No.205822

真・恋姫無双~魏・外史伝~ 再編集完全版23

 こんにちわ、アンドレカンドレです。

 前回より時間が空いてしまい、本当に申し訳ありません。レポートやら実家帰省・・・、更には話の全面的な再構成に時間が掛かってしまいました。結果、改訂前より、大分変更されている部分がありますので、ご了承願います。

 さて、今回は涼州編です。一刀君の活躍にご期待して頂けると、幸いです。あと、お話の冒頭の内容ですが、もしかすると、人によっては快く思わないものかもしれません。この辺りについて第3者の意見が欲しいところです。

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2011-03-09 16:52:59 投稿 / 全12ページ    総閲覧数:3134   閲覧ユーザー数:2647

第二十三章~敵は涼州にあり~

 

 

 

  蜀にいた俺達の元に一人の魏軍兵が駆け付けた。どうやら、涼州方面から五胡の大軍勢が進軍して来ている

 ようだ。涼州の留置軍はその数の暴力に屈し、すでに涼州を撤退してしまったらしい。今、春蘭達が編成した

 五胡討伐軍が洛陽を出たようで、俺達にはその道中で合流して欲しいとの事だ。一難去ってまた一難とはまさに

 この事だ。当然、俺達は涼州に向かう訳だけど、そこに馬超と馬岱が同伴したいと言ってきた。しかも華琳は

 二つ返事で返して、同伴を許可した。確かに涼州は彼女達の故郷だ、地の利と五胡の戦闘の経験を考慮すれば

 決して悪くない判断だとは思うけど、よりにもよって故郷から彼女達を追いやった俺達と一緒に行動させるのは

 果たしてどうなのだろう?

 

  「翠!」

  「ん・・・?おう!小狼(シャオロン)じゃないか。見送りに来てくれたのか?」

  翠が馬に乗って成都の街門を出ようした時、その後ろから姜維(翠が彼を小狼と呼んだのは、それが彼の

 真名だからである。二人はいつの間にか真名で呼び合う仲になっていた。)が彼女の名前を叫びながら走って来た。

  「ああ・・・。それもあるが、どうしてお前が行くのだろうと思って」

  「えっ?どうしてって・・・」

  「だってそうだろ!事情の大体は俺も聞いた。そりゃ、自分の生まれ故郷が大変な事になっているから

  心配なのは分かる。でも・・・、その・・・、何と言うか」

  肝心の事を聞こうにも気まずくて口に出せないせいか小狼は翠から目をそらす。

  「・・・・・・」

  小狼が言わんとする事は翠も薄々と分かっていた。

  「・・・曹操は、涼州にけし掛けて来た。そのせいで、あたしと蒲公英は涼州を追われ、母上も死んで

  しまった・・・。だから、あたしは・・・曹操が許せない」

  「ぅ・・・」

  正直口に出したくないのだろう、話している翠の唇がふるふると震えている。小狼は一層気まずさに下を俯く。

 やっぱり聞くんじゃなかったな、と後悔する・・・。

  「・・・でも、さ。それじゃ駄目な気がしてさ」

  「・・・?」

  「あれからもう二年も経つんだ・・・。あの戦いも終わってから、涼州のこと、母上のこと、曹操のこと・・・

  あたしはそういったことをあやふやなままにして生きてきた。けど、それじゃ駄目な気がするんだ。あんたと

  桃香様を見ていたら、余計に・・・」

  「翠・・・、お前」

  「どんな事をしても曹操への怒りや憎しみが消えるわけじゃない。でもこのあやふな気持ちはちゃんとけりを

  着けて、ふっ切らないといけないと思うから。・・・だから、あたしは行くって、自分で決めたんだ」

  そう言う翠。いつの間にかその唇の震えは止まっていた。

  「・・・そっか」

  そこに黄鵬に乗った蒲公英が前からやって来る。

  「いやぁ~全く、仲が良いことで・・・そこの御二方♪」

  蒲公英はそう言って自分の口を手で隠すも、にやけた口の端が手からはみ出ていた。

  「・・・っ!」

  不意に心臓を殴りつけられた様な衝撃に小狼が声を失う。

  「な、なななななななな、なな、何いきなり、へ、へへへへ、変なこと言ってん・・・だよ!?」

  一方の翠は、顔を赤くして茶化された事への言い訳を繕うも、ひどく動揺しているせいで上手く喋る事が出来ない。

  「えぇ~、でもぉ~、お互い真名で呼び合う仲じゃありませんかぁ?ふひひ・・・!」

  そんな翠の反応に味を占めたのか、蒲公英は翠を重点的に攻めてきた。

  「ば、馬鹿・・・!そ、そそ、それは、親友として、ま、まま真名を預け合ったってわけで、そ、そそそそれ

  以上の、意味は・・・、なな、な、ないんだからなぁ!!」

  「へぇ~、そうなんですか?あ、でもぉ~お姉様の言うそれ以上って・・・どういう意味なの~?

  蒲公英、すっごく気になるぅ~。ねぇねぇ、教えてぇ♪」

  蒲公英の追求は止まらない。翠の顔面は今にも火が出そうな程に赤面していた。姉の威厳は型無しである。

  「ぅ、そ、それは・・・そう、その・・・、えぇと・・・、た、たと、えば・・・」

  言うのが段々と恥ずかしくなり、声が次第に尻ごみしていく。

  「ぅ、ううう、だぁああああああ!!何でも無い!あたしは今忙しいんだ!!先に行くぞ、蒲公英っ!!」

  そう言い残し、翠はその場から逃げる様に走って行ってしまった。

  「お前もあまりからかってやるなよ、いくら反応が面白いからって」

  翠の背中を見送りつつ、小狼は蒲公英に話しかける。

  「ふん・・・あんたもちょっと仲良くなったからって、あんまり調子に乗らないでよね」

  「(さっきまでと態度が違い過ぎだろう・・・)別に調子に乗っているわけじゃ・・・」

  「どうだかねぇ~、お姉様って外見も可愛いし、乙女成分が多いから、意外に男共から人気があるのよ」

  「ふ、ふ~ん・・・けど、それと俺が調子に乗っているのと何の関係があるんだ?」

  「あんた、馬鹿?ここまで言ってあげているのに分からないの?」

  そう言われて、小狼は頭を捻って考える。

  「・・・・・・・・・」

  少し考えて、小狼は何かを思いついた。

  「・・・あ、成程」

  「はぁ・・・、やっと分かったようね。あんたごときが」

  あんたごときがお姉様と釣り合いが取れるわけがない、そう言おうとした蒲公英だったが・・・。

  「お前、妬いてるのか・・・?」

  「・・・・・・・・」

  「・・・・・・・・」

  「全っ然、分かってないじゃない!!何それっ!?どーして、そういうことになるわけ!?」

  「あれ・・・、違ったか?」

  「け、見当違いにもほどがあるわ!第一、何で蒲公英がお姉様に妬きもきしなきゃ・・・」

  「お姉様?俺じゃなくてか・・・?」

  「え・・・?」

  蒲公英はぽかんとする。

  「てっきり、俺が翠と一緒にいるのが面白くないものだと、でも翠に妬くって・・・つまり」

  蒲公英は無表情から一気に赤面する。

  「わーーー!勝手に自己解釈するな!今のは言葉のあや!大体あんたの考えは最初から見当違いって

  言ってんでしょうがぁっ!」

  わめきながら両腕を大きく回してぽかぽか小狼を殴りつける。小狼もその攻勢に堪らず仰け反る。

  「いたたたた・・・っ!止めろ、殴るなって・・・、お前も少しは女らしくしたらどうなんだ?」

  「うるさい!うるさい!うるさい!あんたにそんなこと心配される筋合いなんかないわよ!」

  「・・・あ、そうだ。だったらこれで」

  小狼はそう言うと、ズボンのポケットに入っていた物を取り出すと、おもむろに蒲公英の前髪に取りつけた。

  「あっ!」

  「元々街の子に作ったんだが、良く似合ってるだろ?たんぽぽ同士相性が良いってわけだ」

  蒲公英は近くの硝子窓で自分の姿を確認してみる。

  「――――――っ!?!?」

  ドスッ!!!

  「ごほぉっ!」

  突然蒲公英が放った拳を鳩尾に喰らい、小狼はその場にうずくまる。

  「この、馬鹿っ!こんなことしてもあんたへの評価が変わるわけじゃないんだから!調子に乗らないでよね!!」

  まるで捨て台詞を吐くように、蒲公英は脱兎の如く走り出し、その場から離れていった。

  「ほぉ~、あの蒲公英を手玉に取るっちゅうんは、あの姜維って小僧、中々やりおるやないかぁ~」

  「う~ん、でも何だかうちの隊長みたいなのぉ~」

  先程のやり取りの一部始終を影から見ていた真桜と沙和が陰ながらに話していた。

  「あぁ~、確かにあの女泣かせっぷりは隊長に通じるとこあるな~」

  「神様、どうかあの子が沙和達の隊長のようになりませんように・・・なの!」

  

  「事態は伏義が消滅した事で急転・・・。計画を大きく変更せざるを得なくなりました、か・・・」

  伏義という、片割れを失った事で、外史削除に大きな支障をきたす事となった。北郷一刀・・・、彼という、

 最大のイレギュラーを早々に始末出来なかった結果が、このような形となって返ってくる事となった。

 もう一人の北郷一刀は女渦に任せるとして、私はこの外史の北郷一刀を始末するべくその対策に追われている。

  「そのために、様々な所に罠を設置しておく必要がありますね。女渦が寄こしてきたあれを使う良い機会です

  し・・・」

  「あ、こちらにいましたか」 

  と、そこに彼女が現れる。

  「おや、やっと来てくれましたか?それで、例の物は?」

  「こちらに・・・」

  そう言って、彼女は巻物を取り出し私に差し出す。私はそれを受け取ると、そのまま懐へと『鍵』を仕舞う。

  「ありがとうございます」

  「いえいえ。しかし、その巻物は一体何なのでしょうか?秋蘭でも、桂花さんですらも全く読めなかったよう

  でしたが・・・」

  「別に読めようが読めまいが、どうでも良いのですよ」

  「はぁ・・・、その割には随分と大事そうに懐にしまうのですねぇ?一体何なのです、その巻物は?」

  「・・・必要以上の詮索は、私の好むものではありません。例えそれが客人であっても・・・」

  「まぁまぁ、申し訳ありません。それは私が知る必要も無いものなのでしょうか?」

  「・・・・・・」

   畏まった態度でありながら、さり気なく私の様子を窺って来る。中々に強かな女・・・、やはり、自身の

  駒に任せた方が良かったでしょうか?もう一つの計画の支障が出ない様、外史への必要以上の介入を抑える

  べく、敢えてこの外史の住人を利用したのですが・・・。

  「いえ、そういう訳ではありません。ただ、私自身の個人的な事情も混じった内容でして、それ故に、

  説明するのが気が引けてしまうのです」

  何とかこの場を上手く誤魔化します。下手に不信感を与えては、後の問題になるやもしれませんからね。

  「はぁ、個人・・・的な・・・、と言いますと、日記の様な?」

  「・・・・・・」

  「まぁそうでしたの!だとすると、本当に申し訳ありません・・・、私としたら何とはしたない・・・っ!」

  彼女も彼女で、私の都合のよい方に解釈したようです。これで下手な詮索は無くなるでしょう。

  「ご理解頂けて、感謝いたします。ところで、時間の方はまだ宜しかったので?」

  「あ・・・、そうですわね!確かに、ここで長話している程、暇では無かったのでした!急ぎ、洛陽に

  戻らないといけないのでした!・・・それでは、失礼いたします・・・祝融様♪」

  そう言い残して、彼女は部屋から出て行きました。全く、伏義達もそうですが、会話というのはどうして

 こうも無駄な行為なのでしょう。・・・さて、こちらも計画を実行させるとしましょう。今頃、曹操軍はここ

 涼州へと集結してきているはず・・・、舞台と材料は大方整いました。あとは実行の狼煙をあげるだけです。

 

