No.205683

Fate/for the permanent peace

kawajanzさん

『Fate/stay night』UBWトゥルーエンド後のSSです。

2011-03-08 19:29:41 投稿 / 全7ページ    総閲覧数:8439   閲覧ユーザー数:8322

 

【Fate/for the permanent peace】

 

 我々が生きるこの世界は、絶対にして不変である。しかし、我々が生き得た世界は、この世界とは別に存在している。それが「並行世界」である。

 

 並行世界とは、無限に連なる可能性の世界である。要するに、同じ時系列には属するが、全く異なる世界のことである。自分が男である、女である、金持ちである、貧乏である、幸福である、不幸である、もしくは存在すらしていない可能性、そのあらゆる可能性を内包する世界こそが、並行世界なのである。ゆえに、この並行世界は、過去・現在・未来に渡り、全ての人間が選び得た全ての運命の数だけ存在するのだ。それも、その運命というのがどこで分岐しているかは、本人でさえ分からない。我々が気づかぬ内に、世界は多様に分岐しているのである。しかしその分岐点において、我々が取れる選択肢は常に一つだけである。そして、その道を選んでしまえば、決して戻ることはできず、ただ進むことしか許されない。世界は無数に存在しているのも関わらず、我々は一つの世界に生きることしか許されないのである。

 

 

ここでとある男の話をしよう。その男という人間の運命は無数に存在する。しかし、その男の運命は一つしかない。彼が進むべき道は一つしかなく、辿り着くべき答えは一つだけである。その男は、7歳の頃、多くの犠牲者を出した大火災に直面した。目の前で多くの人々が彼に助けを求め、そして死んでいった。しかし、彼は生き残った。彼はその後、自らを魔術師だと名乗る男の家に養子として引き取られた。そして、その新しい父親の死を見届けると、彼は父の遺志を引き継ぎ、正義の味方を志す決心をする。そして年月が経ち、彼は穂群原学園の高校二年生となり、三学期が始まって間もない頃、彼は人生をも左右する事件に巻き込まれることとなる。それこそが、7人のマスターと、そのサーヴァントが、冬木市に伝わる第726聖杯をめぐって殺し合いを行う「聖杯戦争」と呼ばれる儀式である。彼は、とあるきっかけで冬木市では5回目となる聖杯戦争にセイバーのマスターとして参加することとなり、紆余曲折を経て第五次聖杯戦争の勝者の一人となる。そして彼は、この戦争の過程で、一人の女性と出会い、恋に落ちることとなる。さらに彼は、生涯正義を貫き通し、死後も守護者となって世界に奉仕し続ける己の理想が行き着いた自分の姿とも出会うが、彼は己の理想が「多数を救うために少数を切り捨てる」ような無慈悲なものに変わり果ててしまうことを許容できず、両者は衝突して、最終的に彼は、守護者となった自分に打ち勝つ。彼はこの第五次聖杯戦争を通じて、最愛の人を手に入れ、正義の味方としての己の信念と理想を再確認することができた。しかし、一方で、自身の理想が歪で、不透明なものであることを思い知らされこととなった。こうして激動の第五次聖杯戦争は幕を閉じた。そして、彼の新たなる生活が始まったのである。

 

 

 これまでの彼の人生を鑑みても、奇跡と呼ばれることは何度もあった。確かにその場面において、一つでも違う選択肢を彼が取っていたのならば、今の彼は存在しないことであろう。否、そういう選択肢を取った世界も彼の世界とは別に存在するのである。しかし、彼は数々の困難に直面しながらも、その都度答えを選択し、今の彼に辿り着いたのである。彼という人間の運命は、無数に存在している。しかし彼の辿る運命は一つだけだ。ゆえに彼は、この先の人生も、自らが選ぶ一本の道だけを信じて歩き続ける。

 

 

その男の名は衛宮士郎。

 

これは、衛宮士郎という男の、一つの可能性の物語である。

 

『Fate/for the parmanent peace』

 

