No.198568

機動戦士 ガンダムSEED Spiritual Vol27

黒帽子さん

 正しさが人を救うとは限らない。むしろ社会は人を抑圧する。正義を目指して邁進した結果地獄へ堕とされる人間の声は―正義の名の下に圧殺されるのが正しいのか? 抑圧された声…声が今叫びに変わる。
 その隙に、一人の信念が全てを捨てて贖罪を目指す。
102~104話掲載。イマジネーターこそが彼女を救える術を持つ。

2011-01-29 21:14:18 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:2594   閲覧ユーザー数:2579

SEED Spiritual PHASE-102 狂わされたのよ

 

 ミリアリアはジャケットの中の鉄を確かめ息をついた。

 

――「あの…トールって奴殺したの、アイツ…」

――「あんたキラの話聞いてなかったの!? あの人を殺してトールが戻ってくるの!?」

 

「…………」

 余計なことと余計な顔が思い出され彼女は渋面を浮かべた。今からやろうとしていること、成功失敗関わらず自分は蜂の巣にされることだろう。そこに迷いなど入り込もうものなら、失敗の可能性ばかり増大してしまう。

「キラ! おまえ、どうしたんだ!?」

 その声にミリアリアは跳ね上がった。深呼吸をする時間を欲したが、社会は人に余裕など与えてくれない。世界は心を無視して流れていく。

「あ、アスラン……。君と別れたあと、〝プラント〟を襲った〝ロゴス〟関係の軍とぶつかって……そこにシンがいたんだ!」

 キラ。懐旧の情が湧いてくる。彼に迷惑をかけることになると思うと居たたまれないが、心の黒いしこりはそれを圧して怒りを生み続けている。住処を壊し、恋人を殺し、生活を乱し、職を奪い……数え切れない恨み言が胸中でリフレインする。両目を開けたまま深呼吸したミリアリアは二人の前へと一歩を踏み出した。

「キラ」

「え? あ、ミリィ。どうしたのこんなところへ?」

 キラの疑問はもっともだ。だから何も言えないまま歩み寄る。キラもアスランも不思議そうな眼差しをこちらに向けてくる

「?」

 そして紅いスーツの脇腹へと銃口を突き付けた。

「おまえっ!?」

 そして躊躇わず発砲。

 アスランの身体が跳ね、キラが思わず悲鳴を上げる。暗黒の達成感に口元を歪めたミリィだったが――

「っぐぅっ……!」

 コーディネイターの反射能力を見誤っていたらしい。ゼロ距離射撃を避けたというのか、アスランは脇腹を押さえながらも踏みとどまった。出血は、ない。銃弾を受けたわけではないのか。衝撃波を痛がっているだけか。

 ――復讐は、成らなかった。銃を突き付ける時間はあったのに……あぁナイフにすればよかった……。

「貴様!」

 周囲の兵士達の怒号と共に銃の構えられる軽い殺音が立て続けて巻き起こった。キラがせっぱ詰まった表情で振り仰ぐが、恐らく遅い。暗殺者は裁判にかけられず銃殺に処され、怨みは無かったことにされる。かくて世界はこともなし――

「ミリィ!」

 銃声が連続した。しかしミリアリアに痛みはない。

「……え?」

 ぼとぼとと肉の倒れる音がした。誰何の声と銃口は自分を離れて彼方を向く。索敵に躍起になっている兵士がまた銃弾に貫かれ、地に伏し血に塗れた。

「何者だっ!?」

 キラとアスランが遅まきながら、それぞれの理由で銃を構える。その先には何もない――だが声だけは聞こえてきた。

〈あんたらも火山潰しから無事生還か。取り敢えずはよかったな〉

 どこかのスピーカーから声が聞こえてくる。この声にアスランが反応した。脇腹の痛みも忘却させられ憤怒が意識を塗り潰す。

「クロフォード・カナーバか!? お前、まさか彼女を洗脳したのか!」

 アスランには奴の声から連想させるおぞましい技術が連想される。それならば彼女の乱心に理由がつく。こいつは、自分を排除したいが為に彼女までも兵器に変えたというのか!? 怒りが出口を求めて荒れ狂う。視線は憎むべき男の姿を捉えようと彷徨う。だが姿は見つからず、嘲るような声だけがどこからともなく流れてきた。

〈ハッ! 都合のいいことを信じたがるようじゃあ終わりだなアスラン・ザラ! これが彼女の本心だよ。お前は一回彼女に殴られるべきだとオレも思うぞ〉

 耳を傾ける価値などない。

「戯れ言だ! お前は――」

〈おいおい彼女に恨まれるようなこと、一つも思い至らないのか? もし本気だったら〝ターミナル〟に頼んで今まで殺してきた人間の情報調べてもらえよ。てめぇは自分を聖人君子だとか思ってんじゃねぇぞ!〉

 嘆息を挟み直ぐさま辛辣な言葉が投げつけられた。アスランが何かに思い当たりうずくまったミリアリアに思わず視線を投げ、キラが周囲を兵士に固められた時、格納庫(ハンガー)から異状を察したザフトの兵が駆け寄ってくる。

「お、アスラン! どぉしたっ何の騒ぎだぁっ!?」

「ミリィ? おい、これは何事だよっ!」

〈オレが言うことじゃねーんだがな。お前が彼女に無理難題吹っ掛けまくるから、彼女、今無職だ。〝ターミナル〟からも、スカンジナビア王国からも見放された。お前のせいでだ〉

 ミリアリアはアスランを睨み付けた。何を思ったか、何を感じたか、アスランは目を反らす。あぁ彼が何を感じようが関係がない。『再び復讐の機会に恵まれた』。

 キラはあの時言った。憎しみを断ち切ることができなければいけないと。

 

――「あの…トールって奴殺したの、アイツ…」

 

 だからあの時ディアッカの告げ口をはね除けた。だが、それで平和になったか? わたしの心に残ったのは――消せなくなったコレだけだ。私が心を押し殺せば、確かに平和になれるのだろう。だがしかし、このわたしの心はどうなる? 時間ですら解決できない黒い闇を、わたしの造り上げた平和がどうにかしてくれるというのか?

「うぅぅああああああああああああああああああっっ!」

「なっ!?」

 心を持て余したミリアリアはジャケット裏からナイフを取り出すと逆手に握り混み振り上げ、咆吼と共にアスランへと襲いかかった。

 反応が遅れながらもアスランはそれをかわす。だが殴り倒すわけにもいかない。取り押さえるべきだと理性は主張するが、情報を受けた心が邪魔をする。遠慮が正義を押し包む。アスランは一歩を踏み出したが、指先は動かない。哀れみを込めた視線の先では刃物を手に、鬼の形相で息をつくミリアリアがいる。見かねたキラが兵士を除けて走り出そうとしたが――遅い。