  成都を発ってから七日程過ぎた頃、涼州の地より少し離れた開けた場所。ここで俺達は春蘭達、洛陽組と

 合流し、足並みを整える事になっていた。

  「華琳様!!お待ちしておりました!」

  「遅くなってごめんなさい、春蘭」

  「道中で如何なさったのですか?」

  「それについては後で話すわ。桂花!」

  「華琳様、ここに!」

  「風と稟と一緒に、軍の再編成をしておきなさい。それが完了次第、進軍を再開するわよ」

  「御意!」

 

  「おーい!季衣ぃ~~っ!!」

  「あっ!翠ちゃん!それにたんぽぽも!」

  「おうっ、季衣!久しぶりだな!」

  「お二人も来たのですね」

  「ああ、何たって涼州が五胡に襲われているんだ。じっとしているわけにはいかないさ」

  「そっかぁ~、そうだよね。じゃあ、早く行って早く五胡をやっつけちゃおう!」

  「応よ!!」

  「おうっ!!」

  「というわけだから、流琉。今日はご飯たくさん作ってね♪はらが減っては・・・何だっけ?」

  「戦は出来ぬ・・・ね。分かったわ、楽しみにしていて」

  合流出来たからと言って、すぐに動けるという訳じゃない。分断された二つの軍を一つに編成し直す

 必要があるからだ。その辺りは桂花達に任せておいて、俺達は設置された天幕の中で互いの情報の交換をした。

 特にこっちは外史喰らいの件もあり、たくさんの情報を持っていたものだから、大半が俺達の情報を春蘭達に

 伝える事になった。

  「・・・成程。そんな事があったのか」

  俺と華琳から外史喰らいの話を聞いた秋蘭は一人、大体を把握できたという顔をする。

  「む、むむむ・・・」

  一方、秋蘭の横で聞いていた春蘭は一人、唸りながら眉を曲げ、首を傾げていた。

  「信じてくれるのか?」

  俺は秋蘭にこんな現実味の無い話を信じてくれるのか、恐る恐る尋ねた。

  「信じる、信じぬか・・・。問われれば、私は前者を選ぶさ。何せ、お主と華琳様がそう言うのである以上、

  それが事実なのだろう?」

  と、逆に秋蘭は俺に尋ね返す。

  「・・・ありがとう」

  俺はそれだけを言う。

  「で、春蘭・・・?」

  そして俺は春蘭の方を見る。

  「何だ・・・?」

  と言って、俺の方を見る春蘭。

  「今の話・・・、分かったか?」

  「ば、馬鹿にするな!!・・・つまり、・・・その、・・・あれだろう。・・・この国が狙われている、

  という事だろ!!」

  「「「・・・・・・・・」」」

  春蘭の返答に、俺達は言葉を失う。

  「な、何故そこで黙るっ!?」

  「・・・けれど結論を言ってしまえば、春蘭の言った通りよ。それにこんな話をすぐに全て理解しろ、

  と言う方が無理難題でしょうしね」

  と、そこに華琳がフォローを加え、春蘭を立てる。

  「ですよねー、華琳様!どうだ、北郷!!」

  と言って、ふふんと胸を張って威張る春蘭。

  「言っておくけど、華琳は別に褒めてはいないぞ」

  「な、何だとっ!?そんな馬鹿な!」

  「北郷の言う通りだ、姉者」

  「一刀の言う通りよ、春蘭」

  華琳と秋蘭の春蘭に向けられたセリフが重なる。

  「何とぉ・・・」

  二人に言われ、ショボンとへこむ春蘭。

  「それは兎も角、今は涼州の五胡をどうするか、それを優先して考えましょう」

  へこむ春蘭を余所に、華琳は話を切り替える。しかし、軍の再編成が思いのほか時間が掛かってしまい、

 進軍は明朝となった。

 

 ―――次の朝・・・

 

  「う、う~ん・・・」

  俺の顔に光が差し込む。その光が、俺に朝が来た事を鮮明に教える。

 俺は上半身を起こし、背中をピンと反り返るくらいに伸ばすと、勝手に喉の奥から欠伸が出て来た。

  「・・・って、いけない!早く着替えないと・・・、華琳に叱られてしまう」

  俺は涙を寝巻の袖で拭うと急いで、寝巻きから通常着に着替える。今日はいよいよ、涼州へと向かう。

  「っ!?・・・何だ、これ?」

  上に来ていた寝巻きを脱ぐと、その異変に気付いた。昨日までは何ともなかったはずなのにどういう事だ?

  「・・・この事は、華琳達には黙っておこう」

  驚きから生じた胸の高まりを抑えつつ、俺はとりあえず着替えを済ませる。鎧を下に着け、上に学生服を身に

 着け、最後に腕に装具を付けると、そのまま天幕の外へと出て行った。

 

  「干吉ちゃん。一刀ちゃんの体に・・・何が起きているの?」

  「・・・そうですか、ついに」

  「その様子だと、何か知っているようね?」

  「北郷殿がそうだと言うのならば、恐らく左慈の体も同様の現象が起きているでしょうね」

  「どう言うこと?」

  「代償、とでも言うのでしょうか。諸刃の剣は使い続ければいつかは己を殺すのですよ」

  「諸刃の剣・・・。それで二人はどうなっちゃうのよ、干吉ちゃん?」

  「それは・・・」

 

  進軍を再開して数日・・・、俺達はついに涼州に入った。それと同時に、華琳が心なしか元気がない。

 もしかして、馬騰の事を思い出しているのだろうか・・・?

 

―――私は今まで、私が欲しい物は必ず手に入れて来た。手に入らなかったのはたった一人・・・馬騰だけよ

 

  前に華琳が言った事を思い出す。それだけに馬騰は華琳にとって拭い去る事の出来ない存在なのだろう。

 確かその後に俺を自分の物にするとも言っていたな・・・。そして、俺は今・・・、2年という時間を隔てて

 彼女の傍にいる。・・・いるはずなのに、どうしてだろう。俺は今、とても不安で仕方がない。とても大切な

 何かがこの手から離れて行くような、そんな不安が・・・。

 

  俺はそんな思いに駆られている事なんて、周りがするはずも無く、進軍中に俺達は意外な人物に出会った。

 日が傾き始め、俺達が休眠を取るため、進軍を一時停止、野営地を建てていた時だった。

  「撫子か」

  「あら、やっぱりあなた達だったの」

  見回りの番を担当していた秋蘭は突然の訪問客、撫子と出会っていた。

  「あぁ、そういうお主こそ何故ここに?」

  「涼州から洛陽に帰る所だったのだけれど、曹魏の旗が見えたものだからもしやと思って寄ってみたの」

  「何だと?」

  「で、一体こんな大所帯で何処に行くのかしら?」

  「待て、撫子。お主、涼州は何時頃発ったのだ?」

  「え?三日程前に・・・、それがどうかしたのかしら?」

  「・・・・・・」

  秋蘭は少し黙って考え込む。

  「撫子、済まないが現在の涼州の様子を出来るだけ詳しく教えてくれないか?」

 

