No.203101

『記憶録』揺れるフラスコで 7

グダ狐さん

PVを見てGジェネワールドを買うことを決めた、グダ狐です。クシャトリアカッコいいよマリーダさんかわいいよ!もはやそのために買うようなものですw DVDが全部出たらまとめて買おうかと思います。でも、MSはモノアイの方が大好きですww

2011-02-22 15:29:31 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:492   閲覧ユーザー数:491

 平和を謳う式典が異物へ宣戦する式典に変わって一週間が経った。

 占拠事件が起きたグーテルモルグでは国民からの反発はなく、むしろ絶賛された。一部メディアからは疑問視の声があがったが、それも国民が放つ雰囲気に飲み込まれ一日と経たずに声は消え去った。

 何故、このような事態に陥ったか。それは単純な理由だった。

 グーテルモルグは世界に存在する国家の中でも、最も魔王との戦闘が激しく、また歴史上、最も長く続いたからである。魔王に対する不信感や拒絶は子供の頃から増長するように教育が行われている。故に、彼らの力である魔法に似せる技術である魔導工学の研究や導入を行おうとしない。

 グーテルモルグという国自体が、魔王を根底から憎み、嫌っているのだ。国民があの宣戦布告を肯定し、後押しするのもグーテルモルグの歴史や在り方を顧みれば当然の反応だった。グーテルモルグ国家元首も望んでいた平和とは違うとして反発していたが、じきに元首の地位から引き釣り落とされてしまった。

 その間、各国の対応はグーテルモルグが作り出した流れに沿っていた。

 魔王の不信感が積もっていたのはグーテルモルグだけでなく、多くの他国は隠し装いながら表面で手を繋いでいた。魔王と対立するのは国を疲弊させるだけで、百害だけで一利も存在しないからだ。

 だが、あの式典をきっかけにこの仕組みは崩壊した。繕っていた関係は解き解くようにして二つに別れ、空いた手はグーテルモルグと繋いだ。するとグーテルモルグは各国に駐留軍として派遣させ、現地の軍隊と合流して各地で戦闘が始まっていた。今では魔王狩りなどと呼ばれている。

 唯一、流れに反したのがグーテルモルグの同盟国だったフォリカだった。

 式典後まもなく帰国したフォリカ国大統領は、あの宣戦は我々が本来望んでいたものとは違うとして説得が続けていたが、グーテルモルグ国家元首の退陣が報道されると同盟を破棄した。

 これには世界中から非難が浴びせられた。人類は未だ根付く魔王と戦うべく結束する時だというのに、庇護するように独り善がりで世界に迷惑を掛けるのは適切でないと、撤回すべきだと。国によってはフォリカへの直行便を停止させる対処をとってきた国もいる。

 孤立無援になる中、グーテルモルグは援助と引き換えに国内にいる魔王全てを引き渡すことを要求してきた。駆除する対象はこの世界に存在する全ての魔王。フォリカにいる魔王も例外ではないということだ。さらに直行便が消えて貿易がままならないフォリカにとって、援助の申し出はこれからの事態を予測すれば咽喉から手が出るほど欲しいものだった。

 それでもなお、フォリカは自分たちが通した芯を折ることはなかった。

 自分たちの首を絞める選択だとしても、ここで差し出された手を握ってしまえば世界は巻き戻すことのできない流れになってしまう。それだけは避けなければならない。

 式典から、一週間が経った。

 場所は夕陽が隠れ始めた海上。フォリカ・グーテルモルグ間に広がるバームクス海洋を航海するフォリカ海軍艦隊。

 彼らが目指すは短期決戦。

 すなわち、グーテルモルグ首都攻略による終息だ。

 騒がしく動作する機械が響き、慌しく作業機を来た人が鉄で覆われた空間を走る。

 休憩は夜間以外まともに取っていないのだろう。彼らの顔には疲労が色濃く映し出されているが、身体を必死に動かして一分一秒を消費していく。走り回って汗を掻き、疲れを残した状態でいようとも、誰もが動きを止めようとしない。