「ミリィ! 駄目だっ!」

「アスラン……るぁああああああああああっ!」

 ミリアリアは凶器を振り上げ、全身を投げ出す――

 だが殺意がたわめた全力を刃に乗せる前に背後から引き留められた。

「止めろミリィ! こ、こんなの、お前らしくねぇだろっ!」

 思わず後ずさるアスラン。殺意の塊を引き留めたのは、ディアッカの腕だった。

「離してっ! 離しなさいよぉ!」

 アスランは獣のように全身を振り回す彼女に戦慄した。

〈これが彼女本心だ。お前は文句言う前にこれを認めろ。さぁこっちが間違ってると言いたいなら、お前が彼女を鎮めて見せろ〉

 どこからともなく鼓膜へと忍び寄ってくる悪魔のようなクロフォードの声。怒りのままに掻き消したいその戯言に、目の前のミリアリアが力を与えている。

「ミリィ! まずは落ち着け! アスラン刺したところで何が変わるっ!?」

 ディアッカは――つまらなそうに自分を見つめるつき合っていた頃のミリィの様子を思い浮かべていた。

「お前らしくないだろ!」

 そう言いながらもディアッカの脳裏には無気力とは対照的な彼女の様子も……思い描ける。ナチュラルと侮り、嘲った結果、彼自身今のアスランと同じ目に遭わされたことがある。

「うっさい!もうあんたとは関係ないんだからあーだこーだ言わないでよぉっ!」

 怒りは人のリミッターを外す。女の細腕を軍人の豪腕で絞り折るわけにも行かず力の調節に苦心していたディアッカの腕は全力以上を捻り出したミリアリアの右腕に振り解かれる。刃物を持った腕が勢い余って前へと放り出される。結果――

「がっ!」

「ディアッカ!?」

 アスランの悲鳴にミリアリアが感化された。殺意以外の感情に足を止められた彼女が振り返る。左肩から頬までに刀傷を刻まれ頽れたディアッカの姿がそこにあった。

「でぃ、ディアッカ……」

 口元にまで寄せた手には、刃物が握られている。その切っ先には分厚い血の塊がこびり付いているのを認め、ミリアリアは小さく短く悲鳴を上げた。理不尽に絶望し呆けかけていたアスランだったが身体に染みついた戦闘技能はその隙を見逃さない。逃げ腰から一転して撃ち出された彼の身体は瞬く間にミリアリアとの距離を詰め、振り下ろされた手刀がその手から凶器を打ち落とす。崩れ落ちることもなく忘我したミリアリアを横目に、危険はないと判断したアスランは傷ついたディアッカへと駆け寄った。

〈ははははははははははははは!〉

 イザークと共に彼に応急処置を施し、ミリアリアの捕縛を命じようと――煙幕が辺りを覆い尽くした。

「撃つな!」

 混乱する皆にまず警告を発し、アスランは駆け出した。煙幕が投げられたのは格納庫(ハンガー)の上からと、その逆方向からだった。クロフォードの襲撃は単独ではない。〝ターミナル〟か! アスランは怒りに奥歯を轢らせる。だが手でどれだけ大気をかき回そうと巻き上がった煙幕は晴れそうにない。

「ちぃ! オーブの中でっ!」

 何と大胆なことを! しかもただ自分を嘲るためだけにこんなことをしたというのか!? 理解できない。理解したくもない。アスランはディアッカをイザークに預けるとミリアリアのいたはずの方へと駆け出す。しかし、その場に誰もいない。アスランは再度舌打ちを零した。

「立て」

「……え?」

 思いも寄らない流血に意識を喰われかけていたミリアリアの耳に聞き覚えのある、だが思い出せない声が届く。同時に腕を引かれた。

「行くぞ」

「あ、あなた、そうクロ!?」

 数日前に別れた男がそこにいる。だが彼が何故自分を助け、しかも連れて行こうとする? そもそも彼は〝ターミナル〟の構成員ではなかったか?

「っ! ちょっと! わたしは〝ターミナル〟の裏切り者扱いよ!? そんなわたしを連れて行ったら………」

 クロはその口を無理矢理押さえつけた。アスランから逃げるため、余計なことに意識を割くわけにはいかない? いや、彼女の言葉が聞くに堪えられなくなったからだ。

(お前らも耐えられないはずだろう? 大局なんてもののために、誰かが犠牲になるような世界はよ……)

 この煙の先、そのどこかにアスラン・ザラがいる。彼も、〝ヤキン・ドゥーエ〟で謳っていたはずだ。

「別にオレにはあんたを迫害する理由はない。それにあんたのいた〝ターミナル〟が大元締めなんてことはないんでオレの立場が悪化するなんて心配は要らない。色々あんだよ〝ターミナル〟は。

 オレらが〝ルインデスティニー〟でやってたとき、いかにも世界支配してるって放送したおっさんがいたが、あいつらの組織の存在、未だに知らねえからなオレが」

 不思議そうに見上げてくるミリアリアの手を掴んだクロの耳に、アスランの怒号が届く。応えてはいけない。逃げなければならない。

「クロフォード・カナーバっ! どこだ! 彼女に何を吹き込んだんだ!?」

 それでもクロは、嘆息し、煙の奧へ嘲りを投げた。

「お・ま・え・が、彼女を狂わせたんだ。あとで原因の全てをオーブの端末にでも送ってやるから待っていろ」

「ミリィ! 戻ってくるんだ! 今回のことなら、僕が何とかするから!」

 キラとアスラン。手の届くところに歌姫の双剣がいる。そう考えると殺戮の欲求が抑えがたかったが、力で殺しても意味がない。それに殺せるとも思えない。彼らの意識を木っ端微塵にするために、ここまで来た。安楽死などに逃がしてやるつもりはない。

「わ…キラ! わたしが悪いんじゃないわ! わたしは、アスラン・ザラに狂わされたのよ! よ、よく考えてよ……わたし達のいた〝ヘリオポリス〟が崩壊したのだって、こいつらが襲ってきたからじゃない?」

「み、ミリィ……」

 クロは、再び笑い出したくなるのを懸命に堪えた。二人の絶望が手に取るように感じられる。

「わかるよなアスラン・ザラ」

 視界遮る煙の先、自分を恐る恐る見ているのではないか。そう考えると昂揚する。そうかこれが、神々の心地か。確かに、こんなものに浸りきったら人間は駄目になることだろう。

「お前じゃ彼女は救えない。しかしオレ達なら、出来るんだぜ?」

 奴の嘲笑の気配に愕然とする。

 アスランはクロフォードの言葉を全力で否定しようとした。だが、怒りを抱えた彼女を救う術を、自分は持ち合わせていない。ならば自然なまま、彼女は怒り続けることが正しいか? いつ自分を殺しに来るかわからない状況、もしくは自棄になって自殺を考えること…鬼の形相から連想されるあらゆる事象が想像されるがそのどれも正しいとは感じられない。しかし――彼には彼女の怒りを消す術がない。

 額にアンテナを突き立てられ、全てを忘れた人間の姿を思い出す。クロフォードは、彼女を壊しかねない元凶――『怒り』を消去する術を持っている……。

「だが、それは駄目だっ!」

「だがそれだけが救いだ」

 悪魔の嘲笑に怒りは湧く。だが反論すべき何かに手が届かない。気配だけが薄れていく。視界の利かない苛立たしさが逃げ去っていくクロフォード・カナーバを感じ続けた。捕らえ、裁かなければならない。彼は犯罪者だ。だが彼女を救う術は自分にはない。

「ぅうあぁっ!」

 アスラン・ザラは正義が分からなくなった。

 

 

