No.197122

真・恋姫†夢想~カヲルソラ~:序章『回帰』

以前投稿していた『~薫る空~』のリメイクになります。

次⇒まだです。

2011-01-22 01:03:45 投稿 / 全15ページ    総閲覧数:4662   閲覧ユーザー数:3734

 

【注意事項】

 

このSSには、オリジナルキャラクターが登場します。

今回には以下のキャラクターが

・司馬懿

・単福

 

また、今後のストーリー上、以下のオリジナルキャラクターが登場する予定です。

・曹仁

・馬騰

・張郊

・孫堅

・李儒

 

また、今作は原作のストーリーを大きく改変していますので、その点も含めて、上記のような要素が受け入れられない方はご注意ください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 ――蒼月。

 流れる風は冷たく、跳ねる水がせめてもの温かみであった。

 虫の鳴き声が響く月下、川原には少女が一人、たたずんでいた。

 地に落ちる雫が、少女の感情を洗い流す中、目元をぬぐい、彼女は立ち上がる。

 

「……っ、これじゃ……皆のところに戻れないわね……」

 

 ざり。 

 砂利が強くこすれる音が響いた。

 

「――誰っ!?」

 

 振り返るが、そこには誰もいず、気配を感じていなかった自分が正常だと理解する。

 発した声が帰る事も無く、それに答えてくれる彼は既にいない。

 ため息と共に肩を落とし、落胆する。

 

「……っ!」

 

 そんな自分が情けなく、それでも普段どおりに振舞うには、今日起きた出来事は重すぎた。

 自己嫌悪に浸っていると、ふと先ほどの場所に何かが落ちているのが目に入った。

 

「……?」

 

 気になって近づき、それを持ち上げる。

 

「かが、み……?どうしてこんな場所に……」

 

 裏を見ても、普通の鏡。

 さっきの音はこれかと思い、結論として、誰かが捨てたものがどこからか転がったというものに至った。

 そう、”誰か”の置き土産なのでは、と。

 

「なんて、冗談でもありえない発想ね……。――!?」

 

 鏡が月を写した。

 丸く、蒼い月は美しい光を放つ。

 しかし、鏡は突然それ以上の光を発する。それはいつかの、”彼”が最初に見た光によく似ていた。

 

「な、何――きゃあっ!!」

 

 光は世界と共に、少女を包み込んだ。

 光はやがて全てを飲み込み、少女の立っていた場所には、一点の輝き――外史への突端が開かれようとしていた。

 

 

 

 ◆

 

 

――真・恋姫†夢想~カヲルソラ~:序章『回帰』――

 

 

 

 

 ――昼。

 カシャカシャ。

 食器と水がぶつかりはじける音が響く。背中越しには油がはね、食材が鍋を舞う音も聞こえる。

 今日は日雇いのお仕事。親元を離れた今となっては、こうして自力で生活費を稼がないと生きていけない。

 私の場合、それに学舎の費用も重なるものだから、尚の事大変だ。

 

「仲達~!サボってねぇだろうなぁ!!」

「ちゃんとやってますよ~~!!いちいちこっち見んな、おっさん!」

「てめぇ、仕事が終ったら覚えてろよ!!」

「鳥頭なもので~~」

 

 鍋を振りながら、わざわざこっちを向いて文句を垂れるオヤジはこの店の主人だ。

 味は微妙だけど、安いからよく通ってたら顔見知りになり、お金に困っている話をしたら今回の件を考えてくれた。

 もちろん、料理がやすいんだから、給金だって安いに決まっている。

 それでもありがたい話には変わりないんだけど。

 

「よし。――皿洗い、終わりましたぁーー!!」

「んじゃ、中で料理運べ~。間違っても鍋はにぎんじゃねぇぞ!!」

「わ、わかってるよ……!」

 

 お仕事開始直前の試験で、私の調理適正を調べられた結果、見事落第点を取得した結果がこれ。

 お題は炒飯だったわけだけど、オヤジさんが言うには『お前はモノを無味無臭にする能力でも持ってやがんのか』ということらしい。

 ちゃんと調味料もいれたのに。

 それはそれとして、とにかく言われたとおり、上がった料理をオキャクサマの下へ運ぶ。

 相変わらず見た目はすごく美味しそうだ。味は微妙なんだけど。そこは料金と比例してってことで。

 ――ごとり。

 

「お待たせしました。ご注文の餃子二人前と酢豚になります」

「おお、こっちへ置いてくれ」

 

 言われたとおり、大皿に盛られた酢豚と餃子を卓の上におく。

 客は黒く長い髪を後ろへ流し、一本だけ撥ねているような、なんとも大胆な髪型をしていた。

 始めてみた客のせいか、それとも彼女の着ていた服が、この店の客層からあまりにもかけ離れていたせいか、よく覚えている。

 

「ん、残りの注文はまだか?」

「あ、申し訳ありません。出来次第すぐにお持ちしますので」

「まぁ、この店の様子ではな。急いでいるわけではないから、順に持ってきてくれ」

 

 もう一人の客が、ガヤガヤと騒がしい店内の様子を見て、そう黒髪のほうを言いなだめてくれる。

 彼女は黒髪のもう一人と比べ、少し落ち着いた雰囲気を持っていた。

 顔立ちが似ていたから、姉妹か何かなんだろう、と勝手に答えを出して、私はその場を離れる。

 彼女もやっぱり、その身にまとう服は私達では手が出ないようなものだった。

 こんな店の料理なんて食べて、後で文句を言われないだろうか。

 

 

 それからしばらくは、店内で注文を聞く、料理を運ぶ、会計を済ませるの繰り返し。

 余裕が出てきたのは、閉店ちかくの夕食時を過ぎた頃だった。

 

「ふぁ~……疲れたぁ」

「おう、お疲れ。ほれ、今日の分だ」

「おぉ、ありがと~。これで明日の晩御飯が……ん、何この半端な金額?」

 

 袋に入っていたのはどうにも計算と合わない金額。

 

「おっさん発言、三回分の値引きだ」

「ななっ!?」

「ふ、これからは気ぃつけることだな!」

「おっさん、このやろ~!」

「ふははは!!」

 

 とはいえ、店の主人が彼である以上、私が何か言えるわけもなく、納得するしかないわけだ。

 

「理不尽!」

「なんとでもいえ!」

「このおっさん!」

「なっ、てめぇえええ!!」

 

 そうはいっても、やっぱりやり返さずにはいられない。

 ほんの少しだけ気持ちをすっきりさせて、私は店をでた。

 