 その中心にいるのは巨人。纏っている丸みを帯びた鎧の隙間から多くのパイプを繋ぎ、完成を待ちわびてそびえる、人の倍以上の大きさを持つ人の形をした機械の塊。

 背部には起動音を鳴らして試運転する二基の推進器(スラスター)が取り付けられ、搭乗口となっている胸部は開かれて様々なパネルが各機能や部位の数値を示している。

 疲労している彼らはこの巨人の完成のために駆けずり回っていた。

 バームクス海洋を航海するフォリカ海軍の艦隊。空母二隻に駆逐艦五隻、そして輸送艦一隻。大海原に浮ぶ波に揺れ、漂う船の一つである輸送艦の中に彼らはいた。

 

「操縦はパイロットの動作と両腕内部の先端にある操作端末で行います。背部に取り付けられたスラスター二基も出力の強弱や方向転換、武器の操作などもこの操作端末から指示を出します。コクピット内にシートはなく、パイロット自身が機体の動作を行いますので、乗っている最中は常に立った状態でいて貰います」

 

「操作については以前、話していたのと然程変わりはないな」

 

 そうですねと、搭乗口に横付けされたコンテナにいるアルミィ・フォーカスが言う。

 連日の疲れが極限に達しているのだろう。子供のような瞳は白い部分がないほど紅く充血しており、目元には大きな隈(くま)が浮かび上がっている。

 現在、リリオリ・ミヴァンフォーマはアルミィが開発した新兵器「オーリス」のコクピットの中に居た。目前にはマニュアルを表示した情報端末があり、それを眺めながら機体の各機能や動作を確認している。

 

「武器の方はどうなんだ」

 

「はい。武装はオーリス用に大型改造・改良を施したアサルトライフル「ハヴァカーテ」を二丁と、対艦用近接兵器「マルヴィラ」が一丁のみです」

 

 マニュアルを表示しているウィンドウの上に新たなウィンドウが開かれる。

 ハヴァカーテと呼ぶ機関銃とマルヴィラと名付けられた剣が上下に並んで映し出され、ハヴァカーテの方が大きく表示された。

 

「ハヴァカーテは口径27.5ミリメートルと大型で、装填数は222発。腰部右に携帯でき、また二丁のうち一つは予備として用意されています。装備するには腕を近づけてマニピュレータを起動させれば自動で行われます。同様にスイッチ一つで放棄されますので、弾倉を装填しなければ基本的には使い捨てとして運用して下さい。そして―――」

 

 前画面に戻ると、次は剣が括弧でマークされると画面全体に拡大される。

 

「マルヴィラは普段使用されている一般的な剣である通常形態と、巨大な刃を形成する覇剣形態のニ形態があります。通常形態のマルヴィラはオーリスでの運用用に強度を大幅に強化しましたが、オーリスが使用するにはまだ貧弱すぎてあまり勧められません。言ってしまえば、プロレスラーがカッターナイフで鉄板を切り裂こうとするようなものです」

 

「ではどうしろと?」

 

「ですので、使用する際は必ず覇剣形態にして下さい。鞘に剣を収めた状態で起動させれば、自動的に鞘が展開して鍔と柄をつくり、刃を形成。通常形態の刀身が大きくなるわけではなく、それを触媒にして包むようにして巨大な刀身を作り出す、そうです」

 

 スラスラと語ってたアルミィだが、最期で言葉が濁った。

 

「そうです…とは」

 

「このマルヴィラを開発したのはリヴェルト主任でして。それにオーリス同様、起動実験を行っていませんので、あくまで設計どおりに起動すれば…とリヴェルト主任は言ってました」

 

「随分といい加減だな、あいつも。それで、あの男はどこにいったんだ? こればかりは造った本人が説明しないとならないだろ」

 

「隣のフロアで最終調整を行ってます」

 

「今しているのか…!?」

 

「時間がなかったんです。彼はオーリスの武装であるハヴァカーテとマルヴィラ両方の開発に関わっていましたから」

 

 機関銃のハヴァカーテを開発するように頼んだのは、他でもないアルミィだ。

 まだ試作機のオーリスに内蔵兵器は存在しない。それは単純に技術力の低さが理由に挙げられた。数百キログラムの鉄の塊が飛行し、人と同じ柔軟な動きをするための構造を維持するためにオーリスの構造はそれだけに特化するように造られていた。完全に組み合わさった構造に新たに別の部品を組み込むことなど無理だ。

 だから、アルミィは内蔵兵器を諦めて、武器ならば最も詳しいだろうソーイチに依頼した。

 だが、彼の専門はあくまで整備だ。造り手ではない。だというのに「フォス・プラン」に参加させられ、尚且つ武器の製作依頼が同時に出てきた。これが普通の整備士ならば逃げ出していたに違いない。