 クロはひとまず二つめの隠れ家へと戻ってきた。逃走経路では何も言わなかった洗脳兵が一息つけたところで口を開く。

「クロさん……問題ですよ。私達は宇宙へ行くのが第一目的。ロケットが揃うまでは隠れているべきでしょうに」

「あぁ……ごめん。でも一人増えても乗れるだろ?」

「はい。ロケットは現在五つ確保し、それらは修理も終わっています。ちょっと詰め込む形になりますが……一機につき五人は乗れます」

「なら彼女が増えても問題ない。よかったよかった」

 諦めの気配漂う溜息を返されたが問題がなければ平気だ。我が儘を申し訳なく思いながらも終わったことだと開き直る。

「はぁ。モビルスーツの搬送など考えませんから、集合できれば発射できます。しかし、オーブ側の警備も厳しくなることでしょう。工場をいつまで無視してくれるものか解りません」

 それはしっかりと自分のせいだ。代替案を出さなければならない。クロは窓の外へと視線を投げる。腰を床に着けていられるような時間はもう無いと考えるべきだろう。

「ねぇ」

 決断しようと開きかけた口が彼女の不機嫌な声に遮られる。水一杯にを与えたらコップに齧り付いていたミリアリアが表情から憔悴を消せぬまま不信げな視線を向けてきている。

「なんで私を助けたの?」

「顔見知りだったからだよ。ザフトに潜り込んでるとき手伝ってくれたろ。んでオレ達は――」

 こちらも見ぬままさらりと答えたクロにミリアリアは狼狽する。命までかけてそんな理由があるか!? 納得できない彼女は逃走の算段へ没入するクロの袖を掴み取る。彼はうるさそうな顔をしながらも乱暴に振る解くことはせず振り返る。

「ちょっと、手伝ったって何よ? 理由にならないわよ!」

「あぁうるせぇなあ……人助けに理由がいるのかよ?」

 場が、静まりかえった。

 脱出方法を提案しようとしていたクロはその気配に言葉を失う。

「な、何だ? 急いで逃げなきゃならないだろ? なんかいるのか?」

 窓の外を盗み見たが特に危険はない。

「い、意外ですね……」

「ん?」

「クロさんが……理論取っ払って感情で理由付けするなんて」

 …………

 ……

 そう見られていたのはまぁ悪い気はしないが、言葉を出せなくなったこの空気をどうすればいいのか。ミリアリアが隣で堪えきれずに吹き出すのを横目で睨んで制しながら、実務一点張りで貫き通すことに決めた。

「ちっ…ロケットとモビルスーツの準備はどのくらい?」

「ああはい。ロケット五機はいつでも点火可能です。モビルスーツは〝アストレイ〟四機を確保。但し工場に廃棄されていたジャンクものも含みますので二機はまともに動けるとは考えない方がいいかと思います」

 メモもリストも取り出すことなくスラスラ応えるその言葉には本当かどうかを調べる術が無くても強い真実みが感じられる。

「ルナさんも、足の方は大丈夫と聞いています。メンバーは紛れ込んでいますので、特にトラブル起きなければ二十分程度で合流できるはずです」

「了解。じゃあ今すぐ行動しよう」

「ん?」

 クロは荷物をまとめ始めた。洗脳兵達は一瞬怪訝な視線を向けたが、その一瞬で打算を終えたというのかクロに従い整理を始める。

「……あ、あなたの〝ターミナル〟、意外と短絡ね……。大丈夫なの?」

 ミリアリアは不安げに見上げてきたが、クロに迷いはなかった。

「準備は…これ以上望めるかどうか解らない。が、時間がかかれば敵は今以上の準備をして確実に包囲を狭めてくる。なら今動くのが最善だと思うが?」

 迷う理由がない。彼らに言われたとおり、宇宙へ行くのが第一目的。宇宙に行くには動き出さなければならない。

「悪いが、敵地でゴロゴロできるほど神経太くないんでね」

「それでも、人は迷うものだと思うけどね」

「こいつらに迷いなんてないよ。無駄なものだと理解してるから。ほらあんたも来て貰うぞ。拷問されてまでオレ達を庇う理由なんかないだろ」

 言われるまでもない。オーブに敵対してしまった彼女に、その申し出を拒む理由もない。ただ――

「迷わないってのは……あなたのことを言ったんだけどな」

SEED Spiritual PHASE-103 失敗をしたがる人間

 

 今日は〝ブレイク・ザ・プラネット〟が収まってから初めての休暇。マリュー・ラミアスは数ヶ月ぶりに自宅へと帰ってきていた。まだ二度しか足を踏み入れていなくとも自宅は自宅である。

 しかしそこにムウはいない。先の大戦以来ずっと同棲しており、仕事のせいで届け出てない内縁関係となっているムウは、いない。マリューは玄関を開け、何となくただいまと呟き――重く大きく溜息をついた。

 〝アークエンジェル〟の艦長席に着いている間は全く感じな疲労倦怠がソファに腰を落とすなり凄まじい勢いで襲ってきた。

「あー……」

 後頭部を背もたれに押しつけ、確保した気道から怠さを吐き出す。部屋の掃除今晩のための料理使っていないベッドであっても布団を干したい――玄関をくぐるまで予定していた幾つものお仕事が脳裏、いや脳の上でぐるぐる回る。動かなければと小脳が命令しても四肢はストライキ。結果マリューは仰け反ったまま動けずにいた。この時時間は思いの外早く流れる。ヒトが動かずじっとしていられるのは限られた時間だと思う。だから時間が早く流れるのだ。

「あー……っと、これじゃ、駄目ね…」

 自分に呆れたマリューは重い身体を無理矢理引き上げると……………まずコーヒーを淹れた。当然インスタントである。

「あ……」

 今より以前にムウがいなくなった間、傍らにいた男の姿がふとよぎった。今はあの男さえも宇宙だ。そう思うと、罪悪感が湧き起こった。私は彼にまで何かを求めていたのか。

「私は何が欲しいのかしらね……」

 見回しても、この屋内に特別郷愁の念はない。当然だ。前の住まいは津波に奪い去られてしまっている。だが今の建築技術は大したもので、仮設と呼ぶのがはばかれるくらいしっかりした住居である。部屋数は少なめだが。

 取り敢えず、布団をベランダに出そう。それが終わったら掃除機を引っ張り出そう。まだ日は浅くても間取りは理解している。意を決して寝室に上がりかけたマリューだったが、その足が呼び鈴に止められた。

「あ、誰かしら」

 はき慣れないスリッパに悪戦苦闘しつつ玄関へ戻り、扉ののぞき窓に目を近づけようとした瞬間。

「おーい。いないかー?」

 凍り付いた。

「えっ? ち、っちょっと!?」

 聞き覚えなどという次元の記憶ではない。この声、忘れられるはずもない。覗き穴を気にしていた警戒心はマリューの心から消し飛び。ノブを握った手が施錠に阻まれ空回りする。毒づきながらも鍵を外し、ドアを開け放ったマリューの目の前には、声に思い描いたとおりの男がいた。