「んじゃ、また寄るから~」

「おもいっきり不味い奴だしてやらぁ!」

「これ以上不味いのだせないっしょ!!」

「お前が言うな!!」

 

 軽く笑いながら、店が見えなくなるところまで走って、息が上がるまえに歩き始める。

 夜とは言ってもそれなりに賑わっている街、陳留。

 まだまだ人通りは絶えることなく、中には人だかりが出来る場所だってある。

 

「……っても、今日はまたずいぶんにぎやかね」

 

 町のとある一角ではあるが、一箇所に普段よりも人だかりができている。

 ――にしては、別段騒がしいわけではなく、むしろ皆して何かを考え込むような唸り声が鳴っている。それが余計に不気味だったりした。

 気になって、集まりの中の一人に声をかける。

 

「何の集まり?」

「……ん?あぁ、軍師様が象棋(しょうぎ)をやってんだよ」

「軍師様?」

 

 こんな夜に象棋を?ともおもいつつ、私もその中心を覗いてみる。

 ――と、このひとだかりの理由は分かった。

 ネコの耳みたいな形をした帽子を被る女の子。着任から、わずか数日でこのあたりの賊を一掃したことで話題になった軍師、荀彧様だ。

 相手をしているのは、象棋ではこの街でもそこそこつよい腕自慢のおじいさん。

 しかし、相手はあの軍師様っていうことで、やはり相手にならないようだった。

 盤上の様子を見ると、前線を崩され、左翼から本陣を一突きにされていた。

 こうなってしまっては逆転はまず不可能だろう。天候の変化を可能性にいれても、おじいさんが隊列を立て直させてもらえる確率はほぼ無いに等しい。

 軍師様がぱちん、と駒を一つすすめたところで――

 

「これで詰み、のようね」

「ははは、これは手も足もでませんなぁ」

「いえ、前半の陣の展開は中々のものだったわ。後は敵の動きを予測して、応用のつけた兵の運びをすれば、さらに強くなるはずよ」

「なるほど、こんな儂でもまだまだ伸びシロはあるようだ」

 

 おじいさんはそう納得していた。

 ただ、一つ気になったことがあった。

 決着がついたことで散り散りになった人の間を通って二人の前に歩み寄る。

 

「……?何か用かしら?」

「――詰みから六手前。十五の十四、騎馬隊を二つ前進」

「六手前?――……っ!?」

「お爺さん、逆転できたんじゃない?」

「?……そんな手あったかのぉ」

 

 おじいさんはもう満足しているのか、いまいちよく分かっていないらしい。

 気になったのは、軍師様が決着をつけようと動く瞬間、おじいさんの崩された右翼が、一瞬軍師様の本陣を覗いているということだ。

 もちろん実際の戦場で崩れた部隊がそこから敵本陣に突撃なんて出来るわけもないんだろうけど。

 

「それじゃ、私も行きますね。―――と、あ、そうだ」

 

 帰るよりさきに言っておくことがあるだろうと、私は前に出そうとした足を戻す。

 

「この辺の賊、倒してくれてありがとうございます。おかげで夜恐くなくなりました、荀彧様」

「え、あ、私は別に」

「それじゃ、お仕事がんばってくださいね~」

 

 寄り道にはなったけど、まぁ、悪くない物が見れた。ひとまず帰路について、考えるべきことは、明日の予定と晩御飯だ。

 

「ま、昼までは拘束時間なんだけど」

 

 

 ◆

 

「…………」

 

 あの局面から、ほぼ唯一と言っていい逆転の手。それを見せた少女が走り去った後、荀彧――真名を桂花――は黙ってその盤上を眺めていた。

 逆転の手といっても、それでも勝利までの道順はかなり険しい。

 普通の打ち手なら、一矢報いる程度で終ってしまう程度の一手だ。

 しかし、問題なのは、この桂花がそれを見落としていたという事。

 

「……少し遊びが過ぎたかしら。気をつけておかないと」

 

 夜の街の中、桂花はそうつぶやき、城への帰路についた。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 翌日、やはり学舎というものは拘束時間と言い換えてなんら差し支えはない。

 それは勉強という名のお説教が二刻ほど続く拷問。

 足の遅い亀を同じだけ見続けろと言われたほうがまだマシなんじゃないだろうか。

 ともあれ、そんな長い拷問もようやく終わり、昨日よりもさらに騒がしくなった街並みを眺める。

 

「なんかあったの?あれ」

 

 同じくして授業を受けていた一人に問いかければ、どうやら真昼間から流星が降ってきたらしい。

 流れる、ではなく降ってきたのだと。

 

「はた迷惑な星もあったもんだねぇ……」

 

 と、和もうとしたところで、町全体に大きく銅鑼の音が鳴り響いた。

 凱旋恒例のアレだ。

 ぎりぎりと城門が開かれ、列を成した兵が城へ帰還する。

 

「相変わらず派手だねぇ、夏候惇将軍は…………って、あれ」

 

 今までよく見ていなかったせいか気がつかなかったが。

 

「昨日のお客さん……?」

 

 「お客さんって?」と、隣に座る先ほどの子。

 かくかくしかじか、昨日の仕事の事を話すと、普通気づくだろとジト目をむけられてしまった。

 その目から逃げるように、再び行列に目を向けると、一部……というより、一人。

 間抜けにも、軍馬の馬体に縛り付けられて、ほとんど荷物状態の奴がいた。

 

「…………最近の戦って道化とか連れて行くのかしら」

 

 その様子に負けず劣らず、奇抜な服装の男は待遇に納得がいかないのか、前を歩く夏候惇将軍に文句を言っているみたいだ。

 たしかにどんな仕事であれ、あの扱いを受ければ文句も言いたくなるだろう。

 ――と、考えている間にその夏候惇将軍さんの拳骨で男は気を失った。

 音がこちらまで聞こえてきそうな様子に、顔を引きつらせると、計ったように背中の後ろにある扉が、がらりと開いた。

 

「――ほら、きちんと座れ~。一応大事な知らせだからなー」

 

 入ってきたのは、ここで読み書きや兵法なんかを教える先生。

 

「司馬懿、お前来月で卒業だから」

「へ?」

「お前もう十五だろう。教えることもなくなってきたし、身の振り方考えておけよ」

「あー……はぁい」

 

 たしかに十五にもなれば大抵の子は仕官するか、なんらかの仕事につく。

 女の身を思えば、どこかの店に雇われるか、嫁に出されるか、そんなところだろう。

 それに私の身の上を考慮に入れると、昨日のオヤジの店に入ってしまうのが早いかもしれない。

 最悪は……田舎へ逆戻りだろうか。

 先生の話はそれだけだと、彼は終わりの挨拶をして部屋を出て行った。

 それをきっかけに、周囲にいた子達もぱらぱらと外へ出て行く。

 