【Prologue】

〈決意~side Rin~〉

 

 聖杯戦争も終わり、気づけば今日で高校二年の春休みも終わる。

 思い返してみると士郎と出会ってからまだ3ヶ月しか経っていないのに、士郎がこんなにも大切な存在になるなんて思っても見なかった。

 今は毎日が本当に楽しい。

 士郎の家に泊まって、士郎の作った朝ご飯を食べて、士郎の朝稽古を見て、士郎の作った昼ご飯を食べて、士郎と一緒に買い物に行って、士郎と一緒に夕ご飯を作って、士郎に魔術を教えて、ついでに英語も教えてあげて、あとついでにドイツ語も……って、ちょっとやり過ぎかな?でも、これから先必要なんだからしょうがないわよね。うん。そうよね………

 それで、お風呂に入って(さすがに、一人で入るわよ。だけど、たまに…。)、わたしの部屋で寝る(のは、最初の30分だけで、結局士郎の部屋に行っちゃうんだけどね。だけど、士郎ってば最近生意気なのよ。『なんだ遠坂、寂しいのか?』って、そんなこと聞くんじゃないわよ!寂しいに決まってるじゃない!!)。

 そんなこんなの繰り返しだけど、もうこれでもかってくらい、わたしは幸せです。

 はぁ、本当に3ヶ月前のわたしが、今のわたしを見たら何て言うかしらね。

 でも、しょうがないじゃない。

 今のわたしは、士郎なしでは生きていけなくなっちゃったんだもん。

 あぁもうーーー、魔術師失格だぁーーーーーーー!!!

 ごめんなさい、お父様。

 わたしもう駄目です。

 死にます。

………………

 いえ、死ねません。

 士郎を最高に幸せにするまで死ねません。

 見てなさい、アーチャー!

 士郎は絶対アンタのようにはしないわ。

 これ以上ないくらい幸せにしてやるんだから!!!

 

【6th Heaven's Feel】

〈朝の風景〉

 

現在時刻は朝の6時半を回ったところ。俺は台所で、最近はもうすっかり定番になった洋風の朝食を作ろうとしているところなのだが………

 すぅ~ふわぁ~

 猫のパジャマを着たゾンビが現れた。

「……遠坂。はい、牛乳」

「ん。……ぷはぁ。生き返るわ」

やはり死んでいたらしい。

「もういいかげん朝に慣れろよな遠坂」

毎朝同じことを言っている気がするのだが、遠坂が朝に慣れる気配は一向にない。

「なによ。魔術の研究をするのは夜中が一番いいのよ。それにアンタ、昨夜はあんなに激しく……」

ゾンビが悪魔に進化した。

「わかった。俺が悪かった。でもあまり無理するなよ」

「無理してないわよ。なんだかんだで五時間は寝てるし。それよりもアンタよ。昨日だってあの後また魔術の鍛練したでしょ」

「うっ。まぁ、そのなんだ。俺のことはどうでもいいんだって」

「よくないわよ。わたしの講義を受けているのに、その後にアンタの無茶苦茶な自主練をしたんじゃ、アンタいつか死ぬわよ」

 自主練したくらいで、死にゃしないだろ。

「いくら何でもそれは大げさだぞ。俺はただ、その日習ったことを復習しているだけだ」

「復習をするなら、わたしの見ているところでやりなさい。アンタがこのまま自主練を続けてアーチャーみたいになったらどうするのよ。髪が白くなったら、記憶が薄れていったら、口が悪くなっていったらどうするのよ。そんなことになったら、わたしは士郎を絶対に許さないわよ」