「おう。家、流されたんだってな。無駄に探しちまったぜ」

「ムウ!」

 ここには他に誰もいない。理性が働こうはずもない。涙も身体も堪えることなく彼の胸へと放り込む。

「おぉっと!」

「ムウ! ぶ、無事だったのね……!」

 突然の抱きつきに浮かび上がってしまったムウの両手が、笑顔に流され恋人を抱きしめた。

「あぁ。悪ィ。心配かけちまったな……」

 髪に手を滑らせると彼女はされるがままむせび泣く。ムウはしばし幸福感に身を委ねた。マリューも永遠を求める時間に浸る。やがてどちらからともなく身を離し、マリューはまず目尻に指を添え、涙を追い出した。

「戻って早々悪いけど、わたしは明日には国防本部よ。あなたは、休暇?」

 体調が万全ならば恐らく彼にも長期の休暇など許されない。〝アークエンジェル〟の艦長と、そこで運用されるモビルスーツのパイロット。マリューの脳裏では二人の新たな戦場が描き出されていた。

「いや」

 彼は質問内容を否定した。ならば明日にでも〝アークエンジェル〟は動き出すことになるかもしれない。敵性〝ターミナル〟の出方次第では、本来は第二宇宙艦隊所属である我々は宇宙に配属替えとなる可能性も高い。今後のため最近の戦闘情報を頭に入れる必要もあるかもしれない。

「あ、ご免なさい。取り敢えず上がって」

 頭が休暇から軍人へとシフトしつつあることに気づきマリューは自嘲し苦笑した。爪先と掌を屋内へ向けた彼女、ムウはそんな彼女に言葉に続きを、乗せた。

「いや、お前には、聞きたいことがあってここに寄ったんだ」

「……え?」

 彼が、外で話したい用事とはなんなのか。悪い予感が胸を占める。懇願するような眼差しで見つめた彼の瞳は、揺れていた。

「ネオ・ロアノークという男を知っているか?」

「っ!?」

 その名を持った彼と同じ顔を持つ男はムウ・ラ・フラガを否定していた。〝ミネルバ〟から吐き出される陽電子砲を〝アカツキ〟がその装甲システムを持って弾き散らした際、その男は死んだはずだ。

 地球軍第八十一独立機動群所属大佐ネオ・ロアノーク。マリュー自身も戦後に調べたデータからしか知らない男。ムウが見限ったはずの地球連合に所属し、その悪逆非道な行いに荷担した軍人。人間を人間のまま兵器へと改造した存在〝エクステンデッド〟を用い、当時のザフトと敵対し、要塞兵器〝デストロイ〟を用いて無辜の三都市を虐殺した。

 その記憶は失われたはずだ。夜な夜な夢に出てムウを責め立てることはあっても今を駆逐するような影響力は失ったはずだ。彼は自分と共に戦った記憶だけを持つムウ・ラ・フラガ。それで良いではないか。マリューがその男を否定し、一言も話せないままかぶりを振る。ムウの表情に痛みが走ったが彼女はそれに気づけずにいた。

「ネオ・ロアノーク。大西洋連邦ノースルバ出身、血液型(ブラッドタイプ)O」

 既視感、いや既聴感か? マリューは弾かれたようによろめいた。

「C.E.73、第八十一独立機動群通称〝ファントムペイン〟大佐として当時のザフト最新鋭艦〝ミネルバ〟と幾度と無く交戦……」

 蕩々と語り出した彼の言葉が胃の腑をえぐる。それは彼女が今正に思い描いたこと。心を読む術でも身につけたのでなければ、語れる理由は一つしかない。

「与えられた〝エクステンデッド〟はスティング・オークレー、アウル・ニーダ、ステラ・ルーシェ。こいつらを指揮し〝アーモリーワン〟にてセカンドステージシリーズのモビルスーツ〝カオス〟〝アビス〟〝ガイア〟を強奪。

 ステラがザフトに捕まっちまった際はあちらの坊主の温情預かって返してもらったにも関わらず約束は不意にし、果てにはステラを〝デストロイ〟に乗せてベルリン近辺を焼き払ってMIA」

 遂には自分の記憶にないことまで訳知り顔で述懐する。もう疑う余地はなかった。

「ろくでなしのネオ。そいつは……俺のことなんだろ」

「ムウ……記憶が……!」

 ネオに対しては戻って欲しいと切に願った。ムウに対しては、どうなのか? ムウは〝レクイエム〟に対し、「なんでこんなもん守って戦うんだ」と叫び、あの大量破壊兵器を撃破した。〝デストロイ〟を護衛して三都市を壊滅させた存在からは口が裂けても言えない言葉だろう。だがマリューはそれを問題発言だとは、考えなかった。それはつまり、苦い過去など……自分が傍らにいない記憶など消え去っても構わないと感じたからではないのか。ネオを取り戻したムウは、恐らく自分の知っている彼ではなくなってしまうと、望まぬ未来が来ると言うことを――

「俺は、今はお前とは行けない」

 予見していたというのか。

「む、ムウ…!」

 マリューは自宅の敷居がまたげなくなった。ただの桟。そう認識してもそれは結界だった。

「俺は、ネオが裏切っちまった坊主に謝らねぇとな」

 彼女の瞳に耐えられなかった。見つめ続けることも、引き剥がすことも。ムウは永遠とも思える葛藤と、幸福に苛まれる。だがこれは、ムウ・ラ・フラガのみが受けるべき祝福という奴だ。ネオを名乗り、ケインと混じり合った半死人がおいそれと浸っていいものではない。ムウは身を引き裂く思いで半身を返すと、言葉だけを置き去りにしようとした。

「……じゃあな」

「待ってっ!」

 結界を越えて縋り付いてきた彼女の腕には逆らいがたいものがある。このまま振り返り、前言を全て撤回して抱きしめれば未来は容易に変えられる。シン・アスカに謝罪することに、どれだけの意味がある? もしかしたら彼は自分が死んだものと認識している可能性だってある。そんな奴の前にのこのこ出ていって、怒りを一身に受けて死ぬのか?

 忘れろ。忘れることなど慣れたものではないか。振り返るだけで明るい未来が待っている。さぁ!

「……すまん」

 それでも、くだらないこだわりと罵られようとも自分を曲げることができなかった。スティングに、アウルに、ステラに詫びねばならぬ身。だが死んでしまった彼らには悼むことはできても詫びることはできない。残されたただ一つの、彼らとのつながりさえ蔑ろにしてしまったら……自分は彼女の傍らにいながら心ない死人(ネオ・ロアノーク)として生きることになる。

 ムウは縋り付く彼女を乱暴に剥ぎ取ると重すぎる一歩を踏み出した。それでも二歩目が、投げ出せない。

「わかってくれ。あの坊主にだけは、落とし前をつけねーと、俺はどこへも行けない……!」

 絶叫、罵詈雑言、再度の縋り付き……ムウはそれらの可能性をきつく目を閉じ追い出した。無事を祈ってくれた女に死地へ赴く報告に来るなど非道い裏切りに他ならない。解っていながら行こうと言うのだ。どんな悪罵でも受け付ける覚悟だった。

「――行かせないわ。その子は、またあなたを殺すから……!」

 その覚悟が受け止めたのは首筋に差し込まれた冷たい感触だった。人の手では有り得ない、だが人の手に連なるもの。いっさいの加減が効かず臆病者を殺人者に変え得る鉄塊――マリューは取り出した拳銃をムウへと突きつけていた。