 それでも完遂目前まで来れたことは、ソーイチからしてみれば十分過ぎる成果だろう。

 頑張ったと言ってあげることは有っても、遅いと文句を言い放つ筋合いはないことはリリオリも理解した。

 

「そうか。あとどれくらいで終わりなんだ?」

 

「さすがにそこまでは分かりませんが、本人は戦闘までには必ず終わらせると」

 

 ソーイチも必死なのだと、この言葉でリリオリは分かった。

 視線がふと、アルミィの顔から壁に向けられた。否、正確にはその向こうだ。この倉庫の壁を隔てた向こう側では、アルミィや油や汗に塗れて作業する人たちと同様にいるのだろう。

 この短期間にこの巨体に見合う機関銃を造り上げ、さらに全くの未開地である魔導工学に触れながら必死になって、不眠不休で、十分な休みを取らずに。

 それだけ今を頑張っている彼らに報えるためには、今どうすればいいか。そんなことは決っている。努力と汗水の結晶であるオーリス、そしてハヴァカーテとマルヴィラを扱いこなせるようにしておくことがリリオリの仕事であり、絶対だった。

 視線を画面に戻し、各機能の確認を続けながら、アルミィに問いた。

 

「コイツに初めて乗るのが私なんかでよかったのか?」

 

「―――………選出する権利は私にありますから大丈夫ですよ。それに、私が知っている人の中で一番信頼できる強さのある人っていえば貴女しかいませんでしたから」

 

「そうではなくてだな」

 

「軍曹さんは…仕方ないですよ。こんな土壇場でやらせるわけにはいかないじゃないですか」

 

 伏目でそう言うアルミィはどこか罪悪感を負っている笑みを浮かべた。

 当初、オーリスのテストパイロットはリリオリの部下である軍曹が行う予定だった。彼に内定していたのは他の軍人よりも基礎が出来上がっており、またリリオリよりも断然癖が少なく弱いのが好ましかったらしい。搭乗する兵器の機能を忠実に発揮には彼のような人間が適しているともいえる。それこそ、リリオリよりもだ。

 だが、現状がそれを許さなかった。

 戦渦とも呼べるこの時において、オーリスは現存する兵器を凌駕するだけの魅力を持った戦力だ。そのようなものを上層部が放置するはずがない。同様に、各地で開発されていた「フォス・プラン」の作品たちは、試作機の段階で全て戦線に投入されることが決まった。

 そんな重要な兵器をほとんど打っ付け(ぶっつけ)本番で行うのだ。あの軍曹では心許なく、また即実践の現状では不安が多く残る。

 だから、リリオリに白羽が立ったのだ。

 

「そうだな」

 

「軍曹さんの代用…みたいで私としてはあまり好い感じはしないんですけど、それでも、今はどうにかしなければなりませんから…その…」

 

 しどろもどろで上手く言葉に出来ていない。

 それも仕方がない。軍曹にテストパイロットを頼んだのがアルミィであれば、戦争のため実力不足のためと軍曹にテストパイロットを諦めてくれと言ったのもアルミィだった。現状のためにと辞退して貰ったとはいえ、自分から誘って自分から断ってしまった行為に後ろめたさがあるのだろう。

 

「そうだな。これが終わったら、試作機ではない、完全に出来上がったオーリスをアイツに乗せてやるんだな」

 

 リリオリが放った言葉に、アルミィは目を見開いた。

 戦争状態とも云える現状では乗せられない、というのが軍曹に降りてもらった理由ならば、この現状が終わってしまえば乗せられるということ。

 そうなれば、彼を降ろさざるを得なかった柵(しがらみ)は消える。アルミィの約束も果たせるということだ。

 きょとんと、表情が戻らないアルミィに嫌味ったらしく頬を上げると、苦笑いが解けれて純粋な笑みになっていき、

 

「…はい」

 

 そう嬉しそうに呟いた。

 そんなアルミィを見て、あまりの単純さに呆れて吐息を洩らした。

 

「にしてもだ。何故そこまであの男のことを気に掛ける。気でもあるのか」

 

「ふぁぇ!!」

 

 相変わらずの不思議な悲鳴だと思う。ヤカンでも置けば沸騰するのではないかと思うほどアルミィは顔を真っ赤にして、情報端末を激しく上下に振り始めた。そのままでは手摺にぶつけてしまいそうな勢いだ。

