No.203678

真・恋姫†無双 外伝:みんな大好き不動先輩 その4

一郎太さん

外伝

2011-02-25 18:43:57 投稿 / 全13ページ    総閲覧数:14178   閲覧ユーザー数:9785

 

外伝 その4

 

 

 

「ここに来るのも20年ぶりだな………」

 

 

ある晴れた日の夕方。大きな日本家屋の外壁に据えられた門の前に、ひとりの男が立っていた。壮年と言って差し支えない風貌の男は小奇麗な、それでいて落ち着いたスーツに身を包んでいる。顔には幾つもの皺が刻まれ、それは彼がこれまで歩んできた人生を表すかのようであった。年の割にその瞳にはいまだ若々しい意志が漲り、彼が今も彼の職場の第一線で活躍していることを示している。

 

 

「社長。差し支えなければここでお待ちさせて頂きますが、如何致しますか?」

 

 

彼の後ろに立つ女性は、そう問いかける。黒塗りの高級車を従え、社長と呼んだ男の返事を待った。

 

 

「そうだな………君も如耶に会うのは久しぶりだろう。よかったら一緒に来ないか」

「お嬢様にお会いするのは、小学校の卒業式以来です。畏まりました。お供させて頂きます」

 

 

返事を得た女性が車の運転席側に回り込み、運転手に二言三言伝えると、車は静かに走り出し、あっという間にその厳かな姿を通りの角に消した。

 

 

「それでは入る前に………」

「なんでしょう?」

 

 

男が振り返って言う言葉に、女性は首を傾げた。

 

 

「今日は私用でここに来ているのはわかっているな」

「はい」

「つまり、今日はオフであり、これは仕事ではない」

「はい」

「という訳で、小鳥遊君も休憩中のようにしていていいんだぞ?」

「………わかりましたよ、社長。今日はお父さんですものね」

「そういう事だ」

 

 

普段は理知的な雰囲気の女性も、上司の許可によりその仮面を外す。彼女は上司の仕事ぶりも勿論だが、こういったオンとオフの切り替えの上手さも尊敬していた。その日の仕事が終わると、彼は途端に「疲れたー」と部活帰りの学生のように振る舞うし、週末には男女問わず飲みに誘う。それも強制的な雰囲気はまったく出さないのだから、驚きだ。

 

如耶が子どもの頃は、よく彼について面倒を見ていた、そんな少女との久しぶりの再会だ。妹のような存在でもある。彼女は上司の言葉と少女の成長への楽しみで、普段の雰囲気とはまた違った、柔らかい表情で、彼の後について行った。

 

 

 

 

 

 

「………とはいえ、緊張するな」

「不動コーポレーションの社長ともあろう方が何を言っているんですか」

 

 

通りに面した大きな門を抜け、建物本体の扉の前に立つが、不動は

 

 

「そうは言うがなぁ………これから会うのは、私が学生の頃の剣道の師匠だ。普段はおもしろい爺さんだが、稽古の時は、それはもう鬼のような人だったんだぞ?何度竹刀で気合を入れられたことか………………それに、会うのも如耶が生まれた時以来だ。緊張したって仕方がなかろう」

「ふふ、その時の事しか知らない私には、なんとも言えませんね。あの時は、生まれたばかりの如耶ちゃんにニコニコしっ放しの好々爺という感じでしたよ。それに、奥様もお優しそうな方でしたしね」

「あぁ、縁さんだけなら全然かまわないんだがな………」

 

 

そう言って、年齢不相応に頭を掻く。部下の失敗には、声を荒げずとも厳しくあたり、社内でも恐れられているトップがこんな顔をするなんて知ったら、社員はなんと言うだろうか。彼女は内心笑いながら、扉に付属しているチャイムを鳴らす。

 

 

「あ、待て!まだ心の準備が―――」

「何を言っているんですか。こんな所でずっと立っている方が不審者扱いされてしまいます。ほら、姿勢を正してください」

 

