No.207228

真白の童と亡八の鬼 プロローグ

ate81さん

ましろのわらべとぼうはちのおに。
オリジナル長編ファンタジーのプロローグ。
ある日、男が出会った真っ白な少女。雪から生まれたかのような少女を抱いて、男は駆ける。
それは未来への逃避か。それとも過去との決戦か。
――と、カッコつけたはいいが、どう続けて、どうまとめればいいかわからずに筆の進むままに書いている作品。

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2011-03-20 16:31:34 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:2621   閲覧ユーザー数:2232

 

 

 悲しい思い出ではあるけれど、あえてそれを語ろうとするなら、やはりはじまりは真っ白な雪からだろう。

一面の白、それがなによりも物語にふさわしい。

 

 

 プロローグ 死にかけの雪割草

 

 

 かすかな声が聞こえる。

 吹雪が途切れたわずかな静寂の中、必死に叫ぶ声が。

 それで俺は目を覚ます。何の音だろう、夢見心地で耳を澄ませる。

 雪が呼んでいる、そんな錯覚がおきて、俺は二階の窓を開けた。三日前からの雪で、玄関は雪に塞がれていた。窓枠に手をかけて、外に体を乗り出す。

 瞬間、目まいを起こしたかのように、目の前が真っ白になった。

 ホワイト・アウト――距離、位置、感覚、全てが消失する。もう豪雪は止もうとしているのに、雪風で辺りは何も見えなくなっていた。

 いま自分がいるのは、雪原の中、ポツンとたたずんでいるコテージ、病院から逃げてきたこの俺の住処となった場所だ。周りを覆う森の木々で作られたわりと頑丈な建物。

 暖炉があって、心休める場所であることは確かだが、もう食料が無かった。

「行くしかないか……」

 暖めておいた茶器で、紅茶を入れ、ゆっくり嚥下する。お茶だけはたくさんある。通貨でもあるからだ。

 お茶がぬるくなったあたりで、最後の一口分が残った。それを雪の上にまく。感謝の儀式というやつだ。誰に対する感謝なのか、俺は知らない。

 けれど、こういう儀式は嫌いではない。自身につきまとう意地悪な神か悪魔の顔に、ぶちまけてやる気分が心地よい。

 立ち上がり、上着を何枚も羽織る。靴を一度はき直し、そのあとオーバーシューズを履く。外へ続く扉を開けて少しためらう。

 雪の舞う空を睨み、覚悟を決めて一歩踏み出した。

 ザスゥッッ――心地よい新雪を踏む音。

 歩き出す。雪を踏みしめ、蹴り飛ばし、かき分ける。

 少し進むと、人の通った跡がある、大きな道に出た。大きな道といってもどうにか雪をどけて、人がすれ違えるようにしたぐらいで、進むのはやはり骨が折れる。

 振り返ると、さっきまでいたコテージが見えた。結構時間がかかったが、距離は悲しくなるぐらい近い。

 雪の少ない、膝ぐらいまでの積雪の道を、進む。

 ザス、ザスザス、ザックザク…………グニュッ。

「うん?」

 変な感触が足に伝わった。何か、踏んじゃった。

「……ぃた……」

「うん?」

 妙な悲鳴が耳に伝わった。下に、何かいるのか?

 足をどけて踏んでいた場所を注視する。白、白、エンドレスで白。

「気のせいか?」

 もう一度同じ場所を踏む。ギュムッ。

「ぃ……た」

「やっぱり何かいる」

 白い雪の中……まさか埋まっているんだろうか。

 ひょっとして雪の精だったりして、なんて俺らしくも無いファンタジーが脳裏を掠めた。寒さで頭がいかれたんだ。ひょっとしなくても雪のせいだ。

「あー、誰かいるのか?」

 呼びかけてみる。誰もいなけりゃ、むなしいだけだが。

 

 

「たすけてぇ」

 

 

 それはとてつもなく、途方もなく、余裕もなく、掠れて弱くて、泣きたくなるほどの馬鹿小さい声の救援要請だった。

「助けたいのは山々なんだが」

 どこにいるんだ?

 

 

「おねがぁぃ……たすけてぇぇ」

 

 

 語尾に行くほど小さくなっていく、竜頭蛇尾ってか蛇頭に鼠の尻尾って感じの嘆願。必死になってこの程度なら、よほど危険な状態だろう。

なるほど、さっき呼ばれた気がしたのはこれか。ごめんね紅茶飲んでて。

 とにかく所在を確認するため、三度同じ場所を踏む。

「……いたぃ……ぃ……」

 その泣きそうな声に、俺は『猫踏んじゃった』という歌を思い出した。猫を踏んだら死んじゃったという悲しい歌だ。誰が創ったかは忘れた。

 ともかく今足を下ろした場所の近くにいるということだ。

 埋まっているなら掘り出そうと決意した俺は、しゃがみこみ腕を下ろして雪を掴んだ――と思ったら変なものを掴んだ。そして勢いに任せて引っ張った。

 

 

「ぃ、たあぁああああ!…………」

 

 

 それは埋まっていた人の髪の毛だった。

 雪と同化して、光を反射して、輝きを放つその髪は神々しいほど――

 真っ白だった。

 

 

「だ、大丈夫か」

 白い髪に目と心を奪われ、呆然としているところに唸り声が聞こえて、俺は慌てて声をかけた。

「今助ける」

 髪の毛の位置から体の位置を割り出し、掘り進み、脇の下に手を差し込んで、力の限り引っ張りあげる。

 爆発したかのような雪の乱舞の中、彼女は着地した。

 ふわりと、白銀の髪が波打つ。

 白い肌白い服、その雪原に似た全身に一つ、火を灯したかのような、あるいは花が咲いたような赤い瞳が光る。

 凛と、透き通る、雪兎のようなその姿は、幻想的な雪の精そのものだった。

 引っ張りあげた手を離さずに、じっ、と彼女を見つめる。

 彼女も俺の視線に気づき、目を合わせる。真っ赤な目に俺の馬鹿面が映っていた。

 白い頬にはっきりと分かる赤味が少し増して、彼女はゆっくりまぶたを閉じた。

 ――どうしろってんだ。

 真正面から向かい会ってわかったが、少女の顔立ちは中々美形だった。ただ、もう少々背丈が高く、ついでに年齢もあと少し高くなければ、俺はロリコンのレッテル、幼女趣味の十字架を背負うことになる。

 目を閉じたまま黙り込んだ彼女の顔を凝視して、俺は悩む。秒数にして多分十秒ぐらい。それでも十分長い。

 どうしよう。何でいきなり目を閉じて――目を閉じて?

「死んでいる」

 違う。

「いや、気絶している」

 脈はあるからな。

「病院、病院!」

 俺は彼女を抱きかかえた。

 少女の軽さに恐怖すら覚えつつも、俺はいつのまにか風がおさまって穏やかになった銀世界をひた走った。

 

 

……続く

 


 
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