 

「それ以上振ると壊れるぞ」

 

 静止させると今度は顔を隠した。表情は隠し切れているが左右に顔を振るものだから、まだ動揺しているがよく分かってしまう。

 アルミィはこの数日、式典からの一週間をこのオーリスだけに費やしてきた。「フォス・プラン」が開始した当時からも同様だったが、殆ど睡眠を採らず、食事も本当に必要最低限の水と携帯食だけで過ごしてきた。風呂にだってまともに入ってはいない。すでに元気もなければ気力もなく、根気だけで今を過ごしているようなものだ。

 それなのに、顔を振ったり情報端末を振ったりと体力を無駄に消費するだけの元気がよく有ったものだと感心してしまう。

 それとも、極限の疲れからくる暴走なのか。判断するのは難しい。

 

「あの…このような時に、聞くのは場違いでしょうけど…」

 

「どうした」

 

「ミヴァンフォーマ少佐は…リヴェルト主任をどう思ってますか?」

 

「どう…だと?」

 

 そう問われても、リリオリはただただ困惑するだけだった。

 リリオリとリリオリは単純に武器を直してもらうだけの関係。リリオリが武器を使って壊し、ソーイチが急かされながら直す。時々、整備室に入って暇を潰すことはあるが、彼女がリオークス基地に着任して以来、今までずっと変わらない人間関係だ。

 それなのに、どう思っているかなどと言われても回答に困る。特別な感情があるというわけでもない。かといって、好き嫌いで分別すれば、どちらかというと好きの部類に入る。だが、この好きも彼氏彼女ではなく、人として友好的かどうかの好きだ。好意ではない。

 少し間を持たせて考えた結果。導き出した回答はこうだ。

 

「別に。何も」

 

「別に…ですか」

 

「ああ。そうだな、仕事柄、便利だとは思うな」

 

 聞いたのが間違いだったと云わんばかりにアルミィが落ち込んだ。

 間違った回答をしたとはリリオリは思っていないが、アルミィが望むものではなかったようだ。

 

「…そろそろ身体を休ませてやれ。あとはマニュアルを読めば大体分かる」

 

 元気にしているようだが、もうアルミィの身体や気力は限界のはずだ。これ以上の作業は効率を下げると同時に、明日の予定にも支障をきたす。休む間もなく働き続けて、すでに一週間。今日など、いつ倒れてもおかしくはなかった。

 

「そ、そんな。そんなことしてたら間に合わ」

 

「ここで倒れたら、余計に間に合わないぞ」

 

 しかし、それでは困る。このオーリスは彼女が考案し、開発した兵器だ。オーリスのコクピットから見下ろす倉庫で走り回る作業員はアルミィが出した指示で動いている。だから彼女がいなくなると作業そのものが停止しかねない。

 そこまでして焦っているのは作業は遅れているわけでなく、いつ開戦するか分からないからだ。機体を未調整のままにしておくことが恐くて焦っているのだ。試作機かつ起動試験を行っていないから余計にだろう。だが残っている作業はリリオリへの説明ぐらい。

 故にここで休息を取るように進言する。

 

「それと色恋沙汰はするなとは言わないが、したいなら風呂入って身体ぐらい洗っておけ」

 

 放った言葉にピクリと反応し、アルミィが凍りついた。

即座に二度三度、確認するように腕や手など顔が届く範囲の体臭を嗅ぎ始め、あっという間に決着がついた。

 

「ひぐぅ…」

 

 惨敗だったようだ。

 

「…あ、あと少しだけ。もう少しで説明も終わりますから」

 

 それでもなおアルミィは食い下がる。いつ戦闘が起きてもおかしくない事態に、無論事態に関係なくだが、中途半端のまま終わらせて置きたくないのだろう。そこが玄人としての意識か。

 この頑なさに溜息が洩れる。

 

「ああ、分かった。では頼む」

 自然の大光は海の向こう側に消えていった。

 その反対側から現れたのは無数の細かな星の屑。消えた太陽と反比例してその数を増やしていった星々は今や紺色の天を覆い尽くしていた。一部、雲が掛かって灰色に見せているが、それでも、ここにいると主張する星の輝きを誤魔化すことはなかった。