「どうするの?」

「……福。どうしよっか」

 

 問いかけてきたのはやはりジト目の彼女――名を単福――だ。

 というよりも、私に話しかけるような人間はここではこの子くらいのものだ。

 

「どうしよかって……何もアテないの?」

「無いこともない、かなぁ。でもあんまり気乗りしない」

「でも、アテないんでしょう?」

「そうなんだよね~……」

「ま、とりあえず部屋でましょうよ。もう誰もいないよ」

「…………そだね」

 

 

 

 

 ◆

 

 

 ――”天の御遣い祭り”。

 町に出て最初に見えたものがそんな張り紙だった。

 概要は、流星と共に天より舞い降りた使者様を崇め称え、街の繁栄を願っての祭り、ということらしい。

 なんともまぁ、神頼みというか、他人頼み極まりない。

 そもそも、天の御遣いというのもついさっき流れた話……もとい、噂だ。

 

「ねぇ、福。御遣いって何?」

「たしか、管路って占い師が予言した『乱世を治める英雄』の事だったと思う」

「予言って、また随分曖昧だね」

「私に言われても。不満は企画した刺史様に言うべきだ」

「祭りは嫌いじゃないから別に不満なんて無いよ。ただこんなことして――」

「”賊が紛れ込まないのか”」

「……わかってるね」

「一応はね」

 

 そうこう話しているうちに、ちゃくちゃくと祭りの準備は進んでいるようだ。

 普段は質素な店も限界まで着飾りましたといわんばかりの装飾を施している。

 ――というか準備が早すぎやしないか。

 

「まさに”お祭り気分”って所じゃない?」

 

 誰が上手いこと言えと、なんて脳内でつっこみをいれつつ、異様な空気を放つ街の中を進む。

 と、昨日の夜の、あの軍師様がいた場所が見えた。

 

「どうしたの、仲達。厠で一仕事終えた後みたいな顔して」

「普通に呆けた顔と言えんのか、あんたは。昨日、仕事の後にね、あそこで荀彧様が象棋うってたんだよ」

「へぇ、そんな夜に珍しい」

「一般人相手にぼっこぼこにしてたけど」

「大人気ない」

「相手のほうが随分大人だったけど」

「なら仕方ない。負ける人が悪い」

 

 あっさり言ってのける。

 福はこういう話になると気持ちいいくらい簡単に答えを出してしまう。

 それ以上言うなといわんばかりに。

 

「それで、自分ならその軍師も倒せたって?」

「そこまで自惚れてないってば。まぁ、あのおじいさんよりはいい勝負できたと思うけど」

「相手ってもしかして呉服屋のおじいさん?」

「うん」

「また機嫌悪くして『お前らの似合う服なんぞないわ!』とか言われないかしら」

「うーん、あのおじいさん、後から思い出して機嫌そこねるからなぁ」

 

 ――どん。

 

「っ!!」

「きゃっ」

 

 一瞬気をそらしたとき、福が急に何かとぶつかった。

 慌てて前に注意を向けると、どうやら人とぶつかったらしい。

 

「あ、申し訳ありません、私の不注意で」

 

 福が猫かぶり状態にはいった。

 私も結構他人と身内で表裏作るけど、正直この子を見ると自分は結構素直だと思える。

 

「ああ?」

 

 ぶつかった相手――中年、壮年を思わせる男性は、低い唸り声をあげた。

 丁寧に謝る福だけど、男が次の口を開いた時、周囲の空気が一変した。

 

「……死にてぇのかぁっ!!!」

「っ、きゃあ!!」

 

 男は突然叫びだしたかと思えば、腕を振り回し、福を突き飛ばした。

 

「福!――ちょっと、こっちは謝ったでしょう!?」

「あ゛あ゛ぁぁぁ!!!」

「な、何こいつ……」

 

 既に興奮を通り超えて、男の様子は異常だった。

 

「大丈夫よ、仲達……」

「福、腕は?」

「少し痛む程度ね。それよりこの男を……」

 

 福が言いかけた瞬間。

 

「がああああああ!!!」

 

 振りかぶった男の右腕が、福へと振り下ろされる。

 男の体は大きく、風が喚き声を上げて、その威力を私達に伝える。

 ――ほんの瞬きする間。

 男の腕は、福の眼前で静止していた。

 

「他人の喧嘩には手出しすべきではないのだが」

 

 否、とめられていた。

 

「さすがにこの状況を、喧嘩に見えるほど、俺の目は曇っちゃいないつもりだ」

「あ゛っ、がぁぁ!!」

「ふむ、どうやら神経性の物のようだ。待っていろ、オレがその病魔を滅ぼしてやる――!」

 

 赤い髪の男は片手で男の拳を止めながら、強い口調で言い放つ。

 と、いうよりも、だ。

 

『ぽかーん』

 

 颯爽と現れ、男の凶拳を止めてくれたのはありがたいが、既に二人の世界にはいった男同士の展開にまったくついていけない。

 そもそもこの男の凶暴性はいったいなんなのか。「ちっ、随分とでかいな……」ちょっとぶつかったくらいで他人を殺そうとする?普通。いつからこの街はそんな「はぁぁっ!!」危ない街になってしまったのか。

 今の刺史になってからは、治安も随分よくなったはずなんだ「くっ、やるな……。ならばぁ!!」けどなぁ。

 外野うるさいわね。

 

「―――病魔よ、光になぁれええええええええええ!!!」

 

 ……の掛け声と共に、男は謎の光に包まれ、そして気を失った。

 助けてくれた(?)男はこちらへと振り返り、にっかりと笑っている。

 

「大丈夫か、二人とも」

「……あ、はい。ありがとうございます」

 

 厠で(以下略)な顔をした福は、はっとして男の声に返事をする。

 とっさでも丁寧語がでるのはもはや尊敬できる領域だ。

 

「ありがとうございます。……この人は大丈夫なんでしょうか」

「あぁ、病の根源は既に消え去った。目が覚めれば普段の彼にもどるだろう」

「病……?」

「過度の心労が原因のようだ。神経が過敏になり、頭に血液が集中してしまう」

「つまりブチキレ寸前状態だったってこと……ですか?」

「ははは。まぁ、平たく言えばそんなものだろう」

 