俺だって、アーチャーみたいになるのは御免被りたい。

「いや……でもさ自主練くらいは……」

「駄目!絶対駄目!今後一切自主練禁止!!」

おいおい………

「ちょっと待ってくれよ遠坂。俺は遠坂とロンドンに行って、迷惑をかけるのが嫌なんだ。だから、少しでも魔術を上達させてだな……」

「それで士郎が体を壊したら本末転倒でしょ。士郎がわたしのために頑張ってくれるのは嬉しいけど、倒れられたりでもしたら逆に迷惑よ」

 まぁ、遠坂が俺のことを気遣ってくれるのは嬉しいんだが…。

「だから、自主練は禁止!」

「いくらなんでもそれはないだろ!それに、遠坂は俺が遠坂の前で必ず魔術を行使しろというけど、いくら遠坂が俺の師匠とはいえ、魔術師としてはどうかと思うぞ。魔術っていうのは、人前で無闇に使っていいものじゃないだろ」

「えっ?」

あれ?案外遠坂動揺してるな。

「士郎、わたしのことそんな風に思ってたんだ」

ん?

「どういう意味だ?」

「士郎にとって所詮私は他人なんでしょ」

「なっ!」

「もういいわよ。士郎のことなんて知らない。自主練でも何でも勝手にしなさい!!」

くそっ。なんてことを言ってんだ、俺は!!

「待ってくれ、遠坂!俺が悪かった」

「今更遅いわよ」

「それでも、俺が悪かったよ。この通りだ。ごめん」

「別に謝らなくったっていいわよ。士郎とわたしは赤の他人なんでしょ」

そんな風に思ってるわけないだろ!!

「俺にとって遠坂は誰よりも大切な存在だ!俺にはもう遠坂のいない世界なんて考えられない!お前のことを愛している。この気持ちは未来永劫変わらない」

「ちょっ!何よ突然!」

「許してくれ遠坂。俺はお前のことを他人だなんて思ってない」

「わかったわよ。許してあげるわよ。その代わり自主練はやめなさい。どうしてもそれが嫌なら必ずわたしがいる所で自主練しなさい」

「……遠坂。わかった。自主練するときは必ず遠坂を呼ぶよ」

「絶対よ。わかってる?」

「ああ。」

「なら、誓いのキスをしなさい」

「はい?」

遠坂今、とんでもないことを言わなかったか?

「…………」

 本気なのか?

「顔赤いぞ」

自分で言って赤くなるなよ遠坂。

「アンタだって赤いじゃない」

そりゃそうだろ。

「いくら遠坂が俺の恋人でも、キスするときは緊張するんだ」

「…わたしだってそうよ」

そうつぶやく遠坂を俺は自分の胸に引き寄せた。そして、彼女の小さな唇に自分の唇を重ねた。

「んっ」

目の前にいるのは、魔術師でも、学園の優等生でもない、俺を好きでいてくれる女の子としての遠坂凜だ。遠坂のこの顔を見れるのは俺だけだと思うと、本当に幸せな気持ちに満たされる。はたして俺はこんなにも幸せでいいのだろうか。俺なんかがこんなに…

「士郎?」

「どうした?」

「今、一瞬悲しい顔したでしょ」

 さすがに女性は鋭いな。

「いや、何でもないぞ」

「今、何を思ったか言いなさい」

やっぱり誤魔化せないか。

「俺はこんなに幸せでいいのだろうかと思ってさ」

「やっぱりね。アンタの自虐ぶりは常軌を逸してるわ。幸せなら幸せに思えばいいのよ。むしろ士郎はずっと苦しんできたんだから幸せにならなきゃおかしいのよ。それに士郎の幸せはわたしの幸せでもあるの。わたしが幸せになるにはアンタがまず幸せになってくれなきゃ困るのよ」

そうだよな。詳しくは教えてくれないけど遠坂はアーチャーに俺を最高に幸せにするって誓ったって言ってたもんな。

「なんか俺って、遠坂の重みになってるよな」

「なんでアンタはそういう考え方しかできないのよ。士郎がわたしに気を使えば使うほどわたしの気が重くなるってわからない?」

「わかった。遠坂が気を使わなくてもいいように発言には気をつけるよ」

「全然わかってないじゃない。士郎は言いたいことを言えばいいのよ。アンタはずっと一人で全てを背負ってきたんでしょ。でも、今はわたしがいるじゃない。わたしに全てをぶつけてきていいの」