 揺れる輸送船を照らす光は蛍光灯に変わり、海の上だというのに涼しさはなく蒸し暑さが漂っていた。しかも無風。空気が流れないので、この湿度はどこにいっても変わらない。季節と呼ばれる四季で表現すれば今は夏だ。熱帯夜確実の一夜になる。

 そう断言しつつも気分転換にと、ネットリと汗ばむ外に出て夜空を見上げているのは、汚れきった作業着を身に纏ったソーイチ・リヴェルトだ。その手には珍しく、煙草が握られていた。

 一本取り出し、胸ポケットからライターを探そうと弄るが見つからない。今度は身体中のポケットに手を入れて探し出すがやはり見つからない。

 

「……基地にでも忘れてきたか」

 

 ソーイチが煙草なんて滅多に吸うことはない。特にここ数年、リオークス基地に配属されてから一度も吸っていない。

 彼は喫煙者というわけではないが、状況がきつかったり厳しかった仕事を終えると時々だが少しだけ吸いたくなってくる。殆ど衝動に近いため、一応は自室に常備しており、だが携帯していたわけではない。ライターを忘れたのもその所為だろう。

 諦めて部屋に戻ろうとすると、背後に光が灯った。

 振り返ると蛍光灯の白とは違う、揺らめく赤がそこにあった。

 

「―――吸うんでしょう」

 

 灯しているのは、ここにいるはずのない珍しい客だった。

 

「リース…!?」

 

 魔王を代表する一角。遠く離れたフォリカで生まれた者なら誰もが知っている、長銀髪を揺らす黒衣の女。リース・リ=アジールだ。軍上層部は勿論、フォリカ大統領でさえ会うことは滅多にないという彼女が、指先に小さな火を灯して差し出していた。

 その光景に呆然と見ていると、彼女は軽く首を傾げた。

 

「止めるの」

 

「ん、いや」

 

 消えそうになった火に煙草の先端を点けて、煙を一気に肺の中へ流し込む。チリチリと燃えて短くなる煙草を銜えたまま火から離れ、リースに掛からないように流し込んだ煙を吐き出した。

 

「どうも…ありがとうございます」

 

「あら、いつからそんな他人行儀するようになったのかしら」

 

 クスリと、不敵な笑みを浮かべて言ったリースに少し不機嫌になった。

 

「自分の城の中に引篭もっているんじゃなかったのか」

 

 表情こそは普段と変わらないようにしているが、言葉使いだけは誤魔化しきれなかった。口調が乱暴にならないようにしていたが、守っていた枷が外れたのを先程の一言で感じた。

 

「あら、それはこっちの台詞よ。軍なんかに入って、しかもリオークスなんて田舎に飛ばされたって聞いていたのにここにいるのかしらね」

 

「知らねぇよ。勝手に新兵器の開発計画に参加させられて…気がついたらこうなってたんだ」

 

「流されるのは昔から変わらないのね」

 

「五月蝿い」

 

 そのとおりとしか言いようがないリースに、一言だけ微かな抵抗をするが恥ずかしくなって外方(そっぽ)を向いてしまう。さらに誤魔化すように煙草を深く吸って、気持ちを落ち着かせるがどうしても彼女の存在が気になってしまう。

 

「で、何でいるんだ。わざわざ戦いに出向いたとしか思えないぞ」

 

 そもそも何故、彼女が戦場に赴く輸送船の甲板にいるのかが分からない。先日起きたガサラキ・ベギルスタンが酔って街で暴れた時に出てきたそうだが、それは同族を止めるためだと考えれば分かる。

 だが今回は違う。切先を振り上げたグーテルモルグが振り下ろす相手は彼女ら魔王だ。

 フォリカが軍をグーテルモルグに差し向けたのは極秘とされ、通信や哨戒機が来ていないことからまだ発見はされていないだろう。

 “元”同盟国ということでフォリカへの強行はまだ考慮されているが、艦隊がバームクス海洋を航海していることが分かれば即戦争になるのは必至。まだ発見こそされていないが、発見されれば即座にここは戦場になる。

 自ら事態に首を突っ込んだとしか思えない。

 

「あら、心配してくれているの?」

 

「違う。お前がこうやって外に出ているのが珍しいから聞いただけだ」

 

「それは少し残念ね」

 

 首を振って残念がるが、口元は緩やかな曲線を描いて笑っている。リースは明らかに楽しんでいた。

 