 なんでも病気って言えばいいと思ってるんじゃなかろうか。

 不意に口走ろうとしたそんな言葉を慌てて飲み込み、私は福へ視線を移した。

 

「では、私達はこれで……。助けていただいてありがとうございました」

「あぁ、君たちも病には気をつけてくれよ」

 

 あれは病じゃないだろ。

 やはり脳内で呟いて、私と福はその場を後にする。

 

 

 

 

 ――『見つけた』。

 仲達と単福が離れた後、四散しつつある群衆のなかで、誰かがそう呟いた。

 

  

  

 ◆

 

 

 街で騒ぎが起きる半刻ほど前。

 城内大広間では、街の騒ぎの中心である天からの使者様、通称『天の御遣い』がその主と向かい合っていた。

 

「――さて、北郷一刀」

 

 第一声、そう口を開いたのは君主、曹操だ。

 

「夏侯惇からはどこまで聞いたかしら?」

 

 問いかける曹操に、北郷一刀は彼女を見据えるように答える。

 

「話も何も、俺はまだ連れてこられただけだし。けど、街の様子から察するに、なんだか俺が来る事が前から分かっていたみたいだったけど」

「そうね。ある程度は知っていたといえるかもしれない。まぁ、あくまで『予測』という程度のものだけれどね」

「予測?」

「予言と言い換えてもいいわ」

 

 それはとある占い師の予言。

 やがて来る乱世を鎮める英雄の降臨を示唆するものだ。

 

「……まだ半信半疑なんだけど、君が――」

「えぇ、この陳留刺史、曹孟徳に相違ないわ」

 

 一刀が言い終える前に、曹操は答えた。

 

「夢じゃないのか……これ」

「夢ならどれだけ幸せかしらね」

「……え?」

「こんな時代、こんな国、夢で済ませられたら、どれほど幸せかしら」

 

 そう言う曹操の目は一刀ではなく、他の何かを見ていた。

 

「わかった、曹操。俺はその『天の御遣い』なんかじゃないかもしれないけど」

「それはどちらでもよい事よ。必要なのはあなたがその名声に乗るか、乗らないか」

「あぁ、乗るさ。そうしなきゃ、俺はどっちにしても路頭に迷うんだ」

「ふふ。わかっているじゃない」

「ここに来るまでに夏侯惇に散々そう脅されたからね」

「そう、あとで褒めてあげなくてはね」

「…………」

「ふふふ。それから、一刀。天には真名はあるのかしら」

「天?……あぁ、俺の住んでたところなら、その『真名』っていうのは無いな。夏侯惇もそんな事をいっていたけど、なんかあるのか?」

「私達はそれぞれ家を表す姓、個を表す名を持っているけれど、それとは別にもう一つ、その者の存在を意味する名があるわ」

「それが『真名』?」

「えぇ。あなたには私のそれを預けておくわ。これからは真名で呼びなさい」

「……それは、俺が『天の御遣い』だから?」

「そうよ。噂を流したのも、『天の使者』はこの曹操を選んだという事実が必要だから。ならば、真名くらい知っていたほうが信憑性は増すわ」

「……。いや、だったらその真名は必要ないよ」

「え?」

「そういう事で呼んでいい物じゃないとおもうんだ。よく知っているわけじゃないけどね」

「ふむ」

「曹操が俺を認めてくれた時、きちんと貰いたい」

「……ふ。なら、あなたは永遠に私の真名を呼べない事になるわね」

「えぇ!?」

「冗談よ。――一刀」

「何?」

「面白い男、今はその程度のものだけれど」

「へ?」

「我が真名は『華琳』よ。覚えて起きなさい」

「え、ちょ、ちょっと、曹操!?」

「か・り・ん。いいわね。将来の期待も込めて預けるのだから、それを裏切るような事があれば、即刻その首撥ね飛ばしてやるわよ」

 

 華琳はそう言い残して、広間から出て行った。

 

「…………」

 

 頭をかるく掻きながら、ため息をつく。

 

「――”変わってないな”。華琳」

 

  

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 廊下を歩く華琳の前に、膝を着く女性がいる。

 

「真名まで預けるのは、やりすぎではないでしょうか」

「秋蘭……そうかしら。あの男、何か隠している気がしたわ」

「敵兵と?」

「そこまで頭の回る奴では無いでしょう。とにかく、今は私の直属で置いておくわ。顔を合わせる事も多いだろうから、あなたも注意しておいてね、秋蘭」

「御意」

「今はなりふり構っていられる事態ではないものね――ところで、今度の仕官候補はもう決まったの?」

「何人かに絞り込んでいますが、一人は既に決定しています」

「そう、あとで資料を私の部屋まで持ってきて頂戴。目を通しておきたいわ」

「は」

「あぁ、持ってくるのは桂花に頼んでくれるかしら」

「桂花に、ですか? わかりました」

「ありがとう、秋蘭」

 

 秋蘭――夏侯淵――はそのまま桂花のいる書庫へと向かった。

 華琳が部屋に戻ってから少しして、扉越しに声をかけられる。

 よく通る声は、最近になってここにいるようになった桂花のものだ。

 

「華琳さま、資料をお持ちしました」

「そこへ置いて頂戴」

「……?華琳さま?」

 

 しかし、部屋にはいった桂花は頭に疑問符を浮かべる。

 声はするのだが、華琳の姿が見えないのだ。

 

「華琳さま?机に置かせていただきますね?」

「えぇ、ありがとう」

 

 と、まさにその机の下から華琳の声が聞こえたので、桂花は思わず机の裏にまわり、それを見た。

 

「か、華琳さま!?」

「あ、あぁ、桂花。筆が落ちたのよ。ちょうど手が届かないところで……ん……!」

「か、かかか、華琳さまのしししした、した、した……」

「?……下?桂花、どうかしたの?」

 

 華琳はちょうど机の下にもぐりこむ形になっていて、そのポーズは、現代では所謂『女豹』という奴だった。

 

「わ、私がとります!!」

「へ、ちょっと、桂花?」

 

 我慢も限界に達しそうになった桂花は、抑制の意味も込めて、華琳とは逆側から手を伸ばし、筆を取ろうとする。

 

「ん~……!ん~……!ん~~…………!んはぁっ!……と、とれました!」

「そ、そう……。ありが、とう」

「い、いえ!」

 

 小声で『華琳さまのお役に立てた』と呟き、思わず拳を作る桂花に、華琳は苦笑いを抑えていた。

 

「ところで、華琳さま。わざわざ私に、というのは、何か御用でしたでしょうか」

「あぁ、そうだったわね。少し待って貰える?」

「はい!」

 

