No.204340

真説・恋姫演義 ~北朝伝~ 第四章・第六幕

狭乃 狼さん

北朝伝、四章・六幕目です。

匈奴の王、劉豹の下に乗り込んだ一刀たち。

はたして、交渉はうまくいくのか?

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2011-03-01 11:22:23 投稿 / 全11ページ    総閲覧数:20850   閲覧ユーザー数:15588

  ―――所は并州・晋陽郡。

 

 その郡府(郡の中心的政令都市)である、晋陽の街へと到着した一刀たちの目に飛び込んできたのは、街をぐるりと取り囲むようにして陣を張る、匈奴の大軍勢であった。その数は、一通り見渡しただけでも、およそ十万は居ると思われた。

 

 「……どうするんですか、一刀さん。こんなに大勢の兵がいたんじゃあ、忍び込むのはかなり難しいですよ?」

 

 という徐庶の問いに、一刀の返した返事はこうだった。

 

 「何言ってるんだよ、輝里。忍び込むなんてことしないよ。堂々と正面から乗り込むに決まってるじゃないか」

 

 『へ?』

 

 そういって、あっけにとられる徐庶と姜維に微笑んだ後、一刀はテクテクと、その十万からの軍勢が居る街へと歩き始めた。その後を、あわてて追う徐庶と姜維は。

 

 「何考えとんのや、カズは。まるっきり遊びにでも来ましたってゆう感じやんか」

 

 「……そりゃ、敵対しに来たわけじゃないにしても、あまりにも無防備というか、なんというか」

 

 大胆にもほどがある。そう一刀を諌めはするのだが、当の本人はいたって気楽に、こういうのである。

 

 「へーき、へーき。いくらなんでも、外交の使者を名乗る人間を、いきなり斬ったりはしないさ。……これだけの兵をまとめる人物だ。そんな短絡思考じゃ決してつとまりゃしないよ」

 

 そんな一刀の読みどおり、街を囲む兵に対し、冀州からの使者である旨を告げると、そこから以降の対応はとても丁寧なものだった。無論武器は取り上げられ、身体検査などをされはしたものの、一刀たちはさほど時をおかず、晋陽城の謁見の間に通された。

 

 そして、そんな一刀たちの前にまず現れたのが、二人の少女。

 

 一人は北方民族特有の、いかにも狩猟民族といういでたちをした、パッと見十四・五歳ぐらいの、背に弓と矢箭を背負った、小柄な少女。

 

 もう一人は、何故か漢民族の衣装を纏った、その手に琴を携えた緑の髪の少女。

 

 その二人が玉座の左右に控え、そして一拍置いた後、弓を背負った少女が、彼女らの主の入場を宣した。

 

 「……匈奴の単于、左賢王・劉豹さま、御出座である!」

 

 ざ、と。

 

 その場に同席している匈奴の者達が、揃って一斉にその頭を下げる。一刀たちも、拱手してその頭を下げ、彼らの主の登場を待った。

 

 しゅるしゅると。衣擦れの音が一刀たちの前を通り過ぎていく。そして、その美しい声が、場内に響き渡った。

 

 「……匈奴が単于、劉豹である。顔を上げい」

 

 絶世の美女。

 

 そんな人がこの世にいるんだと。声の主に言葉に従い、下げていたその顔を上げた一刀、徐庶、姜維の三人は、目の前の玉座に座るその女性を見て、思わず感嘆の溜息を漏らした。

 

 

 

 「……どうしたのかしら、使者の方々。私の美貌に見惚れたかしら?」

 

 「……見惚れました」

 

 思わず。つい本音がポロリと漏れた一刀。と、ここでいつもなら、例の氷のような視線が彼に突きさるところだが、徐庶も姜維も一刀とまったく同意見であった。

 

 「……こんな綺麗な人がおんねやな~。……うち、ちっと自信無くしたかも」

 

 「激しく同意……。あの、長くて綺麗な脚。折れそうなくらい細い腰。……うらやましい」

 

 という感じである。

 

 「うふふ。おねえさん、正直な子は大好きよ。……それで、まずは名前教えてもらってもいいかしら?冀州からの使者だというぐらいしか、まだ何も聞いていなくてね。……わざと、名乗っていないんでしょ?”天の御遣い”さん?」

 

 「!!……お見通し、ですか」

 

 「……そりゃ、その服装で居ればばればれでしょ。そんな珍しい服、あなた位しか着てませんし」

 

 「……ごもっとも」

 

 劉豹の右隣に立つ、琴を持った少女にそう突っ込まれ、返す言葉のない一刀。

 