  「・・・ふぅ」 

  椅子に腰をかけ、項垂れたまま肺に溜まった空気を吐き出すように深い溜息をつく・・・。

 俺は秋蘭がいる場所から反対側の見張りを任されていた。これといった異常は無く、夕日が地平線より下へと

 沈もうとしていた。後ろを振りると、夜に備え、兵士達が手際良く天幕を張っていた。そこに一人の兵士が

 やって来る。

  「北郷様!見回りの交代の刻限となりました!」

  「・・・・・・」

  「北郷様?・・・如何なさいましたか?」

  はっと我に返り、俺は慌てて兵士の話に対応する。

  「え・・・、あっ、済まない。えぇと、交代の時間だっけ?」

  「はい。次は楽進様の隊に交代の報告をし、それで我々は休憩となりますが・・・」

  「・・・・・・」

  「北郷様、大分お疲れのようですね」

  兵士は心配そうに俺の様子を窺っている。

  「・・・え、そう・・・みえるかな?」

  別に疲れているわけじゃないんだが・・・、でも何だか調子がおかしいのは確かかもしれない。

  「北郷様も他の方に任を任せて、天幕の方で休まれては如何でしょうか?」

  やれやれ・・・、隊の部下に心配されていちゃ、隊長の面子が無いな。まぁ、それは今に始まった事じゃない

  けど・・・、自分で言っていて虚しくなるけど。

  「俺は大丈夫だよ。確かに成都では戦いが続いて、すぐに涼州って感じだったから、少し疲れているけど、

  それは他の皆にも言える事だろ?なのに、俺一人が仕事をさぼるわけにはいかないよ」

  「はぁ・・・」

  少し納得のいかない顔をしている。この様子だと、俺の顔は凄くひどい事になっているんだろうな。

  「・・・それより、これから休憩に入るんだろ?ここは俺が見ているから、早く凪達を呼んで

  来てくれないかな?」

  「分かりました。では、失礼いします」

  兵士は俺に一礼すると、凪達を呼びにその場を離れていった。それを見送ると、俺は近くの小さくなっていた

 明り火に巻き木をくべて、火が消えないようにする。

  「ふぅ・・・、次の戦いは涼州か・・・」

  そんな事を呟きながら、俺は今までの事を振り返ってみる。成都で伏義と戦って何とか勝てた。正和党の

 反乱も片付いて・・・まぁこれは俺が何かしたわけじゃないけど。その数日後には左慈が現れて、更に女渦が

 傀儡兵を連れて成都に現れた。それから涼州に五胡が侵攻してきた・・・。こうも立て続けに、戦いが起こる

 のも全て外史喰らいが招いた事だ。

  「外史喰らい・・・」

  元々は外史の数が許容数を超えない様、削除・調整するために露仁、南華老仙が作ったシステムだ。

 あのしょうも無いスケベでへたれの爺ちゃんがそんなものを作ったなんてとても信じらないな。それ以前に、

 途方も無い過ぎて・・・、正直中学生の妄想程度にしか想像できないでいる。俺ならまだ一応に理解は出来る

 けど、この時代の人間にてみれば、意味不明な話だぞ。さっきの春蘭みたいな反応が当然なんだよな。

  「途方も無い、話・・・だよな、本当・・・ハァ~」

  俺はまた深い溜息をついた。

  「あらあら、そんなにふか~い溜息なんかついちゃってぇ~。幸せが逃げちゃうわよ、一刀ちゃん♪」

  「っ!?貂蝉っ!!」

  突然背後から全身に寒気を伴う声が掛かり、反射的に椅子から立ち上がって後ろを振り返るとそこには

 にやにやとにやけながら俺を見る貂蝉が立っていた。

  「は~ぁい!一刀ちゃん♪愛するあなたに呼ばれて飛び出てじゃじゃーんッ!!!」

  「俺は別に呼んだ覚えは無いぞ」

  俺はこいつが調子に乗らない様に、ばっさりと切り捨てて置く。

  「あらもう、一刀ちゃんったら、いけずぅ~!素直じゃないんだからっ!」

  そう言って、貂蝉は俺に向かってキスを求める様に顔を近づけて来る。俺は横に避けて貂蝉から距離を取る。

  「うるさいよ。・・・で、今まで姿を見せないと思ったら、今になって出て来て、何しの用だ?

  俺の邪魔をしに来たんだったら、とっと帰ってくれ」

  ただでさえ、今は心配事が多いというのに、これ以上の面倒事は勘弁してほしい・・・。

  「今日の一刀ちゃん、やけに冷たいのね~ぇ。ひょっとして・・・、体の調子が良くないのかしら?」

  「・・・そう思うなら、俺の体を気遣って俺から離れてくれ」

  そう言って、俺は貂蝉に背中を向けて、離れようとした。

  「・・・知りたくない?今、あなたの体に何が起きているのか?」

  貂蝉の言葉に、俺は足を止めた。

  「・・・お前、何を知っているんだ?」

  「むぅふふふぅ~、あなたが知りたいと思っている事は・・・」

  「・・・・・・」 

  俺は周りに他に人がいない事を確かめる。

  「・・・教えてくれ」

  俺がそう言うと、にやにやと笑っていた貂蝉の顔は打って変って真面目な顔になる。

  「今、あなたの体に起きているのは・・・」

  そして貂蝉は、俺に衝撃的な事実を告げた。

  「・・・・・・・・・」

  俺は何も言わず、いや何も言えず、椅子に座り直して項垂れる。

  「・・・・・・・・・」

  貂蝉も何も言わず、悲しそうに俺を見下ろしていた。

  「・・・治す、方法は無いのか?」

  「ある事にはあるけれど、今のままではどうする事も出来ないわ」

  「どうすれば、いいんだ?」

  「・・・外史喰らいの暴走を、止めるこぉと♪」

  「それが出来れば、何とかなるのか?」

  「そうしない事に、方法は無いらしいわよ」

  つまり、やるしかないって事か・・・。

  「・・・この事はまだ誰にも、華琳にも言わないでくれ」

  「それが一刀ちゃんの望みなら・・・ね」

  そう言って、貂蝉はいつものにやけ顔に戻った。

  「北郷ぉ!北郷っ!!いるなら返事しろ!!」

  重い空気をぶち壊すかのように、向こうの方から春蘭の大声が聞こえてくる。

  「春蘭?ここだ・・・!俺はここだ!!」

  俺は椅子から立ち上がると、手を振って自分の居場所を春蘭に教える。

  「おぉ、ほんご・・・っ!?」

  俺に気が付き、俺の方を見た春蘭は強張った表情に変わる。・・・あぁ、もしかして俺の後ろにいる貂蝉が

 目に入ったのか?そう思っていると。春蘭は物凄い勢いで俺の所にやって来た。

  「き、貴様は・・・、いつかの肉達磨!!何故貴様が北郷と一緒にいる!」

  顔を真っ赤にしながら春蘭は声を荒げて喋る・・・。一方、貂蝉はそんな春蘭を見て、嬉しそうな表情で

 腰をくねらせる。

  「あぁらぁ、春蘭ちゃん!ひっさしぶりじゃないの~!常連のあなたが最近来てくれないから、

  どうしちゃったのかと心配していたんだ・か・らっ!」

  語尾を強調する貂蝉。春蘭のこめかみに血管が浮かぶのが見て分かった。

  「誰が常連だ!?誰がっ!第一、勝手に私を真名で呼ぶな!!叩き斬るぞっ!!」

  春蘭は腰の剣に手をかける。

  「きゃぁ~!!助けて、一刀ちゃ~~ん!!」

  そう言って、貂蝉は俺の背中に隠れる。こいつ、春蘭で遊んでいるな・・・。

  「それより春蘭、俺を呼び来たんだろ?何かあったのか?」

  後ろの貂蝉はスルーして、春蘭が俺を呼びにきた理由を聞く。

 

  春蘭の話によれば、撫子さんを来ているそうだ。俺は春蘭と一緒に華琳達がいる天幕の中へと入った。

  「華琳様、北郷を連れてまいりました」

  「ありがとう、春蘭。・・・一刀」

  「ここにいるよ」

  華琳に呼ばれ、春蘭の後ろからひょっこりと出て顔を見せる。するとその場には華琳の他、秋蘭、軍師三人

 季衣、流琉もいあわせていた。

  「お久しぶりです、一刀様」

  撫子さんは相変わらずの頬笑みで俺に一礼する。

  「うん、久しぶりだね。まさかこんな場所でまた会えるなんて思っていなかったよ」

  「そうですねぇ~」

  「・・・それで、撫子・・・今の涼州の様子についてもう一度聞かしてくれるかしら?」

  そう言って、華琳は話が逸れる前に口を挟んで撫子に説明を求めた。

  「はぁ・・・、話す事と言いましても、それ程大して話す事では無いと思うのだけれど・・・」

  そう言いながら、困った感じに撫子は話し始めた。

  「別にこれと変わった事は無かったわねぇ。私が訪れた町も目立った争いもありませんでしたし、いつもの

  感じでしたとしか・・・」

  「ちょっと待て!どういう事だ・・・、涼州には五胡の大軍勢が押し寄せているのではないのか!?」

  撫子の話を聞いていた春蘭は声を荒げて自分の持っていた情報を突撫子にきつけた。

  「そう言われても、実際にそんな話は聞いていないのだけれど・・・、何かの間違いではない?」

  「私達の受けた報告が誤報だとでも言うの?それは少し無理が無いかしら?」

  今度は桂花が口を開き、撫子の意見に反論する。確かに桂花の言う通りかもな、五胡の大軍勢が侵攻・・・

  なんて、そんな報告が全くの嘘っていうのはさすがに急過ぎる気がする。

  「そもそも五胡についての報告はどういった経緯で得られたものなのかしら、桂花?」

  そこで華琳が情報の整理という意味を兼ねて、桂花に説明を求めた。

  「報告が入ったのは、今から十二日前の事です。涼州の駐在軍出身の兵卒によるものでした」

  「その兵卒は今どこに?」

  「報告直後に突然苦しみだしまして、運び込まれた病室でそのまま息を引き取りました。医師の見立てでは

  胸に受けていた傷が原因だと」

  「・・・偽りの報せを届けた兵士がそのまま還らぬ者になったと言うわけね。その兵士の身元は分かって

  いるのかしら?」

  「それが・・・検死担当者いわく、遺体の損傷がひどく身元断定が困難だそうです」

  「損傷がひどい?」

  「城に入城した時点で既に戦闘を行ったと思われる傷が多数あったため、それが遺体の腐敗を促進させた

  ものかと思います」

  「・・・・・・」

  桂花の報告を聞いた華琳は困った顔で黙り込んでしまう。

  「何だか・・・、色々とびみょ~ですね、春蘭さま」

  今までの話を聞いていて感じた事を春蘭に言う季衣。

  「むむむ・・・、一体どっちの話が本当なのだ?」

  首を傾げながら、春蘭はむむむとうなり続ける。

  「ちょっと待ちなさい、春蘭。私が嘘を言っていると思っているの?」

  「・・・、私はお前をそういう女だと思っているからな」

  むすっとした顔で春蘭は撫子に返答する。何か意味深な発言だが、どういう事だ?