 いくらでも、と付け加えそうな勢いで返事する桂花を待たせ、華琳は机に置かれた資料を見る。

 数枚に分けられた資料は、それぞれが候補の情報が記されたものだ。

 

「この者の身辺を調べてきてほしいの、桂花」

「この者……といいますと、この仕官候補の」

「えぇ。推薦という事になっているけれど、実際に見てみない事にはわからないでしょう?」

「唯一の推薦候補ですか」

「お願いできるかしら?」

「華琳さまの命でしたら、なんだって遂行してみせます!」

「ふふ。戻ってきた時は、褒美ををあげるわね」

「は、はい……」

 

 顔を赤らめながら、桂花はその資料を手に部屋を出た。

 扉の向こうで謎の掛け声が聞こえた気がしたが、華琳は気にしないことにした。

 

「……特に推薦を推すような癖は無かったはずだけど、どうしてかしらね」

 

 窓から見える町並みを見ながら、華琳はつぶやく。

 

「――司馬仲達。気になるわ」

 

 

 ◆

 

 

 街を歩いていて、あの騒ぎからずっと感じていた視線に思わず振り向いてしまう。

 しかし、特に変わったことはなく、後をつけられる謂れもない以上、首を一度かしげてしまう程度で、もう一度歩き始める。

 

「どうかした?」

「いやぁ、なんかさっきから見られてるような気が……」

「………。別に変わったところは無いけど」

 

 福は後ろを振り向いて、私と同じように周囲を見渡す。

 が、やはり特に変わったことは無い。

 

「誰もいないけど」

「だよねぇ」

「…………。じゃあ、私はここで」

「え、私の事ほっていくの!?」

「そんなの気にしたってしょうがないじゃない。恨むなら可愛い自分を恨みなさい」

「んぐっ……!あ、あんたなぁ!」

「あはは。それじゃあね。”薫”」

 

 福は珍しく真名を呼ぶ。

 以前教えたにもかかわらずめったに呼ばないから、こっちも真名はあまり呼ばないんだけど。

 

「はいはい。またね、福」

 

 そう言って福とは別れた。

 相変わらず煩わしい視線は絶えないけど、姿が見えない以上、こっちから何かできるわけもなく、家まで急いで帰ることにした。

 

 

 

 

 ―――。

 

 

 それは、いつから見る夢か。

 家に戻った私は、襲いかかる睡魔に身を任せた。

 その後、一瞬の暗闇を経て、この夢に至る。

 私の前には、もう一人、私がいる。彼女はいつも、私に何かを問いかける。

 それが何かは分からない。何を言っているのかわからない。

 ただ彼女は無音の世界の中で、その口を動かす。

 そして、最後にほんの一言だけ、彼女は言葉を発する。

 『もうすぐだよ』

 そう、口にして。――”私”が、目を閉じた。

 

 

 

 翌日、街は昨日よりもさらに賑わっていた。

 着々と進む祭りの準備に、皆浮き足立っているようだ。

 

「――や」

「うわっ!」

 

 肩を叩かれ、驚いて振り向くと、飽きるほど見慣れた顔があった。

 

「なんだ、福か……」

「うん? 変質者だとでもおもったのかしら?」

「結構まじめに」

「兵士さーん、今私、すごい侮辱をうけましたー」

「わ、ちょ、ちょっと福!」

 

 意外と大きな声でそう叫ぶ福を必死に止める。

 近頃、法がきびしくなったせいで、そんな事でもお叱りを受けたりするから面倒なのだ。

 

「ふふ」

「はぁ……。それで?」

「え?」

「え?じゃなくて。 なんか用なんでしょ?」

「別に。仲達の顔が見えたから声かけただけよ?」

「…………」

「何か不満でも?」

「……いえ、何もありません」

 

 どんな面倒を押し付けられるかとおもったけど、何もないようで、少し安心、わずかに落胆。

 

「じゃ、どっかでお昼でも食べる?」

「そうしましょうかねぇ。あ、それなら――」

 

 言って、福が行こうとした店は……。

 

 

 

 

「――なんでこの店な訳……?」

 

 私が以前働いていた店だった。 

 

「安いじゃない」

「安いね。安いしか利点がないんだもの」

 

 と話していると厨房の奥から『余計な事を言うな』なんて叫び声が飛んでくる。

 客の会話に店主が入ってくるなと言いたい。

 

「それに、”薫ちゃん”がめずらしく労働なんてしていた店だもの。興味あるに決まっているわ」

「ええい、こんな時だけ真名を使うなぁ!」

「ふふ」

 

 なんて嬉しそうな笑顔だ。他人が弄られて喜ぶなんて。

 と思っていると、昨日から感じていた視線が、急に強くなった。真後ろに気配を感じるほどに。

 

「ん、あ、おとといの……」

 

 振り向くと、そこに立っていたのはあの猫耳帽子をかぶった軍師様だった。

 

「少し、時間をもらえないかしら?」

「はい?」

 

 ◆

 

 

「私の名は荀彧。曹孟徳様の下で軍師をしている者よ」

 

 それは既に知っているわけだが、とりあえず名乗られた以上、こちらも名乗るのが礼儀というものだろう。

 

「えーっと、司馬仲達です」

「単福と申します、荀彧様」

 

 二人して彼女、荀彧に向かって席に座る。

 すっかり猫かぶりな福を知り目に、言葉どおり、猫耳かぶりな軍師様に視線をやる。

 

「まず確認しておきたいのだけれど、おとといの夜、私に声をかけたのは貴女でまちがいないかしら?」

 

 福があれか、なんて小さい声で呟く。他人事だとわかると一瞬で顔がにやけだす奴は嫌いだ。

 

「はい、私です。覚えていたんですね」

「印象的な手だったもの。忘れようも無いわ」

「あはは……」

「あなた、どこで兵法を?」

「どこって言うほどところじゃないですけどね。街の学舎で少し習いました」

「ふむ……。それにしては……、……」

「――?」

 

 荀彧は何かを考え出すと、ぶつぶつと何かを言いはじめた。

 しかし、あまりに小さい声なので、ほとんど聞き取れず、そうしていると、福が突然立ち上がった。

 

「荀彧様、それで彼女に用事というのは?」

「そうね。単刀直入にいえば、貴女、城に来る気はある?」

「……へ?」

「と、突然、ですね……」

 

 城に来るとは、すなわちそういう事だろうか。

 つまりは軍の仕事をしろと。

 