 「……そういうところ、時々抜けてますよね、一刀さんって」

 

 「あう」

  

 「ま。そんなところもカズらしいっちゃ、らしいけどな」

 

 「……ふ~ん」

 

 にやにやと。一刀たちのそんなやり取りを、劉豹は楽しげに見つめている。……面白い玩具が来た。そんな感じの表情で。

 

 「?あの……何か?」

 

 「別に。……それで?御遣いさま直々の、しかもほとんど無防備でのわざわざのお越し。……いったいどんなお話に来たのかしら?」

 

 その笑顔は崩さず。しかし、心臓を射抜くかのような鋭い視線を一刀に向け、その来訪目的を問う劉豹。

 

 「……友好を」

 

 「へえ……」

 

 自身の顔をまっすぐに見つめ、ただ一言”友好を”と口にした一刀に、劉豹はなおも鋭い視線を送り続ける。……まるで、一刀のその心のうちを探るかのように。

 

 「……で?貴方の言う友好って何?今までの王朝みたいに、貢物を贈るから手を貸せとでも?でもって、もし従わなければ、力でもってこちらをねじ伏せると?」

 

 「……輝里」

 

 「はい」

 

 劉豹のその言葉には答えず、徐庶に声をかけて、一刀は彼女から一枚の書類を受け取る。そしてそれを、ゆっくりと読み上げ始めた。

 

 

 

 「”冀州刺史・北郷一刀が、匈奴の単于・劉豹に申す。悲しむべきことに、過去より現在に至るまで、北方の者と漢土の者は、互いにその刃を交え、その血を流し、多くの同胞を失ってきた。両者とも、互いに”同じ人間”であるにも拘らずである。故に我はここに提案をする。これより先は刃ではなく、言葉と心を交わし、同じ立ち位置、同じ目線、同じ想いにて、共に永く、永久なる友誼を誓い、現在より未来へと、肩を並べて歩むことを”」

 

 「…………………何……だと?」

 

 一刀が読み上げるその書簡の内容。その内容に劉豹-いや、その場に居る匈奴の者全員が、その度肝を抜かれていた。

 

 同じ人間として、同じ立ち位置で、同じ目線で、同じ想いで、永久の友誼を誓い、肩を並べて歩みたい。

 

 そんな事、彼女たちは始めて、漢土に住む者に言われたかも知れない。そんな呆気にとられる劉豹達を他所に、一刀はそれを読み続ける。

 

 「”……その手始めとして、我は匈奴との対等なる立場での交易協定、及び相互不可侵の条約を、ここに提案する。尚、并州・晋陽郡は、匈奴の領有地であることも、この場にて認めるものである”」

 

 「……そ、そんなこと、朝廷が認めると、思うのか?」

 

 晋陽の地が匈奴の物であると、一刀はそうはっきりと宣言をした。だが、それはあくまで、冀州刺史・北郷一刀という、一地方の領主が認めただけ。漢の朝廷が、それを易々と認めるはずが無いと。劉豹はそう問いただした。

 

 「……漢の朝廷については、この際あまり関係ないです。問題は劉豹さん、貴女のほうです」

 

 「私?」

 

 「ええ。……貴女がどんなつもりで、この地をとったのか。この地に元から住む民を、どう扱うのか。先の話は、そのお話次第のことです。……お答え頂けますか?貴女が何のために、この地を欲し、これからどう扱っていくのか」

 

 「……」

 

 

 

 立場はすっかり、逆転していたといっていいだろう。

 

 初めのうちは、わずか三人の使者が相手と、劉豹は少々高をくくっていた。所詮、漢の地に住むもの。いかに天の御遣いと称されるものであれ、漢土の者にとっての有利な話しか、その口からは出てこないと、劉豹も、その左右に控える二人の少女も、そしてほかの者たちもそう思っていた。

 

 だからこそ、どんな話をこの男がして来ようが、最終的には有無を言わさず三人を捕らえ、今後の侵攻作戦における、その取引材料にするつもりでいた。だが、いざ蓋を開けてみれば、この青年は劉豹らの遥か上を行く話しを持ちかけてきた。

 

 両者を同等の立場におき、その上で友好の条約を持ち出してきたのだ。

 

 劉豹は完全に気圧されていた。この、見た目二十才そこそこの、着ている服以外は、特に目立った様子の無い、青年の圧倒的なその気迫に。

 

 自身を見つめる、その青年の、深い藍色の瞳。

 

 それを見ているうち、劉豹は亡き父の顔を、一刀のその顔に重ね始めていた。

 