「あなたが生きていてくれればそれでいい! あなたが……あなたが人殺しでも構わない! 過去の罪だって、私が許して、背負ってあげるから!」

「撃てよ」

 銃口が震え、彼の首筋を引っ掻く。無論撃てるはずもない。突然振り返ったムウは銃身を握り込むと銃口を顎下へと突き刺した。

「その代わりマリュー。お前が俺の心をあいつに届けてくれよ」

 沈黙が、蟠った。マリューの混乱する頭は、それでも解決策を求めるが、彼の覚悟の前には何もかもが無駄に思える。涙が、落ちる。心が、折れた。銃から手が離れ、嗚咽が漏れてしまうと、彼を留める力は全て失われた。

「悪いな……」

 再びムウは背を向けようとしたが、できずに留まる。崩れ落ちたマリューが、か細い声で何かを繰り返している。耳をそばだてると聞こえた。彼女の願いが。

「お願い、約束して……必ず、生きて帰ってくるって……」

「マリュー……」

 シンの心が解らない。約束できるはずもない。

「それは……」

「お願い。どうか、無事で……」

 確約は……不可能だ。

 そう断言しようとして苦笑が漏れる。帰りを待つ女をほったらかして何が英雄か。〝エンデュミオンの鷹〟か。無理無茶無謀などもう数え切れないほど切り抜けてきている。俺は、ムウ・ラ・フラガは不可能を可能にする男ではなかったのか?

「あぁ帰ってくるさ」

 破顔する彼女へ。心のままの笑顔を送る。

「帰ってくる。お前の元にな!」

 その場しのぎだろうと構わない。断言し、実行するだけだ。投げ出された彼女をしっかりと受け止めたムウは全てにケリを付けるという不可能を目標とした。

 

 

 

「なに? オノゴロ島にっ!?」

 カガリは国防本部で目を剥いた。クロフォード・カナーバを発見したとアスランが息巻いていたのはほんの小一時間前。件の男の逃走範囲を絞り込み、捜索に人員を出した途端、廃棄された工場から作業用ロケットが打ち上げられたと言う。ザフトの軍を引き入れていないことを痛烈に後悔する。〝バビ〟が数機在れば追い縋り、ミサイルで追い打ちをかけることもできたかもしれない。モビルスーツ部隊に追撃を命じたが、〝ムラサメ〟はロケットに追いつけない。落胆を吐息と共に吐き出せば続けて第二のロケット打ち上げが報告される。驚愕冷めやらぬ内に、もう一機。

「なんだあれはっ!?」

「一機でいい! 何としても確保しろ!」

 カガリはマイクを引ったくり声の限り叫んだ。〝ムラサメ〟隊が加速をかけ、三機目のロケットには肉薄する。最大速度に達する前のロケットバーニアへビームライフルの照準を合わせる。だが瞬間、横手からの一閃が銃身を貫いていった。

〈何ッ!?〉

〈メイデイ! 攻撃を受けた! 敵位置は不明っ!〉

「なんだ! 何が起きた!?」

 代表の怒号に国防本部が騒然とする。が、彼女の疑問は直ぐさま氷解した。

「〝アストレイ〟、数・三! シグナルは――なんだこれは?」

「どうした?」

「あ、いえ……〝タケミカズチ〟艦載機です。とうの昔に廃棄されたはずのモビルスーツですが……」

 拡大されたモニタの中でライフルを破壊された〝ムラサメ〟が再び変形し急上昇した。〝アストレイ〟の装備ではそれを追い切れず次の殺意からは逃げ延びたものの、ロケット発射の阻止するチャンスを逸してしまった。

「ちっ! 何者だあいつらは!」

 その茫然自失から立ち直るまでの一瞬の隙に、〝ムラサメ〟が一機撃墜された。眼下の〝アストレイ〟がライフルを構えたまま、動きを止める。それは……整備不良か、エネルギーダウンで戦闘不能になったとしか思えない。

「何だあれは……?」

 また次の〝ムラサメ〟が撃ち抜かれる。こちらの三機が墜とされたところで眼下の〝アストレイ〟一機が項垂れ動かなくなる。

「これは……」

 そして空域の〝ムラサメ〟が全滅すると同時に、所属不明の〝アストレイ〟までも全滅している。カガリは戦慄を覚え、手近な通信機を奪い取った。

「あの三機、捕まえてくれ! パイロットをだ!」

 ろくに整備もしていない機体だと言うことは、搭乗員も解っていたはずだ。ビームライフルをまともにドライブできるものですらないと、解っていたはずだ。

 今の戦闘、敵の攻撃に無駄弾というものは一つもなかった。

「……テロリスト、だったのか?」

 あぁ、考え過ぎかもしれない。だがもし、ライフルの残弾を把握しており、完璧な精密射撃を行ったのだとしたら――

「代表! 〝アストレイ〟三機を確保しました。同様のものが一機準備されていましたがこちらにパイロットはおりません!」

 報告に弾かれる。報告には指示を返さなければならない。だが、考えてしまう。現に、正体不明のロケットは全て離脱している。いや、今は考えるべきではない。

「ハッチは開けられるか?」

〈……駄目ですね。内側からロックされています〉

 だとしても引きずり出すのは時間の問題だ。〝アストレイ〟の装甲は軽量化を優先する発泡金属製。通常の装甲よりも切断は容易。モビルスーツの武装でなくとも斬り裂くことは可能な強度だ。

〈抵抗するな。お前達は完全に包囲されている。手を挙げ頭の後ろに付けろ!〉

 中から出てきたのは平服の男達だった。アフリカ地域を連想させる赤さのない黒人種がオーブの兵に銃を突き付けられ、抵抗する素振りも見せず両手を後頭部に当てている。一人が引き出されると残りの機体は傷つけられたハッチを中から開けた。その全ての人種は異なったが、行動は同じだった。モビルスーツから抜け出るなり手を頭に当て無抵抗意志を示してくる。

「尋問、わたしも立ち会わせて貰う」

 何人かが思い止まらせようと声を開きかけたが、代表の性格は皆が熟知している。

 捕虜の一人の両手を拘束し、口元に硬質のマスクをはめることで安全を確保。万難を排して代表を迎え入れて尋問した結果、理性的なテロリストというよく分からない印象だけが張り付いた。

「では、お前達は……捨て石になったというのか!?」

「はい。目的は達しました。それに法的に問題ある行動をとった自覚はありますので、ここの法に基づいて裁いて下さい」

 黙秘を続け、尋問者に唾を吐き、デスクを乱暴に蹴り飛ばす――捕まった犯罪者というものはそうするだろうとの固定観念を抱いていたカガリは彼の言葉に呆然とした。拘束を解いたところで襲いかかってくるようなことはない。マスクに覆われくぐもった言葉でなく、はっきりとした彼の声を聞いてみたかったが……流石にそれを希望することははばかられる。

「お前は、捨て石……利用されたと思わないのか?」

 更に彼は予想もできなかった表情を浮かべた。思わず漏らしカガリの言葉に、はにかんだのだ……。口元が覆われていても見紛うはずのない自然な表情の綻びが、信じられない。

「はは…。まぁ利用されてはいますけど、必要なことでしたから。僕たちがその捨て石やったものだから、みんなは宇宙に行けたわけでしょう?」

「それでいいのかっ!?」

「世の中には人の迷惑にしかならないアホもいますし、自分のすべきことがなんなのか解らず迷ってる人もいます。そんな人と比べれば、僕は目標完遂し、友人から感謝されているわけですよね。ベストではないけどベターかと感じています」

 人に迷惑をかけている人間、明日の見えない人間……確かにヒトはいつも明日が見えず、惑う。だがそれがヒトではないか。無駄とも思える道のりを経て成長する、それがヒトではないのか?