 

秘書の言葉に、彼はネクタイを軽く直すと、居住まいを正した。そして待つこと数秒、インターホンから、懐かしい声が聞こえてくる。

 

 

「はい、どちら様でしょう?」

「あ、お久しぶりです。不動です」

 

 

しかしそれでも緊張は解けず、思わずどもってしまう。隣でクスクスと笑う女性を睨みながら、彼はインターホンに頭を下げた。

 

 

「ほら、社長。カメラはついておりませんよ?」

「う、うるさいっ!」

「あらあら、不動君だったのね。お久しぶり。いまそちらに向かいますから、少しだけ待っていてね」

「はい」

 

 

十数年前と変わらぬ女性の声に少し安心したのか、最後の返事だけはなんとか通常のものに戻せたと、不動はほっと息を吐く。それを見て、再びクスクスと笑いだす彼女であった。

 

 

 

 

 

 

インターホンの返事から1分ほどで、家の扉がガラガラと開かれた。中から顔を出したのは、不動の記憶と違わず、相変わらず上品で優しそうな夫人であった。

 

 

「お久しぶりです、縁さん」

「ご無沙汰してます」

「はい、久しぶり。あら?貴女は確か………」

 

 

縁は不動の隣に立つ小鳥遊を見て首を傾げる。小鳥遊同様、彼女もまた覚えていたらしい。

 

 

「はい、如耶ちゃんが生まれた時に、一度だけお会いしました。小鳥遊と申します。覚えていて下さって光栄です」

「いえ、こちらこそ覚えていてくれてありがとうね。と、立ち話もなんだし、中にいらっしゃい。お茶を準備するわ」

 

 

会話もそこそこに、縁は2人を中へと案内する。不動と小鳥遊も、失礼しますと一言頭を下げ、玄関へと入るのであった。

 

 

 

 

 

「はい、どうぞ。お茶菓子もよかったら召し上がれ」

 

 

居間に通された2人は、縁によるもてなしを受ける。不動は特に気にした様子もないが、お茶と茶菓子を出し、そしてテーブルの反対側に座るまでの一連の動作に、小鳥遊は感心していた。彼女も仕事柄、不動について様々な形式の料理を食すことはあるし、またその為の教養も勉強している。それだけに、目の前の女性の流れるような動きに、学ばざるを得ないのだ。

北郷流や北郷、不動の近況をいくらか話し合った後、縁が問いかけた。

 

 

「それで今日は………如耶ちゃんのことね?」

「はい。先日師匠とお話しした通り、如耶がここでお世話になることに異存はないのですが………」

「ふふ、一刀ちゃんのことでしょう?」

「えぇ……なんでも、うちの娘がお二人のお孫さんにえらく執心だとか」

 

 

不動の言葉に、小鳥遊はようやく合点がいったと、納得の表情をする。旧知の恩師に会いにきただけで、あれほど慌てるものなのかとも思っていたが、どうやら、本題はこちらの方らしい。上司の親バカ加減に若干呆れながらも、新しく見た一面に、彼女は思わず微笑んだ。

 

 

「そうねぇ…お婆ちゃんバカかもしれないけれど、一刀ちゃんは凄くいい子よ?そんなに心配しなくても大丈夫だとは思うんだけどねぇ」

「はい、縁さんや師匠の事を疑う訳ではありませんが、父親というものはどうしても娘が心配なんですよ」

「まぁ、普通はそうよね。んー…小鳥遊さんはどう思う?」

「え、私ですか?」

 

 

突然の矛先に、小鳥遊も慌てる。話を聞くに、如耶が此処の孫に惚れているとのことだ。彼女は顎に手をあてて少し考えたあと、口を開いた。

 

 

 

 

 

 

「別に、それほど気にする必要はないと思いますよ、社長?」

「な!?いや、しかし―――」

「だって、如耶ちゃんも年頃の女の子なんですよ?好きな男の子がいてもおかしくはないし、むしろ、ここまで出来る如耶ちゃんは凄いと思いますけど」

「あらあら、小鳥遊さんもわかっちゃうのね」

「えぇ、私だって女ですので」

 