「え~っと……誘われる理由はおとといのアレですか……?」

「そんなはず無いでしょう?あなたに推薦状が来ていたのよ。まぁ、仕官とは言っても、まだ貴女の能力をきちんと調べる必要はあるけれど、ね」

「はぁ……」

 

 昼ごはんがすっかり流れてしまった感がするけど、とりあえずこの軍師様の言い分としては、仕官する気はないか、ただし試験はきっちりやりますけどね。ということらしい。

 

「ちなみに、そちらのお友達は既に仕官が決まっているけれどね」

「……え、嘘」

「アハハー」

「福サン?」

「……(よく知ってますね)」

「……(新規で雇用した者は全て記憶しているわよ。でないと仕事にもならないもの)」

「コソコソ話しても聞こえてるわい!!」

 

 なんということか、既に外堀は埋まっていたらしい。

 

「え、えーっと、ちょっと整理させてね」

「えぇ、かまわないわよ。――……?なんだか騒がしいわね」

 

 考えている間に、店の中が急に騒がしくなってきた。

 中には悲鳴にちかい声を上げる者もいる。

 ――刹那、店内に爆風が飛び込んで来る。がしゃがしゃと音を立て、食器や机などが吹き飛ぶ。

 

「っ、何が起きたの……?――!?」

 

 突然音を立てて立ち上がったのは荀彧様。それに続いて、福も立ち上がる。

 

「な、何……?」

 

 気になって、私もそちらへ目を向ける。

 だが、その瞬間、瞳に写った視界とは逆に私の思考は凍りついた。

 

「誰か!!すぐに城へ知らせなさい!!消火隊の編成を急がせて!!」

 

 さっきまでの落ち着いた雰囲気は見る影も無く、荀彧は周囲に叫び散らす。

 店内、街、およそ目に入るもの全てが炎に覆われていた。

 

「っ……この辺りの賊は全て一掃したと思ったのに……」

 

 唇を噛み締め、荀彧の表情は苦いものになっていく。

 いきなりの事に混乱しながらあちこち見て回ると、体の一部に黄色い布を巻いた連中が、街の建物を中心に破壊して回っている。

 中には女性を引きずりまわしたり、店の物を奪って行ったり。

 複数の不愉快な笑い声が街中に鳴り渡る。

 

「――っ、福、あっち!」

「え、なっ……!」

 

 火の手の上がる街の一角。建物の入り口から、店主と思われる男性が吹き飛ばされ、それに続いて男が後から出てきた。

 広がる火とは別に、どんどん頭は固まっていく。

 店主の口元には血が流れ、男の手には金のようなものが握られていた。

 

「な、何やって――!!」

「待ちなさい薫!私達が行ってもっ!!」 

「ほっておけないでしょうが!!」

「きゃっ!!」

 

 捕まれた手をふりほどいて、店から飛び出す。

 何も考えていなかった。ただ、目の前にいきなり飛び込んできた、非日常をみとめたくないから。

 

「やめろぉぉぉおお!!!!」

 

 私は、それに向かって、蹴りを放つ。

 喧嘩はそんなに苦手じゃなかった。小さいころは男子相手にしたこともあったし。

 けど、そう思っていた私の視界が縦に流れて。

 私は両肩を地につけた。

 

「がっ!!」

「なんだてめぇ。関係ねぇのに、馬鹿な奴だなぁ。あぁ、なんだ、よくみりゃ女じゃねぇか」

「この……返せ……!!」

「るせぇな、おらぁ!!」

「ぐっ……!」

 

 男の脚がお腹にめりこむ。

 襲われていた店主は私が介入した隙に逃出したみたいだ。

 

「はっ、愉快な奴だな。助けようとした奴にみすてられてちゃあよぉ!!」

 

 男が笑う。何が可笑しい。そう言いたい。けど、口が上手く回らない。

 バチバチと飛び交う火の粉が傷に染みる。

 

「このっ……っ、うあぁぁ!!!」

「うるせぇなぁ、仲間が来るまでおとなしくしてろよ!!」

 

 ◆

 

「…………」

「彼女を助けないの?」

「え?」

 

 行ってしまった薫を、戸惑った表情でみつめる単福。

 自分が落ち着いていないと気付いたのは、そばにいた荀彧の声に気付いた時だった。

 

「わ、私に何が出来るって……」

「貴女は彼女みたいに馬鹿ではないのね」

「……」

 

 そういわれて、単福は肯定も否定もできなかった。

 どちらにしても、それでは薫のした事が馬鹿だと言ってしまう事に成る。

 

「戦えない者が戦おうとするのは愚行以外の何者でもないわ」

「そんなこと――」

「けれど、戦おうともしないのは愚行にも劣るわね」

「っ!!」

「それでも戦えないのだから、私達は戦いようが無い。だから、私は戦う者に知恵を与えるのよ」

「知恵を……?」

「より上手く、強く戦えるようにね。……行くわよ、単福。これ以上は彼女も危ないわ」

「あ、はい!」

 

 

 ◆

 

  

 

「なんだ、泣いてんのかてめぇ」

「うるざい!!私は!!」

 

 どうしてか。どうしてなのか、私はこいつとこの騒ぎを起こした奴が許せなかった。

 今もあちこちで聞こえる悲鳴と嘲笑。

 午前中は祭りの準備で浮かれていた連中だけど、私はそれを見て、相変わらずだな、なんて思っていたけれど。

 

「それは!!お前が盗っていい物じゃない!!!」

「あ~ぁ~、顔めちゃくちゃ汚しやがって。価値さが――おっと。おとなしくしとけや、こらぁっ!!!」

「っが、ごほっ、げほっ」

 

 もう一度、男は私の腹部を蹴り上げる。

 内臓が全部飛び出すかとおもうほどの不快感と激痛。

 いつか、学舎の先生が言っていた事があった。

 今の世の中、いつ戦が起きても不思議じゃない。どこで賊が出たって驚かれもしない。

 そんな時だから、お前達はせめて、自分が一番信じるモノを見つけておけと。

 もし見つける事ができたなら、それを死んでも守れと。

 私は、まだ見つからないけど。

 

「出て行けよ……!」

「あぁ?」

 

 信じたいのは、あの店のオヤジと、象棋のおじいさんと。

 

「出て行けって……」

 

 学舎の先生と、そこにいた子達と。

 

「この街から……」

 

 今こうしているのを、どんな顔で見ているのか分からない親友はまもってあげたい――

 

「出てけぇぇええ!!!」

「ぐはぁっ!!!――このガキっ!!」

「薫ーーー!!!」

 