  「まぁ、ひどい。私がいつそんなひどい事をしたと言うのかしら?」

  「何を!一体どの口が言うんだ!鶏肉ばかり食べていると三歩歩く度に物忘れするとか、雷が落ちた時に

  へそを出していると雷にへそを取られるとか、貴様のしてきた事を言えと言われればいくらでも言えるぞ!」

  「(そんな話を真に受けたお前もどうかと思うぞ!?)」

  そんな嘘を言う方も言う方だが、そんな嘘に騙される方も騙される方だな・・・。

  「・・・そろそろ話を戻しても良いかしら?」

  と、しばらく黙っていた華琳が口を開いた。

  「こ、これは失礼しました!華琳、どうぞ!」

  春蘭は慌ててびしっと元いた位置に戻ると、華琳は少し呆れ気味に溜息をついた。 

  「しかし華琳様、一番に気掛かりなのは涼州に五胡がいない・・・と言う事です」

  稟は華琳にそう告げる。確かに稟の言うとおり、街に五胡がいないというのは意外な事だ。

  「ですが、亡くなられた兵士さんの事を考えますと、少し不可解ですね~。死に方も気になりますし、

  何よりその兵士さんがどこでその情報を手に入れたのかも気になりますねぇ」

  と稟の横にいた風がも口を挟んでくる。確かに誤報と片づけるには、腑に落ちない点があるのもまた事実だ。

  「・・・今はまだその事について結論をつけるのは早計でしょう。何より、もうじき夜になってしまう。

  動くのであれば、明朝。明日、改めて今後の方針を立てましょう。それまでにあなた達には撫子のくれた

  情報を踏まえて、もう一度考えをまとめておくように、良いわね」

  「「「御意」」」

  桂花達は華琳に一礼をする。

  「撫子。あなたも疲れているのでしょう。今日は天幕でゆっくり体を休めて置きなさい」

  「ありがとう、華琳。では私はこれで・・・」

  華琳にそう言ってその場から歩きだす撫子さん。俺の横まで来ると、彼女は足を止めて俺の顔を見てくる。

  「あら、一刀様・・・随分とお疲れの顔ですね」

  「え、そうかな・・・?」

  俺、またそんな顔をしていたのか。そう思って、手で自分の顔を確かめる。

  「お疲れでしたら、一緒にお休みになりませんか?同じ天幕の下で」

  「え・・・。それって、あなた・・・」

  誘っているのか、この人・・・そう思っていると、撫子さんは俺の腕を手に取ってさり気なく、その豊満な

 胸の合間に挟んで来る。うぅ・・・、いかん、この感触に俺の顔がついついにやけてしまう。

  「撫子っ!」

  華琳の一喝に俺も思わずびくっと反応してしまう。

  「きゃー、助けて一刀様ー」

  そう言って、俺の背中に隠れる撫子さん。この人、華琳で遊んでいるな。

  「・・・まぁ、とりあえず、だ。流琉、悪いけど撫子さんを天幕に案内してやってくれないか?」

  「はい、分かりました。では撫子様、こちらです」

  流琉は撫子と一緒に天幕を出て行く。

  「ふふっ・・・どうやら、彼女に気に入られたようだな、北郷。今度は如何様な手で陥落させたのだ?」

  そう言いながら秋蘭が俺に近づいてくる。

  「全く・・・、お前と言う男は節度が無いにも程があるなっ!」

  「春蘭、俺は別に何かしたってわけじゃ・・・。」

  「まぁ、そんな節度の無い男に気を許してしまったのだよな、姉者は?」

  「一言余計だ、秋蘭!!」

  「華琳も華琳だよ。あの人も冗談でやっているだけなんだし・・・」

  「冗談?あなたは彼女が冗談だけで言っていると思っているのかしら?」

  「・・・違うのか?」

  「まぁ・・・、あなたに言った所で仕方のない事でしょうがね、魏の種馬さん?」

  「・・・・・・」

  最後に華琳の言葉に俺は何も言えなくなってしまう。そんな時だった。

  「ん・・・?」

  「どうしたの、一刀?」

  「何だか外が騒がしい?」

  天幕の外から妙に騒がしい声が聞こえて来るのが分かる。何かあったのか?

  「・・・確かに、何かあったのか?」

  春蘭は一足先に天幕の外へと出て行ったので、俺達も後を追いかけて天幕を出ていく。

 

  「うわぁあああっ!?」

  「ひぃ、ひぃいいいっ!?」

  恐怖に混乱し、多くの兵士が武器を捨て逃げる。先程までの平穏はその人とも動物とも区別のつけない、

 一つの巨体の介入により、一瞬に不穏へと姿を変えた。その巨体の主は混乱する中をその強靭な蹄を使い、

 自身の倒すべき敵を求め、そしてその存在を誇示するがために迷いなく駆け抜ける。双戟を携え、障害となる

 ものを片端から薙ぎ払って行くのであった。

  「一体何があったのだ!?」

  混乱する陣内、春蘭は現状況を把握できずにいた。分かる事は、今この陣内で何かが起きていると

 言う事だけである。春蘭は近くにいた兵士達を呼び掛ける。

  「お前達、一体何があったと言うんだ!」

  だが、その兵士達も春蘭と同じく、何が起きているのか分からず、彼女の疑問に答えられずにいた。

 その一方で、向こうから混乱による兵士達の悲鳴と怯声が聞こえ、その声々も次第にこちらへと近づき

 つつあった・・・。

  「春蘭!」

  一足遅く天幕から出てきた一刀が春蘭に声を掛ける。それに反応し、春蘭は一刀の方に顔を向ける。

  「ぐぎゃぁああああああっ!!!」

  その断末魔と共に天幕の向こうより飛び出す、いや吹き飛ばされてきたのは一人の兵士。胸に大きな傷を

 負い、即死の状態で一刀達の前で横たわる。二人は当然、その兵士の遺体に目がいく。敵襲か、と春蘭が口に

 出そうとした時、それは天幕の向こうより現れた。

  ドォオオオンッ!!!

  その地面を揺るがす程の足踏み、その巨大な蹄の形を地にくっきりと付けながら、その巨体を堂々と見せつけ

 ながら、鮮血の滴るその双戟を振るいながら、それは天幕の向こうより現れた。

  「な・・・・・・っ!?」

  その姿に春蘭を口を開けたまま、言葉を失い、自身の驚愕を表情で見つめる。その場に居合わせていた兵士は

 腰を抜かし、体をこわばらせ、その場から離れる事が出来ない。

  「・・・・・・ッ!」

  標的を捉え、それは自慢の四本の足で地を蹴る。突進ともいえるその外見に似合わぬ初速度にて、春蘭との

 距離を一気に縮めていった。

  「春蘭!何やっているんだ!?」

  「・・・!?」

  一刀の声でようやく我に返った春蘭ではあったが、その時にはそれとの距離が二歩三歩程まで縮まっていた。

  「姉者ぁ!!」

  秋蘭は姉に手を伸ばす。だが、その手が届くより先にそれは戟を振り上げた。

  「春蘭っ!!」

  ドンッ!!!

  「うわっ!」

  咄嗟に誰よりも早く動いていた一刀。春蘭を乱暴に突き飛ばし、それの軸線上から退かす。が、代わりに

 一刀がその線上に立つ事となってしまう。

  ブゥオンッ!!!

  振り上げられた戟は曲線を下方に大きく描き、一刀の体を上へと打ち飛ばした。横腹部に戟の柄が直撃、

 メキメキと音を立て、一刀は血反吐を吐きながら、彼女達の頭上を容易く通り過ぎていった。

  「一刀っ!」

  流れ星の如く速さで、闇夜へと消えていく一刀の姿を目で追いかける華琳。そしてその横をそれは通り抜け、

 彼の後を追いかけていくのであった。

  「ほ、北郷・・・っ!!」

  「にいちゃぁああああああんっ!!!」

  一刀の身を案じ、春蘭達もそれの後を追いかけようとした。

  「華琳!!大変や、奇襲や!!」

  だが、それを馬に乗る霞によって遮られる。そして険しい顔で奇襲の報告をする。

  「馬鹿者!それはすでに分かっておる!!今、北郷がそやつに・・・!」

  「一刀が?・・・一刀がどないしたって言うんや!?もう五胡の連中が侵入したたんかいな!」

  「ちょっと待て!?五胡だと・・・、一体どういう事だ!」

  「どない事も何も、そら向こうさんも馬鹿やないんや、奇襲の一つもやってくれ・・・」

  「違う!いいか、霞!五胡は最初からいないのだ!」

  「はぁ!?何の話や!!夜で向こうさんを発見するのが遅れてもうたんや!もうじき接敵するで!」

  「っ!?!?!?い、一体どうなっているんだ!いったい・・・、一体・・・?!」

  霞の話で春蘭の頭は完全に混乱し、頭を抱えてしまう。

  「落ち着きなさい!春蘭!!」

  「・・・!す、すみません・・・華琳、様・・・」

  華琳の叱咤で春蘭は我に返り、ようやく落ち着く。状況を整理するべく、華琳は霞に今の現状を急ぎ伝えた。

  「何やて!それで一刀は大丈夫なんか!?」

  「大丈夫、とは言い切れないわね。少なくとも、非常に危険な状態である事は確かな事よ」

  「そうです、華琳様!早くを北郷を・・・!」

  「待ちなさい、春蘭!・・・凪、五胡の軍勢は今どうなっているのかしら?」

  「向こうさんは北西にだいたい四里先まで近づいてきておる!夜で暗かったせいで発見が遅れもうた!

  済まん、華琳!」

  「戦闘は避けられないわね。霞、応戦の準備は?」

  「今凪達に大急ぎでやらせとる!後、翠と蒲公英達は遊撃隊として動いてもらっとるで!!」

  「上々よ。あなたも大分指揮が型にはまってきているようね」

  「そりゃ、ありがとさんな」

  「では華琳様!早く北郷を・・・!」

  「待ちなさい、春蘭!」

  一刀を助けに向かうべく、走りだそうした春蘭の腕を掴む華琳。

  「か、華琳様!?」

  「今のあなたはひどく混乱している・・・、そんな状態で十分な戦いが出来ると思っていて?」

  「そ、それは・・・!」

  「自分の失態で一刀を危険な目に合わせてしまった・・・、あなたはそれを負い目に感じているのは分かる。

  けれど、気持ちだけで戦いは出来ないの。それは、あなたでも分かる事でしょう、春蘭?」

  「・・・・・・・・・はい」

  「春蘭さま・・・」

  季衣は春蘭の側に駆け寄ると、手をぎゅっと握る。春蘭も落ち着きを取り戻し、華琳は指示を出す。

 春蘭、季衣、秋蘭は部隊を率いて凪達と共に五胡の迎撃、桂花、稟、風は華琳と共に迎撃部隊の後方支援を

 するよう、的確に指示をする。

  「・・・そして霞、一刀の保護はあなたに任せるわ」

  「よっしゃ!任せとき!絶対、うちが守ったるで!」

  「敵の正体は不確定・・・、深追いは禁物よ」

  「分かっとる。勝てへんと思ったら、一刀を後ろに乗せて一目散に逃げたるわい!」

  「それで結構。・・・では、作戦開始よ!!」

  「「「「「「御意っ!!!」」」」」」

 

  ドサァッ!!!

  「が、は・・・っ!!」

  どれくらい宙を飛んでいたのだろう・・・、あの化け物の攻撃をまともに貰ってしまった。数秒くらい、

 意識が無くなっていたかもしれない・・・。そしてようやく地面が見えてきたと思えば、そのまま固い地面に

 叩きつけれられる。全身が痛い・・・、あばらが何本か折れているかもしれない。ゆっくりと呼吸をしながら、

 辺りの様子を確認してみる。夜の星空と三日月以外の明かりは無く、辺りはほの暗い闇に包まれていた。

  「・・・ッ!」

  俺は横たわる体を無理やり動かし、その場から離れる。

  ドガァアッ!!!

  さっきの巨体が上華から落ちて来る。あの固い地面を容易く砕き、地の形を大きく変えてしまう。

 あの化け物の重さが良く分かる・・・。

  「はぁ・・・、はぁ・・・、はぁ・・・!」

  寸前で避けたのはいいけど、横腹が痛い。息をするともっと痛い。向こうは俺を悠然と俺を見下ろす。

 下は馬、上は人・・・、馬の体に、人間の上半身がくっ付いているようなその異様な姿。それはまるで

 ギリシャ神話にでてくるケンタウロスのような・・・。そんな事を考えていると、向こうは戟を振り上げた。

  ブゥオンッ!!!