 

そう言い合うと、どちらともなく、ねぇ?と同じ動作で首を傾げる。どうもこの状況は不動にとって分が悪いらしい。

 

 

「すまんが、説明してもらえるか?」

「仕事とは違って、社長もこういったことには疎いんですね」

「ぐ…そんな事はいいから!」

「そうですねぇ。社長、質問ですが、如耶ちゃんがこちらでお世話になる際に、どう説明を受けましたか?」

「えぇと、『如耶がこちらに入門した』と………」

 

 

小鳥遊の質問を受け、不動は以前北郷から受けた電話の内容を思い出す。

 

 

「それですよ。如耶ちゃんはこれまで剣道では負けたことはありませんよね?そんな如耶ちゃんが、新しく門下に入ってまで強さを求めると思いますか?」

「いや、それは如耶の向上心が―――」

「全国で断トツの負けなしなのにですか?」

「う………」

「いいですか?年頃の女の子の行動理念なんて、恋が一番多くを占めるんですよ?それは如耶ちゃんも同じです。毎日部活以外にも大変な稽古をして、クタクタになって、それでも好きな人の傍にいたい、って如耶ちゃんは思っているんですよ。だから、如耶ちゃんは凄いと言ったんです」

「むぅ…なんとも理解しがたいが………」

 

 

小鳥遊の言葉に、理解できないと腕を組んで唸る不動に、今度は縁が声をかけた。

 

 

「男の子だって同じでしょう?年頃の男の子は、えっちなことに関してはすごい行動力を発揮するじゃない。お爺さんから聞いたわよ?不動君も高校一年生の時に―――」

「うわぁぁああぁあっ!?なんで知ってるんですか!?駄目です、絶対に言わないでください!」

「社長、私は軽蔑しませんよ?」

「私が気にするんだ!」

 

 

男の秘密を暴露されそうになり、途端に大声でそれを掻き消す。やはり、この状況は不動にとって分が悪いらしい。

 

 

 

 

 

 

「まぁ、子どもは親の知らないところで成長する、ということよ、不動君」

「………わかりました」

「往生際が悪いですねぇ」

「仕事中と違って、君もひどいな」

「あら、オフと言ったのは社長ですよ?」

 

 

隣でクスクス笑う女性を睨む不動の眼に力はない。これも嫌味というよりは負け惜しみだと分かっている為、小鳥遊はさらに笑みを深くする。

 

 

「さて、そろそろ一刀ちゃんと如耶ちゃんが帰ってくる頃だし、私はお爺さんをお昼寝から起こしてきますね。お二人はどうしますか?如耶ちゃんの稽古でも見ていく?」

「いや、あまり遅くまでお邪魔するのも………」

 

 

そう言って隣を気にする不動。見たいくせに、と小鳥遊は内心思うも、笑顔で隠す。

 

 

「大丈夫ですよ、社長。今夜は特に急ぎの予定もありませんので。それに、私も如耶ちゃんに会いたいですからね」

「ん、そうか……ならば見て行こうか」

「はい、社長」

 

 

やっぱり親バカだ。

 

 

 

 

 

 

数分後、縁は刀之介と引き連れて居間に戻ってきた。刀之介は眠たそうに眼をこすりながら、不動の姿を見つけると途端に元気になる。

 

 

「おぉ、不動か!久しぶりじゃな!今日は如耶のことを聞きに来たのか?」

「な、何故それを!?」

「誰でもわかりますよ、社長」

 

 

慌てる不動に、小鳥遊は冷静に突っ込む。そんな彼女を認め、刀之介は声をかけた。

 

 

「嬢ちゃんは確か………小鳥遊さんじゃったな。如耶が生まれた時以来じゃが、儂のことは覚えておるか?」

「はい、勿論です。こちらこそ、覚えていてくださるとは」

「何、儂は女の顔と名前は忘れんからの。わっはっはっは!」

「相変わらずの女たらしですね、お爺さんは」

 