「あなたは……完璧なつもりか? 捨て石にされたその事実を、考えてみるべきじゃないか?」

「迷うまでもなくやることが解っていた方が、世の中スムーズに行くとは思いませんか?」

 犯罪者のしたり顔の反論に皆が色めき立ち反論する。彼らは皆、心の多様性を尊び〝デスティニープラン〟に反対した者達。人間らしい迷いもなく完成された心に感化されようはずもない。カガリもそれに追従した。

 だがしかし、誰もこの捕虜を論破することなどできなかった。

「うー……ん。あなた達は迷うことも人生の醍醐味みたいに言われますね……確かに失敗することで成功に近づいていくってのは理解できますが…失敗それ自体が大切なことってのは理解できません」

 くぐもっていても明瞭に届く。その意図が。

「失敗をしたがる人間って、いますか?」

 少なくとも、わたしの知る限りは、いない。先年の大西洋連邦との世界安全保障条約締結の際、そして条約締結がもたらした結果を目の当たりにして迷い、失敗を繰り返した自らを恥じた。生きる方が戦いだと、責任から逃げるべきではないと思いながらも国と共に焼かれた方がましだとさえ口走ってしまった。失敗など、したくない。失敗なしの完全な為政者として国勢に携われていたら、自分を信じてくれる人々に辛酸をなめさせるような真似は起こさなかっただろう。

「う…くっ…」

 カガリは悩み続けた。取り調べのための問答はとっくの昔に終わっている。いつこちらが諭される側に堕ちてしまったのか。

「あ、あなたは……なぜこんなことに荷担してるんだ……」

「洗脳を受けた方が幸せだったからですよ」

 …なに?

 彼は、

 洗脳を受けた?

 絶句した。

 地上で最も早く復興を遂げた国、そこから漏れた悪魔の宣言を、まさかここで聞くことになろうとは……。

「おま……! 自分を捨て――」

「捨てなければ今頃蝿に食われる死体の山の中ですよ!」

 隠しきれない怒号と共に両目が雄弁に嗤った。カガリは口を開きかけたが……返せない。何も返せない。

「あなたは思っているのでしょう? 人間にとって最も大切な尊厳を斬り捨ててまで得られるものがあるのかーとか」

 ……今思っているわけではないが彼の告白と共に偏見を抱いてしまったのは事実だ。

「僕は学校教育などと言う高尚なものを生まれてこの方一度も受けたことはありません。そんな僕がどうして国家のトップと喋っていられるのでしょうかね!?」

 理性的な仮面をかなぐり捨てたような声色。だが決定的には激昂していない。知識を植え付けられたこの男が……同時に理性も植え付けられていなければ問答する間など無く射殺されていたか。――もしくは自分が噛み千切られていたか。

「あなたは、どこの出身だ?」

 皆が意外そうに彼女を見上げたが、カガリは幾つかの不安定国家を思い描くことに手一杯で彼らの表情まで読む余裕はない。

「僕ですか? 南アフリカ共和国ですよ。被支配者階級でしたね」

 彼の思い描いた国の一つを、彼の唇が紡ぐ。

「それが今では、国家元首に物言う男か」

 笑おうとしたが、できなかった。カガリは彼の理性的な返答にこそ恐ろしいものを感じている。彼は、洗脳されたと断言した。だが、操られる存在が、こんなにも確固とした自己を持っていていいのか?

(わたしは、彼らを……命令だけを冷たく遂行する――そうだ、『ロボット』って認識してた……)

 キサカ辺りに言われたのだろうか。戦いは敵の心を知ってしまったら負けると、誰かに教え込まれた覚えがある。

「そう言う、ことですね。僕のこと、理解してもらえたら幸いです。他に何かありますか? 無ければ、裁いてください」

 これが、敵か……。彼らに銃口を向けることができるのか? 自問に浸りかけていたカガリだったが乱暴に扉の開けられる轟音に、現実へと引き戻された。報告者の無礼に周囲が口々に避難するも、彼は意にも介さず持ってきた言葉をぶちまけた。

「だ、代表大変です! 〝アカツキ〟が強奪されました!」

「なんだとぉっ!?」

 厄介ごとだけは山積する。カガリの意識は瞬間真っ白になった。

SEED Spiritual PHASE-104 代償行為に満足しない

 

 天空へと一筋の煙が吹き上がった。ムウは風にたなびきながらもなかなか消えない噴煙を目で追う。蒼天に黒い影が一つ、飲まれて消えていく。

「なんだ? 花火か?」

 今のは、ロケットが宇宙へと打ち上げられたのか? 言葉と声とは裏腹に表情を引き締めたムウは足早に国防本部脇のモビルスーツドックへと向かった。

「やー、みなさんお仕事ご苦労さん」

 気楽に声をかけるだけでも佐官待遇は違う。忙しげに立ち回るツナギ姿の面々が作業の手を止め敬礼してくれる。

「フラガ一佐!」

「ご無事でしたか!」

 この待遇に悪い気はしないが、今から自分のなす事を想像すると悪い気がする。彼らの労苦を笑顔で労い〝アストレイ〟と〝ムラサメ〟の林立する格納庫内を歩いていく。目的の物は最奥の専用ラッチに固定さていた。

「おおフラガ一佐! 〝アカツキ〟も万全の状態ですよ」

「すまんね。助かるよ」

 やはりマリューが想像したとおり、〝アークエンジェル〟は宇宙へと上げられるようだ。〝アカツキ〟には宇宙戦用パックである〝シラヌイ〟が装備されている。

「ちょっと、コクピット弄ってみてもいいか?」

「あ、はい構いません」

 整備員の操作するリフトに同乗し、コクピットの中へと潜り込む。整備員も顔をつっこんできたがムウは彼を押しとどめた。

「忙しいんだろう? 今更レクチャーはいらんよ。そうだな…整備ログだけ置いてってくれればいいって」

「は! こちらがログです」

 敬礼した整備員がリフトと共に見えなくなり、程なくしてリフトだけが返ってくる。視界の隅だけでそれを確認したムウは〝アカツキ〟のOSを立ち上げ、同時に〝ターミナルサーバ〟へのアクセスを開始する。

 手間取る。元々モビルアーマー乗りであった自分は現場と戦場が解っていればデータのやりとりなど別の奴がやる仕事だった。戦争という仕事はかなり幅広い……。歴戦と銘打ってもできない戦争業務もあるのだ。英雄ですら一人ではなにもできない。

