No.195519

ah! My Goddess ~the gate of the Judgment~3

2000年に劇場公開された劇場版『ああっ女神さまっ』を文章化したものです。
ムービングを文章化、文章の利点を生かして表現するとどうなるのか、という練習です。
ですから真新しいことはありません。
ただ、螢一はまだしもベルダンディにリアリティがないのでちょっと苦戦しました。
全三回のラストです。

2011-01-12 00:05:45 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:866   閲覧ユーザー数:862

 

 三『judgment』

 

 その夜、ウルドから重大発表があった。

 ベルダンディから侵入したウィルスは、ユグドラシルの中で猛威をふるい続けた。あらゆるシステムに潜り込み、通常の復旧作業ではこの事態を全く打破できない状況にまでなっていたのである。

 そこで、神は最終手段に訴える覚悟をした。

 ミラージュというワクチンの投与を決定したのである。

 

 「そんなの反対よ。確率が十六パーセントなんて!」

 「でも、百パーセントに近いわ」

 ワクチンの投与にスクルドは猛反対をした。

 ウルドの言う百パーセントというのは、そのワクチンの投与によってセレスティンの送り込んだウィルスを除去できる確率のことである。スクルドが反対する十六パーセントというのは、そこで副作用のおこらない確率のことである。副作用がおこらない確率が十六パーセントというのはすでにワクチンとは言い難い代物ではある。それだけ天上界の上層部も焦っているということのあらわれでもある。ユグドラシルの不安定が長期化すれば、魔界の魔族が動き出す危険性もあるのだ。あまり悠長なことはやっていられないということなのである。

 副作用というのは、完全なる記憶の喪失である。

 人格の崩壊にまでは及ばないが、己の名前、それまでに蓄積してきたいっさいの表層的な記憶を失うことになる。そうばれば一級神の権利を剥奪されることになるのは確実で、二級神ですらいられなくなるであろう。そして何よりも問題なのは、ウルドやスクルドなどの家族のことすら忘れてしまうということだった。

 「螢一、あんたお姉さまのこと好きなんでしょう。何とかしなさいよっ!」

 スクルドの怒りの矛先はあらぬ方に向いた。

 「スクルド、ガキみたいなこと言ってんじゃないわよ。悔しいのは、悲しいのはあんただけじゃないのよ。螢一だって」

 そのウルドの叱咤にもスクルドは怯まない。

 「螢一は、もうお姉さまの記憶の中にいないからいいのよ。でも私は、妹なのよ!」

 「スクルド。なんてこと!」

 刹那、ウルドの掌がスクルドの頬をうっていた。

 「だって、だってぇ。わすれちゃやだぁ!」

 痛みから、悔しさからか、涙が溢れてきてついにスクルドは畳にうずくまってしまった。

 ウルドも、額を柱に二回ほどぶつける。身体の苦痛が精神の苦痛をやわらげてくれるかと思うが、あり得ないことだった。

 

 ミラージュワクチン投与、実行は明日の夜。

 

 螢一は、縁側で胡座をかいてうつむいていた。

 『女所帯に、唯一の男だってのに』

 こんな時に何もできない自分に苛立ちを覚えた。

 “君にずっとそばにいてほしい”

 これは、やはり過ぎた願い事だったということなのだろうか。こうしてベルダンディを人間界に拘束し、苦しめ、そして彼女の身内までも悲しませてしまっている。しかし、だったらなぜこの願い事が受理されたのか。ベルダンディが常に言っているように、この世の総てのことに意味があるのであれば、これもまた自分たちに必要なことだとでも言うのだろうか。