 

数十年前なら怒り心頭のこの台詞も、今の縁の前ではいつもの冗談に過ぎない。さすがは刀之介を捕まえただけはある。

縁が用意したお茶を4人で飲んで一息吐くと、玄関が開く音が聞こえてきた。その音に反応した刀之介は、ニヤリと笑って、不動と小鳥遊に向き直る。

 

 

「お主ら、隠れるんじゃ!」

「え、え?」

「その方が面白そうじゃからのう。ほら、早うせい!」

「でも靴とかでバレるのではないですか?」

 

 

小鳥遊が刀之介の企みを冷静に分析するも、それは彼の笑みにより一蹴される。

 

 

「なに、心配いらん。のぅ、婆さん」

「えぇ。そう言うと思って、お二人の靴は棚に入れておきましたよ」

 

 

そう説明しながら、縁はテーブルの上の2人の湯呑をテキパキとお盆に乗せると、そのまま台所に運んでいく。刀之介に急き立てられ、2人も台所に追いやられるのであった。

 

 

 

 

 

「ただいまー」

「ただいま帰りました」

 

 

今の襖が開かれ、一刀と如耶が入ってくる。2人は部屋の隅に剣道着の袋を置くと、そのまま道場の方へと向かっていった。

 

 

「な、バレんかったじゃろう?」

「………………………………………………」

 

 

不動は改めて、この夫婦の恐ろしさを感じるのであった。

 

 

 

 

 

 

道場―――。

 

 

そこにはいつも通りの光景が繰り広げられていた。如耶は刀之介と打ち合っており、一刀は如耶の稽古開始と同時に片手で逆立ちを始め、そのまま静止している。如耶と刀之介はかれこれ30分以上は仕合を続けており、その時間はそのまま一刀にも当てはまる。

 

 

「これは………すごいですね」

「あぁ、こんな如耶は初めて見るな」

 

 

道場の入り口の、閉じられた障子の隙間からは2対の視線。不動と小鳥遊のものだ。2人は稽古開始時からずっと稽古を観察していたが、これまで見たこともない少女の姿に、驚きを禁じ得ない。

ふと、小鳥遊は1つ疑問に思った事を口にする。

 

 

「北郷氏の稽古は社長も受けられたんですよね?」

「あぁ。だが、私が受けたのは剣道の修行だ。北郷流の剣術ではない。確かに厳しく辛いものではあったが、ここまでではなかったよ」

「………それほどまでに、如耶ちゃんの想いが凄い、ってことですよ」

 

 

小鳥遊の言葉に、不動は黙り込む。娘がそこらにいる男に靡くはずが無いと思ってはいたが、ここまで熱を入れるとは、それだけのものを彼が持っているということなのだろうか。不動は、愛娘から視線を外し、その奥で逆立ちをしたまま微動だにしない青年へ眼を向ける。

片腕だけで体重を支え続けたその腕は、若干の汗を滲ませてはいるもののふらつくことはなく、またその視線はただ床と触れ合う手の甲に注がれている。彼の胆力とその集中力に感嘆していると、ふいに木刀のぶつかり合う音が止んだ。

 

 

「よし、休憩じゃ。しっかり休めよ」

「………はぃ」

 

 

師の言葉に倒れ込む如耶。思わず不動は飛び出しそうになるが、それを小鳥遊が抑える。

 

 

「駄目ですよ。如耶ちゃんは今頑張っているのだから、邪魔しては駄目です」

「しかし……」

「駄目です」

 

 

いつになく強い視線に、不動は身体の力を抜く。確かに彼女の言う通りだ。娘はいま精一杯にやっている。………ならば、それを黙って応援するのも親の務め。彼はそう自分に言い聞かせ、道場の床にうつ伏せになる娘に視線を戻した。

 

 