「――よし、こんなもんかな」

 取り出せた情報に満足する。〝オオワシ〟パックの回収も可能であるらしい。こういうカネがどこから出るのか? と疑問に思うなり〝ターミナルサーバ〟は教えてくれている。〝ターミナル〟に所属する以上いつの間にか回される仕事を無理矢理だろうとやらされることとなる。現状は〝ターミナル〟撲滅を掲げた統合国家及び〝プラント〟への反抗材料を出すと優先的に援助してくれているが……これがいつまで続くかは解らない。いずれ負債を払うことになるのだろうとは思う。掌握した権能が一方的な搾取を可能にしてくれている部分もあるが、サーバ使いは自分が唯一最高位というわけではない。

「さぁ…クルーゼの奴の呪いは……どこまで通用するかな」

 指先は震えた。それでもムウは〝アカツキ〟のコクピットハッチを、閉じた。

「ムウ・ラ・フラガ、〝アカツキ〟、発進する!」

〈エェエ!? ふ、フラガ一佐!? どー言うことですかっ!?〉

 予想通りの当たり前だ。了解してくれるはずもない。無茶を言っているのはこちらの方。説得できるわけがない。人を言いくるめることもできず我を通したいというのなら――実力行使でしかない。

「悪いが発進するぞ!」

 拘束具は強引に引き千切るつもりだったが今の自分はハッキングも容易だった。黄金の機体を拘束していた無骨な鉄が装甲の輝きを些かも損なうことなく離れていく。

〈おっ! こ、これは――!〉

〈大変だ……! 国防本部へ――〉

〈〝アストレイ〟を出せ! 早く!〉

「どいててくれよォ!」

 巨人の一歩に人が蟻のように散っていく。まかり間違っても踏み潰さないように、バーニアの噴射で焼き殺さないようにと足元を見ながら歩を進めていく。そんな気遣いが災いし、空が臨める所まで辿り着いた頃には何機かの〝アストレイ〟がこちらへと迫ってきていた。その全てが対ビーム装甲に対応するためビームライフルではなくバズーカを手にしている。

〈フラガ一佐! 冗談もいい加減にしてくださいよ!〉

「冗談じゃないさ。みんなには悪いが〝アカツキ〟を借りていく。専属パイロットは、まだ俺のままだよな?」

〈フラガ一佐! それはオーブ軍の象徴です!〉

「それを代表から預かったのが俺なんだよ!」

 一方的な宣言に納得するような奴はこの場には誰もいなかった。スラスターに火を入れかけたムウだったが七機の〝アストレイ〟にバズーカを突き付けられては断念せざるを得ない。あいつらに象徴を傷つける根性がないのだとすれば――あの大筒の中身は質量弾やら炸裂弾ではなくトリモチの可能性も高い。――そして〝ターミナルサーバ〟が想像を勝手に検索材料とした。可能性が確定情報に変わる。明確な形に見せてくれれば奴らが打つのをためらう理由と可能性はなくなった。

「好きに使わせて貰うぜ!」

〈――撃てェー!〉

 予想の通り容赦はない。無数の弾丸が〝アカツキ〟へと迫る。だがその数瞬早くムウは操作を終えていた。アカツキの全身を光の障壁が包み込む。

〈莫迦な!?〉

 べちゃりべちゃりと光膜に着弾したベークライトがビームバリアに灼かれて蒸発していく。

〈Nジャマー影響下で、〝ドラグーン〟システムを!?〉

 そう分離式の砲塔を操るこのシステムは『通信』の域を逸脱しない。故にNジャマーの環境下では分離制御など望むべくもないのが一般的な認識だ。

「まぁ俺も、今までの俺とは違うってことで!」

 スラスターが点火し黄金の機体が空に舞い上がった。艦砲射撃すら防ぎきるビームバリア、その発生装置までも陽電子砲をも弾き返す〝ヤタノカガミ〟で鎧われている。それこそ〝ジェネシス〟でも持ってこなければこの防御を突破する術はないだろう。だが安心もしてはいられない。大気圏内戦闘用のバックパックではないためどこまで飛べるのかは疑問が残る。逃げ切れなければ意味がない。

〈〝ムラサメ〟出撃! 〝アカツキ〟を包囲しろ! なお装備は――〉

 傍受する通信が刻一刻と消費されていく安全を伝えてくる。それでもムウは落ち着いたまま通信を海底へと送った。

「撤退するぞ! そっちは大丈夫か!?」

〈あいよー。そちらの位置確認。いつでも出られますぜ〉

「了解したァ!」

 威勢良く応えたムウはいきなりバーニアを全部切ると機体を海中へ投げ込んだ。

〈〝アカツキ〟ロスト! なんだ? 海に落ちた!?〉

 変形した〝ムラサメ〟達が混乱して反転していく。宇宙にも出られるあの機体も水中に入れないことはないだろうがまともに動くことは難しいだろうし戦闘など問題外なのだろう。それは海中に沈んだムウも同じで暗い海を漂うだけ――だがそのメインカメラは陽光を細めた水の世界に明滅する光点を見つけ出していた。拡大した世界の中にはボズゴロフ級の潜水艦がある。本来は海上でモビルスーツを射出するための発射管が海水ごと黄金の人型を飲み込んだ。

「よぉし! 出してくれ!」

〈了解!〉

 敵の追撃部隊が帰って行ったのは確認できた。Nジャマーの影響下でここまで距離を離されては補足は困難だろう。ムウは安堵の溜息を大きくつくと海水が排出されるのを待って艦橋にまで赴いた。暗い、赤色灯だけが僅かに見せる外の様子は海ばかり。搭乗員は三人。全て北欧の〝ターミナル〟構成員である。

「いやぁ助かったよ。悪いな。こんなことにつき合わせて」

「いいや。わしも罪滅ぼしじゃ。これくらいは手伝うよ」

「ほぉ? まぁここにいる以上探られて痛くない腹してる奴なんていねぇだろーが」

 それどころかこの世に探られていたくない腹をしている理性体などいるのだろうか。

「裏切り者を一人、追放してやったんだがな」

「いいんじゃないか。エライ人は辛い判断もしなきゃな」

「それが実は、故あって表の顔とこちら側と両方立てようと尽力してたらしくてなぁ」

 相づちを止めても彼は話し続けた。

「情報を生業にしてる奴が小娘の詳細を調べきれないってのもお笑いだがな。わしゃ――」

「裏側だこっちは。制裁だの見せしめだのも必要さな」

 首を動かすことなく目元だけが蠢きこちらを掠めた。

「必要なことだろ。気にしなさんな。人は未来なんか読めないんだから」

「……サーバ使いの言う言葉じゃないな」

「はは。悪いが俺は前の奴みたいにあんたらの役に立つ人間じゃないぞ」

「構わんよ今は。統合国家に逆らってやるのがせめてもの罪滅ぼしじゃ」

 代償行為と言う奴か。直接その追放者に何か益になっていると信じられなくても、何かをせずにはいられない。その気持ちは、解る。だが俺は代償では納得できない。シンには直接会って……どうなるかはそれからだ。

 

 

 

 アンドリュー・バルトフェルドは〝エターナル〟の艦長席で提示されたデータに目を通していた。

「いやいや……これはマズいんじゃないかねェ」

 副官ダコスタが自分の仕事の合間に彼のディスプレイに顔を向けると月の現状が表れている。その内容にダコスタも同意の溜息を漏らした。

「月軌道の宙賊(かいぞく)勢力は駆逐されたってことですね」

「ああ。月の治安はそれ程悪いモノじゃなかったはずだが、デュランダル議長にぶっ潰された連合基地の辺りは略奪やら取り合いやら酷い場所になってた。それがこの一月足らずで完全制圧だよ……。どうなってるんだか」