 わずか数年前に逝った、先の単于、於扶羅(おふら)。

 

 気高く、力強く、そして優しかった父は、突如として流行病にかかり、本当にあっけなく逝ってしまった。

 

 そして、亡き父の後を継いで単于となった後、劉豹のその人生は、苦労と苦悩の連続となった。周辺の他の五胡の者たち-烏丸や羌の者らとの、北方の地を巡っての激しい抗争もあった。同じ一族内でも、劉豹のことを快く思わないものたちとの、政治的な争いもあった。

 

 また、漢土の者たちとて、普段は甘い顔をしておきながら、こちらが少しでも隙を見せれば、すぐに匈奴の地へと攻め込んできて、物も人も奪っていく。

 

 そんな状況で劉豹が信用できたのは、亡き父の一族である、いま自らの左隣に立つ呼厨泉と、亡き父の愛妾であった、劉豹の右側に立っている蔡琰。そして、自分自身の武、それだけであった。

 

 そして、突然匈奴の地を訪れた、漢の使者を名乗る張温とかいう男を、劉豹は好機とばかりに利用した。張温の-漢の”依頼”に乗る振りをして、張温の先導で長城を越えて并州に入ったその直後、その場で”ソイツ”を斬り殺し、まずは晋陽の地を平定した。

 

 このまま、いずれは漢朝をも倒し、すべてを根こそぎ奪う。

 

 初めからそのつもりであったし、つい先ほどまで、完全にそのつもりでいた。だが。

 

 

 

 「……もし、私が、民たちを無碍に扱ったら、貴方はどうするつもりかしら?」

 

 ―――聞いてはいけない。

 

 劉豹の脳が、心が、本人にそう、警鐘を鳴らしていた。

 

 それを聞けば、そして、それに対する彼の答えを聞いたら、自身の心は揺らいでしまう、と。だが、それでも劉豹は、それを問うてしまった。そして、予想通りの答えが、一刀の口から返ってきた。

 

 「……質問に質問で答えるのは、正直どうかと思いますけど。……いいでしょう、答えてあげます。……外道は許さない。それだけです」

 

 『!!』

 

 背中に、いやな汗が流れるのを、劉豹は感じた。今の一刀から放たれている気。それは、怒気。

 

 うわさでは聞いてはいた。

 

 二千人近い非戦闘員である邑人を、ただ一方的に、なぶり、殺し、陵辱した、とある賊の集団。それを、目の前にいるこの青年が、わずかな人数で持って、殲滅したと。しかも、たった一人で、万を越す数を切り伏せたと。

 

 彼は基本的に、対話と誠意を持って、相手に対する。それがその基本姿勢であろうことは、今回こちらに持ってきた話の内容で、確信を持つことができる。だが、対話の余地が無いと判断した相手―――つまり、畜生にも劣る行いをした外道には、決して容赦することなく、その戦神と呼ばれる武を振るう。

 

 慈悲と寛容の心を持ちつつも、必要とあらば、冷酷・無慈悲に、断を下せる。

 

 そんな、相反することを自然とこなせ、それに押し潰される事の無い人間を、世間ではこう呼ぶという。

 

 

 ―――『覇王』、と。

 

 

 

 

 (豹はどうするのだろうか)

 

 劉豹と一刀の会話を、その横で聞いていた呼厨泉は、劉豹の苦悩が身にしみるほどよくわかっていた。

 

 彼女の兄である、先の単于・於扶羅。その子として生まれた劉豹を、呼厨泉はいつでも見守って来た。亡き兄の願いどおり、したくも無い姿をしてその子の傍に張り付き、その支えとなって、常にその傍らにいた。

 

 (完全にのまれているな。……無理も無いか。あまりにも、相手の器が違いすぎる)

 

 漢土の者にとって、五胡とは、それすなわち敵を意味する……はずなのに、この青年は、そんなことはお構いなしに、対等の立場で手を差し伸べている。こんなことは、過去にも例の無かったことのはずだ。

 

 遥か古の殷や周の代より、われわれは所詮、あちらの者にとっては外敵でしかなった。互いに、奪い、奪われるだけの関係。所詮、解かり合い、手を取り合うことなど、ありはしないと呼厨泉もそう思っていた。

 

 (……しかし、この男ならば、それを可能にするかもしれない)

 

 そんな考えが、呼厨泉の脳裏にも浮かび始めていた。そう思わせる”何か”が、この天の御遣いと呼ばれる男からは、感じさせられるものがあった。そして何より、

 

 (……似てるな、兄者に)