 「森里さん」

 螢一が頭を抱えていると、ベルダンディが横に腰掛けた。

 「君は平気なのか」

 螢一は、自分はもう耐えられないとばかりにベルダンディに詰問していた。

 「森里さん、今日、豪和さんにキスされてました」

 「あれは、」

 「いいえ、そんなことを言っているんじゃない……。いえ、そのことですね。私、嫉妬してしまったんです。貴方のこと、初めて出会ってからこれまでのことを忘れてしまっているみたいなのに、嫉妬してしまいました。だからこの気持ちを、自分の気持ちを信じてみたいんです。明日の夜、総てを忘れてしまうかも知れない。でも、きっと思い出してみせる。自分の総てを取り戻してみせます」

 ベルダンディは、彼女らしく毅然と胸を張った。

 ワクチンの効力だとか、十六パーセントの可能性などという次元の問題はベルダンディには既にどうでもいいことだった。彼女の私意はすでにそこではなく、その次のことを考えていた。

 その強い意志から生ずる優しさ、それをたたえたスミレ色の瞳に螢一は吸い込まれそうになる。彼女の美しさに改めて圧倒されながらも、螢一は必死でベルダンディを抱き寄せた。

 「君は強い、な」

 「私を、ずっと好きでいてくれますか」

 「強い、君だからこそ……」

 螢一とベルダンディは頬をすりあわせた。

 螢一のかすれた声が、己の心の深いところに染み渡ってくる。これは、強い絆から現れる安堵なのだという確信がもてることがベルダンディには嬉しかった。

 だから、

 「だったら、貴方がそばにいてくれれば、私は大丈夫です」

 ベルダンディは、そう言ってくすぐったそうに笑った。

 螢一は、自分はいつだってベルダンディの笑顔に救われていると思っていた。

 記憶がなくなったことで契約が反故になることを自分が懸念しているのでは、とベルダンディは心配しているようだ。しかし、不思議とそれはない。虚勢でもなんでもなく、自分の中ではベルダンディはベルダンディでしかないと解る。だから、記憶がなくなってしまったことくらいでは変化がないという認識に、むしろ安心すらできる。誇らしげに胸を張ることもできると思えた。

 『俺が記憶をなくしたとしても、同じだ!』

 今のベルダンディと立場が入れ替わっても、彼女のそばにいたいと思っていられるのだと、こうして抱きしめることができるという自信があった。

 「忘れてしまったら、その回数だけ思い出せばいいんだ。離ればなれになっても、そのたびに出会えばいいってことじゃないか」

 そう口に発したら、それはそんなに難しいことではないと思えた。この世のことに意味のないモノなど無い。こうして出会えたことに意味を見いだそうとすることすら必要ない、というベルダンディの言葉のままであるからこそ、彼女の笑顔に自分が救われているのだ。

 ベルダンディが大きく優しくうなずいてくれたから、螢一はもう一度彼女を抱きしめた。

 夜気が、二人を包んでいった。

 

 ワクチンの投与は境内で行こなわれることになった。

 かつて螢一とベルダンディは、ここで永遠の絆を実感したことがある。神からの拘束をはねのけ、お互いがお互いの一部だと強く実感したのがこの場所だった。

 その時と同じように、ウルドとスクルドによって直径十メートルほどの丸い魔法陣が描かれてゆく。毎度のことだが、そこに描かれた幾何学模様だか文字のようなもの、その組み合わせの意味は螢一には理解できないものだった。

 この魔法陣が天上界からのワクチンプログラムを受信し、中央に立つベルダンディの治療をするというしくみらしかった。

 

 ベルダンディが魔法陣の中央に立ってから、ほどなく異変が起こりはじめた。

 頭上の雲が割れると、青い光が魔法陣に降り注ぐ。

 ベルダンディは目を閉じると、肩の力を抜いた。同時に身体が宙に浮きはじめる。

 青い光は徐々に明るく、白色光へと傾いていった。

 そして、その光が完全な白色光になったとき、ミラージュワクチンの本格的な投与が始まった。ベルダンディの身体の輪郭が希薄になっていき、光の中に説けてゆく。彼女の身体をいちど原始レベルにまで分解するということだ。

 

