の練兵なんてこんな物。兵が死ぬのは当たり前

安全策ばかりとっていれば、今責めてきた蜀の船のようになる」

 

詠は振り向き、後方の男が眠る船の方へと視線を向けた

 

「起きたらなんて言うかしらね。どのみち敵に矢を奪われるなんてされた今、舐められたままだと

士気に関わる。敵に軍師が居ない今、苛烈に攻めさせて水上の戦に慣れた精兵を創り上げるには今しかない」

 

そう言って敵より大軍でありながら一気に攻めることは出来ず

敵に合わせなかればならなず、兵を無駄に死なせてしまう状況に唇を噛み締め眼を伏せて居た

 

 

 


 
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