「ここにいるのは簡単な理由。この前、馬鹿が街中で暴れて迷惑掛けた時の謝罪みたいなものよ。あの時発生した修理費とかは全部わたしの方で出したのけれど、それだけじゃあどうもね。だから、その馬鹿も一緒に連れて来たわ」

 

「あの馬鹿ってガサラキ・ベギルスタンもいるのか!?」

 

「ええ。この間の兵士さん…リリオリだったわね。彼女がいるって言ったら、張り切ってこの船に乗り込んだわ。今頃、この船の中を走り回っているんじゃないかしら」

 

 リースは愉快に笑っているが、実際は笑うどころではない。

 この輸送船には、この艦隊の中でも最高機密とも呼べる兵器が載っている。しかもまだ調整段階で、精密機械や兵器と繋がっているパイプなどがあちこちに転がっていた。

 そのような中を魔王が走り回って一つでも、最悪の場合、兵器そのものを破壊してしまうようなことがあったらと最悪の予想図が脳内を駆け巡った。が―――

 

「というのは、ここに来るための口実だろ」

 

「あら、もうバレたの」

 

 隠そうともせず、リースは愉快そうに笑みを浮かべた。

 彼女が必要以上の謝罪や行動をするなど有りえない。もしあれば、それは状況を楽しんだり、愉快にかき乱すための布石でしかないことは、ソーイチには解っていた。

 

「あの演説にはさすがに怒りが湧いたわ。何せ、わたし達はゴミだって声を荒げられて言われたんだもの。しかも全世界に向けて。こればかりは我慢出来ないわね。やってくれるわ。興味の何もないただの人間にあそこまで言われるだなんて」

 

 平和を謳う式典は紛争を久しく呼び起こす開戦宣言場となったのと同時に、世界各地にいる魔王へ喧嘩を吹っ掛けた。数百年間、関渉することを極力避けていた彼らだったのに自ら戦いを巻き起こしたグーテルモルグは許しがたいのだろう。

 笑みこそ浮かべ、口調も変わっていないが、明らかな怒気は見え隠れしている。

 

「貴方はさっき口実と言ったけれど、そのとおりね。あの馬鹿も、また暴走するんじゃないかって心配するほど怒っていたから。だから連れて来たのよ。その鬱憤を晴らさせるためにね」

 

 おそらく、それだけではない。このままガサラキを国内に留めておいても、火がつくと暴走しやすい彼のことだ。いずれ飛び出して単身グーテルモルグに向かう。

 それを防ぐ意味でも、リースはガサラキを連れて来たのだろう。

 

「昔からアイツはすぐに手を出していたからな。確かにその方が安心できる」

 

「そうね。小さかった貴方が何度泣かされて、あの馬鹿を何度懲らしめたか」

 

「――――」

 

 思い出したくない記憶がふつふつと湧いて出てくた。

 眉に皺が寄り、表情が険しくなるが気のせいだと振り払って解す。

 

「言っておくけど、無益な殺しはしないで、させるなよ。いくら戦争になるからって、ここでグーテルモルグを滅ぼすとまでいかなくても、首都周辺を更地になるようなことがあれば、演説で言われた危険性を自分たちで証明することになるぞ」

 

「ええ、そこはキチンと躾けてきたから安心して」

 

 躾けたという表現がどうも気になるが、理解しているのであれば一安心だとソーイチは思う。

 

「で、大丈夫なの。貴方が造っているという武器のほうは」

 

「ん? ああ、起動実験も行ったけど特に不備や問題点はなかった。ただ、データが足りないから、完璧かどうかは分からん」

 

「それを未完成というのよ。足りなかった資金はわたしが援助したんだから、可能な限り完成させてから渡してあげてよ」

 

「…今なんて言った。“わたしが援助した”?」

 

 リースは当然だと、片目を閉じて、

 

「そのとおりよ。あの馬鹿の件で一度リオークス基地の責任者を会ったんだけど、その時に貴方の話題になったの。そしたら貴方、随分と材料を無駄にしていようね」

 

 本当のことで言葉が出ない。

 設計図はアルミィの協力もあってどうにか出来上がったが、それからが大変だった。

 兵士用の剣や銃程度の大きさであれば問題なかったが、持たせるのは大人を倍にした身長よりも高い機械人形だ。それに合わせて材料を選択したり、加工するのは想像以上の苦労を課せられた。