 「あぁ!」

 螢一は、ベルダンディを心配そうに見ていた。しかし、ふいにおこった内側から額に抜けるような頭痛に耐えられずに、思わず地にうずくまった。激痛だというのに、そのまま心地よく眠りに落ちていくようだった。

 「螢一!」

 ワクチン投与の影響を人間が受けるわけもなく、かえって心配になったスクルドが螢一の肩に掌を置いた。この大事なときに心配事を増やすんじゃないと軽く受け止めていたが、瘧のようにふるえたまま顔を上げることもできないようだ。それに、可成りの汗である。

 ウルドも螢一を振り返った。

 彼女は、このタイミングで螢一に異変が起こることを危ぶんでいた。螢一も心配だが、何かの予兆ではないか。

 「螢一、何が起こっているの」

 ウルドが螢一の顔を覗き込もうとするのと、彼が顔を上げるのは同時だった。

 「!」

 ウルドとスクルドは、総毛だつ。

 螢一の額から、セレスティンの白い小石がせり出してきていた。その石の微妙な凹凸が人の顔を連想させ、そして、それが笑ったような気がした。

 「……何なの」

 スクルドは、発狂しそうになった。これはどういうことだというのか。

 「そうか。セレスティン!」

 ウルドは、スクルドよりも事情に詳しい。ユグドラシルシステムをウィルスで感染、麻痺させるのがセレスティンの目的ではなく、それを除去するためにワクチンを使わせるのが目的だったのだ。天上界上層部は、セレスティンの掌の上で踊っていたのである。

 螢一は、いや、セレスティンは螢一の手を操ってウルドとスクルドの咽喉を掴みあげた。

 「私とて、天上界でシステムに携わっていた男だ」

 首筋から精気を吸われるような錯覚を感じながら、ウルドとスクルドは気が遠くなっていくのを感じた。

 

 セレスティンは、この時に螢一への憑衣を完全に成功させた。

 二人の少女を、丁寧に横にする。

 と、

 輪郭を失っていても、まだベルダンディとわかるそれに猪突した。

 指先をベルダンディの眉間に差し込んだ瞬間、

 ベルダンディはみるみる輪郭を取り戻し、その身体が強く輝きはじめた。その光は、雲を割っておりてきている天上界からの光を完全に消滅させ、逆に雲を吹き飛ばして天上界に届く!

 その光に、次々と庭の魔法陣は書きかえられ、まったく別の魔法陣になった。

 

 いっさいの振動はなかった。

 一本の太さが百メートルに達する植物の蔓? いや、樹の幹が魔法陣を養分とするかのように鋭く天をついた。DNA構造のように絡み合ったその三本の樹は、まるで最初からそこにあったように静かにそこにそびえてる。樹そのものが発光しているのだろうか。辺りが昼間のように明るい。夜空だったはずが、青い。

 世界を支える樹。

 闇を照らし、光を閉ざす樹。

 ユグドラシルの完全支配下にある、総ての世界からの不可侵が決められた秩序とも言える樹。

 世界樹。

 

 ベルダンディは、螢一の腕の中で目覚めた。

 「螢一さん?」

 かすむ視界がはっきりしてくると、螢一だと思っていたのは、その肉体だけだとわかった。

 螢一の身体に憑衣しているのが恩師のセレスティンと知る。

 そして、彼女は総ての記憶を取り戻していた。

 螢一のことだけではない。

 セレスティンをとめられず、罪を犯させてしまったこと。

 そのセレスティンを庇ってしまったこと。

 二度にわたる記憶を失った経緯。

 