「そうだな」

俺はなんて幸せなんだろうな。俺は本当にこんなに………

「また同じこと思ったでしょ」

うっ。図星です。

「そろそろ朝ご飯食べないとやばいんじゃないか?今何時だ、遠坂?」

「あからさまに話逸らしたわね。まぁいいわ。今は7時よ。少しまずいわね」

「うわっ、もうそんな時間か急いで飯作るから、少し待っていてくれ」

「とりあえずわたしは顔洗ってくるわ」

「わかった」

 

〈登校〉

 

「よし。鍵も閉めたし、弁当も持ったし、行くか遠坂」

「………うん」

遠坂、やけに元気がないな。さっきまでは、いたって普通だったのに。

「どうした?具合でも悪いのか?」

「誰が?」

「遠坂がだよ」

というか、遠坂しか近くにいないだろ。

「えっ、わたし?平気に決まってるじゃない」

やっぱりおかしい。

「それなら、悩みでもあるのか?」

「ないわよ」

「本当か?」

「しつこいわね。どうしてわたしが悩んでると思うのよ」

「さっきから遠坂、思い詰めた表情してるしさ、俺が話かけても上の空だから何かあるのかなと思って」

「うそ!わたし、そんな顔してた?」

この反応は、やっぱり何かあるな。

「遠坂の返事がなによりの証拠だろ」

「やられた。今のは、ブラフだったって訳ね」

「確かに結果的にはそうだけど、遠坂の顔色がすぐれないのは変わらない」

「はぁ、アンタって朴念仁のくせしてこういうときだけ鋭いのよね」

微妙に非難されてるよな。

「悪かったな、朴念仁で」

「それは士郎だし仕方がないわよ」

む。少しは否定してほしい。

「それで、何を悩んでたんだ、遠坂?」

俺の質問に驚いた表情をする遠坂。さてはさっきのやり取りで話を有耶無耶にしたつもりだったな。

「なんでもいいじゃない」

その手には乗らないぞ。

「なんでもいいなら俺だってここまで質問しないよ。悩みごとがあるなら俺に聞かせてほしい。大切な人が目の前で悩んでいるのに黙って見ているだけなんて俺にはできない」

「なっ!だから本当に大したことないのよ」

全く、強情だな遠坂は。

「わかったよ。そこまで、秘密にしたいなら聞かない。俺はただ、言いたかったことを言っただけだから気にしなくていい」

「……アンタ、言うようになったわね」

どうやら、今回は俺が言い勝ったようだ。

「そうか?俺は遠坂と約束したことを実行したまでだけど」

さっきのちょっとした仕返しも兼ねてだけどな。

「……はぁ、本当に悩みってほどのことでもないのよ。ただ少し緊張しているだけよ」

遠坂の声と表情から察するに、今度は本当だろう。

「緊張?今日って何か緊張することあったか?」

今日は始業式だということを除いたら、普段と大して変わらないと思うんだが。

「知らないわよ」

どうやらこれ以上は自分で考えろということらしい。

「遠坂が緊張するなんてな。少し驚きだ」

俺がそう言うと、遠坂はあきれ顔で俺を見つめた。

「わたしは平然としていられるアンタの方が不思議よ」

「なんでさ?」

「……はぁ。士郎を見てたら、なんだか自分が馬鹿らしく思えてきたわ」

俺が何かしたのだろうか?