 その頃になるとオーリスの開発が忙しくなり、アルミィたち研究部も手一杯で、独りでコツコツ作業するようになった。

 武器ならば兎も角、兵器の知識など皆無に近い。何度も試行錯誤をして造り、試作品が出来上がれば忙しい合間にアルミィに見てもらって作り直しを言い渡された。トラウマになりつつある日々を駆け巡っていく。

 

「未完成…か。そんなものをリリオリに渡して恐くない?」

 

「恐い、というか仕方ないな。俺の専門は整備であって開発じゃあない。それに元々、俺が完全完璧な武器を造ることなんか誰も期待していないさ」

 

 本来、整備担当のソーイチが新兵器開発計画「フォス・プラン」に参加することはなかった。だが、リオークス基地司令官ダルタロス・ローカリストの企みによって、半ば無理矢理参加させられた。

 今、兵士達が使う武器たちは古いと。より斬新で根本的な改革は必要だとダルタロスは言った。その改革の切欠をつくるためにソーイチは参加させられ、マルヴィラを造る事になった。

 期待など殆どないに等しい。あっても、それは切欠への期待しか持たれていないことは、誰よりも本人であるソーイチが最も理解していた。

 

「………その辺も変わってないのね」

 

 哀れるように、しかし懐かしさを感じるようにリースが洩らした。

 

「貴方が出てから五年近くが経って、あの城も随分と広くなったわ。あの頃も人は少なかったけれど、広さも静けさも感じさせなかった。随分と雰囲気変わったのよ」

 

 想い帰すように語られ、ふとソーイチの脳裏に浮んだのは微かな記憶の断片。

 幼い己の隣に寄り添って座る少女。身体に手を回して、彼は私のものだと強く強く抱きしめる。そんな少女を見て和む自分。平和だと思えたひと時。

 だがしかし、と。ソーイチの顔を見ようと見上げた少女の髪は銀ではなく黒。

 

「どう、戻ってこない?」

 

 ―――雑音(ノイズ)が混じる。

 

 肘に手を添えて軽く腕を組んだリース。

 一瞬のブラックアウトから戻ってきたソーイチは、銜えていた煙草を海に抛り捨てた。

 

「今戻るぐらいだったら、最初から出てってないさ」

 

 それは斬り捨てる言葉。

 私の横に戻ってきてくれと、遠まわしに言ったリースの言葉だったが、理解はしていた。それでもソーイチは首を縦にも横にも振らず、ただ言葉だけで無理だと告げた。

 すまないな、と付け加えて口を閉じる。

 ソーイチはこれ以上告げようとはせず、リースも表情を変えてはいないが何も言えないでいて、どちらも踏み出せない沈黙が両者に突きつけられた。

 溜息混じりでリースは、ソーイチの言葉を噛み締めて理解したと眼を伏せた。

 

「そう…それは残念―――」

 

「おっ! 見つけたぞってオイオイ、何やってんだお前っ!」

 

「なっ! 馬鹿、声を掛けるな!! というかこっちに来るなっ!!」

 

「―――…ね?」

 

 背後の物陰から、微妙な雰囲気を打ち壊すほど盛大に大きな声が飛び出てきた。

「貴方が出てから五年近くが経って、あの城も随分と広くなったわ。あの頃も人は少なかったけれど、広さも静けさも感じさせなかった。随分と雰囲気変わったのよ」

 

 リースの言葉に、問われた本人ではなく物陰から聞いてしまったリリオリが驚愕する。

 格納庫でオーリスの操作マニュアルの確認をアルミィと行っていて、つい先程終わった。

 アルミィはリリオリに教え終わると、身体を引き摺るようにして自室に戻っていった。精神的にも肉体的にも限界を通り越していた彼女だったので、無事に自室まで行けたか不安だが大丈夫だろうと踏んで外に出た。

 そのまま作業も終了し、今頃、必死に走り回っていた作業員たちも久々の休息を噛み締めているだろう。

 気分転換に外に出た直後、誰かが話し合っているのが聞こえたので近づいてみるとリースとソーイチがいたのだった。

 そして聞いてしまった。聞く気はなかった、というのは聞いた後に出てくる言い訳でしかない。

 元々、ソーイチとリースの間には何かあると、ガサラキの暴動時にリースにソーイチのことを問われてから踏んでいたが、幼馴染の類いだとは予想もしていなかった。

 

「どう、戻ってこない?」

 