 「ベルダンディ。ごらん、もうすぐ新しい世界が生まれる。二の足を踏み、半ば神が拒んできた世界が目前に迫ってきているんだよ」

 セレスティンは、優しくそう言いながらベルダンディを地に降ろした。

 あまりもの明るさに辺りを見回し、ベルダンディは蒼白とした。巨大すぎて気付けなかった世界樹に、気付いたのだ。

 「こんなものがここに」

 息を吸い込むのと同時に喋ろうとしてしまい、それはほとんど音にならなかった。

 「これで、君と森里螢一君を阻むものはない。そして、誰もが望む世界が訪れる」

 ベルダンディはわなわなと首を振った。恐ろしいことが起ころうとしている。自分は二度までも、こんな近くにいながらに恩師を止めることができなかった。

 セレスティンにしてみれば、世界樹への不可侵はインプリンティングのようなものにすぎないと思っていた。この樹が倒れるときに何が起こるのかは充分に承知している。しかし、それが忌まわしきことであるなどというのは、神の傲慢がさせた刷り込みでしかないということだ。

 「私は、螢一さんを愛おしいと思っています。だからこそ、こんなこと。この世の総てのモノは、こんなこと望んではいないはずです」

 ベルダンディの声は、涙でよどみはじめていた。

 「バカな」

 「貴方は、もう一度同じ過ちを繰り返すつもりですか。私は、また貴方を止められなかったのです」

 ベルダンディは、玉のような涙を流しながら後退り、セレスティンから距離をとっていた。

 

 世界樹の螺旋構造の中央。

 その世界樹の一本を抱きかかえられるそうなほどの黒い巨人が、空中に紡ぎ出されるように姿を現した。その両の手には死神のような大釜を握りしめ、眼窩のように窪んだ暗い目は、すでにひとつの幹にねらいを定めていた。その姿は、螺旋の檻に閉じこめられた罪人のようでもある。

 セレスティンの仕掛けた最終プログラムが形をなしたのだ。

 「セレスティン、それほどまで」

 ベルダンディは、涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、それでもここで自分のできることを模索しはじめていた。

 

 ウルドとスクルドは、その世界樹の枝で気絶していた。

 大地を揺るがすような震動で二人とも気づいた。

 巨人が世界樹の一本を切り倒そうとしている、その震動だ。

 「スクルド、やばいことになってる。世界樹だよ」

 「何よこれぇ!」

 スクルドは、もう驚かないと誓っていたのに目を丸くしていた。世界樹がこんなところにあることに驚愕していた。そして、黒い巨人は禍々しいモノにしか見えず、そんなモノがこの世にあって目の当たりにしたことに鳥肌が立ったままになる。二の腕をさすってはみたが、しばらく戻らないだろうなと思った。

 「セレスティン。こんな覚悟があれば、あんたにはもっと別のことができた」

 ウルドは、下でベルダンディがセレスティンと対峙しているのを見て舌打ちをした。

 次に、巨人を攻撃する為に雷光召喚の呪文を唱え始めた。

 すでに一本が傷つけられ、目に見えるほどに光り輝くエネルギーが溢れはじめていた。一刻も早く止めなくてはならない。

 「邪魔はさせない!」

 突如おそった脇腹の鈍痛のせいで、ウルドは詠唱を中断してしまった。

 疾風よろしくウルドに攻撃を加えたのは、モルガンだ。

 「モルガン、あんたも一枚噛んでいた。アヴァロン族なら、島にかえってなよ!」

 「この作戦の邪魔をするなら、誰であろうと殺す」

 ベルダンディの記憶を消したのがセレスティンだとするのには多少の疑問があったが、アヴァロン族が絡んでいたのならば解る。螢一とベルダンディのあいだに割り込める幻術を持っているのは彼らくらいモノだ。

 「あんたたちみたいなのを、“馬に蹴られて死んじまえ”って言うんだよ」

 ウルドは、次のモルガンの猪突を受け止めて完全に動きを止めた。

 「大切なモノを失ったことのない貴女に、何が解る」

 ウルドは、そのモルガンの絶叫など聞いていなかった。自分に負けた者の言葉など、こんな時にこんなところで聞いていられるほど自分は暇ではないのだ。

 世界樹が現れ、セレスティンの最終プログラムが発動しようとも負けるわけにはいかない。数からいけば同格。モルガンを自分が、セレスティンをベルダンディが、心許ないが巨人プログラムをスクルドが押さえればいい。