 

 劉豹と同じ感想を、呼厨泉も一刀に感じていた。

 

 姿かたちはまったく違う。声とてとても似つかない。だがその瞳。強固な信念と、深い慈愛に満ちたその瞳に、呼厨泉は亡き兄を重ね、一刀をじっと見つめていた。

 

 

 

 「……私は、民までどうこうする気は、無いわ。并州を取ったのは、あくまでも、安定して穀物などの、私たちが北方では得にくい食料を得るため。だからこの後は、体のいい代理を置いて、間接的にこの地を配する気だった」

 

 それが、ようやく搾り出した答えだった。もし当初の目的を語っていたら、その瞬間に、この場にいる全員の首が飛んでいただろう。この、目の前に立つ青年の目が、それを無言で語っていた。たとえその後、外にいる十万の兵を相手取ることになっても、間違いなく、彼はそれを行うと。

 

 そしてこの答えは、劉豹が一刀に屈したことも、意味した。

 

 (……どうやら、賭けは一刀さんの勝ちみたいね)

 

 (……せやな。あえて少数で、相手の懐に飛び込む。それが、一番の要、か)

 

 (相手の油断、そして無警戒を誘い、匈奴の人たちが思ってもいなかった、対等な同盟を提示する)

 

 (わざとあの格好で来たんも、そのうちの一手、か。……かなんな、ほんまに)

 

 (ええ。……軍師としての自身、ちょっと無くすかも)

 

 相手の気を抜かせ、そこに、精神的な大きな衝撃を与える。そこで、交渉のイニシアチブをこちらに引き寄せ、止めとばかりに、自分たちが命がけでこの場にいることを、相手に理解させる。死を覚悟で、交渉の場に望んでいることを。……自分たちの本気を。

 

 本気で、良き隣人になることを、なりたいと願っていることを、相手に示す。

 

 誠心誠意。

 

 それが、一刀の、対匈奴交渉の”策”だった。

 

 

 「そうですか。……これで安心しました。劉豹さんたちとは、良き隣人で居れそうですね」

 

 にっこり、と。

 

 発動するいつもの落としの笑み。

 

 (あ、出た)

 

 (これでまた増えるんかい……あれ?)

 

 「同盟を結ぶのはいいわ。貴方はそれに、十分値する者のようだしね。けど、一つだけ、条件があるわ」

 

 「何でしょうか?」

 

 (……あるぇ~?劉豹はん、なんともないんかいな?)

 

 (……おかしいわね……。隣に居る、あの蔡琰って子は、顔が赤くなってるけど)

 

 そう。

 

 一刀の例の微笑を向けられたにも拘らず、劉豹と呼厨泉の二人は、その表情に何の変化も起こしていないのである。……女性であれば、決して抗えるはずの無い、一刀のあの笑みを直視したはずなのに。

 

 「たいしたことじゃあないわ。……そちらが、私たちを同列の存在と見てくれるのなら、こちらの伝統と文化も、許容することができる筈よね?」

 

 「……そりゃ、まあ」

 

 「その言葉、忘れちゃ駄目よ?……拓海、彼を”例の”部屋に案内して。でもって……」

 

 ぼそぼそと。

 

 呼厨泉に何事かを囁く劉豹。

 

 「……本気ですか?」

 

 「もちろん本気よ♪じゃ、お願いね」

 

 「……はい。北郷どの、私についてきていただけますか?」

 

 「あ、ああ」

 

 「徐庶と姜維……だったわね。二人は別室へ案内するわ。皆の者!今日はこれより、良き友人ができたことを記念して、宴席を設ける!思う存分に楽しむとよい!」

 

 おおおおおおおおっっっっ!!

 

 「え、宴席?!」

 

 「わはっ!酒!酒はあるんやろな?!」

 

 「ええ、もちろん。……肴も、いいものを用意できるわよ……うふ」

 

 で。

 

 それから一刻ほど後。

 

 

 「にゃははは!いい気分~!」

 

 「このお肉おいしい♪あ、これも美味~。……にしても、一刀さん遅いわね」

 

 謁見の間での、先ほど迄のぴりぴりとした空気はどこへやら。贅を凝らした……とまではいかないが、山ほどに積まれた料理と美酒に、徐庶も姜維も上機嫌で舌鼓を打つ。

 

 「二人とも、匈奴の料理はお気に召したかしら?」

 

 「はい。とってもおいしいです」

 

 「も、たまらんわ~。うち、とっても幸せ~。……ところで、肝心のカズは?」

 