「そんな惚けた顔してないで、早く行くわよ、士郎」

遠坂の機嫌はよくなったみたいだが、何が何だかさっぱり分からない。

「ほら、早く行きましょ」

まぁ、学校に着けば分かることだろうから今気にしてもしょうがないか。

「よし。行きますか」

俺は差し出された遠坂の手をとって、桜舞散る穂群原学園へと歩を進めていった。

 

〈学校〉

 

今日は始業式である。そのため、登校時間は普段よりも遅いが、俺たちは普段通りに登校していた。別に俺たちが始業式の登校時間を忘れていた訳ではない。この時間帯なら人目を気にせず登校できるだろうということで早めに出発したのだ。聖杯戦争が終わり、俺は遠坂の彼氏となったのだが、今まであまり面識のなかった二人が、ましてや学園のアイドルであり幾人もの男子による求愛を悉く断ってきた遠坂凜が俺なんかと付き合っているとなると、ある日突然恋人同士なるのは不自然だし、あまりにも目立ちすぎるので良くないということから、学校では春休みが終わるまではお互い見知らぬ振りをしようということになったのである。そして今日から公然とカップルとして振る舞えるようになった。ただ、初日ということもあり、少しは人目を憚ろうということになったのだ。

「そうか。それで遠坂は緊張してるのかもな」

 それにしても表面に現われるほどの緊張を、遠坂がそんな理由でするとは思えない。前の学期でも、遠坂の方から約束を破って接触してくることが多々あったし、休みの日に堂々と二人で街中を歩いたりもしていた。それにもかかわらず、今更緊張する必要がないように思う。

「やっぱり、変だぞ。遠坂」

「遠坂の何が変なんだ、衛宮?」

「美綴!!」

「よっ。お二人さん、仲がいいね」

「なんで、美綴がここにいるんだ?」

「いちゃ悪いのか?あたしゃ、ここの生徒なんだがね」

「いや、そういう意味じゃなくて、なんで美綴はこんなに早く登校してるんだって話だよ」

 これはまずいヤツに会ったな。美綴は俺たちのことを言いふらすようなヤツじゃないけど、当分の間はからかわれることだろう。

 

「アンタらにちょっかいをだそうかと思ってさ」

 俺たちが早く登校するのを知ってたのか?