 負けるとは限らない。

 「スクルド。ぼけっとしてないで、奴を止めな」

 「用意なんてしてないのに!」

 スクルドは泣き言をいいながらも、バズーカ砲を取り出して巨人を攻撃した。

 しかし、黒煙は上がるものの巨人にはまるで効果がないようだった。

 スクルドはまた悲鳴をあげた。

 「セレスティン。一級神として命令します。今すぐプログラムを停止するのに協力し、神の裁きを受けなさい」

 「お前は、この世の総てを愛すべきというが、病や災害すらも愛せるのか。総ての苦難を排された世界を望むことに、なぜ異を唱える」

 「それを教えてくれたのは貴方です。お忘れになったのですか」

 二人の目指している世界は同じだと解る。しかし、何故こうも手段が違ってしまうのか。ベルダンディには、それも悲しかった。間違っているとしか反論ができない自分に歯痒さを感じる。一足飛びに目的を達成しようというのは危険なことだ。総ての物事においてその過程も大事なのであり、それを無視するのはいけないことである。

 「そうだ。愛する為に新たな世界が必要だと……うあっ」

 今度は、セレスティンの方が頭痛に苦しめられることになった。

 “お前が言っているのは、ベルダンディたちを苦しめるって解らないのか”

 螢一が、セレスティンの思考に進入しはじめていた。

 「目先のことに囚われて、大局を見ないから不幸ばかりが続くのだぞ」

 “大局を見ていないのはあんたの方だ。ベルダンディも俺も焦っていないし、この世界に失望もしちゃあいない”

 セレスティンは、この世のものとも思えぬ苦痛に耐えきれず膝をつく。螢一の力がセレスティンに対して弱すぎる為に、一気に彼を追い出せないでいるのだ。

 「森里螢一! ベルダンディ!」

 “ベルダンディの恩師なら、ベルダンディが好きなら、なんで彼女を苦しめられるんだ”

 螢一の絶叫に押し出されるように、額の白い小石が落ちた。

 螢一は、自分の身体の奪還に成功したのだ。

 「螢一さん!」

 ベルダンディが、うずくまる螢一に駆け寄ってきた。

 「大丈夫だよ。それよりも、どうにもならないのかこれは」

 ベルダンディに立ち上がらせてもらってから、螢一は巨人を見上げた。

 「深刻ですが、何とかなります。この世界は、まだ生きたがっているのですから。私たちは、少しだけお手伝いをするだけでいいんです」

 そう言って、ベルダンディは心の底から微笑んだ。

 「ベルダンディ」

 ベルダンディは螢一を抱えると「少しここから離れていてください」と言って飛びたとうとした。螢一はそれにいったん制止をかけると「あんたも見守らなくちゃいけない」とセレスティンの小石を拾った。

 ベルダンディは、螢一を、少し離れた丘に下ろす。

 「すぐに終わらせます。待っていてください」

 「気をつけて!」

 会釈してから踵をかえした彼女の背中に、螢一はエールを送った。

 それに、ベルダンディは再び振り返って、螢一に接吻をした。

 「貴方がそばにいてくれれば、大丈夫です」

 

 ベルダンディが世界樹の方に向かって飛びたった時、ウルドはどうにかモルガンの動きを封じることに成功していた。巨人の胸のところに彼女を押し込んだのだ。

 スクルドの巨人への攻撃は、樹を傷つける速度を落とすことはできていたが、完全に沈黙させるにはいたっていなかった。

 スクルドは、半べそになりながらも様々な武器での攻撃を続ける。

 