 「……もうそろそろ、”仕度”が済んだかしら。……あ、来たわよ。当代随一の踊り子さんが♪」

 

 『へ?』

 

 ぎぎぎぎぎぎ、と。ゆっくりと開かれていく、宴席の間の扉。そこから、一人の華美な衣装を身に纏った、”美しい”女性が姿を現す。

 

 「……はあ~。綺麗……」

 

 「ほんまや……はて?けど、どっかで見たような……」

 

 しずしずと。その女性が宴席の中央へと歩いてくる。

 

 「さ、約束よ?しっかりと、舞って頂戴ね」

 

 「……」

 

 劉豹の言葉に、その女性は言葉を発することなく、静かにうなずく。そして、楽隊がゆっくりと、曲を奏で出す。

 

 ~~~~♪

 

 その優雅な曲に合わせ、女性が静かに舞を始める。

 

 華麗に、優雅に、時に力強く、大胆に。

 

 はあ~~~~。

 

 と、一同から感嘆の声がもれる。

 

 その舞は、匈奴のものでも、漢土のものでもない。誰しもが初めて見る舞だった。派手な動きは一切無く、手の動き、足の動き、その一挙手一頭足にいたるまで、その場の者すべてを、惹きつけて止まないその美しさ。

 

 やがて曲が終わり、女性は静かに、その場に膝をつき、頭を垂れた。

 

 わああああああああ!!

 

 その女性に向けて、一同から大歓声が巻き起こる。そして、

 

 「……最高だったわ。始めてみる舞だったけど、こんなに美しい舞を見たのは、生まれて初めてよ。……ふふ。やっぱり、いい素質があるわよ、”御遣いくん”」

 

 『え゛?』

 

 劉豹の言葉に、ビシッ!と固まる徐庶と姜維。その彼女たちの前で、女性がゆっくりとその顔を上げた。

 

 「……できれば、二度は勘弁してほしいです……」

 

 『うええええええええええええええええええっっっっっっっっっ!?!!?!?!?!?』

 

 

 

 思わず大絶叫。

 

 顔を上げたその女性の、その薄化粧を施されたその顔は、一刀、だった。

 

 「か、かかかか、かかかかかか、か、一刀さん!?」

 

 「な、なななな、なにが、何して、何やっとんねん!?」

 

 「二人とも誤解するなよ!?俺には別に、女装趣味なんて無いから!」

 

 「ほいたらなんやねん、その格好は?!」

 

 「……これが、匈奴の、伝統と文化なんだって……」

 

 つまりはそういうことである。

 

 先の会談の後、一刀が呼厨泉に連れられて行ったのは、この城の衣裳部屋だった。そして、匈奴の伝統的文化である、”女形”を、一刀がやる羽目になったわけである。

 

 伝統と文化を許容する。そう言った手前、一刀にはそれを断ることなど出来なかった。そして、宴席にて見事舞を舞って見せろと。それが出来なければ、同盟の話は無かったことにする。そういわれた以上、もう一刀には、うなずく以外の選択肢は無かったわけである。

 

 「……まさか。……劉豹さんとか、呼厨泉さんも、ひょっとして」

 

 「……男、だってさ」

 

 『うそだあああああああああっっっ!!』

 

 「あら?心は立派に女よ?……うふ。ね、北郷くん?良かったら、閨の相手もしてくれない?」

 

 さすさす。

 

 あえて何処とは言わないが、一刀の体の一部に触れながら、しなをつくって寄り添う劉豹。

 

 「え、遠慮しときます……」

 

 「あら、つれない。……うふふ、ま、いいわ。……そのうち、虜にしてあ・げ・る」

 

 (……丘力居さんが言ってたのって、こういう意味だったんだ。……これは確かに、恐ろしい。……貞操的な意味で)

 

 

 

 「も、申し上げますっっ!!」

 

 「?!何事か!!」

 

 それは突然だった。

 

 女装したままの一刀を囲み、みなが和気あいあいとしていた所に、匈奴の兵の一人が、血相を変えて飛び込んできた。

 

 「て、敵襲です!!上党方面軍はすでに壊滅!すさまじい進軍速度で、こちらに向かってきております!」

 

 「何ですって?!向こうには五万の兵が出張っていたでしょうに!向こうの数は?!それから旗は?!一体何処の軍勢か!?」

 

 「は!敵の数はおよそ三万!その先頭の旗印は、紫の張旗!!」

 

 

 

 「ッ!!……紫の張旗、て」

 

 「一刀さん」

 

 「ああ。……神速の、張文遠、か」

 

 

                                   ~続く~


 
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