「……っていうのは嘘で、新入部員勧誘で朝早くから登校している後輩達にアドバイスしてやろうと思ってさ」

 なんだ、そういうことか。

「しかし、あの遠坂が衛宮とねぇ。案外、ありえなくもないか」

「確かに、まさか俺も遠坂と付き合うことになるとは思わなかったよ」

 俺の言葉を聞くと、美綴はニヤリと口元を歪ませた。

「要するに、衛宮と遠坂は付き合っているわけだ。」

 あっ……しまった。

「あはは。安心しな、衛宮。アンタと遠坂が付き合ってるのは、アンタらが一緒に歩いてる時点で気付いてたから」

「なんでさ?」

「なんでって、遠坂は男と二人っきりでなんか絶対一緒に歩いたりしないじゃない?」

 確かにそうかも……

「まぁ、最近の間桐の様子を見てて、衛宮に何かあったことには気付いてたけど、そうゆうことだったんだな」

「間桐?慎二がどうかしたのか?」

「あのね。あたしが間桐って言ったら妹の方だよ」

「桜?」

 俺が桜に何かしたのか?余計に混乱してきた。

「はぁ、もうここまで朴念仁だと、すごいとしかいいようがないわ。ねぇ、遠坂?」

「…………」

 美綴が話かけても遠坂は、まるで銅像のように立ったままぴくりとも動かない。

「こりゃ、石像だな。」

「同感。それより……おーい、遠坂。」

 遠坂は、俺が揺すっても一点を凝視したまま凝固してしまっている。

「おいっ。どうしたんだよ、遠坂」

 俺がそう言うと、やっと遠坂は反応して、虚ろな目で見つめ返してきた。

「……あった」

 遠坂はそう呟いたのだが、なんのことかさっぱり分からない。

「何があったんだ?」

「そんなの決まっているじゃない!!」

 そんなことを言われても、残念ながら分からない。

「まだ、分からないの?あったのよ、名前が!」

「名前?」

「同じ組にわたしとアンタの名前があったの!!」

「なるほど。クラス替えか」

「そう言えば、さっき見たけど、衛宮と遠坂もあたしと同じクラスだったな。」

 美綴も同じクラスか。これはまた、充実した一年がおくれそうだな。

「って、綾子!!なんでアンタがいるのよ。」

「あたしは随分前からいるよ。な、衛宮?」

「ああ」

 遠坂はきょとんとした顔をした。

「嘘よね?」

「あたしが嘘をついて何の得があるって言うんだい?」

「うっ」

「まさかあの遠坂凛が、恋人と同じクラスになれるかどうかで一喜一憂する乙女になるとはね」

 なるほど、遠坂が緊張してたのはそういう理由があったのか。

「あら、美綴さん。アンタから私がそのように見えるのなら、賭けはわたしの勝ちということでいいかしら」

「いや。まだ、負けと認めるには早いね」

「往生際が悪くてよ、美綴さん」

 二人が何のことについて話しているのかさっぱり分からない。

「なぁ、賭けって何なんだ?」

「ああ、先に彼氏を作って、相手に羨ましがられる関係を築いたほうが勝ちっていう至極単純な賭けなんだけど、まだあたしは衛宮と遠坂がラブラブなところを見てないじゃない?まだ、負けとは認められないな」

「なるほどな。……って、もしかして賭けで勝つために俺と付き合うことにしたのか?」

 俺は心にもないことをあえて口にしてみた。すぐに遠坂が否定してくれることを信じて。

「馬鹿なこと言うんじゃないわよ。付き合うだけが目的ならどうしてアンタみたいな朴念仁で唐変木で無神経で浮気者をわざわざ彼氏にしなくちゃならないのよ」

 さすがにそこまで言われるとへこむぞ、遠坂。散々な言われようなので、もう少しからかうことにした。

「わかったよ。遠坂は俺のことが好きでもないのに付き合ってくれてたんだな」

「なっ!そんなわけないじゃない。半端な気持ちであなたと付き合ってるって、士郎は本気で思ってるの?そんなんだったら、あなたと一緒にロンドンに留学したいだなんて言いださないわよ!!」

 やばっ!

「遠坂!気持ちはすごく伝わってきて嬉しいんだけど、さすがに今のはまずいだろ」

 俺がロンドンに留学することは、まだ藤ねえにも話していないトップシークレット事項だ。

「あっ……」

「俺だってお前のことを愛してるんだ。遠坂が俺のことを好きでいてくれることを信じているに決まってるだろ。さっきは賭けの話がでたから少しからかっただけだよ」

「士郎……わたし、とんでもないこと言っちゃった……」

 遠坂は顔面蒼白でそう呟いた。

「確かに遠坂の発言は迂闊だったな。ただ、幸い聞いていたのが美綴だけだったから、まぁぎりぎりセーフだろ」

 聞いていたのが美綴だけで本当によかった。美綴は義理堅い人間だ。人の秘密を決してベラベラ人に話したりはしないだろう。

「いや、衛宮。アウトだったかも知れない」

何か嫌な予感がする。

「どういう意味だ、美綴?」

「さっきの話、たぶん間桐も聞いていたぞ。間桐のヤツが、木陰から走って逃げていくのが見えた」

 参ったな。留学の話は藤ねえにすら打ち明けてない話であって、もちろん桜にもまだ伝えていない。

「綾子!桜はどこに走って行ったの?」

「どこかまでは分からないけど、弓道場の方向だったな」

 遠坂は、みなまで聞かずに弓道場の方へ駆けていった。

「おいっ遠坂!……くそっ行っちまった」

「悪い衛宮。あたしが面白がって遠坂をからかったせいだな」

「いや、美綴のせいじゃないよ。からかってたのは俺も一緒だし、元はと言えば留学の話を桜にしてなかった俺が悪い。それに、留学の話はいつまでも秘密にしておくような話じゃない。いずれ桜にも話す日は来たんだから、その日が早まっただけだ」