「か、一刀………それ…どれくらい、出来るんだ?」

「………わからない」

「わか、らない、って………」

「できるところまで続けようかな、って」

 

 

息も途切れ途切れの如耶の質問に、一刀は視線だけ横に向けて応える。

 

 

「でも……あと15分くらいで限界が来る」

「ということは………1時間、くらいか?」

「いや、限界が来たら、そこからさらに続ける」

「………なん、で?」

 

 

当然の質問だ。障子の外側にいる不動と小鳥遊も一刀の言葉に聞き入る。

 

 

「限界が来たから休む。それだけだと成長も微々たるものだ」

「………」

「如耶だって、限界が来ても爺ちゃんの合図があるまでは剣を振り続けるだろ?」

「………そう、だな」

「それに………」

「………?」

「いや、なんでもない」

 

 

如耶の視線だけの問いに、一刀は答えない。ただ、その視線は如耶を通り越して、入り口の障子が作り出す隙間に向けられていた。

 

 

「(誰だか知らないが、なぁんか、ここで辞めたら負けな気がするんだよなぁ………)」

 

 

2人の存在は、一刀にはバレバレであった。

 

 

 

 

 

 

「よし、ここまでじゃ」

「…ありがとう………ござい、ました………………」

 

 

休憩が終わり、さらに40分。刀之介の絶妙な判断で、如耶は限界を通り越しながらも気絶できない状態にさせられる。これもまた、修行のひとつだ。死にそうなくらいの疲労を抱えながら、それを意識しなければなれない。肉体と同時に精神も鍛える。それが北郷流だった。

 

 

「さて、婆さんの飯の時間じゃ。如耶を頼むぞ」

「はいはい。それより爺ちゃん」

「なんじゃ?」

「………今日はお客さんもご飯食べて行くの?」

 

 

一刀の言葉に、障子の向こうで慌てる気配。バレていないと思っていたのか、と一刀は呆れの溜息を吐く。

 

 

「なんじゃ、気づいておったのか」

「舐めてんのか。………一人は武道の心得があるっぽいけど、もう一人は完全に素人だな。入門希望者?」

「ほぅ、そこまでわかるか」

「だから舐めんな、って言ってるじゃないか。まぁ、いいや。その様子だと、飯も一緒に食べるみたいだね」

「あぁ。入門希望者ではないが、お主らにも関係のあることじゃから、楽しみにしておけぃ」

 

 

そう言って、刀之介は道場を出て行く。障子が開かれる前に気配が消えていたことから察するに、どうやら2人の観客は居間へと戻ったらしい。

 

 

「ほら、如耶。行くぞ」

「………あぁ」

 

 

一刀はいつも通り如耶の腕を自分の肩にまわして立ち上がらせる。と、そこで気がついた。

 

 

「お主“ら”?」

 

 

 

 

 

 

一刀が如耶をひきずって居間に戻ると、初めて見る1組の男女がテーブルについていた。こんな格好ですみませんと一言断るが、どちらも頭を軽く下げる以外に反応を見せない。祖父はニヤニヤと状況を楽しむだけである。一刀は不審に思いながらも、如耶を座らせ、自分も彼女の隣に腰を下ろす。そして、縁がお盆にご飯と味噌汁を乗せて運び、その匂いに釣られて如耶が顔を上げたところで、状況は変化した。

 

 

「………おとう、さま?」

「………………………………………………………………………え゙?」

 

 

如耶の言葉に一刀が呆けた声をあげ、ようやく会話が始まった。

 

 

「おう、如耶。お前の親父とその秘書じゃ」

「久しぶりだな、如耶」

「お久しぶりです、如耶ちゃん」

「「………………………………………………………………」」

「ほらほら、お爺さんも不動君も。如耶ちゃんはへとへとなんだから、まずはご飯にしましょ?」

 

 

言葉を失う一刀と如耶を横目に、縁は笑顔で器を置いていく。如耶は朦朧としながらも状況の把握に努め、一刀はそれすらも放棄した。

 