 上から投げ掛けるようにリースが問く。

 しかしどこか哀願しているようで、子供が親に寂しさ故に「行くの」と問い掛けるのと同じように見えた。動き方や口調は全く変わっていないというのに、あの時見せた、魔王の角たる気品を感じさせた振る舞いや雰囲気などなく、自然体そのものと表現すればいいのか、喩え方に困る。

 そんなリース・リ=アジールがそこにいて、その正面に煙草を銜えたソーイチ・リヴェルトがいた。

 一拍置いて、銜えていた煙草を捨てると真顔で答える。

 

「今戻るぐらいだったら、最初から出てってないさ」

 

 彼が煙草を吸う光景なんて初めて見て、吸うのだと今知った。

 同時にホッとしてしまった。

基地からソーイチが去らないことに、まだあの日常が続けられることに。

 何故だと、リリオリは自身に問い掛けた。しかし分からない。何故去らないことに安心してしまったのか、何故日常が続けられることに胸を撫で下ろしたのか。

 分からないままなのは、これほどまでに気分を落とさせるものなのか

 と、

 

「おっ! 見つけたぞってオイオイ、何やってんだお前っ!」

 

 大声で近づいてくる誰かに振り向く。考えていたことが一気に吹き飛び、見た相手にげんなりした。

 どこをどうしたらこうなるか分からないが、不気味な笑みでやけに張り切っているガサラキ・ベギルスタンがいた。

 

「なっ! 馬鹿、声を掛けるな!! というかこっちに来るなっ!!」

 

「そう言うなよ…。俺はお前がいるって言うから、こんな船に揺られて来たんだ。逃がすわけ―――」

 

「貴方を連れて来たのは彼女をストーカーさせるためじゃないことぐらい…分かっているわよね、ガサラキ!」

 

 ガサラキの話を掻き消すようにリースが声を出し、気が付けばリリオリの横に彼女がいた。

 その威圧感は先程の感想を撤回させるだけの、あの夜中に初めて見た鋭さと重圧があった。リースが近づくのに反比例して、後退りするガサラキだったが、リースの背後からゆっくり歩いてくる男を見て目を見開いた。

 

「テメェは…ソーイチ、じゃねぇか。何でここにいやがる」

 

「すまないな、俺は軍属の人間だからな。ここにいても不思議じゃないだろ、一応」

 

「ハッ! 泣き虫だったお前がこんなところにいるだなんて、軍も堕ちたもんだな」

 

 ガサラキの言葉など気にも掛けず歩いてくるソーイチがリリオリに気付いた。

 

「リリオリ少佐、いらっしゃったんですか」

 

 気付いたソーイチは普段の話し方に戻っていた。

 

「なんだ貴様。いては悪いのか」

 

 ごく自然体で戻したその口調に腹が立った。別に驚いた様子もなく、ただ、ああ居たのか程度の反応だったことに青筋が立ちそうだ。

 

「いえ、そういうわけではなく…」

 

「ではどういう意味だ!」

 

 どうしたものかと苦笑いで誤魔化そうとするソーイチに、犬歯を晒してさらに喰い付く。

 

「何を怒っているの、リリオリ」

 

 それを見兼ねてか、リースが割って入り、訊ねてきた。

 

「怒っているということではありません。しかし―――…」

 

 リリオリ自身も分かっていないだけに、口が吃(ども)ってしまう。

 だが、何故ここまで気が立っているのか。ソーイチとリースの妙な話を聞いたからだろうか。それともオーリスの説明中にアルミィが妙なことを聞いてきたからだろうか。

 後者だとしたら、この怒りは基地に戻ったらアルミィにぶつけるとしようとリリオリは思った。

 

「難しい年頃ってやつだな」

 

「馬鹿がそういうことを言うんじゃないわよ」

 

「適当なことを言ってまとめるな」

 

 ぼそっと出たガサラキの言葉にソーイチとリースの双方から爆撃が降った。

 言い返そうにも、そのとおりであるので彼にどうすることも出来ずに凹み始めた。悔しそうに唸っているが、ソーイチには外方(そっぽ)を向いて無視され、リースには通用せず、さらに五月蝿いと睨みつけられて、苦し紛れの唸ることさえ許してもらえなかった。

 その光景を見て、リリオリの胸は少しだけ痛みを感じていた。

 

「なあ、お前たちはどういう関係なんだ」


 
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