  「うわぁッ!!」

  慌ててその攻撃から逃げる。肺に空気を一気に入れたせいでまた痛くなったけど、そんな事を言っている

 場合じゃない。振り下ろされた戟は空を切る音を鳴らせるが、俺の背中を軽く掠る程度で済んだ。

  「うぁっ!」

  だが、逃げる途中で足がもつれて、転んでしまった。俺は急いで奴の姿を確認する。すると、奴は戟の

 先端を俺に向け、突いてきた。

  「・・・・・・っ!!」

  ガシィッ!!!

  無意識に、俺は両手で白刃取りしていた。戟の先が俺の喉元の数センチ前で止まっている。

  「くッ!」

  ガッゴォッ!!!

  戟の柄の部分を力の限り蹴り上げ、戟を俺の前から退ける。そして戟を蹴った右足を頭より上まで上げ、

 その勢いを使って後転、一気に立ち上がると、俺は急いで距離を取って体勢を整える。さっきまで攻勢だった

 奴は攻撃の手を止め、俺の様子を窺っている。この間に痛みを無双玉の力で緩和しつつ、身構えつつ、俺は

 何とか打開策を探る。今、俺は武器になりそうな物を持ち合わせていない。こんな事ならいつも刃を

 携帯しとくんだった。それとも、剣道だけじゃなくて、格闘技の一つでも習っておいても良かったかもな。

 そんな事を思いながら、向こうとの距離に注意していると、奴は俺との距離を一定に保ちながら、俺の周りを

 歩き始める。

  「・・・・・・・・・」

  一周、二周、三周・・・と円を描くように歩いていたと思えば・・・。

  「・・・ッ!」

  バッ!!!

  飛び出す様な勢いで駆け、俺に突き向かってきた。

  ブゥオンッ!!!

  突進に合わせ、奴が放った戟の攻撃を側転でかわす。一回転して身体の方向を変え、奴の姿を確認する。

 奴はすでに方向を変え、もう一度こっちに向かって来る。今度は両腕を振り上げ、双戟で仕掛けてきた。

 双戟による左右からの挟み攻撃。左右には避けられない、どうする・・・。

  ブゥオンッ!!!

  ブゥオンッ!!!

  「後ろ・・・、いや、前!」

  怖いけど、恐怖に敢えて抗う、怯みそうな後ろ足から前へと踏み込む。逃げ腰になっちゃいけない。逃げを

 見せれば自分を追い詰めてしまう。

 ドガァッ!!!

  「ごふ・・・!」

  相手の間合いに入り、反撃しようとした。けど、俺の喉に衝撃が加わった。向こうはただ右前脚を少し

 動かしただけだ。奴の前脚の膝の出っ張り部分が俺の喉にめり込んだ、それだけの事だ。おかげで呼吸が

 一瞬出来なくて、パニックになる。そんな俺に左前脚から繰り出された蹴りが俺に追撃ちをかける。

  ドガァッ!!!

  あの大きな蹄の先が俺の腹に食い込む。食道から喉元にかけて嘔吐感が一気に駆け上がるも、吐く事も

 許さない。さっきと程じゃないが、またも身体ごと吹き飛ばされ、その勢いで地面を転がり回る。

  「が、がはっ・・・、ごほっ・・・、ごふっ・・・!」

  口の中は鉄の味と、胃液の味が混じった不快な臭いで満たされる。俺、力・・・使っているよな?

 それで、こんなに痛いとか・・・くそ、これなら真桜に早く鎧の直して貰っておけば良かったな・・・。

 ・・・このままじゃやばいかも。

  「一刀に何やらかしとんねん、怪物ぅ!!!」

  ガギィイッ!!!

  その聞き覚えのある関西弁、霞か・・・。馬に乗ったまま奴に渾身の一撃をお見舞いしてくれた。

  「・・・ッ!」

  思わぬ事だったか、奴は体勢を崩し・・・はしなかった。

  ブゥオンッ!!!

  すかさず霞に反撃する。

  「ちぃっ!」

  馬を巧みに操り、寸前で避ける。戟の刃に切られた前髪を散らせ、霞は奴から距離を取る。

  「全く、何ちゅう固さや!うちの一撃がきいとらんっていうんか?!」

  「し、霞っ!」

  俺は急いで霞の元に駆け寄った。

  「一刀、まだ生きとってくれたか!」

  「あぁ・・・、な、何とか」

  「あいつ、めっちゃやばい気がする。後ろに乗れるか!?」

  霞は左手を俺に差し出してきたから、俺はその手を取って、霞の馬に乗った。

  「よっしゃ、そんじゃうちにしっかり捕まってな!」

  そう言うと、霞は奴とは反対の方向に馬を走らせた。

 

  「蒲公英!お前は皆を連れて真桜の方に加勢しろ!」

  「分かった!姉様、気をつけてね!」

  蒲公英は同じ隊の兵達を連れて、右方の劣勢にいる真桜隊の元へと向かった。

  「さぁ、来な!ここはあたし、錦馬超が相手だ!悪党は悪党らしく、あたしの槍でぶっ飛ばされやがれ!!」

  ブゥオンッ!!!

  五胡の兵士達に決め台詞に合わせた演武を見せつける翠。四方を囲んでいるにも関わらず、五胡兵は翠から

 距離を取り、攻撃に移る事が出来ない。

  霞が一刀を連れ、麒麟より逃走を決意した頃、華琳達、魏軍は月下、何処からともなく出現した五胡軍と

 対峙、迎撃戦を展開していた。最初は奇襲にて劣勢状態であったが、ようやく五分と五分にまで戦況を押し返し

 ていた。しかし、何故ここに存在しない五胡の軍がいるのか、そもそも撫子の言う通り、涼州に五胡が侵攻して

 いないのか・・・、その答えは今だに誰一人として見いだせてはいなかった。

 

  「にしても、一刀、身体大丈夫なんか?」

  霞は心配そうな声で俺に声を掛けてきた。

  「あぁ、霞のおかげで休む時間が出来たから・・・」

  「休んだって、ほんの少しやろう?」

  改めて自分の体を確かめてみる。胸や喉はもう痛くはないし、切傷やかすり傷とかも治っている。少し体力も

 回復した様な気がする。流石に服の汚れや傷までは無理の様だけど・・・。

  「無双玉、さまさまだな」

  「へぇ~、ほんま便利なもんなんな」

  心なしか、霞の声のトーンが低くなった気がする。何か変な事でも言ったか?

  「ど、どうか・・したのか?」

  「ん?いや、別に・・・ただ何か、今の一刀がちょいと面白くないだけや」

  「面白くないって・・・」

  「前みたいな今一つ頼りない感じの方がうちは好きやったんやけどなぁ~って思うてな」 

  「・・・・・・」

  複雑な気持ちだな、自分でも薄々はそう感じていたけれど、具体的に言われると・・・。

  「だからて、今の一刀が嫌いってわけやないで!男前な一刀も格好えぇ!ただちょっと、今と昔の感じに

  違いがあり過ぎて、変な気分になっとるだけや」

  霞なりに気遣ってくれているようだ。

  「そっか・・・ありがとうな、霞」

  「お、おう!・・・当然やろ?あっははははは!」

  後ろにいるから顔が良く見えないけど、少し照れくさそうに笑っているようだ。そうこうしている間に

 ようやく野営地の明かりが見えてきた。ここまで来ればもう・・・。

  「・・・っ!霞、左から来るぞ!」

  「何ぃっ!」

  ブゥオンッ!!!

  「うわぁ!」

  「くぅっ!」

  間一髪、左からの攻撃をギリギリの所で避けてくれた。突然の回避行動で体勢を崩した馬を制御する霞の腰に

 しがみつきながら左後方を振り返る。そこには双戟を振りかざし、俺達を潰そうと凄まじい勢いで追撃してくる

 奴がいた。

  「一刀!このまま奴を振り切るで!」

  そう言って、霞は馬の速度を上げる。奴との距離が少し開いたけど、奴はその距離も難なく縮めてきた。

  「霞!追いつかれてるぞ!」

  「分っとる!せやけ、これ以上は無理や!!これがこいつの限界なんや!!」

  「くそぉ・・・!」

  じわじわと距離を詰めて来る。このままだと、また攻撃を喰らってしまう。

  「・・・霞!」

  「化け物が、うちを・・・舐めんなぁっ!」

  霞は何か考えがあるみたいだ。すると、突然、馬の速度が下がる。結果、俺達の横を奴が通り過ぎ、俺達の

 前へと飛び出した。奴も速度を落とし、そのままUターン、双戟を構え、こっちに向かって来る。

  「でやぁああああああああああああっ!!!」

  偃月刀を両手で構え、霞は奴との距離を詰めていった。

  ガッゴォオオオオオオッ!!!

  すれ違いざまに互いの得物がぶつかり合う。そして再びターンをして、もう一度攻撃を仕掛けていく。

  「おりゃぁああああああっ!!!」

  ガッゴォオオオオオオッ!!!

  刃のぶつかる轟音に散る火花・・・、どっちも引けを取らない攻撃だ。

  「っつぅー!何ちゅう攻撃や!一撃の重さが半端ないで!」

  「霞、大丈夫か!?」

  良く見れば、霞の右手首が赤く腫れて上がっている。無理をしているのか・・・。

  「・・・済まない。俺のせいで・・・!」

  「へへ、一刀にここまで心配して貰えるなんて、役得やで・・・!」

  「霞ッ!」

  俺の心配を鼻で笑って茶化す霞につい大声を出してしまった。

  「分かっとる!・・・ここで退く訳にはいかないんや!一刀は守るって、華琳の前で言ったんや!

  ・・・手首が痛いなんて弱音、吐くわけにはいかないんやぁあああっ!!!」

  ガッゴォオオオオオオッ!!!