 

 

 

 

「婆さん、おかわりじゃ」

「俺も」

「………おかわり」

「はいはい」

 

 

3人の声を受け、縁は立ち上がり茶碗をお盆に乗せて台所に向かう。不動は初めて見る娘の姿に、驚きの連続だった。

 

 

「それにしても、よく食べますね、如耶ちゃん」

「………食べないと、強くなれないので」

「ふふ、頑張ってね」

「………はい」

 

 

対する小鳥遊は、同じ女性ということもあり、如耶の真意を理解している為かその言葉は優しいものだった。こんなに食べて太らないのか、という疑問も浮かぶには浮かんだが、かれこれ3ヶ月は続けているとのことだ。この様子ならそれも杞憂だろう。

そんな2人を横目に、刀之介はガツガツといつも通りに料理をかきこみ、不動は黙々と箸を口に運ぶ。一刀だけは、自宅であるにも関わらず、居心地の悪さに食事に没頭するのであった。

 

 

 

 

 

 

食事も終わり、お茶を6人で啜っているところで、ようやく一刀が口を開いた。

 

 

「で、爺ちゃん」

「なんじゃ?」

「これ、どういう状況?」

「見てわからんか」

「わからないから聞いてるんだよ!」

 

 

祖父のからかった様な口調に思わず傍にあった座布団を投げつける。対する祖父は、それをものともせずにひょいと避けると、カラカラと笑って説明を始めた。

 

 

「如耶の親父が、娘が心配じゃからと様子を見に来た。旧知の仲じゃから、飯に誘った。以上じゃ!」

「以上、って………。もういいよ」

 

 

一刀は諦めたように立ち上がると、如耶に向き直る。

 

 

「久しぶりに会って積もる話もあるだろう。俺は部屋で勉強でもしてるから、如耶はゆっくりしな」

「え?………あ、うん」

 

 

一刀の言葉に、如耶は縋るような目をするも、なんとか首肯する。と、これまでだんまりを決めていた不動が、ようやく口を開いた。

 

 

「まぁ、待ってくれ、一刀君。君とも話がしたい。よかったら此処にいてくれないか?」

「………そう仰るなら」

 

 

不動の誘いに一刀は再び腰を下ろした。どんなことを言われるか不安ではあるが、娘を預かっている状況だ。失礼をはたらく訳にもいかない。

 

 

「さて、北郷さんから話は聞いている。如耶もここに住んでいるということだが………」

「………………」

 

 

不動の言葉に、思わずゴクリと唾を呑みこむ如耶と一刀。何を考えているのか、刀之介はニヤニヤと、縁と小鳥遊はニコニコと笑い、その光景を見守っていた。

 

 

「どうだ、如耶。ここで、強くなっている実感は持てているか?」

「………え?あ、はい。部活で練習している時よりも、格段に強くなっていると思います」

「そうか、ならばいいんだ」

「お父様………」

 

 

不動はそれ以上娘に問いかけることはしなかった。娘の生活が充実しているのなら、それでいい。彼の優しい笑みからは、そう言っているように聞こえた。

 

 

「それで一刀君」

「はい」

「君は、娘を幸せにしてやれるのかね?」

「はい………って、はぃいっ!?」

 

 

予想外の質問に、慌てる一刀。幸せに?いや、付き合ってるわけじゃないし、俺と如耶は兄妹弟子で、部活の先輩と後輩で、それでそれで―――。様々な思考が頭の中を駆け巡る。一刀が混乱に陥る中、不動が声を荒げる。その顔は心なしか赤くなっていた。

 

 

「お、お父様!一刀と私はそのような関係ではありません!」

「そうなのか?北郷さんも縁さんも、それに小鳥遊君もそう言っているから、てっきり既にそういう仲なのかと思っていたが………」

「違います!私と一刀はまだ―――」

「「「「まだ?」」」」

 

 