「ええ。まぁ……。使用されているモビルスーツは、数こそ多いですがジャンク屋でも手に入りそうな機体ばかりですね。それで月全域を制覇って……確かにどうなってるんでしょうね…」

 ダコスタの情報ですら遅い。〝ザクウォーリア〟がちらほら見受けられるとの情報が〝ターミナル〟の諜報員から入っている。旧式の機体で月勢力を制圧しきった奴らがあんな傑作機を得ようものなら――想像するだに恐ろしい。

「ま、ボク達が抑止力になれるといいんだがねぇ……」

 先月まで月軌道を巡回していた〝エターナル〟だが、報告と補給のために戻っている間に事態は二転三転していた。地球も超大規模地震等々大変な事態に陥っているようだが宇宙にいる自分たちはこちらを抑えることに尽力するしかない。手の届かないところまで気にして任務を疎かにしているようでは地球浄化に出ている奴らに申し訳が立たない。

「艦長、間もなく月宙域です」

「よぅしコンディションをイエローに」

「コンディション・イエロー、コンディション・イエロー。パイロットはブリーフィングルームで待機して下さい」

 月の輪郭が陽光を漏らした。バルトフェルドは苦笑を漏らした。核動力モビルスーツ専用運用艦が核動力モビルスーツ搭載ゼロでどんな示威表明になるか。

 月が表面を見せた。

「モビルスーツ確認。ライブラリ照合――」

 ZGMF‐601R

 GAT‐02L2

 そして、ZGMF‐1000、ZGMF‐1001

「えっ? たっ隊長!」

「慌てなさんな。ジャンクの〝ザク〟だってだぁいぶ流通してるわけだ。どこぞの宙賊があの機体で武装していても俺は驚かんよ」

 内心びくびくしていようと将は動揺を表に出すわけにはいかない。だから愚痴も弱音も心の中だけで吐く。

(次のテロしない限り〝アイオーン〟とやらに手は出さない、か。アスハ代表さんも……困ったモノだな)

 敵に時間を与えると言うのがどういうことなのか、兵法をかじったあのお嬢様が解らなかったのか?

 暗澹たる思いを抱きながらも彼は任務を思い返した。この出撃には二つの意味がある。一つは当然、現状に逆らう〝ターミナル〟への示威行動。そしてもう一つ、「彼らとは別勢力」への示威行動だ。〝クライン派〟の過激派などという存在が彼らを目の敵にしている。歌姫の旗艦をそいつらに見せつけることによって暴走に歯止めをかける目的もある。

 だが次の瞬間、後者は冷静を装っていたバルトフェルドの脳裏からも消し飛んでいた。

「た、隊長ぉっ!?」

「なんだあれはっ!?」

 アームレストを押し込み艦長席から乗り出した彼が目の当たりにしたものは、巨城だった。

「あ、あんなもの、この間まではなかったのに!」

 ダコスタの泣き声に同意するしかない。記憶を失った覚えなどない。この短い往復の間に、何が起きたというのか!?

 それはまさに一夜城だった。

 先年、デュランダルが掌握した戦略砲〝レクイエム〟によって完全に壊滅させられた地球連合月面基地〝アルザッヘル〟に……城下町が生まれている。

「〝ターミナル〟は? アレに関する情報はないのか!?」

 検索を待つその時間にじりじりと身を焼かれるような気分に苛まれる。〝エターナル〟をこれ以上進ませれば敵モビルスーツ群から警告、もしくは攻撃を浴びせられることは疑いがない。

 推力を停止し睨み合った宇宙の片隅で時間が平坦に引き延ばされていく――

「出ました!」

 直ぐさま手元に引き寄せる。あぁ〝メサイア〟の残骸を用いたと言うのはどうでもいい。規模や面積などかつての〝アルザッヘル〟基地から推測できる。バルトフェルドがまず絶句したのはその施設だった。同じ月面の都市である〝コペルニクス〟の半分の人口ながら直径93キロメートル規模を誇るかの都市を超える規模、施設数、そして軍事力を有している。だが目の前に広がる光景と合わせて文面から読み取れるのは、そんなスペックだけではない。そこに住む存在の大多数が一月程度で月面に城下町を創造できるような技術力を有していると言うことだ。ともすれば住人全てが建築と戦争両方の知識と技術と実行力を持っているのかも知れない。

 自分たちが敵対しているのは、そんな存在だ。

 だが、今……統合国家の代表からお目こぼしを戴いている今、こんな一大橋頭堡を建造してなんになる?

「これは……歌姫に敵対する挑発行為か?」

 苦笑が苦笑以上にはなってくれなかった。確かに敵は挑発できるだけの力を持っているらしい。この数ヶ月の間に世界最高の力を有した軍の軍艦内で動揺が広がっているのだから。あぁなんというザマだ。バルトフェルドは天を仰いだ。が、副官は引き絞られた目線を城下町へと向けている。

「いえ……これは挑発だけではない、そんな気がします」

「ん、どういうことだ?」

 ダコスタが正面モニタを指差した。モビルスーツの大群と、巻き貝を連想させる巨大な要塞が映っている。

「隊長は、彼らの技術力の高さを感じませんか? 月にいた人全てが技術者だったわけはありませんよね……彼らは、短期間で世界をより良くすることができる姿勢をアピールしているのではないでしょうか?」

 バルトフェルドは黙り込んだ。より良く、か。

「もちろん、挑発の意味もあるとは思いますが……」

「そーか……なかなか冴えてるなダコスタ君」

 ギルバート・デュランダルの描いた理想社会実現法〝デスティニープラン〟は「人が逸脱しないよう徹底管理する社会」だった。

 この……第二の〝デスティニープラン〟とも言うべき技術はどうだ? 「管理の必要がない人々」を生み出せると言うことか。

「……隊長…」

 沈黙が長すぎたらしい。将が周りを不安にさせてどうする。

「こりゃあ一時撤退だな」

「撤退、ですか?」

「ダコスタ君は目の前の軍勢を全滅させる根性があるのかね?」

「交渉は、なしですか?」

「洗脳意識体(イマジネーター)にどんな交渉ができると言うんだい? 洗脳を認めない限り、話し合いなんてできないだろう」

「イマジネーターですか……」

 ダコスタの呟きに構っている暇はない。〝ガイア〟を含めた艦載機と僚艦二隻の戦力だけでは月を制圧するには不十分だと判断する。

 全面戦争だな。暗鬱とした気持ちで砂漠の虎は呟いた。〝プラント〟の全軍事力で奴らを包囲しなければ恐れ入って許しを請うことなどしないだろう。――最後の一人をモビルスーツで囲んでやっても降伏なんて有り得ないのかも知れないが。

「全軍後下がるぞ。いいか、奴らに手を出すなよ」

「ど、どうするんですか?」

「取り敢えず月艦隊と合流、だな。しかし〝プラント〟へも連絡しておいてくれ。そこで整わなきゃ……本国帰りになる」

 平和を目指して任務をこなしてきたというのに一寸先には……戦争があるように思える。

「全く……嫌になるねェ……」

 全く。


 
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