 かろうじて反撃した一発は、男の機嫌を逆撫でする程度の効果しかなかったみたいだ。

 昨日とは逆の構図。私が襲われて、福がこっちにむかってる。

 けど、昨日と違うのは、福は、私に届かない。

 男の手が振り下ろされる――。

 

「――大丈夫か?」

「え……」

 

 やっぱり、これも昨日と同じ。

 福は遅れて私に飛び掛ってきたけど、助けてくれたのは別の誰か。

 けど、これもやっぱり昨日とは違う人で……。

 白い服が、妙にきらきらしていて。そいつが天人だといわれても思わず信じてしまいそうな。そんな彼の右手は、男の腕をしっかりと掴みあげていた。

 

「はぁっ!!」

「がはっ!!!」

 

 男は最後に一撃。賊はあっさりと気を失ってしまった。

 

「薫!怪我は!?」

「あ、うん……福、ごめん」

「うるさい、後でいくらでもひっぱたいてやるから……!」

 

 珍しくうろたえる福が見れたっていうのは、こうなった見返りとしてはどうだろう。

 

「桂花、もう少し早く呼んでくれよ」

「うるさいわね。私も予測できない事態だったのよ。それより、きちんと消火のほうは手をまわしているんでしょうね」

「あぁ、そっちは秋蘭が向かってくれてるよ」

「ふん……。まぁ、秋蘭なら大丈夫ね」

 

 慌てたり、落ち着いたりした荀彧はみたけど、こんな風に悪態をつく彼女もあるのかと、ひどく関心した。

 火もじきに治まるっていうのが効いたのか、急に力が抜けて――

 

「薫…?」

「気を失ったみたいね。散々殴り倒されていたし……。城へ運びましょうか。あんたへの話は戻ってからしてあげるわよ」

「あ、あぁ。頼むよ」

 

 

 ◆

 

 

 駆けつけた兵士に運ばれ、薫と単福は城へと向かった。

 未だに燃える建物が残る中、一刀は桂花に問いかける。

 

「華琳からそこそこは聞いてるけど、彼女がそう?」

「……まったく、空気の読めない賊のおかげでほとんど話せなかったわ」

「空気が読めたら賊になんてならないと思うけど」

「何……?」

「いいえ、なんでも」

 

 ひどく不機嫌な桂花に対し、これ以上はまずいことを経験上悟ったか、一刀はそこそこに話を切り上げる。

 

「――……じゃ、そろそろもどるか」

「えぇ、さっさと私の前から去りなさい」

「はいはい。それじゃ、また後でな。桂花」

「…………」

 

 城に戻る一刀を尻眼に、桂花は少しの間沈黙する。

 

「……行動力は中々、かしら。少しあの馬鹿に通じるところがあるかも知れないけど」

 

 

 ◆

 

 

 

 

 目が覚めた後、私はさっきまでの出来事の説明を文官の人から受けていた。

 被害に遭った人は一時的に城で保護しているらしく、私もその中の一人だった。

 街を襲った賊は、最近になって活発になった『黄巾党』というらしい。

 体の一部に黄色い布を付けている特徴から、だってさ。

 

「なんだか大げさな事になったなぁ……今日帰れるんかしら」

 

 不意にぼやくと、それが扉の向こうにいた奴に聞こえてしまったらしい。

 部屋の扉が静かに開かれ、人が中に入ってくる。

 

「あんな事しておいて、家の心配?」

 

 入ってきたのは書類を脇に携えた福だ。 

 

「ほら、私一応まだ十五だし」

「『もう十五』でしょ?」

「まだ卒業はしてない」

「だから『子供』だって?」

「…………」

 

 私が黙ると、福は静かに首を振った。

 

「そんな事を言いに来たんじゃないわ」

「じゃ、できればご飯か帰りの挨拶が嬉しいな」

「悪いけど、もう少し現実的な事よ」

「はぁ……」

「街を襲った黄巾党は、最近荀彧様が討った賊の砦跡を根城にしてるらしいわ」

「賊が出てった後にまた別の賊が、ね」

「そういう時代だもの」

「それで、その賊をどうしろって?」

「仕官するにあたっての試験として、周辺の黄巾党を討伐、可能ならば拿捕せよとの事よ」

「……それが試験?」

「みたいね」

「難しいって次元じゃないよ!?」

「知らないわよ!私だって戸惑っているんだから!」

「……ねぇ、福」

「何かしら」

 

 薫は福の前でくるりと一回転してみせる。

 

「御伽噺の天の御遣いにでも見えますか?」

「考えなしの子供が一人」

「……ちょっと、ひどくない?」

 

 福はため息をついて、手に持っていた書類を部屋の机の上に置いた。

 

「とにかく、これは一通り読んでおいて。私は荀彧様のところにいってくるから」

「はーい」

 

 と、福はそれだけ言ってまた部屋を出て行く。

 もうすっかり「あっち側」の人間のようだった。まだ正式な仕官は先でしょうに。

 

「……まぁ、逃げるよね」

 

 幸いな事に扉は開いたままだ。別に監禁されているというわけではないが。

 正直なところ、象棋で一回や二回目にとまったからって戦争やらされちゃたまったもんじゃない。

 駒を打っていたら、いつの間にか本物の兵士を動かしていた、なんて洒落にもならないわ。

 しかし、逃げる上でひとつ問題がある。

 私が目を覚ました時、既にこの部屋だったということ。つまりは道が分からないということだ。

 

「どうするか……。ん、さっきの――」

 

 と、さきほど福が置いて行った書類が目に止まった。

 別段読むつもりもないが、もしかしたら、と目を通す。

 大抵こういった説明書めいたものには書いて有るはず。

 

「…………、あった」

 

 所謂緊急経路というやつか、略図ではあるが、出口までの道純をしるしたものが書いて有る。

 

「よし、場所はわかった」

 

 後は機会だけど……と、扉に耳を寄せる。

 そとには数人のひとが歩いているようだ。かつ、かつ、と音が扉越しに聞こえる。

 少し待つと、やがて音が止んだ。

 

「よし、今――」

 

 扉を開き、外へと飛び出す。

 狙い通り、廊下には誰もいない。このまま中庭を通って行けば城門まで最短で抜けられる。

 と、中庭に入ろうとしたところで、中に誰かの気配がした。

 

「はっ!……せい!」

 

 剣を振っているのは、黒く長い髪をもった女性。記憶がいい加減じゃなければ、以前あの店に来て、あの行列の中央を通っていた人。

 夏侯惇だ。

 

「こっちはまずいな……。しょうがない、廊下を通っていくか」

 