 俺がそう言うと、美綴は顔をしかめた。

「衛宮。これはそんなに単純な話では済まないかもしれない。アンタがどう思うかは知らないけど、失恋っていうのは相当堪えるもんなんだよ。自殺するヤツも出るくらいね」

 失恋?何の話だろう。

「あたしはこれ以上言わないよ。アンタが気付いてあげなきゃ意味がないから。ただ言えることは、早く気付いてあげなきゃ取り返しのつかないことになるかも知れない。それだけは覚えときな。あたしもなるべくフォローはするけど、ほとんど無意味だろうからね」

 分からない。美綴はいったい誰の話をしているのだろうか。

「美綴、お前は……」

「これ以上あたしから言うことはないよ。早くアンタの愛する人を追ってあげな」

 愛する人を追う。そうだ、俺は遠坂を追わなくちゃならない。どうして?それは、遠坂が桜を追って行ってしまったからだ。どうして桜は逃げたんだ?桜が俺たちの留学を知ってしまったから……知ってしまったからって桜はどうして逃げる必要がある。待てよ、美綴の言ったことを思い出せ。失恋………

「失恋って、桜なのか?」

「さぁね」

「なんだよ。問題提起しておきながら手厳しいな」

「まぁね。ただでさえあたしが誘導尋問したみたいなんだから、答えくらいは衛宮自身が出しなよ。あたしは、根が優しいアンタなら、大団円を迎えられるって信じてるから」

「答えを教えてくれない上に、プレッシャーまでかけてくるのか。お前、意地悪いな」

 美綴はからからと笑い声をあげて、言った。

「そりゃ当たり前でしょ。あたしの熱いラブコールを無視し続けるヤツに、優しく接するなんてできるかよ」

 そのわりには、ヒントをくれたりと優しすぎるけどな。

「とにかく、今のアンタがやることは、遠坂を追うことだよ」

「そうだな。ありがとう、美綴」

「礼を言うのはまだ早いよ。全てが無事に解決したらあたしの言うことを聞いてもらうから、今はやるべきことをやりな」

 それは恐ろしいな。

「じゃあ、礼は全てが終わった後までとっておくよ」

「ええ。そのかわり、アンタはアンタの納得のいく答えを必ず見つけてこい」

「ああ。必ず………」

 美綴と握手を交し、俺は遠坂が向かった方向に歩きだした。

 

 

〈衝突~side Rin~〉

 

 わたしは桜を必死に探した。そして、弓道場の裏手でついに発見した。

「桜!!」

「遠坂先輩……」

「桜。留学の話はまだ正式に決まった訳じゃないの。だから……」

「遠坂先輩、いいですよ。わたし、先輩と遠坂先輩が付き合っているのは知っていましたし、留学の話だってよく考えれば当たり前のことですよね。それにわたしは、先輩と遠坂先輩はお似合いのカップルだと思いますよ。絶対幸せになれます。だから、わたしのことを気にする必要はこれっぽっちもないですよ」

「桜……確かにわたしは士郎を愛しているわ。でも、桜から士郎の全てを奪おうとは思っていないわ。わたしは士郎を幸せにする。だけど、士郎を幸せにするには貴女が必要なの。だってわたしたち……」

「それ以上は言わないでください。先輩は遠坂先輩がいれば十分幸せになれますし、遠坂先輩も幸せになれます。それにわたしは、間桐桜ですから」

 桜……そんな………

「では遠坂先輩、わたしはこれで失礼します」

「待って桜!!」

「さようなら遠坂先輩。お幸せに………」

「桜!!」

 

 

 どうして

「うっ……ああっ……あ……」

 士郎……どうしよう………

 

 

 

 

こんにちは。kawajanzです。

私のサイトで公開中のこのSSを少しずつこちらにも移行して行こうと思います。

私のサイトのほうでは、結構先を進んでいます。続きが気になる方は、是非サイトのほうにいらしてください。

http://skybluegeneration.web.fc2.com/

 

 

 

 

 
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