如耶の言葉に、彼女といまだ混乱の渦中の一刀以外の声がハモる。途端、カァァアアッと音が聞こえそうなくらいの勢いで如耶の顔が真っ赤に染まった。

 

 

「あらあら、如耶ちゃんのことだから奥手とは思っていたけど、まさかこんな風に告白するなんて」

「かっかっかっ!若いのぅ」

「いいじゃないですか、お爺さん」

「本当だったのか………」

 

 

刀之介と縁と小鳥遊は笑い、不動は娘の真意を本人の口から認識させられ、少しだけ落ち込む。如耶は口をパクパクとさせるが、言葉は出てこない。

 

 

「と、一刀君。娘はこう言っているが、君はどうなのかね?」

「………………………へ?」

「せっかくうちの娘が君への想いを明かしたんだ。男なら応えるのが筋じゃないか?」

「………………………………………………ぇえっ!?」

 

 

話を振られた一刀は、再び言葉を失った。

 

 

 

 

 

 

自分に注がれる5つの視線を感じながら、一刀は考えた。自分が如耶をどう思っているのか。

まず学校の先輩、それが来る。部活では実力など関係なく世話になっているし、部員を指導する様子は厳しくも見ていて美しい。次に妹弟子。ひたむきに剣を振るう様はかつての自分を思い起こさせ、それでいてもっとその成長を見ていたいと思う。そして同居人。同棲ではないが、学校や稽古の時には見せることのない表情にドキッとする事も多々あった。

と、ここまで考えて、一刀は1つの事に気づく。

 

 

「(あれ………俺、如耶のことを好ましいって思ってる?)」

 

 

勿論よい面ばかりを見ている訳ではない。最近ではなりを潜めてはいるが、自分をよくからかっていた。以前は意地悪なところもあると思っていたが、今ではそれすらも懐かしい。自分の都合など考えず、祖父母と結託して北郷流に入門するなんてこともあった。困ったものだと当時は思ったが、それも如耶の行動力と考えれば魅力的に思えてくる。

 

 

「(そうか………俺………………)」

 

 

一刀の中で、いくつものピースがカチリと音を立てて組み合わさっていく。そして最後に思い出したのが―――

 

 

 

 

 

『言っておくが、私はお前が好きだぞ、北郷一刀?』

 

 

 

 

 

―――以前、如耶に言われた言葉だった。そう、如耶は既に一刀に思いの丈を伝えていた。ただ、その方法が不器用だっただけで、伝えてはいたのだ。その後の騒動もあって忘れてしまっていたが、あの言葉をちゃんと受け止めなかった自身を、一刀は責める。

 

 

「(そうか…そう言えば、言われていたよな………。ホント、馬鹿だ、俺………)」

 

 

ひとつ深呼吸をすると、一刀は意を決して口を開いた。

 

 

 

 

 

 

「俺は………如耶のことが好きです」

「………ほう?」

「情けない話ですが、たったいま、気がついたんです。部活では剣道の強い、綺麗な先輩としか思っていませんでした。それが、こうして一緒に稽古をするようになって………稽古でクタクタになった如耶の面倒を見るのも、兄弟子として、妹の世話をするような気分でした。それが、父性みたいなものかな、って思っていたんです。でも、実際に如耶の想いを知って、振り返ってみました」

「それで?」

「部活で部員を率いる姿はとても凛々しくて、でも子供っぽいところもあって………。稽古に励む姿はひたむきで、それでいて美しくて………。いま、わかったんです。俺は、如耶の変わっていく姿を見たい。成長する姿を見ていたい。如耶の知らない一面をもっと知りたい。もっと………近くで見ていたい、って」

 

 

一刀の独白に、誰も口を挟まない。いや、不動だけは一刀に問いかける。一人の父親として。

 

 