 柱に身を隠しながら、廊下を進む。

 こっちは身を隠す場所がある分、誰かが通る確率が高い。慎重にいかないとね。

 

「よし、誰もいない」

 

 頭の中で数字をかぞえ、合図を作る。

 向かいの渡り廊下にも気配は無い。後ろ、前、曲がり角、足音も聞こえない。

 今―――。

 

「ふわぁぁ、ったく、華琳の奴、もう少しソフトに教えられないものかね……ん?」

「うわわわわわわわわぁぁ!!!」

 

 走り出した美少女がそう簡単に止まれる筈も無く、突然開いたとびらから出てきた男と正面衝突してしまった。

 

「痛……」

「大丈夫か?――ってあれ、君さっきの子か。もう走ったりしていいの?」

「へ?…………誰?」

「っ……!」

「そんなにずっこけなくてもいいじゃん」

「いや、結構感動的な初対面だったとおもったんだけどな……」

「ふむ……」

 

 しばらく思考にふけって。

 

「そんな……」

「え?」

「どうして言ってくれなかったのお兄様!!」

「あら、なんて感動的……ってそう言う意味じゃねーよ!」

「ならどんな感動的場面よ」

 

 めんどくさい男だ、なんて目を向けると露骨に引いている様子が見て取れた。

 

「少女が襲われているところに颯爽と現れる英雄?」

「…………ふっ」

「鼻でわらうな!」

 

 福直伝だが、やはりこれは万人共通でむかつくらしい。

 

「ん?……待って、思い出したかも」

「お、そうかそうか、よかった。俺もちょっとあせったよ」

「へるあんどへぶん、だっけ?」

「へ?」

「ほら、いかれた男を光にしちゃった人!でしょ!」

「いや、でしょじゃないし!なんかまた壮大な勘違いを……」

「ふむ……あぁ、さっき助けてくれた人か」

「そう、それだ!」

「あー……、その節はどうもお世話になりまして」

「いえいえ、そんなそんな」

 

 なんて、恒例行事をすましつつ。

 

「それじゃ、私逃走中なんで、失礼しますね」

「おう、気を付けてな~」

「はーい」

 

 さてさて、城門はこっち~っと。

 

「――って、待てぃ!!逃走ってなんだよ!」

 

 

 

 

 

 めんどくさい男は放ってい置いて、城門のほうへ走る。

 とりあえず今日は帰ったら寝よう。そう決めて城を出た。

 

「…………仲達?何してるの?」

「ふ、福?」

「まだ出歩いていいなんて許可は降りてないと思うんだけど」

「アハハー」

「待て小娘」

 

 振り返り歩く私を言葉で止める福。

 しかしそんな言葉に従っていられるはずも無い。

 

「あ、こら!待ちなさい!薫!!」

 

 城の中は戻れないし、こうなれば、城壁から街へ降りるしかない。

 さっき通ろうとした庭とは逆方向にすすみ、城壁にかかる梯子を上る。

 

「――っと」

 

 城壁に上ると、空は日が傾いて、橙色をしていた。

 石造りの床に足をつけると、やさしい風が吹き抜ける。

 

「――……初めてね」

 

 と、声が聞こえた。

 そのほうを向くと、誰かが城壁に手をかけて、街を眺めていた。

 

「街の者がここへ来るのは」

「そうなん、ですか?」

 

 夕日に染められた金髪は程よく輝きを放っていて、風に揺れた髪は小さい彼女をずっと大人びて見せた。

 とっさにでた敬語は意識したわけでもなく、ただ自然と口から出ていた。

 

「えぇ、ここは城の中からしか来る事はできないから……」

「……」

 

 という事は、私が城から出ようとしていた事もお見通しという事らしい。

 

「あなたが、司馬仲達?」

「よくご存知で」

「眠っている間に一度顔を見たわ」

「つまらなかったでしょ?」

「そうね、今よりは可愛い顔をしていたわよ?」

「怒ってもいいところですよね」

「えぇ、そんな顔も見てみたい」

「…………あー、関わってはいけない部類の人だったみたいだ」

「あなたにとってはそうでしょうね。自分を戦争の中へ投げ入れようとする人間なのだから」

「曹操様、ですか」

「司馬懿。あなたが逃げたいと言うのなら、私はこの道を開けるわ」

「え……?」

「逃げる者など追ったりはしない。止めもしない。それは私には必要の無い人間だったと言うだけの事」

「……」

「けれど、その前に、これを見て欲しいの」

 

 曹操様は城壁から街の中を指差し、やがて手を広げ、そこに有るもの全てを指した。

 そこには中央が黒くにごった町並みが広がっている。空さえ染め上げる夕日でも、賊が起した火事一つ染める事はできないらしい。

 

「これは、私が守れなかった結果」

「でも、あれは急に起きた事って」

「事件も事故も、天災も戦争も、始まりはいつも同じよ。起こってしまえば、防ぎようが無い。だから、起こる前に決着をつける必要が有る」

「……ねぇ、曹操様」

「何?」

「これ、何人死んだの?」

「……確認が取れたもので、十三名。行方の分からないものが六名。怪我を負った者が三十五名」

「私を除いて五十三人、か」

「えぇ。兵は皆やれる事をした。それでも遅れたのは、判断が遅かったから」

「……目の前でね、襲われてる人がいたんだ」

「そう」

「福……友人は、私達じゃ無理って言ったけどね。ま、たしかにその通りだったんだけど」

「えぇ」

「私は……無理とか考えてる余裕、なかったな」

「……」

「放っておいても、誰も助けられなかっただろうし。後で助けてくれた人が間に合ったなんて思わないし」

「民が救えるのは、精々二人。『自分』と『誰か』。あなたは女で有る事を考えたら、それは一人だけだったのかもしれない。襲われていた店主、彼だけは救う事ができる」

「自分も守れないのにね」

「だから、男は軍へ入るのよ」

「軍?」

「民では二人でも、兵なら五人。将ならもっと。救う事が出来るから」

「君主は、何人?」

 

 私の問いに、曹操様はただ首を振った。

 

「人を守るのは将兵の仕事。君主が守るのは人ではないわ」

「なら、何を――」

 

 言いかけた時、周りが途端に暗くなった。空は暗くなり、夜を迎え入れようとしていた。

 

「私は、人々の住む国を守るのよ。この黒こげた、陳留をね」

 

 そういう彼女の目は、私を見てはいなかった。

 その視線がどこを向いているのか、その小さな体で、何を支えているのか。

 少しだけ、私は、知りたいを思うようになった。

 


 
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