  偃月刀の振るう度に霞が顔を一瞬歪めるが、すぐさま馬を操り、方向転換して奴に向かって行った。

 すると、向こうに動きがあった。背中に回されていたのか?リミッターを解除すると言わんばかりに、更に

 もう二本腕が解放された、その手には背負っていた二本の戟を握り締めて。

  「4本の腕に、4本の戟・・・!?さすがにやばいぞ!」

  「・・・・・・・・・」

  「・・・霞!?どうしたんだ!!」

  返答が無い霞の肩を揺らして、こっちに意識を向けさせる。

  「あれは・・・、あの、戟は・・・まさか!?」

  「・・・?おい、何だ!一体どうした!」

  「くそぉ、何であいつが、恋の方天画戟を持ってんねん!?」

  「な、何だって・・・!?」

  恋って、確か・・・呂布の事だったか?どうしてここで彼女の名前が・・・?そんな事を考える間を霞は

 くれなかった。馬の速度を上げ、奴へと突っ込んでいく。

  「お前・・・恋を!一体どないしたんやぁああああああああああああああああああっ!!!」

  霞は明らかに冷静さを欠いている。これはまずい展開になってきた。

  「待て、霞!このまま突っ込むのは危険だ!冷静になれ!!」

  だが、霞は俺の話に耳を貸さない。そして奴は四本の戟を振り上げ、俺達に向かって来た。

  ガッゴォオオオオオオッ!!!

  そして、霞の偃月刀と奴の四本の戟が交差した・・・。

 

  「でやぁああああああっ!!!」

  キュィイイイイイインッ!!!

  螺旋槍で突貫する真桜。立ちはだかる五胡兵達を蹴散らし、確実に数を減らしていく。先程まで劣勢にあった

 ものの遊撃隊の蒲公英達の加勢により、他の隊と足並みを揃える事が出来た。

  「こっちもようやく押し返し始めたようやな・・・」

  「李典将軍!」

  そこに隊の兵士が何か慌てた様子で駆け寄って来る。

  「どないしたん?」

  「敵軍後方より、増援の影を発見!・・・黒尽くめの兵団です!」

  黒尽くめの兵団、洛陽、成都、建業・・・様々な戦場にてその圧倒的戦闘力を有した、女渦が作り出した

 傀儡、颯達をいつしかそう総称するになっていた。それを聞いた真桜は眉をひそめる。

  「ちょ、まじかいな!?連中、五胡と手を組んどるんかいな!」

  ただでさえ、五胡の奇襲を受けて、こちらは痛手を受けているというのに、ここにて連中の相手にすると

 考えると、真桜は苦虫を噛み潰した様な気分になった。

  「真桜さん!」

  そこについ先程、真桜達の元を離れ、後衛の支援に向かっていたはずの蒲公英が黄鵬に乗って駆け付ける。

  「蒲公英!えぇとこに来よったで!大急ぎでうちらの大将に報告してや!!」

  「何を報告するの?」

  「『敵の増援あり、黒尽くめの兵団と断定』って伝えてくたらえぇ!!それで分かるはずや!」

  真桜から伝言を承り、蒲公英は後衛の華琳達の元へと向かった。

  「真桜!」「真桜ちゃん!」

  蒲公英と入れ違いざまに、凪、沙和達が合流してきた。  

  「二人とも!」

  「真桜、大変だ!例の黒尽くめの兵団が五胡の増援として現れた!」

  「わかっとるっ!うちも確認して、華琳様にその事を伝えとる!」

  「うぅん・・・、これってやっぱり、そういうことなの?」

  「多分、沙和が思うとる通りやと思うで。偶然現れたにしてちゃ出来すぎやし、何より向こうに加勢しとる」

  「ならば、この件には外史喰らいと言う輩が関わっているのかもしれない」

  「まぁ、薄々分かっとったことやけど・・・な。さてと・・・」

  「あれ、どこに行くのなの?」

  「連中が出てきたとなると、こっちも準備せなあかんはずや。二人とも、悪いけどうちの隊が抜けた分、

  頑張るんやで!」

  そう言い残し、真桜は自分の隊を連れて、後方へと下がっていった。

 

  ガッゴォオオオオオオッ!!!

  霞の放った一撃は、奴の戟に防がれる。そして残り三本の戟が俺達に振り下ろされた。霞もそれを何とか

 防ごうと防御を取る。一本の戟は防げたけど、残りの二本までは無理だった。二本の戟は馬の体を刺し貫き、

 馬は声を上げる間もな絶命した。そして奴はその状態のまま、戟を握り締め、その怪力で俺達ごと馬を持ち上げ

 そのまま後方へと放り投げた。

  「うわぁあああああああああッ!!!」

  宙へと放り出された俺は頭から地面へと急降下に落ちる。咄嗟に頭を両腕で庇う。

  ドサァッ!!!

  地面にぶつかった反動で俺の身体は、水面を跳ねる飛び石の様に、地面の上を跳ね返った。

  「ってて・・・、はっ・・・霞!」

  打ちつけた肩をさすりつつ、俺は霞の姿を探す。少し左の方に見つけたけど、馬の死体の下敷きになって、

 気も失っていた。

  「霞・・・!」

  大きな声で霞の真名を叫んだ。だけど、起きる様子がまるでない。そうこうしていると、奴は体をこっちの

 方に向きを変えている。やっぱり体がでかいから、小回りが利かせられないのが有り難い事だけど・・・。

  「ちくしょう・・・、やられるかよ。こんな所で・・・!」

  そうだ・・・、こんな所で・・・、こんな所で・・・、こんな所で・・・。

 俺は何も考えず、後先考えず、霞の横に落ちている彼女の偃月刀を拾い上げた後、奴の気をこっちに引くために

 俺は霞から離れる。向こうの狙いは俺なわけだろう・・・、こっちの思惑通り、奴は俺の方に向かって来た。

  「・・・やられて、たまるかよぉおおおおおおおおおッ!!!」

  俺の中で何かが弾けた気がする。偃月刀を強く握り締めて、俺は奴に向かって走り出した。少し偃月刀が

 大きくなった様な気がするが、気にしてなんかいられない。ただ、奴に、一撃を叩きこむ。これだけを考える。

  「・・・ッ!」

  ブゥオンッ!!!

  先に仕掛けてきたのは、奴だった。四本の戟が俺に振り下ろされた。

  「おおおっ!!」

  走った勢いを、踏み込みに変えて、奴に飛びかかった。

  ブゥオンッ!!!

  バッゴォオオオッ!!!

  四本の戟が俺に触れる寸前で、俺の右斜めに放った振り下ろしが奴の外側の左腕を、下半身の前脚の付け根

 辺りを斬った。暗くてよく見えないけど、斬られた部分から黒い血の様な、オイルの様な液体が吹き出す。

 致命的な攻撃でさすがの奴も体勢を崩し、後ろへとよろける。

  「・・・・・・ッ!」

  何かを感じたのか様に、奴は俺に注意を配りつつ、俺から距離を取ると、慌ててその場から逃げ出した。

 追いかけようとも考えたけど、この暗さだし、霞の事もある・・・深追いは、今はしない方がいい。気が緩んだ

 途端、体から力が抜ける。

  「はぁ~・・・、今回はマジでやばかった・・・」

  大きく溜息の後、俺はあの戦った相手について振り返った・・・。次戦う時までに、何か対策を立てた方が

 良いかも知れない。伏義の時の様な運任せな戦いに頼ってはいけないものな。俺は偃月刀の柄を支えにして、

 霞の所へ戻った。野営地の方がどうなったかが気になるし、早く戻らないと・・・。

 

  その頃、五胡軍と魏軍の戦いにも変化が現れていた。颯こと、黒尽くめの兵団の介入により、前線を押し返し

 始めていた魏軍に大打撃を与える事となった。

  「秋蘭様、準備出来ましたで!」

  「良し。弓兵隊、構え!撃てぇっ!!」

  秋蘭の一声で弓兵達は前方四五度より上に向かって、一斉に火矢を放った。火を灯した矢の雨は綺麗な弧を

 闇夜に描き、五胡兵、傀儡兵達を無作為に襲う。刺さった箇所より火が一気に燃え広がり、一瞬にして火達磨に

 変える。火を消そうと、地面を転げ回る者も現れ、五胡軍の前線に大きく後退させた。誰にも刺さらなかった

 矢もまた、地面に突き刺さる事で、更に混乱を仰ぐ事に貢献した。

  「良し、今だ!全軍、突撃ぃいいいっ!!!」

  その機を逃すまいと、春蘭が全軍の先頭に立ち、混乱する五胡軍へと斬り込んでいく。その後を追って、

 魏兵達も五胡軍の前線へと雪崩込んでいった。

  「ふぅ、こうなったら、もう向こうも押し返せないな・・・」

  その光景をここより少し後方から眺めていた翠は一人声を漏らした。

  「しっかし、夜中の奇襲で・・・その上敵の増援があったっていうのに、それを跳ね返しちまうんだから、

  この大軍で大した連携だぜ」

  と、感嘆の声を漏らした。黒尽くめの兵団が出現した直後、真桜が華琳率いる後衛まで下がり、桂花の指示に

 従い、火矢の準備を迅速に行った事で被害を最小限に止め、すぐさま反撃に転じる事が出来た。そして同時に

 考える。そうか・・・、だから自分達はこいつ等に勝てなかったのか。あの時も、あの時も・・・。

 だけど、それだけじゃない。彼等にはそれ以外にも何か別のものがあるのかもしれない。それが何かは自分には

 分からないけれど・・・。

  「・・・・・・」

  翠の顔に影が入り込む。それは取り返す事の出来ないものを遠くからただ見ている様な、そんな表情。

 そしてそれはもうじき、再び自分の前に立ちはだかる事になる、自分の過去と共に。

  「姉様ぁああっ!!」

  そこに蒲公英が馬に乗って現れる。その元気な声に、翠は俯いていた顔を上げて、蒲公英に顔を向ける。

  「おぅ、蒲公英。そっちも上手くやってくれたみたいだな!」

  「へへっ、涼州までもうすぐだっていうのに、あいつ等なんかに負けるわけないんじゃない!