 「泣かないでスクルド。一緒に歌の練習をしましょう。姉さん、手伝ってください」

 「お姉さま!」

 「ベルダンディ。大丈夫なんだね?」

 「心配をかけたけど、大丈夫です。さあ」

 ベルダンディは二人を導くようにしてから、大きく息を吸い込んだ。

 彼女の背後から純白の天使、ホーリーベルが躍り出る。

 

 三人は、黙々と世界樹を傷つけ続ける黒い巨人を上空から取り囲むようにした。

 「一刻を争う。声圧をあげてぶっ飛ばすよ」

 そのウルドの指揮で三人の詠唱が始まった。

 

 

 “Your joy is the proof that happiness could be shared with, someone

  Your sorrow is the proof that pain could be shared with someone

 

  A way is a wonderful life rather than nothing is here even if it is rugged

  Anyone surely has living proof

  It is to find it that you are important Then, the thing that it is believed

 

  All both love and courage, hopes are in the heart

  It is being waited for that all the doors open

 

  If it can get it

  The world will smile certainly for you”

 

 

 歌が始まるのと同時に、巨人の力は衰えをはじめていた。

 脚を失い、

 右腕を失い、

 左腕を失い、

 苦しみもがくことすらせずに、巨人の輪郭は徐々に、そして着実に薄れていった。

 詠唱の終了とともに黒い巨人は消えた。

 しかし、予想外にも、その消えた最後の一点から強烈な光が発して、総ての者の視界を白く遮った。

 

 視界が戻った時、ベルダンディの目前に天をつくようにそびえていたのは“裁きの門”だった。

 「!」

 ベルダンディは、内から湧き上がってくるトラウマに泣きたい気持ちになる。その時、螢一が横から肩を抱いてくれた。

 となりには螢一がいた。

 “君たちは、ここまで来てしまったんだ”

 螢一の掌の中にあるセレスティンは、この世の終わりのように言った。

 「今更こんな所に、なんで私がいるの」

 二人の背後にはモルガンが呆然と膝をついていた。

 その声に振り返れば、ウルドとスクルドもいて、掌を振っていてくれた。

 「セレスティンの記憶の中に見たよ。ここが俺と君の新たな始まりになる」

 「螢一さん」

 「何が正しいのか、どうしたら一番いいのか。そんなことは解らない。でも、君を悲しませたくないし、君のいない世界なんて考えられない」

 螢一は、さあ行こうとばかりにベルダンディの掌をとった。

 今の螢一の決意は、確信でもあった。思い上がりや強がり、虚構なんかではない。この向こうに、ベルダンディとのこれからがあるし、これまでの答えがある。

 二人は、一歩を踏み出した。

 「信じ合えなければ、二人は永遠に引き裂かれることになるのよ。それでも」

 「黙ってな。セレスティン、モルガン、あんたたちがどんな過ちを犯したのか、ここで二人が証明してくれるよ」

 もう悲劇を見たくないとばかりに二人を引き止めようとするモルガンを、ウルドが叱咤した。

 ここに、セレスティンとモルガンがいるのには重大なわけがある。

 あらゆる世界の司である世界樹やユグドラシルの意志だ。

 

 螢一とベルダンディは、

 あまたある恋人たちの中に浮かび上がった異端ではない。

 種族を越えた恋人たちの例外ではない。

 

 その答えなのだ。

 

 

 螢一は、スターティンググリッドでもう一度ヘルメットのシールドをあげた。

 まだ夏でもないのに、アスファルトの上はうだるように暑い。帰ってきたら、麦茶を飲みたいと思った。

 ペース配分は完璧に頭の中にたたき込んであるし、今朝になっていつも以上にマシンの調子がいい。

 予選で三位にまできていれば、優勝することも夢ではないと思っていた。

 「何よりも、俺には女神様がついているもんな」

 螢一はパッセンジャーの細い肩を叩いた。

 「はい」

 同じようにヘルメットのシールドをあげたベルダンディは、螢一を見上げて微笑んでいた。

 

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