「それは………親心みたいなものとは違うのかね?」

「違います。子供なんていないから、本当の親心なんて俺にはわからないけど、それでも違うと思うんです。親なら、自分だけを見て欲しいなんて考えないでしょう?俺は、如耶に俺のことを見ていて欲しいんです。学校での俺も、家での俺も、剣を振るう俺も。俺のすべてを知って欲しい………俺は、そう思っています」

「………………」

「だから、俺は自信を持って言えます。俺は、如耶が好きだと」

 

 

一刀は自分の想いを伝えきった。後はもう語ることはないと、じっと対面に座る如耶の父親の顔を見る。対する不動も、青年の真意を探るかのように見つめ返す。幾許かの時が過ぎ、不動は口を開いた。

 

 

「………君の気持ちはわかった。いや、実際に稽古をする姿を見ていて、君なら如耶を任せてもいいかと思ってはいたんだがな」

「へ?」

「少し意地悪が過ぎたな。娘を想う父親の独りよがりだと思ってくれ。………君の性格は稽古に向き合う姿からも想像できる。ただストイックに、己を高めることを考えて修行に打ち込んでいた姿は、男ながら惚れ惚れしたよ。剣に向き合うのと同様に、如耶にもどうか向き合って欲しい」

「………はいっ!ありがとうございます!!」

 

 

不動の言葉に、一刀は両膝に手をついて頭を下げた。ここまで神経を使ったのは初めてだと、結婚を申し込む世の男性の気持ちを理解する。それぞれが祝福の言葉を伝えるなか、小鳥遊が真っ赤になったままの如耶に声をかけた。

 

 

「如耶ちゃん、一刀君はしっかりと如耶ちゃんの気持ちと向き合ってくれたわよ?如耶ちゃんも、お父さんの口からじゃなくて、ちゃんと言った方がいいんじゃない?」

「………へ?わ、私ですか!?」

「そうよ、だって、直接言葉には出してないじゃない。順番はおかしくなっちゃったけど、ちゃんと返事をしなきゃ」

 

 

ようやく事態を理解した如耶が周囲を見渡すと、皆が彼女を見つめていた。なんとか言葉を発しようと口を開いた如耶は―――

 

 

「そ、その…私は―――」

「如耶っ!?」

 

 

―――真っ赤になりすぎて気を失ったため、その後のことを知ることはなかった。

 

 

 

 

 

「………箱入りに育て過ぎたか?」

「まぁ、そのおかげでこうしていい子に出会えたんですから、善しとしましょう、社長?」

 

 

 

 

 

 

「―――ん…あれ………?」

「起きたか、如耶」

 

 

如耶が眼を覚ますと、目の前には道場に面した庭が広がっていた。空はすでに夜色に染まり、山の向こうから月が顔を出している。

 

 

「えぇと、私は………」

「………ったく、吃驚したぞ?真っ赤になったまま気を失うんだからな」

「真っ赤に、なったまま………」

 

 

一刀の言葉に、彼女はすべてを思い出した。自分の想いは予期せぬ形で想い人に告げられ、そしてその想い人は―――。

 

 

「かかかか、一刀っ!?」

「おいおい、いきなり起き上がったら危ないぞ?」

 

 

そう言われて初めて、自分が胡坐をかいた一刀の膝に頭を乗せていたことに気がついた。再び真っ赤になりながら、なんとか姿勢を正して、一刀に問いかける。

 

 

「えぇと、その………お前は返事をくれたんだよな?」

「あぁ………俺はお前のことが好きだ、如耶」

「………………ありがとう。私も…一刀が好きだ」

「あぁ、知ってる」

 

 

一刀はそう呟き、如耶の肩を抱き寄せると、その唇をそっと触れ合わせた。

 

 

「………これから、その、よろしく頼む」

「あぁ」

 

 

道場の入り口の向こうからは、刀之介の笑い声が聞こえてくる。不動共々酒が入り、盛り上がっているようだ。キスをしたことがバレたらまたからかわれるのだろうなと、一刀は苦笑しながら、隣に座る少女の肩を、さらに強く抱き寄せるのであった。

 

 

 

 


 
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