  そうでしょ、姉様!」

  「あ、あぁ・・・そう、だな・・・。そうだよな」

  「・・・、どうかしたの?」

  「へ・・・っ?い、いや、べ、別に・・・何でもねぇよ」

  「・・・・・・」

  「そ、それより、あたし達も後詰めに行くぞ!付いて来い、蒲公英!」

  そう言って、翠は一足先に前線へと急いで向かった。

  「あ、ちょっと!待ってよ、姉様ぁ!」

  蒲公英も先行く姉を追って、前線へと戻って行った。だが、この時、蒲公英は翠の様子がおかしい事に不安を

 抱いていた。

  

  それから数刻後、五胡軍も撤退し、野営地の再設置に取り急いでいた。俺は霞を連れ、衛生兵の処置を

 受けていた。幸い、霞は軽い脳しんとうだけで、目立った外傷も無くて一安心した。俺の方は服が汚れた

 程度で他に外傷は無い。無論、それも無双玉の力の恩恵なのだけど。治療する怪我も無いので、

 学生服の汚れを手で払いながら俺は天幕を出る。すると、そこには華琳が立っていた。華琳もさっきの戦いで

 怪我でもしたのか、なんて考えていたけど・・・。

  「一刀、私と一緒に来なさい」

  「えっ?・・・わ、分かった」

  華琳の言われた通りについて行くと、そこは華琳の天幕だった。華琳は中に入っていくので、俺も中に入る。

  「で、華琳。俺を天幕に連れて来て何する気なんだ?俺も俺で・・・」

  戦闘の直後で、皆も後処理で大変だって言うのに・・・。

  少し苛立った感じで、背中をこっちに向けたままの華琳に話しかけた。

  「・・・一刀、脱ぎなさい」

  「は?」

  いきなり何を言うのかと、華琳の言った事が理解出来ずにポカンとしてしまう。こんな時に、何を考えて

 いるんだ?どうせ脱ぐなら、落ち着いてからでも良いだろう・・・と、ちょっと桃色な妄想を抱いていた俺。

  「華琳、いきなり何を言い出すんだ。今はそんな事をしている状況じゃないだ・・・」

  ここはちょっと真面目な態度で切り返そう。そう思っていたのだけど。

  「一刀。あなた、私に何か隠しているわね?」

  俺の話を遮って話す華琳。反射的にドクンッと心臓が動く。カマをかけているわけでは無く、華琳は何か

 強い確信の上に、俺にそう言っている。

  「・・・・・・」

  俺は華琳から目を逸らす。だが、それがまずかった。その行動は、そのまま華琳の問いに対してYESと

 言ったのと同等の意味を持っていたからだ。

  華琳は早歩き気味に俺に近づくと、俺の胸ぐらを乱暴に掴み、俺を近距離から睨みつけた。

  「もう一度言うわよ。一刀、脱ぎなさい」

  「・・・・・・」

  「これは命令よ。もし、それに背くというのなら・・・」

  「・・・分かった」

  華琳の放つ覇気に観念した俺は装具、学生服、鎧、下着の順に脱いでいった。

 

  上半身に来ていた物を全て脱いだ俺は天幕の中にあった鏡の前に立つと改めて俺の体を鏡で確かめる。

  「・・・・・・」

  俺の体を見た華琳は手で口を押さえながら、一言も発する事なく黙ったまま俺を見続ける。

  「・・・・・・っ」

  俺は鏡に映る自分の姿から目をそらした。

  「・・・いつから、そんな風になってしまっているの?」

  「初めて気付いたのは今朝かな。少しずつだけど、全身に広がっているようだ」

  「・・・どうして、そんな風になってしまったの?」

  「・・・分からない。思い当たる節があるとすれば・・・」

  「あなたの体に埋め込まれているという無双玉かしら」

  「・・・」

  俺は無言で縦に頷く。

  「「・・・・・・・・・」」

  俺と華琳の間に沈黙が流れる。先に口を開いたのは華琳の方だった。

  「この事を、他に知っているのは?」

  「知っているのは、貂蝉・・・くらいだな」

  ここは正直に答える。ここで隠し事しても意味がないだろうしな。

  「今はまだここだけの話にしておきましょう。あなたも他の娘達にも黙っておきなさい」

  「分かっているよ。今はまだ、皆に心配をかけたくない」

  俺は服と鎧を着直すと、何も言わず天幕の出入り口に向かった。華琳の顔を見れなかったから。

  「一刀」

  天幕から出ようとしたところで、華琳に呼び止められる。

  「無理はしない様に・・・、いいわね?」

  「分かった」

  俺はそれだけを言い残して、天幕から出て行った。華琳の奴、本当は別の事を言おうとしたんだろう。

 口では無理するなって言っていたけど、あの顔はもっと別の事を言っていた。あんな顔を見るのは、

  あの時以来だ。

 

―――逝かないで・・・

 

  済まない、華琳・・・。俺は心の中で彼女に謝った。

 

  「ふぁ~あ・・・」

  「兄ちゃん、寝むそうだね~」

  「昨日、ちゃんとお休みになりましたか?」

  「う~ん・・・、何だか寝付けなくてな・・・」

  次の朝、昨日の事もあってあまり眠れなかった俺は季衣、流琉と一緒に軍議用の天幕に向かっていた。

 話の内容は、勿論昨夜の事だ。撫子の話、五胡の奇襲、外史喰らいの介入・・・、説明しなくちゃいけない事は

 多々ある。だが、そこは秋蘭の司会進行もあって、大分スムーズに軍議は進んだ。

  「涼州に五胡はいない・・・って、それじゃあ昨日の連中は何だっていうんだ?」

  一通り昨日の事を説明し終えると、馬超は皆が感じている矛盾を言葉にしてくれた。

  「曹洪様の話によれば、涼州に五胡の侵攻があったという話は無かったようです」

  「せやけど稟。撫子はんが出立した後で・・・てこともあるんやないか?」

  「だが真桜、それでは例の兵卒の件はどうなる?撫子様が涼州を出たのが今から四日も前、時間系列で

  考えても明らかな矛盾だ」

  「凪ちゃんの言う通りなのって、沙和も思うの」

  五胡が涼州に侵攻してきたという報告をした身元不明の兵卒が現れたのは13日前、撫子が涼州を出たのは

 4日前だ。そもそも成都で女渦の襲撃の直後に建業襲撃と涼州への五胡の侵攻・・・、いずれも偶然に起きた

 事にしては、タイミングが良すぎる。これも外史喰らいが仕組んだ事ならば一応の納得もいくけど・・・、

 だとすれば向こうの目的は何だ・・・、俺を殺す?外史の削除?昨夜のアレは大方、前者かもしれない・・・

 なら五胡は何だ?今一全体が見えてこない。

  「そっちも気になるけど、うちとしては昨日の化けモンが一番気になるんやけどな」

  頭に包帯を巻いた霞が、話の路線を変える。昨日のあの、白銀の鎧に覆われた上が人間、下が馬の怪物。

 奴の出現の直後に五胡の奇襲があったのを考えれば、繋がりがあるとみていいかもしれない。

  「結局、一刀が踏ん張ったおかげで、追い払えたんやけど・・・」

  と、そこで言葉を詰まらせた。何か言うのを躊躇っているのか?

  「あれ?どうかしたの、霞ちゃん?」

  「何かあったのですか?」

  季衣と流琉は霞の顔を覗き込んで様子を見る。すると、意を決して、その口を再び開いた。

  「・・・あいつ、どういうわけか。恋の・・・、呂布の得物、方天画戟を持っとった」

  「「えええぇっ!?」」

  そこで馬超と馬岱が同じタイミングで声を出して驚いた。

  「そ、そいつは本当の話なのかよ!?」

  「せや、うちもあいつとは付き合いは長いんや。見間違ごうはずがない。あれは確かに恋の方天画戟やった」

  「でも、もしそうなら恋はどうなっちゃったの?」

  恋・・・、呂布奉先は正和党の反乱の時に、趙雲と共に行方が分からなくなっていたはずだ。行方不明の

 人間の所有物がこんな形で出てきたとなると、考えられるのは・・・。

  「実は、その化け物がその人本人と言う事は?」

  そこに撫子が話に入り込んできた。

  「いや、さすがにそれは無いんや・・・」

  「あり得る話かもしれないな」

  撫子の考えを否定しようとした霞の話を遮る様に、秋蘭がその考えを肯定した。

  「ほ、ほんまかいなっ!?」

  「うむ、実はつい一刻程前に、周喩から伝令がやって来たのだ」

  「あぁ、さっきの兵卒の事か・・・。だが、それと今の話と何の関係があるのだ?」

  「それがあるのさ、姉者。伝令の話の中に、白銀の鎧を身に纏った怪物の事も含まれていたんだ」

  「向こうにもあんなのが現れたのか?」

  俺は確かめる様に秋蘭に聞いた。

  「どうもそうらしい。しかも、その怪物の正体が・・・行方不明となっていた趙雲子龍だったそうだ」

  「「えええええええええぇっ!!!」」

  そこで馬超と馬岱がさっきと同じタイミングで声を出して驚いた。さすがに今のは俺も驚いた・・・。

  「ほ、本当なのかよ!?」

  「うむ。戦闘後、無事保護され、その後の戦にも参加したようだ」

  「そうなんだ・・・良かった、星姉様が無事で。・・・あれ、と言う事は?」

  「あの化けもんが、恋やって可能性もあるっちゅうことやな・・・上等やないか!」

  霞は俺達に見せる様に、握り拳を作った。この様子だと霞は次あいつと戦うつもりだ、呂布を助けるために。

  「霞ちゃん、あれとまた戦う時はボクも手を貸すよ」

  季衣も霞の心の内を悟ったようで、自分も一緒に戦ってあげると励ました。

  「ああ!そん時になったら頼むで、季衣!」

  「話を戻すとしよう。今、我々が考えねばならぬ事はこれからどうするのか、その方針を定める事だ」

  「ですねぇ~、もっとも・・・むむむ、どうしたものですかねぇ」

  「何がむむむ、なのよ。華琳様に仕える軍師だって言うのにしょうがないわね」

  「では、あなたはどうなのですか、華琳様に仕える軍師殿?」

  「う、うるさわいね!そういうあなたはどうなの、稟!」

  やれやれ・・・、知の三柱がこれじゃあ・・・まだまだ時間が掛かりそうだな。そんな事を考えて、ふと春蘭

 の方を見ると、両腕を組みながら、凄くイライラしているのが見て分かる。そして軍議の雰囲気がぐだってきた

 と思った瞬間、痺れをきらした春蘭が動いた。

  「ぁあああ~~~、もう面倒臭いっ!何を迷う必要がある!倒すべき相手がいるのであれば、

  さっさと涼州に入ってしまえば良いではないか!?」

  実に春蘭らしい、単純明快な答えだ。この状況では、それがとても清々しい清涼剤になった。春蘭も春蘭で

 言いたい事が言えてすっきりとした顔をしている。そして少し間を置いて、この一瞬にして白けきった空気に

 気付く。

  「はぁ~・・・」

  桂花が敢えてわざとらしく溜息をついた。

  「全く、あんたって人間は・・・」

  そして呆れ顔で春蘭の顔を見ながら何かを言おうとした桂花だったけど・・・。

  「・・・えぇ、全く以てその通りよ、春蘭」

  「か、華琳様ぁっ!?」

  今まで、口を挟む事も無く、黙々と軍議を見守っていた華琳が初めて口を開いた。しかも、それが春蘭の

 意見に同意するって言うものだから、桂花もただ両目を丸くして驚くしかない。

  「さすが華琳様!やはり華琳様は全てを分かっておられていたのですね。それに比べて、こともあろうに

  軍師三人が寄っても、華琳様の足元にも及ばないとは・・・、情けない!」

  「「「・・・・・・・・・」」」

  春蘭の一方的な発言に返す言葉も無く、桂花達はただ黙っている。一人は悔しそうに、一人は呆れ返り、

 一人は眠たそうにしている。ここはひとまず、と俺はわざとらしく咳払いをした。

  「・・・それで、華琳。俺達にも分かるように、どういう事かちゃんと説明してくれないか?」

  「ふふ・・・っ、そうね。驚かせてしまって、御免なさいね」

  華琳は何処となく、楽しそうに皆に謝った。

  「私が考えるに、向こうは私達が涼州に来る事を望んでいるのよ」

  「は?何だよ、それ。そんな事をする必要があるんだ?」

  「翠の言う通りです。そもそも涼州に五胡がいないと、撫子様が・・・」

  「考えてもみなさい。撫子がここに来たのは、飽くまで偶然にしか過ぎないのよ」

  「あっ、そうか・・・そう言う事か」

  華琳の説明でようやく理解出来た。成程な・・、さすが華琳だな。

  「えっ、一体何がそういうことなのです?」

  横の流琉はまだよく分かっていないようだ。見渡すと、流琉以外にも分かっていないのが数人いる。

  「じゃあ、もしもの話をするわ。もし、撫子がここに現れなかったら、私達はどうしていたかしら?」

  「そらまぁ・・・、涼州に五胡が来てへんって事を知らないんやから・・・、そのまま・・・涼州に行ってた

  やろうなぁ」

  霞は両腕を組み、上を見上げた状態で、思ったままに喋った。

  「そう考えれば、例の兵卒の件や先の奇襲だって、その演出の一環に過ぎない。私達が涼州に向かう様、

  仕向けるためのね。向こうだって、こちらが撫子に出会っているなんて、考えてもいない状況だったで

  しょうしね」

  「成程・・・、確かに私達は涼州に五胡はいない、と言う事を前提に話を進めていました。それがそもそも

  間違っていたのですね」

  「そう、私達は結局の所、自分達の持つ情報で自分達の思考を縛り付けていただけ。ただ一人・・・、

  春蘭を除いてはね」

  「ふふん♪」

  何を勘違いしているのか、春蘭が得意げに胸を張っている・・・。

  「春蘭、喜んでいるとこ悪いんだが、華琳は別に褒めてはいないからな」

  「な、何だと!?そんな馬鹿なっ!」

  ま、そんな春蘭はさておいてと・・・。

  「だが、そうなると、五胡は一体何なんだ?偽物だって言うのか?」

  「そう考えるのが妥当ではないかしら?どんな手段を用いてあれだけの数を揃えたのかは分からないけれど。

  ただ、そう考えると・・・以前の五胡侵攻は今回に向けての振りだった、と考えられるわね。その後に、

  黒尽くめの兵団が洛陽に現れた訳ですしね」

  「あの時からすでにあいつ等が絡んでいたって事か・・・」

  確かに連中の力を使えば、五胡の軍を用意するのは、不可能な話じゃないかもしれない。分からない事は、

 全部外史喰らいの仕業・・・って考えるのは、少し安直な気もしなくもないけれど。

  「で、結局誰なんだよ?あたし等を涼州に来るように仕向けているのは?」

  馬超は早く答えを教えろという感じで華琳を急かした。

  「さすがの私もそこまでは分からないわ。だから、涼州に行くのよ」

  「ですが、華琳様。現段階では、敵の正体だけでなく、その居場所、その目的も今だ分かっておりません」

  「ふむ・・・、確かにそうね」

  確かに桂花の言う通りだな。華琳も軽く頷いて考え込む。

  「・・・そう言えば、撫子様は涼州には何の御用があったの?」

  そんな事を余所に、沙和は世間話をする間隔で撫子に話しかけていた。

  「今回はある御方の頼みで、ある物の配達の依頼をされまして・・・」

  「ある物・・・、何や妙に気になりますなぁ~」

  沙和に続いて、真桜も気になったようで、その話に入っていく。

  「止せ、真桜。伏せているのは、きっと個人的な事情があるのだろう。無神経に首を突っ込むな」

  凪は真面目気質から、軍議中にも関わらず二人の態度を良しと思わず、少し厳しめな口調で口を挟んだ。

  「巻物ですのよ」

  「えぇっ!?」

  だが、撫子は何の躊躇も無く依頼の内容を喋ってしまった。凪は撫子のそんな対応に、思わず声に出して

 驚いた。

  「何や、別に問題無かったやないか」

  「巻物ってどんな感じのなの?教えて欲しいの~」

  「こんな感じの、ですわ」

  そう言って、懐から取り出したのは一本の巻物。柄の無い全身黒の、黒い紐で巻かれた巻物だ。気のせいか、

 俺には少し変な感じがする。

  「っ!その巻物は・・・!」

  すると、何故か秋蘭が驚く。その巻物を知っているのか?

  「何だ、秋蘭は知ってるのか?」

  試しに俺は秋蘭に尋ねてみた。だが、秋蘭は俺の質問を無視して、撫子を問い詰める。

  「撫子!何故それをお前が持っているのだ!?」

  「何故って・・・、ですからこれを配達するように依頼されて・・・」

  「そうではない!私が言っているのは・・・、何故その巻物をお前が持っておるのかというのだ!!

  それは元々、私が所有していた巻物ではないか!」

  二人の会話が微妙に噛み合っていない。そのせいか、いつも冷静なはずの秋蘭が珍しく熱くなっているな。

  「・・・ですがこれは、元々は五胡の方々が落として行った物でなかったかしら?」

  「話の主旨はそこでは無いだろうが!」

  撫子に上げ足を取られ、秋蘭はこめかみ辺りに血管を浮かばせ、割と本気目に彼女を怒った。天然な素振りを

 見せているけれど、あの撫子の事だ、きっとわざとそう言っているんだろうな・・・、と思いつつ、俺は脇から

 少し呆れて見ていた。

  「・・・あれ?せやけど、何で撫子様がまだ持っとるんです?今の話やと、もう依頼主って人に渡したんや

  なかったとちゃいます?」

  「・・・・・・、あら?そう言われてみますと、どうして・・・私がまだ持っているのかしら?」

  真桜にそう指摘されて、撫子は少し考える素振りを見せてから、わざとらしくとぼけた感じに言っていると、

 華琳も呆れた感じで溜息を一つ吐いた。そりゃ呆れるよな・・・、と思っていたら、不敵な笑みを見せた。

  「はぁ~、全くあなたって人は・・・。『強か』という事がこの世にはあるけれど、それはあなたのために

  あるのでしょうね」

  「・・・・・・・・・」

  撫子は何も言わないけど、今ので2人の間に2人だけの空気が生まれたな。

  「あなたのこと・・・、その依頼主に不審な所があったのではなくて?」

  「・・・さぁ、単に私が渡し間違えたのかも、しれなくてよ?」

  「撫子!お前、華琳様の質問にちゃんと答えんか!」

  「止めなさい、春蘭。・・・秋蘭、その巻物とは一体どういう物なのかしら?」

  「はぁ・・・、それが私にも良く、分からず・・・。そうだ、北郷。悪いがこの内容を読んでくれないか」

  そう言って、秋蘭はその巻物を俺に渡してきた。そう言えば、前にも巻物の話をしていたっけな。

  「ん・・・、分かった」

  俺は頷くと、巻物を手に取り、紐を解いて中身を広げて見る。そこには、確かに文字が書かれている。

  「・・・・・・何だ、この文字化けした文章は」

  文字化け・・・、パソコンとかでたまに見かけるやつだな。何でそれが紙媒体の巻物で起こっているんだ?

  「ほぉ、何か知っているか?」

  「いや、これじゃ俺には何が何だか分からないよ。でも、これは明らかにこの世界も物じゃなさそうだな」

  パソコンに詳しい人間なら、何か分かるかもしれないけど・・・。少なくとも、俺には専門外だ。

  「ま、当然よね。私や秋蘭でも分からないものを、あんたごときが分かる事なんて、天地が逆さにでも

  ならない限り有り得ないわ」

  ・・・ひどい言われ様だな。そんな罵倒に耐性が付いてしまった俺自身が、少し悲しくなるよ。

  「・・・全く、軍議中に無駄な話をするなんて、非常識にも程が・・・」

  「あら、そうとは限らないわよ、桂花」

  「えっ?」

  桂花は華琳の思わぬ口挟みに、目を丸くして華琳を見た。

  「少なくとも、今の話で敵の正体について目星がついたのだものね」

  何だって?今の話の中で、敵の正体に結ぶ付きそうな所って・・・、一つしかないだろう。

  「もしかして、撫子さんの話で出てきた依頼主の事か?」

  「撫子に依頼した人物は、その巻物を必要としていた。そしてその巻物は五胡の落とした物、だったわね?」

  華琳は秋蘭に目配りをする。

  「はい、その通りです。これは、先の五胡との戦闘において回収されたものです」

  「では、何故存在するはずのない五胡の落し物を、その人物は撫子に頼んでまで欲したのか?

  今回の黒幕は五胡と裏で関わりを持っているのは明らか。その巻物は五胡に関係するもので・・・、

  そしてそれを欲するのはその依頼主」

  「つまり、黒幕と依頼主は同一人物って事か・・・」

  ここまで来れば、もう答えは分かったも同然だな。後は・・・、そいつの正体だが。

  「可能性としては十分にあり得ると、私は考えるわ。どう、撫子?」

  「・・・私に聞かれましても、せいぜいあの方がこれがなくて困っていた、という事ぐらいしか」

  華琳に聞かれ、困った感じの笑顔で撫子は答えた。最も、その笑顔はわざとらしかったけど・・・。

  「なら、その困っていたという依頼主は一体誰なのかしら?・・・言っておくけれど、この状況で隠し事は

  あなたであろうと、許しはしないわよ」

  華琳は彼女の事を見透かしている、まぁそれはこっちも同様のようだ。撫子の顔は依然笑顔のままだったが、

 その笑顔はさっきまでのちゃらけた感じではなく、何処となく底の深い、意味深なものに変わっていた。

  「・・・その方の名は、祝融。涼州の中央部を治める刺史でございます」

  「祝融・・・、聞かない名前ね。稟、この名前に聞き覚えは?」

  「いえ、涼州中央を治める刺史はそのような名前ではありません」

  「では、その祝融という人は何者なのですか?」

  「それはこれから涼州に行けば分かる事よ、流琉」

  「じゃあ・・・!」

  流琉に軽く頷くと、王の表情に瞬時に切り替え、そして全体を見渡した。

  「今よりニ刻後、進軍を再開する!敵の名は祝融!!敵は涼州にあり!!」


 
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